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2014年10月

2014年10月31日 (金)

【対決編】丸ブー艶競べ [3](城里町章(案)・白鳥町章・岩手県章・奥州市章)

(承前)

忘れ去る前に書いておこう。
【丸ブー艶競べ [2a]】に書いたように、自己パクりを巡るすったもんだの果てに制定された城里町章のケースはどうやら有名のようで、例えば北海道の大空町章公募でも次のように紹介されている。

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2)市町章に関するトラブルの実例

(1)長崎県新上五島町(しんかみごとうちょう/16.8.1新設合併)
採用作品が1983年に開催された「日本文化デザイン会議」のマークに類似、応募作者は模倣ではないと否定したが、今後、著作権などのトラブルに考慮して、次点作品を繰り上げ採用した。

(2)茨城県城里町(しろさとまち/17.2.1新設合併)
採用作品が、岐阜県白鳥町(合併により閉庁)の町章に酷似。作者が同じだったことから本人に確認したところ白鳥町章を再提出したことを認め自ら入選を取り下げた。

(3)兵庫県豊岡市(とよおかし/17.4.1新設合併)
採用作品の作者が「盗作したので辞退したい」と申し入れたため、次点作品を繰り上げ採用した。盗作したデザインは、沖縄県の医療法人のシンボルマークで、商標登録がされていないマークであったと思われる。
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(3)は【2013.01.22「Pakuri Goes Round & Round...」】で取り上げましたね。

Wikipediaの城里町の項には不思議なことが書いてあって;

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これは、制作者が一緒で、制作者側が意識せずに誤って応募したためである。制作者側は賞金を全額返還したうえで、現在のデザインが採用された。
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え?何なのこれ。なぜ「意識せずに誤って」などと書いてあるのだろう、「あ、間違って送っちゃいました」で軽々しく済まされる話とは到底思えないのに。故意はなかった、従って違法性は阻却される、と言いたいのだとしたら、とんでもない心得違い。業務上過失は重過失、すなわち故意と同じよ
「賞金を全額返還した」から責任も取ったということなんでしょうが、そんなの書くにも値しないほど当たり前、ツルに言わせりゃ。もっとも、その当然のことが行われなかった立志哲洋の阿蘇草原再生ロゴマークの例もありますけど(cf. 2013.11.19「志とは裏腹に Part 1」)。

一体どのくらい似てたのよ。探し回りました。これです。

(左)
茨城県東茨城郡城里町
町章(案)

(右)
岐阜県郡上郡白鳥町(しろとりちょう)(現 郡上市)
町章

城里町章(案)&白鳥町章

うげええええ、なんじゃこりゃあ!!作ったのは同一人物ってわけ!?アンタそれってやっぱり(´Д`)。

この作者は誰なのか。(ハイ、この容赦のなさ底意地の悪さが愚blogの持ち味です。何か?)

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(2005.01.19 常北町・桂村・七会村(ななかいむら)合併協議会だより 第14号 抜粋)

平成16年12月20日(月)午後2時からコミュニティセンター常北において,第15回合併協議会が開催され,城里町の町章についての協議が行われました。

〔中略〕

第13回協議会で決定した町章決定方法〔中略〕に従い,協議会委員全員による投票の結果,城里町町章(案)に岩手県の及川利臣さん(81歳)の作品が選ばれました。
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及川一族は岩手の江刺では有名な芸術家の家系ということだそうで(笑)、日本画の窟堂、豪鳳、デザイン/油画の利臣、デザインの利春と四代続いている。
1964年制定の岩手県章は豪鳳原案・利臣清書による共作を豪鳳単独の名義で登録したものだそうだし(そこにどんな意味があるのか深く考えると(´ψψ`)です)、地元の江刺市が2006年に水沢市・胆沢郡の前沢町・胆沢町・衣川村と新設合併して誕生した奥州市の市章も利臣の作品。はぁー、郷土の偉人なんですね。

岩手県
県章
及川豪鳳
岩手県章

岩手県奥州市
市章
及川利臣
奥州市章

どうしてこのリサイクルは明るみに出たのか。

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去る2月10日[註:2005年]に合併後も開設している常北町・桂村・七会村合併協議会ホームページの「お問い合わせ」に,匿名にて,「城里町章案が,岐阜県郡上郡白鳥町の町章に似ている。」といった旨のメールが送られてきました。
調査したところ,白鳥町の町章と酷似しており,作品の制作者についても同一人物であることが判明しました。
白鳥町は,平成16年3月1日に合併して「郡上市」となっており,現在は存在しませんが,「募集条件に違反していたこと,城里町章案の制作者が自ら認め,賞金等の返還もあったこと」から,元の合併協議会委員とも協議をし,次点の作品を町章として決定したものです。
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あっ、そーゆーこと!?「自ら認め」の「自ら」の2文字は即刻削除すべし、ですが、そんなことよりひんやりするのは「匿名にて,」の文字。一将功成って万骨枯る。このチクリ、定めしボツガイダーからのものならむ。既に2月1日に合併は施行され、当然合併協議会も解散していたから、制定側は慌てたでしょう。
待てよ。ひょっとして。作者は「白鳥町は今はもうないんだからリサイクルしても問題ない」と考えていたのではあるまいな。そこの認識の誤りを質されて「白鳥町章を再提出したことを認め自ら入選を取り下げた」とか。まさかね。
とにかくこれも「取り消し」ではなかったようです。自発的返上、美しき日本的責任の取り方。

≪ご先祖が泣くぞ。≫

かくてご当地の町章は2005年3月の正式制定直前に差し替えられた。

町章(案)
及川利臣(81歳:岩手県江刺市(現 奥州市))
城里町章(案)

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町名の「城」の[しろ]と二字の字画を組合せ,[緑]の胴に[青い]翼で山野に飛翔する平和と実りある[鳥]のイメージに便化デザインした町章とす。
豊かな「みどりと水と実りある」町勢と町民の未来性を謳った,単純,明快且つ力強く表徴した一応二色なるも用途用法に依っては単色として活用可能とす。([里]をも表す)(「3」[さ] と 「と」[と])
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大正11年生まれの人が21世紀に入って普通にこんな文体を用いていたとは決して思いません、ツルは。ここには「高齢」をアピールする意図があったはずだと思う。2012年7月没、合掌。

 ↓

町章
齋藤哲哉(48歳:北海道小樽市)
城里町章

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人と自然の調和を目指す「城里町」を,田園のさわやかな緑と,豊かな水に囲まれた丸い里で表現し,[円]は町民の融和を象徴したものである。[し]と[ろ]は読み方を強調するだけでなく,那珂川の西に位置する地勢も意図している。
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おまけ。これらの先行事例の教訓を意識した上で実施された大空町章公募の資料には思い切ったことが書いてあって;

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〈消去法により除外となる作品〉
(1)応募資格未達成の作品
(2)現町村章をアレンジした作品
(3)バリエーション(同一作品で色のみの変更や反転表示など)
(4)公募デザインにありがちな作品(流行デザインや色使いの傾向など)
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うはははははは。(3)だの(4)だの、笑えますね。その気概たるや好し、而うして2005年12月に決定された結果はこう。

【2014.09.15「うみ・そら・さんご・はりせんぼんのいいつたえ」】
北海道網走郡大空町
町章
高橋政幸(北海道札幌市)
大空町章

なるほどぉ。因みにこの公募でも、類似調査で最終候補6点のうち1点が除外されています。

(続く)

2014年10月29日 (水)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その117:横手コンベンション協会・稚内環境づくり会議)

(承前)

「や」があんなにあったのに対して、「ゆ」は一つも見つからない。クセのある字形で面白そうだし、「湯○○町」なんて地名もいくらだってありそうなのに意外です。このカタチは一族のお気に召しませんでしたか。というわけで、[へのへのもへじ系] 、最後の追い込みにまいります。

まずは前回の屋島PRシンボルマーク(2014年2月)の今井弘実、再登場。はい、弘実先生、生野区でいらっしゃるんですよ。

秋田県横手市
横手コンベンション協会
ロゴマーク
今井弘実(62歳:大阪市生野区:デザイナー)
横手コンベンション協会

[よ]って、「お」に似てるんですねぇ。うーん、丸ブーでもある。
でもここでツッコミっこみたいのはそこじゃない。これの決定は2013年7月29日だけど、弘実は同年8月31日にも長野県上水内郡信濃町「一茶さん」が選ばれていて、その時には68歳となっている(cf.【その64】)。わずか1ヵ月で6歳も老け込んじゃったーー\( ̄0 ̄)/。結構キツいっすねぃ(-。-)y-゜゜゜。この鯖読み、何かの間違いではと思ったけど、いいえそれもやっぱり塩崎家のお家芸(爆)。

北海道稚内市
稚内環境づくり会議
環境シンボルマーク
塩崎マサヨ
稚内環境づくり会議

ふんふん、「わっかない」の[わ]、「わかりやすい」の[わ]ですね、わかります。
でも、作者コメントは今一つわからない、意味が。

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稚内市の[わ]をモチーフに、[青]は稚内の清らかな[海]と[波]、[緑]は[若葉]と環境保全をイメージ。[地球]と[新芽(二葉)]を配し、環境の保全と創出に向けて積極的に取り組む姿を 親しみやすく擬人化しデザイン
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だからさぁ、おかしいでしょ、ロジックが。「緑は若葉と環境保全をイメージ」てのは無理があるんだよ(わからないかなあ、この破綻が)。「青い海の波、緑色の地球と双葉で環境保全をイメージした」というだけのことを、適当な言葉で水増して飾ろうとするからわかりにくくなる。デザイン自体に自信がない表れなんじゃないですかね。

わからないと言えば制定時期もそうです。2010年11月30日に募集が締め切られ、2011年3月4日にはさるBBSに決定に関する書き込みが出たことまではわかっているので、東日本大震災前に発表されたデザインということは間違いないんだけど。
・・・「震災前」というこの捉え方が、ご当地キャラクターに限らずシンボルマークやロゴマークについても妥当するのかどうかについては、まだ考察を要しますが・・・。

さて、ひらがなによる[へのへのもへじ系]はこれにて出尽くしにて、取り敢えず一巻の終わりです。
この系統が「特定の文字に集中する」というのはひらがなもAlphabetも同じこと(漢字ネタはちょっと訳が違うか)。かくしてどれも同じ顔をした同類項ばかりが増えていく。

ただ、そこで不思議なのはカタカナを単独で用いたものがほとんど見られないことです。自治体章でもシンボルマークやロゴマークでもそうなんだよね。平成の大合併以前の自治体章には結構あったのに。要再考。

(続く)

2014年10月27日 (月)

そして想いは再び屋島へ

(承前)

扇の的のエピソードにはやや長めの前置きがありまして。

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今日は日暮れぬ、勝負を決すべからずとて引き退く処に、ここに沖の方より尋常に飾つたる小舟一艘汀へ向かひて漕ぎ寄せさせ、渚より七八段ばかりにもなりしかば舟を横様に成す。あれはいかにと見るほどに、舟の内より年の齢十八九ばかりなる女房の柳の五衣に紅の袴着たるが、皆紅の扇の日出だいたるを舟の脊櫂[せがひ]に挟み立て陸へ向かつてぞ招きける。
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スゴいですねー、敵方の軍船に妙齢の美女が正装して乗り込んで手招きしてんですよ。違う意味でこれも戦闘服。源氏の大将殿が近衆に尋ねます。

