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2009年9月 5日 (土)

熊野大社につきお勉強(の前振り)

(承前)

枝葉は繁って、式内社のうち今に残る他の名神大のことどもへ。

出雲では、名神大社は熊野大社のほかに杵築大社すなわち現在の出雲大社しかない。(熊野大社のことを調べていると、どうしてもその向こうに出雲大社の影がちらついてしまう。いずれまたこれもお勉強せねば・・・)

名神大社という格付けは平安期の制定であるせいか、さすがに山城すなわち京都には少なからず;
賀茂別雷(わけいかづち)神社すなわち上賀茂神社(北区)、
賀茂御祖(みおや)神社すなわち下鴨神社(左京区)、
松尾神社すなわち現在の松尾大社(西京区:お酒の神様!)、
平野祭神すなわち平野神社(北区:桜の名所!)、
梅宮坐神すなわち梅宮(うめのみや)大社(右京区)、
貴布祢神社すなわち貴船神社(左京区:確か海人族の系統ではなかったかと)、
伏見神社すなわち伏見稲荷(伏見区)などなど。

一方大和は;
飛鳥坐神社(主祭神は事代主命/ことしろぬしのみこと、この父が出雲大社の主祭神とされる大国主命であり、遠く離れた出雲を舞台とする「国譲り」神話には父子揃って登場する!)、
春日祭神すなわち春日大社(正確には「並名神大」)あたり。
案外少なくて、だんだん当時の政治地図やら朝廷の勢力地図も見えてくる。
しかし「あすかにますじんじゃ」とはいかにも神さびた感じがいたします。好きなネーミング!

「もう一つの熊野」がある紀伊についてはいずれ改めて述べることになろう。

関東近辺では;
浅間(せんげん)神社すなわち富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)、
伊豆三嶋神社すなわち三嶋大社(御神木は日本一のキンモクセイの大木!静岡県三島市)、
寒川神社(神奈川県高座郡)、
氷川神社(さいたま市大宮区)、
鹿嶋神宮すなわち鹿島神宮(茨城県鹿島市)など。
あ、東京は(離島を除き)ゼロ。

いちお福岡県も書いとくと;
八幡大菩薩筥崎宮すなわち箱崎宮(つまり八幡宮:蒙古襲来の際の亀山上皇揮毫額「敵国降伏」を今に至るも社頭に掲げてるのって一体・・・)、
住吉神社(ただし「並名神大」:福岡市博多区:これも全国に多い名だなあ)、
宗像神社すなわち宗像大社(これも「並名神大」:海の正倉院!国宝ザクザク!)、
高良玉垂命神社すなわち高良大社(久留米市)あたり。

いずれもいずれもソウソウたるメンバー。

さてこの辺りで話を元の熊野大社in出雲に戻して。

さらに時代がぐっと下り、明治維新下の近代社格制度では「熊野神社」の名となる、あららー。まあ、出雲といえばどうしても出雲大社に集中してしまったのだろうか。でも国幣大社にはなっている(1916年)。

近代社格は太政官布告(1871年)により延喜式に倣って制定されたもので、戦後の政教分離(1946年)まで、神仏分離・廃仏棄釈を含め近代日本の宗教観を規定した制度の一つといえるだろう。
「官幣大社」「国幣大社」等の序列化が知られるが、実はこれも延喜式に同じ名称があるらしい。
(近代における官幣社と国幣社の違いは、例祭の際、幣帛/へいはくの供進が、前者は宮内省すなわち皇室から、後者は国庫から行われたところにある。平安時代にも同様の区別があったとは思えないが。)
ちなみに、官幣大社の中にはパラオのコロール島の南洋神社なんてのもあったそうな。(ミクロネシア連邦にはなかったのかなあ)

で、上古に復する形で「熊野大社」の名称となったのは実に1977年!
は〜、そんなもん、ついこないだのことじゃ〜ん!沖縄海洋博より後じゃ〜ん(アラ?)、Stevie WonderがSongs in The Key of LifeでGrammy賞4部門獲得した年じゃ〜ん(アララ!?)、映画Saturday Night Feverの作られた年じゃ〜ん(うはぁ〜〜!?;ちなみに日本公開は翌年)

言ってるそばから哀しくなるのは何故かしら?いつの間にか30年以上前・・・平城遷都と出雲風土記編纂の間よりも隔たってしまった。
どうせあたきは70年代の少年ですよ。ああ幸せ。

社格という観点からはもう一つ。出雲で名神大社が熊野坐神社と杵築大社(出雲大社)のみだったのならば、どちらが出雲国の一宮/いちのみやであったのか?
結論から言えば、これがどちらも一宮だった由。えええ!しかしこのような例もままあったようで、山城国では上賀茂神社と下鴨神社(二座で一柱とみなすのではなかったか)、相模国では寒川神社と鶴岡八幡宮(ただし後者は鎌倉期の創建であり将軍家との結びつきからそのように扱われたものらしい)、また筑前国でも筥崎宮と住吉神社がそれぞれ一宮とされていた。

そもそも、国ごとの一宮(や二宮・三宮等)の選定に公式な基準は存在しなかったらしく、平安時代、国司の任国下向の際に巡拝した順番に起源するというのが通説。
正式な社格とは異なるものの、国鎮守として広く認知されるに至った。現在も「全国一の宮会」なる神社組織が結成されている(!)そうな。

これらは地名にも取り込まれていて、愛知県一宮市がまず思い浮かぶ。ただこの場合、尾張国一宮とは真清田(ますみだ)神社(名神大)を指しており、あの熱田神宮は意外や三宮。

神戸市の三宮(JR駅名のみ「三ノ宮」)も同じノリだとばかり思っていたら、実はそうではない。これは生田神社の八柱の神を祀った一宮〜八宮のうちの三番目のお宮のことだった、とはこれまた意外。(生田神社は摂津国にあるが、これ自体は○宮等ではなく、同国には一宮として大阪市の住吉大社があるのみ)
ちなみに「神戸」の地名は各地に様々な読み方(こうべ・かんべ・ごうと・ごうど)で存在するが、これはもともと神社の所有する人戸を意味した普通名詞であり、神戸市の場合はやはり生田神社の社領地であることを表す。

で、ついに、「祭神」について。(これだけはやりたくなかった、まあここがキモなんだけど;苦笑)

To be continued...

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