2022年11月27日 (日)

【Intermezzo】封印された想いの深さ(山南小学校) ♯2

(承前)

 

Murakamisannnanjrhighschoolinitial

 

山南中に統合される現2校の校章を見ると、またちょっと意外な感じに打たれます。

 

(現)山南中学校
Formersannanjrhighschool

 

和田中学校
Wadajrhighschool

 

作者の村上は、旧校章の「葉」を重ね合わせた複合紋だと述べていた。現山南中は三つ葉系(日本の家紋で言えば欅だろうか?柏じゃないと思うけど。似た形のものでは梓としてあるものもある)だからまあ形は合ってるとして、問題は和田中。この家紋↓をベースにしたものだったんだ(cf. 2009.03.09「補 家紋夜話」)。

 

「橘」
Tachibana

 

でも橘紋にはこんなバリエーションがあって↓、むしろこっちを取り入れたような気がするね。

 

「向う橘」
Mukoutachibana

 

橘紋の上部を上から見たものということだろう。
これらの橘紋、ツルは今までなんとなく花を描いたものだとばかり思ってました。橘は古来から日本の文化ではかぐわしい「花橘」として扱われることが多かったから(つまりシトラスの花の香りね)、これもそうだと思い込んでいたので。
というのも、橘紋によく似たこんな紋もあってだ。

 

「茶の実」
一つ茶の実

 

「向い茶の実」
Mukaichanomi

 

まあようけ似てますわ。ベーシックバージョンの違いは上部の「葉」がないというところのみ。こちらはあくまでも「実」だから、花ではあり得まい。であれば橘も向い橘もやっぱり「実」と「葉」を描いたものなのだろう(つまりは柑橘類だし、そもそも柑橘類って五弁花だ)。
脱線、終わり。

 

で、村上が「葉」と呼んだのは和田中の校章のどの部分なのか?はじめ、葉なんだから下の方についている2枚だと思ったけれど、新校章に描かれたのは3枚だし、となると上部の「実」の上についてる3枚なのだろうな。

 

新校章案は2021.06.21の第13回丹波市山南地域市立中学校統合準備委員会で決定され、07.09に発表された。前に書いたとおり当初予定から約4ヵ月遅れである。新型コロナウイルス感染拡大の禍の影響を受けたと説明されているけれど、そこよりも、2023年4月の開校までまだ2年もあるし、みたいなのんびり気分があったのではないかと思う。もうその頃にはZOOMとかのオンライン会議のツールも浸透していたわけでしょう?
その直前の第12回は2020.10.29開催だったので、8ヵ月も動きが止まっていたことになる。ちょっと、ね(苦)。

 

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(2021.07.09 同市サイト)

 

山南地域市立中学校「校章デザイン」「校歌歌詞歌」の公募は、696作品(校章デザイン544作品、校歌歌詞152作品)もの多くの作品が寄せられました。
6月21日に最終選考を行い、厳正公平なる審査の結果、校章デザイン(案)は丹波市在住の村上太一さんの作品、校歌歌詞(案)は埼玉県在住の宮崎宣男さんの作品にそれぞれ決定しました。
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で、この時上掲のデザインも「原案」として公開されたんですが、その後修整が入りまして。

 

Murakamisannnanjrhighschoolamended1

 

居関ばりの[二重輪郭]にしちゃったという(⁠*⁠_⁠*⁠)。ところがこれがまたすったもんだのタネになった。

 

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(2021.11.16 第15回丹波市山南地域市立中学校統合準備委員会 会議録 抜粋)

 

まず(1)の校章デザインの補正についてですけども、デザインについては11ページに載っておりますけども、13回の統合準備委員会で決定していただきましたが、その後、作者と山南中、和田中両校の美術の先生方と調整をする中で、今後、校旗や校舎に使用する際に、少し周りの枠が細いことや、山南という文字がちょっと弱いかなと感じるというところがありまして、補正前のデザインを大きく変えることなく、作者に少し補正をいただいています。本日、この補正後のデザインというのを提案する予定としていたんですけども、先週11月12日、金曜日に、総務部会を開催しまして、このデザインについて意見交換をする中で、両方の葉っぱの立体感であったりとか、山南の文字の奥行き感というところ、この辺りをもう少し調整してはどうかという意見が出ましたので、本日の議事としては取り下げとさせていただきまして、今後、再度、作者と総務部会で調整を進めさせていただきまして、第16回、次回の統合準備委員会で提案させていただきたいと考えております。
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なんじゃそりゃ。詰めが甘かったというか、実務がグダグダだったというか。なんで調整未了のものを出したんだよ。
結局、第16回の統合準備委員会の開催はさらに半年後の2022.05.10。こういうこと↓で決着がついた。

 

Murakamisannnanjrhighschoolamended2

 

あー、見比べてみると、やはり第1修整案は稚拙の謗りを免れないですな。というか、なるほど!・ザ・やっつけワールド。二重輪郭の入れ方がやっぱ妙だもん、二次元界にとどまっているというか。(ただし、二重輪郭とする必要が本当にあったかどうかはまた別の話。)

 

でも、外弁(つまり背面)3枚と内弁(前面)3枚の中心がズレているところは(多少度合いが減ったものの)最後までそのままだった。

 

Murakamisannnanjrhighschoolinitialtest

 ↓

Murakamisannnanjrhighschoolamended1test

 ↓

Murakamisannnanjrhighschoolamended2test

 

意図的にそうしたってことですよね?これ、[SANNAN]という表示を入れたがために縦長に構成せざるを得なかった、[中]の字も中心に置けず上にずらしたというあたりが実態なんでしょう。
それにだよ。一番下のパーツが実は外弁ではなく内弁として描かれている不自然もだんだん目立ってきちゃった。外弁として描くとなると[SANNAN]のリボン部分に隠れてしまうからだろうけど、結局それって構図そのものに無理があったっちゅうことじゃないのか。リボンを六弁花の外に出して周囲を取り囲む構図にすれば全てが解決するような気がしますがね。
青い大円で囲んだ和田中由来の外弁が僅かに縮小されたことも目を惹く。原案では外弁と内弁は基本的に長さが同じだったのにww。デザイン上の必要はなかったはずだが、どんな意図があって・・・😱。
「美術の先生方」におかれてはどうお考えでしょう。

 

(続く)

2022年11月26日 (土)

【Intermezzo】封印された想いの深さ(山南小学校) ♯1

(承前)

 

前回、兵庫県丹波篠山市(旧 篠山市)の統合新設校の校章を見た絡みで、Derivativeネタで一つ御機嫌を伺います。
と、その前に、同じ県内の丹波篠山市と丹波市(の間のドロドロ)についてお勉強。

 

両市は互いに隣り合っている。Wikipediaにはそれぞれ;

 

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丹波篠山市(たんばささやまし)は、兵庫県中東部にある市。丹波県民局管轄区域。2019年(令和元年)5月1日に篠山市(ささやまし)から変更された。
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丹波市(たんばし)は、兵庫県東部にある市である。丹波県民局管轄区域。
市名の由来は、市域がかつて丹波国の一部であったためで、同じ丹波地方の京都府福知山市と県境を接する。
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とある。

 

元を糺せば、まず、ふた昔余り前、1999.04.01に兵庫県多紀郡の篠山町・今田町(こんだちょう)・丹南町・西紀町(にしきちょう)の4町が新設合併して「篠山市」が発足した。この事例は「平成の大合併」の第1号とされることが多いものの;

 

1999.01.13付の自治省告示により、1999.04.01をもってこれらの4町を廃し「篠山町」を設置する

 

とされていたところ、そのすぐ後;

 

1999.03.23付の自治省告示により、1999.04.01をもって同4町を廃し「篠山市」を設置する

 

ことに変更されたという経緯があった。
これは、1998年の「市町村の合併の特例に関する法律」の改正により、合併時に「市」になるための人口要件が引き下げられたこと(4万人特例)に伴う駆け込み変更で、地元も意図していなかった棚ボタの市昇格だったらしい。国の政策により「第1号」に祀り上げられたという見方もあるようです。(その後、この要件は2000年の同法改正によってさらに3万人まで引き下げられており、ご当地以外に4万人特例の適用例はない。)

 

対して、兵庫県氷上郡(ひかみぐん)の氷上町・柏原町(かいばらちょう)・青垣町・春日町・山南町・市島町の6町が新設合併して「丹波市」が誕生したのは2004.11.01、平成の大合併華やかなりし頃。この時には、僣称であるとして周辺自治体からのブーイングが巻き起こった。Wikipediaには;

 

