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2012年1月22日 (日)

かつらのうつわ(続)

蘊蓄炸裂します、今回。


日本固有種たるカツラに、なぜ「桂」という漢字が使われているのだろうということは前々から気になっていた。

「桂」はもともと常緑樹全般をも指し得る普通名詞的な漢字のはずで(日本で桂の字が当てられたカツラは落葉樹だけど)、だからゲッケイジュ月桂樹Laurus nobilisつまりbayにもニッケイ肉桂Cinnamomum sieboldiiにも「桂」の字がついてますよね。

一方、現代中国語で桂と言えばモクセイ木犀Osmanthus fragransのこと。厳密には、基本変種の銀桂すなわちギンモクセイvar. fragrans、金桂すなわちウスギモクセイvar. thunbergii、丹桂すなわちキンモクセイvar. aurantiacusなどの「変種」を総称する「種」の名前。
あたかも山水画の如き奇岩絶壁で名高い桂林も、モクセイの多いことからついた地名です。

中国の神話故事に出てくる「月の桂」すなわち「月の中にある高い理想を表す木」なんてのも、月桂樹のことなんだろうと漠然と思っていたら、モクセイだったわけだ。てことは「♪お酒の王様 月○冠」(古い)は、キンモクセイのお酒として知られる桂花陳酒と案外近いのかもなんて・・・んなわきゃないか、脱線脱線。ちなみに桂花陳酒は、白ワインに3年漬け込んだもの、なんだそうです。

このとおり、どうやら「桂」には香りのよい木という意味もある様子。

で、日本のカツラそのものには香りはあるのか。これは牧野富太郎が「あるとかないとか議論があるが、青葉のうちはほとんどなく、黄葉すると香りが出てくる」とか書いていたのをずっと昔に何かで読んだ記憶がある。
なんでも「醤油様の(よい)香り」なんだとか(@_@)あくまで日本から離れられないって感じ。

今風に言えば、「葉っぱがハート形で超キュート」になるんでしょうが。

日本神話にも桂は登場し、葦原中国(あしはらのなかつくに:つまり日本)平定のため高天ヶ原から下界に遣わされた天若日子/あめのわかひこが8年経っても戻らず、その理由を質すため次に遣わされた雉子の使者鳴女/なきめが降り立つ木が、若日子の家門の「湯津香木」。「香木」は「加都良」と訓むと注されており、「湯津」は「斎つ」で、つまりは「ゆつかつら」は神聖な桂の木ってことらしい。

また、よく知られた(最近そうでもないらしいけど)海幸山幸の神話でも、火遠理命/ほおりのみこと(=山幸彦)が兄の火照命/ほでりのみこと(=海幸彦)の釣針をなくしてしまい、それを探しに龍宮に赴き井戸の傍らにある桂の木に登って待っていると、海神の娘の豊玉姫に出会うことになっています。
青木繁の油絵「わだつみのいろこの宮」に描かれたのはこの場面。ちなみに「いろこ」は「うろこ」のこと。確か、古事記に「海の底の鱗を重ねたような屋根の宮殿」とか描写されてたと思う。

わだつみのいろこの宮

で、二人は結婚し、血統はその子鵜茅不合葺命/うがやふきあえずのみこと → 人帝初代神武天皇と続いていく形。
もっとも、豊玉姫のお産の際、火遠理命が約束を違えて産屋を覗き込み、竜体となった妻(なんと言っても海神の血筋だから、イグアナの娘ならぬドラゴンの娘)を見てしまったことから、怒った姫は海に帰ってしまいます。洋の東西を問わず存在する「見るなの禁忌/タブー」というやつ。イザナギが黄泉で死んだイザナミの変わり果てた姿を見てしまうのもそうだし、ギリシャ神話でオルフェウスが冥界から妻エウリディケを連れ戻す時もそう。鶴の恩返しも浦島太郎もですね。
ちなみに鵜茅不合葺の名前の由来となった、「産屋の屋根を葺き終えぬ間に生まれた」ということについてですが、産室をわざと不完全なままにしておく風習は結構実際にあったものだとか。全てを封じ込めないというところで、お産が軽くなるようにという呪術的な意味があったんでしょうか。

一方カツラは「楓」の字を当てられたりもしたようで、これも「桂」同様、漢字が輸入された時に取り違えがあったみたい。
「楓」は今は日本では「かえで」と読み、カエデ科のイロハモミジ(タカオカエデ)Acer palmatumあたりのことだけど、中国ではLiquidambar formosanaを指す。これは標準和名で「フウ」と呼ばれる全く別の植物です。なんとマンサク科だと。
「桂」にせよ「楓」にせよ、現代に至るまで取り違えは続いているわけだ。ああ、植物の漢字ってこんなんばっかし。ややこしやー。


話変わって、ふと気づいて東京芸大の油画科の院生やってる友人に「知り合いに木工作家とか彫刻科木彫専攻の人とかいない?」と聞いてみたりもしたのだけど、「否」とのお返事。けっ。

彼曰く「鎌倉彫りと日光彫りの違いがわからない・・・」となむ。そう言う彼は湘南出身、でも今や縁あって日光市民という、この際微妙な立ち位置。
確かにぱっと見は似てますね。鎌倉仏師や東照宮の工人の技を受け継ぎ、実は明治になって今の名称が確立し広く知られるようになったってとこも、意外や北海道産の桂を使うことが(現在では)多いという点も。あっ、そういや博多の実家にあったっけ、日光彫りの小箪笥。

実は大きな違いは鎌倉彫りが「漆器」なのに対し、日光彫りは必ずしも塗りに漆を使うわけじゃないってとこらしい。吹き付け塗装なんかも多そうなので、工芸か工業かって近代の歩みの違いでもありそうです。
日光彫りで漆を用いるものは「日光堆朱塗り」と呼ばれたりもするらしい。でも堆朱(ついしゅ)って厳密には違うものだと思うんだけどな。

しかしこの際そんなことはどうでもよろしい。「栃木県日光市の特産品やったらなんで栃を使わんのかいっ」とツッコミを入れてしまいたくなるわけですよ。栃木の県木でもあるし、そりゃ。北海道産の桂、なのはきっと他地域では太い材が採れなくなってるからなんでしょうが。

ま、だからこの勝負(?)、鎌倉方に軍配と相成りました。

はー、ともかく肩の荷が下りたわー。気に入ってくれるかなー。

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