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2014年11月19日 (水)

流浪の民:ソプラノの部

久しぶりに文語体、いってみませう。ネット上のいろいろなところで取り上げられている歌曲ですけれども(伏線)。

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流浪の民
 曲:Robert Schumann
 詩:Emanuel Geivel
 訳:石倉小三郎

ぶなの森の葉隱に 宴壽ひ賑はしや
松明明く照らしつつ 木の葉敷きて倨居する

是ぞ流浪の人の群 眼光り髮清ら
ニイルの水に浸されて 煌ら煌ら輝けり

燃ゆる火を圍みつつ 強く猛き男息らふ
女立ちて忙しく 酒を酌みて差し巡る

歌ひ騷ぐ其が中に 南の邦戀ふるあり
厄難祓ふ祈言を 語り告ぐる嫗あり

愛し少女舞ひ出でつ 松明明く照り遍る
管弦の響き賑はしく 連れ立ちて舞ひ遊ぶ

既に歌ひ労れてや 眠りを誘ふ夜の風
慣れし故郷を放たれて 夢に樂土求めたり
 慣れし故郷を放たれて 夢に樂土求めたり

東空の白みては 夜の姿掻き失せぬ
塒離れて鳥啼けば 何處往くか流浪の民
何處往くか流浪の民 流浪の民
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擬古典調、かっくいーー!!

しかし付け焼き刃の悲しさ、石倉小三郎(*1)がいつガイベルの詞を訳したかがよくわからないんだけど、おそらくは明治のことでしょう。

(*1) 1881年(明治14年)6月15日〜1965年(昭和40年)10月30日

壽ひ=ほがひ
倨居=うつゐ
息らふ=やすらふ
厄難=なやみ
祈言=ねぎごと
愛し=めぐし

ですね。頽唐派の歌人、吉井 勇(*2) (実はイメージに似合わず維新貴族の伯爵だった)の処女歌集「酒ほがひ」(*3)は「さかほがい」です。「酒もて寿ぐ」ほどの心なるらん。

かにかくに 祇園は戀し 寝るときも
 枕の下を 水のながるる

(*2) 1886年(明治19年)10月8日〜1960年(昭和35年)11月19日:今日が命日「勇忌」だ!それに合わせて【失われた友を求めて】→【慣れし故郷を放たれて】と書き進めてきたのさ

(*3) 1910年(明治43年)刊

さらに当然;

男=をのこ
女=をみな
少女=をとめ
東=ひんがし

となむ読むべかりける。

ツル的には、

慣れし故郷を放たれて
夢に樂土求めたり

のフレーズが真骨頂。これはあくまで「こきょう」ですけど。

男女混声の四部合唱が、
 谺しながら
  幾重にも谺しながら
   幾重にも谺しながら
    幾重にも折り重なって降ってくる。
It will haunt you. 年賀状のモチーフにしたいぐらいだ、能の謡曲本テイストで。

この曲のこの部分は、1977年(昭和52年)3月24日、ある日本人の少女が小学校の卒業式の合唱の中で歌ったソロがYouTubeに残されている。小学生とは思えない、ことのほか美しい歌声なのに驚くとともに、形容し難い何物かが異常な力で迫ってきて、思い切り鳥肌が立ちました。少女の名は横田めぐみ。拉致という北朝鮮の暴虐によって彼女の運命が大きく狂わされたのは僅かその半年後、1977年11月15日です。今から実に37年前、今は50歳。人生の残酷に粛然とする。

慣れし故郷を放たれて
夢に樂土求めたり

たった10秒に満たない歌声だけど、それだけのためにYouTubeにアクセスする価値があります。
そして、彼女がインターネットで昔の自分の歌声を聴く機会は果たしてあるのだろうか。

(続く)

