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2014年12月 5日 (金)

TVの国からキラキラ vs 成人世代

あんなにテレビっ子だったツルも、最近ほとんどテレビを見なくなりましたが。

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TVの国からキラキラ
 作詞:糸井重里
 作曲:筒美京平
 編曲:鷺巣詩郎
 歌 :松本伊代
 (1982.05.21リリース)

TVの国からキラキラ

ねえ こんなの信じていいの
ああ わたしは嘘だと思う
古い少女マンガの まるでヒロインみたい
いつも夢見ていた あの人が
わたしのこと 好きらしいのよ

夜空の星もキラキラ わたしの瞳キラキラ
お花いっぱいフワフワ 飛んでいるわ
見つめられたらキラキラ 彼の瞳もキラキラ
見つめ返せばドキドキ どうなるかしら

ねえ 神様 冗談ですか
ああ 夢なら醒めずにいてよ
だけど少女マンガは いつもハッピーエンド
たぶん夕陽の中 あの人が
わたしのこと 抱きしめるでしょう

涙落ちてもキラキラ 思い出になるキラキラ
街の景色もキラキラ 輝いてる
彼の微笑みキラキラ まぶしいくらいキラキラ
わたしの瞳キラキラ もう 戻れない

"ねえ 君ってキラキラ"

ともだちの顔キラキラ 先生の顔キラキラ
カンニングさえサラサラ なんだかヘン
黒板までもキラキラ 恋の光でキラキラ
なにもかもがキラキラ もう 戻れない
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ツルに言わせりゃ、松本伊代の代表曲は「センチメンタルジャーニー」ではなくてこれである。
糸井重里が力業見せてますなー。「カンニングさえサラサラ」だもんね(@_@)。何よりタイトルがすごく秀逸、「テレビ」ではなく「TV」としたことも、歌詞にその「TV」が一切出てこない乖離も。「テレビに出てる華やかな芸能界の人気者」をこんな感じに搦め手から切り取ったのはそれまでなかったんじゃないかな。小泉今日子の「なんてたってアイドル」だって3年後の1985.11.21のリリース。
それだけじゃない。80年代の歌謡曲をある意味象徴する(代表するとは言わない)のが、この曲と小泉今日子の「ヤマトナデシコ七変化」(1984.09.21リリース)だと思う。歌謡曲自体の転換点という意味で。それは歌謡曲のJ-POPへの遷移をも予告していたと思うけど。

YouTube上のこの曲へのコメントに現在;

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頭よわいんじゃない? バカだったから出来たんだよね。
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とあるのは言い得て妙だと思います。
今だったら、きゃりーぱみゅぱみゅに歌わせてみたい(^。^)y-゜゜゜。

ほぼ同時期、「テレビ」はこんな風にも歌われた。「ビデオ」が一般化する前です。

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成人世代
 作詞・作曲:中島みゆき
 編曲:星 勝
 歌 :中島みゆき
 (1981.03.05リリース アルバム「臨月」より)

臨月

悲しい気持を 抱き締めて
悲しみ知らない ふりをする
笑っているのは 泣き顔を
思い出さずに 歩くため

寂しい気持を 抱き締めて
寂しさ知らない ふりをする
踊っているのは 憐れみを
鎖と共に 捨てるため

テレビの歌は いかにもそこに
いかにもありそうな お伽噺を謡う
夢やぶれ いずこへ還る
夢やぶれ いずこへ還る

隣りを歩いてゆく奴は
誰もが幸せ 昇り坂
転んでいるのは自分だけ
誰もが心で そう思う

大人の隣りを追い越せば
しらけた世代と声がする
子供の隣りを追い越せば
ずるい世代と声がする

電車のポスターは いつでも夢が
手元に届きそうな 言葉だけ選ぶ

夢破れ 何処へ還る
夢破れ 何処へ還る
夢破れ 何処へ還る
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ううむ、これって塩キャラにも言えるかも(そこからもう離れられないツルってのも一体)。いかにもありそうなお伽噺、ね。