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氷上郡6町の合併にあたっては、新市名候補の公募がなされた。この結果では「氷上」の応募が最多となったほか、「ひかみ」が3位となるなど郡名(あるいは町名)に因んだ応募が比較的多かった。これに対し、氷上郡合併協議会は「ブランド力の活用」などの理由で応募数では2位の「丹波市」を合併協議会委員の投票により選定した。これに対して地元住民のほか、当時の篠山市(現・丹波篠山市)や綾部市など丹波地域内の周辺自治体などから見直しを求める声が上がった。これを受けて合併協議会は改めて検討を行ったが、「公募は人気投票ではなく、応募数は参考に留めるものである」「公正なルールに従って選定された」「旧国名を採用している事例はほかにも多い」といった理由により見直されることはなかった。

 

なお、一連の経緯については竹内正浩が平成の大合併で誕生した各地の地名を考察した著書『日本の珍地名』の中で「京都府をはじめ全国的な反発を買ったという“事件”」と評価している。
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と書かれている(抜粋)。うんうん、覚えとるわツルも。「京都府をはじめ」とあるのは、京都府には綾部市のみならず、当時、船井郡に丹波町(2005.10.11 同郡の瑞穂町・和知町と新設合併して京丹波町)もあったからです。歴史的に見れば、そもそも「丹波」or 丹波国というもの自体、現在の兵庫県北東部と京都府中部、そして大阪府北部にまで跨るものであり、しかも地理的には山地に隔てられた複数の盆地(篠山・福知山・亀岡)が散在する複雑な地域だったという事情がある。(京都市民の目線では、丹波と言ったらほぼ兵庫県の方でしょ、的な見方が強いんじゃないかと思うけど。)

 

実際的な面で最も影響を受けたのが、既に誕生していた篠山市。
「丹波篠山」と言えば特色ある農畜産物で知られ、「丹波黒大豆」や「丹波栗」などは昔からよく知られている。ツルも京都に進学した際、八百屋の店先で見かけてあまりの粒の大きさにびっくりしたものです(親元に送ったもん、丹波栗。黒豆も毎年暮れに「飛切」という一番いいやつ買って帰省してました)。
これは行政上の区分を超え、歴史的に一体となって発展してきた地域名と言えるわけで、そのブランド力の魔法と絡んで平成大リストラ時にイザコザが生じたという次第。

 

それから15年後、2019.05.01に今度は篠山市の方から強烈なカウンターパンチが飛び、自らを「丹波篠山市」と改称しちゃった。「令和」改元当日に火を噴いた最終兵器。
よく考えると、初めに篠山市ができた時に同様の批判はなかったのかよという気がするけれども、全国的知名度を誇るのはあくまで「丹波栗」「丹波黒大豆」, etc.であって、「篠山栗」「篠山黒大豆」なんて言い方は決してしない、篠山市産であっても。それに、「篠山町 and others」→「篠山市」だったからあまり目立たなかったんでしょう。丹波市の方は旧6町の名前には「丹波」が入っていなかったから騒動に拍車がかかった。

 

どんな込み入った事情と経緯と思惑があるにせよ、将来に禍根を残したという意味でよくないことだと思うでしょ。それは50年経っても100年経っても消えないと思う、言い換えればツルはそんなご当地に移住して住もうとは思わないもん。
いや、ここは前向きに(?)捉えて、友好都市ってのはよくあるけど、それに倣って「敵対都市」って言葉を作った方がいいかしらん。そういう鋭く切り結ぶ関係ってのが日本にいくつかあってもバチは当たるめえ。

 

冗談はさておき、解決策は一つだけある、両者が合併しちゃうことでっせ(市名は当然、新「丹波市」または新「丹波篠山市」であろう、ブランド戦略上)。だけど、遺恨の深さからして「令和の大合併」にはかからないだろうと思います。
とまあ前置きはこのぐらいにしておこう・・・。

 

時計は進んで現在を通り越し、丹波市では2023年4月に、(現)山南(さんなん)中学校・和田中学校を統合して新たな山南中学校が開校する予定である。

 

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(Wikipedia)

 

この山南地域の中学校統合で、旧・山南中央公園(丹波市山南町谷川、2021年5月閉園)の跡地に2023年4月に統合校を設置し、和田中学校の跡地に2026年度の全面開園を目指して新・山南中央公園(仮称)の整備が予定されている。
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耐震構造の問題なんかもあるんでしょうな。つまりは公園と中学校をとりかえっこする形なわけ。この公園は現山南中(こちらの再利用については不明)からほど近いところにあり、和田中からは7~8kmほど離れている(徒歩通学だとこどもの足なら片道2時間以上かかっちゃうのね😢。しかしスクールバスを運行するわけではなく、路線バスの増便・延伸のみで対応するのだとか)。公園整備より次世代教育の方が・・・ああいやいや。

 

これに伴って早くも新校章が募集されたのが2年半前の2020年9~12月。発表は2021年3月頃を予定していたのが、コロナ禍で延期され2021年7月となった。

 

兵庫県丹波市
丹波市立山南中学校
校章
村上太一(丹波市山南町)
Murakamisannnanjrhighschoolinitial

 

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(2021.07.20 山南地域市立中学校統合準備委員会だより Vol.13)

 

【デザイン趣旨・想い 等】
山南中学校の校章の[葉]と和田中学校の校章の[葉]を重ね合わせ、共に過ごしていく生徒たちを優しく包み込んで育んでいこうという想いを元にデザインしました。
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昭和っぽい(というより大正浪漫みたいな?)デザインやな、という印象ですが(ばっさり)、どうも何かがおかしい感じ・・・。
どうにも気になるので、斜めに傾けてみたり補助線引いてみたりしてやっと、違和感の正体がわかりました。

 

Murakamisannnanjrhighschoolinitialtest

 

六弁花に見立てた場合、内弁3枚の中心と外弁3枚の中心がズレているし(赤い大円と青い大円が重ならない)、右下の内弁は長さが足りないときている(赤い小円)。しかも、内弁と外弁はそれぞれ120度毎に配置されていない(青い小円2個と赤い小円)。デジタルで作ってるはずなのに、どうしてだろう。こんなのありなんですか??家紋だったらあり得ない話だけど。

 

なんか、ずっと見てるうちにだんだん三蝶咲きのシランの花みたいに見えてきた・・・。

 

Img_20220510_0942512

 

(続く)

2022年11月23日 (水)

【加筆編】Retrospectiveなデザインが可能性を封印する:参(城東小学校・多紀小学校)

(承前)

 

丹後を出したからには丹波も出さずばなるまい、てな話で。

 

〔2010年4月開校〕
兵庫県篠山市(現 丹波篠山市)
篠山市立城東小学校
校章
居関孝男(京都市)
Isekijotoeleschool

 

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(2010.05 広報丹波篠山 No.133)

 

城東小学校の[じ]をデザイン化し、子どもたちが地域に見守られながら、未来に進む様子が表現されています。
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(2017.06.12 居関Facebook 抜粋)

 

篠山市立城東小学校校章、城東の[じ]を用いて、旧小学校章のイメージを取り入れ、太陽が輝く様、川、山、そして雲を取り入れ自然がいっぱいの学校を表しました。
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居関にしてはずいぶん冒険したデザインだなと思う、後年多用される「二重輪郭」も「校名フル表示」もここでは使われていないし。ひらがな使いというところは新しさを感じないけど。
日置小学校・後川(しつかわ)小学校・雲部小学校の3校を統合したもので、校舎は日置小のものを利用しているらしい。後川小は「後川ふるさと交流広場」として、雲部小は「里山工房くもべ」としてリノベーションされた由。残念ながら旧3校の校章は今ではネット上見つからない。
「雲を取り入れ」たというのは「雲部小」の名前に因んだのではないかと思うけれども、それがどのパーツを指しているのかはツルにはわかりません(-。-)y-゜゜゜

 

そしてそれから6年経つと、近くでまた統廃合があって・・・

 

〔2016年4月開校〕
兵庫県篠山市(現 丹波篠山市)
篠山市立多紀小学校
校章
居関孝男(65歳:京都市西京区)
Isekitakieleschool

 

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(2015.11.20 広報丹波篠山 No.200 抜粋)

 

故郷に似ている篠山の風景をイメージし、多紀の[タ]が3つ重なり合うように描いた。篠山は、マラソン大会参加などの縁で、第2のふるさとであり、とてもうれしい。
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(2017.06.12 居関Facebook 抜粋)

 

篠山市立多紀小学校校章、多紀の[タ](カタカナ)を組み合わせ、統合前の三校の意、つなぎ合わせからみんなの輪、そして山々と川の流れを表わしました。
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6年経つうちにすっかり居関テンプレートができあがっていたようです。[二重輪郭]も[校名フル表示]もそうだし、[Symmetry化]もそう(左右対称ではなく回転対称ではあるものの)。これが「タ」??てなところはさておきww、三つのパーツのつなぎ目が噛み合っていないことが気になるのはツルだけですかね?
それにセンセ、内陸の篠山市がセンセのお里、日本海沿いの福井県小浜市に似てるとか(一体どこが???)、センセがランナーだとか、そんな事情はどうでもいいんですってば。

