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2015年5月 3日 (日)

【番外編】十年に一度の逢瀬:10(足立区80周年・板橋区80周年・延岡市80周年)

(承前)

調べていると、2012年10月1日に80周年を迎えた東京都の区の中でも、全てがロゴやらを作ったわけではないことがわかってきた。

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(2012.02.20 東京新聞 抜粋)

東京二十三区のうち十二区が今年、区制八十周年を迎える。足立のように関連事業に総額一億八千五百万円の予算を計上して華々しく祝う区がある一方、景気低迷の寒風には勝てず、「厳しい予算状況の中、関連予算はつけていません」という区もある。

〔中略〕

事業費が最も大きい足立区は十九の事業を展開する。区民八千人分の笑顔の写真を募集し、その写真で一枚の大きな絵をつくる「笑顔のモザイクアート」を実施するほか、区内の街歩きコース新設に向け、区民からおすすめスポットを募ることを検討している。近藤弥生区長は「この機会に多くの区民へ記念事業に参加してもらい、一体感を醸成したい」と話す。
渋谷区は式典に加え、記念誌作成、海外友好都市への小学生派遣、区内合唱団結成などに計約一億千三百万円を投じる。
対照的なのは目黒区。「財政状況は厳しく、記念事業や啓発事業の予算は確保できない」といい、関連事業はゼロ。中野区も同様で記念式典すらない。財政状況に加え、「そもそも、十年刻みではやっていません」という。中野区の誕生日が祝われる可能性があるのは、二十年後の百周年しかなさそうだ。
品川区は三二年に誕生したが、その後に旧荏原区と合併した四七年を誕生年と位置付け、二〇〇七年に六十周年事業を済ませているため、今年は何もない。
ほかに八十周年を迎えるのは豊島、板橋、杉並、世田谷、荒川、葛飾、江戸川の各区。四百万〜三千七百万円の範囲の予算を組み、記念式典や関係自治体との交流事業、演劇公演などを予定している。

※訂正 02.21
20日夕刊1面「区制80周年 温度差」の記事で、江戸川区の八十周年関連事業予算はゼロでした。
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そういうことだったか。
気前のよさ一等賞の足立区はこんなものを。

東京都足立区
足立区制80周年記念事業 ロゴマーク
(作者不明)
〔2012年3月決定〕
足立区80周年

〔タイトル〕
(作者不明)
「ますますワクワク 明日のあだち」

調べてみて、タイトルが公募されたことまでは判明したんだけど、それに基づいて作ったというロゴについては公募かコンペか委嘱か不明です。[桜]は言うまでもなくご当地の区の木。

足立区と同じく埼玉県に接する板橋区はまた違うアプローチ。

東京都板橋区
区制施行80周年 ロゴマーク
水戸岡鋭治(板橋区:工業デザイナー)
〔2012年7月発表〕
板橋区80周年

水戸岡はこの時デザインワーク全般を引き受けていて、板橋区オフィシャルロゴから記念誌のイラストから記念切手から制作している。九州新幹線などのデザインで今や人気沸騰中の偉ーーいセンセイなんですがね・・・。

[0]の中に収められたアイテムは区の鳥[ハクセキレイ]・区の花[ニリンソウ]・区の木[ケヤキ」というんですが、ニリンソウは桔梗か五花唐花の紋所にしか見えない。ケヤキも明らかに形状が変で(cf. 世田谷区80周年ロゴ)、常緑樹の姿か、さもなくばカシワの葉一枚の印象。区のシンボル3種を数字の[80]にあしらうという発想自体、今の今さらどうなのかね。率直に言って、なんかすごく手を抜かれてしまった感じ。

これまた遠慮せず言えば、足立も板橋も23区中で決してパブリックイメージの高いところではない(Modestな表現です)。杉並、世田谷とはやっぱり大きな開きがあるわけでしょ。だからこそイメージ高揚には特段の注意もお金も払っているはずで、努力の跡も認められはする。けれどこの周年事業については、結果は追いついてこなかった気がします。ライバル区も多かったことだし。

東京から遅れること半年足らず、2013年2月11日に80周年を迎えたのが次の自治体。

宮崎県延岡市
延岡市制80周年ロゴ
中森亜紀(延岡市)
〔2012年7月発表〕
延岡市80周年

〔フレーズ〕
(作者不明)
「つながる はじまる 延岡ものがたり」

この感じ、何だか逆に安心しちゃ〜う。[80]にイニシャル[の]を加味して、ご当地の[高速道路]を上空から見た形も取り入れてあるんだそうな。

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(2012.07.26 夕刊デイリー 抜粋)

アイデアは市職員らから募り、フレーズ70件、ロゴ24件の応募があった。選考委員会でフレーズを決定してロゴ作製を依頼した。
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というから、ひょっとして中森はリデザインを担当した程度なのかもしれない。ずいぶん念の入ったプロセスを経て制作された割には、結果はえらくPlainです。だったら初めからデザイナーに頼めばよろしかったものを。どうせ代わり映えしないものに決まるのならば、無駄のないやり方で、なんてね。

因みに中森はご当地生まれで多摩美術大学卒業、約10年の東京活動後に故郷に錦を飾り、2012年、延岡市80周年ロゴとほぼ同時期に制作したのが次の作品。

宮崎県延岡市
第16回のべおか天下一(てんがいち)薪能 ポスター
中森亜紀
のべおか天下一薪能

これも80周年記念事業の一環だったので、てことはロゴと実質ワンセットになってたのかな。市からの委嘱だったようです。

「天下一が舞う」というだっせえコピーは毎年同じ書体の書きロゴなので、中森の責めに任ずるところではない。おそらくこれは、毎年シテを勤める京都観世流の片山九郎右衛門、正確に言えば2011年1月に襲名したばかりの十世のことを指しているのだろう。京都から超一流の能楽師を招いて延岡城趾で上演するわけですから。こっちは「てんかいち」と読ませたいんだろうな。
因みにこの薪能に長く出演していた父親の九世九郎右衛門(幽雪)は人間国宝(この1月に亡くなったばかり)、姉は京舞の五世井上八千代、さらに言えば祖母は四世八千代というすんごい伝統芸能一族です。京の都の文化をキッチリ牛耳ってはりまんにゃわ(笑)。

えーと、中森は翌年にも次の制作に起用されている(他に上杉忠弘・小松孝英:いずれもご当地出身)。

宮崎県延岡市
東九州自動車道 日向−都農(つの)間開通記念ポスター
中森亜紀(35歳:延岡市:グラフィックデザイナー:デザイン事務所兼デザインアートスクール Locart代表)
〔2013年12月制作〕
東九州自動車道

あらら、また[能]ですか。構図にも類似性が認められるし。薪能ポスターが好評だったんですかねえ(コンペだったのかもしれないけど)。天冠をつけているから「羽衣」から採ったものだろう。

スクールを併設したことに関して中森は、地方から美大を目指す場合、まずは1年(以上)実家を離れて大都市の予備校に通わなければならない実情を語っている。そこらへんも含めて、多摩美っぽーい(笑)。
もっとも、2014年8月には活動の拠点を再び東京に戻しちゃったそうで、延岡のスクールは月に1度ということらしいですが。

枝葉の繁茂もたいがいにしといて、以下はちょこっとおまけ。

延岡市80周年のちょうど3年後、2015年2月11日には、南隣りの自治体がやっぱり80周年を迎えている。

【その127】
宮崎県東臼杵郡門川町
門川町制施行80周年 ロゴマーク
今井弘実
〔2014年12月発表〕
門川町80周年

こちらはいろいろフツウの公募だけど

(続く)

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