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判官、後藤兵衛実基を召して「あれはいかに」と宣へば「射よとにこそ候ふめれ。但し大将軍の矢面に進んで傾城を御覧ぜられん処を手練れに狙うて射落せとの謀と存じ候へ。さりながらも扇をば射させらるべうもや候ふらん」と申しければ、判官「御方[みかた]に射つべき仁は誰かある」と宣へば「上手共多う候ふ中に下野国の住人那須太郎資高が子に与一宗高こそ小兵では候へども手は利いて候ふ」と申す。判官「証拠いかに」と宣へば「さん候ふ。翔鳥などを争うて三つに二つは必ず射落し候ふ」と申しければ、判官「さらば与一召せ」とて召されけり。
与一その比は未だ二十ばかりの男なり。褐[かち]に赤地の錦を以て衽[おほくみ]端袖彩へたる[いろへたる]直垂に萌黄威の鎧着て足白の太刀を帯き、二十四差いたる切斑の矢負ひ薄切斑に鷹の羽割り合はせて矧いだりけるぬた目の鏑をぞ差し添へたる。滋籐(しげとう)の弓脇に挟み甲をば脱ぎ高紐に懸け判官の御前に畏る。
判官「いかに宗高あの扇の真中射て敵に見物せさせよかし」と宣へば、与一「仕つとも存じ候はず。これを射損ずるほどならば長き御方の御弓箭の瑕にて候ふべし。一定仕らうずる仁に仰せ付けらるべうもや候ふらん」と申しければ、判官大きに怒つて「今度鎌倉を立つて西国へ赴かんずる者共は皆義経が命を背くべからず。それに少しも子細を存ぜん殿原はこれより疾う疾う鎌倉へ帰らるべし」とぞ宣ひける。与一「重ねて辞せば悪しかりなん」とや思ひけん、「さ候はば外れんをば知り候ふまじ御諚で候へば仕つてこそ見候はめ」とて御前を罷り立ち、黒き馬の太う逞しきに小房の鞦[しりがい]懸け丸海鞘[まろぼや]摺つたる金覆輪の鞍置いてぞ乗つたりける。弓取り直し手綱掻い繰つて汀へ向いてぞ歩ませける。御方の兵共、与一が後ろを遥かに見送りて「一定この若者仕つつべう存じ候ふ」と申しければ、判官世にも頼もしげにぞ見給ひける。
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この年若き射手は、一旦要請を断って義経の怒りを買っているんですね。その分プレッシャーに耐えて見事面目を施すという伏線になっていて、効果もばっちりです。軍記物独特の丹念な装束の描写もこれまた重厚華麗。琵琶法師の語りどころ、聴かせどころだったんだろう。

この後、射抜かれた日輪の扇の段はこんな挿話で締めくくられる。

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あまり感に堪へずと思しくて平家の方より年の齢五十ばかりなる男の黒革威の鎧着たるが、白柄の長刀杖につき扇立てたる所に立ちて舞ひ締めたり。伊勢三郎義盛、与一が後ろに歩ませ寄せて「御諚であるぞ、これをもまた仕れ」と云ひければ、与一今度は中差取つて番ひよつ引いて舞ひ澄ましたる男の真只中をひやうつばと射て舟底へ真倒に射倒す。「ああ射たり」と云ふ人もあり、嫌々「情なし」と云ふ者も多かりけり。
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初めに射たのは鏑矢で、殺傷能力に乏しい鳴り物の合図矢。今度は箙の中に差してあった、鋭い鏃のついた戦闘用の矢。
典雅に見えても、そこはやっぱり死を賭した戦場だったわけです。

2014年10月26日 (日)

屋島から日光・宇都宮・那須を念じてみた

(承前)

【その116】の八幡市観光協会からとんだ枝葉が繁ってしまったので、ここは一つ讃岐国屋島にも花を持たせてやらずばなるまい。

ご当地を舞台とした平家物語「扇の的」のクライマックスは次のとおり。

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矢比[ごろ]少し遠かりければ海の面一段ばかりうち入れたりけれども、なほ扇のあはひは七段ばかりもあるらんとぞ見えし。比[ころ]は二月十八日酉の刻ばかりの事なるに、折節北風烈しくて磯打つ波も高かりけり。舟は揺り上げ揺り据ゑて漂へば、扇も串に定まらず閃いたり。沖には平家、舟を一面に並べて見物す。陸[くが]には源氏、轡[くつばみ]を並べてこれを見る。いづれもいづれも晴れならずといふ事なし。
与一目を塞いで「南無八幡大菩薩、別しては我国の神明、日光権現、宇都宮、那須湯泉大明神、願はくはあの扇の真中射させて賜ばせ給へ。射損ずるほどならば弓切り折り自害して人に二度面を向くべからず。今一度本国へ迎へんと思し召さば、この矢外させ給ふな」と心の内に祈念して目を見開いたれば、風少し吹き弱つて扇も射よげにぞなりにけれ。与一鏑を取つて番ひ、よつ引いてひやうと放つ。小兵といふ条、十二束三伏、弓は強し、鏑は浦響くほどに長鳴りして過たず扇の要際一寸ばかり置いてひいふつとぞ射切つたる。鏑は海に入りければ、扇は空へぞ揚がりける。春風に一揉み二揉み揉まれて海へさつとぞ散つたりける。皆紅の扇の日出だいたるが夕日に輝いて白波の上に浮きぬ沈みぬ揺られけるを、沖には平家、舷[ふなばた]を叩いて感じたり。陸には源氏、箙[えびら]を叩いて響めき[どよめき]けり。
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あー、描写が華やかにカッコいいですねえ、さすがに。絵姿の美しさに加えて、様々な「音」までが聞こえてくる。ツルは日の丸の真ん中を射抜いたように思ってたんですが、扇の要の少し上に当てたんですね。
これ、誓約/宇気比/ウケヒみたいなもんではないか。若き日の藤原道長が、「わが家から帝や后が立たれるものならばこの矢よ当たれ」「自分が摂政・関白になろうものならばこの矢よ当たれ」と呼ばわって的のど真ん中を射抜き、ライバルを顔色無からしめたという大鏡の「南院の競射」の話によく似た感じ(cf. 2012.03.16「八王子 − 五男神にこだわってみた」)。那須与一宗高(宗隆とも)は実在性を否定されているようだけど、飛び切りカッコよく創作されているのだろう。

与一が念じた「日光権現」とは、修験道の霊山たる日光三山におはします神々、すなわち男体山(=二荒山)の新宮権現、女峰山の滝尾権現、太郎山の本宮権現の総称。やれやれ、おとといは常陸と下総に詣でたと思いきや、今度は下野ですかい。
権現というからには本地垂迹による神仏混淆なわけで;

男体山
権現:大己貴命/おおなむち 則ち大国主命(父)
本地仏:千手観音菩薩

女峰山
権現:田心姫命/たごりひめ(母)
本地仏:阿弥陀如来

太郎山
権現:味耜高彦根命/あじすきたかひこね(子)
本地仏:馬頭観音菩薩

女峰山は栃木のイチゴの主力品種「女峰」の名前の由来となった山ですね。田心姫の名前にも見覚えがあると思ったら、宗像三女神の一柱、すなわちアマテラスとスサノオの宇気比から生まれた五男神&三女神の内ではないか(cf. 2012.03.18〜19「八王子 − 三女神・宗像大社・厳島神社に近づいてみた」)。

日光二荒山神社

この日光権現が現在の栃木県日光市の二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)ということらしい。「日光」って、「二荒」の音読みから来ているってご存じでした?(@_@)

調べてみると、同じ栃木県の宇都宮市街にある二荒山神社(ふたらやまじんじゃ)は別の神様だというのにもちょっとびっくり。

宇都宮二荒山神社

こちらは第10代崇神天皇の皇子、豊城入彦命/とよきいりひこのみことで、毛野国(=下野国&上野国)の開祖だそうな。この御社のまたの名「宇都宮大明神」こそ、誉れの射手の唱へたる「宇都宮」にてぞ候へ。
因みにどちらの二荒山神社も下野国一の宮を名乗って張り合ってます

もう一つの那須湯泉大明神というのは、栃木県那須郡那須町にある那須温泉神社とされている。祭神は大己貴命と少彦名命/すくなひこな。少彦名はたいてい大己貴/大国主とペアになって登場する印象で、各地の温泉を祀った神社にもこの二柱を祭神とするところが大変多い。温泉見つけたのも国造りの御業の一つということでしょう。

那須温泉神社

能の演目になった「殺生石」もここにある。瘴気つまりは火山性ガスを発して鳥獣を仆す石ですね。ツルは何となく東北にあるのかと思ってたんだけど。

えーっと、何の話だったっけ。つまりは下野国出身の源氏方の武士が屋島の海で、故郷の山の神々に御加護あれかしと祈ったわけです。

(続く)

2014年10月24日 (金)

吉田神社から春日大社、そして坂東まで足を延ばしてみた

(承前)

徒然草のことが出たついでに、作者の兼好法師の出自である吉田神社のことも調べてみますと。

吉田神社

吉田神社は京都市左京区、京都大学裏手の吉田山にあり、吉田兼好(正式には卜部兼好)はここの神職の家系です(cf. 2009.12.16「京都花園妙心寺 筑紫太宰府観世音寺」)。
吉田山はたーくさんの神社がひしめき合っていてさながら神社のデパート状態なんですが、吉田神社の主祭神は;

建御賀豆智命/たけみかづちのみこと(武甕槌命/建御雷神)
伊波比主命/いわいぬしのみこと(=経津主命/ふつぬしのみこと)
天之子八根命/あまのこやねのみこと(天児屋根命)
比売神(ひめのかみ)

の四柱で、奈良の春日大社から勧請されている。

春日大社

武甕槌と経津主は出雲神話の「国譲り」で国津神を平定/制圧する神であり(cf. 2012.03.17「八王子 − 五男神にこだわってみた Part II」;ただし経津主は古事記には出てこない)、前者は茨城県鹿嶋市の鹿島神宮に、後者は千葉県香取市の香取神宮に祀られている。

鹿島神宮 香取神宮

この両宮は利根川を挟んで相対する位置関係にあって、直線距離でわずか13.4kmしか離れていません。昔から対偶的に捉えられており、どちらも延喜式に明神大として載る古社で、近代では官幣大社。鹿島神宮は常陸国の、香取神宮は下総国の、それぞれ一の宮です。

それだけではない。宮中の「四方拝」に揃って登場するんですね。これは元日早朝に天皇が四方諸神を遥拝する年頭の儀式で、この時に拝されるのは、現在;

神宮(伊勢神宮)
天神地祇(天津神・国津神の諸神)
神武天皇陵
先帝三代陵(明治天皇 伏見桃山陵・大正天皇 多摩陵・昭和天皇 武蔵野陵)
武蔵国一宮 氷川神社(*)
山城国一宮 賀茂別雷神社(上賀茂神社)・賀茂御祖神社(下鴨神社)
石清水八幡宮
熱田神宮
常陸国一宮 鹿島神宮
下総国一宮 香取神宮

となっている。明神大も官幣大社も数ある中で、このセレクションは意外ですよねえ。特に関東の辺りが。

(*)武蔵国の一の宮には、東京都多摩市にある小野神社を当てる説もある。

スサノオを祀るさいたま市大宮区の氷川神社はちょっと別としても、祭神が皇統に直接係わっているわけでもない鹿島・香取の両宮が宮中行事に登場したり、そもそも坂東の神社が遠く離れた出雲神話の神々を祀っていたり、結構驚きの連続です。しかもそれが奈良の春日大社や京都の吉田神社のルーツになっている(逆じゃないよ)というのは一体どういうことなのか。

吉田神社は藤原一族の氏神、春日大社はその前身たる中臣氏(蘇我馬子暗殺に始まる大化の改新を主導した中臣鎌足が死の前日に藤原氏を賜っている)の氏神として創建された社で、この中臣氏の地盤が実は常総地方であったとされる。だから、いわば郷里の神さんを都まで勧請してきたわけ。(正確には、中臣氏が信奉していたのは鹿島神宮の武甕槌で、香取神宮の経津主は本来物部氏の祭神だったらしい。もっともこの物部氏は大和朝廷の物部氏とは異なる由。)

