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2013年10月

2013年10月27日 (日)

連載1周年記念企画【特別編】秋もやっぱり!PNまつり!! 第5弾(ヨコハマ・エコ・スクール・山田養蜂場・境港まぐろPR)

(承前)

お盆の頃、ペンネームによる塩キャラ作品を撫で斬りにしましたが、かなり調べ込んだにもかかわらず、やっぱり見落としはありました。

神奈川県横浜市
ヨコハマ・エコ・スクール
ロゴマーク
フォルム(60歳:大阪府)
ヨコハマ・エコ・スクール

イニシャル[YES]による集団体制的[へのへのもへじ系]、環境ルーティン[地球]+[双葉]添え。ははあ、このあたり↓の発想と一緒ですね。

【PNまつり 第3弾】
宮城県登米市
とよまスポーツクラブ 蔵っこ
ロゴマーク
HIMAWARI(大阪府)
とよまスポーツクラブ 蔵っこ

【その58】
奈良県
奈良県安全・安心まちづくり シンボルマーク
塩崎榮一(58歳:大阪市生野区)(← 67歳@2008年9月)
奈良県安全・安心まちづくり

地球の代わりにバスケットボールでも持たせりゃ、むしろ「蔵っこ」よりずっとスポーツ施設にふさわしいかも(笑)。赤丸でもいいけどさ。
キャッチフレーズ「横浜で地球を学ぼう」by 原 聡臣(横浜市:24歳:大学院生)とともに、開校に先立って2009年の6月に決定し7月8日に記者発表されたものです。【その58】で挙げた自己申告によれば、栄一は1995年7月1日に54歳を迎えているから、8歳ほどズレてますがね(爆)。
ヨコハマ・エコ・スクール、略称YESというのは横浜市が推進する環境学習プログラムのことらしい。で、このシンボルマークのコンセプトは「市民が環境情報と環境関連学習を受け、脱温暖化や環境のリーダーとして、地球環境づくりに協力しハツラツと活動される姿」なわけ。うう、ちょっと薄気味悪いです

この手のデザインは本塩にもしこたまあるので、いずれまた取り上げやしょう。

このPN自体はかなり前、さる公募系BBSで次のようなものを見つけた時から気になってはいた。YES決定とほぼ同時期の書き込みです。《A》

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(2009.06.01)
http://www.3838.com/chara/
アユたん、おめでと♪
--
またご当地シオピーの誕生かよ!
--

(2009.06.02)
最優秀賞と優秀賞は同一人物だね。これってありなの?
--
アユたん。何でフォルムってペンネームなの?
--
線の太さや配色までほぼ一緒wwwww
なんですぐバレるのにペンネーム使うのwwww
--
最優秀賞と優秀賞がカブリモノキャラかよ!
出来レース臭いな〜
-----

まあ散々な言われようですが、このやり取りに出てくるURLを今つついてみても、キャラクターのことは一切見当たらない。出てくるのは最近よく広告で目にする山田養蜂場のサイトです(「3838」というのは「ミツバチミツバチ」なんでしょう)《B》。
だからここでの塩キャラ狩りは諦めていた。ところがです。
また別の某サイトで(今のところは敢えて名前を伏せます)、あるミツバチのキャラクター画像を山田養蜂場のものだと明記しているところがあったんですね。《C》

つまり;
《A》からは「フォルム≒塩崎一族」であるらしいことが示唆され、
《B》からは「フォルム作品=山田養蜂場キャラ」だったことが推測でき、
《C》からは「山田養蜂場キャラ=ミツバチ」ということが判明する。
この三つをつなぎ合わせるとこの結論が導かれます↓

株式会社山田養蜂場
キャラクター
フォルム
山田養蜂場

どこから見ても塩味のたっぷり効いたミツバチです。現在、会社側がこのキャラクターの存在を完全に消し去っているので、画質の悪いものしか見つからなくってゴメンなさいですが_(._.)_。手間取らせやがって(苦)。それにしてもわずか4年前に制定したばかりなのに、この扱いは何なんだろう・・・愛称もついただろうに、それもわからん。何かあったとかいな。
山田養蜂場本社のある岡山県苫田郡鏡野町(とまたぐん かがみのちょう)は人口13,000人余りの小さな町だから、ご当地で急成長した同社は殿様扱いだろうしなあ。(山田養蜂場はん、最近の流行りで来年の夏に向けて「塩入り蜂蜜」とかどうでっしゃろ?)

《A》からもう一つ判明するのは、優秀賞にも塩味だか錯塩味だかの作品が入っていたこと。そちらの方がアユたん名義だったのかもしれない。けどさすがに調べ切れません

でもまだ、「フォルム=塩崎一族」と断定する根拠はやや薄弱。とどめはこれです。

鳥取県境港市
境港天然本マグロPR推進協議会
境港まぐろPR ロゴマーク
フォルム(66歳:大阪市生野区:グラフィックデザイナー)
境港まぐろPR

図柄だけでは直ちに一族作品と断ずることもできかねるようだけど、キーワードは「生野区」。(このPNと一族を結ぶエビデンスとして、十分とは言い難いかもしれないけれど。)
2010年5月決定なので、年齢からすれば塩崎栄一に擬するのが一応妥当かと(^_-)。

多分、商品に貼られるブランドシールという役割なんでしょう。最高位としての優秀賞ですが、初めからそのように設定されていたのか、それとも最優秀賞に該当がなくて結果的にこれが採用されたのかはわかりません。このマーク全体をデザインしたのか、「まぐろ」の部分だけをデザインしたのかも不明です。
「本マグロ」というのは種名で言えばクロマグロ。マグロの王様ということになるわけね。[天然]、[生]をキーワードにアピールする(したい)一方で、資源枯渇が国際問題にもなっているせいか、「産地として、本マグロの資源管理に取り組んでいます。」と書き添えられた。もっとも、具体的にどんなことをしているのかはネット上で探し出せませんでしたが。おいおい、それじゃダメじゃんよ。

(続く)

2013年10月25日 (金)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その61:ゆれにくいまち 鎌ケ谷)

(承前)

このシリーズもいつの間にか1年を超えてしまっていました(汗)。まさかこんな事態に及ぼうとは、昨年の今頃には思ってもみなかったことよ。

ツルが当初は予想していなかったことがもう一つ。いろんなご当地のキャラクターやロゴマークを見ていくことが、2011年3月11日に発生した東日本大震災に改めて思いを致すことになった点です。塩キャラ斬りが、そこにつながっていようとは。
「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ。」というのは、オリンピックよりむしろご当地キャラに当てはまることなんじゃないかと思ったりもするものの、現実はそんなきれいごとじゃないわなと考えさせられるのは、今も変わりがありません。(えー、震災にまつわる現実は、ではなくて、ご当地キャラを取り巻く諸事情は、というほどの意味ですが)

そんなわけで、この7月に発表されたばかりの、地震がらみの塩ロゴを1点。

千葉県鎌ケ谷市
ゆれにくいまち 鎌ケ谷 ロゴマーク
宅建協会鎌ケ谷地区長賞
今井弘実
ゆれにくいまち 鎌ケ谷

えー、はっきり言っちゃいますね。これほど後味の悪い公募はない。
できあがったロゴマークが、という意味ではありません。そんなものは今までにしこたま見てきた塩キャラ塩ロゴと代わり映えしないし。
ま、ツルはそう感じた。

ご当地は北総台地に位置しており、地盤が強固で地震に強い由。実際、東日本大震災では震度5弱を記録したものの、人的被害はもとより道路・下水道等にも被害はなく、ライフラインも影響を受けなかった。その事実はそれでいい。

募集要項にはこうある。

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千葉県が作成した「ゆれやすさマップ」及び「液状化しやすさマップ」により、市内全域が都心に近い東葛・京葉地域内でも県内でも比較的揺れにくい場所に位置していることから、この普及・啓発を図るため、「ゆれにくい」ことを連想させるロゴマークを募集します。
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ツルにはこの発想が恐ろしいです。県が「マップ」を作ったのは、「ここここが地震に弱いから十分備えるように」というCautionの趣旨でしょう。それを、自分の都合のいいように引き寄せて、「うちんとこは揺れに強いから住んで下さい、来て下さい」という論理にすり替えてしまった。
こんな企画は、まずもって実務サイドからのボトムアップで出てくる発想ではないでしょう。首長クラスや局長・部長クラスからのトップダウン、いわば鶴の一声が働いていたはずです。

容赦なく深掘りさせていただきます。
募集における条件のいの一番には、『「ゆれにくいまち 鎌ケ谷」及び「住宅などの耐震性能を保証するものではありません」の2つの文言を入れること』とあった。何じゃそりゃあ!2番目の文言こそ、「官僚サイドからのボトムアップで出てくる発想」でしょうな(それが実務家というものです)。でも、そのためにえらく妙な話になってしまった。

さらに。
最優秀賞の「鎌ケ谷市長賞」については、「不動産関係や鉄道関係など民間企業での活用も含め、市の知名度等の向上に向けて、広く活用を図ってまいります」とされている。うあ、そういうことやったんかいっ!(>_<)
他の各賞も、上記の「宅建協会鎌ケ谷地区長賞」をはじめ、中学生を対象にした「北総鉄道賞」、小学生を対象にした「イオン鎌ケ谷店長賞」と、ソレ系が居並んでゐます。年端もゆかぬ小さい人たちにこの考え方を強制した、と断じてはあまりに言い過ぎですか?

ご当地キャラ/ロゴには多かれ少なかれ特定のベクトルが潜んでいる。大抵の場合、それは「町興し/村興し」のお題目で括れるもので、「地方」のご当地の50年後、100年後(あるいはもっと近い未来)を憂えての思想でもあろうから、それはそれでいいと思うんです。でも、この公募では「シティプロモーションの推進」を意識するあまり、大切な一線を踏み越えてしまった。危険でさえある。そう思われてなりません。
これが本当にトップダウンによるのであれば、上に立つ者としての、百年の計を立てるべき者としての、良識や視野の欠如を感じます。片寄った考えですかね?

つまり極論すればこれは「そんな町には住みたくない」という人もいくたりかはいるということ。こうした批判は、企画した鎌ケ谷市役所総務企画部企画財政課企画政策室(21文字)でも当然初めから想定していたことでしょう。
でも、結局このアクションによって、「そうだ、鎌ケ谷、住もう。」という訴求はどの程度できるんでしょうか。そして、その効果はどうやって測れるの?

(続く)

2013年10月24日 (木)

【番外編】工具の花輪に飾られて(おおたオープンファクトリー・JAPAN BRAND)

国家の大事だけではなく、ツルの住む地元にもリースデザインはありました。

東京都大田区
おおたオープンファクトリー
シンボルマーク
おおたオープンファクトリー '20東京五輪候補

実を言うと、このデザインと2020年東京五輪招致のデザインとが似通っていると思ったからこそ、五輪ネタを取り上げたくなったんです(滝汗)。(もっと言えば、「全日本科学機器展」のあたりからつながりを考えてました)

おおたオープンファクトリー おおたオープンファクトリー

【2012.02.04〜06「下丸子と武蔵新田でイベントが!?」】にも書きましたが、「おおたオープンファクトリー」というのは;

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東急多摩川線の下丸子駅・武蔵新田駅周辺をフィールドに、地元の工業会「工和会協同組合」と大田クリエイティブタウン研究会を構成する一般社団法人大田観光協会+首都大学東京・横浜国立大学・東京大学が企画する、10/26(土)一日だけのイベントです。モノづくりのまちの様々な工場での加工の様子を見てみたい、体験してみたい、工場主さんとお話ししてみたい、工場まちの雰囲気を感じてみたい、そんな声にお応えします!
2012年2月、12月に続き、第3回目の今回は、32社の工場が参画!あらたなモノづくり体験の拠点「くりらぼ多摩川(クリエイティブ・ラボ多摩川)」も登場します!なかでも、「おおたモノ語り〜職人が1年で1番しゃべる日」をテーマとする今回は、とくに職人さんたちの技術だけでなく、話術にも注目してみてください!
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というイベント。結構ハイペースの開催だから評判いいんでしょうね、参加社数増えてるようだし、要予約のツアーも全て定員に達したようだし。

大田区と言えば町工場の町として知られてきたところ(一方で田園調布だって大田区ですが)。「ビルの屋上から設計図を紙飛行機にして飛ばせば3日後には製品になって戻ってくる」という伝説もあったそうな、なんかカッコいい!

