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2012年1月

2012年1月29日 (日)

さいた さいた つばきのはなが

この冬は寒いですねー。厳冬なり。

さて、この愚blogにも書いたけど、昨秋、さるご縁でいろいろな鉢植えをいただく機会があったのですが・・・

玉の浦

じゃーん。咲きました、頂戴した玉の裏、もとい玉の浦。いいじゃん

軽く植え替えしちゃったこともあってか、室内でやや乾き気味に管理したせいか(単に水やり不足ともいう)、ちいと花弁の伸びがいまいちですが、そこは大目に見てネ。
すこうし白覆輪のキワがぼけ気味だけど、そこも大目に見てネ(汗)

まもなく梅も咲いてくるでしょうか。

2012年1月22日 (日)

かつらのうつわ(続)

蘊蓄炸裂します、今回。


日本固有種たるカツラに、なぜ「桂」という漢字が使われているのだろうということは前々から気になっていた。

「桂」はもともと常緑樹全般をも指し得る普通名詞的な漢字のはずで(日本で桂の字が当てられたカツラは落葉樹だけど)、だからゲッケイジュ月桂樹Laurus nobilisつまりbayにもニッケイ肉桂Cinnamomum sieboldiiにも「桂」の字がついてますよね。

一方、現代中国語で桂と言えばモクセイ木犀Osmanthus fragransのこと。厳密には、基本変種の銀桂すなわちギンモクセイvar. fragrans、金桂すなわちウスギモクセイvar. thunbergii、丹桂すなわちキンモクセイvar. aurantiacusなどの「変種」を総称する「種」の名前。
あたかも山水画の如き奇岩絶壁で名高い桂林も、モクセイの多いことからついた地名です。

中国の神話故事に出てくる「月の桂」すなわち「月の中にある高い理想を表す木」なんてのも、月桂樹のことなんだろうと漠然と思っていたら、モクセイだったわけだ。てことは「♪お酒の王様 月○冠」(古い)は、キンモクセイのお酒として知られる桂花陳酒と案外近いのかもなんて・・・んなわきゃないか、脱線脱線。ちなみに桂花陳酒は、白ワインに3年漬け込んだもの、なんだそうです。

このとおり、どうやら「桂」には香りのよい木という意味もある様子。

で、日本のカツラそのものには香りはあるのか。これは牧野富太郎が「あるとかないとか議論があるが、青葉のうちはほとんどなく、黄葉すると香りが出てくる」とか書いていたのをずっと昔に何かで読んだ記憶がある。
なんでも「醤油様の(よい)香り」なんだとか(@_@)あくまで日本から離れられないって感じ。

今風に言えば、「葉っぱがハート形で超キュート」になるんでしょうが。

日本神話にも桂は登場し、葦原中国(あしはらのなかつくに:つまり日本)平定のため高天ヶ原から下界に遣わされた天若日子/あめのわかひこが8年経っても戻らず、その理由を質すため次に遣わされた雉子の使者鳴女/なきめが降り立つ木が、若日子の家門の「湯津香木」。「香木」は「加都良」と訓むと注されており、「湯津」は「斎つ」で、つまりは「ゆつかつら」は神聖な桂の木ってことらしい。

また、よく知られた(最近そうでもないらしいけど)海幸山幸の神話でも、火遠理命/ほおりのみこと(=山幸彦)が兄の火照命/ほでりのみこと(=海幸彦)の釣針をなくしてしまい、それを探しに龍宮に赴き井戸の傍らにある桂の木に登って待っていると、海神の娘の豊玉姫に出会うことになっています。
青木繁の油絵「わだつみのいろこの宮」に描かれたのはこの場面。ちなみに「いろこ」は「うろこ」のこと。確か、古事記に「海の底の鱗を重ねたような屋根の宮殿」とか描写されてたと思う。

わだつみのいろこの宮

で、二人は結婚し、血統はその子鵜茅不合葺命/うがやふきあえずのみこと → 人帝初代神武天皇と続いていく形。
もっとも、豊玉姫のお産の際、火遠理命が約束を違えて産屋を覗き込み、竜体となった妻(なんと言っても海神の血筋だから、イグアナの娘ならぬドラゴンの娘)を見てしまったことから、怒った姫は海に帰ってしまいます。洋の東西を問わず存在する「見るなの禁忌/タブー」というやつ。イザナギが黄泉で死んだイザナミの変わり果てた姿を見てしまうのもそうだし、ギリシャ神話でオルフェウスが冥界から妻エウリディケを連れ戻す時もそう。鶴の恩返しも浦島太郎もですね。
ちなみに鵜茅不合葺の名前の由来となった、「産屋の屋根を葺き終えぬ間に生まれた」ということについてですが、産室をわざと不完全なままにしておく風習は結構実際にあったものだとか。全てを封じ込めないというところで、お産が軽くなるようにという呪術的な意味があったんでしょうか。