一方、その中臣連のさらに祖として古事記に出てくるのが天児屋根で、こちらは岩戸隠れの際に祝詞を読み、アマテラスの前に鏡を差し出して岩戸から誘い出した神様。
そして、比売神は前回書いたとおり一般的な女神の呼称ということになるけど、この場合は天児屋根の妻の天美津玉照比売命/あめのみつたまてるひめのみことという次第。

古代の常総地方は大和朝廷の蝦夷進攻の前線基地として要衝の地だったそうで、そんなことやら神武東征の話やら皇室と中臣氏/藤原氏との関係やら諸々考え合わせると、これらの神社の祭神の構成はいかにも象徴的だなあ。

時代が下ると武甕槌と経津主は軍神・武神としての性格を強め、武家にも崇拝されていった。今でも武道場でたいてい「鹿島大明神」「香取大明神」の対の掛軸を掲げているのも、その表れなんだそうです。

(続く)

2014年10月22日 (水)

仁和寺から八幡宮へ歩いてみた

徒然草の「仁和寺にある法師」と平家物語の「扇の的」は、とりわけ人口に膾炙してきたお話です。誰もが口にする「なます」と「あぶりもの」、ね。

とりわけ前者は懐かしいでしょ、中学の授業で。

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仁和寺にある法師、年寄るまで岩清水を拝まざりければ、心憂く覚えて、あるとき思ひ立ちて、ただ一人、徒歩より詣でけり。 極楽寺、高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。
さて、傍への人に会ひて、「年ごろ思ひつること、果たし侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。
少しのことにも、先達はあらまほしきことなり。
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優れていると思うのは最後の書きぶりです。くだくだしい説明を一切省いて「先達はあらまほし」でストンと断ち切っているんですね。ある意味とってもpedantic。この時代の都人にとって、石清水八幡の本社が山の上にあるということは周知の事実だったのだろうか。

仁和寺1
この法師が住んでいた仁和寺は、京都市の右京区御室にある真言宗御室派のお寺。皇族が門主となる「門跡寺院」の始まりとなった名刹です。遅咲きの桜の名所としても知られ、花見に行きそびれたらここへ行けというのは京都人の常識。これは「御室有明」という大輪の品種で、丈低く仕立てられ「花(鼻)は低いが人の好く」として「おかめ桜」と呼ばれる(こんなことはガイドブックにも載ってますが)。そして御室と言えばオムロン株式会社の発祥の地でもありまする(もっとも今はずっと南、下京区に本社があるけど)。
因みに吉田兼好が庵を編んだ双岡(ならびがおか)は御室のすぐそば。仁和寺のうつけ坊主のことは、口さがないご近所雀の噂話になっていたのかもしれない。

石清水八幡宮 流れ左三巴
一方、京都府八幡市(やわたし)の石清水八幡宮は日本三大八幡宮の一つに数えられ(他の二つは宇佐神宮、および筥崎宮または鶴岡八幡宮)、近代社格制度における官幣大社、どぉ〜〜ん。都の鬼門を護る叡山延暦寺に対し、南西の裏鬼門を固める配置だとされている、どどぉ〜〜ん。

で、ちょいと調べてみました、八幡宮のこと。

八幡神はとりわけ武士の尊崇を集めた神様で、「南無八幡大菩薩」とも崇められるとおり神仏混淆しながら発展し、八幡宮は宇佐神宮を総本社として全国に約44,000社もあるそうな。主祭神は普通;

誉田別命/ほんだわけのみこと
比売大神/ひめおおかみ
息長帯姫命/おきながたらしひめのみこと

で、これらを総称して八幡神と呼ぶ。誉田別は第15代応神天皇、息長帯姫はその母、神功皇后のことです。何となく土着信仰の神様かと思ってたら、全然違ってたのね。一方で、実在したと考え得る最も古い辺りの天皇らしいから、アマテラスやスサノオといった神話界の神々とは多少色合いを異にするのかしらん。

曲者はもう一柱の「比売大神」。この名前、固有名詞じゃないんです。石清水八幡や宇佐神宮では、これは宗像三女神(cf. 2012.03.18〜19「八王子 − 三女神・宗像大社・厳島神社に近づいてみた」)のこととされている。
筥崎宮だとこの祭神は「玉依姫命」で、この名前もまた普通名詞としてよく出くわす。この場合は海神の娘で鵜草葺不合命/うがやふきあえずのみことの妻、初代神武天皇の母なる玉依姫を指していて、アマテラスとスサノオの誓約/宇気比/うけひから生まれた宗像三女神とは明らかに違う。いずれにせよ神功皇后 − 応神天皇の母子信仰と「比売大神」がセットになる理由はいまいち不明。
鶴岡八幡だと「比売神/ひめがみ」で、これも詳しいことがわかりませんが、ここは石清水から勧請されたところだから宗像三女神なのかもしれない。
さらに全国的にはいろいろあって、卑弥呼とされている場合もあるのだとか。

宇佐神宮
歴史的に見れば、宇佐神宮(大分県宇佐市)は延喜式における明神大、豊前国一の宮の官幣大社で、奈良時代に弓削道鏡即位を称徳女帝の意に反して和気清麻呂が封じた神託事件で有名だし;

筥崎宮
同じく名神大で官幣大社の筥崎宮(福岡市東区箱崎)は筑前国一の宮(ただし筑前国では福岡市博多区住吉の住吉神社も一の宮とされる)、ここは鎌倉時代の元寇の際に奉納された醍醐天皇宸筆の「敵國降伏」の扁額でも知られる(亀山上皇の筆と勘違いしている人が多いけど)。

鶴岡八幡宮
鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)は国幣中社で、どうやら三大八幡宮の一つと数えるのは近年のことのようです。しかしながら何と言ってもここは実朝暗殺の舞台。1219年、鎌倉幕府第三代将軍を襲ったのは甥の公暁で、僧侶として八幡宮の神宮寺の別当(つまり長官ね)を務めていた。
公暁が石段脇の大銀杏の陰で待ち伏せしていたという「隠れ銀杏」の伝承については、当時人が隠れられる大きさがあったはずがない、江戸時代になってからの作り話だという説はよく知られていると思うけど、いやいやこれは先代の木で、今のは2代目だとする意見もあるそうな。あれ、でも古絵図にもこの木は描かれていないとかいう話ではなかったっけ。

伝承の真偽の程は別として、樹齢800年とも1000年とも言われたこの古木(やっぱり100年200年ぐらいの木じゃ大人は隠れられないよね)、2010年3月10日未明、強風で根元から倒れたのはニュースにもなりました。この椿事のその後はどうなったのか。

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倒れた大銀杏は3つに切断され、3月15日、根元から高さ4メートルまでが、7メートル離れた場所に移植された。残る2つは境内に保存される。倒壊から約1ヶ月たち、再生への努力が実を結び、若芽(ひこばえ)が確認された。
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現在の姿はこうです。新しい歴史が始まってんだね。

鶴岡八幡宮 大銀杏

石清水八幡宮
こうした各地の八幡宮に比べても、石清水の格式はひけを取らない。延喜式には記載がないものの、官幣大社たるに加えて、八幡宮としては唯一、宮中の元旦の「四方拝」で遥拝されています。だけどねー、いささかガジェットに乏しくて、上掲の「仁和寺にある法師」の話ぐらいなんだよね。

仁和寺2
この話は徒然草の第五十二段だけど、次の第五十三段も、「これも仁和寺の法師」が宴会で酔っぱらって鼎をかぶって踊りまくった挙句の果てに頭から抜けなくなる話(「たとひ耳鼻こそ切れ失すとも、命ばかりはなどか生きざらん」)、その次の第五十四段も「御室にいみじき児のありけるを、いかで誘ひ出して遊ばんと企む法師どもありて」から始まる、「かわゆいお稚児さんをハイキングに連れ出して大失態の巻」で、御室仁和寺のイカレ坊主ども、いえ知識階級の赤恥滑稽譚が続きます。
因みに、その次の第五十五段がこれまた有名な「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。」というくだり。

いかにも末法思想な「人生の諦念」ぽいのが多くて、あんまり好きにはなれないんですけれどもね。

(続く)

2014年10月20日 (月)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その116:八幡市観光協会・屋島PR)

(承前)

ここんとこ「キャラクター」ネタから少々遠のいちゃってますが、ひらがな遣いの[へのへのもへじ系]塩デザイン、どんどん続けちゃいましょう。あと少しご辛抱下さいませ。

「特定の文字に集中する傾向」は「や行」で最も顕著に見られる。[や]が5点も見つかってるんです。

【その38】
青森県黒石市
やきそばのまち黒石会
シンボルマーク
塩崎歩美
〔2008年4月決定〕
やきそばのまち黒石会

【その65】
山口県
やまぐち障害者雇用推進企業
シンボルマーク
塩崎アユミ
〔2009年9月発表〕
やまぐち障害者雇用

【その45】
滋賀県草津市
矢倉学区未来のまち協議会
シンボルマーク
塩崎栄一
〔2012年2〜3月募集〕
矢倉学区未来のまち協議会

中には「か」と見紛うものもあるわけだが(笑)。まだまだこんなのもあった。

京都府八幡市
八幡市観光協会
シンボルマーク
塩崎栄一
〔2013年4月発表〕
八幡市観光協会

丸ブーVariationなれど、こっ、これは・・・。ハートぢゃない(*゜Q゜*)!!栄一センセ、そこにどんな意味合いを込めなすったか。それにこれって「単色表現できるデザイン」ですかね?作者コメントが是非とも欲しいところですが、残念、公開されておりません。

ご当地の読み方は「やわた」だけど、福岡県北九州市八幡東区・八幡西区は「やはた」(1974年までは「八幡区」、さらに遡れば1963年までは「八幡市」だった)、滋賀県近江八幡市は「はちまん」。愛媛県八幡浜市はご当地と同じく「やわた」です。
これらはみな八幡宮に縁があり、ご当地は石清水(いわしみず)八幡宮、またの名を男山八幡宮。「徒然草」第五十二段、「仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ心憂く覚えて・・・」と出てくるアレです。
当然、今もご当地名所の筆頭。この坊さんが参りそびれた山上の本社へはケーブルカー(全長 0.4km^^;)が通ってます。ツルは二十歳の頃、厄払いに詣でたことがあった。その前に大病して休学したりしてましたもんで。御霊験ですか?現かでしたとも!