そして、[詰め込み系]にはこんなものもある、工具系とはちょっと違うけれど。

中小企業庁
JAPAN BRAND
シンボルマーク(?)
JAPAN BRAND

中小企業庁は経済産業省の外局。こちらは確かに国家の大事であろうww。詳細がわからないけれど、2009年には使われていたみたい。正確には、真ん中の四角い部分がロゴマークとされていて、その部分を単独使用しているケースの方が多いようです。
まあ、「大田区の様々なモノづくり」同様、「ニッポンの多様な手仕事」という趣旨なんでしょう。でも伝統工芸的な指向が目立つ感じなのはちょっと気になります。しかも複数回使用されているアイテムが多いし。[お椀]と[鋏]なんて7回も登場だぜぇ。「おおたオープンファクトリー」ではほとんど気にならなかったけれど。

えー、おおたオープンファクトリー、今週末の土曜日だけの開催ですよ!(迫っているからOlympics & Exposの書き込みを急いだのさ)お暇な方は来て見てみてネ。

2013年10月23日 (水)

【番外編】Olympics & Expos おまけ(茨城県章・鳴門市章・野辺地町章)

(承前)

衝撃のおまけ。
永井一正の作品には、ご当地ものでも、茨城県章とか、富山県章リニューアル(ちょっと手を入れただけですけどね)とかがある。

茨城県
県章(1991年11月13日制定)
茨城県

「茨」に因んでバラ(県の花でもある)の蕾を表しているのだそう。実はこれ、「渦潮」をデザインした次のものを上下ひっくり返して色を反転させるとほぼできあがります。

徳島県鳴門市
市章(1947年11月7日制定)
(作者不明)
鳴門市

 ↓

鳴門市(反転)

うぎょええぇーー、半世紀前のデザイン(;゜∇゜)。永井先生、アンタはんまでがそったらことを!!!アンタがそういうことをするから後進も続々と・・・ああいや、コホン。知るは一時の罪、知らぬは一生の科。なんのこっちゃ。

それだけじゃない。やはり古いものだけど、こんなのも見つけた。

青森県上北郡野辺地町
町章(1961年11月24日制定)
(作者不明)
野辺地町章

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野辺地の頭文字である[の]の字を表徴するとともに、躍進を連想させる[波頭]をあわせ図形化したもので、躍進、発展、団結を表現したものです。
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昭和36年にこのデザインの町章というのは相当斬新だったと思います(ツルだって生まれてねーし)。

でも、うーん。
塩崎栄一の永井一正へのリスペクトなんて、永井の作品をパクったものでも見つからなきゃ到底信じられんわ、なんて思ってたけど、実は永井の(パクりの)手法そのものをリスペクトしてました、てなことではあるまいな(  ̄▽ ̄)。

2013年10月22日 (火)

【番外編】Olympics & Expos その4(東京五輪Parodies・IMF・世銀総会)

(承前)

島峰による2020年東京五輪招致のマークは、様々にパロディ化されている。きれいな色合いの華やかなリース型デザインで目立つからということもあろうけど、そういうところではなしに。

パロディ1 パロディ2

1番目はパロディというより明確な抗議であり、2番目は抗議より外野からの揶揄というに近い。
でも、なんと言ってもすごいのはこれ↓。

パロディ3

センスのよさに脱帽しました。島峰が黒に代えて江戸紫で表したところをオリジナルの五輪カラーに戻して、後は「TOKYO」を「FUKUSHIMA」に変えた、ただそれだけなんですよね。けれども一番力がある。

'20東京五輪候補

1番目の作品が声高な抗議なら、この3番目は静かなシュプレヒコール。2番目が下世話な野次だとすれば、これは節度を保った警鐘。「最小限の改変で最大限の効果を引き出す」ことが優れたパロディの条件であるならば(そんなものがあるかどうか知らんが)、これは間違いなく極上のパロディでしょう。五色を纏ったこのオリジナルデザインの上でしか(下でしか?)成立しない、というところもすごく秀逸。

いろいろ調べてみると、オリンピックのシンボルマークに五輪カラーを用いるのは決してGlobal Standardというわけではなく、むしろ日本独自のお家芸。コンセプトワークより装飾性に強い国民性なんですかね(塩キャラにも言えそうだ)。

各国五輪シンボルマーク

ツルは率直に言って、震災のことがあるから今度の東京五輪はないものと決めてかかっていました。他にお金を使わなきゃいけないところがあるでしょうという感じで。いわば上掲の1番目か3番目の立ち位置。最近になって汚染水のこともまた出てきて、「コントロールできている」という宰相の言も限りなく欺瞞に近くなってきているし。これは2番目の立場か。(でもそんな主張を展開する場所じゃないよね、ここは

リースデザインにはこんなのもあります。

財務省
第67回国際通貨基金・世界銀行年次総会
公式ロゴマーク
IMF・世銀総会

2012年5月25日に財務省から発表されたもので、「ORIGAMI」は今や世界語になってるってことなんでしょう。2020年東京五輪招致のシンボルマークの公募(因みに2011年の9月12〜26日募集・11月30日発表)でも似たようなのがあったりしなかったのかな(苦)。あっ、これは万国博にこそふさわしいのか(笑)。

【番外編】Olympics & Expos その3(大阪・東京・東京・BIE)

(承前)

そしてその後は、再び五輪開催を勝ち取るまでのチャレンジの歴史。

2008年 大阪オリンピック招致
(作者不明)
08大阪五輪申請 '08大阪五輪申請バッジ

'08大阪五輪候補 '08大阪五輪候補バッジ

市の花[サクラ]でイニシャル[大]を象ったデザインはジャパネスクに立ち戻ったとも言え、1970年大阪万博のマークも思い出されます。ちょっと意外だったのは、制作されたのが1995年3月だったこと。阪神淡路大震災から間もない頃だったんですねえ。北京に破れたのは2001年の夏。
作者がわからへんのは、制定側で伏せたからみたい。途中で色の配置が変わった理由も知りたいもんでんな。各種グッズもできた後になってのリデザインはちょっと驚くけど、「Candidate City」と書かれた方にだけ五輪マークが入っているから、こちらが後なんでしょう。このことは次のものを見るとよりハッキリするようです。

2016年 東京オリンピック招致
榮久庵(えくあん)憲司(1929.09.11〜)
'16東京五輪申請 '16東京五輪候補

リオデジャネイロに敗れた時のです。やはり和のTasteで、[水引]からイメージしているんだろう。「Applicant City」より「Candidate City」の方がフォルムが力強くなっている感じ。五輪マークも後者にだけあるから、やはり前者は名乗りを上げただけの状態、後者は正式にコンペティションの席についた状態ということでしょうか。

そして今年9月、何度目かの正直でめでたく招致成功に至る。

2020年 東京オリンピック招致
島峰 藍(1989〜:当時 女子美術大学4年:現 東京藝術大学大学院)
'20東京五輪招致ロゴ '20東京五輪招致エンブレム

黒の代わりに江戸紫を入れた五色で華やかに仕上げられている。一見、スポーツイベントではないような印象があるかもしれません。リース形としたのは;

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(シリーズ 銀座×人 VOL.7 by 銀座インフォメーションマネジメント)

外国映画でお墓にリースを手向けるシーンがあり、どのような意味があるのか不思議に思って調べたら、リースには“再び戻ってくる”というメッセージがあったんですよ。
これにちなんで、スポーツを通し、「日本に活気や勇気が戻ってきますように」という祈りを込めています。
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と説明されており、一方、描かれた花については;

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桜は大勢の人に愛されている日本の代表的な国花ですし、友好や平和の証として世界各地へ贈られてきたものですので、日本らしさのシンボルとしました。
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として、具象の世界で普遍性と地域性、ぶっちゃけ言えば海外ウケと日本テイストの融合が図られているわけ。上述の榮久庵(現在御年84歳!)が監修についたことが明らかにされています。もしかして ―― もっとダイレクトに、「鎮魂」の意味が隠されていたりはしないのだろうか?

因みに、2020年東京五輪そのもののエンブレムはまた別途制作される由で、誰がデザインするんだろう。佐藤可士和かしら奈良美智かしらなんて思っていたら、佐藤はマジで招致マークの審査委員に入ってました。あの「くまモン」をプロデュースした小山薫堂も名を連ねる。
島峰は本番のも作りたいだろうし、1998年長野冬季五輪の篠塚も「夏冬両方作りたい」とやる気満々。

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【2015.09.07 追記】
榮久庵は、2011年11月発表のこの招致ロゴを監修した後、本番のエンブレム発表を待つことなく2015年2月8日に死去しています。瞑目。
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そして開会式/閉会式のプロデュースは誰が仕切るんだ。映像/演劇界から北野 武、宮崎 駿、でもあるまいし、長野に続いての浅利慶太再登板も考えにくい。村上 隆は既にネットで炎上してるみたいだからおいといてと(ガイジン受けしそうなところを書いてみただけっすが)。能狂言/歌舞伎界にもファッション界にも現在そういう人材はいそうにない。あ!宮藤官九郎なんかどうよ?時流に乗り過ぎかな・・・。

さて、以上計13点のシンボルマーク、どのくらい記憶に残っているでしょう?ツルはつくば博と愛・地球博のは思い出せませんでした。

おまけ。
オリンピックに五輪マークがあるように、EXPO自体のシンボルやロゴはないのだろうか。調べてみたら、ちゃーんとありました。しかも、日本人のデザインだった!

博覧会国際事務局(BIE/Bureau International des Expositions)
万国博統一シンボルマーク
松島正矩(東京教育大学学生)
BIE(松島案)

1969年11月のBIE理事会で決まったものです。外務省のサイトには、これに先立ち「わが国は,1968年11月,第64回博覧会国際事務局(BIE)理事会において,1970年日本万国博開催を機会に統一シンボル・マークを制定することを提案し,採択された」とある。どうやら読売新聞の肝煎りだったらしい。そして「このマークを条約加盟34ヵ国が公募した作品のなかから選定する」こととなって、世界公募ですよ(*_*)。「BIEは,17ヵ国から推せんのあった47点について審査した」というのはふぅんという感じだけど、その前に日本では13,389件、44,628点の応募(@_@)があって、これを3点に絞り込んだ(+_+)というから、これが本邦最大の公募であることはまず間違いないんじゃないかしら。世界のお祭りを迎えようとする熱気みたいなものを感じる(審査委員の先生方、ほんにお疲れ様でござりました)。
この公募を最後まで勝ち抜き栄誉を手にした大学生の松島はその後学究の道に進み、鳴門教育大学の教授になったようです。
作品説明として;

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このマークの円は平和・友愛・人類の交歓を意味し、横に走る線は限りない進歩を目指す未来への階段である。重なり合う六本の線は全体として向上を示す一つの矢印になっている。地色は青紫で広大な空・海・世界・宇宙にも通じる。線に使った白は汚れのない神聖な色であり平和・正義をあらわしている。
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とあり、やはり時代性を感じます。ガチだぜマジで。21世紀の公募ガイダーみたいに「全体で、飛躍する市の姿をイメージしています」だの「斬新で、シンプルで、親しみやすく多くの人に愛されるデザインです」だの、ヤワなことを書き残したりはしてないんだよ。「人類の交歓」なんて、どう英訳したんでしょうね?rejoice?

もっともこのマーク、現在IBEでは使われておらず、これから派生したとおぼしきものがサイトには載っていますが。

BIE(現行)

(続く;まだ続くのかよ!?)

