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2011年5月

2011年5月29日 (日)

忘れられた白孔雀

ほんとはも少し淡くてクリーム色です

今年、空中庭園@下丸子じゃクジャクサボテンがあまりイイ感じじゃないんですけど、それでもなんとか咲いてきました。
しかも、赤花じゃなく白花から。うーん、珍しいというかなんというか。

淡いクリーム色の花はそれなりにきれいなものですが、いかんせん、ぱぁっと力強く花開く感じにどうも欠ける・・・
作り込んでもあまり改善される気配はなさげ。

赤花品と比べて特に弱いとも感じないんだけどねー。微妙に満足度低かったりするわけです。

2011年5月28日 (土)

土曜の午後:蘭友会の蘭展で

で、午後は池袋のサンシャイン60まで、蘭友会の蘭展を見に行ってきました。この時期開催の洋蘭展はや少ないかも。蘭友会ってのは日本最大とされてる洋蘭の愛好団体です。会長は資生堂会長の福原義春氏(今もかな?)

今回のツルのお目当てはコンテスト入賞花、ではなくて、いつもblogを見にいってる、埼玉の園芸業者(アルペンガーデンやまくさ)の販売ブース。

この業者さんは山野草や野生蘭が専門なので、当然、雪割草(ミスミソウ・スハマソウ)やらウチョウランが主力商品。キキョウの斑入りや八重咲きなどの変わり物も作出している、ツル好みのとこ。最近なぜかメダカにも凝ってはる・・・ぶっちゃけ洋蘭関係ないやん!
でも、今回はシランの変わり物を目玉に出店するとのことで、シラン好きとしては堪らず小雨をついて出かけた次第。blogで見るばかりで実際に訪ねたこともなかったし。

で、買ってきた蘭、2種です。雨のため外で撮ることができないので、以下、なんだかイマイチな画像になっちゃいましたが。

まず、最近微妙にハマり気味のミニカトレア。ピンクのペタル&セパルに黄色のリップ、またバイカラータイプを買うてしもうたばい。品種名、Sofrocattleya Crystelle Smith ゙N.R"だと。

ピンクのミニカトレア

あ、これは別のブース(沖縄の新垣洋らん園)で買ったものだすが。1,700円ぐらいだから、当日の販売品全ての中で最も安い部類。
ちょっとリップの形に乱れが生じてますが、黄色のクリアさでこの個体を選びました。
夏咲きや冬咲きのミニカトレアは持ってるけど、春咲きとか初夏咲きのはなかったしぃ。(といってもカトレアはいずれも不定期咲きの傾向があるので、毎年5月に咲くなんてことは期待してませんが。)

もう一つは、お目当てのお店で売ってたシランの変わり物各種の中から「白覆輪咲き」をセレクト。うほ、結構レア!

白覆輪シラン

画像じゃちょっとわかりにくいけど、花弁の周縁部が少うし白くなってます。全体の花色も少し淡め。ちなみに無人庭園@博多実家にゃ「濃色シラン」として流通してるタイプもあるでよ。
願わくは、作り込めばもうちょい覆輪が太く乗るものと期待してますが。ゆくゆくはこれも実家に植え付けるつもり。合言葉は「目指せ!Bletilla Garden!」でっさかい。

他には、「白花黄舌シラン」も捨て難かった・・・日本産の紅紫色のシランの白花品に、黄色いリップを持つ中国シランを交配したものですね。つまり、たぶん、アントシアンとカロチノイドよ。
けど、どちらも4,000円もしたので、購入はさすがに1点のみにしました。まあ、ここらへんはまだ品種改良の途上というか、今まさに動いてる分野だし、今後数年のうちにもっとスゴいのが生まれてくるはず、きっと。

園主ともお話できたし、まずは満足満足な一日でしたとさ。

土曜の午前:マンション管理組合の総会で

この週末は関東も台風2号の影響で雨が降ってます、気温も肌寒いし。
園芸仕事もできないわん。最近シゴト激忙にて、週末のストレス解消は重要なのにぃ・・・

そんな中、今日は朝からツルの住まうマンションの管理組合総会があり、なんと理事長に選任されちゃいました(*_*) 前から理事にはなってたんですが。任期は2年。

エントランスの植え込みの手入れを始めた時から、こうなることは予想してましたけどね。園芸好きの物好きor数寄者が大出世、うふふ。ま、ガンバリまっす。

地上庭園@下丸子で冬から春にがんばって花を咲かせてくれたシクラメンももうすっかり終わってしまって、後に植える植物も考えなきゃ。夏支度。(権力を手にしちゃったのでイロイロやりやすくなるわー、フフフ)

2011年5月22日 (日)

孔雀乃色

>花冠外縁部の、黄や橙に由来するって感じの朱赤色と、花芯に近いところの少ぅし青のニュアンスを帯びた紅紫色と、この二つの彩りを合わせ持った花というのはなかなかありません。

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一般に、植物の花色を決定するのは、黄〜橙〜朱〜赤の花に含まれるカロチノイド系色素と、青〜紫〜赤の色を発現させるアントシアン系色素であって(淡黄〜黄のフラボノイド系ってのもあるけど)、この2種類が一つの花に併存することはあんまりないんです。
バラには青い花が、アサガオには黄色い花がないって言えばわかりやすいかな(ちょい暴論だけど)。

中井英夫(塔晶夫)の代表作にして日本探偵小説三大奇書の一つ、「虚無への供物」(1964年)では、これをやや文学的に「この世に、一つの種の植物で、絵具の三原色すなわち赤・黄・青の花を咲かせるものはない」とか表現してあって、ほんとかなあと思いながら読んだものです。