一方カツラは「楓」の字を当てられたりもしたようで、これも「桂」同様、漢字が輸入された時に取り違えがあったみたい。
「楓」は今は日本では「かえで」と読み、カエデ科のイロハモミジ(タカオカエデ)Acer palmatumあたりのことだけど、中国ではLiquidambar formosanaを指す。これは標準和名で「フウ」と呼ばれる全く別の植物です。なんとマンサク科だと。
「桂」にせよ「楓」にせよ、現代に至るまで取り違えは続いているわけだ。ああ、植物の漢字ってこんなんばっかし。ややこしやー。


話変わって、ふと気づいて東京芸大の油画科の院生やってる友人に「知り合いに木工作家とか彫刻科木彫専攻の人とかいない?」と聞いてみたりもしたのだけど、「否」とのお返事。けっ。

彼曰く「鎌倉彫りと日光彫りの違いがわからない・・・」となむ。そう言う彼は湘南出身、でも今や縁あって日光市民という、この際微妙な立ち位置。
確かにぱっと見は似てますね。鎌倉仏師や東照宮の工人の技を受け継ぎ、実は明治になって今の名称が確立し広く知られるようになったってとこも、意外や北海道産の桂を使うことが(現在では)多いという点も。あっ、そういや博多の実家にあったっけ、日光彫りの小箪笥。

実は大きな違いは鎌倉彫りが「漆器」なのに対し、日光彫りは必ずしも塗りに漆を使うわけじゃないってとこらしい。吹き付け塗装なんかも多そうなので、工芸か工業かって近代の歩みの違いでもありそうです。
日光彫りで漆を用いるものは「日光堆朱塗り」と呼ばれたりもするらしい。でも堆朱(ついしゅ)って厳密には違うものだと思うんだけどな。

しかしこの際そんなことはどうでもよろしい。「栃木県日光市の特産品やったらなんで栃を使わんのかいっ」とツッコミを入れてしまいたくなるわけですよ。栃木の県木でもあるし、そりゃ。北海道産の桂、なのはきっと他地域では太い材が採れなくなってるからなんでしょうが。

ま、だからこの勝負(?)、鎌倉方に軍配と相成りました。

はー、ともかく肩の荷が下りたわー。気に入ってくれるかなー。

2012年1月21日 (土)

かつらのうつわ

ハワイに住んでる知り合いの日本女性(ダーリンはアメリカ人)が子どもを産んだ。二人目の赤ちゃん、男の子。といっても、昨年5月のことですけど。お祝い何にしよ、ってずっと気になっていた。

ベビーのMiddle Nameは「Kei」、漢字で書けば「桂」。日本名という意味合いもあるのでしょう。ちなみにお兄ちゃんの方は「蒼」。BlueとGreen、ある意味とてもハワイらしいご兄弟かと(微笑)。これで3人目に姫君が生まれたりなんかした日にはもう「茜」か「桃」で決まりねっ!(勝手)

で、このことを伺うや、「これしかないっ」って感じで、「桂」材でできたお祝い品を探してたんですよね、ずっと。カツラすなわちCercidiphyllum japonicumを。
ちなみにこの植物は日本の固有種なので、英名は特になくて英語でも「Katsura」でよいのだとか・・・ほんとかね。

で、その桂製品ですが・・・!?うーん、積み木とか?でも二人目だからきっと持ってるだろうし。うーん、うーん・・・

・・・となって頭に浮かんできたのが漆器。つまりjaponicumのjapanですな、ふふ。
桂材でできた、できれば白木に近い風合いの拭き漆とか摺り漆とかいうやつの、シンプルなサラダボウルとかマグカップとか(赤ちゃんへ、というよりママへという感じか)。華美でない、日常使いに近いもの、別に金銀蒔絵とかじゃなく。コンセプト的には。

ところが。桂製の漆器って、なかなかないんですねえぇ。欅Zelkova serrataとか栃Aesculus turbinata/horse chestnutとかが中心で。(もちろん材質のわからないものもあるし、「桂または栃」なんて表示のも多くてさー)
デパートやらネットやらいろいろ探し回るうち、だんだんわかってきたのは、桂というのは漆器では特に鎌倉彫りに使われるらしいこと。彫りやすい木だから、ということだそうです。

はーん、なるほどぉ。でも、鎌倉彫りのサラダボウル?マグカップ??あんまし聞いたことないなあ。

そもそも今どき鎌倉彫りってどうなんよ。赤黒っぽい色合いで、彫り跡をたくさん残して牡丹やら梅やらをあしらってあるアレやろ?デパートの漆器売場にもほとんど置いてないじゃないか。拭き漆とかのイメージもないよなあ。コンセプトちょっと違う?

