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2014年1月 5日 (日)

カンナ8号線 vs 南の花嫁さん

カンナ/Cannaという夏の花がある。炎天下にずっと咲いてるイメージの夏の花。品種もそこそこあって、赤、黄、オレンジの他にピンクの花なんかもあるし、葉っぱに赤や黄白とかの派手な斑が入るものもある。ショウガ科とばかり思っていたら、カンナ科というのがあるそうで。
しかし最近では、不定形の炎の形をしたこの花はすっかり人気が凋落してしまったようです。鄙びた農家の庭先なんかに咲いてるイメージかも。ツルも昔から決して好きな花ではなかったですが。

カンナ

さりながら、この花を歌い込んだ歌(数は少ない気がするけど)の中から、新旧、いや旧旧取り混ぜて2曲ほど。

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カンナ8号線
 作詞・作曲:松任谷由実
 歌:松任谷由実
 (1981.11.01リリース アルバム「昨晩お会いしましょう」より)


チェックのシャツが 風に膨らむ 後ろ姿を
波をバックに 焼きつけたかった 瞼の奥に
それは儚い 日光写真 切ない陽炎
胸のアルバム 閉じる日が来るの 怖かったずっと

雲の影が あなたを横切り・・・

想い出にひかれて
ああ ここまで来たけれども
あの頃の二人は もうどこにもいない

カンナの花が 燃えて揺れてた 中央分離帯
どこへ行こうか 待ち遠しかった 日曜日
いつか誘って 昔のように 笑い転げたい
恨まないのも 可愛いくないでしょ
だから気にせずに

ドアを開けて 波を聴こうよ・・・

想い出にひかれて
ああ ここまで来たけれども
あの頃の二人はもうどこにもいない

想い出にひかれて
ああ ここまで来たけれども
あの頃の二人はもうどこにもいない

想い出にひかれて
ああ ここまで来たけれども
あの頃の二人はもうどこにもいない

想い出にひかれて
ああ ここまで来たけれども
あのころの二人はもうどこにもいない・・・
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あー、青春やねえ(遠い記憶やわ)。1981年ってツルが大学に入った年じゃないか。ツルだって若かったのよ。あのころのツルはもうどこにもいないのね(T-T)

この歌にカンナが出てくるのは、東京の環状8号線とかけてあるからでしょう。ユーミンだからさすがに農家の庭先じゃなくて道路のグリーンベルトなわけ。でも、詞の中で特段の感情がこの花に託されているわけではなさそうです。(ン?じゃあなんでタイトルにまで入っているのだ、なんてことはこの際考えないことにします)

園芸植物としてのカンナの地位が低下した理由には、昔より南方系のものが増えてきたとか、切り花にしにくいからとかいったこともあるだろう。微妙に寒さに弱くて、新しい品種は植え付け後数年のうちに絶えてしまい、結局昔からの品種だけが残ってしまうという点も挙げられるのではないかな。その意味ではキョウチクトウ/Oleanderに似ている(アレもピンク八重咲きだけが残る感じだし)。
でもぶっちゃけ、「清潔感のある花じゃないから」というのが正鵠を射ているように思います(カンナちゃんごめんね)。このあたりで、同じ不整形の花でもショウガ科あたりのものにシフトしてるんじゃないかなーと。

カンナが出てくるもう一つの歌は、太平洋戦争中のこれです。無邪気にかわいい歌で、戦時中の歌とは知らなかった(さすがにリアルタイムで知ってるわけじゃないので)。

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南の花嫁さん
 作詞:藤浦 洸(こう)
 作曲:任光
 歌: 高峰三枝子
 (1942リリース)

合歓の並木を お馬の背なに
ゆらゆらゆらと
花なら赤い カンナの花か
散りそで散らぬ 花びら風情
となりの村に お嫁入り

お土産はなあに 籠の鸚鵡
言葉もたった一つ
いついつまでも

椰子の葉陰に 真赤な夕陽が
くるくるくると
回るよ赤い ひまわりの花
楽しい歌に 微笑む風情
心は躍る お嫁入り

お土産はなあに 籠の鸚鵡
言葉もたった一つ
いついつまでも

小川のほとり お馬を止めて
さらさらさらと
流れに映す 花嫁姿
こぼれる花か 花簪に
にっこり笑う お月さま

お土産はなあに 籠の鸚鵡
言葉もたった一つ
いついつまでも
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作曲の「任光」についてはネットで調べるといろいろなことが出てきた。