ああやだやだ、自分の音楽の引き出しが80年代で止まっているようで。

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文化Field:詩歌/音楽」カテゴリの記事

コメント

こんにちはー。私も昔はいろんなアイドルに猛り狂い親衛隊にも属しました。トイレにも行かないし、屁もしない、芸能事務所によって創り上げられた偶像、聖女でありましたか。あれから30年とか40年(まるでキミマロ口調)。CDの音色は今も色褪せず当時の歌声ですが、afterを見ると同じ生身の人間だとつくづく感じるこの頃です。伊代ちゃん、聖子ちゃん、真理ちゃん、おニャン子、無粋な表情Winkサッちゃんも。近年、天地真理の変貌には立ち直れないようなBody Blowを喰らいましたが、CDやYouTubeでは当時の偶像が鮮やかに蘇るんですよね。映像と歌声、歌詞は脳に深く刻まれ不滅なんです。よくぞアイドルで愉しませて、遊ばせてくれたって。人間だもの食べて垂れて老いも許容しちゃう。中島みゆきはまた別格、たまに「世情」など聴いた日には全身総毛立ちます。あの朗々とした歌いっぷり。唐突に憶測中の推測なのですが、ツルさんは京大でspeaking choirなどあげ運動されていたとか?
そこへいくと、日本中あまたある地域振興キャラたち。突っつき甲斐はあるが、所詮絵に描いた餅や着ぐるみで無機質。飽きられりゃー消えちゃう。また公募か。シワを描いて白髪生やしてリメイクさせてアジを出そうなんて頭はないのだろうか。それでは振興しないか(笑)。ゴールデンハーフの〈チョットマッテクダサイ〉みたいなリバイバルヒットってないんでしょうか。キャラの30年、40年先を見据えるって難しいでしょうが、本当にいいモノ、愛されるモノ、親しまれるモノは遺れるんじゃないでしょうか。工藤さん、多くのガイダーさん、長期保証を付けて取り組んでみてはどうでしょう。やはり、権利者の浅はかな審美眼に行き着いちゃいますか。権利者のいい分も分かりますよ。「こんなのしか集まんなかった」っテカ。 

PAVO-KYさま

うふふ、ゴールデンハーフときましたか。そうなると後はリンリン・ランランか祐子と弥生でも出さないと、ですね(爆)。

ただ、ツルは1962年生まれですが、少年時代、厳密な意味ではアイドルはもうほとんど偶像性を喪失していたように思います。「どこにでもいる普通の女の子」ということは既に盛んに言われていたと思いますし。
雲の上の存在的なことはむしろ親の世代がよく言っていたというか。一番偶像性が強かったのは原節子ではないんでしょうか。前に少し書いた李香蘭や、少し下って吉永小百合もそうでしょうが。「手の届かない高嶺の花」感で言うと、戦前の(?)洋画のスターなんかもまさにそうだったんじゃないかと思います。さしずめ「オーケストラの少女」「格子なき牢獄」「制服の処女」あたりの。(いずれもリアルタイムじゃ知りませんが。)

「聖女」や「天使」の概念はしかし、ツルより少しだけ下の年代にいくと、より大きく変容してせいぜいAV業界の中にしか生き残れなくなったのじゃないかという気もします。

「世情」はツルも強い衝撃を受けました。いつも思い切り鳥肌が立ちます。いつか取り上げようかどうしようか迷っているんですが、いろんなところで優れた論評が展開されてますしねえ。あの難解さには確かに惹かれますけど。
初めて聴いたのは中島みゆきのオールナイトニッポン、確か月曜深夜の第1部でしたよね、そのエンディングで午前3時直前に流れたんですよね(ツルにとっては「金八先生」じゃないんです)。半分眠りながら聞いていたのが、そこへ来て頭を激しくぶん殴られたように感じ、脳が一気に覚醒したのを覚えています。同様の経験は、その後、イカ天の最終回のエンディングで流れた「幸せであるように」by FLYING KIDSしかありません(遺憾ながら)。

