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2011年5月14日 (土)

出雲大社につきお勉強(つづき)

>・・・アラ?ひょっとして、大国主命が縁結びの神様なのじゃなくて、出雲大社が縁結びの神様なのかな?・・・

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と思って調べ直してみたら、驚くべき事実を発見。

出雲大社の主祭神は大国主命だとばかり思っていたら、なんと鎌倉期あたりから17世紀頃までは素戔鳴尊とされていたとか。
どうやらこれは、神仏褶合下で同出雲大社の神宮寺であった鰐淵寺で、国引き(※)・国作りをスサノオの業としたことによるものらしい。しかしその後、境内に仏堂が立ち並び神事が衰退したため、17世紀の寛文年間の遷宮に際して記紀の記述に復する形で祭神を大国主に戻したのだとか。

(※)国引きの神話は記紀には記述がなく、出雲国風土記に書かれたものである。

うーーん、神様のすげ替えですかぁ。よくあることじゃあるけどさあ。

それでは話が合わんじゃないかと思ったんだけど、そう言や、関東(の荒川流域)に多い氷川神社もスサノオを主祭神とする縁結びの神様ではなかったか。
スサノオを縁結びの神とするのは、八岐大蛇を退治して櫛名田比売/奇稲田姫を妻としたからでしょうね。

そもそも、大国主が別名を多く持っていたことは、他神と同一視されることが多かったことも意味していようから、あるいは、大国主=スサノオという見方が成り立つ可能性もあるのかも。

ちなみに、出雲大社は古くは杵築大社と呼ばれており、延喜式神名帳/えんぎしきじんみょうちょうにもこの名称で出ている(ただし、神名帳は祭神や由緒を記載したものではないが)。
出雲大社と改称したのはなんと明治4年/1871年の近代社格を定めた太政官布告の際である。まあ、つい最近というか、神仏分離の流れの中でというか。

(なぜ大分県内の地名と同じ「杵築」の名を持っていたのだろう?継続検討課題。)

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