あと一つの[や]も、歴史上の大舞台となったご当地から。今年の2月に発表されたもの。

香川県高松市
魅力ある屋島再生協議会
屋島PR シンボルマーク
今井弘実(大阪市)
屋島PR(応募案) 屋島PR(最終版)

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「屋島」活性化キャンペーンのシンボルマークで「屋島」の頭文字を[や]をモチーフに市民の屋島への愛着心を笑顔と自慢のガッツポーズで屋島といえば全国的にも知れわたる名所・・・・・・高松市の代表の観光地。
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【その106】で;

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実はそれから1年経たないうちに、高松では再び塩モノが一つ生まれているのだけれど、それはまた回を改めまして。
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と頭出ししといた件がこれです。

久方ぶりに登場の今井弘実の文章は、栄一同様何だか日本語になってないけど、つまりはこれも変形丸ブーってことですな。だったら[赤丸]のことも何かコメントしなさいよ、と思ったら報道ではちゃんとカバーされていた^^;。

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(2014.02.16 四国新聞 抜粋)

今井さんの作品は、屋島の頭文字の[や]をモチーフに[瀬戸内海]と[屋島]、[太陽]を描き、[笑顔]と[ガッツポーズ]で市民の屋島への愛着心を表現している。
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うーん、それじゃ不足だろうが。平家物語「扇の的」の段には、屋島の戦いで那須与一が射抜いたのは「皆紅の扇の日出だいたる」とあって、つまり[日の丸]の扇。ご当地をPRするのに源平合戦ネタを外してどーすんのよ。丸ブーを正当化し得る数少ない機会だったのにさぁ
濃淡2パターン見つかるのは、おそらくリデザインがかかったんでしょう。優秀賞は林 鮎美(香川県東かがわ市)、小柴雅樹(兵庫県宍粟市)、浜口温男(高知市)の3名、キャッチフレーズ「すてき屋根!屋島!」も公募されたもの(岸元 勉:高松市)。

本公募では、業務を株式会社電通西日本高松支社に委託したことが公表されている。副賞が現金ではなく旅行券(シンボルマーク 5万円分:キャッチフレーズ 3万円分)だったのも、著作権侵害があった場合は入賞取消しとともに「既に記念品等を受け取っている場合は、それらをすべて返還していただくものとします」とされたのも、この大手広告代理店の差し金&配慮によるものなんでしょうねェ。

名高い「屋島の戦い」が起きたのは平安末期、元暦2年/寿永4年2月19日(グレゴリオ暦 1185年3月22日)のこと。まさにこの一日によって、ご当地は日本史の上に永遠の名を刻んだ。しかし、この数十年、閑古鳥が鳴いていたらしい。

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屋島への観光客数は、瀬戸大橋の開通や山上水族館のリニューアル等により、持ち直した時期はあるものの、1972年の年間246万人をピークとして、趨勢としては長期低落傾向にあり、最近では50万人台で推移しています。
また、屋島山上においては、各種施設の老朽化が進み、建物が廃屋として放置されるなどの問題が顕在化するとともに、2004年には山上へのアクセス手段として重要な役割を担っていた屋島登山ケーブルが休止され、再開することなく廃止に至りました。
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ふーん。ここにもケーブルカーがあったんだ(感心するのはそこかよ)。
2013年5月に設立された同協議会の目的には、「屋島の持続性のある活性化を推進する」と謳われているのがいかにも今風ですが(皮肉です)、観光客数1/5で、もう「活性化」どころではなくなっていたと思う。名称に「再生」と入っているのはこんなわけだったか。

ここからは蘊蓄の世界。
屋島というのは実は瀬戸内海の沖合い遥かに浮かんでいるわけではなくて、現在ほとんど四国本土とつながっている。だからWikipediaにも「屋島は四国、香川県、高松市の東北に位置する卓状の独立峰」と書かれていて、つまり「島」ではなく「山」(今井は理解していたろうか)。
源平の頃も、潮が引けば馬で渡れるほどのものだったらしい。正確には、現在も全長5.0km、幅10mほどの相引川(あいびきがわ)で隔てられているけれども、これは;

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屋島の南側を東西に流れ、両端でともに瀬戸内海に繋がっているため、河川としては特異の「河道の両端に河口を持つ河川」である。
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そうな。「相引川」の名も、干潮時には東西両方に水が引いていくからという説がある。それでも「海峡」ではなく「川」なのは、江戸時代に塩田開発が進み、寛永14年(1637年)に堤防が築かれて一旦陸続きになった後、正保4年(1647年)に水路が復元されたという歴史を反映しているらしい。時の藩主が、古来の妙跡の絶えるのを惜しんだからです。

うーん、島じゃなくて陸続きだと聞いた瞬間、今まで「屋島」に対して漠然と抱いていた風光明媚感がいくばくか減じるように思ったのはツルだけじゃないはず。そりゃ自助努力も怠れないでっしょうな。

(続く)

2014年10月18日 (土)

【対決編】丸ブー艶競べ [2b](旧 白河市章)

(承前)

実は、新白河市章の最終選考が行われた際に、勇気ある異議を唱えた者がいる。少し長くなりますが抜き書きしますと。

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(2005年8月30日 第18回白河市・表郷村・大信村・東村合併協議会 会議録 抜粋)

○辺見美奈子委員
大変申しわけないんですが、市章の公募というのを協議会の中で進めてきたことに関しては本当に心から敬意を表しているんです。実は、私、白河の代表といたしまして、この市章の審査の中に加わらせていただきました。正直に言いますと、本当に100点の中から選んでくださいと言われたときに、例えば、この4市村の歴史的な背景、位置づけを含めた作品があるのかなという思いで期待をして審査会に臨みました。審査する前に、担当職員の方から、おひとりで13点以上応募した方がいらっしゃいました、それからおひとりで5点から6点応募された方が多数おりましたという中で、作品100点を見させていただきましたところ、正直に言いますと、本当に心打たれる作品がありませんでした。
市章の公募に関して、最初に新市の名称という公募がありましたが、そのときに現在の市名も含むというのがあったんですが、そのときに多分、この市章もそういうのがあるのではないかなというふうな思いが、何か心の中にありました。今回改正になって、新しくこの協議会の委員になったんですが、実際その100点の中に将来の白河市を思うような、例えば市章に対しての思いとかいうのがない表示の方がたくさんありまして、今回のこの3点の中も改めて見させていただきますと白河市の「白」をデザインをしたというのが、この3点も大体そんな内容だったんですが、本当に果たしてこれからの未来を担う子供たちに残す市章としてどうなのかなと考えたときに、実は前回からずっと自分なりにいろいろと考えがめぐってきまして、本当に苦しいんですけれども、あえて提言させていただけないかなというふうな思いで、きょう発言をさせていただきました。
本当に公募という、全国公募という経過を含めて、この市章を公募してきました。それには本当に重いものがあると思います。しかし、この4市村の、本当に苦渋の選択をしながらでも合併をしていかなければならないという中での市章として本当にどうなんだろうかと。私自身も、それから白河市議会も実は二度ほどこのことに関して会議を開かせていただきました。
それで、審査会のときに、実は表郷村の議長さんから、どうして、辺見さん、白河市のもとの市章を出さないんだいと言われたんです。そのときに、私は余り合併協議会の中で、ものを言わないようにするのが本当はいいのかなと思っていたんですが、実は表郷の議長さんから、もとの白河市の市章の方が断然いいんじゃないかいと言われたときに、もう一度皆さんと白河市という名称がなったんなら、市章に関しても旧白河市の松平定信公の紋章を使った梅鉢の市章を、この4市村の時代背景の中での紋章としてもう一度この中に挙げてはいただけないものか、考えていただけないものか提案するものなんですが、皆様のご意見をお聞かせ願いたいというふうに思います。
〔後略〕
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ズドンとやっちゃったんですね、この人。「こんなテンプレ丸ブーなんかじゃ心に響かない」と。神々の宴卓のど真ん中に黄金の林檎を投じたとも、いささか不都合な真実を突きつけたとも。昨今の公募が抱える問題を突くとともに、デザインの本質を問うたんだと思う。

新設合併を行う場合であっても、新自治体の名称を旧自治体のうちの一つにするとなったのであれば、当該旧自治体の市章を使わないのかという声は確かに上がってくるところだろう。ご当地ではそうした経過を辿ったのではないようだけど。

この意見に対しては、しかし当然のことながら反対も出された。

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○深谷美佐子委員
表郷の深谷です。
結局、公募というもので決めようとして大々的に打ち出してしまったために、白河の今の市章があったとしても、結局公募で決めるというふうに決めてしまったものに対して、その白河の市章を挙げてこなかった、この3つで選んだものにもなかった、100点の中にもなかったということを考えても、今さら白河の市章が、歴史的なことを考えればいいのかもしれないけれども、では、なぜ前のときに、こういうのも挙げてほしいというような意見が出なかったのか。
みんなで決めて納得してこの3つになった時点で、いざ最終的な決断をするときに、100点の中にもなかったものに対して、挙げて、審議して、もしそれが決まったとしたら、全国に公募します、それで決めますと言った約束事が守られないというふうになってしまったときの、住民に対する説明をいかにするかということもきちんと考えた上でやらないと、安易に歴史的な意味合いもあるから載せてほしいだけでは、筋が通らないのではないかと私自身思います。そういうものが挙がるんであれば、実際それをここに載っけるんではなくて、もう一度公募をするしかないと私は思います。
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○金内貴弘委員
白河市の金内です。
私も、深谷美佐子さんのご意見に賛成します。この話を出してくるんであれば、まず順番が違う。
この土壇場になって、最終決定の段階で気に入ったのがありませんでしたから、やっぱりこっちにしますというんでは、この公募を見て、一生懸命白河の歴史とか名前とか調べて、市章を考えて応募してくれた何千点の皆さんにどのように申し開きするのか、大変失礼な話だと思います。初めから白河のもとの市章を加えるんであれば、それは構いませんけれども、もう最終的に公募したものを絞るという段階でこんな話が出てくるというのは、僕は全くおかしな話だと思いますので、辺見さんのご意見には反対します。
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住民の負託を受けた公募だ、後出しジャンケンは困るよというわけですね。
もっとも、深谷委員のロジックはかなり幼稚です。「安易に歴史的な意味合いもあるから載せてほしいだけでは、筋が通らないのではないか」という反論は、「歴史」なるものを過去の事象としてのみ考えているのであって、「過去から未来へ続く流れ」として捉えるリテラシーは持ち合わせていなかったという証拠の証左じゃん。
「もう最終的に公募したものを絞るという段階でこんな話が出てくるというのは、僕は全くおかしな話だと思います」とする金子委員の言も結局、委員たち自身が住民の負託に能く応えてきていなかったのではないのか、シャンとしてなかったんじゃないかという問題に帰結するだけのように思いますが。

もう一つ、こんな反論もあった。

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○金澤幸子委員
〔前略〕
それと、先日100点の中から選んだときに、確かに白河市の「白」という字をモチーフにしたのがかなり過半数というか、ほとんどだと思うんですけれども、それはやっぱり白河市の「白」ということを考えているというか、ほとんどの人がその白河市の白を使いたいというふうに統一された意見ではないかと思いまして、例えば私が公募するときにもそういうふうに考えたような気がしますので、私はこの3点の中から選んだ方がいいと思います。
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ああ、そういう考え方もあるのか。この方がツルにとっては説得力があります。
この後、賛否両論からそれなりに真摯な議論があって、結局新しい市章にはこの会議で仲宗根作品が採用された(旧市章を候補に加えることはなく)。

旧 白河市章

新 白河市章

まあ、こんな議論は全国各地で繰り広げられていたんでしょう。誠に丸ブー畏るべし、ネタも尽きることがない。

あと50年も経てば、「なんで21世紀初頭の自治体章はこうも似通っていたのか」と調べまくる数寄者が現れてくるんだろうな。それはあたかも、平成大合併より前の(明治〜昭和の?)旧タイプ自治体章に関して今ツルが感じていることと同じ。時代は繰り返す。

(続く)

2014年10月16日 (木)

【対決編】丸ブー艶競べ [2a](白河市章・瀬戸内市章・楢葉町章・城里町章・磐田市章・久万高原町章・上島町章・玉名市章・国立劇場おきなわ・白滝村章・柏村章)

(承前)

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この白河市の公募は深掘りしてみるとなかなか興味深いんですが、それは別の機会に回してと。
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一体、自治体章の公募における類似調査とはどんなものであるか。
白河市章の公募では、この結果報告がサイトに載せてある。こういうの、結構公開されてますね。応募総数1,108点の中から3点まで絞り込んだ後に類似調査をかけ、2005年8月30日に行われた最終選考(第18回白河市・表郷村・大信村・東村合併協議会)の参考資料としたものです。

まずは調査対象となった3作品と作者コメントから見ておこう。

【作品001】
白河市章(作品001)

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白河市の、[白]の文字と[河]の図形をベースにしていきいきと両手を広げた白河市民をデザイン化しました。また[赤色]で、「輝き・活力」 [緑色]で、「自然・発展」 [青色]で、「文化・調和」を表現しています。
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【作品002】
白河市章(作品002)