でもまあここは現地に赴いて調べてみまっしょい、日本橋や新宿では埒があかん、てなわけで重すぎる腰を上げて行ってきたわけっす、冬の鎌倉に。

予想してたとおり、鎌倉彫りって「平物」が多いんですね。平皿とかお盆とか茶托とか。浅目のボウルもあったんですけど、ちょっとなんだかイメージと違う・・・
悩んでいたところにふと重箱が目に止まり。重箱ぉ!?んな大仰な。どこが日常使いやねん!ハレの日の器ではないか。

でも・・・お店の人はみな「海外のお客様には重箱は人気がありますね」と口を揃えます。
あー、蓋つきの四角い器ってあちらには案外ないのかも(タッパーウェアあるじゃん)、しかも2階建てのって!(収納スペース余計に食うじゃねーかよ)パーティタイムにはよいかも、おーいっつわんだほー的に。

そういやこちらのGood Housekeeping的雑誌でも、時々「お正月を迎える花を重箱に飾ってみる」とか「一の重にお花、二の重にお料理を入れてテーブルで蓋を開ければ海外からのお客さまのおもてなしにもぴったり」的な記事が載ったりもしてるようですなー。

てなわけで日本伝統手工芸的鎌倉彫北海道産桂材六寸五分春蘭文朱漆二段御重箱箸付(以上三十三文字)と決め、発送してきた次第です。


・・・えー、ここに至るまでには、心楽しき紆余紆余曲折もあって。

(To be Continued...)

2012年1月 4日 (水)

帰省中っす

新年おめでとうございます
例年どおり博多に帰ってるツルです。

無人庭園@博多実家もすっかり冬枯れて・・・シランやタカサゴユリの枯れ茎を切り取ってはハーと溜め息をつくって感じ。

そんな中、サネカズラの赤い実が冬の日だまりに艶々と映えてます。

サネカズラ ビナンカズラとも

サネカズラ実葛、一名ビナンカズラ美男葛。その昔は枝から男性用の整髪料を採ったげな。にしても不思議な形っすねー。

帰省中っす

もひとつ、白いスイセンも。ぶっちゃけ、好きな品種じゃないんですけど、早咲きなのは認めてあげよう。
それにしても白い花ってほんとに撮るのが難しい・・・色が飛び気味です。


そして昨夜は正月恒例、姉たち家族とふぐパーティ!でした。年に一度の贅沢、次姉の家にて。

鰤雑煮っす

博多名物、鰤(ぶり)雑煮も姉が出してくれました。鰤雑煮!?って東京あたりの方にはみんな驚かれますが・・・。これもこの場でなきゃ口にすることのできなくなった我が身がちょっぴり寂しいツルです。

あ、右上はツルお手製の金柑の甘露煮ね。

2012年1月 1日 (日)

2012年の年賀状

新年おめでとうございます

今年は年賀状を控える向きも多いと聞きますが、ツル的にはとんでもない。
こんな年ですからこそと、11月の声を聞いてから年賀状制作に勤しんでおりました。ツルにとっては年賀状とはもらうものではなく出すものなのであーる。

ツルの年賀状と言えば、もち、プリントゴッコ!もはや消滅危惧種、いや、消滅確定種というべきかも。2012年末にはとうとう消耗品まで販売中止になるとやら(T_T)(T_T)でもしっかり買いだめしてあるもんね(^^)v
とはいえ先日新宿の世界堂に行ってスクリーンやらランプやらをさらに買い増し(買い占め?)してきましたが、売り場に「ありがとうプリントゴッコ」というディスプレイがデカデカと出ていました、ううう

新年は辰年。おのずと力が入ります。
かっくいーのにしよっと。
で、今年はこんなのになりました↓

2012年の年賀状

実はこのデザインは一回り前の辰年、2000年いや二千年の年賀状用に考えていたもの。
毎回年始のうちに次の年の原案ぐらいは考えるので(@_@)、1999年の2月頃には「竜」と「二千年」の小下絵はほぼ完成していました。(だいたいその頃になると飽きてきて、11月まで眠らせちゃうんだけど)
でも、3月に父親が入院、6月に他界し、2000年の年賀状は幻と化してしまいました。さすがに喪中欠礼をプリントゴッコでVisualise、てなことはいたしかねましたので。

