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2015年5月

2015年5月30日 (土)

【番外編の拾遺:4】夜が全て忘れさせる前に(日・サウジアラビア外交60周年・日・中米交流年・日ブラジル外交120周年)

(承前)

2015年って、こうした国交周年記念事業の当たり年なんだろうか。日ラオス外交60周年の他にもいろいろ出てくる。

外務省
日・サウジアラビア外交関係樹立60周年 ロゴマーク
奥野和夫(神奈川県:グラフィックデザイナー)
〔2014年7月発表〕
日・サウジアラビア外交60周年

そうなんですよ(^_-)。奥野は2013年のカンボジア友好60周年に続いてこれにも選ばれた次第。しかもまさかの60周年2連発だったという(@゚▽゚@)。

日カンボジア友好60周年

因みに現地語版で「日本」が先に置かれていないものは、今回取り上げる中ではサウジアラビアだけです。(どういう決まりがあるのだろう?)

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[新月](イスラム)と昇る[太陽](日の丸)で[60]の文字を描き,両国の象徴として[ヤシの木]と[桜吹雪]をあしらい,60年の友好関係を表現しています。また,6枚の桜の花びらは60年の歳月を意味します。
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またまたまた桜と日の丸だよ・・・・・・・・・。いっそのこと、イスラムのシンボル新月旗(三日月+星)と日章旗からのデザインということになさればよろしかったのに。そうすりゃ星月夜と日の丸で日月星の三光が揃うし、何かと便利よー、星の数とか位置とか適当に変えて緑と赤使っとけばトルコにもトルクメニスタンにもパキスタンにもアルジェリアにもモーリタニアにも使えるもん(これらイスラム教国と日本の関係がいつどんな60周年を迎えた/迎えるのかは不勉強かつ無興味にして存じませぬが)。緑は汎イスラムの色ね。

驚くのはまだ早い。

外務省
日・中米交流年 2015年 ロゴマーク
奥野和夫
〔2014年9月発表〕
日・中米交流年(応募案) 日・中米交流年(最終版)

な、なんと奥野の三連発!塩崎一族もぶっ飛ぶ勢い。

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デザインは,東半球と西半球をそれぞれ赤と青の[円]で示したもので,それら2つの円の重なり合う部分に書かれた[2015]に,2015年は日本とSICA諸国にとっての交流年であることが象徴されています。また,マルチカラーの[ドット]で描かれた各国の国土は,大地や海を分かち合って多様な文化が織りなす様子を表現しています。
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色つき点点で地図なんて、なんだか厨房、おっと男子中学生あたりの飛びつきそうな発想。綴りが間違ってたのも中学生っぽい残念さ(>_<)。正しく文字を書くのもデザイナー/ガイダーの仕事のうちでしょうが。井口やすひさのことを笑えない。
8ヵ国分の版図 ――「版」は戸籍、「図」は地図の意―― が日本と同じくらいだと言いたげなのももっと笑えないんじゃないかという気はするけれど(^O^)、外交ってそういうものかも。

2015年はグアテマラ・エルサルバドル・ホンジュラス・ニカラグア・コスタリカと日本が国交樹立してから80周年。案外長いんですね。これを機にいろいろ交流しようというのがこのプロジェクトの趣旨(日中米3国の交流かと一瞬思うがな)。
SICA/Sistema de la Integracion Centroamericana/中米統合機構は、パナマ・ベリーズ・ドミニカを加えた8ヵ国で構成され(だから西半球のドットは8色;キューバやハイチは入ってないわけだ)、「地域の経済社会統合を図り,平和・自由・民主主義・開発を達成させるための協力を行っている。最近の主要テーマは,経済圏としての地域の発展,治安悪化に伴う地域一体の治安対策,気候変動対策など」だそうで。ざっくり言えば、アメリカとブラジルに挟まれたカリブの小国群のIdentity確立ということなんだろうか。1991年創設、遅過ぎる覚醒。

一方、南米の大国ブラジルと日本の相思相愛はもっと長い。

外務省
日ブラジル外交関係樹立120周年 ロゴマーク
ブルーノ・ヒトシ・テルヤ(27歳:サンパウロ州グアルーリョス市)
〔2014年12月発表〕
日ブラジル外交120周年