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白河市の文字[白]をモチーフに豊かな緑の自然の中、文化の輪とともに人の輪(和)を表し、県南中核都市として輝き集うことを中心の[太陽]で表現しました。流行、時代に左右されないように、また、永年、使用することを考え、出来るだけシンプルに描きました。
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【作品003】
白河市章(作品003)

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「白河市」の[白]をモチーフに新市のダイナミックバランスを示し、図の傾きの右上がりのストロークは未来への躍進を表現しています。
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ひやー、似たようなんが出揃いました。全部イニシャルネタでしかも[白]かよ。出す方も選ぶ方も、お互い発想の貧困とイマジネーションの欠如をさらけ出しとるとしか思えんわけです、ツルには(そこまで言うか)。やっぱりテンプレデザインのご当地キャラの横行より前に、テンプレデザインの自治体章が猖獗を極めていたんやな。

調査結果は、「地方公共団体の標章の照合調査」と「図形商標(サービスマーク)の照合調査」から成っている。後者はつまり民間企業の商標類との照合だけど、キリがないので前者だけ抜き出してみます。大変わかりづらい、誠に煮え切らない独特のお作法で書いてあるんですがね・・・。(実際はもちろん全ての作者名を伏せてありますが。)

/////

(新市市章図形調査結果)

【作品001】
[合田さち男]

岡山県瀬戸内市とやや類似します。その他、図形の構成要素に共通点があり、見方によっては全体のイメージとして重なるものを参考として挙げました。

鳥取県東伯郡北栄町(2005.10.01発足予定)
[駒井 瞭(大阪府東大阪市):cf. 2013.02.03「咲いた桜になぜ駒つなぐ」]
北栄町章

岡山県瀬戸内市
[萱野光俊(熊本県)]
瀬戸内市章

//

【作品002】
[東 信慶]

静岡県磐田市、愛媛県上島町、熊本県玉名市とやや類似します。その他、図形の構成要素に共通点があり、見方によっては全体のイメージとして重なるものを参考として挙げました。

福島県双葉郡楢葉町
楢葉町章

茨城県東茨城郡城里町
[齋藤哲哉(北海道小樽市)]
城里町章

静岡県磐田市
[彦根 正(東京都町田市)]
磐田市章

愛媛県上浮穴郡久万高原町(かみうけなぐん くまこうげんちょう)
[宇都宮拓志(愛媛県松山市木屋町)]
久万高原町章

愛媛県越智郡上島町(かみじまちょう)
[大西美緒(大阪市在住:越智郡弓削町(現 上島町))]
上島町章

熊本県玉名市(2005.10.03発足予定)
[吉田賀津子(玉名郡天水町(てんすいまち)(現 玉名市))]
玉名市章

(参考)
下記は対象データベース照合の範囲ではありませんが、参考として抽出いたしました。

国立劇場おきなわ
ロゴマーク
[兼島暁子(沖縄市出身:グラフィックデザイナー)]
国立劇場おきなわ

//

【作品003】
[仲宗根 恒]

照合した範囲では著しく類似する図形はみられませんでしたが、図形の構成要素に共通点があり、見方によっては全体のイメージとして重なるものを参考として挙げました。

北海道紋別郡白滝村(2005.10.01〜 遠軽町)
白滝村章

青森県西津軽郡柏村(2005.02.11〜 つがる市)
柏村章

/////

なんだかねえ。OKなのかNGなのかハッキリさせいという感じ。そこは制定側が判断しなさいってことなんだろうか。こうした報告書はいろんな公募で見るけれど、「誰が調査したのか」はいつも明らかにされていない。外部委託は間違いないと思うんだけど、なんだか誰もが責任回避してる気がします。

個別のツッコミどころもいっぱい!齋藤の城里町章は、当初採用された他者作品に自己パクリが発覚した末繰り上げ採用されたものだし(よくよく考えるとそれってスゲェ)、東は久万高原町の入賞と上島町の優秀賞にも顔を出しているし、駒井はその久万高原町の町章と町歌の両方で入賞しているし
上島町の大西が「大阪市在住:越智郡弓削町」となっているのは(決してジモティ限定公募だったのではない)、ご当地とのゆかりをアピールして有利に運ぼうとしたんでしょ、とかも。

そして何より、【作品003】ではおよそ類似とは感じられない(個人の主観よ)もののみが挙げられていること。ここだけノリが違うんです。
ただ、上記以外だって似てるものはアレもコレもあるじゃんと言いたくなるのは早計だろう。総務省資料によれば、全国の市町村の数は;

2002年4月 3,218
2004年5月 3,100(▲118)
2005年4月 2,395(▲705)
2006年3月 1,821(▲574)

と推移している。新しい自治体章は合併後に定める場合もあるし、2005年8月の段階ではまだ今ほど丸ブーがノシてたわけじゃないとは言えそうだ。つまりそれだけ急速にこのデザインが蔓延したってことだと思う。

ツルとしちゃあ、もっと下世話に、「この調査ではじかれたケースなんてほんとにあるんかいな」とか、「作者自身による他の自治体章との類似なんて例があったら笑っちゃうよね」とか、そんな気持ちで調べてみたんですが、ご当地ではそれはなかったという次第です(大伏線)。

結局、選考結果は次のようになった。

最優秀賞
【作品003】
仲宗根 恒(63歳:沖縄県那覇市:建築士)

優秀賞
【作品001】
合田さち男(岡山市)

【作品002】
東 信慶(福岡県北九州市)

ああ、ひんやり。やっぱりソレが採用されたんですね(>.<)y-~。

(続く)

2014年10月14日 (火)

【対決編の番外編】新旧校章艶姿(相可高校・福井県立大学・一関高専・関西大学・三菱重工)

(承前)

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こういう時に残された最後の途が、自治体章とは別に「シンボルマーク」類を作っちゃえという手段なんでしょう。
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これって別に自治体の専売特許でもなくて、今まで取り上げた学校のケースでも見られたところ。
ま、新設自治体で市章とシンボルマークを同時に作っちゃうという福岡県柳川市とそのお隣の福岡県みやま市みたいな例もありましたけどね(cf. 2013.07.04「頑張れ、爺ちゃん(婆ちゃんも可):下」)。

三重県多気郡多気町
三重県立相可高等学校
シンボルマーク
こころ(大阪府)
相可高校
(cf. 2013.08.17「PNまつり 第2弾」)

言わずと知れた、「こころ」は塩崎一族のペンネーム。

校章
浜辺万吉(三重県上野市(現 伊賀市))
相可高校

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意匠は[若鹿の角]を表している。相可の地は、往時「逢鹿」と書いたとも言われ、左右の鹿はその若鹿の角を表したものである。若鹿の角の間に[高]の字をあしらって、この高校に学ぶ若い生徒達の揚々たる前途を祝福する意を象徴している校章で、昭和24年伊賀上野市の浜辺万吉画伯の創案による。
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歴史ある「おうか」の名も、「逢鹿」からただの表音文字1字の「お」になっちゃったわけだ(笑)。

福井県吉田郡永平寺町
福井県立大学
コミュニケーションマーク
駒井 瞭
福井県立大学
(cf. 2013.02.03「咲いた桜になぜ駒つなぐ」)

駒井の趣旨説明は繰り返しません。「コミュニケーション」を促す内容のものじゃないと思うしネ。

学章
福井県立大学

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県の鳥[つぐみ]に、勇気と力をあらわす[しらかし]の枝をデザインしたもの。「ここで学んだ学生たちが勇気をもってつぐみのように飛翔する国際人に育ってほしい」という願いと、「研究においては国際水準を、教育においては全人類的視野を養成する」との決意が込められています。
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うーん、こういうぐじょぐじょしたサイン、ツルはキライ。不思議なのはむしろ、1992年の設立はわずか20年余り前だというのにこの校章を選んだ感覚の方だと思いますが。

次は駒井が優秀賞と佳作をダブル受賞した際の最優秀賞です。(cf. 2014.10.03「配達されない三通の手紙:四通目 第二葉」)

岩手県一関市
一関工業高等専門学校
ロゴマーク
小池友基(群馬県)
一関高専ロゴマーク

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一関の[i]を、校章にも使われている金色堂の華まんの迦陵頻伽をモチーフに現代風にデザイン化。[翼]が羽ばたき、[i]が上に伸びる構図が明日を切り拓くイメージ。
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「迦陵頻伽/かりょうびんが」は漢字で書いてんだからさ、「華鬘/けまん」を交ぜ書きすんなよ。中華まんのできそこないみたいじゃねーか(笑)。

校章
杉江靖彦
一関高専

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一関高専の校章について
世界遺産となった平泉中尊寺の金色堂には、国宝としての荘厳な装飾である華まんがありそれは、人頭鳥身の想像上の鳥を象っている迦陵頻伽を透彫したものである。本校章は、この地域文化を象徴する[迦陵頻伽]をバックに豊かな教養と高度の専門技術を身につけた実践的な工業技術者の育成を見学の理念とする「一関高専」の姿をデザインしたものである。
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あ、小池作品は校章の本歌取りだったんですね!けど、こなれてる感じがしないんだよな。

校章とは別に何らかのマークを定めるケースは、他にもわりとある様子。今度は校章から見てみますと。

大阪府吹田市
関西大学
校章
関西大学

「風雨に晒されながらも力強く生い茂っていく淀川の[葦の葉]」なんだそうな。家紋風ですね。

コミュニケーションマーク「Global 'KU'」
関西大学コミュニケーションマーク

2009年4月の導入で、長期ビジョン「KU Vision 2008-2017」に定められた同学の方向性“社会を見つめ、変化に挑む。「考動」する関大人が世界を拓く。”を感覚的に伝えるブランディングデザインとして、イニシャル[K]と[U]を[地球]の形に組み合わせたというもの。いずれ大手の広告代理店が関わってたんでしょうよ。

しかしこれは2014年から初等部・中等部・高等部限定の扱いになっている(小学校でGlobalなんて言われてもなぁ)。2013年11月、新しいシンボルマークが学校関係者を対象とした募集で決まったからです。

創立130周年記念事業 シンボルマーク
水出幸輝(社会学研究科博士課程前期課程1年次)
関西大学(応募版) 関西大学130周年(最終版)

審査委員長コメントによれば「関大の象徴である[葦の葉]と紫紺カラーをシンプルにデザイン化し、未来に向けて発展する力強さを表現した」とされていて、これも校章からのDerivativeってわけか。デザイン補整が入って少しColorful & Powerfulになってます。

やれやれ、コミュニケーションマークは半ば打ち棄てられた形ですか。ブランディングとかコーポレートアイデンティティとか、得てして竜頭蛇尾に終わるきらいがあるねってのがツルの印象です。

〔おまけ〕
さらに2014年1月、こんなものが東京で(σ≧▽≦)σ。

三菱重工株式会社
創立130周年ロゴ
三菱重工130周年

やっぱり大手広告代理店かしら。

2014年10月12日 (日)

【対決編】丸ブー艶競べ [1](吉野川市章・猪名川町シンボルマーク・白河市章)

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【2014.08.19「果てなく重く深い闇 弐」】

平成の大合併時に、流線形の未来、新しい時代を反映するはずだった丸ブー、すなわち「丸にブーメラン」デザインは、その全盛期に入る前においてさえ既に濫熟と退廃を迎えていた。それは深川一人のことではないけれども(伏線)。
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ざっくり書いてそのままになっちゃってたので、ちょっと実例を引いてみませう。いずれ劣らぬ常連ガイダーによる、一歩も退かぬ類似丸ブーの競演です。

(A)
吉野川市章(深川案)

(B)
猪名川町シンボルマーク(北野案)

(C)
白河市章(合田案)

ああ、アタマ痛い。そりゃー、このパターンは他にもいっぱいあると思いますがね。

(A)は深川の作品。おそらくはイニシャル[y]をモチーフにしてるんでしょう。あ、それと[川]かな。

徳島県吉野川市
市章
(優秀賞)
深川重一(大阪府和泉市芦辺町:55歳)
吉野川市章(深川案)