で、時は流れ干支は一巡り。
あの時の竜を召喚復活させるか、あるいは新しく作り上げるか。
竜やドラゴンの図像はよく目にするけど、なんと言っても顔が命!どことなく卑しい感じのも多くて、なかなか気に入るようなのには出会いません。(なんと言っても想像上の霊獣というか聖獣だから、参考資料は大事
それと、全身を描きたいのだけど、「尾」まで表してある竜って少ないんだよね。

結局やっぱり12年前のアレでいこうってことで「十二」の文字を加え、「二千十二年」に「竜」はついに目覚めました。12年間温めましたぜ(笑)

ところが。いまいちどうも気に入らない。いえ、竜の顔や肢体がってこととかではなく、全体の印象が弱くなっちゃった点。「二千年」と「二千十二年」では歴然たる差を感じるわけです。だから、当初直感的に思っていた、背景はシンプルな白地にするのが一番インパクト強いという考えにも素直に頷けなくなった。

一方、やはり心の隅にひっかかっていたのは東日本大震災のこと。あの揺れと津波と放射線と。いろいろありましたね。知り合いには17年前神戸あたりで被災し、その後福島にお嫁に行き、住めなくなって今は山形→高山と避難を続けている人もいる。

そんなことも感じられて、いくらか描き足しました。微妙にコンセプト変更、珍しくも。

実は、竜を描き上げている途中、なぜだかわからないけれど「太陽風」という言葉が繰り返し頭に浮かんでいた。太陽から超高速で放出される高温の電離した粒子。
そこから、宇宙空間に浮かんでいるイメージ、昴のイメージ、オーロラのイメージ、放射線のイメージ、犠牲者のイメージ、冷やし鎮めるイメージ、そんなものも湧き上がってきました。
心境の変化ということかもしれないし、それこそが震災がツルの心理に与えた影響なんだと言えるかもしれない。あるいは、12年前に父とともに眠りに就いた竜をこの2012年に呼び起こす意義もそこにあるかもしれない。(おいおいどこまで妄想すんだよ)

そこからいろいろ考え抜いた末、結局描き加えたのは地球と空と散華。

地球は、実は仕事で作ったウチの会社の2008年3月期Annual Reportに掲載したグラフィックから拝借したもの(ツルは別にデザイナーとかクリエイターとかの職業ではありませんが)。ああいう地球って、よく目にするような気がするけど、いざ探すとなるとネットでも案外見つからないもんでした。特に、あのあたりの位置に日本列島がきてるのって。点描は全部マニュアル描きの力仕事っす(-.-)y-~

空の部分は、あえて点描にせず、「沸き上がる」あるいは「降り注ぐ」イメージで放射状に描き込み。2002年の年賀状(そのうち紹介すっかな・・・)の「空」の下絵も再利用しつつ。定規をいちいち当てて、ペンの太さを変えながら・・・

散華は空中庭園@下丸子で栽培している花蓮の画像から取りました。でも蓮じゃあまりにアレだし、蓮の花は前に(実は喪明けの2001年)使ったことあるしで、桜の花びらに微修正。2枚だけピンクの香りインクを使用

ちょっと象徴主義に傾斜しちゃった感じ。そして多義的でもあります。
だから、雨が地上に降っていくと受け取ってもらっても構わないし、地球から何かが吹き出していると取ってもらっても構わない。散華は竜を荘厳しているのかもしれないし、犠牲者を悼むものと見る向きもあろう。それに、「地球」を見出す人も「日本」を見出す人もいるはずだし。

「賀春」の文字は父親の筆になるものです。生前、年賀状用にってことで頼み込んで半紙にいろいろ揮毫してもらったのがありまして。結構重宝してます(笑)。まだそこそこ残ってるしー

結局、そんなこんなで全9色5版になりました。
版画って、決して色数多けりゃいいってもんじゃないけど、今回はなにげに空だけで3色(@_@)も使っちゃったよ。グラデーションをかけようとするとどうしても色数が増えちゃう。散華も2色使いで。
色の取り合わせは実際にインクを置いてみないとわからないもんだし、今回3色ほど混色で作ったりしたこともあって、ほんとは調色用のテスト版作った方がよかったんだけど・・・暇がなくて省いた結果、グラデ効果があまり出せてない気もしますがね(苦)

さあ、来年は巳年だ。どんなのにしようかな。いつも思うんだけど、竜の次に蛇が来るって、順番悪すぎ!!

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