ちなみに、白い花には白い色素があるってわけではない。大雑把に言えば、白いのは細かな気泡、つまり空気の色。雲が白く見えるのと同じことです。

で、このクジャクサボテン。朱赤のカロチノイドと紅紫のアントシアンの両方を具しているのかと思ったらさにあらず。

サボテン科の花の色素は、例外的に、そのどちらでもないベタレイン系というものなんです。これ、他ではマツバボタンやポーチュラカ等のスベリヒユ科、ブーゲンビリア等のオシロイバナ科など、限定的にしか存在しない特殊な色素。
サボテンの花独特の、あの鮮やかな色合いや輝く金属光沢は、この色素によるものなんだそうです。二つの赤を一輪の中に併せ持つという芸もまたベタレインの成せる業、なのかも。

・・・ちなみに、空中庭園@下丸子じゃまだ咲いてません、赤花クジャクも白花クジャクも。蕾はついてるけど。

2011年5月21日 (土)

孔雀乃華

咲キタル由、筑前国博多ヨリ相次テめーるナム侍リケル、亦不嬉乎。

紅クジャク1

紅クジャク2 紅クジャク3

これは、空中庭園@下丸子で育ててるクジャクサボテンが殖えたのを持ち帰って、次姉にあげたもの。今年のお正月の帰省時だったかな。つまり初開花、姉のところでは。

どーーーです。聞きしに勝る艶やかさでっしょうが。

抗い難い魔力を感じるというか、悪魔のような魅力に満ちたというか、そんな美しさ。あるいは、こいつぁ絶対日本の花ではあり得ないな、という類いの圧倒的な力。「華」という漢字はこーゆー花のためにあるんやね、と思わされてしまうような。怪シキマデニゾ侍リケル。

「赤い花」と一口に言っても、花冠外縁部の、黄や橙に由来するって感じの朱赤色と、花芯に近いところの少ぅし青のニュアンスを帯びた紅紫色と、この二つの彩りを合わせ持った花というのはなかなかありません。幾多の白い雄蕊の繊細さや花弁とのコントラストも非常に印象的。
このあたりは、実物を見たならきっと頷かれるところでしょうが。

クジャクサボテンの魅力というか利点はもう一つ、丈夫で咲かせやすいってところにもあるんだよね。
ツルは冬でも空中庭園つまりベランダに置いてて、屋内に取り込んだりしないけど、毎年咲くもん。(近縁種の月下美人やドラゴンフルーツではそうもいかないが)
とりわけ、特段の品種名もないこの赤花の普及品種が、最も丈夫で咲かせやすく、かつ圧倒的な美しさがあるという点で、一等CS度が高いと思いますよ。最強最善のcustomer satisfaction、間違いない。

まあ、今後、姉のとこでもこの花の咲く5月中旬(関東じゃ下旬あたりになりますが)が待ち遠しくなるのは間違いないでしょうネ。

2011年5月15日 (日)

ニワフジ

今週末はお天気に恵まれた東京・・・ハイビスカスやらイランイランやら植え替えちゃいました。

空中庭園@下丸子で今咲いてるのはシラン各色、そしてニワフジ。

ピンクのニワフジ、いい感じ。ご覧下さいませ、久方ぶりの蒼穹シリーズ、No.18認定です!

ピンクの花房が立ち上がります

ニワフジ アップ1 ニワフジ アップ2

風薫る五月の朝焼け

午前4時46分の空

午前4時46分。(は、早いぃ・・・)

黎明シリーズもNo.04まできちゃった。

今日は紫外線が強そう。

2011年5月14日 (土)

出雲大社につきお勉強(つづき)

>・・・アラ?ひょっとして、大国主命が縁結びの神様なのじゃなくて、出雲大社が縁結びの神様なのかな?・・・

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と思って調べ直してみたら、驚くべき事実を発見。

出雲大社の主祭神は大国主命だとばかり思っていたら、なんと鎌倉期あたりから17世紀頃までは素戔鳴尊とされていたとか。
どうやらこれは、神仏褶合下で同出雲大社の神宮寺であった鰐淵寺で、国引き(※)・国作りをスサノオの業としたことによるものらしい。しかしその後、境内に仏堂が立ち並び神事が衰退したため、17世紀の寛文年間の遷宮に際して記紀の記述に復する形で祭神を大国主に戻したのだとか。

(※)国引きの神話は記紀には記述がなく、出雲国風土記に書かれたものである。

うーーん、神様のすげ替えですかぁ。よくあることじゃあるけどさあ。

それでは話が合わんじゃないかと思ったんだけど、そう言や、関東(の荒川流域)に多い氷川神社もスサノオを主祭神とする縁結びの神様ではなかったか。
スサノオを縁結びの神とするのは、八岐大蛇を退治して櫛名田比売/奇稲田姫を妻としたからでしょうね。

そもそも、大国主が別名を多く持っていたことは、他神と同一視されることが多かったことも意味していようから、あるいは、大国主=スサノオという見方が成り立つ可能性もあるのかも。

ちなみに、出雲大社は古くは杵築大社と呼ばれており、延喜式神名帳/えんぎしきじんみょうちょうにもこの名称で出ている(ただし、神名帳は祭神や由緒を記載したものではないが)。
出雲大社と改称したのはなんと明治4年/1871年の近代社格を定めた太政官布告の際である。まあ、つい最近というか、神仏分離の流れの中でというか。

(なぜ大分県内の地名と同じ「杵築」の名を持っていたのだろう?継続検討課題。)

2011年5月12日 (木)

出雲大社につきお勉強

久方ぶりに、神祇篇、復活です。
ちなみに、「神祇」の「神」は天津神のこと、「祇」は国津神のことだそうで。(対して「仏」のことは二文字熟語でどういうんだろう?)