麻植郡(おえぐん)鴨島町・同 川島町・同 山川町・同 美郷村が新設合併して吉野川市が誕生する際に行われた公募で、2004年2月24日に選定されている(合併はその後の同年10月1日)。最優秀賞は宝谷隆博がゲットしてます(cf. 2013.12.10「誰だ?言葉をパクる者は!」)。
応募総数2,053点は大したものだけど、これは賞金が最優秀賞300,000円×1点、優秀賞50,000円×4点の大盤振る舞いだったためだろう。

(B)は北野公一作品。

兵庫県川辺郡猪名川町
シンボルマーク
北野公一(和歌山県)
猪名川町シンボルマーク

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猪名川町の[い]、[川]の文字を組み合わせてデザイン化し、豊かな自然環境のもと「和」のなかで共生する人々の心安らぐ住み良い自然との融和と、伸びやかな活力あるまちを象徴しています。
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これは町制施行50周年記念として2005年4月1日に制定されたもの。町章は昔からのが別にある。

周囲の自治体は次々と合併して最新流行の丸ブーによる記章を採用していく、おらがとこは古臭いままで肩身が狭い、どげんかせんといかん。でも今まで慣れ親しんできたデザインを変更するには大義名分が立たないし、キィキィ反対する声もうるさそう。合併話だってポシャってしまったし。こんな状況で残された最後の途が、「シンボルマーク」類を作っちゃえという手段なんでしょう。
自治体章とは別にこうしたマークを作る理由など、ツルには他に思いつきません。

そして(C)は合田さち男によるデザイン。猪名川町より少しだけ遅れて2005年8月30日に決定されてます(次点だけど)。

福島県白河市
市章
(優秀賞)合田さち男(岡山市)
白河市章(合田案)

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白河市の、[白]の文字と[河]の図形をベースにしていきいきと両手を広げた白河市民をデザイン化しました。また[赤色]で、「輝き・活力」 [緑色]で、「自然・発展」 [青色]で、「文化・調和」を表現しています。
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え?まじ?「白川市」と勘違いしてない!?

11月7日に(旧)白河市・西白河郡表郷村(おもてごうむら)・同 大信村(たいしんむら)・同 東村(ひがしむら)が新設合併して(新)白河市となるに先立って募集がかけられ、合併協議会によって決定されたというプロセスは吉野川市章と同じ。この白河市の公募は深掘りしてみるとなかなか興味深いんですが、それは別の機会に回してと。

以上3点、どれも平成の大合併がピークを迎えるより前の作品です。ツルに言わせりゃ類似のオンパレードですが、こういったものは似ているうちには入らないんでしょうね、法的保護の観点から言うと。
どこの自治体だって、記章類を公募する際には必ず(だと思う)類似調査はかけている、外部に頼んで。もっともそれにはお金もかかるから、2,053点の応募があった吉野川市章や1,108点の白河市章なんかで全数調べるのも実際的ではない。せいぜい優秀賞や佳作まででしょう。それも「既存のマーク類」との異同を調べるのみで、「吉野川市章の次点と似ているか否か」なんてのは埒外なんですかね。

なんていうか、精神活動の結果の偶然の相似ってコワイわっつうか、類似調査のレベルそのものの限界を感じるっつうか、その裏をかいて挑戦してくる常連陣の執念っつうか。いずれもおよそ生産的とは言えないと思うけど。

(続く)

2014年10月 9日 (木)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その115:宮津市社協・美濃加茂市社協)

(承前)

はい、今度は「は行」「ま行」です。
と言いたいとこなんだけど、「は行」はもう出し尽くしちゃいました

【その38】
北海道士別市
JA北ひびき
ロゴマーク
塩崎榮一
JA北ひびき

【第六十八夜】
兵庫県姫路市
ひめじ街路樹アダプト制度 シンボルキャラクター
ひめっち
塩崎榮一 + 成瀬重道
ひめっち

どちらも[ひ]です。JA北ひびきが2012年11月、ひめっちが2008年11月の発表、4年の隔たりがあるんですがね。
一般論として、こうした[へのへのもへじ系]丸ブーはどうも特定の文字に集中する傾向はあるようで、デザイナー心の琴線をかきむしるカタチの文字ってのはやはりあるんでしょう。それはロゴマーク類にも自治体章類にも言えること。

「ま行」なら[み]に集中している様子。「三○」「美○」など、「み」で始まる地名が多いからってとこもあるんでしょう。塩ロゴもご多分に洩れないらしく、[み]は2点見つかっている。一つはシングルフェイス、一つはダブルフェイス、いずれも次点作品ですがね。

京都府宮津市
宮津市社会福祉協議会
イメージキャラクター/マスコットキャラクター
(優秀賞)
塩崎あゆ美
宮津市社協

[ハート]+市の花[ミツバツツジ]とくれば社協キャラの大定番。右足の下に描き込まれた影までハート形してるのがもう何ともはや(;´д`)ですがな。[団体名]も当然描き込まれてます。

最優秀賞をゲットしたのは大御所ガイダーの一角、堀江 豊(広島)で(とりあえず画像省略)、愛称は事後に別途募集されて「みやっぴー」(赤羽和親:神奈川県)となった。超ありきたりな[ぴー系ネーム]に決めるのに、改めて公募かける必要なんてあったんでしょうか
因みに2010年9月のデザイン決定時には「イメージキャラクター」という肩書だったんですが、現在「マスコットキャラクター」ということになっとります(-.-)y-~。

ほんでもってもう一つの[み]も社協モノなんですわ。

岐阜県美濃加茂市
美濃加茂市社会福祉協議会
シンボルマーク
(準優秀賞)
塩崎アユミ
美濃加茂市社協

ほんと、どうして各地の社会福祉協議会はこうもシンボルマークやらキャラクターやらを作りたがるんだろう。

これまた[ハート]が乱舞してますな。こちらは「第15回健康・福祉すこやかフェスティバル記念事業」の一環で制定された由で、ひめっちの前月、2008年10月にデザインが発表されたもの。
この公募では当初から「優秀賞」が最高位に設定されていて、この栄誉に浴したのは近澤茂男(大阪府)。期待に違わぬ(?)手垢感満点なテンプレデザインなんですが(同上)、そんなことより一番ヘンなのは、なんとこれまた愛称を別途募集したこと。そう、「シンボルマーク」なのに、です
結果ですか?「みのりん」(太田彩月:美濃加茂市)よ。うははは、宮津市社協の向こうを張ったか、見事な[ん系ネーム]!もう笑うしかないわ。(実際には「みやっぴー」の方が後ですが)

もう一つツッコミ入れとかにゃってところもあって、類似応募禁止の規定が;

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応募者本人が創作した未発表作品で、同一作品が他のコンテストに応募されていないもの。
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となっているんです(*''*)。これって初めから死文化してるってことじゃん!「応募者本人が創作した」と謳っているところもかなーり笑わせてくれますが、ツルに言わせりゃ、当然「同一」だけでなく「類似」もカバーしておかねばただのザル。著作権の(というより著作物の、かもしれない)保護のみの観点からこんな規定にしておくから、低級なリサイクルが罷り通るのではないのかね。それこそが、まるごとテンプレデザインの横行を許す下地になっているのではないのかね。
「日本のデザインはなぜダサいのか」なんぞをぐだぐだ論じる前に、まずその辺りを内側から何とかしておくれやす。

え?そんなことではデザイナーは干上がってしまう?そうでしょうね。クライアント毎に多様化しつつあるニーズに応えて最適化されたパフォーマンスとソリューションをオファーできないんなら。(なんとなくソレっぽい言葉を並べてみました)

もちろんこれは過激な論であって、通説的立場でないことは承知しています。
しかし、デザイン業界に身を置く人たちであっても、昨今のキャラクター/シンボルマーク/ロゴマーク/自治体章類のデザインの貧しさに眉をひそめる向きはあろうと思うんだけど。

あっ!!一つ見落としてました。[ま]もあるにはあったんだ。

【PNまつり 第5弾】
鳥取県境港市
境港天然本マグロPR推進協議会
境港まぐろPR ロゴマーク
フォルム
境港まぐろPR

これはまあ変化球といったところですかね。

(続く)

2014年10月 7日 (火)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その114:豊田市こども発達センター・長野県飲食業生同組合)

(承前)

塩崎一族の[へのへのもへじ系]デザイン、今回は「た行」「な行」の出番です。

愛知県豊田市
豊田市こども発達センター
ロゴマーク
塩崎エイイチ(66歳)
豊田市こども発達センター

2010年11月にセンター設立15周年を記念して発表されたもので;

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豊田の[と]をモチーフにして、[子ども]を中心に[お母さん]と[お父さん]、みんな笑顔いっぱいの家族を描きました。このロゴマークがご家族、市民の皆さまに親しまれますように。
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というのはいかにも塩ロゴ好み。保健・防犯あたりにも類似のパターンがある、例えば。

【その58】
奈良県
奈良県安全・安心まちづくり シンボルマーク
塩崎榮一
奈良県安全・安心まちづくり

[な]ですよ、これ。

豊田市こども発達センターのマークがどれだけ活用されたかはわからないけど、ご当地ではその後2012年3月にこんなのもできていた。

【その38】
愛知県豊田市
豊田農産物のブランドマーク
塩崎エイイチ
豊田農産物

同一自治体内で完全同一名義というのは、一族には珍しいことだと思う。一旦採用された地域では敢えて違う名前を用いてる気がしますんでね(^_-)。

長野県
長野県飲食業生活衛生同業組合
キャラクター
(優秀賞)
福添あゆみ(大阪市生野区)
長野県飲食業生活衛生同業組合

これも[な]ですな。こんなん↓と双子になるかな。

【その49】
長崎県 長崎市・五島市・南松浦郡新上五島町
海フェスタながさき 〜海の祭典2010 長崎・五島列島〜
シンボルマーク
塩崎エイイチ
海フェスタながさき

♪うちとおんなじね〜 [な]が良しね〜〜

ほんでもって長野だから[リンゴ]を「丸ブー」の赤丸の代わりに盛ったわけだ。[舌ぺろ]+[箸]は今までも見てきたとおり、塩ロゴにはいっぱいあります。
この団体がどんなことをやっているのかも一応調べてみましたが。

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『長野県飲食業生活衛生同業組合』とは、「生衛法(生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律)」に基づき、長野県内の飲食業者によって組織された組合です。

〔中略〕

当組合は、飲食業について衛生措置の基準を遵守し、経営の健全化、振興等を通じて衛生施設の改善向上を図るため、自主的活動を促進するとともに、過度の競争により適正な衛生措置を講ずることが阻害され若しくは阻害されるおそれがあり、又は営業の健全な経営が阻害され若しくは阻害されるおそれがある場合に、組合員の経営の安定をもたらすため、営業の振興の計画的推進等の措置を自主的に講じ、もって公衆衛生の向上と増進に資することを目的としています。
また、飲食に起因する「食生活」の不安を未然に解消し、すすんで食品等の自主的な品質管理及び環境衛生の向上を図り、もって食生活の安全に寄与することを使命とします。
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なんのことやら。つまりは「安全で安心な飲食業を」ということらしいんだけど、いまいち加入のメリットが明確かつ魅力的とは思えなかった。実際「会員数の減少が止まらない」ことが最大の懸案事なんだそうで、ある意味、過疎の村のご当地キャラクター制定と似た状況なんでしょうかね。

広報誌を読んでみると、一気に時代が15年ぐらいフラッシュバックする。

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(飲食生同だより 第四六号)

