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2013年9月

2013年9月30日 (月)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その56:味楽来しいたけ ほか)

(承前)

栄一&歩美の共作モノ、さらに遡れば1990年代にまで突入します。

静岡県沼津市
燦々ぬまづキャンペーン 新シンボルマーク
「大阪市生野区のデザイナー、塩崎栄一さん(54)と娘の歩美さん(22)」
(1998年4月報道)

これまた画像はゲットできませなんだが、「太陽の元で人々が駆ける姿から、明るく元気な沼津をイメージした」となむ。お決まりの[歩み寄りポーズ]かと思いきや、いやいや「シンボルマーク」なんだから「ぬ」をプラットフォームにしてあるんじゃなかろうか、なんて妄想してみたり(^^;)

一方、逆に時代を下ると、共作は次のあたりで打ち止めとなり、以後はシンボルマーク系=栄一、キャラクター系=歩美という大まかな棲み分けが固定化していく。

愛媛県大洲市(おおずし)
大洲市森林組合・愛媛たいき農業協同組合
味楽来(みらくる)しいたけ トレードマーク
「大阪市生野区、グラフィックデザイナー塩崎栄一さん(66)、歩美さん(30)親子」
味楽来しいたけ トレードマーク

2007年11月23日(祝)開催の「しいたけフェスタ2007 in 大洲」で表彰されたものです。ご当地は椎茸作りが盛んで、特に「原木栽培」なのが売り。
『栄一さんは「味楽来というネーミングが面白く、そのイメージで楽しさを表現した」と喜んでいる』ということだったのだけれど、どんなもんでしょうかねえ、いろいろ(-.-)y-~

ここまで見てきてお気づきでしょうか?共作モノを作者の年齢に着目して時系列で並べ直すと;

1998年4月 燦々ぬまづキャンペーン
栄一 54歳
歩美 22歳
年齢差 32

2000年1月 気仙広域連合
栄一 54歳
歩美 22歳
年齢差 32

2000年3月 松阪地区広域行政事務組合
栄一 54歳
歩美 22歳
年齢差 32

2003年11月 全日本合唱コンクール
栄一 61歳
歩美 27歳
年齢差 34

2007年11月 味楽来しいたけ
栄一 66歳
歩美 30歳
年齢差 36

となるんです。面白いですねぇこれ。「歳を取っていかない」ということもあるけれども、そこについてはまた凄ネタを見つけたのでいずれものするとして、「年代とともに二人の年齢差が開いてくる」という奇妙な現象にぶち当たる次第。
誕生日を考慮しても、年齢差に「2」以上の狂いが出ることはあり得ない。つまり、例えばある時点において「年齢差 32」の関係であったのなら、他のどんな時点だって「32±1」の「年齢差 31」〜「年齢差 33」までにしかなりません。
大人が「サバを読む」とは「(男女とも)実年齢より若く見せかける」ことを意味するだろうから、これらの前提に立てば、理詰めの計算で塩崎歩美は2007年11月の「味楽来しいたけ」表彰時には66−33=33歳以上だったはずだという結論が導かれます。

ちょっと言葉足らずかな。もちろん、違うplotだって考えられるわけです。例えば、実は「2007年11月 栄一 66歳・歩美 30歳・年齢差 36」という部分が正しくて、歩美が22歳の時に栄一は58(±1)歳だったはずだ、という風にも。でも、そう捉えるといろいろ無理が出てくる。
これは「1998年11月 栄一 57歳・歩美 21歳・年齢差 36」と言っているのと等価だから、1998年4月の「燦々ぬまづキャンペーン」の時点で「歩美 22歳」としていたのは逆サバだという話になってしまう。
それに、これは「当初からサバを読んでいたのだが、ある時点でキッパリ改心した」というlogicも内包するけど、それだとこの後また「永遠の66歳」の時代が現れてくることと矛盾するように思えます。

女性の年齢を云々するのはいささか不本意だけど、こんなところからも一族の欺瞞の一端が露呈するようです。君、唯三歳の鯖読みと宣ふ事勿れ。こうした小さな嘘や欺瞞の数々を長年繰り返してきた結果が、今の塩崎一族の在り方なのだから。

そもそも共同作品とした理由、あるいはそれをやめた理由というのも何なのか。それは直接聞いてみなければ永遠にわからないところではあるけれど、2人で山分けすれば確定申告で有利に働くということは考えられるでしょう(こうした賞金が源泉控除して支払われるのかどうかといった実務的なところはツルにはわかりませんが)。
それをやめたのは、これまた推測に過ぎないけれど、このあたりで歩美が結婚した(塩崎歩美 → 福添あゆみになった?)なんてことがあったのかもしれない。扶養・被扶養の関係を離れたので親子共作とする実利が薄れた、とかさ(ずいぶんざっくりした言い方だ、今度税理士の親戚に尋ねてみようかしら)。

もう一つ、まさよについては栄一との共同作品が皆無であることも象徴的である。この名義はある時点から突然現れてくる感じなのですね。一体彼女こそ実在するのであろうか。

そうなると、工藤和久&元市&ハツネ&仁美や井口やすひさ&千鶴子のケースはどうなんだということにもなります。あゆみやまさよ以外の塩崎一族のこともそれでは説明がつかないし。やっぱりシンプルに「名義を増やして入賞のチャンスを増やす」と考えるべきなのかな。(だったら問題ないよね、と言ってるわけではありません、念のため。)

結局、後年父親が表彰式に(代理)出席するようになっていく ― 工藤一族ならば母親の代理で息子が出席ですが ― というのも、この辺りに起源があったってことになるんでしょうが。

(続く)

2013年9月29日 (日)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その55:全日本合唱コンクール・気仙広域連合 ほか)

(承前)

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一族の作品を2000年代初頭まで遡っていくと、二つの傾向が見えてくる。
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二つ目の傾向は、「栄一&歩美の共作」が増えることです。

全日本合唱連盟・三重県合唱連盟ほか
第56回全日本合唱コンクール 大学・職場・一般部門
シンボルマーク
塩崎栄一(61歳:シオデザインルーム)& 歩美(27歳)親子
全日本合唱コンクール

