熊野神社の御神紋 その2
で、肝腎の神紋(社紋?)なんですが、これがどうもよくわからん、という話で。
確かに、熊野三山の幟や幕なんかには、本宮・速玉・那智それぞれ神使(つかわしめ)たる「八咫烏/やたがらす」のバリエーションが多く使われているんですがね。もちろん足は三本足。
ちなみに八咫烏とは、神武東征の際、熊野国から大和国へ道案内をした鳥である。なるほど、出雲系ではなく紀伊大和系と言っていいのかな。



でも!!これら三社の正式な神紋はいずれも左三つ巴だとしてある説もあったんですよね、Web上では。う〜ん。紋所とは違う、シンボルとかマスコットみたいなもんだったのですかね、烏紋は。
熊野神職の家紋などもまた烏だったようですし。

三本足の烏といえば、Jリーグのマークに使われている。これは、日本に初めてサッカーを紹介したヒトの出身地が熊野の那智勝浦町だったことに因み、熊野那智大社の神使の八咫烏を用いたそうですが、それってちょっとどうなんよ。でも、案外歴史が長いらしい。正確には、日本サッカー協会のシンボルマークとして1931年から使われているそうですから。

でも、同協会のサイトではこのシンボルマークの由来につき訳のわからん説明をしてあるので、批判の的になっているとかいないとか。
ちなみに出雲の熊野大社の方は「亀甲に大の字」。さすがにこっちにゃカラスは出てこんのね。
出雲の神社の神紋には亀甲紋が多いのだそうで、同じく出雲国一宮(いちのみや:これが一国に二つあるのも不思議)たる出雲大社の神紋は「二重(子持?)亀甲に剣花菱」。

いずれにせよ、自由が丘熊野神社の「丸に枝椿」紋はちっとも引っ掛かってこない。同社のサイトにも由来は出てないし。やはり、勧請者の家紋だったりするんでしょうかねえ。
そもそも、熊野三山はわけのわからんところが多そう(罰当たりかしら?)。
これも、古来からの土着信仰が根付いていたところに、大和朝廷の神話観が入り込んで、さらには本地垂迹やら修験道やらによる神仏褶合が極度に進み、「蟻の熊野詣で」とまで言われた大衆信仰化を見たという、複雑な成立過程を経てのことかと。(わりとテキトーに言葉を並べただけっす;汗)
「同じ熊野神社なら神紋も同じでしょ」なんて常識(と思っていたもの)などおよそ通用しない世界でありました。
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ツルさま、こんにちは。
わたくしも自由が丘熊野神社のWEBを訪ねてみましたが、
やはり印象的に椿の花を使ってますね。
(トップページのフラッシュで)
しかし、説明なし。
はたと思い出し、神社庁のWEBも覗いてみたのですが、
こちらにもありませんでした。
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/10_meguro/10012.html
それにしても、熊野神社さんて、熊野三山だけじゃないんですね。
本当に知らないことばかり・・・。
ちなみに、神社庁の記述では、鎌倉時代の勧請ということになっていますが、
ご地元の方に以前お尋ねしたところ、そんなに古くないと言ってました。
真相はいかに(笑)。
投稿: Master Rocca | 2009年8月31日 (月) 13時00分