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私と同年代の人ならば、子供の頃にテレビで「おみやげ〜は、な〜に?」という節の唄をコマーシャルか何かで聴いたことがあるはずです。『南の花嫁さん』という唄で、古賀政男さんの作曲(原曲のメロディをもとにして、日本の唄にしたそうです。)ですが、その原曲は、実は中国人の作曲によるものでした。
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任光が1935年に創作した曲。もとは広東の民間音楽「彩雲追月」という歌詞なしの曲。日本に伝わって高峰三枝子が歌う「南の花嫁さん」になる。その後、この曲が逆輸入で台湾に入り「幾度花落時」というタイトルで歌われている。
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作曲者の任光という人だが、中国人で、日中戦争が始まるや、第二次国共合作でできた抗日統一戦線の「新四軍」に加わり、1941年、つまり上の歌が出る前年に戦死しているのだ。
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そうそう!「おみやげ〜は、な〜に?」のフレーズがCMか何かで使われていたのはツルもじかには知らないけど、小さい頃親が時々この部分をおどけて歌うことがあった。だから、そういうことはあったんだと思う。そんなわけでツルもこのフレーズだけは昔の頃から知ってましたが、そのオリジンとしてこんな歌があることを知ったのはだいぶ後になってからです。

今回調べて、「インスタントラーメンか何かのコマーシャルだった」というのがあったのと、「おみやげは なあに シャープ せんたっき 愛情よ」というCMがあった旨の記載を見つけた。後者はやはり花嫁姿のものだったそうな。バリエーションの利きそうな歌詞だから、時代を超えて複数に使われたりしてるのかも。

こちらのカンナには、確かに当時の島国日本の南方への憧れが投影されている感じがありますね。
「南」が大東亜共栄圏における南方とか南洋とかを表しているであろうこと(詞はやっぱ東南アジアのイメージかな。ミクロネシアくんだりまでは行かなそうだ)はすぐ気がつくけれど、抗日の戦士が作った曲が大戦中に日本で愛唱されていたとは!
どんな経緯があったのだろう、というより、それも日本の国の政策/戦略だったのかというところが気になります。どうやらこの歌は(その柔弱な雰囲気にもかかわらず)発禁等を喰らったりはしなかったらしい。因みに、戦後に歌詞が一部変えられたらしい記述も見つけたけれど、詳細未確認です。

歌ったのは松竹の「歌う映画スター」、高峰三枝子(1918.12.02〜1990.05.27)。Youtubeにこの歌のステージ映像(後年のものですけど)が出てます。
取り立てて邦画ファンでもないのであまり彼女の出演作を見てるわけじゃないけど、ツルの年代としては1976年の東宝/角川映画「犬神家の一族」を挙げないわけにはいかないでしょうねえ。血まみれの演技、凄かったです。

高峰三枝子@犬神家の一族

驚いたのは、もともとこの歌は李香蘭(後の山口淑子;1920.02.12〜)が歌うことになっていたということ。李香蘭と言えば、日本人であることを隠して当時の中国でトップスターになった女優。日本公演でも中国人として通し、1941年の日劇(現在の有楽町マリオンの場所にあった)での「歌ふ李香蘭」公演では劇場の周りを観客が七回り半取り巻いたという伝説があります。
彼女のストーリーは劇団四季の「ミュージカル 李香蘭」にもなった。戦後日本に戻った彼女は後に政界に転身し、自民党から出馬して参議院議員になっている。

戦時日中史の生き証人として数奇な運命を辿った李香蘭がこの「南の花嫁さん」を歌っていたらと考えると、それはそれでとても似つかわしいと思えてきます。李香蘭伝説が一つ増えていたことだろう。

以上、なんで夏の花のカンナを取り上げたかって?それは今日が「寒の入り」だからさ

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