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2009年9月12日 (土)

熊野三山につきお勉強 上

>・・・しかしここまで広く浅く調べても、まだ出雲熊野と紀伊熊野との関連はあまり見出せないなあ。
やはり熊野三山に詣でるしかないのであろうか(^^)

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出雲の熊野大社のことを調べただけでは、やりきった感がまるで湧かないので、やはり紀伊の熊野三山のことも調べてみる。複雑すぎて、ちょっと整理ってわけにもいかなそうだけど。

紀伊国牟婁(むろ)郡の熊野という地名は、日本書紀(720年)にイザナミすなわち伊邪那美命(伊弉冉神)を葬った場所として登場する。出雲国風土記とどっこいどっこいだなあ。
ちなみに出雲・伯耆にもイザナミの隠れたとされる場所は複数存在するが。

紀伊の熊野三山で本宮と言えばすなわち熊野本宮大社。延喜式では「熊野坐神社」の名で「名神大」だった由。・・・え?つまり、延喜式では出雲と紀伊と、二つの熊野坐神社が記載されている。
主祭神は家都美御子神/けつみみこのかみ、別名、熊野坐大神/くまのにますおおかみ、熊野加武呂乃命/くまのかむろのみこと。
おっ、よくわからんがとにかく別名は出雲の方と同じじゃないか。ちょっとばかし共通項発見♪
やはり、出雲と同様、スサノオのこととされている。

こちらでも出てきたのなら、この神様のこと、も少し掘り下げてみよう。

古事記によれば、スサノオは黄泉国から帰還したイザナギ/伊邪那岐命(伊弉諾神)が日向で禊をした際に生まれた、三貴子/みはしらのうずのみこの末子、すなわちアマテラス/天照御大神(天照大神)、ツクヨミ/月讀命(月夜見尊など)の弟。

しかし、よく知られたこの「神産み」神話も考えるとなかなかに物騒な物語で。
火の神カグツチ/伽具土神を産み陰部に(!)火傷を負って死んだ妻イザナミを悼むあまり、夫イザナギは妻の死の原因を作ったこの子を殺してしまうし、その後黄泉国で約束を違えて妻の変わり果てた姿を見てしまった夫は、「我に耻/はぢ見せつ」と追い来る妻から逃れるため、黄泉比良坂/よもつひらさかに大岩を置き塞いで、「一日千人を黄泉へ送るわ」「ならば一日千五百人の産屋を建てよう」という暴力的な押し問答の末、離婚してしまう。
第二部では、亡き母を慕い泣き叫ぶばかりの末息子スサノオは仕事にも行かず父から勘当され、非行に走った末にOLを惨殺、これを苦にした姉アマテラスは引き籠りに・・・大映ドラマ版「高天原家の崩壊」かよ。まあ、タカラヅカレビューふう歌あり踊りありのHappyな大団円が用意されているのであるが(なんのこっちゃ)

本宮に対して新宮と呼ばれるのが熊野速玉大社。所在地たる和歌山県新宮市の名称もむろんここに由来する。延喜式では「大」として「熊野早玉神社」と表記されている。
主祭神として祀られるのは熊野速玉大神/くまのはやたまのおおかみと熊野夫須美大神/くまのふすみのおおかみ。前者はイザナギ、後者はイザナミのこととされている、ををー。夫婦神を祀ってたのね。

そして熊野那智大社。もともと、自然信仰に基づく修行場であった那智滝(日本三名瀑の一つ!)を神格化したもので、社殿を持ったのもいささか時代が下るらしい。
祭神は、現在、熊野夫須美大神/くまのふすみのおおかみすなわちイザナミとされている。あらっ、速玉大社と同じ。滝を神聖視したことに起源するのだから、これは後に勧請されたものではないかと思うけれども。

那智大社は、他の二社とは異なり、延喜式には記載すらされていない。このような神社を、式内式に対して式外社/しきげしゃといい、いくらかのパターンがあって;
 ①神社よりむしろ寺と見なされたもの
  (祇園社など)
 ②寺僧が管理したもの
  (岩清水八幡宮in京都など)
 ③社殿を持たなかったもの
 ④その他(大和朝廷に組み込まれぬ?)
  独自の勢力を有したもの
など。さしずめ那智大社は③(④も?)に当たるのだろう。

To be continued...

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