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>2009/09/05
>(熊野大社のことを調べていると、どうしてもその向こうに出雲大社の影がちらついてしまう。いずれまたこれもお勉強せねば・・・)
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※この「熊野大社」というのは出雲にある神社のことです、紀伊ではなく。


出雲大社といえば近年の話題は、古代にあったとされる出雲古社。三十二丈(≒96メートル!?)もある丸太を何本も立てた上に社殿を築き、造営当初の東大寺大仏殿をも遥かに凌ぐ世界最大の木造建築だったとか、いやいや当時の技術では不可能だろうとか、そんな木材を集めることが本当にできたのかとか、議論がかまびすしい。
しかしまあ、そんなもんは古代人の白髪三千丈式大法螺かもしれんということでうっちゃっといて。(別に古代史ロマンを追求しているわけではない、今回)

出雲大社の縁起として知られているのは次のとおり。

出雲大社の祭神である大国主命は、古事記ではスサノオ(=熊野大社の祭神)の六代の裔、日本書紀ではスサノオの子とされている。
熊野大社と出雲大社は、前に述べたとおり、延喜式ではいずれも「名神大」、また双方が出雲国一宮とされ、勢力が拮抗していたようにみえるが、どうやら前者が格上とされていた様子。祀られたのが祖先神だから社格が上、なんてこともあったのだろうか。

この大国主命というのがまた複雑。仏教と混淆して、なんていう以前の問題なんである。

スサノオの姉アマテラスの孫である瓊瓊杵尊/ににぎのみことによる「天孫降臨」に先立って葦原中国/あしはらのなかつくに平定のため降り立った天津神たちに対し、大国主が「国譲り」と引き換えに要求したのが、高天原に匹敵する宮殿であり、古事記では天之御舎/あめのみあらか、日本書紀では天日隅宮/あめのひすみのみや、出雲国風土記では天日栖宮/あめのひすみのみや。これが出雲大社の起源とされていて、上記の出雲古社に関する議論にもつながる。

大国主だって、そもそも血筋からいけばイザナギの子孫だから天津神のはずなのに、役割としてはめっきり国津神。

そして、何といっても別名が多い!
若い時の名は、大穴牟遲(遅)神・大穴持命・大己貴命大汝命・大名持命/おお(あ)なむち(orぢ)(orもち)。
他に、大物主神/おおものぬしというのもよく出てくる。
大國魂大神/おおくにたまもそうだったとは知らなんだ。ええと、東京立川の大國魂神社、大阪の生國魂/いくくにたま神社(いくたまさん)。
出雲国風土記の、所造天下大神/あめのしたつくらししおほかみ、というのもあり。

別名が多いということは、説話もまた多いということ。

因幡の白兎の話でも本来、大穴牟遲の名で出てくるが、これが「大国主命」となった経緯が古事記に書かれている。長くなるが何とかまとめてみる。
そもそも、因幡の白兎(本来「素兎」すなわち裸兎orただの兎の意味らしい)の説話は、大穴牟遲が兄弟の八十神/やそがみ達とともに因幡の八上比売/やがみひめのもとへ妻問いに出かけた時の話で、助けられた白兎は、八上比売は大穴牟遲を選ぶと予言し、そのとおりになる。
これを恨んだ八十神達は繰り返し大穴牟遲を殺すが(!)、そのたび母親の刺国若比売/さすくにわかひめの働きにより生き返る。

青木繁の油絵「大穴牟知命」はこの場面を描いたものっすね。

大穴牟知命

その後、母の勧めで八十神達を避けて根堅州国/ねのかたすくに(=根国/ねのくに)のスサノオのもとまで行き、その娘須勢理毘売命/すせりびめと恋に落ちる。スサノオの与える数々の試練を切り抜けた大穴牟遲に対し、スサノオはついに娘を妻とすることを許し、大国主の名を与える。

以上、実に?の多い話だと思う。

お話自体は、因幡の白兎の一件も、スサノオとのいきさつも、各地によく見られる英雄試練譚、特に課題婚型の説話。
課題婚といえば竹取物語然り、エチオピア王女アンドロメダ(母は王妃カシオペア!)を海神ポセイドンの放った魔物から救うペルセウス(ペルシャ王家の祖とされているとは知らなんだ)の神話あたりもか(天体系、多い・・・)
トロイ戦争を引き起こす「パリスの審判」もその一変形とは言えないかなあ。
説話とは言えまいが支那のドSの姫君と韃靼(タタール)の王子カラフの物語、歌劇「トゥーランドット」もそうですね(ちなみに昔の幼児番組「ピンポンパン」の名称は、これに登場する3人の支那の大臣の名前から来ている)。

でも、大穴牟遲のお話がちょっと変なのは、まず、最後の辺り。なぜ大国主という名を贈られるのか?とってつけたように唐突です。
課題婚説話の大団円としては、「根国でスサノオを負かした賢く強い神」、てな名前の方がふさわしかろうに。むしろ、次の「国作り」の段の導入部となっている感じ。それはそれで祝祭的なのかもしれないが。

それから、スサノオの住まう根堅州国。スサノオは須勢理毘売を連れて逃げる大穴牟遲を根堅州国の出入口まで追ってくるが、この場所が黄泉津比良坂と書かれていることから、根堅州国=黄泉国とされた。
そうなると、「スサノオ、お前はもう死んでいる」なわけで、大穴牟遲だって一旦死ぬということではないか。上述のとおり、兄たちに何度も殺されては母に助けられ、その母の言により死の国へ赴く・・・いかにも英雄試練譚らしいけど。
死の国の娘を連れ帰って妻とするってのも、ちょっとどうよ!?

