« 八王子 − 三女神・宗像大社・厳島神社に近づいてみた | トップページ | 津波の跡ではない »

2012年3月19日 (月)

八王子 − 三女神・宗像大社・厳島神社に近づいてみた Part II

(承前)

市杵島姫は弁才天(弁財天・弁天)と結びつき、やがて弁才天は本家の市杵島姫や宗像三神の人気を凌ぐようになる。多分、神仏褶合というより宗教の大衆化娯楽化という切り口で見るべきなんだろうけど。
起源とされるサラスヴァティはヒンドゥー教における川の流れの神格化であり、ひいては流れ出るもの全般すなわち言葉や知識、音楽や伎芸の神。古くは地母神的な万能神の性格をも持ち、戦勝神ともされていたとは知らんかった。確かに創造神ブラフマー(=梵天)の妻でもある。
仏教に入って弁才天となり、日本では「財」の字をあてて福徳神の性格を強め、七福神としても親しまれる。海上神の市杵島姫とは「水」で通じたのだろう(でもなぜ三女神のうち一柱だけが??)。

弁才天を奉じた寺社では、明治の神仏分離により(またこれだよ)、神社側=宗像三神 or 市杵島姫、寺院側=弁才天と分かたれたところが多い。宮島の厳島神社と大願寺/だいがんじ、琵琶湖に浮かぶ竹生島に市杵島姫を祀る都久夫須麻神社/つくぶすまじんじゃと宝厳寺/ほうごんじなど。このほか、湘南の江島神社では与願寺が廃寺となって弁財天は摂社で祀ることとし、吉野の天河大弁財天社だと祭神を市杵島姫にすげ替えただけで弁財天も祀り続けている。みんな苦労したんでしょうね。

ちなみに江戸末期初演の歌舞伎「白浪五人男」に登場する「弁天小僧菊之助」は、江ノ島弁天の別当、岩本院の稚児だったところからきた名前。このピカレスク芝居、正式外題「弁天娘女男白浪/べんてんむすめ めおのしらなみ」、通し狂言だと「青砥稿花紅彩画/あおとぞうし はなのにしきえ」こそ、ゴレンジャーなんかの戦隊ものの元祖ですよ。名乗りの渡り科白も受け継がれてるし

いろいろ調べていたら、宗像大社のサイトにしゃらっと『当大社は全国の弁天様の総本宮とも云えます』とあったのは笑えた。次には『当大社は全国の宗像神社と厳島神社と弁天様と八王子神社の総本宮とも云えます』なんて言い出しかねないねぇ。宗像大社さん、だったらせめて弁財天の像とか社の一つも造って売り出しなよ、弁天様が気を悪くするよ(爆)。

神社のサイトはどこに限らず「片寄った」記述が多いもの(I'm not talking about「偏った」, okay?)。都合よくまとめちゃうのはまあ仕方ないとしても、正当化しようとするあまり自己肥大に陥っちゃった的失笑記述にも時折りぶつかる。調べごとがしにくいんですよねー(汗)。学究的立場で書きゃいいってもんでもないし、客観的事実の記載であってもあんまりやると神社本庁がきぃきぃ言いそうだけどね。
寺院のサイトはそんな印象でもないのになあ。

敢えて挑戦的に実例を挙げると、天河大弁財天社(天河神社)。弁天様なのになぜ内陸にあるんだろう、降水量激多の土地だし大峯山岳信仰とも関わってるのかしらとサイトを覗いてみると。ほとんど神憑り、天河伝説殺人事件の浅見光彦もびっくり状態でした。
確かに歴史は古いようだけど、半ばこの神社自体がスピリチュアリズムもどき新興宗教と化してるらしい。当然銭勘定にはやかましい系で、バブルに踊った末1992年に破産宣告を受けていた(ちなみに映画公開は1991年、もう20年経つのか)。足下の火は消したようだけど、2008年には「時勢の悪化を憂慮し」「本殿改築20年を記念して」、秘仏日輪弁才天を60年1度御開帳の年期を曲げて公開し、奥山はるばる来てみれば事前告知もなしにいきなり拝観料3000円(以上)を申し受けたという曰くつき。奈良京都の観光寺院も真っ青です。挙げ句に昨秋の台風被害の改修費用捻出のためにまた御開帳すりゃいいんじゃないの、と揶揄される始末。過疎の山村で声を上げる人もいないんでしょうか。
映画公開当時、CMで繰り返し流れた特徴的な形の「五十鈴」も販売してるんだけど、ネット上ではお値段不明なのもありがち・・・想像するとどきどきしちゃう。

天河大弁財天社の有難き五十鈴

おっと、愚blogはトンデモ事物紹介サイトじゃなかったんだ。どうでもいい話はこれぐらいにしといてと。

他の二柱の姫神たちには取り立てて逸話もなさそうなんだけど、多紀理毘売/田心姫が大国主命の妻になっていることが目を惹いた。えーと、それってどういうことなんかな。スサノオの子孫と、スサノオの物実から生まれた娘とが結婚した。大国主は七福神の大黒に変化し、その嫁さんは同僚ともいうべき弁財天の姉妹。・・・でもそれだけじゃないだろう。
もともと大国主は配偶者の異常に多い神で、全国の神様と「きょうだい」になっちゃいそう(笑)。そこがこの神を(国津神の)複数神格の融合体であると見なす根拠の一つともなっている。海人族宗像氏と製鉄族出雲氏との融合(をヤマト朝廷から描いたもの)を意味するんだろうか。ちなみに宗像族は出雲族の神裔ともされている由。

最後に、宗像大社といえば忘れちゃならないもう一ネタ、「海の正倉院」のこと。
沖津宮の聖域として上陸が厳しく制限されてきたという特異な歴史を持つ沖ノ島は古墳・遺跡の宝庫でもあり、戦後3次の発掘調査が入って、祭祀遺物約8万点、縄文・弥生の遺物約2万点という、まさに夥しいお宝が掘り出された。大陸との交流を物語る貴重な史料というわけです。周囲4kmということは歩いたとして1時間、そんな小島でこのザクザクぶりはパネえよやっぱ。祭祀遺物については現在全てが国宝に一括指定されていて(+_+)、点数ではおそらく日本で一番たくさん国宝を持ってる神社仏閣でしょう。もう、「バルクで国宝!」ですがな。
(辺津宮の)神宝館に納められていて、ツルも学生の頃わざわざ見に行ったことがある。真冬の頃で、ただひたすら館内が寒かったことしか覚えてませんが

宗像大社は今や世界文化遺産の暫定リストにも登録されている。なんとエジプト学の売れっ子センセイ、吉村作治早大教授の肝煎りだそうで。
これはいけるんじゃないかなあ、ぶっちゃけ、見所のまるで遺ってない「日本一大がっかり世界遺産」の石見銀山なんかより。まあそのためには沖ノ島が逆にネックになるのかも、だけど。

« 八王子 − 三女神・宗像大社・厳島神社に近づいてみた | トップページ | 津波の跡ではない »

文化Field:神祇」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 八王子 − 三女神・宗像大社・厳島神社に近づいてみた | トップページ | 津波の跡ではない »

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想