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2009年11月28日 (土)

難波津の歌

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大田区に
咲くやこの花
冬ごもり
今を春べと
咲くやこの花
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・・・これにはもちろん元歌ありで、本来は;

難波津に
咲くやこの花
冬ごもり
今は春べと
咲くやこの花

ネ。

えーと・・・応神天皇薨去後、菟道稚郎子/うじのわきいらつこ と大雀命/おおさざきのみこと が皇位を互いに譲り合い、三年間の空位ののち後者が即位(=仁徳天皇)した際に、帰化人いや渡来人の学者王仁/わに(ただし実在については論議あり)が治世の弥栄/いやさかを願って詠んだとされる歌、だそうで。

んなことはまぁどうでもいい。

古来「難波津の歌」と言えば誰も知っており、また意味不明な歌としても有名だった。呪文のような回文のような尻取り歌のような、不思議な雰囲気に満ちた歌ですね。

すでに紀貫之の古今集仮名序には、手習いつまり書道において初めに書くものとしてこの歌が挙げられている。

また、全日本かるた協会では、競技かるたに際し序歌として一番初めに読み上げる歌とされており(読み手の声の調子を整えるためでしょうな)、いわば百一番目の、ああいや零番目の百人一首的な立ち位置。このことを定めたのが歌人佐佐木信綱(明治5年6月3日(1872年7月8日)〜昭和38年(1963年)12月2日)だったとは(+_+)
ただし、この場合「今を春べと」とされており、一般にもこちらの方で覚えている人の方が多いはず、浪花っ子でも。

大阪市此花区の区名も、この歌から採って大正14年に定められたもの。(どうでもいいけど、「なにわ」って、難波、浪速、浪花っていろいろ書くけど、使い分けが難しいよね)

また、平成2年に大阪市鶴見区で開かれた大阪花博(国際花と緑の博覧会)の際に作られたメイン大温室も、この歌から採って「咲くやこの花館」と名付けられている(確か公募だったと思う)。

あと、わからないのは、記紀神話に出てくる美女、木花咲耶姫/このはなさくやひめとの関連。
この姫は、岩長姫/いわながひめ(こっちは美女ぢゃなかったそうな(>_<))とともに大山祇神/おおやまつみのかみ(イザナギ・イザナミの子:右京区のお酒の神さん梅宮大社や静岡の三嶋大社の主祭神)の娘であり、瓊々杵尊/ににぎのみことの妻となって火照命/ほでりのみこと、火遠理命/ほおりのみことを産む。これがすなわちアノ海幸彦、山幸彦、ををを!!(て言っても若い子は知らんらし)

どうやら、難波津の歌の「このはな」はウメを、姫の名の「このはな」はサクラを表しているとされている、ようなんだけどさ。まあ、そりゃハイビスカスではないわなあ。

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