そして、スサノオと大穴牟遲との関係。前に書いたとおり、日本書紀では大穴牟遲はスサノオの息子。じゃ、兄妹婚の話だったの!?(別に珍しくもないが。)
しかし、実はこれらの話は日本書紀には出てこないのである。古事記では大国主はスサノオの6代目の子孫だから、まだ不自然さは少ない(かな)。

そもそも、大国主がなんで縁結びの神なのか。因幡の白兎の話も、人んちの娘一人に一個どころか二個小隊ぐらいの兄弟で押しかけての嫁取り騒動である。
それに、古事記じゃ妻が百八十人いや百八十柱ですよ。いくら妻問い婚とは言え、艶福家!そんなのを縁結びの神さんにしちゃっていいのかね。

・・・アラ?ひょっとして、大国主命が縁結びの神様なのじゃなくて、出雲大社が縁結びの神様なのかな?・・・


To be Continued...

2011年5月 6日 (金)

☆になった素赤ちゃん

前にも書いたけど、金魚は水泡眼なる中国の品種ばかり飼っとりまして。
現在は3匹います。昨秋、1匹紅白更紗を買った後に素赤が1匹お☆様になっちゃいました。あの子も結構いい感じだったけどなあ。

というわけで、在りし日の素赤ちゃんの勇姿をば。

素敵なほわんほわん具合 何かに驚いたものと思われ

2011年5月 5日 (木)

戻り際に見つけた花

東京に戻ろうとしてた時のこと。自動車のそば、タイヤの傍らに1株だけたいそう意外な植物が。造り物みたいだけど本物でし。

ワスレナグサを貴方に(古過ぎっ)

そう!ワスレナグサ、勿忘草、Forget-me-not!

人が植えたものとは思われない(でも勝手に生えてくるような草かね、キュウリグサじゃあるまいし)。えらくちっちゃな株だけど、澄んだ青色の花を咲かせてます。清涼か〜〜ん。
ま、明日からのお仕事に向けてちょっとリフレッシュてな感じ。

てなわけで、戻り中。

夢のやうにGWは過ぎて

今度の博多は天気にも恵まれて、庭仕事もそこそこはかどりました。今回の成果はこんな具合↓

このくらいが限度かなあ

このうち草取り分は半分以下なんですがね
だってえ、スコップでいちいち掘り返しては、縦横無尽に絡まり合ったススキ類の根っ子をほどいて取り除いてくのって、エライ大変なんですもーん。徹底除草。スコップ1掘り分で5分ぐらいかかっちゃうことも。座ってやってると足は痺れるわ腰は痛いわで(弱男くん)。ま、ここまではびこらせちゃったツルの不徳の致すところです。

基本、庭仕事の中で剪定が一番好きっなもので、ほかの木まで鋏を入れちゃった

キンモクセイ

キンモクセイは道路際にあって、道にはみ出てたのを出入りの植木屋さんに詰めてもらった関係でちょと形が悪くなったのと、やはり枝が混み気味だったので久方ぶりに透かしました。
右に写ってるのは錦鯉用のフィルターす、今は使って(飼って)ないけど。

そして裏庭のヤブニッケイも(写真撮りそびれたっ!)。中学1年の時、クラスメートに誘われて近くの神社の裏山で採ってきたか細い苗が、ぐんぐん育っちゃいました。若木の時は年に3回ぐらい剪定してたもんな。
鋏を入れてるとシナモンの香りが漂ってとっても爽快です。時々イラガがつくけどネ(痛)

母親が俳句をやってたもので、ツルはよく題材にされたもんですが、こんな句もあるのだ↓

秘密の樹持つ少年に冬夕焼
      京子

てなわけで今や東京へ戻り中。
次は7月初め、父親の十三回忌で帰省だ。

2011年5月 4日 (水)

シルヴァスタイン:おおきな木 その10

・各国語版にはアジア圏のもあるんですよ。中国語版では「愛心樹」、なるほどぉ!悪くない。簡体字も繁体字もありまっせ。

中国語版−簡体字版 中国語版−繁体字版

ちなみに中国語版だと「M.E. & T.」、「M.E. & Y.L.」は英語のままです

ハングル版だってあるんですねえ。デザイン的になんかかわいい。これまた全然読めないけど。

ハングル版

・確かにこの本は読む人を選ぶ本だと思うけれど、つまるところ、この本を好きになるかそうでないかは、木と少年のどちら側に立って読んだかってところにかかってるんじゃないだろうか。
率直に言って、ツルはtree側でした。そういうふうに自分の中に入ってきたんだよね。どんだけいい奴やねん、ワシ。いやいやそうじゃない。人格がまだ固まりきってなくていろいろと模索していた時期に出会ったということだと思う。
代償を求めない愛であるとか、幸福とはそれを求めてあくせくするところには存在しないのだろうとか、そんなことを素直に考えたわけ。あこがれたとも言える。