長野県飲食業生同組合のキャラクターができました
 事業委員長 武田雅成

 マスコットキャラクターは、現在本当にいろいろな場所で活躍しています。
 そこで当組合もホームページを活用し一般から公募したところ、全国からの応募が23点もありました。改めてホームページの威力を認識致した所です。その中から、最優秀賞に長野県小海町在住の井出裕美さんの作品、優秀賞に大阪の福添あゆみさんの作品が選ばれました。名称は「ながのん」に決まり、井出さんのデザインが使用されています。
 キャラクターを作り使うということは様々な利を生むことが出来、より求心力を得られたり、人を集めること、又、飲食生同の利益を生むことが出来ると思います。
 組合としては、県飲食生同のイメージを挙げることや、組合の認知度のアップ等組合員の意識向上をも狙ってキャラクターを使っていく必要があると考えています。
 さらに本来の目的以外に、商品にキャラクターを付けて販売したときに、キャラクターを作った目的にもかかわらず、その商品のヒットとともに、キャラクター自体にも人気が出て、様々なグッズ展開も可能となり、二次的な利を得ることが可能となります。
 キャラクター一つで国や県、市町村が潤い活性化するという事自体からも充分、キャラクターを作り使用するということは有意義であるのは事実と言えるでしょう。
 県飲食生同でも、店舗の目立つところに貼っていただくシールを作成するとともにキャラクターグッズの第一弾として「スマスタ」を作りました。スマホが普及するのに合わせ各店舗で宣伝していただけたら幸いです。店頭価格500円。販売店や支部にも多少ですが手数料が入るように企画しております。

(後略)
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ヒャッハー!2013年10月の記事ですよ。キャラクターが決まったのは7月。とても21世紀の話とは思えんな。
あっ、でも「スマスタ」なんて新しいコトバ、知らんかったですぅ。「スマートフォンスタンド&ストラップ」のことなんですって。どれだけ売れたらpayするんでしょう(爆死)。担当者には長崎の対馬あっぽ隊の爪の垢でも煎じとけってか(これっ!)。

【2014.05.16「様々なる意匠? 中」】
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(2013.04.24 対馬観光物産協会blog 抜粋)

インターネットで公表するだけで、翌日にはキャラクターたちが大ブレイクしているという、インターネットが普及し始めた1998年ころに誰もが夢見てたような状況が発生すればいいのに!(殴)
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うはは。地理的な僻地の方がネットの恩恵は享受しやすいわけだし、その限界についてもより敏感だろう。どっちの方が田舎かってなことじゃなくて、結局は感度/リテラシーの問題になるんでしょうけど。

(続く)

2014年10月 5日 (日)

【番外編】配達されない三通の手紙:四通目 第三葉(ハルスくん・駒ヶ根ハーフマラソン・〈湖南市10周年〉・〈トモニン〉・〈住之江区虐待防止あったかネット〉・〈高砂市60周年〉)

(承前)

【参考データ②】

「赤一色」というのも駒井作品にしばしば見られる、そして他の作家にはついぞ見出すことのできない特徴。

〔2013年6月デザイン決定・2015年7月愛称決定〕
愛知県半田市
はんだスポーツの日 シンボルマーク
ハルスくん
駒井 瞭
はんだスポーツの日 ハルスくん

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[は][ん][だ]の文字の組み合わせ及び広く愛されるようキャラクター的なデザインとなっています。
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(優秀賞)
森永紗輝
西川高志

(応募総数)
101点

(愛称)
山田圭介(東京都:会社員)

愛称がついたのは意外にも2年以上後になってから。半田市の "Handa" と健康の "Health" からのネーミングだそうな。"Sports" じゃなかったのね。山田は「ハンスくん」てな候補もきっと出してたに違いないわ(笑)。
そりゃまどうでもいいけど、シンボルマークだのロゴマークだのの安易なキャラクター化、何とかなりませんか?んー、それだけ経って命名されるってのはそれだけ大切にされてるんだろうからよしってことなのかね。
 
 
〔2014年9月決定〕
長野県駒ヶ根市
信州駒ヶ根ハーフマラソン 大会シンボルマーク
(応募作品)
駒井 瞭(*)
駒ヶ根ハーフマラソン(応募作品)

(*)本公募では採用作品を除いて作者名は公表されていない。しかし、本作品はあらゆる点で駒井デザインの特徴を備えていることから、このように断じておく。

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二つの[アルプス]、[天竜川]に、[こ](顔)[ま](左手・顔・左足)[ケ](右手・顔・顔左上部)[ね](右手・右手下部・顔・右足)の文字を組み合わせ、見る、走る、支える信州駒ヶ根ハーフマラソンの明るく元気な姿をデザイン。
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残念ながら、「走る」姿とは到底言えませんな。スポーツネタであることも「ハルスくん」と同じだけど、それにせよどうしてこうまで似てしまうのだ。何も変わってはいない、デザインが、手法が、発想が。

それだけじゃない。隣接する飯島町で同年発表された「まちおこしソング」にも実はこんな歌詞が(cf. 2015.09.07「朝陽のうた、夢のうた」)。

長野県上伊那郡飯島町
まちおこしソング
ふるさとの愛 〜いいねいいじま〜
(作詞)駒井 瞭

「二つアルプス」
「流れ天竜」

この大会は、30回続いた「中央アルプス駒ヶ根高原マラソン」(3km・6km・15km)が、2013年から距離を伸ばし、スタート/ゴールも市街中心地に移してハーフマラソン(21.0975km)にリニューアルしたもの。デザイン決定時の2014年9月28日(日)に開かれた第2回では、前日に起きた御嶽山の噴火のため、関係者は気を揉んだに違いない。

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現在、駒ヶ根では降灰の影響をほとんど受けておりません。現時点では予定通り大会を開催いたします。明日午前5時30分頃に最終判断をします。(19時30分現在)
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(採用作品)
新田憲明(64歳:香川県東かがわ市:グラフィックデザイナー)

(応募総数)
57点
 
 
同類項はまだまだあって・・・

〔2014年3月発表〕
滋賀県湖南市
湖南市制10周年記念事業 シンボルマーク
駒井 瞭(78歳:大阪府東大阪市)
湖南市10周年
(cf. 2015.03.27「十年に一度の逢瀬:1」)

(優秀賞)
濱口温男(高知市)
中村順平(東京都日野市)

(応募総数)
44人 61点
 
 
これ↑をいろいろひっくり返した風情なのがこれ↓。

〔2014年3月デザイン発表・8月愛称発表〕
厚生労働省
「仕事と介護を両立できる職場環境」の整備促進のためのシンボルマーク
トモニン
駒井 瞭(大阪府)
トモニン
(cf. 2016.05.16「繰り返す 繰り返す さざなみのように 〜〜ただ繰り返す〜〜 引き波」)

(愛称)
佐藤文浩(北海道)
堀井信行(東京都)

(応募総数)
デザイン 33点
愛称 178点
 
 
Double Faceになるとこう↓で;

〔2013年7月発表〕
大阪市住之江区
住之江区「虐待防止あったかネット」プロジェクト シンボルマーク
駒井 瞭(大阪府東大阪市)
住之江区虐待防止あったかネット
(cf. 2016.05.15「繰り返す 繰り返す さざなみのように 〜〜ただ繰り返す〜〜 寄せ波」)

(応募総数)
9点
 
 
そしてこれ↓もあり。

〔2013年10月決定〕
兵庫県高砂市
市制施行60周年 記念シンボルマーク
(入選)
駒井 瞭
高砂市60周年(駒井案)
(cf. 2015.04.07「十年に一度の逢瀬:4」)

(最優秀賞)
立志哲洋

(優秀賞)
塩木亜弥
藤原沙耶香

(入選)
駒井 瞭
堀江 豊
梅村元彦
工藤和久
岸本拓真

ア、高砂と住吉の両方で選ばれてるんだ!大阪市の住之江区と住吉区は隣接する別の区だけど、元々はどちらも「すみのえ」と呼ばれた同じルーツ。前に高砂市のところでこう書いたでしょ。

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謡曲「高砂」に基づいているのだと思う。ご当地播磨国高砂の浦と摂津国住吉(すみのえ)の浦に離れて生える「相生の松」の謂れを、尉と姥(実ハ高砂、住吉ノ松ノ精)が九州阿蘇宮の神官友成に語って聞かせる、という内容です。
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そうか赤一色は自らの目出度いご長寿を寿ぐものだったんだ
 
 
果てしない丸ブーの連鎖が、右手の指先から迸る血飛沫が、屹立する男根のアレゴリーが、眩惑を呼ぶ。この暗いオーラはどこから来るんだろう。

数年前、さる日本人男性がタイで体外受精と代理母出産によって子どもを十数人設けたというニュースが世間を騒がせました。これがさるIT企業の御曹司、ぶっちゃけ言えば、株式会社光通信のCEO兼会長重田康光の長男、重田光時だということで波紋は大きくなった。東証一部上場、けどいつまで経ってもBlack企業のイメージを脱し切れないと言った方が早いかもしれない、アノ会社。
当初は人身売買の疑いありとの趣旨だった報道も、「毎年10人子どもを作り、最終的には100人か1000人ももうけたいと語っている」なんて報じられるに及んで、謎は一層深まった感じ。まさに光の中の闇です。
ツルは、この話に、歪んだ(「ゆがんだ」と読んでもらっても「ひずんだ」と読んでもらっても結構)自己愛みたいなものを強く感じた。あるいはそれは劣等コンプレックスの表出なのかもしれないけれど。

駒井の作品にも同じ匂いを感じる。同じ顔の分身/クローンをひたすら再生産しながら、自己の回りに侍らせるイメージ。そうしてこれらのunique faceの作家は、自ら吐き出した柔らかな繭の中に王国を築き上げていく。「全国に向けて発信していく」という思想など、そこにはないのかもしれない。

それはテンプレ公募ガイダーには多かれ少なかれ皆言えること。しかし、このようにツルが感じるのはこの作家だけなんだけど。
ズレているでしょうか。

2014年10月 3日 (金)

【番外編】配達されない三通の手紙:四通目 第二葉(〈福井県立大学〉・一関高専・常盤協議会・〈静岡県森町ロゴ〉・JAしらかわ40周年・中島村ロゴ)

(承前)

 

【参考データ①:つづき】

 

駒井デザインは、Minimumな連続的変化を繰り返しながらずっと続いているわけで。

 

〔2012年5月発表〕
福井県吉田郡永平寺町
福井県立大学
コミュニケーションマーク
駒井 瞭(77歳:大阪府東大阪市)
福井県立大学
(cf. 2013.02.03「咲いた桜になぜ駒つなぐ」)

 

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県立大学の英文略号[F](緑)[P](赤)[U](青)をモチーフとして、日本海、若狭湾、嶺北・嶺南の自然を背景に、県木[マツ]のたくましさと県鳥[つぐみ]のはばたきで、福井県立大学の明るく元気な姿をデザインしたものです。
[緑]は新しい時代にふさわしい魅力ある大学と理想の明日を拓く創造性を、[赤]は特色ある教育・研究を行う個性ある大学と燦然と輝く人・もの・情報の発信を、[青]は地域社会と連携した開かれた大学とあらゆる可能性への限りない挑戦を表現しています。
また、これは21世紀をリードする福井県の「公立大学法人福井県立大学」が“地域と世界に開かれた知の拠点”として力強く飛翔発展する勇姿を象徴したものです。
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「Fukui Prefectural University」の創立20周年を記念して、校章とは別に新たに制定したもの。どこにツグミの羽ばたきが聞こえるのだろう。どこに「Communication」のよすががあるのだろう。

 

(応募総数)
598点
 
 
〔2014年3月(?)決定〕
岩手県一関市
一関工業高等専門学校
ロゴマーク
(優秀賞)
駒井 瞭(大阪府)
一関高専(優秀賞)

 