2013年10月21日 (月)

【番外編】Olympics & Expos その2(札幌・沖縄・つくば・名古屋・大阪・長野・愛知 & 由利本荘市章)

(承前)

1972年 札幌冬季オリンピック
永井一正
'72札幌冬季五輪

やっと永井先生が出てきました。東京五輪が金色を使ったというので、こちらは銀色で雪を表したデザイン。大阪万博もそうだったけど、日本の家紋風、というよりこれはそのまんま「初雪紋」です(フォルムを練り上げてあるそうですが)。てことは先達の上に成立するデザイン、ということになるのかしらん、いろいろ。
しかし万博のわずか2年後に五輪だなんて、日出ずる国の勢いがあったんですねえ。'73オイルショックの直前です。

1975〜76年 沖縄国際海洋博覧会(沖縄海洋博)
テーマ:海 ― その望ましい未来
永井一正
沖縄海洋博

70年安保の流れの中で沖縄の施政権が米国から返還された(沖縄が本土に復帰した)のが1972年5月15日、しかしそれ以前からこの博覧会の計画は進められていたらしい。
これはツルも行ったもんねーだ。この時には中学生だったので、永井一正の名前はもう知っていた気がします。永井が後年の動物モチーフの手描きスタイルに至る前、グラフィカルな表現でばんばん走っていた時代だと思う。

1985年 国際科学技術博覧会(つくば博/科学万博)
テーマ:人間・居住・環境と科学技術
田中一光(いっこう:本名 かずあき)(1930.01.13〜2002.01.10)
'85つくば博

80年代に入ってデザインの雰囲気もさすがに変わってきた印象で、今の「丸ブー」につながる「楕円の時代」の到来を感じさせます。デザイン上は「宇宙」や「原子」、やや乱暴に言えば日常生活からは最も遠いところにある科学である「物理学」を指向しているように見える一方、イベントのテーマでは「居住」や「環境」が「科学」より先に来ている。このAmbivalenceが80年代、ということになるんだろうか。
海洋博から丸10年経ってからの開催です。この間にはご当地博覧会ブームを巻き起こした神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア '81)が開かれているけど、アレは「地方博」だからここでは取り上げてあげなーい(^O^)。
このマーク、会期終了後に現地に建てられた「科学の門」の地面にある(当時の)会場マップでは方向を間違えて描かれていて、ご当地では有名な話らしいっす( ・_・)ノΞ●~*

つくば博会場図 誤りのつくば博シンボルマーク

1988年 名古屋オリンピック招致
作者不明
'88名古屋五輪招致

事前の優勢が伝えられながら、ソウルに逆転を許した時のアレです。うぉぉ、もえりゃーだせえだぎゃーー。何かの間違いじゃにゃあのと思うぐらいに。誰がデザインしたのぉとか調べたくもならんでねぇ。(愛知県民の皆さん、ごめんなさい)

1990年 国際花と緑の博覧会(大阪花博)
テーマ:花と緑と人間生活のかかわりをとらえ 21世紀へ向けて潤いのある豊かな社会の創造をめざす
勝井三雄(1931〜)
'90大阪花博

楕円の構図、真っ盛り。「花」を意識したデザインです。後にはこんなものも現れてきます。

秋田県由利本荘市
市章
井上正博(神奈川県横浜市)
由利本荘市章

2004年12月の制定だから相当後になるけど、ご当地が近畿地方にあったらこれはやっぱり通らなかったんじゃないだろうか。作者は名にし負う[ユリ]の花や球根(つまり[百合根]ね)、ご当地に伝わる[御殿毬]を意図したようです、由利本荘市の市の花はユリじゃなくてサクラですけど。

1998年 長野冬季オリンピック
篠塚正典(1960.04.02〜:Landor Associates)
'98長野五輪

はー、もうそんなになるのかぁ。オリンピックに関連する日本のマークとしては初めて('88名古屋五輪招致を除く(^O^))、ジャパネスクから抜け出したデザインとなっている。もっとも、「五輪カラー」の具象性・象徴性の呪縛からは解かれていないというか、それに愚直につきあったという気もします(-.-)y-~。
作者曰く;

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(シリーズ 銀座×人 VOL.6 by 銀座インフォメーションマネジメント)

冬のオリンピックなので“雪の結晶”、そして“人の輪”と“雪の上に咲く花”です。雪の結晶が六角形だから花びらは6枚にし、そして花びら1枚1枚は、競技をしている選手の形を表していて輪になっています。カラーは黒を除くオリンピックカラー4色と、日本を象徴する色である紫、長野県の色のオレンジを入れました。
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との言葉。「雪と氷の花」でありながら、炎のイメージが投影されていて「情熱」も感じさせる。「五輪」のマークを敢えて六弁六色としたところにこそ作者の意図、クリエイターの面目があったんでしょう。黒の代わりに紫を入れる手は、後に述べる2020年東京五輪招致でも使われることになります。

2005年日本国際博覧会(愛・地球博/愛知万博)
テーマ:自然の叡智
大貫卓也(1958〜)
'05愛・地球博

へっ!?!?こんなのシンボルたり得んっ。愛知県というのは関東の「粋」より関西の「艶」に傾斜した土地柄ではなかったのかね。モリゾー&キッコロは覚えているとしても、こちらはどのくらいの人の記憶に残っているのでしょう。(愛知県民の皆さん、再びごめんなさい)
ツルはこの愛・地球博で結局「何が行われたのか」が未だによくわかりません。別に皮肉ってるわけではなくて。言い方変えれば、一番の目玉は何だったの?大阪万博ならさしずめアメリカパビリオン(この言葉が定着したのもここからだなあ)の「月の石」or 岡本太郎の「太陽の塔」、海洋博ならおそらく海上に浮かぶ「アクアポリス」、花博なら多分日本政府館の「ラフレシアの花の透明レジン詰め標本」or「ヒマラヤの青いケシ」、なんてモノがあったじゃないですか(´ψψ`)。そんな「ここでしか会えないお宝」、あったんでしょうかね?

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【2013.12.13 追記】
そうでした!シベリアの永久凍土から出土した冷凍マンモス、てのが展示されたんですよね!!こりんごさま、ご教示ありがとうございました。
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(続く)

2013年10月20日 (日)

【番外編】Olympics & Expos その1(東京・東京・大阪)

【その58】で、次のように書きました。

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恐ろしいと言えば、永井一正へのリスペクトもそう。え゛!?こりゃまたすっっっごく意外な名前でした。
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だって、塩キャラ塩ロゴとはあまりに違ってるんじゃないの、作風が。(「尊敬する永井さん云々」というのだってリップサービスかもしれないけどさ。)

永井一正と言えば、ツルでも知ってるぐらい、まさに日本のグラフィックデザイン界の巨星。あんまり高名な方なので歴史上の人物かと思ってましたが(汗)、ご存命です(1929.04.20〜)。中学時代の美術の教科書に、ポスターワークが何点か取り上げてあったっけ。
この人、大阪府生まれだったんですね。塩崎栄一もそこにSympathy感じたところはあるんでしょうか。

作品は枚挙に暇がないけれど、メジャーどころだけでも、JRグループ、三菱UFJフィナンシャル・グループ、東京電力など日本を代表する企業のシンボルマークを作っているし、オリンピックや万博など、いわゆる国家的プロジェクトのシンボルマークも手がけている。
独断と偏見で、日本におけるこうした国際イベントの歴代のシンボルマークを列挙してみます。(一応、祝 2020年東京オリンピック開催決定ということで。)

1940年 東京オリンピック
作者不明
'40東京五輪 '40東京五輪

時局悪化により開催中止となった幻のオリンピックです。シンボルマークまで作られていたとは知りませなんだ。因みに、同年には札幌での冬季オリンピックも予定されており、同様に中止となった経緯があります(ロゴやポスターについては不明)。

1964年 東京オリンピック
亀倉雄策(1915.04.06〜1997.05.11)
'64東京五輪

亀倉のポスターデザインはその後長きにわたって日本人のオリンピックに対するイメージを支配したのではないかと思う。開会式の日本選手団のコスチュームはやっぱり白と赤だよね、とか、この陸上競技のスタートの瞬間のビジュアルイメージとか。家電品、いや当時に従って言えば電化製品を買うと、寄付を募る葉書が箱に入ったりもしてたそうです。

'64東京五輪

思えば、新幹線も高速道路もこの大会のために整備を急いだわけです、50年前のお話。ピクトグラム(いわゆる絵文字)もこの時から日本の社会に広まっていったらしい。

1970年 日本万国博覧会(大阪万博)
テーマ:人類の進歩と調和
大高 猛(1926.04.20〜2000.01.22)
大阪万博

東京の6年後、今度は大阪の街に世界が飛び込んできたお祭り、しかも半年間にわたって(cf. 2012.11.04「似て非なるもの − 大阪万博 vs 愛知万博」)。姉貴から万博土産にもらった、夜光貝でこのマークを表したキーホルダーは今もツルの宝物(ツルは小さかったので行かせてもらえなかったんです)。
確か、このコンペでは福岡市のグラフィックデザイナー西島伊三雄(1923.05.31〜2001.09.30)の案が1位となったものの、大モメした末に大高案に代わったということがあったはず。ツルの親が後々まで「博多の人んとが選ばれとったとに」と残念がっていたのだけ覚えている。Wikipediaには;

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シンボルマーク発表の記者会見の直前に万博協会会長の石坂泰三が「これでは日本が世界の上にあぐらをかいている」と激怒し、一蹴した(その日の会見は中止)。
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と書いてある。やっぱりそうだったか。しかしそれもすげえ話だなあ。幻の万博シンボルマークはこれ、原案とともに↓

'70大阪万博(西島原案) '70大阪万博(西島案)

石坂は東芝の社長・会長、経団連会長を務め「財界総理」と渾名された人物です。西島はその後福岡で活動を続け、懐古調の童画で長く市民に親しまれた(ツルは嫌いでしたが)。ハウス食品の博多豚骨ラーメン「うまかっちゃん」の商品命名とパッケージデザインもこの人です。

永井作品に行き着く前に紙面が尽きちゃった・・・

(続く)

2013年10月19日 (土)

【番外編】I am the Alpha and the Omega ― 2(阿波市章・淡路市章):下

(承前)

自治体章公募における不思議なお作法、まだあります。

■用紙の地色を含めて4色以内:
淡路市では1色多い「5色以内」となってます。(けどその淡路市では単色のデザインが勝ち残ったというのが面白い。)
変な規定だと思いまス、「地色を含めて」という物言い。どれも白色用紙を使うこととされてるのだから、「白を含めて4色まで」と言っているのと同じなわけで、会津美里町なんてわざわざ「用紙の地色を含め4色(白色含む)以内」と明記している。なんでそんなわかりにくい書き方をするの?

Aubrey Beardsleyの描いたOscar Wildeの"Salome"の挿画も、Walter Pater/Errol Le Cainの絵本"Cupid and Psyche"も、「黒だけ」で描いてあるんだろうがって(cf. 2010.03.13「そしてエロール・ル・カインのこと」)。ビアズリーなんか、黒ベタ中の白い極細線まで、白絵具は一切使わず黒でドローして白地を塗り残す(@_@)手法。文字どおり黒一色なわけですよ

孔雀の裳裾 舞姫の褒美

Cupid and Psyche

東洋の墨絵まで、今に「地色を含めて2色で描かれています」なんて言い出しかねない(爆)。長谷川等伯の「松林図」だって、墨一色の中に無限の広がり、玄妙なる彩りを見出してるんじゃないの?