この本を初めて目にしたのは確か20歳前、京都百万遍の児童書専門店「きりん館」でだった。その年齢でよかったと今でも思います。
これがまあ、子育て真っ最中なんかに出会ったんだとしたら、確かに感想は違ったものになっていたかもしれない。それは否定しません。

boyの側に立って読んだ人は、やはり、まず心の痛みを感じてしまうんじゃないかなと思うんだけど、どうでしょうか。

シビアに見れば、このお話は愛の物語ではなくてdiscommunication(OR miscommunication??)の物語だろうから(本書に対する批判の中心もつまりはここにあると思う)、このことは一層重みを増します。

・だから、新版の本の帯のあざとさには一言文句をつけておきたい。次のように書かれているんですが。

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・・・あなたはこの少年に似ているかもしれません。それともひょっとして、両方に似ているかもしれません。あなたは木であり、また少年であるかもしれません。あなたがこの物語の中に何を感じるかは、もちろんあなたの自由です。それをあえて言葉にする必要もありません。そのために物語というものがあるのです。物語人の心を映す鏡のようなものなのです。・・・
(村上春樹/訳者あとがきより)
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あとがきにこんな空虚なこと書くのもまあどうかとは思うんだけど、そのことではなくってさ。

この中の第1センテンスは大きい文字であたかも見出しのように扱われているのだけど・・・
実は、訳者あとがきには、この抜粋部分の直前にまず「あなたはこの木に似ているかもしれません。」という一文があるのです。敢えて意図的にこのセンテンスを抜かしたとしか考えられない。
「あなたはこの少年に似ているかもしれない」というのは、やはり心の痛みを感じさせることにはなるでしょう。それを効果として狙ったのだと思うんですね。人目を惹くために。でも、これは限りなく歪曲に近いのじゃないかなあ。「たろう と はなこ」なんかより。
言っとくけど、ツルは本の帯マニアじゃありませんよ。率直に言って、ただの付属物に過ぎないと思っていますが。

・本田訳と村上訳を見てきたわけだけど、村上訳が先に出て、本田訳が後に出たのならまだ話がわかりやすかったのに、という気がだんだんしてきた。
文章量は減って、しかし情報量は多くなっているということが言えるのかもしれない。
言い換えれば、村上訳→本田訳の順に読んだ方がどうもいいような感じ。原文に(一応)忠実な前者に対して、後者はやはり解釈が深化している気がするのです。

・最後の最後にもう一つだけ。夜更けなんかにこの本を静かに読む時に最適のBGMを。
それは、Stevie Wonderの「Love's in Need of Love Today」。1976年にリリースされ大ヒットしたアルバム「Songs in the Key of Life」の冒頭を飾る曲です・・・日本語タイトルは「ある愛の伝説」、ダサいけど。
四半世紀後、2001年の同時多発テロに関しての追悼コンサートのオープニングで彼が歌った歌でもある。
静かで柔らかなゴスペルコーラスが極上。泣けるかもしれません。

鬼剪定@大輪八重緑萼

Bletilla Gardenに向けてひたすら除草に勤しまねばならんことはわかってるのですが。

裏庭の白梅が突拍子もなく伸びていたので急遽鬼剪定。ちなみに後ろの白いネットは、お隣が外壁の塗り替えをなさるとのことで張ってあるもの。(Beforeは撮りそびれました、スマソ)

横幅をちょい詰めました


長い枝では1m近く伸びてた・・・この木は裏庭にあるので、年末の植木屋さんの手入れの対象外だったんですよ。
それにしても、前回帰省はお正月、その前は昨年9月だったよなあ。その時なんで剪定しなかったんだろ?雨が降ったりしたのか、それとも除草に全精力を注ぎ込んでいたのか。

この梅こそ、福岡県山門郡山川町(現 みやま市山川町)にあるウメ専門の生産業者、その名も床しい「御座敷梅林 青輝園」で20年ほど前に買い求めた「大輪八重緑萼」3本のうちの1本なり。おっほん。残り2本は空中庭園@下丸子にて鉢栽培中です。

昔からウメがなんとなく好きだったのはひょっとしたら母親の影響(梅の図柄の食器なんか集めてたし)かもしれない。ツル家の家紋が梅鉢であることも微妙に関係してるかも。今でもサクラより好きです。

やっぱ早咲き一重の野梅性白梅が一番イイとは思うんだけどさ。香りも一等高いようだし。
一方で、子供の頃から、白梅には二つのタイプがあることも気づいてました。萼が赤茶色のものと、緑色のものと。前者が圧倒的多数で9割方はこちら、後者はたまーに見かける程度。でも、後者を見つけるとなんだか嬉しかった。離れて見ると、萼が緑のせいで白さが際立ち、全体がとても清らかな感じがして好きだったんですよね。

長じて、後者のタイプを「青軸性」と呼ぶことを知りました。欲しくなってウメの園芸書で調べたら、青軸性にもいろいろな品種があるとやら。この花の白さ清らかさを最大限に楽しむためには、敢えて一重ではなく八重をというわけで「大輪八重緑萼」に狙いを定めました。

で、ちゃんとしたところから買いたくて関東でも探してたんだけど、ウメってどうやら人気が凋落傾向にあるのかな、なかなかそんな専門業者が見つからない。ある時、山門郡に住む叔母にそんな話をしたら青輝園のことを教えてもらったわけ。灯台もと暗し。

ここ、すごいんですよ。花どきになると、いかにも農家って感じのおうちの座敷の中に、古木老木の大きな盆栽をたくさん並べて飾るんです。高さ2mほどのものもザラ。まさに「御座敷梅林」。こんなとこ、他にあるかしらん。一見の価値ありの超ローカル名所。
しかも、さすがはプロだと感じ入るのは、枝先に至るまで一輪一輪が実に力強く花開いているんですよね、鉢植えなのに。