「大阪市生野区新今里の商業デザイナー塩崎栄一さん(61)と娘の歩美さん(27)」とあるので、確かに二人が親子であることが知れます(^_-)。

なんだかピンバッジ(英語では単にpinsということが多いらしい)みたいなデザインですねえ。黒の[タキシード]+[蝶ネクタイ]、薄紫の[八分音符]という伝統的な合唱団のイメージ。三重県のイニシャル[M]を重ねてあるんだそうな。[丸]はこの際「口」で、「情熱を表す柿色で描き、はつらつと歌う人を表した」由。ううむ、これって案外深いかもー。柿色は江戸歌舞伎の荒事で立役が着る色という決まり事があって・・・云々。

「全日本合唱コンクール」というのは、部門ごとに開催の時期や場所が違っている(「全日本吹奏楽コンクール」の中学の部・高校の部が東京の普門館での固定開催なのと対照的だ)。2003年のこの第56回では;

中学校・高等学校部門
11月1日(土)〜2日(日)
福岡県北九州市

大学・職場・一般部門
11月22日(土)〜23日(日)
三重県津市

の開催となっていて、このマークはあくまで後者のために制定されたもの。主催だの主管だの共催だのも少しずつ違ってます。

この父娘の共作、遡れば前世紀に至るまでゴロゴロ転がっている。残念ながら画像はほとんどネット上に残っていませんけどー。

富山県中新川郡(なかにいかわぐん)立山町
町制50周年 シンボルマーク
(佳作)
塩崎栄一&歩美
〔2003年4月決定〕

岡山県井原市(いばらし)
市制50周年 記念シンボルマーク
(優秀作品)
塩崎栄一&歩美
〔2002年11月決定〕

長崎県東彼杵郡(ひがしそのぎぐん)東彼杵町
町制40周年 シンボルマーク
(特別賞)
塩崎栄一&歩美
〔2000年3月報道〕

量産ですねえ。けど、東彼杵町では、「町制40周年を記念して昨1年間募集」したというから念が入っている、いや、念が入り過ぎている。長く募集すればそれだけ良いものが集まると思うのでしょうか。

三重県
松阪地区広域行政事務組合
シンボルマーク
塩崎栄一(54歳:デザイナー)&塩崎歩美(22歳)
〔2000年3月報道〕

これも画像はないけど、「松阪の頭文字[M]をモチーフに、人々が豊かな自然に恵まれた中、話し合いながら地域の飛躍を願う姿をイメージした」ものだったそうで。推して知るべし(微伏線)。

「ナントカ組合」には少し説明が要るでしょう。地方自治法による特別地方公共団体(⇔ 普通地方公共団体 = 都道府県市町村)に、「一部事務組合」と呼ばれるものがあり、これは簡単に言えば、自治体(普通地方公共団体)の枠組みを超えて行政業務を共同で行うためのしくみです。
消防・水道・ごみ処理・火葬場運営などの分野で、比較的小規模な自治体が連合することが多いけれども、公営ギャンブルにもあるし、たまに見られる「組合立」の学校、例えば釧路公立大学もこれ。

「松阪地区広域行政事務組合」の場合は;

(旧)松阪市(まつさかし)
一志郡(いちしぐん)三雲町
飯南郡(いいなんぐん)飯南町
同 飯高町(いいたかちょう)
多気郡(たきぐん)(旧)多気町
同 明和町
同 勢和村

の7市町村で構成されていた。その後、平成の大合併に際しては当然のように(旧)松阪市・三雲町・飯南町・飯高町が一志郡嬉野町とともに新設合併して(新)松阪市となり(2005.01.01)、(旧)多気町と勢和村も新設合併し(新)多気町となって(2006.01.01)現在に至る。従ってこの組合は既に解散してます。

「一部事務組合」に似たものに、やはり特別地方公共団体の一種で「広域連合」というのもあって、より強力かつ広範な権限を持つらしい。

岩手県
気仙広域連合
ロゴマーク
塩崎栄一(54歳:デザイナー)&塩崎歩美(22歳)
〔2000年1月報道〕
気仙広域連合

こちらは;

大船渡市
陸前高田市(りくぜんたかたし)
気仙郡住田町(すみたちょう)
同 三陸町

の4市町から成っていた。「気仙は一つ」、ということらしいんだけど、ウソつけ。だったらそもそもなぜ気仙沼市が入っていないのだ(^o^)。

こちらも「大阪市のデザイナー塩崎栄一さん(54)、歩美さん(22)親子」とクレジットされてます。

イニシャル[K]をモチーフに、「地域住民の躍動する姿を表現」。ほーれ、ここでもやっぱり「躍動」しちゃってるじゃないか。
例の【色使い御託】は;
[赤]の丸が昇る朝日を
[緑]のKが豊かな自然を
[マリンブルー]の楕円が海で4つの自治体を
表すってなことらしいけど、ちょっと変。だって、住田町は海に面してないんですもん。

それにさー、いくら法律用語とはいえ、「広域連合」っつうネーミングもどんなもんかいな。「関東広域連合」なんてのがあったらまるで違うモノを想像しちゃうっすよ(-_-メ)

この広域連合は現存しているものの、このロゴマークを今も使っているかどうかは確認できなかった。おそらくNoでしょう、なぜなら三陸町が大船渡市に編入されてしまった(2001.11.15)からです。4つの楕円を3つに・・・なんてこともせんだろうなあ(見方を変えれば、これ以外は、平成の大合併時に合併をすることもなく現在まできているわけですが)。

(続く)

2013年9月26日 (木)

【番外編】Les Enfants Terribles(下)(宇和島市章・内子町章・宇城市章)

(承前)

自治体章の類似に目を向け始めるとそれこそドツボに嵌まり込んで抜け出せなくなりそうなので、基本、避けてたんですけどね。

前回見た日置市と宇和島市の市章公募、どちらも採用作品を含めてがっつり「丸にブーメラン」オンパレードで、常連陣も多く入賞している。ということは、類似ネタにも事欠かないわけでして

特に宇和島市。都合13点も選んでいて、前回取り上げた問題以外にも一悶着起きそうなものが含まれているんですわ。

愛媛県宇和島市
市章
(優秀賞)鵜藤通哉(東京都中央区)
宇和島市章次点(鵜藤)

(高校生以下の部入賞)
北山武志(香川県宇多津町)
宇和島市章次点(北山)