 

この学校統合は次の3校によるもの。

 

村雲小学校
Murakumoeleschool

 

福住(ふくすみ)小学校
Fukusumieleschool

 

大芋(おくも)小学校
Okumoeleschool

 

ほほーん、なるほど。正三角形の造形は元からあったわけだ。

 

校舎は村雲小のものを使うこととされた。
その名も床しい「村雲」は、平安期に詠まれた和歌に由来するという。

 

雨の下年へぬ秋ぞなかりける村雲の神のしるしに
     大江匡房

 

不思議な歌で意味がよくわからないけれど、「村雲の神」とは天孫降臨ののち高天原から天津水を持ち来たったという天村雲命(天押雲命)のことだろうか。校章に[剣]が入っていることからして、天群雲剣に関わる伝承がある土地かと思ったんだけれど。
「大芋」は古くは「大雲」とも書かれ、切り芋が雲のような形をしているので「おくも」と呼んだことに由来する説、洞穴に土蜘蛛が住んでいたので「大蜘蛛」→「大雲」となったとする説があるそうな。
いずれも「雲」にゆかりのある地名なんですな。前述の城東小の母体の一つである雲部小の「雲部」も、明治期にこちらの「村雲」の「雲」と「宗我部」の「部」から取られた合成地名。旧 雲部小(現 里山工房くもべ)と旧 村雨小(現 多紀小)は直線距離で3km程度しか離れていない。

 

大芋小は、2020年4月から(実際には緊急事態宣言のため同年6月から)「泊まれる学校 おくも村」という施設になっている。
福住小には、「飲食店の開業を目指す方に、期間を決めて営業にチャレンジするための場所・設備をお貸しする空間」として「チャレンジカフェ」なるものができていて、2018年10月から学校カフェ「めしと、つけもんと、パンと、」(by 原田久美子)が入り、これが3年間の契約期間満了で近くに移転・改名した後、2022年5月からは最長3年間の期間限定でカフェ「ノウム」(by 木村百合子)となっている。

 

こういう再利用、もう定番になってるんでしょうね。 そう言えば、ツルが今月の初めに旅した沖縄で、ちょっとしたつてがあって、北部の名護市で「第2回 風と緑のちいさなクラフトフェア」というイベントに行ってきたんだけど、この会場だったのが「古酒泡盛の歴史・文化を広めるとともに、モノづくりを伝える場として」作られた「黙々100年塾 蔓草庵」(by 島袋正敏/せいびん)という施設。2009年3月に統廃合により閉校した名護市立天仁屋(てにや)小学校の真向かいにあって、学校の敷地内でも琉球藍の藍染めのワークショップなんかやってました(それを見に行ったようなもんです)。 過疎地で人の集まるコミュニティセンター的な役割を果たしている場所って、こういう旧い小学校校舎のケースが結構ある気がするし、今後もそれは増えていくんじゃないか。建物は公民館より立派だろうしね。ツルは斜めから見て、そうした役割はひょっとしたら事実上コンビニが果たしていくんじゃないかと思ったりしてるんですけど(苦)。

 

あ、ついでに言うと、南部の南城市で斎場御嶽に行こうとしてたら「第19回 尚巴志ハーフマラソン」ってのがあってて、ちょっと交通規制に巻き込まれたりもしました。ご多分に漏れずコロナ禍のため2020年・2021年は「なんじぃRUN」と称してオンライン開催(@_@)で、2019年の第18回から実質的に3年ぶりの実開催となったせいもあってか、総エントリー5千人程度と結構大きな?大会だったようです。三密どころか五千密(゚д゚)!沖縄大好き&走るの大好きな居関センセも参加なさったりしてたんでしょうかね?

 

丹波に戻りましてと。
ご当地の変遷を逆時系列で辿ってみると、面白いことが見えてくる。縮図的なものが明らかになってくるんだよね。

 

2019.05.01
篠山市が丹波篠山市に改称

 

1999.04.01
多気郡の篠山町・今田町(こんだちょう)・丹南町・西紀町(にしきちょう)が新設合併により篠山市となる

 

1975.03.28
(旧)篠山町・城東町・多紀町が新設合併により新たな篠山町となる

 

1960.01.01
城東村が町制施行して城東町となる
多紀村が町制施行して多紀町となる

 

1955.04.15
村雲村・福住村・大芋村が新設合併して多紀村となる

 

1955.04.10
日置村・後川村・雲部村が新設合併して城東村となる

 

つまり、城東小・多紀小の名称は1975年より前の旧町に対応した名前に戻った形になっているわけ、きれいに。また、1955年より前には旧村に一つずつ小学校があったのだろうということも見て取れますが、いかんせん昭和は遠くなりにけり。今や統合で遠くの小学校にスクールバスで通うのは地方じゃ割と普通のことになっちゃったようだし。
(篠山市と言えば、愚blog的には当然アノお隣との因縁ネタに触れないわけにはいかないんですが(⁠-⁠_⁠-⁠)、それはまた回を改めまして。)

 

2009年募集の城東小校章も2015年募集の多紀小校章も採用対価は10万円。この年代はご当地公募の相場が下落し始めた時期とも重なるようだから、知的労働量等も考慮するとww、相対的にこの対価価値ないしはコストパフォーマンスは上昇したと考えてもいいのかもしれない。
まあねえ。前者ぐらいの密度の作品いつも作ってくれてりゃと思うけどねえ。

 

(続く)

2022年11月20日 (日)

【加筆編】Retrospectiveなデザインが可能性を封印する:弐(岩戸養護学校・大宮南小学校)

(承前)

 

古い方で見てみると、既に今から12年前にこんな山桜紋タイプの作品がある。

 

〔2010年4月開校〕
神奈川県横須賀市
神奈川県立岩戸養護学校/Iwato School for Children with Disabilities
校章
居関孝男
Isekiiwatoschoolfordisabilities

 

これではまるで「岩戸小学校」なんですけれども、同校は神奈川県内にただ一つの高等部だけからなる特別支援学校で(開校前の前身が何だったのかは不明)、2008年3月に高校統廃合により閉校した神奈川県立岩戸高等学校の跡地に開校したものである。設備はほぼそのまま利用しているらしい。英文呼称が“for Children with Disabilities”となっているのはかなり驚きました。“Special Support”とかじゃないんだ!

 

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(同校サイト)

 

本校校章は、最背面に[ササユリ]、その上に[サクラ]の花びら、そして「岩戸」の[校名]を配しています。
「岩戸」の校名には希望・情熱・幸福・自然をイメージする濃緑を使い、柔らかな曲線が三浦半島の山々と海を、そして生徒・教員の互いの結びつき、さらには優しさを表しています。
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これにも結構吃驚仰天(in a contemptuous way)。なぜ六弁花のササユリが五弁で表されるのだよ。そもそもなぜササユリを使うこととしたのか、そこのところも不明なんですけれども。

 

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(2018.12.03 居関 Facebook)

 

神奈川県立岩戸養護学校は、県立の高等部のみの特別支援学校。最背面に[ササユリ]、その上に[桜]の花びらを重ね、「岩戸」の校名を配し、希望・情熱・幸福・自然をイメージする濃緑を使用、境目の曲線で三浦半島の山々と海のを表現。
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原文ママ。「三浦半島の山々と海の」【何】を表現したかったのであろうか😁。

 

そして危うく見落としかけたが、濃緑が情熱を表すとはついぞお目にかかったことがない色イメージ。そもそも濃緑ですらないと思うけれども、居関センセ、パステルカラー主体のこのIconのどこに「情熱」が表されてるというんです??ひょっとして、この↓の地色のこと??

