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2015年5月30日 (土)

【番外編の拾遺:4】夜が全て忘れさせる前に(日・サウジアラビア外交60周年・日・中米交流年・日ブラジル外交120周年)

(承前)

2015年って、こうした国交周年記念事業の当たり年なんだろうか。日ラオス外交60周年の他にもいろいろ出てくる。

外務省
日・サウジアラビア外交関係樹立60周年 ロゴマーク
奥野和夫(神奈川県:グラフィックデザイナー)
〔2014年7月発表〕
日・サウジアラビア外交60周年

そうなんですよ(^_-)。奥野は2013年のカンボジア友好60周年に続いてこれにも選ばれた次第。しかもまさかの60周年2連発だったという(@゚▽゚@)。

日カンボジア友好60周年

因みに現地語版で「日本」が先に置かれていないものは、今回取り上げる中ではサウジアラビアだけです。(どういう決まりがあるのだろう?)

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[新月](イスラム)と昇る[太陽](日の丸)で[60]の文字を描き,両国の象徴として[ヤシの木]と[桜吹雪]をあしらい,60年の友好関係を表現しています。また,6枚の桜の花びらは60年の歳月を意味します。
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またまたまた桜と日の丸だよ・・・・・・・・・。いっそのこと、イスラムのシンボル新月旗(三日月+星)と日章旗からのデザインということになさればよろしかったのに。そうすりゃ星月夜と日の丸で日月星の三光が揃うし、何かと便利よー、星の数とか位置とか適当に変えて緑と赤使っとけばトルコにもトルクメニスタンにもパキスタンにもアルジェリアにもモーリタニアにも使えるもん(これらイスラム教国と日本の関係がいつどんな60周年を迎えた/迎えるのかは不勉強かつ無興味にして存じませぬが)。緑は汎イスラムの色ね。

驚くのはまだ早い。

外務省
日・中米交流年 2015年 ロゴマーク
奥野和夫
〔2014年9月発表〕
日・中米交流年(応募案) 日・中米交流年(最終版)

な、なんと奥野の三連発!塩崎一族もぶっ飛ぶ勢い。

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デザインは,東半球と西半球をそれぞれ赤と青の[円]で示したもので,それら2つの円の重なり合う部分に書かれた[2015]に,2015年は日本とSICA諸国にとっての交流年であることが象徴されています。また,マルチカラーの[ドット]で描かれた各国の国土は,大地や海を分かち合って多様な文化が織りなす様子を表現しています。
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色つき点点で地図なんて、なんだか厨房、おっと男子中学生あたりの飛びつきそうな発想。綴りが間違ってたのも中学生っぽい残念さ(>_<)。正しく文字を書くのもデザイナー/ガイダーの仕事のうちでしょうが。井口やすひさのことを笑えない。
8ヵ国分の版図 ――「版」は戸籍、「図」は地図の意―― が日本と同じくらいだと言いたげなのももっと笑えないんじゃないかという気はするけれど(^O^)、外交ってそういうものかも。

2015年はグアテマラ・エルサルバドル・ホンジュラス・ニカラグア・コスタリカと日本が国交樹立してから80周年。案外長いんですね。これを機にいろいろ交流しようというのがこのプロジェクトの趣旨(日中米3国の交流かと一瞬思うがな)。
SICA/Sistema de la Integracion Centroamericana/中米統合機構は、パナマ・ベリーズ・ドミニカを加えた8ヵ国で構成され(だから西半球のドットは8色;キューバやハイチは入ってないわけだ)、「地域の経済社会統合を図り,平和・自由・民主主義・開発を達成させるための協力を行っている。最近の主要テーマは,経済圏としての地域の発展,治安悪化に伴う地域一体の治安対策,気候変動対策など」だそうで。ざっくり言えば、アメリカとブラジルに挟まれたカリブの小国群のIdentity確立ということなんだろうか。1991年創設、遅過ぎる覚醒。

一方、南米の大国ブラジルと日本の相思相愛はもっと長い。

外務省
日ブラジル外交関係樹立120周年 ロゴマーク
ブルーノ・ヒトシ・テルヤ(27歳:サンパウロ州グアルーリョス市)
〔2014年12月発表〕
日ブラジル外交120周年

≪やっと桜と日の丸以外の日本ネタが出てきたぜ≫

これも今年が当該120周年。カラーリングは両国の国旗の色から来ている由、そりゃまよろしい。でもこのフォルム、微妙(以上?)に不格好ですよねえ。細部の折り目が省略されているのもまあいいとして、日本の折り紙の究極形が持つ完成された美しさはいささか殺がれた感じ。ツルとしてはとっても気になるわー

こうしたモノってつまりは外交問題だから、公募も基本的に双方で行った上で両国政府の協議を経て決定するもののようで、そうなると当然、相手国側のデザイナーが採用されるケースもあるわけ。
もっともテルヤは日系三世なので、相手国側とばかりも言えまい。「06年末と07年末に数ヵ月間日本でアルバイトした折、広島の平和記念公園を訪れた。そこで[折鶴]が平和の象徴であることを知り、そこから発想を得た」と説明しており、「テルヤ」おそらくは「照屋」の姓も考え合わせれば、高校を出たあたりで父祖の地沖縄を体験しに来て広島にも立ち寄ったのではないかと思われます(両県は最も多く海外に移民を送り出した土地)。

ルーツを辿る旅というのは日系人の間で一般的なのだろうか、それとも沖縄の「結い」の精神によるってなもんだろうか。
沖縄では1990年から「世界のウチナーンチュ大会」というのがおよそ5年ごとに開かれていて、琉球移民の子孫(琉系外国人というんだとか)のHomecomingの受け皿もばっちり。2006年10月にも開催されているけど、テルヤは参加したんでしょうか?

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以上8つほど外交モノを見てきて、やっぱり国内のご当地市町村制○周年系とはなにがしかノリが違う気はする。「顔」のアイテムも基本使われないってことですな。「富士山」も当然人気があるかと思ったら、そうじゃなかったのが意外。

もっと不思議なのは、途中で戦争が入っても「友好年数」のカウントは途切れないってとこ。例えばブラジルは1942年8月に連合国側から参戦している。
タイの場合は老獪で、連合国と枢軸国の間で二重外交政策を取って戦時を切り抜けた。現在存命の国家元首として世界最長の在位期間を誇るラーマ9世プーミポンアドゥンラヤデート王、つまりプミポン国王が即位したのは1946年6月9日だけれども、これは同日朝に王宮内で銃殺体で発見された兄のラーマ8世アーナンタマヒドン王(戦時中は中立国スイスに滞在)の後を継いだものである。暗殺犯として侍従が処刑されたが事の真相は今も闇の中。それを詮索することはタイ王国の法律による不敬罪を構成します(限りなく微笑みには遠く恐怖政治に近い、タイ最大の黒歴史ね)。

そんなこんなの恩讐も愛憎も超えて、こうしたロゴはひたすら蜜月が永く続いていることを強調するわけです。個人の場合に例えるなら、結婚して離婚してまた同じ人と再婚/復縁すると、50年目の金婚式はどこから起算するんですかね?(笑)

(続く)

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