そもそもこの2点を(部門が違うとはいえ)同時に選ぶところからして何だかなあという感じだけれども、それはこの際無視してと。これらがいずれも[U]つながりの次の自治体章と類似していると思えるんですね。

愛媛県喜多郡内子町
町章
小倉祥子(おぐら さちこ)(内子町)
内子町章

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[水色]の部分は、小田川を表現し、「エコロジータウン内子」ということで、右側の[黄色]の部分は太陽、[緑]の部分は植物を表しました。全体で内子町のUCHIKOの[U]の文字を表しています。
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◇賞金 30万円 or ドイツ ローテンブルク市(内子町の友好都市)への旅行券
 副賞
 ・季節ごとの農産物の詰合せ(1年分)
 ・町内有料施設の無料入館券(1年間有効)
 ・高橋邸または石畳の宿の宿泊券(1泊分)

(優秀賞)
川本 智(長野県木曽郡大桑村)
山岡利夫(内子町)
栗山照州(福岡市)
三好健一(福岡市)

◇賞金 5万円
 副賞
 ・町内有料施設の無料入館券(1年間有効)

ずいぶん副賞に気合が入ってますねい(笑)。

2003年6月(?)〜7月31日 募集
2004年2月12日 決定
2005年1月1日 喜多郡(旧)内子町・同 五十崎町(いかざきちょう)・上浮穴郡(かみうけなぐん)小田町が新設合併

熊本県宇城市(うきし)
市章
杜多利夫&利香(兵庫県神戸市)
宇城市章

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宇城市のイニシャル[U]をモチーフに、「人・自然・文化」のきらめきをイメージしデザインした。
豊かに暮らす人々・美しい自然・輝く文化を[オレンジ]・[緑]・[青色]で表し、それらが一つに融合し未来へと開かれる様子を表現している。
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◇賞金 30万円

(優秀賞)
深川重一(大阪府和泉市)
立岩久義(熊本県下益城郡城南町(現 熊本市南区))
栗山照州(福岡市城南区)
波多野義孝(大分市)

◇賞金 3万円

2004年7月1日〜31日 募集
2004年11月29日 決定報告
2005年1月15日 宇土郡三角町(うとぐん みすみまち)・同 不知火町(しらぬひまち)・下益城郡松橋町(しもましきぐん まつばせまち)・同 小川町・同 豊野町が新設合併して市制施行

今まで見てきたところを募集順に並べると、内子町 → 宇城市 (→ 日置市) → 宇和島市となる。年代問わず、プロアマ問わずのパクりまくり、いや、インスパイアされまくりです。内子町と宇和島市なんて同県内じゃないかよ。
しかも、「宇和島市・吉田町・三間町・津島町合併協議会」においては、内子町(ほか愛媛県内3例)の町章選定プロセスを「先進地事例」として取り上げていたので、類似性があることは当然わかったであろうにこの体たらく。制定時、それなりにいろいろ波紋を広げたもののようです。BenchmarkingだのPeer Groupだのといったハイカラなコトバは辞書に入ってなかったみたいで。

苦労の末に合併話はまとまった、新しい体制のシンボルとなる自治体章は新鮮味あふれるもの、21世紀にふさわしいものにしたい。それは[う]でも[ウ]でも[内]でも[宇]でもなくて[U]だ!!
でも、それだけしか頭になかったんでしょうか・・・

宇和島市の場合;
(1) 「候補作品」5点のうち2点の他自治体章類似による除外(つまり簡単に言えば入賞を取り消されたということだ)、
(2) 「高校生以下の部入賞」8点のうち1点の同一作品応募、そして
(3) 上記の2点の類似
をトータルすれば、5/13=約38%、実に4割近くに類似性の問題があったことになり、異常な高確率と言わざるを得ません。

これってやっぱり、理念的なところは別としても、制定プロセス自体に欠陥があったということになるんじゃないでしょうか。

2013年9月24日 (火)

【番外編】Les Enfants Terribles(上)(日置市章・宇和島市章)

愚blogも10日ほど遅めの夏休みを頂戴しておりました。心身ともにリフレッシュして再開です。再開早々、大ネタ振りでいきまっしょい。

前回、こんな風に書きました。

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最優秀賞は[ひ]による丸ブー。そりゃまいいんだけど、実は、他の優秀賞の中に到底看過できないものが混じっている。このことに気づいて暗憺たる気持ちになったんだけど、それは稿を改めるとしましょう。
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このことを書くのはいささか気が重い、のではあるけれど、がっつりネチネチ調べてみると・・・

塩崎栄一が優秀賞に入った日置市章公募と、それから3ヵ月ほど後の宇和島市章公募で、以下の作品がそれぞれ次点として入賞している。どちらも合併に伴う新市章の公募です。

鹿児島県日置市章公募
日置市章入賞

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新生日置市が若々しいエネルギーを作り出して、未来へ躍進する姿を描きました。鹿児島の西の都市から大きな[ウェーブ]が次から次へと発生する様子をイメージして描きました。
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愛媛県宇和島市章公募
宇和島市章入賞

「類似」とか「酷似」を遥かに飛び越えて、こりゃ「同一」、ほとんど。よーく見ると、[丸]の部分の傾きがごくわずかにズレてますが、紺の[ブーメラン]部分は見事にぴたりと重なります。
2点の作者は同一人物で、太 裕希。鹿児島県日置郡日吉町在住となっていて、ここはその後日置市になったところだから、日置市章については地元応募ということになる。「太」とは珍しい苗字ですが、「ふとり」と読み、奄美大島地方に特徴的な姓です(奄美は読み方の珍しい一字姓の宝庫で、「元(はじめ) ちとせ」や「中(あたり) 孝介」もそうですね。「直(すなお)」なんてのもある)。

でも、重複応募なんてそれほど珍しくもないんじゃない?なんでそんなに気が滅入るの??
それは、日置市章優秀賞に入った当時、作者が「日置小学校6年」だったからです(+_+)・・・ああ。
宇和島市章の発表時点では年度が改まって中学1年だったことになる。こちらは「高校生以下の部入賞」8点の中の一つとして選ばれています。

いろいろ考え方はあるでしょう。「小6にこんなのが作れるの?親の代作じゃないのか?」とか、「宇和島市は一体何をしてたんだ?」とか、あるいは「子どもが軽い気持ちでやったことだろうからまあいいじゃないか」とかも。