等伯 松林図 左隻

等伯 松林図 右隻

その意味で、あわら市章公募を知らせる「芦原町・金津町合併協議会だより 第9号」(2003.07)で、「3色以内とします」と募集要領が書き改められているのは、読者のわかりやすさへの配慮が感じられる。
でもこれ、なんだか遠足の時に「お菓子は500円以内です」と言われて「せんせーい、バナナはお菓子に入るんですかぁ?」と聞く奴必ずいたよね、みたいな話になってきた、うはは。

■グラデーション不可:
これも変。なぜグラデはダメなの?コンパスと定規と分度器だけで形を取って手彩色で塗っていた時代ならともかく、今どき、どんな不都合があるというの??グラデが印刷/再現できない場合まで想定しなきゃならないとは思えないんだけど(ピンバッジだってグラデ柄は普通にあるじゃん)。

残るのはおそらく、(誰にも描けるという意味での)再現性に欠けるところがあるとか、デジタル作画できない者に不利だから公平性が歪むとかいった制度理念的な面なんでしょうが、そもそも自由曲線多用の丸ブーを採用することと、再現性やデジタルディバイドを云々することとは、立場的に喧嘩しそう。

ああそうか、実務的な問題として、グラデは上記の「○色以内」というお作法とは確かに相性悪いかも。赤にぼかしをかけると途中でピンクができるじゃん、とか、青⇔黄のグラデに入る緑は1色と見なすべきなのか(註:これだと単色表現できなくなるということは理解するけれど、それとて「グラデを認めるか否か」という問題の本質からはズレてると思えるんですが)、とか。やっぱり遠足バナナだなあ。

もう一つ、グラデーションは縮小時に効果が得られにくいということはあるんでしょう。でも、だからといって一律に禁ずるという問題なのだろうか。通常の使用場面で最小となるのはおそらく名刺への刷り込みだろうから、「縮小時(e.g. 名刺等)に効果が損なわれないよう留意すること」てな条件つきで許容することもありではないかと。一般的にグラデを許容しているご当地キャラクターの場合と何ほど違うんでしょうかね?
そもそもVisual Identity上、最小許容サイズの問題は避けて通れないだろうし。「グラデ使ってることがわからなくなるぐらいまで小さくするのはご法度とする」感じぃ

ご当地キャラ以上に、記章類は本質的に視認性の高いものでなければならず、しかも訴求力の強いものが好まれるというハードルはあるだろうから、グラデーションという技法がそことガタピシする、ということはあるのかも。「それでもやっぱりこれにしようよ」てな強いデザインはないもんですかね。企業のロゴマークにグラデーションを用いたものが皆無というわけでもないだろうし(要検証)。

結局これって、技法・表現上の自由度を過度に制限しているだけのような気がするんですが。

以上7件の公募を見てきましたが、途中から何だか退屈してきちゃったかな・・・m(._.)m。デザイン趣旨なんてのも、申し訳ないが途中から読む気がしなくなる(でしょ?)。ほんとはそこが問題なんだろね。

ま、丸ブー、マンセー!ってことで。

【番外編】I am the Alpha and the Omega ― 2(阿波市章・淡路市章):上

(承前)

おまけ的になりますが。
「あわら市」に限りなく名前が近い次の二つの市ではどうなるのか。

徳島県阿波市(2004年)
市章
尾浦孝夫(63歳:神奈川県横浜市栄区犬山町)
阿波市章

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連携・共生の「人の花咲くやすらぎ空間」をイメージして、あすに向かって躍動するAWA市の[A]・[W]を表現しています。
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◇基本理念
「あすに向かって“人の花咲く やすらぎ空間”」
◇優秀作品
 井口やすひさ(59歳:東京都文京区千石)
 信貴美和(37歳:新潟県燕市中央通)
 神保米雄(55歳:千葉県松戸市高塚新田)
 工藤和久(39歳:青森県弘前市前坂箱崎)
◇最優秀賞 1点 30万円
 優秀賞 4点 5万円
◇2005年4月1日に板野郡吉野町・同 土成町(どなりちょう)、阿波郡阿波町・同 市場町が合併して市制施行

作者の尾浦はなんと、あわら市でも入賞してます

阿波市のサイトにはやたら詳しい「市章選考委員会での選考理由」が述べられているんですがね。

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市章として斬新でインパクトがあり、単純で動きのある形が新しい阿波市の未来に向かっての躍動を思わせ、阿波市の基本理念である「あすに向かって人の花咲くやすらぎ空間」を的確に表現している。
阿波市の英字表記「AWA」をデザイン化しており、AWを上下に丸みのかかった柔らかな感じで表現し、Aで豊かな緑や阿讃山脈を、Wで清流吉野川を、間のオレンジの丸で、人や花、あるいは日の出をもイメージさせるデザインとなっている。そして、誰にでも覚えやすく、描きやすい形のため大人から子供まで親しまれる作品だと思われる。
使用している色彩についても、安らぎや安心感を連想するグリーン、信頼感や清潔感を連想するブルー、夢や希望を連想するオレンジ、この3色の色で表現されているため、色彩的に明るく、明快である。
新しく出来る市章は市民の夢や希望を感じる作品でなければならない。このデザインは、元気であり、斬新であり、新しく生まれる阿波市の市章に最適である。
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一生懸命選んだのだろうけれど、こうしていくつか並べた中では中身の空虚さが顕わになります。緑、青、橙なんて大定番のTripletじゃん。最後の一節なんて肩に力の入ってること、読んでるこっちがそこはかとなく赤面しちゃうぐらい。「あいなく目をそばめつつ」状態。惚れ込むことと、アピールすることは違います。

もう一つ、蹴りを入れとこう。
次点作者に関する上記の情報は最終選考時の合併協議会資料に載っていたもの。つまり、この公募では作者名を伏せずに選考したんです。そこでもう、ア・ウ・ト

兵庫県淡路市(2004年)
市章
小川清勇(きよたけ)(38歳:東京都江東区)
淡路市章

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Awajiの[A]をデザインしたもので、明石海峡大橋をイメージしています。橋は人と人とのかけはし、未来へのかけはしを意味し、人々が行き交い、発展していくイメージです。[青]は、Awajiの自然を表現しています。
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◇将来像(基本理念)
「豊かな自然や文化、太陽の光に包まれ、人々の笑顔があふれる淡路のウェルカム・シティ」
◇優秀賞
 東(あずま) 信慶(46歳:北九州市)
 近野賀之(51歳:東浦町)
 澤村宜秀(25歳:東浦町)
◇最優秀賞 1点 30万円
 優秀賞 3点 5万円
◇2005年4月1日に津名郡津名町・同 淡路町・同 北淡町(ほくだんちょう)・同 一宮町・同 東浦町が合併して市制施行

これって丸ブーに入るんでしょうか?ってか、対岸の明石市にもまんま使えるし(笑)。ツルは「あ、かっこいい」とか思っちゃったんだけど、「津名郡5町合併協議会だより 第16号」(2004.11.01)にはしゃらっと「大手企業の類似商標に直接了解を得ていることも報告されました」とあってひっくり返った。(どこの会社ですかねえ?)

今まで見てきた7つの市町章公募には、実は共通のお作法がいくつかあります。

■指定の応募用紙または縦横15cmの枠を書いたA4版の白色用紙を縦長に使用:
これは7件全てに当てはまる、「縦長」ってところまで。つまり公募界の常識なんでしょうね。

■同一人による複数応募可:
これも全部がそう。想像するに、「アイテムの一部のみを取り換えて多数応募する」輩が増え、作品数が膨れ上がってこの点数無制限方式が破綻し、「一人○点まで」の制限がかかるようになると、今度は名義を複数にした応募が横行し始めた、ということではないかしらん(もっとも塩崎一族の場合、これでは説明し切れなさそうなことは【その55】以降に書いたとおり)。だから愚blogでは「何点集まったか」はほとんど見ていません、意味レスだと思うから。

■デザイン趣旨は100字以内:
この縛りは年代の少し古いあわら市募集要領にはありませんが、他の6つで共通しています。100字は厳しいねえ。自治体側の「基本理念」なんか織り込むとなるとなおさら。自身の思いを込めるなら、せめて200字は欲しいよなあ(そういうのもあるとは思いますが)。作者コメントが紋切り型になるのもここに一因があるんじゃなかろうか。
でも問題なのはむしろ、「○字をオーバーした場合に失格とするかどうか」が明らかにされていない点だと思う。奄美市でもどうやら最終候補の中にこの規定に反したものがあって問題視されたらしい。「100字(以内)を目安に」の意味合いに過ぎないのか、機械的に「100字を超えたらアウト」とするのかは解釈/意見の分かれるところだろうからこそ、応募側に見える形で予め呈示する必要があるはずです。

(続く)

2013年10月18日 (金)

【番外編】I am the Alpha and the Omega ― 1(あわら市章・奄美市章・会津美里町章・愛南町章・阿蘇市章)

先日、「あ」で始まる名前の市や町の記章類について、次のように書きました。

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【その54】

平成の大合併後では;

福井県あわら市 [a](2003年制定)
鹿児島県奄美市 [A](2005年)
福島県大沼郡会津美里町 [A&ミ](2005年)
愛媛県南宇和郡愛南町 [a&i](2004年)
熊本県阿蘇市 [A&S](2004年)

なんてものが続々現れてきます。いやはや、丸ブー恐るべし。
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やっぱりちょっと見ておきませう、作者のデザイン趣旨や、合併に際しての新自治体の理念ほかとともに。丸ブー思想はどのくらいDominantになったのか。

福井県あわら市(2003年制定)
市章
山下 正(ただし)(54歳:茨城県守谷市:デザイナー)
あわら市章(応募案) あわら市章(最終版)

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あわら市の頭文字である、アルファベット小文字の[a]をモチーフにデザイン化しました。緑の山並みをバックに、自然に囲まれ、黄色く輝くあわら市を表現しています。
[黄色]は人、町、農産物の輝きを表し、ゆったりと円弧を描いて上っていく[緑のライン]は、人、自然、産業が調和し、着実に発展していく様を表現しています。
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◇基本理念
「ゆうゆうと 人が輝く いやしと創作のまち」
◇入賞
 井村文雄(兵庫県宝塚市)
 尾浦孝夫(神奈川県横浜市)
 井上 茂(東京都板橋区)
 酒井 一(福井市)
◇最優秀賞 1点 商品券10万円分
 入賞 4点以内 商品券1万円分
◇2004年3月1日に坂井郡芦原町・同 金津町(かなづちょう)が合併して市制施行

デザイン補整のBefore/Afterです。のっけからネガティブコメントで恐縮だけど、市章以前に市名の選定プロセスにひんやりする。全世帯に対するアンケートでの得票数は以下のとおり。

芦津(あしづ)市 2,882
あかね市 2,750
あわら市 2,208
みずき市 1,474
金津(かなづ)市 1,418
さかい市 1,083
越前市 748
森陽(しんよう)市 597
越野(こしの)市 324

旧 芦原町に由来する「あわら市」は3位。それでも合併協議会は上位3点を最終選考対象とし、全会一致でこの名前を選んだ・・・「全国的知名度など」を理由に。つまりは芦原温泉があるからでしょう。「金津」は最終候補にすら入っていない。どうなんですかねこういうの。

鹿児島県奄美市(2005年)
市章
佐藤 聡(さとし)(福島県いわき市:建設業会社員)
奄美市章

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奄美市のイニシャルである[A]をモチーフとし、奄美の豊かな自然と共生していく市民の姿を表現しました。又、[赤い円]は奄美の恵みの太陽を表しています。
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審査員のコメントによりますと。

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マークとして洗練された作品。
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はあ、そうですかい。

◇将来像
「自然、人、文化が共に創るきょらの郷(しま)」
◇優秀賞
 彦根 正(ただし)(東京都町田市:グラフィックデザイナー)
 小林愼芳(よしちか)(福島市:広告業)
 水窪義信(宮崎県都城市:華道家元)
 中原一己(かずみ)(広島市:自営業)
◇最優秀賞 1点 40万円
 優秀賞 4点以内 2万円
◇2006年3月20日に名瀬市・大島郡笠利町・同 住用村(すみようそん)が合併(市章決定は2005年11月24日)

「きょらの郷」?何じゃそりゃ?どうやら、非営利の市民活動を市が補助する「紡ぐきょらの郷づくり事業」というのがあるそうな。「きょら」は「きよら」、つまり「清ら」なんでしょう。「美ら」と書くらしく、沖縄までいけばこれは「ちゅら」だ。(ちなみに琉球語には「ちゅらさん」という言葉はなく、これはNHKドラマの造語です。美人のことは「ちゅらかーぎー」。)

福島県大沼郡会津美里町(2005年)
町章
三好健一
会津美里町章

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会津美里町の[A]と[ミ]をモチーフに、温泉や清流などの豊かな四季、緑あふれる山や川を表現している。[3つのウェーブ]は3つの地域が融合し、安らぎと活力あふれる町をイメージしている。
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◇将来像
「会津文化の源流 人が輝き夢が広がる環境共生のまち」
◇優秀賞 不明
◇最優秀賞 1点 20万円
 優秀賞 4点以内 1万円
◇2005年10月1日に大沼郡会津高田町(あいづたかだまち)・同 会津本郷町・同 新鶴村(にいつるむら)が合併