まるで時代劇のセットのよう これぞ「御座敷梅林」

すぐに手紙を出したところ(時代を感じるね)、「大輪八重緑萼の親木はありますが、あまり出る品種ではないため現在お売りできる苗はありません。接ぎ木をするにも今は適期でないのでしばらくお待ち下さい」という丁寧な返信が帰ってきた。おおー、なんか感激。
で、結局1年後、帰省した時にもらい受けに行きましたよ。忘れもしない、暮れも押し詰まった12月30日だった。若山富三郎(若い人は知らないよね、昭和の名優です;勝新太郎のお兄さんでもある)を優しくしたような年配のご主人が出てきて応対してくれました。1,500円×3本、存外安かったのでちょっとびっくり。

この時に買った木がやっとここまで育ってきたわけです。強い剪定を繰り返してるせいか木がいまだに老成せず、なかなかしっかりした花が咲いてきませんが、まあ、ウメってそんなものでしょう。今からだよ、今から。

夜光る梅の蕾や貝の玉
      榎本其角

2011年5月 3日 (火)

シルヴァスタイン:おおきな木 その9

で、まあ、著者のシルヴァスタインはどんな顔をしてるのかというと、これがこんな顔↓

The Giving Tree裏表紙

なんで強盗のカッコなのかな これはだいぶ歳がいってからですね

年齢いろいろあるけど、いずれもインパクトでか過ぎ!(@_@)
でもね、きれいな目をしている。ついでに言うと正中離開も見事、いかにもアメリカ人的(笑)。結構カッコいいと思うんだけど、ツルは。
頭の上半分には毛がなくて、下半分には毛がふさふさ、ていうとこもupside down的で素敵的。頭のカタチもスキンヘッドにゃ理想的

さるサイトにこんな記述がありました↓(またまた無断転載、これっ!)

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アメリカで出版される単行本には、著者のポートレート写真を裏表紙にすることがあるのですが・・・ボクが最初に読んだ英語版には、著者であるシェル・シルヴァスタインの顔写真が「ドドーン!」と裏表紙全面に使われていました。(現在、販売されている英語版は、写真が若干小さめになっていますが・・・)
「The Giving Tree」は、心が洗われるような話なのですが・・・読み終わって裏表紙の著者の写真を見ると、その感動がぶっ飛んでしまうほどのインパクトがあったのです。
シェル・シルヴァスタインは放浪癖のあった変わり者であったそうなのですが・・・写真は「ツルツルの禿頭」「フルフェイスの濃い髭」、指名手配の凶悪犯と言われたら信じてしまいそうな「強面っぷり」であります。こんな人相の悪い写真を「なんで、絵本の裏表紙にすんの?」とツッコミたくなるほど・・・。
絵本の内容と著者のルックスのギャップも「この絵本の奥深さ」であり、すべての読者にそのギャップをボクは知って欲しいのです。
ほんだきんいちろう訳版には裏表紙全面というほどではないにしろ・・・英語版のように、著者の写真を掲載していました。(4分の1程度のサイズでも、かなり強烈!)
しかし・・・村上春樹訳版では、著者の写真は裏表紙から消えただけでなく、本の中にも著者の写真は一切掲載されていません。新しい読者は、シェル・シルヴァスタインの「顔」を知ることは出来ないのです・・・。まるで「臭いものにフタをする」(これはこれで著者に失礼かな?)ような、仕様の変更ではないでしょうか?
再版にあたっての著者写真の完全削除に、ボクは憤りを感じているのであります。
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全面的に、ツルは賛同を感じているのであります。

Bletilla Flowers at Their BEST!

実家の庭には紫蘭/Bletilla属が数種、群落状態で植わってまして。

紅紫花や白花に加え、最近注目の青花や中国産の黄花なんかもあり。斑入り葉の品種もそこそこあるので、ヤフオクなんかに出せばそこそこ儲かるかも(-.-)y-~(さ、さもしい)

その中でも現在一番増えている「濃色シラン」なる品種が、3年ぶりにまともに咲きました!よくよく見較べりゃちょーっと普通種より濃いかなぁって程度の色合いではありますが。
確か、15年ほども前に京都の○草園で買ったんじゃなかったかしら。微妙にお高かった気が。

濃色シラン

昨年も一昨年も、アブラムシのせいか寒さにやられたか、蕾は上がってたのにそのまま茶色く枯れてしまい、花がまるで咲かなかったんです。
シランは増え過ぎるとうまく咲かないらしいので、そのせいかとも思ってたのですが、植え替えもしてないのに今年はきちんと咲きました。よかった

ていうか、こんなにきれいに咲くのは珍しいってぐらいに今年は見事!アブラムシなんかもまるでついてないし。

惜しむらくはススキやカヤが庭中にはびこっちゃって、Bletilla群落の中にもガッツリ侵入しちゃったこと、ううう。
この数年来、帰省のたんびに格闘してきて、やっと雑草駆逐に一定の成果を収めつつある・・・もう一息。
そうしたら、それぞれの花色が映えるように配置を考えて大植え替えをして・・・目指せ、Bletilla Garden!!

2011年5月 2日 (月)

シルヴァスタイン:おおきな木 その8

1月に途中までアップしたまま中断していたShel Silversteinネタ、久方ぶりに再開です。

・古い言語つながりでは、ラテン語版「Arbor alma」ってのもあった。英語版Amazonには「あなたもこの本で高校時代に習ったラテン語のリフレッシュをドーゾ」的なことが書いてあって、ちょっと笑えます。

ラテン語版

ラテン語系では、イタリア語版「l'albero」やスペイン語版「El Arbol Generoso」のほかにポルトガル語版もあって、これが「A Arvore Generosa」。

ポルトガル語版

変わったところだと、エスペラント版の「La Bona Arbo」なんてのもある!