ツルは、これ、小6なら作れると思う(イラレを使いこなせるかといった話じゃなくてね)。こういうものに早熟&特異な才能を示す子って時々いますから、特に男子で。

けど、そんなことより、この問題の本質はこれが子どもだからといって許される類いの行為なのかってところ。
当然、アウトでしょう。「自作の未発表作品」に限るという縛りは(むろん日置市でも宇和島市でも明示されていた)、違反すれば入選取り消しにもなり得る性格のものです。それは「大人の世界の決まりごと」ではなくて、いわば「人としての決まりごと」。そこらへん、小さい人だからといって容赦はしません、ツルは。
別に、今さら入賞を取り消せなんてことを言いたいわけじゃない。でも、常識的に言って、親とか学校の先生にゃ叱られるでしょ、こんなもの。(もしそうでなかったら、と考え出すと、そっちの空想の方が恐ろしいですが。)

公正を期して言えば、宇和島市の募集期間は日置市の発表の前後にまたがっていたので(後述)、その状況を「未発表」と呼び得るかどうかについては解釈に幅があり得るでしょうけれども、いずれにせよこれは創作の態度として不誠実であり、批判、いや非難を受けるところのものです。

一方、宇和島市サイトを熟読してみると、類似調査は最終候補となった5点のみについて実施され(*)、「高校生以下の部」に対しては行われなかったことが判明する。子ども(?)がこういうことをやるなんて想定外だったんですかね。調査にもお金がかかるわけで、範囲をむやみに広げられなかったろうとは思うけど、選考側も片手落ちの謗りは免れないでしょう(もっとも、日置市でも次点だったわけだから、宇和島市がチェックをかけたってすり抜けてしまっただろうか)。

(*) この調査では、実際に5点のうち2点が他の市町章との類似を指摘されて落とされ、次席候補作品の上位2点が繰り上げ入選とされている。

太 裕希くん、君が子供時代に得たこの栄誉は、二十歳の成人を迎えた今でも誇らしい思い出として胸に残っているはず。でも、その記憶は同時に、疚しく後ろ暗いものでもあるのではないでしょうか。それはこれからもずっと君が密かに背負い続けていかなければならない心の重荷。子ども時代の軽はずみな行動の代償にしては大き過ぎる気もしますが。

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【参考データ】

鹿児島県日置市
市章

(最優秀賞:賞金 20万円)
川岸春喜(滋賀県近江八幡市)
日置市章

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市章は、日置市の平仮名の頭文字[ひ]の文字をイメージしたもので、中心の[赤い丸]は南国の太陽を、[ひ]の文字をかたどる[ブルーの曲線]は、日本三大砂丘吹上浜を代表する豊かな自然と悠久の歴史や文化を象徴し、日置市が歴史や自然との調和を生かした都市づくりを目指し、未来へ羽ばたこうとする躍動感を表現しています。
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(優秀賞:賞金 1万円)
太 裕希(鹿児島県日置郡日吉町日置)
深川重一(大阪府和泉市)
浜田和夫(東京都中央区)
塩崎栄一(大阪市:cf.【その54】)

2005.01.20〜02.28 募集
2005.03.10 決定
2005.05.01 日置郡の東市来町・伊集院町・日吉町・吹上町が新設合併して市制施行

愛媛県宇和島市
市章

(最優秀賞:賞金 30万円)
井田則幸(54歳:埼玉県東松山市:グラフィックデザイナー)
宇和島市章

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Uwajimaの「U」という文字をデザイン。[青色]は「海と空」。[緑色]は「自然」。[赤色]は「きらめく太陽」。赤い[円]と緑の[U]で「人」を表現。『人と交わり、緑と話し、海と語らう、きらめき空間都市』にふさわしい発展性と躍動感のある市章。
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(優秀賞:賞金 3万円)
山崎利之(長崎県長崎市)
神保米雄(千葉県松戸市)
永井正弘(岡山県岡山市)
鵜藤通哉(東京都中央区)

(高校生以下の部入賞:5千円相当の図書券)
北山武志(香川県宇多津町)
太 裕希(鹿児島県日置郡日吉町)
坂本雄司(愛媛県宇和島市)
水間麻衣(愛媛県宇和島市)
山本るい(愛媛県宇和島市)
高村南帆(愛媛県宇和島市)
前川祐里奈(滋賀県余呉町)
村中 森(東京都杉並区)

2005.03.01〜31 募集
2005.05.30 決定
2005.08.01 (旧)宇和島市・北宇和郡の吉田町・三間町(みまちょう)・津島町が新設合併

(続く)

2013年9月13日 (金)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その54:愛西市章・日置市章)

(承前)

一族の作品を2000年代初頭まで遡っていくと、二つの傾向が見えてくる。

まず一つは、今までもちらほら書いてきたけれど、「キャラクター」より「シンボルマーク」系のものが多くなること。

これは一般的な傾向と考えられ、この頃には平成の大合併による新自治体の誕生が相次ぎ、新しい自治体章やらシンボルマークやらコミュニケーションマークやらの制定が盛んだったということでもある。当時はまだご当地キャラ/ゆるキャラという発想そのものが一般化していなかったとも言えるでしょう。
すったもんだの末に体制は新しくなった、最低限のところで記章類も整った、さあ何やるべえ、まずは知名度・認知度上げなくっちゃ、村興しも町興しもそこからだ。そんな風になって、やがて我も我もとキャラクター作りになだれ込んでいったんだと思います。

で、そうなる前の市章の例を少々。

愛知県愛西市(あいさいし)
市章
塩崎栄一
愛西市章

愛知の西にあるから愛西市。2005年4月1日に、海部郡(あまぐん)の佐屋町・立田村・八開村(はちかいむら)・佐織町(さおりちょう)が合併して市制を敷いたところで、愛知県においては平成大合併で最初の新設合併だった。「新設」ということはつまり対等の立場でということだけれど、むしろ珍しく特段モメもせずに当初計画どおり実施された様子。

市章はこれに先立って、2004年11月1日〜12月24日に募集、2005年2月10日に決定している。デザインとしては当然のように[丸ブー]すなわち「丸にブーメラン」となったわけです。(にしては[赤丸]が中途半端に小さいが。)
2月10日開催の第25回海部西部4町村合併協議会の資料には;