町によるデザイン説明にはなぜか「グリーンは発展・調和・健康を表現しています」というのが付け加えられてます。
ご当地で町章が制定されたのは合併より後の2005年12月16日。もっともこれはそれほど珍しいことではなく、合併協議会で決めるか新自治体で決めるかをあらかじめ合併協議会で定めておくものらしい。必ずしも時間的な切迫度合いだけではなく、個々の事情や考え方があるのだと思う。
にしてもアルファベットとカタカナの合わせってどうなのよ。まあこの作者の場合、ポイントは違うところにありそうで(謎)。

愛媛県南宇和郡愛南町(あいなんちょう)(2004年)
町章
松田廣志(徳島市)
愛南町章

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イニシャル[a]と[i](ai・・・愛)を組合わせ図案化。
宇和海の波と新生・愛南町の未来に飛躍するエネルギーを表し、主役である住民の活力と和(輪)の広がりを表現しています。
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◇将来像
「ともに夢を語り、育み、創造するまち 〜主役は住民〜」
◇2004年10月1日に南宇和郡の全町村(御荘町(みしょうちょう)・一本松町・城辺町(じょうへんちょう)・西海町(にしうみちょう)・内海村(うちうみむら))が合併

この公募で面白いのは賞金で;

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優秀賞(採用作品)1点
平成15年10月1日現在の愛媛県南宇和郡5町村の人口合計×10円
(参考:平成12年国勢調査 愛媛県南宇和郡内5町村の人口 29,331人)
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となっていたこと。この手があったか!楽しーい(^O^)!!因みに「優秀賞」以外の賞は設けられていません。キビシイけど、潔いかも。

熊本県阿蘇市(2004年)
市章
萱野光俊(71歳:熊本市)
阿蘇市章

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阿蘇市のローマ字の[A][S]の文字をモチーフに、阿蘇市の基本理念である「緑いきづく火の神の里」のイメージをあらわし、阿蘇市の魅力と活気あふれる繁栄発展を表現しています。
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◇基本理念
「緑いきづく火の神の里 〜豊かな自然と笑顔あふれる国際環境観光都市を目指して〜」
◇優秀賞
 西田和美(福岡市)
 大宝(おおたから)拓雄(福岡市)
 大石正幸(福岡市)
 工藤和久(青森県弘前市)
 金子広志(神奈川県座間市)
◇最優秀賞 1点 20万円
 優秀賞 5点以内 2万円
◇2005年2月11日に阿蘇郡阿蘇町(あそまち)・同 一の宮町・同 波野村(なみのそん)が合併して市制施行

なぜわざわざ「国際」と謳ってあるのかと思いましたが、阿蘇ジオパーク(2009年に日本ジオパークに認定;でも世界ジオパーク認定はまだ)や、世界重要農業遺産システム/Globally Important Agricultural Heritage Systems(一般ウケする通称として「世界農業遺産」とも)に選ばれたことを意識しているんでしょう。

(続く)

2013年10月14日 (月)

新田神社 破魔矢縁起(下)

(承前)

どうやら、新田大明神の伝承には常に「矢」がついて回る様子。義興最期の場所が矢口の渡しだし、神社の場所も矢口だし。
新田神社の裏手、いかにも古墳ぽい小さな岡に今も生えている「矢竹」は、決してこの神域を越えて生え出ることがないとか、雷が鳴るとピチピチと音を立てて割れたとかいう言い伝えです。

これまた神社のサイトによると、江戸時代半ばの宝暦年間(1751〜1764)には既に、門前の茶店(今はそんなものありませんよ、カフェはあるけど)で「義興の矢」という土産物が売られていたらしい。
これを、五色の和紙と竹で作り、新田家の黒一文字の短冊をつけ魔除けとして売り出すように勧めたのは、大江戸のアイデアマン、平賀源内(1728〜1780)。二本を買って一本を奉納し、一本を持ち帰って「矢守」にするという企画で、源内先生、なかなか手が込んでいる。

これ、新田家には、その祖先という平安中期の源頼光の代から「水破/すいは」・「兵破/ひょうは」という二筋の矢が家宝として伝わっていたという伝説を踏まえたものです(名前がかっちょええ)。
源頼光は土蜘蛛退治や大江山の酒呑童子退治の逸話で知られたお人。配下に渡辺綱(わたなべのつな)、坂田金時(公時)らの「頼光四天王」がいる。綱には一条戻り橋で鬼の腕を切り落とした話もあって、謡曲「羅生門」はこの舞台を羅城門に変えて作られたもの。一条戻り橋と言えば陰陽師安倍清明ですが、清明はこの時も鬼の腕を封じている。実は清明の家は頼光の屋敷のお向かいだったそうで。
坂田金時は金太郎の長じた後の名前ですね(cf. 2013.01.06「金太郎出世譚」)。酒呑童子退治には「道長四天王」の一人、藤原保昌も出かけており、その妻が和泉式部、その連れ子が小式部内侍(cf. 2013.07.28「屈辱 → 雪辱の構図」)。ああガジェット満載時代。

枝葉繁り過ぎ。水破・兵破の矢の話がまた込み入っていて、「源平盛衰記」によると、頼光が夢の中で、楚の国の弓の名手、養由基/ようゆうきの娘、枡花女/しょうかじょから「雷上動/らいじょうどう」の弓とこの二筋の矢を授けられたとされている。水破は黒鷲の羽根の鏑矢、兵破は山鳥の羽根の鏑矢。
養由基はこの弓矢を文殊菩薩から授かり、しかしこれらを受け継ぐべき者を見出せず700歳で娘に託して死に、枡花女も己れの寿命が尽きようという時に頼光のことを知り、その夢枕に立って弓矢を与える。まー、稀代の重宝ですわな、そりゃあ。
しかし、史実としては義興は頼光(源満仲の長男)の直系ではなく、頼光の弟の頼信(満仲の三男)の13代目(数えました)の裔だし、しかもこの弓、頼光側の5代目の頼政が宮中の鵺/ぬえ退治に使っている(平家物語や謡曲「鵺」で知られたお話)。そんなお宝がいつの間にか義興側に移ったとは考えにくいですがね。

源内は福内鬼外/ふくうちきがいのペンネームで、義興謀殺と水破・兵破の矢の伝説を題材に、人形浄瑠璃「神霊矢口渡/しんれいやぐちのわたし」を書き上げます(1770年:明和7年初演)。上方中心の浄瑠璃には珍しい、江戸浄瑠璃と呼ばれるジャンルの代表格です。新田神社境内からお話が始まるんだよ。現在よく上演される四段目のあらすじは;

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渡し守の頓兵衛宅の家に一夜の宿を求めて、新田義峯と傾城の臺/うてながやってきます。二人は恋人で追っ手を逃れてきたのです。頓兵衛の娘お舟は、義峯に一目惚れしてしまいます。そのため、叶わぬ恋と知りながら、追手の足利方に味方する父を裏切って二人を逃しました。それを知った頓兵衛は後を追おうとします。説得のため立ちふさがるお舟を斬り捨て、後を追って行きます。瀕死のお舟は二人を逃がすために太鼓を叩いて追手を欺きます。追いすがる頓兵衛を、天から飛んできた新田家重宝の矢(水破兵破)が貫きます。
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この演目は大ヒットし、歌舞伎にも移された。義峯(リアルには「義宗」)は義興の弟で、頓兵衛は義興を殺した渡し守。「太鼓を叩いて追手を欺く」というのは、太鼓を叩けば義峯一行が捕まったと思って追手が包囲網を解くからという意味で、歌舞伎ではこの場面は浄瑠璃の趣向で「人形振り」で演じられます。ちょっと「八百屋お七」に似ている。

「矢」つながりはそれだけじゃありません。父親の義貞が「矢口の渡し」の戦いで地蔵菩薩の名号を書いて射た「矢」が多摩川を越えて横浜鶴見の夜光の地に飛んで松の木に刺さり、それを「矢止めの松」と呼び、そこに「矢止め地蔵」を祀った。さらに、その時から夜光の地を「矢向」と書くようになった(JR南武線に「矢向駅」があります)。
因みに多摩川にあった「矢口の渡し」は1949年、多摩川大橋の完成とともに廃止されたけど、その名は東急多摩川線の「矢口渡駅」に今も残っています。武蔵新田の隣駅。

徳川将軍家が新田氏出自を唱えた(その上を辿れば清和源氏)こともあってか、新田神社参拝は庶民にも流行し、源内先生考案の「矢守」も破魔矢として広まっていったわけ(破魔矢の由来にはむろん別説もありますが)。

これがめでたい新田大明神 矢守のいわれでございます。

新田神社 破魔矢縁起(上)

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ツルの住んでるご近所、大田区矢口にある新田神社も(地元では?)「破魔矢」の発祥の地とされてるけど、これの起源を名乗る神社なんて他にいくらもありそう。
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弓矢が破邪の徴とされたのはずうっと昔からで、弓弦を弾いて鳴らし魔物を寄せつけないようにする「鳴弦/めいげん」は宮中で出産・誕生・病気・日食などの不吉事の際に盛んに行われたし(今でも誕生後のお七夜まで「読書鳴弦の儀」は行われているらしい)、源氏物語の夕顔帖でも、夕顔の女が六条御息所の生霊に取り殺される場面で源氏が随身に鳴弦を命ずる件りが出てくる。
鳴弦は、鏑矢/かぶらやを用いて実際に射る儀礼に発展する。鏃/やじりに中空の鏑をつけた鏑矢は、射ると笛のように鋭い音を発して飛んでいくところから(ツルも一度京都で聞いたことがあるけど、どこの寺社の行事だったか思い出せない)、鳴弦同様「音」に霊力を見出し、その音で邪気を祓う意味があったのだろう。
鏑矢はまた戦場でも戦闘開始の合図として射られた。物事の始まりのことを「嚆矢/こうし」というのはここから来ている(嚆矢=鏑矢)。

ええと、破魔矢の風習も、だからもっと古い時代からありそうに思ったんですけどね。でも、調べてみると、新田神社の伝承も相当箔があるんです。江戸初期の井伊直孝公と豪徳寺の招き猫の逸話にも劣らず。

この新田神社、今年鎮座655年を迎えられて、この10月5日には小雨の中、稚児行列も出てました。知名度は低いですが、創祀1358年、なんとあの金閣寺創建(1397)より古いんだぜえ。境内にはすっごく大きなケヤキのご神木があって、風格を添えています。幹の太さなんていったらもう。

新田神社

このケヤキ、社殿側から見るとまたすごいんですが、それは実際に来て見た時のお楽しみということで。
最寄りの駅は東急多摩川線の武蔵新田(むさしにった)駅、この駅名も神社に由来するものです。

御祭神は南北朝時代の武将、新田義興公(1331〜1358)。鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇方すなわち南朝方の新田義貞の次男。新田神社サイトによる縁起はこうです(抜粋:字句・表現の不具合を少し直しています)。

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 武蔵野合戦を始め各地に奮戦され、一時、鎌倉を出て越後に下り待機養兵されたが、武蔵・上野の豪族等に擁立されて再び東国に入られた。この事を聞知した足利基氏・畠山国清は大いに恐れをなし、夜討・奇襲を企てるが常に失敗した。そこで、国清は竹沢右京亮・江戸遠江守らに命じて卑怯な計略を巡らした。

 正平十三年(1358年)十月十日、江戸・竹沢らの用意した舟で矢口の渡しを渡ろうとされたところ、舟が川の中流に差し掛かると、江戸・竹沢らに言い含められていた渡し守は櫓を川中に落とし、これを拾うと見せかけて川に飛び込み、予め穴を開けておいた舟底の栓を抜き逃げた。欺かれたと気付かれた時は既に遅く、舟は沈みかけ、鯨波の声とともに江戸・竹沢らの軍勢に矢を射かけられ、終始一貫その忠儀を尽くされた義興公と従士十三人は矢口の渡しで壮烈なる最期を遂げられた。

