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2015年5月 4日 (月)

【番外編】十年に一度の逢瀬:11(阿蘇くじゅう国立公園80周年・霧島ジオパーク・霧島市章)

(承前)

80周年モノ、お次はこれ。自治体関係ではないんですが。

熊本県・大分県
阿蘇くじゅう国立公園
指定80周年 ロゴマーク
(作者不明)
〔2014年3月決定〕
阿蘇くじゅう国立公園80周年

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火山特有のカルデラ地形を輪郭に、緑の草原の爽やかさ、噴気を上げる[火山](硫黄山・阿蘇中岳)、真ん中には阿蘇地域とくじゅう地域をつなぐ[やまなみハイウェイ]を描き、草原に生きる[牛]や大群落をなす[ミヤマキリシマ]、たくさんの魅力をいっぱいに盛り込みました!
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〔キャッチコピー〕
(作者不明)
「草原のかほり、火山の呼吸。風が遊ぶ感動の大地」

やまなみハイウェイ(大分県道・熊本県道11号 別府一の宮線の愛称)、なつかしいなあ。昔は有料道路だったんだよね。「肥後の赤牛」が草を食む姿も車窓からよく見ましたっけ。

色合いもきれいで、適度に華やかなデザインではある。しかし、ツッコミどころも多いんです。
輪郭=カルデラとするのはいかにも無理があるでしょ。ハイウェイが黄色というのもちょっと苦しい。余計な理屈などこねなきゃよかったのに。

火山・高原・牛の三題噺とくれば、これも思い出さずにはおれない。

【2013.11.19「志とは裏腹に Part 1」】
熊本県阿蘇市
阿蘇草原再生 ロゴマーク
立志哲洋
〔2009年3月決定:8月採用見送り〕
阿蘇草原再生(立志version)

ううう、これも阿蘇・・・。

かと思うと、遡ればこんなのもあるんだよね。

宮崎県・鹿児島県
霧島ジオパーク推進連絡協議会
霧島ジオパーク
ロゴマーク
平山陽一(47歳:鹿児島市:会社員)
〔2009年10月決定〕
霧島ジオパーク

阿蘇もくじゅうも霧島もほとんど見分けがつかなかったという(苦)。阿蘇くじゅうには[ミヤマキリシマ]があって、霧島ジオパークにはなかったという(笑)。
[霧島]というのも九重/久住同様に連山としての総称だから、ここでは韓国岳(からくにだけ)か高千穂峰かを描いたのだと思う。[カルデラ湖]は大浪池(鹿児島県霧島市)か不動池(宮崎県えびの市)あたりになるんだろう。そこら辺はまあいい。でもさあ。
同協議会を構成する5市2町、すなわち宮崎県小林市・えびの市・都城市・西諸県郡高原町(にしもろかたぐん たかはるちょう)、鹿児島県霧島市・曽於市(そおし)・姶良郡湧水町(あいらぐん ゆうすいちょう)を「緑と白の7本のラインで表現」したというんですがね。「動植物と人々のつながりもイメージした」というんですがね。
動植物なんて、人々なんて、どこにも表されてないじゃないか(断言)。これでラインが7本だと認識する人なんか世の中に一人もいないでしょ(決めつけ)。

≪阿蘇くじゅうにせよ霧島ジオパークにせよ、いちーち言葉で説明しなきゃわからんデザインってどーなんだよ≫

寄り道すればこの2ヵ所、微妙なライバル関係に立つ感じ。国立公園に指定されたのは;

霧島屋久国立公園 1934年3月
阿蘇国立公園 1934年12月

と、霧島側が少し早かった(雲仙・瀬戸内海と並んで日本初)。
その後、1986年9月に阿蘇は「阿蘇くじゅう国立公園」と改称された。これはくじゅう側の大分県の主張によるもの。「くじゅう」がひらがな表記なのはいささか込み入った歴史的事情があるのだけれど、それはまたいずれ回を改めまして。
霧島側にも変遷はあり、2012年3月に屋久島(1993年12月世界自然遺産登録)が分離独立し、同時に姶良カルデラ(鹿児島湾の湾奥部)を編入して「霧島錦江湾国立公園」に改称している(知りませんでした)。

一方ジオパーク認定に関しては、日本ジオパークが;

阿蘇 2009年10月
霧島 2010年9月

と、時期が逆転している。
世界ジオパークとなると;

阿蘇 2014年9月
霧島 未認定

です、ちょっと差をつけられちゃってますね。因みに日本初の世界ジオパーク認定は2009年8月の島原半島(≒雲仙)・洞爺湖有珠山・糸魚川。

言い換えると、霧島は、当時まだ日本ジオパークにもなっていない段階で、世界ジオパークにも虎視眈々としてロゴを作ったわけ。日本ジオパーク認定後の2011年5月にはこのキャラクターも作っている。

【2013.01.04「その川は本当に深く淀んでいないのか − 中」】
霧島ジオパーク公式キャラクター
キリッチ
三巻保征
キリッチ(最終版)

でも、類似の連鎖はこれだけでは済まなかった。

鹿児島県霧島市
市章
田中一則(58歳:鹿児島市:グラフィックデザイナー)
〔2005年8月決定〕
霧島市章

なぁんだ、元ネタはここにあったのか。そうっすよね、平山センセ?

≪霧島ジオパークつっても霧島市だけじゃねーのに、どーだろこーゆーの≫

市章はイニシャル[K]をプラットフォームに、「霧島の花と[霧島連山]と豊かな[平野部]、水清らかな[天降(あもり)川]の流れと波静かな[錦江湾]をモチーフにした」というのだけれど、これも何かの手違いじゃないかと思ったぐらいです。でも、ご当地は2005年11月に国分市(こくぶし)、姶良郡の霧島町・溝辺町・横川町・牧園町・隼人町・福山町の1市6町が新設合併して誕生したところ。つまり「霧島市」というとあくまで山のイメージだけど、実は海も持っているのだ(新市の名称が「国分市」ではなく「霧島市」になるに当たっては相当修羅場を重ねたものと想像)。
てことは、「おはら節」(の一番)だって今後霧島市の民謡にしちゃった方がむしろ妥当なんじゃね?

♪花は霧島 莨は国分
 燃えて上がるは オハラハー桜島

こほん。この公募では賞金30万円と大盤振る舞いしたせいか、応募総数2,073点とも、約2,800点とも報じられている。この差異は何らかの募集規定違反で無効とされたもののカウントの有無によると考えられます。それにしても無効分が多過ぎる気はするけど。

もう一つ気になるのは、採用時の田中のコメント。

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(2005.09.25 南日本新聞 抜粋)

市章が採用されたのは今年三月に合併した広島県庄原市に続き二ヵ所目。「住んでいないからこそ、見えるよさがあるのかもしれない」。自然豊かな霧島市にはまだ隠れた観光資源があると考え、今後の発展に期待を寄せている。
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一般的にはそのセリフは正しいだろう。総務省の「地域おこし協力隊」だって、あるいは国際協力機構/JICA/Japan International Cooperation Agency(旧 国際協力事業団)の「青年海外協力隊」や「シニア海外ボランティア」だって、そうした効果を期待しているところはあると思う(その場合には「生まれ育った場所でないからこそ」と読み替えることにはなろうけど)。
けれど、ことご当地公募に関してはそんなきれいごと、ツルはおいそれと信じる気にはなれません。

(続く)

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