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愛西市の頭文字をローマ字の[a]でモチーフに濃尾平野の豊な緑と清清しい空気、長良、木曽川の恵まれた自然。海部西部4町村が一つに。
人々が連帯し飛躍する地域の皆様の姿を思い、[赤]の[太陽]で地域の飛躍を「人と緑が織りなす 環境文化都市 愛西」人が元気、町に活力。
今、愛着の地に愛西市の誕生です。
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とあるんだけど、い、意味が通じん・・・。

全入賞者を挙げておくと;

(最優秀賞)
塩崎栄一(大阪市)

(入選)
佐野正智(八開村)
奥野英一(京都市)
安富勝弘(熊本市)
石井 稔(千葉県船橋市)

となってます。

自治体章のデザインに用いるイニシャルをアルファベットにすることが一般化したのは、おそらく平成大合併ごろからではないかと思う(要検証)。昔からある自治体だと、例えば;

神奈川県厚木市 [あ](1955年制定)
富山県下新川郡朝日町 [ア](1954年)
福島県会津若松市 [會](1927年)
兵庫県赤穂市 [赤](1951年)
愛知県安城市 [安](1960年)

といったところなのが、平成の大合併後では;

福井県あわら市 [a](2003年制定)
鹿児島県奄美市 [A](2005年)
福島県大沼郡会津美里町 [A&ミ](2005年)
愛媛県南宇和郡愛南町 [a&i](2004年)
熊本県阿蘇市 [A&S](2004年)

なんてものが続々現れてきます。いやはや、丸ブー恐るべし。(いずれも塩ロゴじゃないですが。)日本の国の自治体のシンボルで外国の文字を使うことについては、良しとされない向きもあるでしょうけど。

ご当地では合併後5年経った2010年にマスコットキャラクター「あいさいさん」を制定している。(これも塩キャラぢゃないすよ。)定石どおりの展開です。

もう一つ、同じ2005年制定の例を挙げると。

鹿児島県日置市
市章
(優秀賞)
塩崎栄一
日置市章(栄一案)

これも[丸ブー]の範疇に入るんだろうなあ。きっと、イニシャルの[日]をモチーフに海の[波]を重ねた、てなところに違いあるまい。
調べてみたら、「デザインの趣旨」が見つかりました。2005年3月10日開催、第7回日置中央合併協議会の資料に次のとおり出ている。

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日置市の頭文字を漢字の[日]でモチーフに。薩摩半島の豊かな自然に囲まれた地域、神之川、八重山、東シナ海等山、川、海、自然の恵みに感謝と感動の地。地域の皆様のイキイキ飛躍する姿を勢いの[波]にたとえイメージしています。地域の歴史も繰り返す波々で現在の伝統を大切にする日置市民の気質で「地理的特性と歴史や自然との調和を生かしたふれあいあふれる健やかな都市づくり」をシンボライズ、自然と調和の日置市の誕生です。
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当ったりぃぃ!!やっぱり似てますね、愛西市に。ほとんど文章になってないところが。誰か意味を解説してよ。

こちらは愛西市より1ヵ月遅れて2005年5月1日に、日置郡の東市来町・伊集院町・日吉町・吹上町が新設合併した自治体。合併に至るまで大モメにモメて、当初、同 市来町・同 金峰町(きんぽうちょう)を加えた6町で合併協議会を作ったところが、途中で市来町が抜け、金峰町が抜けして結局は4町合併となった経緯がある。∴4月の新年度に間に合わなかったと見た。
こちらは現在に至るまで、市としての公式キャラクターなんてものは作っていないようです。

一方、離脱した市来町は串木野市との新設合併でいちき串木野市になり(2005.10.11)、金峰町は加世田市(かせだし)・川辺郡大浦町・同 笠沙町(かささちょう)・同 坊津町(ぼうのつちょう)との新設合併で南さつま市になっていて(2005.11.07)、もうほとんど仁義なき乱婚状態。

日置市章は、2005年1月20日〜2月28日に募集して、決定が3月10日。決定までに1ヵ月強置いた愛西市に対してわずか10日で、いかにも性急な印象は否めない。5月1日の市制施行に間に合わせるために必死だったんでしょうが、類似調査やってるひまなどなかったってことでしょう。そこは愛西市だって1ヵ月で何ができたのかということはあるわけで、類似性という意識自体が希薄だったんだろうか??

ここでの入賞作は次のとおり。

(最優秀賞)
川岸春喜(滋賀県近江八幡市)

(優秀賞)
太 裕希(鹿児島県日置郡日吉町日置)
深川重一(大阪府和泉市)
浜田和夫(東京都中央区)
塩崎栄一(大阪市)

最優秀賞は[ひ]による丸ブー。そりゃまいいんだけど、実は、他の優秀賞の中に到底看過できないものが混じっている。このことに気づいて暗憺たる気持ちになったんだけど、それは稿を改めるとしましょう。(あ、それと、「もう一つの傾向」もね)

(続く)

2013年9月 8日 (日)

【番外編】下ぶくれの神様(えさっぴー・よこぴー)

そうでした、この問題を積み残してました。

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ジャスミン=塩崎マサヨとなると新たな問題も生じる。次のキャラもそうだということになるんだけど、さて。
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【PNまつり 第1弾】
住まい探しノート「しりこ」by ジャスミン
しりこ

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このキャラ、あんまり塩味効いてない気がする。作者名を伏せられたら、きっと別の名前を答えてしまうと思うツル(伏線)。
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実は、ツルがここで思い浮かべていたのは八谷早希子(はちや さきこ)。この作家の場合、頬の形に特徴がある。

北海道枝幸郡(えさしぐん)枝幸町
枝幸町社会福祉協議会
マスコットキャラクター
えさっぴー
八谷早希子(北海道江別市)
えさっぴー

輪郭がちょっと下ぶくれになるんです。[毛ガニ]の[かぶりモノ系]で、標準的社協スタイルは[ハート]+[社協ロゴ]でクリア。[町名]をアルファベットにしたのは、おそらく「えさっしー」同様に「えさちちょう」と読み間違われないようにということでしょう。ブルーの[前髪ちょろ]、[歩み寄りポーズ]に[ぴー系ネーム]までが塩キャラ的。目のハイライトは同年代の高柳順子に似ている気もするけど、しばしば[★]形になるところが八谷オリジナルっす