 

Isekiiwatoschoolfordisabilitiesflag

 

続いてもう一つ山桜紋を。

 

〔2013年4月開校〕
京都府京丹後市
京丹後市立大宮南小学校
校章
居関孝男
Isekiomiyaminamieleschool

 

大宮第二小学校と大宮第三小学校を統合したものであり、校舎は大宮第二小のものを使っている。

 

Facebookには;

 

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(2013.04.27 居関Facebook)

 

平成25年4月8日京丹後市立大宮南小学校開校式。生徒さんの大きな夢を応援!!!
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とだけ書いてあり、同校サイトにも作者名は出ていないので、居関作品と断定する根拠はない。しかしこれも[二重輪郭]でしょ。そのように判定することで問題ないと考えます。
不思議なのは[桜]の中に[捻梅]の紋章らしきものが顔を出していることで、なぜなのかはわからない。おそらくは統合対象となった大宮第二小・大宮第三小に由来するのじゃないかと思われるけど、旧2校の校章はネット上見つからない。

 

「中陰捻梅/ちゅうかげねじうめ」
Chukagenejiume

 

あ、これって・・・

 

Shinomiyanarikinmanju

 

一定以上の年齢の福岡県民だったら、筑豊は直方市(のおがたし)の銘菓「四宮の成金饅頭」を思い出すところでしょ、と書きかけたら、2020年5月から事業承継で「まとやの成金饅頭」になってるそうで驚いた。異業種(建築設計事務所)からの参入によるもので、味も製法も焼印も変わっているそうな(四宮の商標は継承に失敗した由)。
巨大どら焼きといった風情のお菓子で(直径30cmぐらいのものもあったと思う)、ただし餡は白いんげん豆の中でも手亡豆ではなくうずら豆を使うことになっている(cf. 2019.08.24「似て非なるもの インゲンマメ xs ベニバナインゲン xs フジマメ xs 三度豆 xs 手亡豆」)。
しかも;

 

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(2019.02.23 朝倉2号の楽しき日々 抜粋)

 

Narikinmanjus

 

  右上 博多屋菓子舗
  左上 菓舗四宮
  右下 喜久屋菓子舗
  左下 大石本家

 

かすてら生地の皮で、うずら豆の白餡をはさんでるとこは一緒なんだけど、
よく見ると、喜久屋だけ焼き印のねじり梅の向きが違います。
これは、喜久屋が成金饅頭の元祖「かめや」を引継いでいるから。
博多屋、四宮、大石本家は「かめや」に敬意を表して
逆向きにしてるそうです。
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という説があるそうな(実際には上掲画像のとおり四宮にも逆向きのものはあったわけだけど)。
因みに「成金」とは筑豊の炭鉱で一発当てたお金持ちのことを指していて、炭都の歴史をも表しているわけ。

 

おっと、脱線脱線。

 

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(2020.10.23 同市サイト)

 

京丹後文化のまちづくり実行委員会は、9月16日に大宮南小学校、25日に弥栄小学校で、それぞれ廃校となった旧五十河小学校と旧野間小学校の校歌を保存したCDを、各小学校と各地域へ進呈しました。
この取り組みは、廃校となった学校で歌い継がれてきた校歌を地域の大切な歴史として、次世代に引き継ぐことを目的に実施。CDには、京丹後市少年少女合唱団協議会と丹後吹奏楽団の協力を得て、市内の子どもたちの歌声で蘇った校歌が収録されています。
同委員会は今年度、旧網野小学校、旧磯小学校の校歌CDも作成し、それぞれ地域や学校への進呈を計画しています。
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7年半後の贈り物・・・、泣けるだろうなあ。閉校時6年生だった子は19/20歳になって成人に達するお年頃(因みに18歳成年は2022年4月から)。

 

あれ、でもなぜ大宮第二小と大宮第三小の校歌は入ってないのだろう?wwと思ったら、五十河(いかが)小が閉校したのは1980年3月で、三重小学校の一部と統合して大宮第三小学校になったという歴史があったようです。
そして、さらに驚くことには。

 

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(2021.02.13 毎日新聞 抜粋)

 

京丹後市教委は、児童数が減少している宇川、吉野、長岡、大宮南、島津の5小学校を閉校し、それぞれ近くの学校に統合する計画案を策定していることが12日、毎日新聞の取材でわかった。当初は25日開会の3月議会に提案する予定だったが、「コロナ禍で住民に十分な説明ができない」などとして6月議会に延期した。これに対し、宇川小の地元住民が過疎地の小規模校の良さを生かした教育、町づくりを目指そうと「宇川小・統廃合を考える有志の会」を結成。近く、拙速な審議・議決をしないよう緊急要望書を市長と市教育長に提出する。

 

〔後略〕
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ええー!
つまりさ。

 

1980年(昭和55年)4月 五十河小学校 → 大宮第三小学校
2013年(平成25年)4月 大宮第三小学校 → 大宮南小学校
202X年(令和X年)X月 大宮南小学校 → ○○小学校

 

という変遷を辿る運命というわけ。これにより平成大合併前の中郡大宮町内の公立小中学校は、この○○小学校と大宮中学校のそれぞれ1校だけになる。無論、小中一貫教育への移行も視野に入れているでしょう。大宮南小の生徒数は現在既に100人を切っている。
さらに調べてみると、2022年2月改定の「京丹後市学校再配置基本計画 改定版」では;

 

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小規模化が進む大宮南小学校を大宮第一小学校に適正配置することについて前期計画期間内[引用註:2021年度から2025年度まで]に検討します。
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となっていて、大宮南小は10年余りで歴史を閉じることになりそうな雲行き。(蛇足めくけど、この資料、推計数値にかなり杜撰なところがあって絶句します。)

 

前から愚blogでは、地方自治体に関して「平成の大合併」に続く「令和の大合併」がいずれ起こるだろうと書いてきたけど、公立学校の「令和の統廃合」の方が先に来てるのかもしれないな。こうして全国から学校が、地域から子供が減っていくのね。

 

桜、はらはらと散りゆく。

 

(続く)

2022年11月19日 (土)

【加筆編】Retrospectiveなデザインが可能性を封印する:壱(桜舞館小学校) 其の弐

(承前)

 

Isekioubukaneleschoolfinal

 

福岡県みやま市の桜舞館小学校の校章、旧校のものと見比べてみるとこうなる。

 

飯江小学校
Iieeleschool

 

竹海小学校
Takeumieleschool

 

山川南部小学校
Yamakawananbueleschool

 

がんばって探したけど、山川東部小学校の校章は見つかりませんでした・・・。でもとにかく、旧4校のうち少なくとも3校までは桜花紋だったわけよ。

 

おさらいすると、つまり「桜」は;

 

(1) 市の花である
(2) 校名に因む
(3) 旧校の校章に因む

 

の3つの意味から必然いや宿命だったのだろう。而して新校章は桜花紋になったと。この3要素が該当するケースなんて、全国にいっぱいありそう・・・。前々回取り上げた岩手県北上市の東桜小も、サクラは市の木で(1)と同類だし、(2)も当てはまる。((3)は該当しないけど。)

 

多少深掘りすると、日本の家紋で単に「桜」と言えば、二つに分かれた弁先の丸いものを指します。対して、花弁の先端が尖っているものは「山桜」。例えば、それぞれに葉を添えたものはこう呼ばれる。

 

「葉敷桜/はしきざくら」
Hashikizakura

 

「葉敷山桜/はしきやまざくら」
Hashikiyamazakura

 

桜舞館小の校章と見紛うばかり(あ、「桜舞館小の校章が見紛うばかり」かww)。ま、「二重星敷山桜」てなところネww。
山桜紋の方が見慣れたフォルムです。普通、桜の花の意匠はこちらの形で表されるし、詰め襟の軍服(や制服)の金釦とか軍旗とかにも好んで用いられた感じで。
実際の植物では、ソメイヨシノとヤマザクラの違いは、前者が葉の出る前に花が咲くのに対し後者は葉と花が同時に展開するという点にあるけど、家紋じゃちょっと様子が違うのだ。

 

さらに脱線すると、桜の花の家紋はあるし梅の花の家紋もあるのに(「梅花」タイプと「梅鉢」タイプに大別される;cf. 2009.03.07「遺遺 家紋夜話」・2009.04.04「廻廻 家紋夜話」)、桃となると花ではなく実を描いたものしかない(ツルが知る限り)。

 

「梅花/梅の花」
Baika

 

「梅鉢」
Umebachi

 

「丸に桃」
Marunimomo

 

その意味でこの作品↓はOriginalityが高いんですよ(爆)。

 

【2019.11.02~03「「公募」の名に値しないとはどういう場合か」】
茨城県桜川市
桜川市立桃山学園
校章
居関孝男
〔2018年4月開校〕
Isekimomoyamaacademy2

 

これはあくまで「桃山」の桃であって「桜川」の桜ではない。
あー、そうか、ここでは文字のVisibilityのため補整するという観点を持たなかったんだ(cf. 前回)。

 

あだしことはさておきつ。
本統合では、当初は小中一貫校とする計画だったのが住民の反対に遭って路線変更したという経緯があった。だから統合自体2年遅れとなっており、新校舎も山川中学校の敷地内併設から飯江小の改築(?)に変更になったらしい。2015.03.15発行の「4校統合協議会だより」第1号には「忘れてはならない事は、多くの住民説明会でお分かりのように、意見の対立がそれだけにとどまらず、人間関係を傷つけ亀裂を深めたという不幸な現実も生じさせたことです」とまで言い切った会長の言葉が載っているので、さぞやドロドロがあったんでしょう。
もっとも、現在は桜舞館小のサイトにこう↓出ているから、小中一貫校または義務教育学校への実質的な移行が徐々に始まっているのだろう。

 

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本校は昨年度[引用註:2021年度]から山川中学校と合同のコミュニティスクールの指定を受け、合同の学校運営協議会を置き、地域とともにある学校として、地域との連携・協働を進めてまいります。
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アレ?桜舞館小の子は全員山川中に入ることになってるのかな??