エスペラント版

・二人の訳者のことをいろいろ書いたんだから、原作者のことも押さえておかずはなるまいっ。

シルヴァスタインのサイン

シルヴァスタインは、日本では専ら本書を中心とした児童書/絵本の分野で知られているけど、本田訳のあとがきには、作詞作曲家として活動していたとか、プレイボーイ誌に漫画を描いてたとか、風来坊と呼ぶにふさわしいライフスタイルだったとかいうようなことが出てくる。で、英語版のwikipediaで調べてみました。

Shel Silverstein、本名Sheldon Allan Silversteinは、1930年(※)9月25日イリノイ州シカゴに生まれ、1999年5月10日フロリダ州キーウェストに死す。享年68歳。1999年かー・・・。
(※)日本語や他国語のwikipediaには1932年とありますが、村上訳のあとがきにも1930年と出てくるので、その方が正しいだろうと思います。

詩人、ソングライター、ミュージシャン、イラストレーター、脚本家、etc。多才な人であったことは間違いなさそう。

Art Institute of Chicagoを1年で中退後、Roosevelt UniversityのChicago College of Performing Artsに入ったらしい。
1950年代の兵役中(朝鮮戦争の時代ですね)には米国国防省の運営する新聞Stars and StripesのPacific版に漫画を描いていて、これをまとめた「Take Ten」(1955年)が最初の単行本となる。
シカゴに戻ってからは、シカゴ球場でホットドッグを売る傍ら(@_@)、Sports Ilustrated誌などに漫画を描き始めた。
1957年にはPlayboy Magazineのleading cartoonistの一人として、"Shel Silverstein Visits ..."のタイトルで世界各地のイラスト入り紀行文を連載し始めた。これは没後の2007年に「Silverstein Around the World」というタイトルで単行本化されていて、同誌のオーナー、かのHugh Hefnerが序文を寄せている。

音楽活動においては、Johnny Cashに提供した「A Boy Named Sue」がグラミー賞を受賞している。
どんな歌なのかと興味が湧いて調べてみたら、Sueという(通常は女性につける)名前の若い男と、その名前だけをつけて去った父親との間の葛藤と赦しを描いた作品でありました。Youtubeでも見られると思うよ。

A Boy Named Sue -- by Johnny Cash

ちなみにキャッシュはカントリー/ロック歌手の大御所ですが、懐かしのTVドラマ「刑事コロンボ」の「白鳥の歌」の回でゲストスター出演しています。
他には、Dr. Hook & the Medicine Showの楽曲はほとんどと言っていいほど彼の手になるもの。「シルビアズマザー」とか「憧れのローリングストーン」を含めて。
それから、1975年にNHKの「みんなのうた」で、「パパおしえて」という彼の作品を岸部シローが歌っています。

シルヴァスタインを児童書の世界に引きずり込んだのは、本田訳のあとがきにも出ているけれど、友人のTomi Ungerer。
ウンゲラーは日本でも;

Crictor(1958年)
 へびのクリクター

The Three Robbers(1961年)
 すてきな三にんぐみ

Zeralda's Ogre(1967年)
 ゼラルダと人喰い鬼

などで知られている超有名絵本作家。1931年にフランスのストラスブール(アルザス地方の都市だから、時代からしてドイツ領有下だったのではないかと)に生まれているので、シルヴァスタインとは同年代なんですね。1956年に米国に移り住んでいる(今も存命ですよん)。

ウンゲラーによりニューヨークの出版社Harper & Row(現 HarperCollins)の児童書部門の伝説的編集者Ursula Nordstromに引き合わされ、以降、主に同社から;

Lafcadio: The Lion Who Shot Back(1963年1月)
 ライオンのラフカディオ(わじまさくら訳1987年)
 人間になりかけたライオン(倉橋由美子訳1997年)

A Giraffe and a Half(1964年11月)
 おかしなおかしなきりんくん(藤田圭雄訳1976年)
 ゆかいないっぴきはん(大島省子訳1988年)

The Giving Tree(1964年)
 おおきな木(本田錦一郎訳1976年12月/村上春樹訳2010年9月:実は藤田圭雄訳で1976年9月に実業之日本社からも出ているらしいけど不詳)

Who Wants a Cheap Rhinoceros?(1964年:英国Macmillan)
 おとくなサイはいかがです?(よしかわみちお訳1988年)

Uncle Shelby's Zoo(1964年:米国Simon & Schuster:没後の2008年にDon't Bump the Glump!と改題)
 コノヒトタチつっつくべからず(川上弘美訳2009年)

Where the Sidewalk Ends(1974年)
 歩道の終るところ(倉橋由美子訳1979年)

The Missing Piece(1976年)
 ぼくを探しに(倉橋由美子訳1979年)

A Light in the Attic(1981年)
 屋根裏の明かり(倉橋由美子訳1984年)

The Missing Piece Meets the Big O(1981年)
 続 ぼくを探しに ビッグ・オーとの出会い(倉橋由美子訳1982年)

Falling up(1996年)
 天に落ちる(倉橋由美子訳2001年)

Runny Babbit(没後の2005年:未訳)