 その後、十月二十三日悪計加担の渡し守等は多摩川にて難船水死し、江戸遠江守は矢口にて義興公の怨霊に悩殺され狂死した。基氏入間川領内には義興公の怨念と化した雷火が落ち、竹沢・畠山も罪悪を訴える者があり、基氏に攻められ諸所流浪の末死んだ。この後も義興公の怨霊が「光り物」となって矢口付近に夜々現われ、往来の人々を悩ました。そこで義興公の御霊を鎮めるために、村老等によって墳墓が築かれて社祠が建てられ、「新田大明神」として広く崇め奉られた。
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このお話は軍記物の大作「太平記」にも出てきます(山岡荘八とか吉川英治とかじゃないよ、古い方だよ)。これによると、10月10日、「名月の宴を催す」と称して矢口の渡しに誘い出したことになっている。坂東武士ながら風雅ですな。そして義興殺しから半月も経たない10月23日、江戸遠江守高良は矢口の渡し近くで雷に打たれてしまい、その場の命は助かったものの7日にわたって溺れる様を繰り返した挙げ句に狂死する。さっすが、こういうところの書きっぷりは太平記ならではです。

菅原道真の天神信仰同様、非業の死を遂げた人物が荒ぶる神として祟りをなす「御霊/ごりょう信仰」の典型(cf. 2012.02.19「天満宮につきお勉強」)。火雷神というところも同じです。
境内には敵方の者が近づくと声を発するという「唸る狛犬」があったりする。近くには従臣を祀った十騎神社(十寄神社)/じっきじんじゃ/とよせじんじゃもあって、新田神社に願を掛ける時はまず十寄神社にお詣りしてからでないと聞いてもらえないというしきたりです。悪玉の渡し守の名に因む「頓兵衛地蔵」、別名「とろけ地蔵」なんてのまで現存します。義興公の怒りでお顔がとろけているというお地蔵さま。

とまあ、ガジェットがっつり満載。つい1年ほど前にも、頓兵衛地蔵の祠が傷んでいるので寄付を募るチラシが町なかに貼られてましたっけ。

(続く)

2013年10月13日 (日)

【番外編】下ぶくれの神様 再び(ガラスケ)

このところ、枝葉が繁って派生ネタがどっぷり貯まってきたので、そこらへん放出してまいります。(でもネタは厳選ね)

【2013.09.08 下ぶくれの神様】で八谷早希子のことを書いた際、この作品を取り上げるのをうっかり忘れてました。大阪府「いいデザイン100プロジェクト」にも選定されてますのに(cf.【その50】)。

大阪府門真市
イメージキャラクター
ガラスケ
八谷早希子(北海道江別市)
ガラスケ(応募案)ガラスケ(最終版)

〔107〕八谷早希子
門真市 イメージキャラクター制定事業(ガラスケ)

見てのとおりの[三毛猫]キャラなんですが、やっぱり下ぶくれ、見ようによっちゃ白眼が怖いわ((((;゜Д゜)))。リデザインが入って、応募案にあった市の花[サツキ]と額のイニシャル[門]の字はあっさり削られちゃった。ご当地名所[砂子水路(すなごすいろ)]の流れに[サクラ]を散らし、[蓮根]の輪切りを一切れ盛れば十分ということで、つまりは塩キャラ的てんこ盛りDogmaの(一部)否定です

ガラスケという名前だけど、このキャラほんとはメスのはず。だって三毛だもん。三毛猫のオスがほとんど生まれてこないのはよく知られた事実。茶毛も黒毛も、遺伝子は(哺乳類の)♀を決定する性染色体X上にあるからです、すなわち伴性遺伝の好例ね。

なんでも門真市は「おすまさんと笑い猫」なる民話に登場する「ガラスケ」というネコのキャラクターを作りたかったらしい。このネコ、ご当地では招き猫の元祖とされているそうな。
これの起源というのもいろいろあって定説を見ない。東京世田谷の豪徳寺なんかも有名ですが、門真も参戦していたとは知らなんだ。今や切手シートにも「元祖招き猫」と大書されてるほど。

ガラスケ切手

まあこんな話もよくあることで、ツルの住んでるご近所、大田区矢口にある新田神社も(地元では?)「破魔矢」の発祥の地とされてるけど、これの起源を名乗る神社なんて他にいくらもありそう。

一体この招き猫縁起、どんな話なのか。

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昔、現在の元町にある門真神社付近のお菓子屋に、おすまさんという老婆と飼い猫のガラスケが仲良く住んでいた。この猫は変な奴で、小さい時から「ニャーニャー」となかずに何故か「ガラガラ」と人が笑っているようにいつも鳴きよる。時々寝転んで前足と後足を上下にしてガラガラと鳴く気味の悪い猫のガラスケであった。
ある日のことやった。畑に向かう牛がお菓子屋の前を通りかかったときである。「ガラガラ、ガラガラ」牛はびっくりして立ち止まり、大きな目をくるくる回してみてみると、「何じゃい、猫のくせに変な声を出しやがって、仕事に出かける俺様を驚かすんじゃあねえぜ。モー!」と牛も驚かすガラスケであった。
また、ガラスケはひょうきん者で、お店にお客さんがくると品物を口にくわえて渡し、おすまさんが「毎度おおきに」というと「ガラガラ」と愛想笑いをしチョコンと頭を下げよる。
愛想のよいガラスケは村中の評判になり、やがてよその村からもガラスケを見ようと集まって来るようになった。雨が降って客足が少ないときはガラスケは外にでて「ガラガラ」と笑い手招きをしてお客さんを呼び込んだりもした。お客さんも口々に「不思議な猫がおるもんや。ガラガラと愛想笑いをしよる。あれは幸運を運んでくる神様のようじゃ。」と言い、お店は毎日黒山の人。商売のほうもガラスケ人気にあやかって「ガラガラ餅」と「ガラガラまんじゅう」を売り出すとたちまち売り切れてしまう毎日で、おすまさんのお店は笑いが止まらないほど儲かった。
そんなある日のことやった。ガラスケのことを耳にした京都伏見の人形師がやってきた。ガラスケは相変わらず笑いながら店を手伝っていた。それを見ていた人形師はポンと手を叩き、「そうや、このガラスケの人形を作れば、売れる『福猫』『招き猫』として商売繁盛間違いなしや。」と考え、早速京都へ帰り沢山のガラスケ人形を作ることにした。
商人達は遠方からはるばる御利益にあやかろうとこのガラスケ人形を買いにやってきた。ガラスケ人形は飛ぶように売れ人形師はしてやったりと大喜びでおすまさんの所へ駆けつけお礼を言った。年末にはガラスケの好物の鰹節も贈った。ガラスケは思わぬ贈り物に「ガラガラ」と大喜びし、その後も今まで以上に愛想よく、おすまさんに我が子のように可愛がられ長く幸せに暮らしたそうな。
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出典:「門真の民話」 門真市PTA協議会母親代表委員会編纂

はぁ、伏見人形ですか。招き猫の起源を伏見稲荷に求める説もあるようだし。

「民話」の正しい定義など知らない。けどこのお話、一般的に思い描く(であろう)「民話」のイメージからは何だかズレてる感じ。民話というものが有しているはずの、抽象化・普遍化や忘却による匿名化といった過程を経ていないように感じられる。話が生しいんですよ。だから微妙に小気味良くない。

うーん、例えば、この店が今も実際にあって、「創業寛永六年 ガラガラ餅本舗 須磨家」なんて大店になってるとする。で、店内に「門真名物 ガラガラ餅の謂れ」なんて額がかかってて、そこに書かれてるのがこの話、てなことだったらしっくり来るんですけどね。菓子折の中に入ってる栞でもええけど。
あるいは、門真神社(実在)の境内に「お須磨天神」なる末社(架空)があって、社前には狛犬代わりに一対の阿吽の猫が鎮座してるとする。で、社務所でもお祓い済みの招き猫を授与したりするわけですよ。社伝によればこれこれこんな由緒・・・みたいな感じ。
うーん、なんてのかな、その土地に長く(広く?)語り継がれたFolkloreというより、誰かが何かのために作ったお話、という匂いがします。特定のベクトルを感じる。

豪徳寺側の由来も見ておくと、ここは近江の彦根藩のお殿様、井伊家の江戸方の菩提寺で、桜田門外に仆れた直弼公の墓所もここにある。
第二代藩主・直孝公が鷹狩りの帰りに門前を通りかかった時、この寺の白猫が手招きの仕草をしていたため立ち寄って休息していると、雷雨が降ってきた。降り込められずに済み、和尚の法話を聞くことができたことを悦んだ殿様は多額の寄進をし、以来この荒れ寺は勢いを盛り返した。
別バージョンもあって、直孝公がお寺の木の下で雨宿りしていたところ、一匹の三毛猫が手招きするので近づいていくと、なんと今までいた木に雷が落ちた。命拾いに感謝した殿様は・・・というもの。
いずれにせよ由緒正しげ。今も境内に招猫殿というお堂があって、縁起物の「招福猫児(まねぎねこ)」が売られている。豪徳寺はこの所縁で井伊家菩提寺になったそうな。お寺中興の祖となった有り難い御猫様。

実は、アノ「ひこにゃん」もこの逸話に基づいたキャラだったんですね!滋賀県彦根市の公式キャラクターひこにゃんは、もともと2007年の「国宝・彦根城築城400年祭」のイメージキャラクターだった(cf. 2013.07.08「類似って何なんだっけ:下」)。彦根城主の井伊家つながりです。

因みに、普通、左手を上げた招き猫は「人」を、右手を上げたものは「金運」を招くとされている。しかし、お武家絡みの豪徳寺のは意外にも右手上げで、これは「武士にとって左手は不浄の手」ということかららしい。一方、ガラスケキャラは左手上げだから、「多くの人をご当地に呼び込みたい」ということですな。

結局、都合のよい「民話」を借りて門真市は、ひこにゃんみたいなネコキャラを作りたかっただけじゃんよ、ガラスケキャラつうより。蓮根を提げてるのもその証左、話に出てくる鰹節ではなく(候補作には鰹節系も入ってました)。

てゆーかさあ、おすまバァちゃん、アンタもなにわのあきんどの端くれなら、のほほんと伏見の人形師の銭勘定を見とるだけじゃのうて、「世にも珍し 雄の三毛猫」を大々的に売り込まにゃあかんがなっ

2013年10月11日 (金)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その60:さいまるくん・ほっぴぃ)

(承前)

夏休みを取ったり、自治体章を踊らせてみたり、一族の古い歴史にばかり立ち入ったりしているうちに、季節もめっきりキンモクセイの香る秋。それでもイグアナのひった屁の痕跡を求めてクンクン嗅ぎ回っているツルです(._.)。

歴史的観点も必要だろうけど、やっぱりこういうことって、旬なものを取り上げて書いていくのでなければ意味がないんでしょうな。てなわけで、いつのまにか制定されていた新たな塩キャラにFocus。

パソコン3R推進協会
PCリサイクル キャラクター
さいまるくん
塩崎まさよ
さいまるくん

「3R」とはReduce, Reuse, Recycleのことですね(パソコンの「Reduce」ってのは具体的に何を意味するんだろう?)。キャラは今年8月21日に決定されたもの。先立って公募したキャッチフレーズ「あなたのやさしさ資源にかえて すすめるPCリサイクル」と合わせて活用していくそうな。

ううう、このキャラばっかりはツルもさすがに歯が立たない・・・。[サイ]でリサイクルのキャラクター、ベタだけどちょっと類例を見ない感じ。サイのご当地キャラ自体はどこかで見た気がするが。埼玉あたりにいかにもありそうだ。
そうだ!思い出した。千葉県印西市の「いんザイ君」だ!!興味のある方はご自分でお調べ下さいませね、ハンコを手にしたピンクのサイですよ。

図柄も「これに似てますね」というのは特段見つからないようだし、アイテムてんこ盛りもNo.1ポーズも赤いハートも歩み寄りポーズもここにはない。敢えて言えば、それらしいロゴマークだけ。つまりは、見た瞬間に「あ、また塩キャラ」とくるアノ感じは受けないわけです。まあ、[まる]のつくネーミングは確かに塩キャラDogmaの標準搭載だけど(【その1】たき丸・【その5】つちまる・【その18】もとまる・【その31】ゆめまるくん・【その35】つるまる・【その37】みし丸・【PNまつり 第1弾】さつまるちゃん・【PNまつり 第4弾】かし丸)。
「外部有識者を交え、厳正なる審査を行った」とあるから、安易な人気投票に流れなかったその見識は一応買いましょう。「少年少女を中心に誰にでも親しまれそうな点が選考会で評価された」由です(微伏線)。