整理しておくと、この枝幸町社協が「えさっぴー」で、枝幸町キャラクターの方が「えさっしー」。

【その2】
枝幸町「えさっしー」by 塩崎あゆみ
えさっしー(最終版)

水揚げ高日本一ということで毛ガニが盛られているのも共通してます。クリガニ科のケガニ/Erimacrus isenbeckiiは脚が5対10脚、ちゃんと合ってますな。2011年末発表のえさっしーが♂キャラなのに対し、今年5月に発表されたえさっぴーは♀のイメージで、そこはバランスが考慮されたのかもしれない。とは言え、どちらもこう毛ガニばかりをアピールしていると、ご当地ジモティはかえって哀しくならないのかな。

しかしねえ、このえさっぴーのケースも田舎公募感たっぷりです。「えさしちょう社協だより」No.21にはこんなことが載っていた。

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※最優秀賞 1,000円分図書カード
※応募方法 ファックス、電子メール、郵送
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10,000円じゃありませんよ(ジモティはきっと哀しくなったことだろう)。
ファックスでデザインの応募を受け付けるというのは初めて見た。最近のファックスってカラーで送れるんですね

八谷作品、次はこれ。

千葉県山武郡横芝光町(さんぶぐん よこしばひかりまち)
マスコットキャラクター
よこぴー
八谷早希子(38歳:北海道江別市:無職)
よこぴー(応募案) よこぴー(最終版)

一層豊かに下ぶくれてますね。こちらは♂♀不明キャラ、[ぴー系ネーム]は別途町民公募によるもの。デザイン補整で色が濃くなったようです。これも今年5月に発表されたばかりのキャラで、来週の日曜日、9月15日に着ぐるみがお披露目されることになってます。お好きな方はどうぞいらして。

ご当地は九十九里浜のほぼ中央にあり、2006年3月27日に山武郡横芝町と匝瑳郡(そうさぐん)光町が合併した自治体。郡をまたいだ合併だったわけだけど、合併後の新町は山武郡となっていて、一方町役場庁舎は旧 光町役場を使っている。

そんなこんなの大人の事情はデザインにも反映されている様子。[九十九里浜]をイメージしたチョッキ、というのはどちらにもあてはまるけど、町の木[ウメ]は旧 横芝町の町の木でもあったし、ブランド野菜[ひかりねぎ]は当然、旧 光町のものでしょう。となると(ただの)特産品[トマト]はどちら由来のものなのかね。

待てよ。このネギ、見たことあるぞ。八谷とはほぼ同年代、市原麻奈美の「ふっかちゃん」だ。

【2013.05.23「直立不動で御神楽舞える?」】
埼玉県深谷市「ふっかちゃん」by 市原麻奈美(2010年6月発表)
ふっかちゃん

そうかー。左右対称性の強さも共通している。塩キャラテンプレートも次世代に至って極まれりというわけか。

脱線するけど、Wikipediaには;

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山武郡は山辺郡(やまべぐん)と武射郡(むしゃぐん)が合併して発足したので「さんむぐん」が正式な読みであった。しかし1970年代後半にかけて「さんぶぐん」という読みが広まり、いつのまにか「さんぶぐん」が事実上の正式な読みに置き換わってしまった。最近の出来事であるにもかかわらず事の経緯は不明である。ただ山武町の読みが(さんぶまち)であり、同じ字である山武郡の読みが混同されていくうちにすり変わってしまったというのが有力な説である。
山武市発足の際、読みを「さんむし」としたのは上記の理由により重い歴史をもった「さんむ」の方が新しい市にふさわしいためとのことである。
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とある。はー、勉強になります。「山武市」といえば、横芝光町誕生と同じ日に、山武郡の成東町(なるとうまち)・山武町・蓮沼村・松尾町が合併したところ。一時「太平洋市」というDQNネームにしようとしてモメたとこですねw(cf.【その24 下】)

町のサイトには「横芝光町の将来を担う横芝中学校及び光中学校の3年生に投票していただき、デザインが決まりました。」とあるけれども、それを言うなら、ご当地の将来を担う横芝中学校と光中学校の生徒諸君(あるいは小学生とか高校生とかも)にはデザイン自体を作ってもらえばよかったのに。
クォリティに不安がある?いいえ、それは皮相なこと。Dejavuの懸念が常に潜んでいる(しかもネギなんかに!)テンプレワークとは異なる、新しいデザインも出てきたと思いますが。

2013年9月 6日 (金)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その53:部落解放・人権文化フォーラム・屋外広告の日・児童虐待防止推進月間・犯罪被害者週間・障害者週間)

(承前)

ますます屁を数えてまいります。

塩崎一族のキャリアには、キャラクターやシンボル、ロゴに加えて、比較的古いところではポスターワークもあった。

部落解放同盟東京都連合会
部落解放・人権文化フォーラム2007 ポスター
塩崎栄一
部落解放・人権文化フォーラム

こんなところにまで手を伸ばしていたとはねえ。2007年6月に決定されたデザインです。フォーラム開催は11月、浅草公会堂&台東区民会館にて。
文字どおり[ハート]の乱舞ですが、下の黒いゴニョゴニョっとしたのは何を表してんですかね?「魅力ある人権文化の創造」というテーマも一体何なんだってツッコミ入れたくなるけど。

日本屋外広告業団体連合会
第35回屋外広告の日 ポスター
(入選)
塩崎歩美(シオデザインルーム)
屋外広告の日

2008年の作品ですが、一見してもう塩気が目に沁みる感じ、Salt in my eyes。「入選」となっているけれど、これは募集時から最高位として設定されていたもの。すごく意外なのは、賞金が10万円もあったのに、応募がわずか40点しかなかったということ。ここ、狙い目でっせ(笑)。
もひとつ小ネタをかましとくと、チンドン屋さんも「屋外広告」なんだそうですよ。

こうした一連の仕事の中で特筆すべきは、次のワンセットだと思う。

大阪市
2009年度「人権啓発ポスターデザイン・キャッチコピー募集」事業

児童虐待防止推進月間
(優秀賞)
塩崎栄一
児童虐待防止推進月間

犯罪被害者週間
(優秀賞)
福添あゆみ
犯罪被害者週間

障害者週間
(優秀賞)
塩崎マサヨ
障害者週間

なんと、同時にこの3人を選ぶとは大阪市も大した度胸ですなー。

これらのデザインが後々のキャラクター類に具体的にどうつながっていくかをつぶさに見てみても仕方ない気がする。それよりもここは、「対象に迫ることなく表層のイメージで作品化する」という塩崎一族の傾向、はっきり言えば欠点が既に見られることに注目しておきたい。