≪やっと桜と日の丸以外の日本ネタが出てきたぜ≫

これも今年が当該120周年。カラーリングは両国の国旗の色から来ている由、そりゃまよろしい。でもこのフォルム、微妙(以上?)に不格好ですよねえ。細部の折り目が省略されているのもまあいいとして、日本の折り紙の究極形が持つ完成された美しさはいささか殺がれた感じ。ツルとしてはとっても気になるわー

こうしたモノってつまりは外交問題だから、公募も基本的に双方で行った上で両国政府の協議を経て決定するもののようで、そうなると当然、相手国側のデザイナーが採用されるケースもあるわけ。
もっともテルヤは日系三世なので、相手国側とばかりも言えまい。「06年末と07年末に数ヵ月間日本でアルバイトした折、広島の平和記念公園を訪れた。そこで[折鶴]が平和の象徴であることを知り、そこから発想を得た」と説明しており、「テルヤ」おそらくは「照屋」の姓も考え合わせれば、高校を出たあたりで父祖の地沖縄を体験しに来て広島にも立ち寄ったのではないかと思われます(両県は最も多く海外に移民を送り出した土地)。

ルーツを辿る旅というのは日系人の間で一般的なのだろうか、それとも沖縄の「結い」の精神によるってなもんだろうか。
沖縄では1990年から「世界のウチナーンチュ大会」というのがおよそ5年ごとに開かれていて、琉球移民の子孫(琉系外国人というんだとか)のHomecomingの受け皿もばっちり。2006年10月にも開催されているけど、テルヤは参加したんでしょうか?

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以上8つほど外交モノを見てきて、やっぱり国内のご当地市町村制○周年系とはなにがしかノリが違う気はする。「顔」のアイテムも基本使われないってことですな。「富士山」も当然人気があるかと思ったら、そうじゃなかったのが意外。

もっと不思議なのは、途中で戦争が入っても「友好年数」のカウントは途切れないってとこ。例えばブラジルは1942年8月に連合国側から参戦している。
タイの場合は老獪で、連合国と枢軸国の間で二重外交政策を取って戦時を切り抜けた。現在存命の国家元首として世界最長の在位期間を誇るラーマ9世プーミポンアドゥンラヤデート王、つまりプミポン国王が即位したのは1946年6月9日だけれども、これは同日朝に王宮内で銃殺体で発見された兄のラーマ8世アーナンタマヒドン王(戦時中は中立国スイスに滞在)の後を継いだものである。暗殺犯として侍従が処刑されたが事の真相は今も闇の中。それを詮索することはタイ王国の法律による不敬罪を構成します(限りなく微笑みには遠く恐怖政治に近い、タイ最大の黒歴史ね)。

そんなこんなの恩讐も愛憎も超えて、こうしたロゴはひたすら蜜月が永く続いていることを強調するわけです。個人の場合に例えるなら、結婚して離婚してまた同じ人と再婚/復縁すると、50年目の金婚式はどこから起算するんですかね?(笑)

(続く)

2015年5月28日 (木)

【番外編の拾遺:3】甘いくちづけを交わそう(日ラオス外交60周年・日本ベトナム外交40周年・日カンボジア友好60周年)

(承前)

枝葉が青々と繁ります。

前回見た2ヵ国間ラブラブ周年記念ロゴ、実は外務省はこの手のものがとってもお好き。やれタイだブルネイだスイスだフィンランドだカナダだと枚挙に暇がない。他にもちょっと覗いてみますと。

外務省
日ラオス外交関係樹立60周年 ロゴマーク
出淵(いでぶち)光一(52歳:香川県:デザイナー)
〔2014年11月発表〕
日ラオス外交60周年

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青い[象]はラオスの象徴で6を、赤い[桜]の模様は日本を象徴し、0を表し、合わせて60周年の[60]を表しています。
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まさに今年が60周年、現在使われてるわけです。シンプルで親しみやすく(笑)、子どもも喜んで描くような楽しいデザインだとは確かに思う。でも、また桜だよ・・・。
因みにロゴは非公募で、次のキャッチフレーズは公募です。

〔キャッチフレーズ〕
志水慶一(66歳:山口県:団体職員)
「日ラオス外交関係樹立60周年 輝く未来の一里塚」
"60th Anniversary of Japan-Laos Diplomatic Relations -A Milestone For Our Bright Future"

ロゴは委嘱かコンペだったわけだから比較的自由が利いたはずで、フレーズができてからデザインの中にいろいろ嵌め込んでみて完成させたということかしらん。それともやっぱりフレーズを象の鼻から吹き出す水に見立てるというアイデアがまずありきだったのかしらん。
でも、うーん惜しい。「For」はCapital/Low表記にしないのがClassyだと思いますよ。(英語版を作ったのが志水かどうかはさておき。)

