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2013年2月11日 (月)

谷川俊太郎:おばあちゃん

今日は母親の29回目の命日だ。だから、敢えてこの本を読み返す。

おばあちゃん
 作:谷川俊太郎
 絵:三輪滋
 出版:ばるん舎
 (1981年)

おばあちゃん

ずばり、痴呆老人(敢えて認知症なんて言わない)のことを書いた絵本。孫の男の子の視点から。

これは、東京杉並のばるん舎という小さな出版社(今はもうないと思う)から刊行された、詩人と三輪滋の合作による「シリーズ・ちいさなつぶやき」という全6冊(らしいが5冊目までしか確認できない)の絵本の第2冊。いずれも絶版だけど、谷川vs三輪による「おばあちゃん」「ひとり」「せんそうごっこ」は合冊されてプラネットジアース社から再発売されている。

「ぼくは もしかすると おばあちゃんは うちゅうじんに なったんじゃないかと おもいます。」

ツルはよく知らなかったけれど、当時このシリーズは賛否両論、大きな論議を呼んだらしい。老い、(両親の)離婚、戦争、孤独など、絵本らしからぬ題材に取り組んだからです。

そして、最後に出てくるワンフレーズは、この年齢になった今(へへっ)、一層迫ってくるものがあるんだけど、これは敢えて出さずにおきましょう。(ま、テキストはネット上でも確認できるケド

谷川俊太郎もたーくさん絵本を出してますね、いろんな画家や写真家と組んで、あるいは翻訳も。
その中で、有名どころの「ことばあそびうた」(cf. 2009.09.12「熊野三山につきお勉強 下」)あたりじゃなくこの絵本を取り上げる、それにはちょっとしたいきさつが。

博多で母親が亡くなった(その時はツルも博多で病気入院中だった)あと、大学生活に復帰して数ヵ月経った頃のこと。自転車で学校から帰っていた途中、小さなビラが京都の街角に貼られているのに気がついた。

 谷川俊太郎 自作詩朗読会
 1984年5月16日(水)
 6:30 p.m. 開場
 7:00 p.m. 開演

会場は左京区田中にあるカフェ「SARA」。確かその後「ひらがな館」というレストランになったんじゃなかったかな。主催は京都精華大学のさる研究室でした。(やけに詳しく覚えているのは、ジアゾの青焼き−若い子は知らんか−のチケットが今も手許に残っているからです)
で、文学部の友人を誘って行ったんだけど、よかったですねえ。谷川俊太郎って人、流麗に詩を読むんですね。詩人、必ずしも声に出して詩を読み上げることの達人と限ったわけではないだろうけれど、こと谷川俊太郎についてはそれは真実だった。
後年、ねじめ正一との間で「詩のボクシング」なるイベントを始めたことを知って、こりゃー勝負は初めからついてるなと思ったものです(笑)

この時、もしかしてと思って、すでに購入していたこの本を持っていったんだけど、案の定、終わりしなにはプチサイン会的な感じになって、しっかりサインを頂戴しちゃったミーハーです。もちろん今も持っている。
むろん、2月に母親が死んだことがあったからこの本を忍ばせていったんだけど、後からわかったところでは、谷川氏もその年の初めに、長い間寝たきりだった御母堂を看取ったとのことだった(本の中に入っていた読者カードにいろいろ書いて出したら、発行人からそんな詳細が記されたハガキ −− しかも著者のメッセージとイラスト入りの −− が来たのでびっくり)。つまり、この絵本は彼の実体験が反映された作品であるらしい。

谷川氏との小さな出会いはその後にもちょっとありまして。
就職直後の1987年、東京秋葉原のさるオーディオショップで販売研修してた際、店の人に言われてお客様ご購入の製品を駐車場まで運ぶことになった。「有名な方だから粗相のないように」と釘を刺されて。それが谷川氏だったんですね。サンスイの79,800円のアンプ(評判の高いモデルだった)をお買い上げだったこととか、赤い車だったことまで覚えている。
品物をトランクに入れた後、緊張しながら「あの、失礼ですが、谷川俊太郎様でいらっしゃいますね、実は3年ほど前に京都で朗読会に寄せていただいたことがございます、あれは素晴らしかったです」と声をかけたところ、「ああ、あれですか、あれはなかなかよかったですね」とおっしゃいました・・・
確かに、グランドピアノも置いてある白い店内で、至極アットホームな感じで行われ、お客も20人ぐらいしかいなかったのじゃなかったっけ。サインだって、書店のイベントなんかによくある「今ご購入になると先生にサインしていただけます」的な制限もなかったし。とびきり贅沢な時間だった。

谷川氏が絵本「100万回生きたねこ」の作者、故 佐野洋子と結婚したのは1990年(〜1996年)だから、こうした小さな出会いはそれよりもまだ昔のこと。

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谷川俊太郎の三人目の ― そしておそらくは最後の?m(__)m ― 妻、正確には元妻。
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(2010.11.06「本当に残念なこと;佐野洋子死去」)

最初の配偶者は故 岸田衿子(脚本家岸田国士の娘、女優岸田今日子の姉)、詩人かつ絵本作家だった人です。

ちなみに、「100万回生きたねこ」は現在、ミュージカルが森山未来&満島ひかりのキャストで公演中。1996年の沢田研二&山瀬まみに次いで、2回目のミュージカル化です。

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