でも、残念ながら魅力が感じられないんですよね、「キャラクター」としての。好き嫌いの問題とは別に、アピールしてくるものがない気がする。鮮やかな色合いや印象的な表情をしているわけでもないし、黄色いお鼻もくるりと巻いたマウスのコードも「愛されアイテム」とまでは言い難い。ぶっちゃけ地味、っていうか、これが「キャラ立ち」の問題ということなのかな。例えば「パソコンリサイクルフェア」(架空よ)とかなんとかのイベントで愛嬌を振りまいてる姿がイメージしにくいんだよね。この灰色、いや犀色のキャラの着ぐるみに子どもたちが「わーかわいい」ってすり寄っていくものかしら??それは昨今の着ぐるみ文化の隆盛をとんと知らないツルの僻目かもしれないが。

因みに、植物の金木犀/キンモクセイ/Osmanthus fragransに犀/サイ/rhinoceros(サイ科の動物を表す総称)の字が使われているのは、幹の様子がサイの皮膚に似ているというところから来ています。それってすっごく妙。キンモクセイという木に名前をつけるのに、花の香りに着目せずして樹皮の外見を選んだってのが信じ難いっす。

大分県
大分県国民健康保険団体連合会
マスコットキャラクター
ほっぴぃ
塩崎エイイチ
ほっぴぃ

はいっ、こちらは塩味濃ゆーいキャラでありますよ。既に本年2月27日に受賞者名だけは発表されていて、「商標登録等の手続きを経て」画像がオープンになるのをウォッチしてた(つもりだった)んですが、屁を数え立ててる間に9月5日、公表されちゃってました(汗)。

さいまるくんを御覧じて「本物の塩キャラは何処へ行った」と御嘆きの読者諸賢、御安心召され、[歩み寄りポーズ]も[ぴぃ系ネーム]も此処に健在也。こちらは「子どもからお年寄りまで幅広く親しみを持って頂けるデザイン」とのお奨めです(-.-)y-~

[ヒマワリ]は国保のシンボルだそうですが(知らんかったばい、弁護士バッジだけじゃなかったとは)、花のキャラにしてはこれまたくすんだ色使いやね・・・。県の花[ブンゴウメ]を乗っけて県の鳥[メジロ]も飛ばしちゃったので、季節を問わぬ「四季花鳥図」の風情です(笑)。[四つ葉のクローバー]、否、四つの[ハート]は「健康・安心・支え合い・元気」を表しているそうで。ふん。
ふん?・・・ほ、これってこれと兄弟分になるんやね。

【その13】
大分県
人権啓発イメージキャラクター
こころちゃん
塩崎アユミ
こころちゃん

[ブンゴウメ]、[メジロ]、[ハート]、をいをい娘の使ったアイテムをまんま借用したのかよ。

おかしかったのは、連合会サイトに;

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大分県内市町村国保保険者・国保組合・後期高齢者医療広域連合へ画像データを貸出いたします。
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とあったこと。「後期高齢者医療広域連合」(+_+)(+_+)!!あまりに意表を突いた素っ頓狂なネーミング。こんな「広域連合」(cf.【その55】)もあるんやね。

(続く)

2013年10月 9日 (水)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その59:みどりっち・こもえみちゃん・小諸市地産地消)

(承前)

もう1回だけ、年齢あげつらいネタ、続けさせてつかあさい。

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「1995年7月 栄一 54歳」と「年齢差 32(±1)」とを所与の条件として計算すれば、歩美は2012年8月現在で39(±1)歳だ。
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これを前提にした場合、実は一族の家族構成にも影響が及んできちゃうんです。

歩美嬢が、もう一人の塩崎家の娘御、まさよ嬢よりも歳上ってことになりかねなくなる。ツルは半ば無意識のうちに、まさよ=姉、歩美=妹とばかり思っていたので、虚を突かれた感じ。調べ直してみますと。

2011年2月 貝づくし渥美 かいくん(cf.【その48】)
塩崎まさよ 35歳

 ↓

2011年4月 JR奥出雲おろち号 おろっち(cf.【その25】)
塩崎まさよ 35歳

 ↓

2011年7月
愛知県名古屋市緑区
マスコットキャラクター
みどりっち
塩崎まさよ(35歳:グラフィックデザイナー)
(優秀作品)塩崎エイイチ
みどりっち

2013年4月1日にご当地が区制50周年を迎えることとなった記念に、2年前から制定されたものです。大変なこっちゃ。親子で荒稼ぎ状態の重複応募(^_-)ですが、優秀作品の画像はありません。

今年の8月10日にご当地で盛大に(多分)「感動・夢まつり」が執り行われた時の主役も「みどりっち」。

感動・夢まつり

「緑区」だから[緑]や[若葉]を前面に押し出して、ネーミングは当然「緑」と「rich」の合成。ご当地は「有松絞り」や「鳴海絞り」が特産品ってことで(ぶっちゃけ過去には両者で本家・元祖争いを繰り返してきた歴史がある)、[絞り染め]のマフラーを巻いて、古い家並みの[海鼠壁]+[サクラ]+[区章]あしらい。緑区章って社会福祉協議会のマークにそっくりなんですねえ

「随所に緑区の特色が散りばめられています」というけれど、ツルはそういう印象、まるで受けません。次のあたりを目にしているので、まず先にDejavuを感じてしまうからでしょう。

【その10】
兵庫県西脇市
北はりま田園空間博物館
マスコットキャラクター
でんくる
塩崎歩美
〔2008年1月〕
でんくる

【2013.08.19 PNまつり 第3弾】
宮城県登米市
とよまスポーツクラブ 蔵っこ
キャラクター
カノン(大阪府)
〔2013年1月〕
とよまスポーツクラブ蔵っこ キャラクター

【2013.08.24 PNまつり 第4弾】
佐賀県鹿島市
鹿島市観光協会
イメージキャラクター
かし丸
ふきのとう(大阪府)
〔2013年1月〕
かし丸

アレとソレとコレ、ペンネームを含めいろんな名義総動員で足し合わせて3で割ったらハイこーなりました、的な。

まさよたんに戻りましてと。

2011年8月 徳之島 あまぎくん(cf.【その2】)
塩崎まさよ 35歳

 ↓

2011年12月(までに) 御代田町 みよたん(cf.【その23】)
塩崎まさよ 35歳

今まで気づかなかったけど、まさよ作品は2011年にかなり集中している(もちろん、上記のほかにもあります)。震災によるCreativityの精神的損傷など知らぬげに。
そして年齢のこと。Fraulein歩美が「永遠の30歳」ならば、Frauleinまさよは「一瞬の35歳」というに近い(絶対数が少ないからということもあるけれど)。だからまさよが姉で歩美が妹と思い込みやすいんですね。

でも、Senoritaまさよが2011年8月の「あまぎくん」で35歳なりせば、冒頭のとおり2012年8月に39(±1)歳のはずのSenorita歩美の方がお姉さんということになるではないか。
あるいはまた;

2012年8月 銚子ジオパーク ジオっちょ(cf.【その10】)
福添あゆみ 36歳

を考慮するのであれば、MademoiselleまさよとMademoiselle (ou Madame?)あゆみは双生児の姉妹という可能性すら出てくる!!(@_@)(Are you following me?)
そしてこの問題は必定、二人の深窓の令嬢の実在性に対する疑念にも戻っていくわけですが。

・・・しかし一方で、こんなケースもあるんです。

〔2010年8月〕
長野県小諸市
セーフコミュニティ推進協議会
セーフコミュニティこもろ
シンボルマーク
 ↓
キャラクター
こもえみちゃん
塩崎歩美(30歳)
(優秀賞)塩崎マサヨ(35歳)
こもえみちゃん

ここには、まさよ=姉、歩美=妹という認識が明確にある。画像は最優秀賞のものです。イニシャル[こ]をプラットフォームに、おなじみの赤い[ハート]を飾り、「市民一人ひとりが安心・安全の意義を考え行動し、セーフコミュニティ活動をする人々の笑顔をイメージ」とか。前回見た「奈良県安全・安心まちづくり」と何やらコメントが似てます、当たり前か(笑)。

因みに、運用開始後いつの間にか「シンボルマーク」→「キャラクター」へと立ち位置を変えていて、「こもえみちゃん」なる愛称がつけられたのも2年半後の2013年2月。『キーワードは「こもろ」と「えがお」』とは、またありがちな話。

類似という点では、でもやはり次のものを挙げなければならない。

〔2011年7月〕
長野県小諸市
小諸市地産地消推進協議会
地産地消推進 ロゴマーク
佐藤 修
小諸市地産地消

イニシャル[こ]をプラットフォームにして、というところから既に発想がRoutine Work。ああ、同じご当地だのに、こんなことしちゃっていいんでしょうか。
選考理由には;

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・小諸市・野菜・新鮮がわかりやすい。
・訴える力が明解である。
・生産と消費がイメージできる。
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とあるばってん、これも承服できんっ。「生産と消費がイメージ」できん、明確に訴え切れとらんけん[地産地消]の文字が書き入れてあるっちゃろうが!

こほん。久方ぶりの佐藤 修登場だけど、なぜこの名義を使ったのかはおぼろげながら見えてくるように思います。「わずか11ヵ月前にご当地で塩崎姉妹の作品が選ばれていたから塩崎名義を避けた」のでしょ?いや、「各塩崎名義でも応募していたがたまたまこの名義が選ばれた」だけのことかもしれないが。

結局、謎に明快な答えは見つからないまま。推理小説とは違います、むしろSFの世界。Shiozaki Fiction。

そりゃ、クラシックの歌手/演奏家なんかだって、20年ぐらい前に撮った写真を平気で宣材に使ったりしているわけだから、どれほどの違いだってことはあるけれど。

もう、ツルにはこの令嬢たちがイグアナにしか見えない。イグアナの個体識別や年齢鑑定、ひいては実在判定にどんな意義があるのやら。

― Inspired by「イグアナの娘」(1992)萩尾 望都 (1949.05.12〜)―

(続く)

2013年10月 6日 (日)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その58:<全日本科学機器展>・奈良県安全・安心まちづくり)

(承前)

過去の一連の作品を調べていく中で、ひときわ興味を引いたのが次の公募。

東京科学機器協会・日本工業新聞社
第28回全日本科学機器展 デザインコンテスト
(グランプリ)
塩崎栄一(シオデザインルーム代表)

画像はありませんm(__)m。でも、この記事↓が異彩を放っていた。

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(1999.11.11 日本工業新聞)

全科展デザインコンテストでグランプリを獲得した塩崎栄一氏 宇宙と科学をイメージ
「尊敬する永井(一正)さんが審査委員長を務めるコンテストで選ばれたのが、一番うれしかったし、自信にもなった」
シオデザインルーム代表の塩崎栄一氏は、受賞の喜びをこう語る。
塩崎氏は東京科学機器協会、日本工業新聞社が来年十一月、東京・有明の東京ビッグサイトで開催する「第二十八回全日本科学機器展」を記念して募集したデザインコンテストで、見事にグランプリを獲得した。
コンテストへの応募は五十四歳の誕生日である九五年七月一日から始め、受賞も百作品に近い。四十年のデザイナーとしての技を生かし、手がきの良さをコンピューターに取り込んで、いわばアナログ技術をデジタルに融合させて「味を出す」ことを得意にしている。
日中に毎日の仕事を終え、夕食後からの時間を公募の作品づくりに充てているが、今回の作品は「宇宙と科学をイメージして作り上げた会心作」と語る。
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おおおおーーーーーーうぅぅぅ!!!ツァラトゥストラかく語りき、塩崎栄一かく宣ひき!!
遂に、謎に包まれた一族の確かな「息遣い」を見つけた気がする。そして、探していた「ゼロ時間」も。もう、鳥肌立ちそうです。ひょっとして、書いた記者さんも訳知りだったのじゃないかしらんと思うぐらい。痒いところに手が届くわー!