 

福岡県みやま市
みやま市立山川中学校
校章
Yamakawajrhighschool

 

おいおい、また山桜紋かよ・・・😅。
斯くして、桜舞館小を卒業した子供たちは山川中に入学して校名と校章の地味さ加減にびっくりするという😵。

 

桜舞館という、小学校にしてはえらくいかめしくもゆゆしげな校名についても見ておこう。これも公募によったもので、どんな由来があるのかと思ったら・・・

 

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(2014.12.01 4校統合協議会だより 第4号)

 

校名候補
読み方
得票数
校名に込められた想い

 

四つ葉(四ツ葉)
よつば
16(2)
四つ葉のクローバーは幸福をもたらすと言われ、4つの小学校が一つになるのでイメージにも合い、子ども達が幸せな学校生活を送れるようにとの願いを込めて。

 

みやま東
みやまひがし

これから学校再編で生まれる新しい学校は、位置的にちょうど東西南北に当てはまり、今回の4校統合小学校はみやま市の東にあたるため。

 

桜舞館
おうぶかん

市花の「桜」と所在地の「舞鶴」の「舞」を合わせ、また「館」を付けることで、みんなが一つの学び舎に集い、お互いに成長していく様子をイメージできるから。

 

桜舞
さくらまい

統合小学校周辺にも学校にも桜が咲き、花びらの舞う姿は門出にふさわしく、この学校が子ども達の背中を未来へ押してくれるように思えるから。

 

楠桜
なんおう

「楠」は市木で「桜」は市花であり、みやま市で最初の統合小学校にふさわしく、また、学校南の神社の楠と周辺の桜に見守られながら、子ども達が成長することを願って。

 

舞鶴
まいづる

4校区住民によく知られている地名であり、また鶴が舞う姿はめでたく、子ども達の成長や発展、長寿を願う思いを込めて。
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こんなの、違う。校名にせよ校章にせよ、小学校と聞いて「桜」しか思い浮かばなかったImaginationの貧困である。
日本全国、校庭にサクラの木が1本もない小学校の方が絶対的に少ないでしょうよ。藩校か何かかいなと思いきや、まさかそんな、特異性も歴史もへったくれもないネーミングだったとはツル知らず。

 

「楠桜」のところで出てくる「楠」にもツッコミどころありなのをツルは知っている。これが市の木になっているのは、市の北西端を有明海に流れ下る矢部川のほとり、新船小屋地区にクスノキの大木の群生があるから(川をまたいだところ、お隣の筑後市には「船小屋」という地区がある。瀬高町出身の元運輸大臣 古賀 誠の政治力によるどマイナーな新幹線駅「筑後船小屋駅」のあるとこです)。ツルの父親の実家からも至近。しかしここは旧瀬高町なので、つまり桜舞館小の校区になっている南部の旧高田町や東部の旧山川町と直接の関係はない。ジモティなら気にするところなんじゃないかねえ。
「学校南の神社」は、調べてみると「舞鶴老松神社」という小さなお宮のことで、ちょっとびっくりしました。どれだけ立派なクスノキがあるのだろう?

 

上記の由来は、校名決定時にはこってりと厚化粧されて公表された。

 

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(2015.03.15 4校統合協議会だより 第5号)

 

校名への想い
4校の子どもたちが、桜舞う一つの学び舎に集い、暖かな春の訪れとともに優美な花を咲かせる桜のように、この小学校で夢を芽吹かせ、仲良く、勉学に、スポーツに打ち込み、多くの友達と切磋琢磨しながら、確かな学力と健やかな身体、豊かな心を身に付け、明るい未来へと舞い羽ばたいて欲しいという願いが込められています。

 


天保古山の山頂にそびえる「平家一本桜」、成田山へと続く桜道、舞鶴ふれあい公園から飯江川沿いに続く桜並木など、この地域には様々な「桜」が見られます。また、「さくら」は市花であり、最初の統合校を象徴するものでもあります。

 


桜の花が舞う様子は、子どもたちの門出を祝い、成長を期待させてくれます。また、統合小学校の立地する地名「舞鶴」の「舞」と併せることで、この地域をイメージすることができます。

 


文武に研修練磨する学び舎を連想させ、きちんとあいさつができ、規範意識の高い子どもたちの姿が思い浮かびます。あわせて、この地域では古くから武道が盛んであることも表現しています。
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やれやれ、柔道や剣道の道場のネーミングじゃないでしょうに。

 

(続く)

2022年11月13日 (日)

【加筆編】Retrospectiveなデザインが可能性を封印する:壱(桜舞館小学校) 其の壱

(承前)

 

居関の桜花紋校章、福岡県にはまだあるとです。

 

〔2016年4月開校〕
福岡県みやま市
みやま市立桜舞館(おうぶかん)小学校
校章
居関孝男(京都府:グラフィックデザイナー)
Isekioubukaneleschoolinitial

 

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[桜]の花びらとその背後に鶴が舞う姿をイメージしました。背後の[星形]で広がる山々、内側で川の流れ、外側への広がりから児童が未来へ向かい躍進する様、「桜舞館」の文字から生涯校名に誇りに思って欲しいと願いました。
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 ↓

 

Isekioubukaneleschoolfinal

 

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[桜]の花びらとその背後に鶴が舞う姿をイメージしています。背後の[星型]は広がる山々、内側は川の流れを表し、外への広がりから児童が未来へ躍進する様を表現しています。
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制定側・応募側からすれば、桜はご当地の市花でもあるし、校名からしても桜モチーフになるのは必然だったんだろう。いわばTHE・サクラ決定版です(笑)。

 

ここで一つはっきりしてくることがある。前回もちょっと触れたように、居関の校章デザインは校名を真ん中に入れるケースが多いんですね。そのMethodをこの「桜舞館」という込み入った文字の場合にもそのまま適用したからごちゃついてしまった、そこに補整が入った、と。

 

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(2015.11.13 4校統合協議会だより 第9号 抜粋)

 

校章デザインについては、応募された94作品について協議を重ねてきましたが、最終的に委員の投票により、京都府在住のグラフィックデザイナー居関孝男さんの作品が選ばれました。なお、選定の過程で福岡デザイン専門学校校長 伊場芳朗さんによる補作を行っております。
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桜と星を重ねただけのありきたりなデザインになってしまった気もするが。

 

それでは、なぜ「鶴」が突然出てくるのかというと、これは所在地が「みやま市高田町舞鶴257番地1」だから。しかしどうためつすがめつしてみても、このデザインに鶴の姿は見えてこない。(因みにご当地は別にツル類の飛来地というわけではない。)

 

みやま市ってツルのルーツの地だったりします(住んだことはないけど、今も父親の実家が残っている)。
もっともこの学校は、旧三池郡高田町(たかたまち)の飯江小学校・竹海小学校、旧山門郡(やまとぐん)山川町の山川東部小学校・山川南部小学校を統合したもので、一方ツルの本籍地は旧山門郡瀬高町。これら3町が新設合併してみやま市となったのは2007年1月、それから10年ほど経つうちに今度は学校統合の嵐が吹き荒れるというのは定石どおりの展開。現在、人口は3万5千人を切っているので実質的には町レベルである。
みやま市という市名については、ツル的にはいささか疑問を感じるんよね。三池郡の「三」と山門郡の「山」を取った合成地名ということなんだけど、どうしても「深山市」をイメージしちゃうでしょ。実際には、基本的に筑後平野の中にあるところなので、名は体を表さずで乖離があると思う、いつも。
「広がる山々」というのもこの連想で導き出された誤解ではないかという気がするが、桜舞館小(旧飯江小の場所にあるらしい)は平野とその東の山地の境目に位置しているので、あながち間違いでもないんでしょう。

 

愚blog的に本公募で注目する(笑)のは、7点の候補案があったうち、こんなものが入っていること。

 

_komai_oubukaneleschoolcandidate4

 

おおっっっ、これは・・・。

 

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校名の[さくら]舞う姿は心体を鍛え、自ら学ぶ喜びを、[緑]の楠は児童と児童、先生と児童、地域・保護者と学校が助け合う触合いを、[青]の飯江川は明日拓く夢、未来に向かう躍進を表現し、21世紀をリードするみやま市の「桜舞館小学校」が力強く発展する勇姿を象徴しました。
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うははは、このビジュアルとこの文章、駒井 瞭ですね。緑が楠を表すというのはクスノキが市の木だからでしょうが、このことについてはまた別途。

 

かと思うとこんなものも。

 

Oubukaneleschoolcandidate5

 

