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2011年5月12日 (木)

出雲大社につきお勉強

久方ぶりに、神祇篇、復活です。
ちなみに、「神祇」の「神」は天津神のこと、「祇」は国津神のことだそうで。(対して「仏」のことは二文字熟語でどういうんだろう?)

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>2009/09/05
>(熊野大社のことを調べていると、どうしてもその向こうに出雲大社の影がちらついてしまう。いずれまたこれもお勉強せねば・・・)
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※この「熊野大社」というのは出雲にある神社のことです、紀伊ではなく。


出雲大社といえば近年の話題は、古代にあったとされる出雲古社。三十二丈(≒96メートル!?)もある丸太を何本も立てた上に社殿を築き、造営当初の東大寺大仏殿をも遥かに凌ぐ世界最大の木造建築だったとか、いやいや当時の技術では不可能だろうとか、そんな木材を集めることが本当にできたのかとか、議論がかまびすしい。
しかしまあ、そんなもんは古代人の白髪三千丈式大法螺かもしれんということでうっちゃっといて。(別に古代史ロマンを追求しているわけではない、今回)

出雲大社の縁起として知られているのは次のとおり。

出雲大社の祭神である大国主命は、古事記ではスサノオ(=熊野大社の祭神)の六代の裔、日本書紀ではスサノオの子とされている。
熊野大社と出雲大社は、前に述べたとおり、延喜式ではいずれも「名神大」、また双方が出雲国一宮とされ、勢力が拮抗していたようにみえるが、どうやら前者が格上とされていた様子。祀られたのが祖先神だから社格が上、なんてこともあったのだろうか。

この大国主命というのがまた複雑。仏教と混淆して、なんていう以前の問題なんである。

スサノオの姉アマテラスの孫である瓊瓊杵尊/ににぎのみことによる「天孫降臨」に先立って葦原中国/あしはらのなかつくに平定のため降り立った天津神たちに対し、大国主が「国譲り」と引き換えに要求したのが、高天原に匹敵する宮殿であり、古事記では天之御舎/あめのみあらか、日本書紀では天日隅宮/あめのひすみのみや、出雲国風土記では天日栖宮/あめのひすみのみや。これが出雲大社の起源とされていて、上記の出雲古社に関する議論にもつながる。

大国主だって、そもそも血筋からいけばイザナギの子孫だから天津神のはずなのに、役割としてはめっきり国津神。

そして、何といっても別名が多い!
若い時の名は、大穴牟遲(遅)神・大穴持命・大己貴命大汝命・大名持命/おお(あ)なむち(orぢ)(orもち)。
他に、大物主神/おおものぬしというのもよく出てくる。
大國魂大神/おおくにたまもそうだったとは知らなんだ。ええと、東京立川の大國魂神社、大阪の生國魂/いくくにたま神社(いくたまさん)。
出雲国風土記の、所造天下大神/あめのしたつくらししおほかみ、というのもあり。

別名が多いということは、説話もまた多いということ。

因幡の白兎の話でも本来、大穴牟遲の名で出てくるが、これが「大国主命」となった経緯が古事記に書かれている。長くなるが何とかまとめてみる。
そもそも、因幡の白兎(本来「素兎」すなわち裸兎orただの兎の意味らしい)の説話は、大穴牟遲が兄弟の八十神/やそがみ達とともに因幡の八上比売/やがみひめのもとへ妻問いに出かけた時の話で、助けられた白兎は、八上比売は大穴牟遲を選ぶと予言し、そのとおりになる。
これを恨んだ八十神達は繰り返し大穴牟遲を殺すが(!)、そのたび母親の刺国若比売/さすくにわかひめの働きにより生き返る。

青木繁の油絵「大穴牟知命」はこの場面を描いたものっすね。

大穴牟知命

その後、母の勧めで八十神達を避けて根堅州国/ねのかたすくに(=根国/ねのくに)のスサノオのもとまで行き、その娘須勢理毘売命/すせりびめと恋に落ちる。スサノオの与える数々の試練を切り抜けた大穴牟遲に対し、スサノオはついに娘を妻とすることを許し、大国主の名を与える。

以上、実に?の多い話だと思う。

お話自体は、因幡の白兎の一件も、スサノオとのいきさつも、各地によく見られる英雄試練譚、特に課題婚型の説話。
課題婚といえば竹取物語然り、エチオピア王女アンドロメダ(母は王妃カシオペア!)を海神ポセイドンの放った魔物から救うペルセウス(ペルシャ王家の祖とされているとは知らなんだ)の神話あたりもか(天体系、多い・・・)
トロイ戦争を引き起こす「パリスの審判」もその一変形とは言えないかなあ。
説話とは言えまいが支那のドSの姫君と韃靼(タタール)の王子カラフの物語、歌劇「トゥーランドット」もそうですね(ちなみに昔の幼児番組「ピンポンパン」の名称は、これに登場する3人の支那の大臣の名前から来ている)。

でも、大穴牟遲のお話がちょっと変なのは、まず、最後の辺り。なぜ大国主という名を贈られるのか?とってつけたように唐突です。
課題婚説話の大団円としては、「根国でスサノオを負かした賢く強い神」、てな名前の方がふさわしかろうに。むしろ、次の「国作り」の段の導入部となっている感じ。それはそれで祝祭的なのかもしれないが。

それから、スサノオの住まう根堅州国。スサノオは須勢理毘売を連れて逃げる大穴牟遲を根堅州国の出入口まで追ってくるが、この場所が黄泉津比良坂と書かれていることから、根堅州国=黄泉国とされた。
そうなると、「スサノオ、お前はもう死んでいる」なわけで、大穴牟遲だって一旦死ぬということではないか。上述のとおり、兄たちに何度も殺されては母に助けられ、その母の言により死の国へ赴く・・・いかにも英雄試練譚らしいけど。
死の国の娘を連れ帰って妻とするってのも、ちょっとどうよ!?

そして、スサノオと大穴牟遲との関係。前に書いたとおり、日本書紀では大穴牟遲はスサノオの息子。じゃ、兄妹婚の話だったの!?(別に珍しくもないが。)
しかし、実はこれらの話は日本書紀には出てこないのである。古事記では大国主はスサノオの6代目の子孫だから、まだ不自然さは少ない(かな)。

そもそも、大国主がなんで縁結びの神なのか。因幡の白兎の話も、人んちの娘一人に一個どころか二個小隊ぐらいの兄弟で押しかけての嫁取り騒動である。
それに、古事記じゃ妻が百八十人いや百八十柱ですよ。いくら妻問い婚とは言え、艶福家!そんなのを縁結びの神さんにしちゃっていいのかね。

・・・アラ?ひょっとして、大国主命が縁結びの神様なのじゃなくて、出雲大社が縁結びの神様なのかな?・・・


To be Continued...

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