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2013年3月16日 (土)

七五調みたび − 寮歌とか応援歌の記憶をたどってみた

オール七五調は明治〜昭和の「文部省唱歌」あたりだけじゃなく、軍歌や校歌、寮歌や学生歌、応援歌まで枚挙に暇がない。マイナーだけど、ちょっと見てみましょう。Eins, Zwei, Drei!!

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福岡高等學校 寮歌
あゝ玄海
 作詞:權藤 茂
 作曲:不詳


あゝ玄海の 浪の華
銀蛇の舞に 似たる哉
今神風に 旗高く
莫邪の劍 手に執れば
金鼓震ひて 蓋世の
雄師は迫る 敵の陣

輿望は重し 丈夫の
颶風の翼 身に借りて
征塵高く 蹴立つるを
防ぎ止むる 者在らば
天地貫く 自治の氣に
征衣の露と 打ち拂へ

戰はん哉 時到る
あゝ勝たん哉 時來る
天の暦數 指顧の中
見よ九天の 雲晴れて
虹は色濃き 筑紫潟
凱歌は籠る 梅の花
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わー、なんか難しいけどすっげーカッコいい!!マッチョな九州男児のイメージ(-.-)y-~。益荒男振りってこういうことですかね(いや、修辞を凝らしてんだからそうでもないのか)。古今好みの七五調だけど、なんてこの際どうでもよろし。軍国主義的とかなんとかも、この際どうでもよろし。
難読ぽいとこは、ぎんだ/しんぷう/ばくや/きんこ/がいせい/よぼう/ますらを/ぐふう/せいじん/けたつる/れきすう/しこのうち/つくしがた、です。漢語には誤りがあるかもしれませんm(__)m。旧漢字、どこまで表示できてるかなー。

なお、ネット上では「奮ひて」「遊子」としているものもあるが、詳細については別稿に譲る。

旧制福岡高等学校は、現在の県立福岡高等学校の前身、ではなくて九州大学の教養部(これも1994年に廃止されましたが)の前身。実はツルの父親の母校だったりする

九州には戦前のいわゆるナンバースクールが二つもあって、熊本に第五高等学校、鹿児島に第七/だいしち高等学校。でも福岡にはなかったんです、昔から微妙に意外だった。全国たった8校のうち九州に2校もあったとやけん、もう置かんでよかっちゅう気もするばってんがくさ。
つまりは昔は福岡なんてド田舎だったってことでしょ。黒田五十二万石といっても、熊本藩は五十四万石、薩摩藩は七十七万石だもんね。一方でクリスタルキングの「大都会」は福岡の街がモデルになったと堅く信じている在外博多っ子(「遊子」ってつまりこういうことです)のツル。

ナンバースクールの置き方には明治政府の土肥薩長体制も大きく影響してるはず。昔から中央官庁の九州の出先機関は多く熊本に置かれてきた。例えば財務省の外局たる「九州財務局」は今も熊本市に置かれていて、福岡市にあるのはその下部組織の「福岡財務支局」。もっとも、前者が熊本・大分・宮崎・鹿児島を、後者が福岡・佐賀・長崎を管轄するという体制だから、実質的には対等orそれ以上(管轄地域の人口の点において)ということは否めないと思うが。そうだ、金融商品取引法(旧 証券取引法)の条文も「各財務局又は福岡財務支局、沖縄総合事務局」てな具合なんだ。

これって、あまり大きな声では言えないけれど、細川家・島津家が英明の藩主を輩出したのに対し、そうでもなかった黒田家ってことにもなりそう。ぶっちゃけ闇君続き。如水・長政親子の次の代には早速黒田騒動という御家騒動が起きてるし、明治早々、藩ぐるみの太政官札偽造つまり贋札製造なんて大スキャンダルが起き、黒田家は知藩事を解かれてたりもするし。

そしてもう一点気になるのが、藩校との関係です。福岡藩には修猷館、熊本藩には時修館、薩摩藩には造士館という藩校があった。ツルは、旧制高校(当時じゃ旧制どころか最先端だよ)というのは新政府による官立学校だから、旧体制下の藩校とは相容れないんじゃないかと思っていた。えーと、日本神話の「天つ神」vs「国つ神」みたいなもん?
調べてみるとそうとも言い切れず、造士館は細々と続いた後(西郷隆盛の「私学校」に食われたところもあった由)、島津家の意向(と寄付)もあって名前だけはなんとか七高に引き継がれ、だからここだけ正式名称は「第七高等学校造士館」。まあ、明治政府≒薩摩勢力ってことですかね。これが現在の鹿児島大学につながる。
時修館はあえなく廃校です。
修猷館は明治初期に一旦廃校となり、15年ほど後に黒田家の負担で復活し、旧制中学を経て新制高校となった。今も福岡県立修猷館高校と言えば、県内人脈をがっつり牛耳っている公立最上位進学校であることは福岡県人なら知らぬ者はないハズ。修猷にあらねば人にあらず。(ツルは違いますよ)

実はこうした裏で松本と新潟が次期ナンバースクールの座を争ってたのだけれど、そんなわけで7番目は鹿児島にかっさらわれ、8番目も名古屋に持ってかれ、そこでナンバリングは打ち止めになった。

現在、その旧制松本高校校舎に隣接して「松本市立博物館分館 旧制高等学校記念館」なる施設がある。いつぞやツル父が所用で上京した際、ここに行きたいというもんで、敬老の日直前に苦労して宿を取り連れてった記憶があります。何やら同窓会の世話役をしてた関係で旧制福高の資料を寄贈したりしてたからだと思う。やれやれ、泣く子とジジイには勝てぬわ。
そういやツル父、よく「寮歌祭」ってのに出てたっけ。なんだかすごく楽しそうだった、今思い出してみると。昔はテレビ放送されたりなんかもする風物詩でしたね。子供の頃ツルもよく連れてかれてたので、「ああ玄海」はよく聞いた気がする。いや、ぶっちゃけ今でも歌えます、旧制高校出身でも九大出身でもないのに(笑)。意味はあまりわからなかったけど、勇ましいメロディとか、「銀蛇の舞に似たる哉」の歌詞とか好きだった。

YouTubeを見てみたら、どこぞのGlee Clubが歌ってるのがあるんだけど、なんだか微妙に残念な感じ・・・まあそんなものでしょう。小さかったツルの頭に刷り込まれたのは、一世代以上前の若者達によって記憶を頼りに永く歌い継がれ歌い崩された歌だろうし、記録された譜面どおりに歌われたものなんか、もはや寮歌とは呼べない、ものなのかもしれない。
いずれにせよ、誰がユニゾン以外で校歌とか応援歌とか聞きたいんだっつうの。

あ。ツルの母校にもよく似たものがあったんだ。(ほとんど悪ノリ、てへぺろ)

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福岡県立筑紫丘高等学校
応援歌


聴け玄海の 波洗う
その名も古き 筑紫野に
久遠の幸を 寿ぎて
新たに立てる 我らこそ
栄ある歴史 飾らんと
胸轟かす 健児かな

栄ある友よ 若き日の
進取の意気に 奮い立ち
覇業目指して 直ぶるに
鍛えし腕 名を込めて
千里の道に 鞭当てん
奮え筑高健児かな
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えー、「筑紫丘」は「ちくしがおか」と読みます、「つくしがおか」じゃありません。タモリの卒業した高校でもあります。
旧制福高寮歌と同じ音節数とは今まで気がつかなかった。そんな例は山ほどあるだろうけど。でも、うーん、比べるとだいぶ格調落ちるのは否めないなあ。

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