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桜舞館の[O]と[舞う桜]を基に4校が輪になり未来に花咲く桜舞館小を象徴しました。4つの桜は統合する4校を表し、[ピンク]は花、[緑]は大地と青葉、[黄]は光と実りで、自然と風土に恵まれたみやま市をイメージしました。
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Oubukaneleschoolcandidate6

 

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桜舞館の[O]と[舞う桜]と未来へ伸び上がる児童の姿で4校が輪になり未来に花咲く桜舞館小を表現しました。4つの桜は統合する4校を表し、[ピンク]は花、[緑]は大地と青葉、[黄]は光と実りで、豊かな自然と風土に恵まれたみやま市をイメージしました。
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同一作者なのは間違いないでしょうな。既視感あるよなあ。これだっけ??↓

 

【2019.11.02「「公募」の名に値しないとはどういう場合か 上」】
滋賀県東近江市
東近江市立五個荘あじさい幼児園
園章
居関孝男
〔2017年4月開園〕
Isekigokashoajisaikindergarten2

 

(続く)

2022年11月12日 (土)

【加筆編】Retrospectiveなデザインが可能性を封印する:序(東桜小学校・光陵小学校・犀川小学校)

【2022.11.15 改稿】

 

家紋画像を白地黒紋から黒地白紋に変更しました。
こうしないとどうもしまらない。

 

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(承前)

 

奥野の校章作品を見た後は、比較対照的にこのガイダーの作品を見ていこう。

 

まず、最新のところから。

 

〔2023年4月開校予定〕
岩手県北上市
北上市立東桜(とうおう)小学校
校章
居関孝男(71歳:京都市:グラフィックデザイナー)
Isekitououeleschool

 

居関も校章・園章をばんばん作ってるんだよねーーー。

 

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(同市サイト)

 

「東桜小学校」の校名・市の木である[桜の花びら]を用いて、児童が両手を広げ大地に踏ん張る姿を彷彿させました。小さな4枚の花びらで統合する4校、大きな花びらで未来への成長と躍進、そして新しい学び舎を表してあります。
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え、5校統合かと思ったら4校なん?旧校と新校の両方をビジュアルに表すという点だけはユニークだと思うけど、なんか、こじつけっぽい。

 

この統合はもともと立花小学校・黒岩小学校・照岡小学校の3校で行う計画だったのが、2020年秋に口内(くちない)小学校が対象に加わったもので、校舎は「立花地区の県道一関北上線沿い」に新設される。
旧校の校章は次のとおり。

 

立花小学校
Tachibanaeleschool

 

黒岩小学校
Kuroiwaeleschool

 

照岡小学校
Teruokaeleschool

 

口内小学校
Kuchinaieleschool

 

立花小のデザインは、校名からしても橘紋モチーフだろう。

 

Tachibana

 

Localityや歴史の重みがカケラも感じられない校名(ばっさり)はやはり公募されたものだが、「とうおう」と耳で聞いて漢字がパッと思い浮かばないというのもツルに言わせりゃ致命的ですな。趣旨は次のようなことらしいですが。

 

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北上市の東部に位置しており、東部4地区が一丸となってつくられる学校であることを示す[東]と、地域住民に愛着のある、美しい花を咲かせる[桜]のように、子どもたちが美しい心・たくましさ・自信をもった人に成長してほしいという願いを込める「桜」を合わせて、「東桜」としました。
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そりゃまあ、ご当地だって桜の名所はあるでしょうけどね。

 

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(2022.07.27 岩手日日新聞 抜粋)

 

市教委は4月4日~5月27日、全国を対象に校章を公募。市内、県内外から177点が寄せられた。
地元4地区の関係者らで構成する東部地区小学校統合推進委員会で8点に絞り、市教委に上申。市教委で検討した結果、居関さんの作品は▽東桜小にちなんだ[桜]をイメージ▽[校名]がフルで入っている▽シンプルな表現―が評価された。
作品の中には「東」も多かったが、市内には黒沢尻東、和賀東の両小学校もあることからフル表記が望ましいとし、北上川などを盛り込んだ作品もあったものの、最終的にシンプルさを重視した。
居関さんは「市の木である桜の花びらを用いて、児童が両手を広げ大地に踏ん張る姿を彷彿させた。小さな4枚の花びらで統合する4校、大きな花びらで未来への成長と躍進、新しい学びやを表した」と説明。これらの制作意図も明確で、校名の趣旨に合致していると評価されたとみられる。
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「桜」も没個性なら、「東」もカブりが問題になるぐらいありふれとるわけだorz。「カブるからフル表記が望ましい」というのは足し算思考に過ぎないでしょ?「校名がフルで」という点も実はかなりはっきりと居関テンプレートなので、そこはまたいずれこき下ろします。

 

今春開校したところではこんな桜が。

 

〔2022年4月開校〕
福岡県宮若市
宮若市立光陵小学校
校章
居関孝男(京都市)
IsekikoryoeleschoolinitialIsekikoryoeleschoolfinal

 

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(2022.01 広報みやわか No.192 抜粋)

 

宮若東中学校区小学校再編準備委員会で選定を行い、教育委員会会議で居関孝男さん(京都市在住)の作品の採用を決定。その後、再編準備委員会委員、教育委員の意見を取り入れ、校章デザインが完成しました。

 

【デザインに込められた思い】
大きく両手を広げ地に根差した児童の姿と学校を大切にする気持ちを表しています。
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(2022.09.23 居関 Facebook)

 

福岡県宮若市に令和4年4月に新しく開校した「光陵小学校」の校章。校名の[光]の文字を輝く[星]の形にして描き、中央の[弧]で「陵」、背後に宮若市の花である[サクラ]を配し、全体から大きく両手を広げた児童の姿に見立て、地に根ざす様、そして[校名]を入れ学んだ学校をいつまでも心に残る様に表しました。
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宮田東小学校・宮田小学校を統合して開校したもので、新校舎は2013年3月に閉校した旧 宮田光陵中学校(宮田中学校と統合 → 宮若東中学校)の跡地に建設された。玉突きのScrap & Buildです。

 

Facebookには当初版の方が出ているが(自分が作ったのはこちらだ、という言い分だろう)、リデザインでかなりフォルムが修整されて、色使いもモノクロになった・・・のだと思う(光陵小サイトには校章が掲載されていないので詳細不明)。構図が変えられたのは、桜花を倒立して配することに違和感ありとなったんじゃなかろうか。それと、バッジにしたときに尖ったところがあると危ないやら何やらの声も上がったっちゃないかいな。
しかしよく見ると不思議な構造をしていて、桜と星と「光陵小」は中心がズレてるんですね。しかもリデザイン後も完全には直されていない(72度ずつ回転させていくとわかりますよ)。それってアリなんですか??
180度回転させれば弧は弦月に変わるのでww、だったらいっそ雪月花か日月星のモチーフにしちゃえば?「陵」はどうせ大した意味など持たされてないでしょうが。最近の学校名にはしばしば登場する字だけど。
そもそも論で言えば、「光」と「陵」の字をビジュアル化したのなら、「光陵小」の表示は必要ないのじゃないの?それに同市には他にも小学校があるのだから、なぜここが市花を用いるのかというツッコミもありそうな・・・。「我こそは宮若市の小学校の代表」みたいな体で。

 

旧校の校章は以下のとおり。

 

Miyatahigashieleschool Miyataeleschool

 

あー、そうか、やっぱり。「宮若市の花」だからサクラが使われた、というだけではないのかもしれんな。
だいたい居関校章には桜モチーフがとても多いんです。というより、伝統的に全国津々浦々の学校の校章で最も頻繁に用いられてきたのが桜花紋ということだろうけれど。その前提で考える限り、(学校再編に伴う新校の開設であっても)どうしても桜花紋デザインが無難ということになるのだろう、ガイダー的発想では、あるいは制定側小役人の頭では。

 

次もまた福岡県内、また桜花紋です。

 

〔2020年4月開校〕
福岡県京都郡(みやこぐん)みやこ町
みやこ町立犀川(さいがわ)小学校
校章
居関孝男
Isekisaigawaeleschool

 

グレーで表された部分はシルバーを意味するんだそうな。[二重輪郭]で描くのは居関が多用するお手の物の手法で、これまでにも多数見てきたし、上掲の東桜小もそう。一方、珍しく「犀川小」ではなく「犀小」という略称でデザインされているので、ちょっと「サイ/Rhinocerosの学校」みたいな感じで愉快。

 

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(同町サイト)

 

一筆で描ける[桜]から児童たちが仲良く手をつなぎ合う様、[犀川]の文字で学んだ校名を忘れないように願い、若草を意とする緑色で表してあります。
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(2022.01.18 居関Facebook)

 

犀川小学校・柳瀬小学校・上高屋小学校、そして城井[引用註:きい]小学校が統合し、新たに開校する『犀川小学校(福岡県みやこ町)』の校章デザイン。現校章と旧犀川小学校の木であった[桜]からその花びらを用いました。一筆で描ける花びらから児童たちが仲良く手を取り合う様を意とし、[犀川]の文字で学んだ学校を忘れないように願ってあります。
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だからさ。「犀川」ではなく「犀」なんですってば!
ああいや、そこじゃないか・・・・・
そうか![一筆描き]であることを表すためには中央の部分を描くことがどうしても必要で、だから文字数が奇数の「犀川小」ではなく偶数の「犀 小」にして花心を覗かせたんだ!