「児童虐待防止推進月間」は笑顔の絶えない家族を描いているが、これには「子育て支援」のイメージとの混同(あるいはそこからの意識的転用)がある。

「犯罪被害者週間」には、極論すれば[死]のイメージが漂う。通り魔やプラットホーム突き落としといった連想です。もちろんそれらは[生命]を奪うという重大な犯罪だけれど、そうしたイメージのために、「犯罪被害者週間」の趣旨を曖昧にしてor狭めてしまっているところもあるのではないか。
言い換えればこれは、[癒し]のイメージが求められるものなら何にでも応用が利きそうだ。「乳ガン検診推進」とか「交通事故遺族支援」とかでも(交通事故というものは本質的には「犯罪」ではないと思う)。「自殺予防キャンペーン」だとちょっと違いますかね。

「障害者週間」になると、一体何十年前の障害者像なんだと腹立たしくもおかしくもなる。「障害者」という単語(ツルは「障がい者」という言葉狩りには断固反対です。)の英訳の仕方にもいろいろあって、文脈によっても違ってくるし時代の流れによる変遷もある。ここにはHandicappedやImpairedという意味合いはあってもChallengingという発想はなさそうだ。
そして背景にてんこ盛りにされた大阪のシンボル的建造物群!ここでも既に塩キャラDogmaは形を成しているんです。因みに左の方にいる異形のキャラクターは通天閣の福の神、ビリケンさん。右の方のは言うまでもありませんね。

えー、ついでに言うとこの「事業」、何だかとても全体像が掴みにくくて、上記の他にも;

「大阪市高齢者福祉月間」
「就職差別撤廃月間」
「多文化共生社会の実現のために」

など様々な「テーマ」が設定されている。でも「部門」じゃなくあくまで「テーマ」だから、最優秀の「大阪市長賞」は1点だけ。この年は「多文化共生社会の実現のために」のポスターから選ばれてます(by 西田陽一:株式会社シンプル)。
さらに言えば、「部門」は次のように分かれていた(-_-)。

人権啓発ポスターデザインの部
情報誌広告デザインの部
新聞広告デザインの部
キャッチコピーの部

いずれにせよ、一気にバルクで、的な。本気でやる気あんのかなー、とか思っちゃいけないのかな。

(続く)

2013年9月 5日 (木)

【特別編】屁を数える人々

夏目漱石の「草枕」に次の一節がある。

-----
五年も十年も人の臀に探偵をつけて、人のひる屁の勘定をして、それが人世だと思ってる。そうして人の前へ出て来て、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬ事を教える。前へ出て云うなら、それも参考にして、やらんでもないが、後ろの方から、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと云う。うるさいと云えばなおなお云う。よせと云えばますます云う。分ったと云っても、屁をいくつ、ひった、ひったと云う。そうしてそれが処世の方針だと云う。方針は人々勝手である。ただひったひったと云わずに黙って方針を立てるがいい。人の邪魔になる方針は差し控えるのが礼儀だ。邪魔にならなければ方針が立たぬと云うなら、こっちも屁をひるのをもって、こっちの方針とするばかりだ。そうなったら日本も運の尽きだろう。
-----

もう、何も言うことはありませんな!「屁を数える」、まさにツルが今やっていること(笑)。

ずっと長いこと、ツルはこれを芥川龍之介の随筆だと思い込んでいた。このたび調べ直してみてやっと、記憶違いと判明した次第。

ツルが初めてこれを目にしたのは中学時代。「犬神家の一族」の映画化(1976年)以来空前のブームを巻き起こしていた横溝正史の随筆集(「真説 金田一耕助」だったと思う)を読んでいてこの文章の引用に出くわした。そうだ、それで興味が湧いて「草枕」を読んだんだ。真面目だったんだなあ。

それと、なぜだかわからないけれども、ツルのこの文章に関する記憶には、長谷川町子が晩年に朝日新聞日曜版で連載(1978年)していた「サザエさんうちあけ話」の一節がくっついている。「読者から、『磯野家のネンネコ、図柄から判断すると○十○枚もあるけどちょっと多すぎはしませんか』といった手紙をもらうこともある」というところ。丹念な読者がいるから気が抜けません、というわけ。普通、そうした読者は「コアなファン」なんだろうけど・・・(^_-)

横溝正史は自分の作品にかなりコンプレックスがあって、粗製濫造気味であることも気にしていたらしかった。だから漱石のこの文章を引いてきて、評論家の批評のキツいことや舌鋒の鋭いことを、軽く嘆くような苦笑するようなたしなめるような、そんな文脈だったかと。(推理小説だと、トリックのミスを指摘されて稿を改めることを余儀なくされるなんて場合もあるだろうし。)

横溝正史の随筆で印象に残っているのは、「ある作家を評するのに、その作家の最高の作品をもってすることが一般的だが必ずしも正しくない。むしろその作家の最低の作品を取り上げて論ずるべきではないか」という部分だった。つまり、いかに駄作を世に送り出さないかということこそが表現者にとっては大切なんだ、というわけですね。実に深いわー。
続けて、自分は適当に書いて駄作も沢山作ってきたからさしずめダメ作家だけれども、そうした自分のひった屁を丹念に数える人々が現れるとやっぱり気が滅入る、という風につながっていた。

まさか、自分も数十年後に人のひった屁を執拗に数えているとは、その頃のツルは思いもしませんでしたとさ。(でもまだ当分数え続けるぞっと)

2013年9月 4日 (水)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その52:茨城植樹祭・水の郷サミット只見)

(承前)

一体、塩崎一族はいつ頃からこんなことになっちゃったんであるか。

現在、ネット上で確認できる一族の作品の多くは、2008年以降に制定されたものです。愚blogでこれまで取り上げてきた一族作品も、2007年以前となると、兵庫県の丹波大納言小豆キャラ(佳作)「あずたん」と、兵庫県篠山市の黒まめ検定キャラ「クロタン&マメタン」しかない。(cf.【その19】)