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コメント

 こんにちはー。G県のI氏とか表記がツルさんらしくないのですが、その方面への対策に路線変更ですか。直球ファンの私には少しもの寂しいですが。
 夕べはシューベルトの「魔王」を聴きまくっていて、今も頭の中を駆け回っています。今日は待ち時間があったので、日本タイポグラフィー協会のHPを初めて見ましました。このassociationがまだ存在意義を持ってオーラを放っていること驚きです。私もまだ青い20代、師と仰いだ御名前もチラホラ。その頃を懐古してみますが、忘れちゃいないもんですね。若い頃身につけた事って。文字の組指定で「MM-OKLツメ打ち斜体②45°ライン揃え箱組」とか言ったら、会の方には仰天して乱舞する人がいるやも。30年前にはウルトラ級の芸だが、テキストのコメントだけでの説明は無謀かな。
 MITSUBISHIのマーク(三菱紋)の左下一個の「平行四辺形の菱(以下◆)」を思い描いてください。文字の上に板蒲鉾状の凸レンズを斜めの置くと文字に斜体がかかります。それだけだと「◆」の斜め線が垂直になってしまいます。なので「◆」の斜めに向いた本来水平の線を仮想ベースラインとして斜め上に次の文字を組み上げていく。文字の送り量に対して正確なベースラインを保つには上に調整する量、改行した基点が箱組みに見えるXY座標値を求める数式がcosθ、tanθ(半世紀近く前、高石ともやの受験生ブルースでは「♪サインコサイン何になる ♪富士山麓に鸚鵡鳴く(2.2360679)」と嘲弄するが、私らには実用数学だった!)そう三角関数の計算式なのです。さらに、ツメ打ちなのでカナは一文字ずつ送り量が違うので、上げる量も随時計算していく。小数点以下を適当に切ったり、計算を間違うと文字列は弧を描いてしまいます。箱組みなので行末に半端が出ては駄目。「ア」と「イ」を食い込ませたりバランスの間合いを取り、帳尻を合わせる(計算ずくで)訳です。一日中頭の中は√1.2.3でありました。さらに、さらに、一連の組版イメージは可視できないのです。現像しないと分からない平面造形を数字に置換えています。乱数めいた数字の一つ一つは今でいう所のアンカーポイントとハンドルで、点と点を繋いだものが造形物かというと少し違うのですが(ベジェが理論も出していない頃ですから)、今の人には絶対に見えてほしい、見えないと困る文字光情報はレンズ、シャッターを通り印画紙に露光される。これが実は「写植(社食ではなく)」というものなのです。今考えると、文字組の美しさは「どうしてこんな!(伊語でCountach)」という疑問に始まり、「誰が」という話題性とステイタスが生まれ、価値が付いていった時代だったんです。時折しもスーパーカーブームでしたから(笑)。とんだ所まで引きずり込んでしまいましたが、門外の方には理解できなくていい事です。
 話を「仰天乱舞…」あたりまで戻りましょう。昔は「ここの会員だと箔が付き営業しやすいが、門戸は固い」と囁かれ、気高く崇高なイメージでした。タイポが一人歩きしていた時代から、文字と絵と色、紙面のバランスと、幅広くトータルでDirectorできないと遺っていないはずですから、今や「タイポグラフィー」とは多くの語彙を含むものなのでしょう。HPの印象ではデザインと一括りにする中に、こだわりと誇りを垣間見えます。私もそうだけど「デジタルの時代に融合して生き残っているんだねー」感慨深いです。言葉に詰まります。だから、工藤氏、平山氏、中本氏らの所業をつけ狙って批判したりはけ口を求めているのかもしれません。でも、結局は善かれ悪かれ彼らの刺激を受けているのですけど。
 ツルさんはおそらく「井口」をクリックして入られた世界なのでしょうか。見方も感じ方も違って当たり前、違う業界の方とのギャップを埋めようなんて目論みはさらさらありませんが、デザインや美を表現する、語るにあたって、彼らのルーツや経験は遺産であり今日の活躍と繁栄を導いているものと言い切りましょう。…そしてこの落差たるや。小池氏は若いし札幌市場の作品など評価できる。期待している。工藤氏はもう、公募以外営業はしてないんだろうけど、公募を貶めるな。旋盤工に戻られたら。今思ったけど、公募賞金って所得ですよね。確定申告してますか、工藤さん。多くのガイダーさん。私も、し、したことありません。
 因に、私は一時期名刺の肩書きに「タイポグラファー」と名乗ったことはありますが、このassociationとは縁もゆかりもありません。会員となれば大看板ですけど、敷居も会費も高いですねー。
 グアムネタ、ナウルネタもあったんですけど長くなりました。徒然に折々。

PAVO-KYさま

おおっと、そういう見方もありましたか!決して転向したわけではありませんで、実は彼にまつわる大ネタを書いている最中でして、そうなると嵐の前のなんとやらで取り敢えず音無しの構えを取っちゃったんです。

ツルはスーパーカーブームの頃は中学生でした(笑)。今はいわゆる事務系会社員ですが、仕事上、制作会社や印刷会社の方と(デザイナーさんを含めて)お付き合いをすることは割とあって、かれこれ平成に入ったあたりからそんな感じがずっと続いています(会社員としては長過ぎやわ、自分)。そんなわけで、昔「つまりは三角関数なんです」と説明を受けた遠い記憶が甦ってきました。(ごく断片的な理解でしたが^^;)

2年も続けていると、「第三者」からややもすると「第2.5者」的に墜ちてしまいそうな瞬間もままあって、でもおっしゃるとおり、そちらには行かないよう敢えて気をつけている次第です。「公募ガイド」誌なんかも、この連載が終わるまでは絶対読んであげないもーんだ(^O^)。

例のAssociationがそれだけ敷居の高いものであるとは存じませんでした。ただ、公募におけるI氏の作品には、タイポグラフィに取り立てて意を用いたものがあるとはどうしても確認できなかったんですね、残念ながら。引き続き鋭意調査中なのですけれども。

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