 

4校統合を五弁花の桜で表したのも東桜小と同じで、旧校はいずれも創立100年を数える古い歴史があった。新校舎は旧犀川小敷地内に新築された由。

 

Formersaigawaeleschool Yanaseeleschool Kamitakayaeleschool Kiieleschool

 

カラーにするとこうなる↓らしいんですが・・・(厳密には校旗じゃないかと思うけど。)

 

Miyakotown4formereleschools

 

なんか、かなり違ってる気がするが(笑)。

 

やっぱ桜は必然だったわけだ、ある意味。でもよく考えると、逆に一筆書きできない桜ってあるのかな、と思うけど(笑)。雄しべは柳瀬小でも描かれてないじゃん。

 

見渡せば柳桜をこきまぜて「みやこ」ぞ春の錦なりける
   素性法師

 

(続く)

2022年11月 6日 (日)

【スーパーローカル編】伊都国の密室で;偶然の鍵(九州大学フジイギャラリー暖簾マーク)

(承前)

 

前々回書いたこの件↓なんですが。

 

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因みに、今年5月に正式なロゴマークのデザインが発表されるまでの間も学内利用は始まっていたわけで、仮のロゴマークとロゴタイプを用いていたらしい。これです↓。

 

Fujiigallerytentative

 

この仮ロゴマーク、どうも日本の家紋の「八つ藤」と「隅立て井筒」を組み合わせたデザインのように見える↓。

 

Yatsufuji Marunisumitateidutsu

 

八つ藤紋は家紋としては割と特殊なものかと。フジイさんのおうちの紋所じゃないかという気がしたりして。(少なくともイフジ産業のロゴマークではない。)

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全くひょんなことから詳細が判明しました。ニュースレターに出てたんです。

 

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(2021.09.30 九州大学総合研究博物館ニュース No.36 抜粋)

 

Yoshidafujiigallerysplitcurtaindisplayed

 

暖簾マークの紹介
吉田明世 テクニカルスタッフ

 

この春から進めてきたフジイギャラリー内の準備も、6月にようやくひと段落を迎えました。広々とした印象だったG1スペースにも、歴史的什器である本棚やテーブル、椅子、受付カウンター等が設置されました。
この受付カウンターの後ろに掛かっている暖簾を、この度デザインさせて頂きました。暖簾のデザイン自体初めてで、どのようなデザインにしようか考えましたが、フジイギャラリーの名称にもなっているご寄付頂いた藤井様のお名前よりイメージを膨らませて制作致しました。
植物の[藤]と、[井]の漢字のカタチから構成し、囲み藤の中に井の字を傾けたレイアウトを家紋のように円で囲み表現しました。井の中央にある四角の余白をフジイギャラリーの建物に見たて、中央に配置することでより多くの人に集まってもらいたいという思いを込めました。

 

〔後略〕
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つまりこういうことらしい↓。仮のものではなかったわけです。

 

九州大学総合研究博物館
フジイギャラリー
暖簾マーク
吉田明世(フジイギャラリー テクニカルスタッフ)
Yoshidafujiigallerysplitcurtain

 

だっさーーー。資金提供者の家紋と見紛うデザインをギャラリーの公式Icon(の一つ)として作っちゃったなんて。藤井德夫氏はこのデザインにhappyだったろうか?
「家紋のように」じゃなくて、家紋そのものでしょうが。「囲み藤」という呼称はツルは知りませんでしたが。
シンプルなフォルムと単色による強いコントラストを身上とする日本の家紋も、江戸後期に入るといわゆる複合紋が増えてくる。バリエーション展開に走って爛熟しちゃうわけ。(因みに、明治期に入ってからできた家紋というのもあります。)
「四角の余白をフジイギャラリーの建物に見たて」云々というのもまるで納得できない。それこそ密室のMetaphorじゃん。

 

Fujiigallery2

 

四角じゃない、鳥の羽みたいなカタチをしているというのがこの建物のウリだろうに。吉田はフジイギャラリーが竣工した後の2021年4月から勤め始めているので、建設中の姿は知らないことにはなるけれど、自分の職場の建物の形を理解していなかったのだろうか。

 

2021年9月と言えば、ギャラリーロゴマークの募集(2021年7~8月)が終わった後、その入賞者発表(2021年11月)が行われる前、すなわち選考の最中だった頃ということになる。それが決まるまでの間、この「暖簾マーク」が本当に必要だったのだろうか?そして、正式なIconが決まった後もこちらのIconを併存させておく必要はどこにあるのか?それって賢明なこと?

 

そして、こういうことにもなるんですね。

 

2005年1月
総合研究博物館ロゴマーク(公募(?))
岩永省三(総合博物館教授(?))
 ↓
2021年9月
フジイギャラリー暖簾マーク(非公募)
吉田明世(フジイギャラリー テクニカルスタッフ)
 ↓
2021年11月
フジイギャラリーロゴマーク(公募:デザイン披露は2022年5月)
山崎千春(附属図書館付設教材開発センター テクニカルスタッフ(?))

 

「(?)」を付したのは学内公募や同名異人である可能性を完全には排除し切れないからっすww、念のため。
これが「地方」というものの伝統なんでしょうかね。まあ、東京藝術大学(の美術研究科デザイン専攻 描画・装飾研究室)だっておんなじようなもんだけど(cf. 2018.12.30「松戸ナンバープレート選考に不正の疑いあり」)。いや、そっちの方がやっぱり悪質か。

2022年11月 5日 (土)

【スーパーローカル編】伊都国の密室で(九州大学フジイギャラリー);第二密室

(承前)

 

フジイギャラリーのロゴマーク公募では、結果発表が2段階に分けて行われている。
まず2021.11.16にアナウンスされた時には入賞者名のみで、デザインは公開されなかった。確か、大賞1点(山崎千春)・総長賞1点・審査員特別賞1点それぞれの作者名が出ていたと記憶してるけど、その記事自体既に消えちゃってて・・・。メモっとかなかったのが悔やまれます。(このこと自体、採用された山崎が大学関係者であることを示しているような気もするが。)
その後、(コロナ禍による延期も経てて)2022.05.11の開学記念日に合わせたギャラリーのグランドオープニングセレモニーでデザインがお披露目されたんですが、その時には次点のハナシは一切なし。「なかったこと」にされてるんですね。

 

で、候補作品群がまたなかなかソソるんですよ愚blog的には。無論、作者はいずれも不明なんであるが。

 

(一次選考順位 2位)
Fujiigallerycandidate2

 

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人と情報がつながり、その積み重ねから新しいものが次々に広がっていく。あるいは逆に、人と知識が集まり、奥へ奥へと知見を深めていく。そんなフジイギャラリーに集まる人々の営みをかたどったマークです。
交流スペースも兼ねたギャラリーで知見を広げる様子から「翼」を、年季の入った机に人が集い、知見を深める様子から「渦」をモチーフに選びました。
これらのモチーフは当面の運営を担う九州大学総合研究博物館のロゴにも登場します。そこで、博物館のロゴがさらに羽ばたく姿を全体のイメージに据え、博物館とのつながりを連想させつつ、フジイギャラリーならではの新鮮味のある造形を選びました。
そのために、伊都キャンパスの近代的な建築をイメージした幾何学的な構造を持つテイストに仕上げ、ギャラリーを上から見たときの印象的な形を翼に盛り込んでいます。また、フジイギャラリーの頭文字「G」「F」を広がる翼と集まる渦に文字の意匠として忍ばせています。
最後に、イフジ産業のマークと共通する伝統的な朱色をカラーに設定し、博物館や九州大学の色合いと調査させつつ、強い情熱や活力の印象を与えています。
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コンセプトがやたら長いっ。妙に説明的な文章は、作者がインサイダーであることを示唆している気がする(微伏線)。
隠し文字の趣向は必要ないんじゃないっすか??
「総合研究博物館のロゴ」については後述します。

 

(一次選考順位 3位)
Fujiigallerycandidate3

 