とコンスタントに児童書を発表した。

ちなみに、講談社から刊行されるシルヴァスタイン作品はいずれも倉橋訳だったが、2005年に倉橋が没した後に出た「コノヒトタチつっつくべからず」では川上が訳した。

倉橋訳のものはツルは一切持ってません。資質が合わないんじゃないかということは前に書いたけど、一般的評価も高くないんだよね・・・

こうして見てくると、なんとなく、シルヴァスタインって結婚してなかった、あるいは離婚の1回や2回はしてるんじゃないかって風に勝手にイメージしてたんだけど、どうもよくわからない。

シルヴァスタインには2人の子どもがあって、1人目は1970年、Susan Hastingsとの間に娘Shoshanna(愛称Shanna)が生まれている。しかし、Susanは1975年に亡くなり、Shannaも1982年に11歳で病死した。その後、1983年に息子Matthewが生まれている。
1981年のA Light in the AtticはShannaに、1996年のFalling upはMatthewに捧げられており、また、Who Wants a Cheap Rhinoceros?(1964年)の1983年再版は、母親の死後Shannaを育てた彼女のおば、Marshall夫妻に献じられている。
(結局、結婚していたかどうか、息子の母親が誰なのかってところは明らかでないんだけど。)

これでわかったことがもう一つ。

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このL'Arbre au Grand Coeursで不思議なのは、冒頭の献辞が(少なくともツルが持ってる1988年の篠崎書林版では)「Pour Shanna」となっていること。英語版では「For Nicky」なのに。確か、どちらもシルヴァスタインの子供だと思いましたが・・・
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L'Arbre au Grand Coeurs(の1988年篠崎書林版)で献辞が「Pour Shanna」となっているのは、1982年に死んだ愛娘に捧げられたものなのかもしれない。あ、1973年HarperCollins版でどうなっているのかはわかりませんが。
ちなみに、本書が米国外で初めて出版されたのが1973年のフランスで、だから米国のHarperCollinsから出たんじゃないでしょうか。

ちなみに、Shoshannaとはヘブライ語でlilyまたはroseの意味なんだとか。
ここでまた、シルヴァスタイン本人の出自とともに、本書にヘブライ語版がある理由も明らかになるように思う。ユダヤ系なんですね。

To be Continued, Again...

今日の出来高:ツツジ剪定

大嫌いなんだよね、「今日の出来高」って言葉。職場で使う人も多いけどさ、この言葉を使う人って、ぶっちゃけアウトプットレベル低い!(個人の感想です)
なぜ初めからからベストを目指さないんだ!・・・キツ過ぎ??こーゆーとこは容赦ないんよ、ツルは。冷酷と言われやすい所以。
違うの、ツルは冷酷じゃなくて冷徹なんです。きっぱり。

で、実家に帰って、ほんとは何をおいても雑草取りに取り組まなきゃいけないんだけど、まずは剪定鋏片手に庭に飛び出しちゃった。

ツツジ1株をチョキチョキ、結局半日がかり。年末にご近所の植木屋さんに庭全体を剪定してもらったので、今年の花は望めないのはわかってた。案の定、花は10ヵ所もついているかいないかって感じ。

ほんで、かなり混んできてたので、思い切って枝透かしやっちゃったわけです。大きさはほとんど変えてません。
まあ、これはほんとに「今日の出来高」。

Before↓
Before

After↓
After

このツツジ、昔住んでた福岡県は大牟田市の家にあった大きな大きな株^^;から挿し木して持ってきたオオムラサキ。
元の株はとにかく巨大なもので、1株で直径5m×高さ3mはあったと思う。小4から中1まで住んでたから、記憶は確かだと思うけど。まさに小山状態。よくあるミカン型に仕立ててありました。
ここまでデカいとまさに庭の主木、そうなると手入れにも自ずと力が入ろうというもの。剪定とか肥料やりとか花ガラ摘みとかやらされてたなあ。

5月になるとこの木が一面に花で埋もれるわけです。全山真っ赤!それはそれは見事なものでした。近所の人も見に来てたもん。あの木、まだあるのかなあ・・・

いつかこの株もあんな風に大きく大きくしてみたいと妄想してるツルでしたとさ。

2011年5月 1日 (日)

帰省中にて候

帰ってきました、実家。庭ではバラが咲いています。

White Christmas

White Christmasは抱え咲き。花弁が弱くて、雨が降るとすぐにグシャッとなるし、あんまり好きじゃなかったんですがねえ。根性もんでしぶとく生き残ってます。

Lady Luck

Lady Luckは何より香りが素晴らしい。とても爽やかで、心が浮き立つような、ちょっと柑橘系っぽい香り。特に秋の花はあたりに芳香が漂います。剣弁高芯咲きですが、丈夫なのと株の背が高いのとからすると、やはり桃色の名花Queen Elizabethの血を引いているのではないかと。

前は五色で5株あったんですがねえ。赤のChristian Dior、黄のGolden Sonne、橙のSuper Star・・・黄と橙は枯れてしまいました赤もおよそ花が咲くような状態じゃない。
白と桃だけが(一応)咲き続けています。

大輪バラなんて、病気もかかりやすいし、害虫もつきやすいし、多肥好みだし、つまりは人が手をかけることによって初めて育つような植物だから、無住の家で栽培するのなんてどだい無理かも・・・
でも、遠隔操作の放置栽培で気息奄々の割に、今年はまあよく咲いてる方かな。

また咲いてるミニカトレア

色はきれいです 実は2つ咲いたんです

こないだの第2弾と同じ株なんだけど花形がエライ違う・・・ペタルが全般に細身。2番花なんてこんなもんかな。

こんなすっきりした感じのもキライじゃないけど、まあ、カトレアだしねえ・・・

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