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[太陽]輝く[栗駒山]と[北上川]映えて、学校名の英語表記の[頭文字]を組み合わせた。
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(佳作)
駒井 瞭(大阪府)
一関高専(佳作)

 

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一関高専が21世紀をリードし国際的に力強く飛翔活躍する勇姿を象徴した。
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こちらは「Ichinoseki National College of Technology」の創立50周年記念で、校章とは別に定めた点も福井県立大学と同様であり、いわば双子の兄弟になるはずだったんだけど。駒井はなんとダブル入賞を果たしている
文章の方も、もう書くことがなかったんですね(._.)。それでも応募しちゃうという点こそ、この作家の欺瞞的態度だと思う。

 

(最優秀賞)
小池友基(群馬県)(cf. 2014.10.14「新旧校章艶姿」)

 

(優秀賞)
駒井 瞭(大阪府)

 

(佳作)
工藤和久(青森県)
駒井 瞭(大阪府)
 
 
〔2013年2月決定〕
滋賀県草津市
人と地域が輝く常盤(ときわ)協議会
シンボルマーク
(優秀賞)
駒井 瞭(大阪府東大阪市)
常盤協議会(優秀賞)

 

実は一関高専の優秀賞と双子の関係に立つべきはこちらだったのかも(笑)。少し角度をずらしたぐらいじゃねえかよ。

 

(採用)
今井弘美(大阪市)(cf.【その45】)

 

(優秀賞)
駒井 瞭(大阪府東大阪市)
栗山照州(福岡市)

 

(応募総数)
37点
 
 
2015年にはこんなものも。

 

〔2015年10月発表〕
静岡県周智郡(しゅうちぐん)森町
ロゴマーク
駒井 瞭(大阪府東大阪市)
静岡県森町ロゴマーク
(cf. 2015.11.28「実は悲劇ではなく喜劇、ドタバタ調の」)

 

(応募総数)
167名 246点

 

〔2013年10月決定〕
福島県白河市
JAしらかわ(白河農業協同組合)
合併40周年 記念ロゴマーク
(最終選考者①)
駒井 瞭(大阪府東大阪市)
JAしらかわ

 

(採用作品)
梅村元彦(愛知県春日井市)

 

(最終選考者)
①駒井 瞭(大阪府東大阪市)
②工藤和久(青森県弘前市)
③宝谷隆博(福岡市)

 

(応募総数)
41点

 

2013年に合併40周年を祝賀したこの農協も今やもうない。2016年3月1日、JAしらかわとJAすかがわ岩瀬とJAあぶくま石川は合併して「JA夢みなみ」となった。梅村デザインに取って代わった新しいロゴマークは草野敬一(長崎市:デザイナー)の作品。それって結構笑えます。尉たちのロゴ競べ。いや、笑えないか。
 
 
〔2014年5月決定〕
福島県西白河郡中島村
ロゴマーク
(優秀賞)
駒井 瞭
中島村ロゴマーク

 

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「なかじまむら」の[文字]を組み合わせ、「中島村」の明るく元気な姿を親しみ愛されるようデザイン。
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JAしらかわは次点だったからいいだろとばかりにマイナー手直しだけで中島村に出した、という印象。これまた双子的な役どころだと思うけど、一番驚くのは、僅かな部分とはいえ白河市と中島村が隣接していることです(@_@)。塩崎一族ならば、工藤一族ならば、井口一族ならば、せめて別名義を使ったところであろうに(こらこら)。
ジモティの間で話題にはならなかったのだろうか。中島村の担当者も、半年前に結果発表されたばかりの隣町の公募のことを知らなかったのだろうか?いやいや、それとも知っていて、or 知っていたから本作品を選に入れた、なんてことではあるまいな。

 

もの云へば唇寒し秋の風
       はせを

 

(最優秀賞)
居関孝男

 

(優秀賞)
駒井 瞭
松岡英男

 

(応募総数)
61点

 

[サクラ]に紛れて見えにくいけれど、基本フォルムはかなんの桜ロゴマーク佳作(2013年12月発表)からの転用。また、これに顔をつければ小笠原諸島返還40周年シンボルマークになるわけ。実際には小笠原(2007年11月決定)の方が先だけど、閉じたループの中で回り回っているという場合に、時系列で追うことには何の意味もあるまい。

 

かなんの桜 小笠原返還40周年

 

因みに中島村では同時にご当地キャラクターも公募し、まさに真正塩キャラ!な「なかじぞうさん」を選んでいる(cf.【その120】)。
 
 
デザイナーとかクリエイターとかアーティストとか、そういう人たちって、卑近な言葉でざっくり言えば「センスがいい」ってのがウリのはずでしょ。でも、そういうのをまるで感じないんだよね、生み出された個々のデザインの質がどうとかを問う以前に。

 

(続く)

2014年10月 1日 (水)

【番外編】配達されない三通の手紙:四通目 第一葉(阿賀野市章・岡山瀬戸高等支援学校・埼玉県臨床検査技師会・柔道整復研修試験財団・置賜自給圏推進機構)

【前口上】

いつもタイトルにはそれなりに気を使っているんですけど。今回は随分迷いました。「それって許されるの?:Recycle 2」にしようかとも思って。でも、「二通目」で下手を打ってしまったので、リベンジを兼ねて「四通目」としました。意表を突いたつもり
まあ、お読み下さいな・・・。

(なお、本稿においては、事後的にいろいろと書き足しました。それだけ類似作品が多いってことですね。以下は2016年5月末時点での最終稿です。従ってその辺りに置く方が妥当かもm(__)m。)

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拝啓

K井 R 大兄

風薫る五月もはや行き過ぎようとしております。今年は春先から大きな災害が起きましたり、あるいは例の五輪エンブレム再公募の結果が発表されましたり(貴兄も御応募のことと存じます)、はたまた伊勢志摩サミット開催でご当地でも厳重な警戒が敷かれていようかと拝察いたします。何かと落ち着かぬ昨今でありますが、如何お過ごしでしょうか。

先にお便りを認めましたのは昨年の桜の季節でしたから、もう一年以上も経ちましたとは、全く、光陰矢の如しとは馬齢を重ねる毎に身につまされる言葉であります。

さりながら、この間小生も全国にわたる貴兄の足跡を追い続け、その度に驚嘆を新たにいたしておりました。
御名前が記されていない作品も一部にはあるようですけれども、これとて貴兄の手になること、疑うべくもありますまい。

とともに、先に書かせていただいた節には小生はまだ貴兄の精神性を何一つ理解しておらなかったのだと思い知った次第です。永遠に続く連鎖を突き詰めていかれることのみに貴兄の創作の源泉が存するものと、今では弁えております。

本年も間もなく鬱陶しい梅雨の季節に入りましょうし、心地好い気候もなかなか長くは続くまいと存じます。御身大切になさいますよう、蔭ながら祈り上げます。

敬具

鶴湊亀之進

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【参考データ①】

〔2003年11月決定〕
新潟県阿賀野市
市章
駒井 瞭
阿賀野市章

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阿賀野市の[ア]で[阿賀野川]に抱かれた[緑]豊かな阿賀野市の明るく元気な姿をデザインしました。
[赤]はさん然と輝く希望の[太陽]とみなぎる活力を、[青]はオアシス都市の誇る人・もの・情報の発信と市民の手をつなぐ協働・共生を、[緑]は理想の明日を拓く創造性とひろがる夢や未来を表現し、全体で「21世紀に躍進するオアシス都市 阿賀野」が力強く飛翔し、発展する勇姿を象徴しています。
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おお、ここにこそSuper Cliche「21世紀をリードする」のRootsがあったのだね(T-T)。

(応募総数)
359点
 
 
〔2009年2月決定〕
岡山市
岡山県立岡山瀬戸高等支援学校
校章
駒井 瞭(大阪府東大阪市)
岡山瀬戸高等支援学校

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瀬戸町の町木[まつ]映える中四国の豊かな自然を背景として、学校の英文標記 OKAYAMA PREF. OKAYAMASETO UPPER SECONDARY SCHOOL FOR SPECIAL NEEDS EDUCATIONの頭文字[O][P][O][U][S][S][S][N][E]の文字を組み合わせ、岡山県立岡山瀬戸高等支援学校の明るく元気な姿をデザイン。[赤]は学校に凛然と輝く希望の[太陽]とみなぎる活力を、[緑]はスクールカラー常磐色で、しっかり学び自ら鍛え目標に向かってチャレンジする。地域で明るく笑顔で生活する生徒を表現し、これは又、21世紀をリードする岡山県の「岡山瀬戸高等支援学校」が力強く飛翔発展する勇姿を象徴したものである。
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(応募総数)
14点
 
 
〔2014年1月発表〕
さいたま市浦和区
公益社団法人 埼玉県臨床検査技師会
ロゴマーク
駒井 瞭(グラフィックデザイナー)
埼玉県臨床検査技師会

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[太陽]輝き県木[ケヤキ]映える[秩父山脈]、[利根川]、[荒川]の豊かな自然を背景として、患者様と臨床検査技師が向かい会って高度の臨床検査を行う姿をモチーフに、会の英語表記のSAITAMAの[S]、Associationの[A]、ofの[O]、Medicalの[M]、Technologyの[T]の文字を組み合わせ、県民の健康増進と臨床検査の進歩・発展に寄与し続ける「埼玉県臨床検査技師会」の明るく元気な姿を、誰でも一目で見てよくわかり広く愛し続けられるようデザインし、これは又、21世紀をリードする「公益社団法人埼玉県臨床検査技師会」が力強く飛躍・発展する雄姿を象徴したものである。
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(応募総数)
21点
 
 
〔2013年7月商標出願〕
東京都港区
公益財団法人 柔道整復研修試験財団
ロゴマーク
駒井 瞭(77歳:大阪府)
柔道整復研修試験財団

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施術を行う[柔道整復師]をモチーフとして、財団の主要3事業(国家試験・免許登録、認定実技審査、卒後臨床研修)を3つの[円弧]に描き、又、財団の英語表記(Foundation for Training and Licensure Examination in Judo Therapy)の[頭文字]を組合せました。力強く飛翔発展する勇姿をイメージしました。
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果たしてこんな団体がロゴマークを作る必要が本当にあったのだろうか?そもそも、こうした財団でなくとも社団の場合(会社を含め)だって、コーポレートロゴを作成する目的は究極どこにあるのだろう。

(佳作)
山口登一郎(東京都)
 
 
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【2016.05.18 追記】
そして、この系列で最新のものがこれ↓。

〔2015年11月決定〕
山形県米沢市
一般社団法人 置賜自給圏推進機構
シンボルマーク
(優秀作品賞)
駒井 瞭(80歳:大阪府東大阪市:グラフィックデザイナー)
置賜自給圏推進機構(駒井案)

(最優秀作品賞)
関 玖瑠未(20歳:山形県南陽市:東北芸術工科大学デザイン工学部グラフィックデザイン科3年)

(優秀作品賞)
駒井 瞭(80歳:大阪府東大阪市近江堂:グラフィックデザイナー)
斎藤可那子(26歳:愛知県名古屋市西区:グラフィックデザイナー)
井上麻由(35歳:東京都荒川区:グラフィックデザイナー)

(応募総数)
66点
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笑ってられないけど、でもやっぱり笑っちゃうよなー。
駒井のお気に入りClicheは「21世紀をリードする」&「飛翔発展」と見切りました。けれどこの超テンプレガイダーの繰り返す「駒井式ひらがな/アルファベットCryptography Method」については、ゆめゆめ確認しようとなさいますな。どだい無理なのだから。つまりはこの発想自体が変えられぬClicheなのだから。
それともこの作者には、真実そのように見えているのだろうか。であれば、これらのデザインで作者の意味したところは、それを利用する者に(あるいはそれを選んだ制定側の担当者にも)伝わったとは言えないではないか。言葉に頼るようではデザインとして失格だろうに。

(続く)

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