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2009年11月29日 (日)

夏は来ぬ ?

「難波津の歌」つながり、というより佐佐木信綱つながりで、昔の文部省唱歌「夏は来ぬ」の歌詞をちょっと。いかにも昔の歌らしく五番まであるのだけど、まずは一番から四番まで。

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夏は来ぬ
 作詞:佐佐木信綱
 作曲:小山作之助



卯の花の
匂う垣根に
時鳥
早も来鳴きて
忍び音漏らす
夏は来ぬ


五月雨の
灌ぐ山田に
早乙女が
裳裾濡らして
玉苗植うる
夏は来ぬ


橘の
香る軒端の
窓近く
蛍飛び交い
怠り諌むる
夏は来ぬ


楝散る
川辺の宿の
門遠く
水鶏声して
夕月涼しき
夏は来ぬ
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どうよ。是レ正ニ典雅ナラズ乎。何より爽やかだし。
「早春賦」(♪春は名のみの風の寒さや・・・)や、
「流浪の民」(♪ぶなの森の葉隠れに宴ほがひ賑はしや・・・)
と並ぶ文語体の美文ですな。
「ほがひ」は「寿い/祝い」で、「ことほぐ=言祝ぐ=寿ぐ」と同系列の語。

あ、あの「蛍の光」とか、「花」(♪春の麗の隅田川・・・)とか、「仰げば尊し」とかは文語体の詞としては子供騙しやね、ツルに言わせりゃ(ばっさり)。

ちなみに;
時鳥=ほととぎす
楝=おうち(樹木の名)
水鶏=くいな
です。
「早も来鳴きて」は「はやも き なきて」ね。

一番の卯の花と時鳥の取り合わせは万葉集の要素を取り入れ、
二番は栄華物語の中の歌、

五月雨に裳裾濡らして植うる田を 君が千歳のみまくさにせむ

を下敷きにしており、
三番は言うまでもなく中国の故事「蛍雪の功」をなぞっている(だから「蛍の光」と相似)。
「みまくさ」は「御真草」の意らしく、つまり稲のこと。

四番も何か出典がありそうな感じなんだけどなあ。
水鳥の水鶏/クイナや近縁の鷭/バンと言えば、古来、姿は見たことがないが(夜行性だし)、声は皆知ってる、という鳥の代表格だった。
他には、想像上の怪物、鵺/ぬえの声に比定されたトラツグミの例とか、戦後になるまで判明していなかったブッポウソウ(「姿の仏法僧」)とコノハズク(「声の仏法僧」)との混同とかもあるっすね。仏教の三つの宝、仏・法・僧を声にして鳴くアッパレな奴、としてブッポウソウと名づけたのに、実はその声を出していたのはフクロウの仲間のコノハズクだった、という話っす。

クイナ類の鳴く声は、戸を叩く音のように聞こえ(福岡の実家でも夏の夜には老司大池からよく聞こえてきます)、これを和歌などでは「水鶏の叩く」と喩えた。
紫式部日記にも、藤原道長が式部の寝所に忍んできて扉をほとほとと叩いたのをつれなく追い返すという有名な場面があり、確かこの喩えも出てくるけれども、全体の感じがまるで違う・・・

で、最後の五番なんだけど。

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五月闇
蛍飛び交い
水鶏鳴き
卯の花咲きて
早苗植え遍す/わたす
夏は来ぬ
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え。・・・・・・・・・
信綱さんちょっと手抜きしてません??締めでオールスター総登場、にしたのはわかるんだけどさあ。

あるサイトで;
「蛍は飛び交い、水鶏が鳴いてる横で卯の花が咲いて、さらに早乙女が苗を植えているという、てんやわんやの大騒ぎです」
とあったのには笑った。

そもそも、夜の夜中に田植えすんのかい、んな無茶な!!とツッコミを入れたくもなります(笑)

この歌は先に曲が出来上がっていたらしく、信綱はこの歌詞を作るのに大変苦労したらしい。ちなみに、子の治綱、孫の幸綱も高名な歌人。

幸綱は、早稲田大学の大学院在学中に;

俺の子どもがほしいなんていってたくせに! この馬鹿野郎!

という破天荒な短歌で一躍注目を浴びた人(1963)。
その弟子に、歌集「サラダ記念日」(1987)で一大社会現象を巻き起こした俵 万智がいる。彼女って、1962年の大晦日生まれだからツルと完全に同年代なんだよね。

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

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