あっはっは、ツルの出自、やっぱりそんな風に見えますか・・・・・・・・・、あ。そんな書き方すると誤解されちゃうかしら。百万遍のことは確かにそうですし、どちらかというとleft寄りなのも認めますが、「世情」的なものやNew Left、あるいはカルト信仰の類いとは接点がありませんでした。(だからこそ、「speaking choirの波 通り過ぎてゆく 変わらない夢を 流れに求めて」の解釈に今も迷うところはあります。)
かなりのめり込んでいたのは身体障害者関係のボランティアですね。今の仕事にはほとんど役に立ってませんけど(汗)。

おはようございますー。まずは先日のコメントで「疑問形」の表現に不適切な部分がありましたこと、お詫び申し上げます。ノリとか抑揚以前の稚拙さよ。
さて、「世情 speaking choir」の件で考えておりました。私はチョイワル子なので金八とか仙八とか「道徳のお時間」的なものは嫌いで観ておりませんでした。筋金入りのツッパリが1Hで「しゅん」となるのがアホらしくて…。あのドラマ挿入は担当プロデューサーの演出だったようで、ずいぶん話題となったようです。旭日章紋は出るし、バイオレンスたっぷりで、私は当初「こいつが勘違い第一号か」と見ていました。私はゲバ棒やヘルメットの潜入印象を持たず、speaking choirって舞台演劇、合唱的な意味合いで受け止めておりましたので。甥で劇団四季を目指す演劇部の学士様も「これやりてぇー」と同感していまして今日まで。だったら中島本人から冒涜、毀損の訴えがあってもいいはず。…ところが、YouTubeで「シュプレヒコールの意味」という分かりやすいタイトルを何度も聴いてみました。我々は「成田闘争」「安田講堂事件」を踏まえて考えてしまいますが、「藤女子大」の女子大生としてはそれほど重い意味を込めていなかったように釈明しています。それでも、インパクトのある歌詞には尾ひれが付いて膨らむものですね。
ツルさんは私のとんでもコメントにも「あっはっはー」と一蹴し返してくださる。寛容で博愛精神の持ち主でいらっしゃる…と感じておりましたが、障害者に深い造詣をお持ちのようで。今日は国際障害者デーとかで、だからどうもしないのですが、実は私も障害者には大きく深く関わっておりまして、蘊蓄も半端ございません。折に触れ出すか、忘却の彼方か。雲行きを眺めるように。

PAVO-KYさま

うむ。樺美智子嬢のことですね。さすがに生まれていなかったので、1960年のことはぶっちゃけ歴史上の出来事という感覚ではあります、ツルにとっては。それは1970年についてもあまり変わらないことで。まあ、やや年の離れた姉が2人いますので、同じ年代よりもそのあたり少し古い時代を引きずった精神構造は持ち合わせているかもしれませんが。

一方、百万遍の界隈は、1980年代前半にもその雰囲気を維持していたんですよね。入学式や卒業式には機動隊が路上に控えているのは当たり前でしたし、バリ封で試験が中止になったこともあります。のみならず、構内の建物内で、平日の授業時間中に内ゲバ抗争による殺人があったりもしました。つい先日も似たようなことが報じられていましたよね。
多分、そうしたところも含めての学風であるのかもしれません。時間の流れが少し違うような。

入学時、学部のオリエンテーションで教授達が「この春卒業した中には、久しぶりに在学中に司法試験に合格した学生が出た」と喜んでいたのを思い出します。今思えば、実はそれがあの青山弁護士だったのですけれども。
ツルのいた頃は学内のカルトと言えば統一教会で、東の青山、西の百万遍という勢力図だったかと思います。いつの間にかオウム真理教の牙城になっていて、そこのところに驚きましたけど。ツルより少し上の世代だと日本赤軍になるのでしょうが。

正確にいうと、ツルは点訳サークルに所属していました。入れ込むだけの理由は高校時代にあったのですけれど。(地元福岡の高校時代に化学部に入っていまして、文化祭の時に爆発事故があって・・・というのは全国的にも報じられたので、ひょっとしたらご記憶におありかもしれません。)

月並みな言い方になりますが、特別な街で、得難い人間関係を持ち得た、その意味で自分は恵まれていたと思うことは今でもあります。

すみません、思わぬ自分語りになってしまいまして。

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