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フジイギャラリーの頭文字である「F」を用いて作成しました。
3本のラインは、異なる分野の交流と競合を示し、建築物の要素を取り入れた扇形の形は、発想と広がりを意味しています。
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え、「競合」?むしろ「競争」の方がまだわかる気がするけど、ダメですかねえ。英語ならどうせ同じか。
いくらギャラリー名のイニシャルとはいえ、資金提供者様の苗字とはいえ、従ってご当地公募では超スタンダードな手法とはいえ、[F]にこの際どれほどの意義があるのだろうという気がしてくる。「フジイさんのお金で建てられた(九大コレクションの)ギャラリー」ではなくて「(フジイさんのお金で建てられた)九大コレクションのギャラリー」ではないの?大学経営の視点からすれば。

 

(一次選考順位 4位)
Fujiigallerycandidate4

 

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フジイギャラリーの外観よりイメージを起こし、G1の開放的な空間とG2の閉鎖的な空間の対比をネガポジで表現しました。「フジイ」を「241」の語呂合わせにし、2=二等辺三角形、4=四角形、1=直線に置き換え、多くの光を取り込む印象的なガラス窓を表しています。カラーはブルーを使用し、青空に映える白い建物であることを意味しています。
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それな。ギャラリーのパンフレットにこんな図が載ってるんだよ。

 

Fujiigallery

 

うーーーん、ちょっとねえ・・・。知的労働の密度は低いわねえ。語呂合わせ&数値化の合わせ技に至っては噴飯もの。何か隠し文字があるんじゃないのとか疑ってしまう。

 

ここまでは多かれ少なかれ同ギャラリーの[建物]というハードウェアが主役になってるわけですが、そんなものを大学は求めていたのだろうか?
いや、そりゃ求めてたとは思うんですよ。総合研究博物館は2000年4月に発足してからこの方、「今はまだ特定の建物がありませんが、移転に伴い、センターゾーンに大学の顔となる建物が建設される予定です」という流浪の民状態がずっと続いていたらしい(最高学府にしてこの貧しさはどうだ)。このギャラリーがその役割を果たすのかどうかはいまいち不明ですが。

 

その意味から言うと、次のものだけ発想が全く異なるんだけれども・・・。

 

(一次選考順位 5位)
Fujiigallerycandidate5

 

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イフシ産業株式会社創業者 藤井徳夫氏の鶏卵鶏の目をモチーフにして九州大学総合研究博物館のロゴマークを併せ持ったデザインでフジイギャリーのイメージを形つくっています。また、大学での研究成果 社会環境と学生教育支援を目的に知的交流を促進する施設として研究教育活動に多大の寄与をする姿を謳いあげています。
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あー、一番これが笑った。一等、公募ガイダー臭キツいっす。特にコンセプト文章後半の意味レス感!
typo多いっす原文ママっす日本語微妙以上に不自由っす。固有名詞間違っちゃ失礼だろうが!それに「藤井徳夫氏の鶏卵鶏の目」って何事よ?

 

でだよ。「総合研究博物館のロゴマーク」がこうなんですね↓。

 

九州大学総合研究博物館
ロゴマーク
岩永省三(福岡市西区)
Iwanagakyushuunivmuseum

 

あはは、ちょっと似通い過ぎてる感じですな。
こちらは2005年1月制定、募集方法は「学内にチラシを配布、博物館ホームページに掲載」だったというから、おそらく(学内限定ではない)一般公募だったのだろう。それで集まった38点の中から選ばれ、九州大学芸術工学研究院視覚情報部門教授 佐藤 優によるリデザインを経たものである。これまた作者の詞書きがやったら長いんです。

 

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九州大学総合研究博物館は、自然史・文化史など多くの分野を総合した博物館です。そうした博物館の活動領域を象徴するように、見る方向によって様々な形に見えるような形態を考えました。蝶の羽根、巻貝の横断面、蔓植物の先端(唐草)、木の幹に止まった昆虫、額に刺青を施した人物の顔にも見えるはずです。上下逆転させれば、不死鳥フェニックス、あるいは未知の世界に漕ぎ出す船にもなるのです。
全体の雰囲気は、私が好きな芸術家、アルフォンス・ムハ(ミュシャ)(1860~1939)あるいはルネ・ラリック(1860~1945)の作品をイメージしています。アルフォンス・ムハは優美・華麗な女性像で有名ですが、植物を主要素材とし曲線を駆使する装飾的画面構成が特徴です。ルネ・ラリックは、アール・ヌーヴォー様式、アール・デコ様式に渡って活躍したフランスを代表する工芸作家です。作品には植物・昆虫・魚類・動物などの自然界の素材が頻出し、怪しい魅力に満ちています。
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こりゃ強烈に吹いてますなーーー。
へぇえ、Art Nouveauが好きって正面切って宣うアーティストがいるんだ今でも。(いや、素人ツルは大好きですよ、あの優美な曲線と装飾性と象徴性が。)

 

と思ったらこの作者、伏せてある(と思うんだ)けど実は当の総合研究博物館の教授かつ副館長だったらしい(同名異人である可能性も否定し切れないがww)。2021.03.23発行の「九州大学総合研究博物館ニュース」No.35には退官に際し本人が稿を寄せている。
専攻は考古学、現在の肩書は「独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所都城発掘調査部客員研究員」(33文字!)でまたまたびっくり。
つまりさ、インサイダー選んじゃう伝統はこのロゴから既に始まってたんでしょう(学内公募だった可能性も完全には否定できないがww)。

 

もしも今回5位作品を採用するのだったら、左右反転させた方が収まりがよかったんじゃないですかねえ、博物館ロゴと一対にして表示する場合を考えりゃ(笑)。

 

Fujiigallerycandidate5mirror Iwanagakyushuunivmuseum

 

行書と楷書ぐらいの違いはあるわな。

 

そうか!フジイギャラリーロゴマークの最終版のベーシックカラーは、この色に似たところで選ばれたのかもしれない。

 

Yamazakifujiigalleryfinal Iwanagakyushuunivmuseum

 

おそらく、イフジ産業の社員さんたちに投票させたらこれが一等賞になったろうという気がするww。でもこれだとニワトリの資料とか鶏卵の歴史とかばっかし展示してあるような感じになっちゃうじゃん、意味合い上。これを候補の中に残したってことは大学側に藤井德夫氏への忖度があったということだろうとツルは理解した。
それに、同博物館の下にある同ギャラリーという関係性が曖昧になっちゃうんじゃないですかね?同格に見えちゃうっつうか。もっとも、同博物館は「当面の運用」を担うということだから、いずれそのうち格付けも変わるのかもしれないが。

 

ここにきて種明かしをすると、実はフジイギャラリーの建物自体、「九大博物館ロゴの形状がデザインに取り入れられています」ということなんですわ。設計した株式会社徳岡設計(大阪市中央区)のサイトにはこう出ている。

 

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コンセプト:
九州大学の旧箱崎キャンパス内の総合研究博物館には約145万点の様々な分野の学術標本・資料が収蔵されています。フジイギャラリーは九州大学の伊都新キャンパスにおいてこれらの貴重な資料を展示する場となり、大学博物館の知的活動と交流を支援する機能の一部を担うものとして整備されました。建物デザインコンセプトは、総合研究博物館のロゴから発想した「鳥の羽」をモチーフとし、九州大学の学生が大志を持ちより大きく羽ばたいて欲しいという、大学関係者や卒業生の想いにもつながるデザインとしました。
また、本ギャラリーは伊都新キャンパスの玄関口に位置しており、大学の主要施設である講堂と図書館をつなぎ、魅力的な人の流れを生み出す役割も担っています。
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てことは、一次選考2位の作品は、博物館ロゴ → ギャラリー建物 → ギャラリーロゴという出現の流れに忠実に沿ったものでもあったんですな。それに対し5位の作品は中抜けしてダイレクトに博物館ロゴ → ギャラリーロゴときて、そこに横っちょからイフジ産業(「イフシ産業」ではないよ)ゆかりの鶏が飛び込んできた感じ・・・。

 

いや、そもそも、フジイギャラリーのロゴマークなんて新たに作る必要があったのだろうか?総合研究博物館のロゴマークをそのまま利用することでもよかったじゃん。そうしなかった理由はどこにあるのか ――おそらくはギャラリーの「当面の運用」の主体になるに過ぎないから―― 、そこをきちんと説明しないで済ませようとしたから歯切れが悪いし、応募も51点と(国立大学のデザイン公募としては)低調に終わったんじゃないですかね。

 

しかし危ない橋を渡っとるのぉ、ツルも(謎)。しかもIvory Towerの誇り高き住民たちに対してさっ。

2022年11月 3日 (木)

アサギマダラの行く手を追って(ウソ)

沖縄に来ている。

 

自分へのご褒美、的な(爆)。

 

Dsc_0068

 

 

〔追記〕

 

Dsc_0077

 

海も

 

Dsc_0080

 

山も

 

Dsc_0079

 

花も

 

Dsc_0081

 

街も

 

Dsc_0082

 

そしてまた海も。

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