これって何を意味するんだろう。必ずしも、一族がその頃から活動を始めたということにはなるまい。他の常連陣だって多かれ少なかれ同じようなものですし。
もちろん、ゆるキャラブーム到来と時期が重なったということもあるはず。あの「ひこにゃん」がブレークしたのは2007年だ(cf. 2013.07.08「類似って何なんだっけ:下」)。
制定当時の情報が、実績を積んでくるに連れてネット上から弾き出されていくということもあるだろう。「作者名」とか「●名から●点の応募があった」なんてことはどうでもよくなってくるわけで。

でも、そもそも、キャラクターにも旬とか寿命があって、特にイベント系だと、古いものは大方がだんだんと消えていく運命にあるのではないか。
例えばクロタン&マメタンのように、ベースとなるイベント自体がDiscontinueとなってしまう場合もあろうし、大河ドラマを当て込んだ各地の直江兼続キャラや黒田官兵衛キャラなどはもとより短期決戦的なものである(だからこそ既存キャラに赤合子兜をかぶらせたりするのか)。

そうした中、一般サイト上で今も制定経緯・画像とも確認できるものとして、次のあたりは飛び抜けて古いと言えるだろう。

茨城県
第56回全国植樹祭 シンボルマーク
塩崎栄一(62歳:デザイナー)
茨城植樹祭

イベントは、2005年6月5日、潮来市「水郷県民の森」をメイン会場、大子町「奥久慈憩いの森」をサテライト会場として行われたもの。
ローカル業界誌「造園いばらき」2004年11月号には;

-----
シンボルマークは大阪府在住のデザイナー・塩崎栄一さん(62)の作品(応募2015点)、ポスター原画は県内の小中高校の児童生徒1393点の中から、大宮町立玉川小学校3年・小室美里さんの作品がそれぞれ選定された(平成15年)。
-----

とあって、どうやら2003年の選定らしい。ざっと10年の歳月をネット上(の片隅)で生き長らえてきた稀有な存在ということになります。

募集からイベント本番までこれほど時間をかけるのはおそらく、これが天皇皇后両陛下を迎えて行われる行事だからで、今年(2013年)5月に開かれた「第64回」でもデザイン決定は2011年8月だった。

【その16】
鳥取県
第64回全国植樹祭 シンボルマーク
(入選)
塩崎歩美
鳥取植樹祭

全国植樹祭のものは伝統的に「シンボルマーク」と呼ばれているけれど、こうして2003 → 2011のBefore/Afterを見てみると、シンボル、ロゴといったものから、キャラクターと呼び得るものへと変容してきているように思われます。

しかし、変わらぬものもある!

【その22】
神奈川県横浜市
第20回全国「みどりの愛護」のつどい シンボルマーク
(優秀賞)
塩崎アユミ
みどりの愛護のつどい

【その22】
長野県木曽郡木曽町
木曽町環境協議会
エコネットきそ イメージキャラクター
塩田アユミ/塩崎アユミ
エコネットきそ

どれも[木立]と[双葉]が盛りアイテム。横浜市が2008年11〜12月の募集、木曽町が2011年4月の発表です。2003年の茨城県ではまださほど記号化が進んでないとは言え、まあ、5年 or moreの長きにわたって相も変わらぬワンパターンと言おうか、初めから塩崎Dogmaは完成されていたのだと言いましょうか。

蛇足だけど、「造園いばらき」にはこんなことも書いてあった。

-----
「県民の森造成により伐採した立木は、現地の土に還そう」と、県の委託を受けた茨造協は野外活動広場(植樹祭の式典会場地)の立木調査と伐採・移植を行い、さらに伐採木を再資源化して活用するリサイクル事業に奮闘した。式典会場のステージ周囲に移植した木の根っこには樹木養生の技術が込められ、式典後も大会テーマ「楽しいな。森と人とのハーモニー」の一役をになって息吹き続ける。
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つまり、春の植樹祭や秋の育樹祭については、以前から「森林を伐採して会場を作るなど本末転倒の環境破壊である」という声があって、これはその批判に対する回答になっているんですね。

次に古いのはこのあたり。

福島県南会津郡只見町
第10回全国水の郷サミット
シンボルマーク
塩崎エイイチ
水の郷サミット只見

どこかで見た原風景・・・(笑)。おそらく、イニシャル[只]をモチーフに只見川の豊かな雪解け水をイメージして描きました、とかいうんだろうな。豪雪地帯として知られるご当地は、田子倉ダムをはじめとする「ダムの郷」「水力発電の郷」でもある。

このサミット、国土交通省の「水の郷百選」に選ばれた各地の自治体で結成した「全国水の郷連絡協議会」なる団体が、2004年10月6〜7日にご当地で開いたもの。講演とか研究発表、南米フォルクローレ音楽のコンサート(^.^)、実地見学なんかを行ったんですがね。
同年までは2日間の日程だったこのイベントも、翌年からは1日に短縮され、さらに東京霞が関での実施という訳のわからんものが増えてきて、とうとう2009年10月の徳島市の「第15回」を最後に開催された形跡がない。これもDisconだったんですねぇ(T-T)。
国土庁 → 国交省の改編のあおりを食らったのかと思ったけど、それは2001年だからそういうわけでもなさそうだ。百選とはいえ開催10年目を超えてネタ切れしたのか、負担が大きくて地元側から敬遠されたのか。

こうした全国持ち回りイベント系のものだと、終了後、ご当地の公式キャラクターになるケースも確かにあるけれど、それは少数の恵まれた場合なのだと思います。
というより、ご当地キャラが珍しかった頃ならまだしも、キャラクターというものの方法論が確立してビジネスとして成立するようになり、何にでもキャラが登場し、そして飽和さえしつつある現在(そして将来も)、そうした[藁しべ長者系]は生まれにくくなっているはず。
∵こうした状況の下、大事に産んで大事に育てていくよりも、次から次へと新しいキャラを量産してとりあえず勢いを保たせる方向に走っているからです。それは取りも直さず、古くなったキャラが次々に打ち棄てられていくことをも意味する。Sustainable Growthなんて考えはそこにはないのね(笑)。

上記のものも、イベント後にめでたくご当地公式モノに成り上がった、なんてことは確認できておりません・・・(苦)。神の見えざる手は無慈悲にも多くのかわいいキャラたちを絶望の渕に追いやるのだ、なんちって。

(続く)

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