1995年7月1日が54歳の誕生日!?
ってことはこの記事の時点で58歳、本日(2013年10月6日)現在で72歳ということになる。古稀を迎えてらっしゃるんですよアータ、古来稀なり!おめでとうございますっ(*゜▽゜)_□・・・ついついコーフンしちゃいました、失礼。

なお、この前日の11月10日の同紙には、「同コンテストには百六十四点の応募があり、その中から大阪市生野区の塩野栄一氏の作品がグランプリを獲得。両主催者から賞状、賞金、海外旅行券が贈られた。」という記事も出ているけど、なぜ名字が違っているのか理由がわからない・・・。

悪ノリながら、前々回挙げたところにちょちょっと書き足せばこうなります↓

〔1995年7月1日 塩崎栄一 54歳誕生日〕

1995年11月 柳川ソーラーボート大会
栄一 54歳

1996年3月 久美浜町
栄一 54歳

1996年11月 中濃地域広域行政事務組合(cf.【その57】)
栄一 54歳(← 55歳)

1997年6月(までに) 御所市 水平社歴史館(cf.【その57】)
栄一 54歳(← 55歳)

1997年7月 中種子町(cf.【その57】)
栄一 54歳(← 56歳)

1997年10月 呉市 芸術祭「百花斉放」
栄一 54歳(← 56歳)

1998年4月 燦々ぬまづキャンペーン
栄一 54歳(← 56歳)
歩美 22歳
年齢差 32

1998年4月 根尾村
栄一 54歳(← 56歳)

〔1999年11月 第28回全日本科学機器展デザインコンテスト
(栄一 58歳)〕

2000年1月 気仙広域連合(cf.【その55】)
栄一 54歳(← 58歳)
歩美 22歳
年齢差 32

2000年3月 松阪地区広域行政事務組合
栄一 54歳(← 58歳)
歩美 22歳
年齢差 32

2003年11月 全日本合唱コンクール三重(cf.【その55】)
栄一 61歳(← 62歳)
歩美 27歳
年齢差 34

2007年11月 大洲市 味楽来しいたけ(cf.【その56】)
栄一 66歳
歩美 30歳
年齢差 36

狂っているんだ、何かが。(そりゃ、この記事だって信憑性に全く不安がないとは言い切れないし。)
そしてこの年表は次のように書き継がれます。

2008年9月
奈良県
奈良県安全・安心まちづくり シンボルマーク
塩崎榮一(58歳:大阪市生野区)(← 67歳)
奈良県安全・安心まちづくり

イニシャル[な]をプラットフォームとして、なんたらかんたら家族や地域の人たちが笑顔でどうたらこうたら、な[へのへのもへじ系]です。(奈良県民はん、堪忍どすえ)

奈良県安全・安心まちづくり表彰式

この公募では10月8日、「全国地域安全運動奈良県民大会」で表彰状の授与が行われていて、ま、これが58歳(応募時点との時差を考慮すれば59歳かも)の御姿なのか、それとも67歳の御姿なのかってとこに関心は集中するわけですね(笑)

一方歩美はこうなる。

2012年8月10日発表 松本山賊焼 さんぞくん(cf.【その36】)
あゆ美 30歳

2012年8月22日決定 銚子ジオパーク ジオっちょ(cf.【その10】)
(福添)あゆみ 36歳

「1995年7月 栄一 54歳」と「年齢差 32(±1)」とを所与の条件として計算すれば、歩美は2012年8月現在で39(±1)歳だ。アラサーならずしてアラフォー。「唯三歳の鯖読み」どころではなかったんです。
ゆうたらなんやけど、

魚青 を 読 む の も
い い 加 減 に し な は れ

ですわな。ほら、言うたですやろ、「小さな嘘や欺瞞の数々を長年繰り返してきた結果が、今の塩崎一族の在り方なのだから」て。積み重ねって恐ろしいもんやでほんまに。

恐ろしいと言えば、永井一正へのリスペクトもそう。え゛!?こりゃまたすっっっごく意外な名前でした。でもこのことはまたいずれ。やれやれ調査項目と検討課題がまた増えてもうたやんけ(笑)

それにしても、シオデザインルームの「日中に毎日の仕事」って、どういうものだったんでしょう。そのあとの作業で4年間に100点の公募入賞、まさに超人的です(^_-)。
そんな中での「会心作」、この全日本科学機器展のデザインコンテストグランプリ作品ばっかしはさすがに見てみたかーー!専らガラパゴス携帯での検索に頼っとる愚blogもついついPC出動させましたばってん。画像ば探しきらんとがものっすご残念やが。
公募ガイド創刊号から持っとったりもせんけんねー。

(続く)

2013年10月 2日 (水)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その57:水平社歴史館・中種子町・中濃地域広域行政事務組合 ほか)

(承前)

塩崎一族は一体いつ頃から活動を始めたのであるか。その作品はいつ頃まで遡れるのか。「ゼロ時間」へ向かって、前世紀の遺物、いや遺産、もう少し探ってみます。

岐阜県本巣郡根尾村(現 本巣市)
キャラクターマーク
塩崎栄一(54歳:大阪市生野区:デザイナー)

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村内にある国の天然記念物[淡墨桜]をイメージしており、[花]の形をした子どもが両手を広げて走っている姿をデザインした。肩には村の鳥である[ウグイス]が乗っており、自然と人との調和をアピールしている。
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残念ながら画像はナシ。ご当地根尾村は、この制定後、2004年2月1日に本巣郡本巣町・同 真正町(しんせいちょう)・同 糸貫町と合併して市制施行し本巣市となったからです。英語だとNeo Villageでエラくカッコよかったのに(笑)。

あれっ?本巣市と言えばあの塩キャラを擁するところではないか。

【その18】
岐阜県本巣市
マスコットキャラクター
もとまる
塩崎歩美
もとまる

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市の花でもあり観光名所の[薄墨桜]をモチーフにし、[富有柿]を盛込みました。法被の青は[清流]根尾川を表現し、[蛍]を配しました。本巣市の食・観光・文化がてんこもりの親しみやすいキャラクターです。
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なんと、そういうことであったのか!!
父栄一の根尾村キャラが決定表彰されたのが1998年4月10日の「淡墨桜観桜会」で、娘歩美による本巣市キャラ「もとまる」の発表は14年後の2012年12月25日。歳月を経た父娘共演、泣かせるわねー。
でも、そんなことなら本巣市は初めから公募などなさらなければよろしかったのじゃありませんこと?結局は淡墨桜をメインアイテムに据えた塩キャラになさったのでしょ?なんてったって日本三大巨桜の一つなんですもの、なんてったって信頼と実績の塩崎ブランドなんですもの、おほほ。一体どの程度似ていたんだろう。

広島県呉市
呉青年会議所
芸術祭「百花斉放」シンボルマーク
塩崎栄一(54歳:大阪市生野区:デザイナー)
〔1997年10月発表〕

「頭文字の[百]、[呉港]、[造船]をモチーフに、[紺]、[赤]、[青]の三色で芸術への情熱などを表現した」デザインだったそうな。
キャラクター「百花くん」も併せて制定されているけど、このイベント自体Discontinueらしく、いずれも画像は見つからない。それにしても「百花斉放」なんて、1950年代半ばの中国共産党かよ。

15年も昔のことだから画像なんかもう見つかるはずもないと思っていると、それがポコッと現れてきたりする。しかも今と変わらぬ丸ブーの姿だったりして、むしろそこに驚かされるんです(@_@)

奈良県御所市(ごせし)
公益財団法人 奈良人権文化財団
水平社歴史館(現 水平社博物館)
ロゴマーク
塩崎栄一(54歳:大阪市生野区新今里1:商業デザイナー)
水平社歴史館

1998年5月にオープンしたようですが、1年も経たぬ1999年4月に「水平社博物館」と改称されてます(._.)。
ロゴは1997年6月(まで)に決定されたもので、イニシャル[水]をベースに、「未来への希望と差別のない豊かな社会を目指して活動する人々の飛躍する姿をイメージ」。やっぱり「飛躍」がキーワード。時代そのものが、来たるべき21世紀への夢と期待に膨らんでいた、ということになるのだろうか。

鹿児島県熊毛郡中種子町(なかたねちょう)
シンボルマーク
塩崎栄一(54歳:大阪市生野区:商業デザイナー)
〔1997年7月決定〕
中種子町シンボルマーク

イニシャル[中]をベースに、「[赤]・[青]・[緑]三色を配色し、太陽とみどりの里と町づくりに励む若者をイメージした」というんだけど、意味がよくわかりません。いや、このコメントの内容がです。因みに町のキャッチフレーズ「明るく未来に種子をまく町」をモチーフにしてるのだそうで、そこもよくわからんが。

岐阜県
中濃地域広域行政事務組合
シンボルマーク
塩崎栄一(54歳)
〔1996年11月報道〕
中濃地域広域行政事務組合

読みは「ちゅうのう」でいいんですよん。ううう、中種子町と混同しちゃう。時期が近いと、イニシャルが同じだと、丸ブーだと、やっぱり似ちゃうんですね(ほとんど擁護してるに近いわ)。
ワダスが作者だったらば、「中種子は楷書、中濃は行書の趣である」とかなんとか言うてはぐらかすべえ

中種子町に倣うと;
イニシャル[中]をベースに、「地元を流れる長良川をはじめ板取川、津保川、武儀川の[清流]と、豊かな自然を織り込んだデザイン」と記事にはあるけど、やっぱり文意がよく把握できない。

こうした一部事務組合とか広域連合とか、ツルは不勉強にして知らなかったんですが、平成大合併の少し前あたりに行われたのかと思ったらそんなことはなくて、随分前からあったんですね。
ここはこの時点で既に設立25周年の、関市と美濃市で構成される一部事務組合。「廃棄物処理、視聴覚ライブラリー事務、介護認定審査に関する事務、障害程度区分判定審査に関する事務、造林事業事務」を共同していて、今もあります。

関市&美濃市

地理的に見ると、美濃市は三方を関市に取り囲まれている形なので、そりゃこういう仕組みは効率的だろうよと思っちゃう。この時には「組合章」by 斉藤 一(埼玉県大宮市)も制定されていて、限りなく融合していくのかと思ったら、それでも合併という選択はしなかったわけであるが。

京都府熊野郡久美浜町(現 京丹後市)
キャラクター
塩崎栄一(54歳:商業デザイナー)
〔1996年3月発表〕

久美浜町は、今はもうありません。2004年4月1日、中郡(なかぐん)峰山町・同 大宮町・竹野郡網野町・同 丹後町・同 弥栄町(やさかちょう)・熊野郡久美浜町の6町村が合併して京丹後市となってます。

ご当地は[カヌー]が盛ん(だった?)ということから、「カヌーに乗る元気な少年」であった由。カヌーには[KUMIHAMA]、ヘルメットにはイニシャル[K]が入れられ、やっぱり「ひと目で久美浜町のと分かるように」したかったそうな。

福岡県柳川市
柳川ソーラーボート大会
マスコットキャラクター
塩崎栄一(54歳:大阪市生野区:商業デザイナー)
〔1995年11月報道〕

このあたりが、イロイロ手を尽くして(ネット上で)探り出せる最古の塩キャラになります、多分。
こちらは、[太陽]をモチーフに、[ボート]に乗って[No.1ポーズ]をとる少年、だったらしい。この大会は今も続いているようですが、このキャラが使われている形跡はないみたいです。

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「歳を取っていない」ということもあるけれども、そこについてはまた凄ネタを見つけたのでいずれものするとして、
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もうおわかりですね。1995年11月の柳川市キャラから1998年4月の根尾村キャラまで、いや、精確には2000年3月の松阪地区広域行政事務組合シンボルマークまで、前世紀の(あるいは、前千年紀の!)掉尾を飾る5年間、塩崎栄一は一貫して「54歳」なんです(*_*)。
「永遠の66歳」とばかり思っていたら、その前には「永遠の54歳」の時代があったなんて!!早い時期からこうだったとは、さすがに予想を超えていました。

・・・でもね、Surpriseはこれだけにとどまらないんですが、それはまた次回に。

(続く)

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