外務省
日本ベトナム外交関係樹立40周年(日本ベトナム友好年) ロゴマーク
(作者不明)
〔2012年7月発表〕
日本ベトナム外交40周年(和) 日本ベトナム外交40周年(越)

またまた[日の丸]に[桜]だよ・・・・・・。これってラオスでも使われてるじゃん。まさか同じ作者ではあるまいな
ベトナムアイテムとしては、金星紅旗を表す[星]に、右上はなんと[ハス]だそうな。つまり双方の国旗+国花パターン。やれやれ、どうしてもどこぞのエアラインあたりのマークに見えちゃいますが。
日本との国交樹立は1973年、まだベトナム戦争の最中だったんですね。

タイ、ラオス、ベトナムときたら、そのそれぞれと国境を接するこの国も出さないわけにはいかないだろう。

外務省
日カンボジア友好60周年 ロゴマーク
奥野和夫
〔2013年1月発表〕
日カンボジア友好60周年

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両国の国旗のイメージカラーで[60]の文字を描き、両者の腕をくませる形でその友好関係を表現。
[2013年]の文字と[アンコールワット]にそれぞれ金と銀色を使い輝かしい未来の関係を象徴させました。
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このアンコールワットは国旗に描かれたものをそのまま持ってきた姿になっているので、[日の丸]と相俟ってこれも[国旗]からインスパイアされたデザインと言えそうです。
でもだまされてはいけない、「日本=金」「カンボジア=銀」という暗喩があるはずよっ。銀だけにしときゃよかったのに。

〔キャッチフレーズ〕
森 裕次郎
「かさねた信頼、きずく未来」
"Trust we built, future we share"

そんなもの、どこの国だって同じでしょうが。

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両国の穏やかで繊細な国民性をイメージし、ともに真摯な対応を続けてきたからこそ、親密で良好な信頼関係を築いていることを表現し、これからも共に緊密なかかわり合いを続けていこうというメッセージ。
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そう思うのだったら「穏やか」や「繊細」あたりをキーメッセージになさいませ。説明の必要な駄作にしないためにも。

一方、採用時の奥野のコメント(抜粋)もどエラ過ぎてびっくりする。

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日本、カンボジア両国とも、過去を振り返れば、それぞれにとても困難な歴史を持っています。
しかし、現在のカンボジアは一時の世界経済危機の影響を受けたとはいえ、今後も順調な投資増加による経済成長が見込まれていると聞いています。
法整備支援や日系企業の進出、NGOの活動など多くの日本人がカンボジアの安定のため、そして日本経済の発展のために活躍されていることを誇りに思っています。
歴史から学び、平和への歩みをさらに進めるには、まず経済や文化交流の発展が不可欠です。今回のロゴ制作は、日本人として、グラフィックデザイナーとして、カンボジアの安定と発展のために何をすべきなのかを考えさせてくれる良いきっかけとなりました。
カンボジアの皆さんの幸せを心より願っております。
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なんだかLogosはハチャメチャですがね。1953年に国交を通じた後、日本はひたすら成長の道をひた走ってきたわけだ。他方カンボジアはベトナム戦争のあおりを食らう形で長く内戦と虐殺の時代が続き、今もその後遺症は至るところにあろう。「両国とも、過去を振り返れば、それぞれにとても困難な歴史」というのはちょっと単純 or 生易し過ぎるんじゃないかなあ。少なくともこの70年間戦さをしていない日本とは状況が違うわけだし。
いやー、それにしても規模↓に比べて誠に気宇壮大であることよ

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日本,カンボジア及び第三国から,ロゴマーク32件,キャッチフレーズ42件の応募がありました。
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「及び第三国」、ぷぷぷ

「自分にとってのきっかけになった」との趣旨は前回見たタイで杜多利香も用いていて、ひょっとしたら誠に都合のよいClicheなのかもしれない(ツルもこれをきっかけに東南アジア現代史、おさらいしましたもん)。
ガイダーを目指す皆さん、覚えておこうねこのフレーズと作者名は(^_-)。

(続く)

2015年5月26日 (火)

【番外編の拾遺:2】永遠に独りでいることを知る(日タイ修好120周年・日・ブルネイ友好30周年)

(承前)

周年記念モノ、もっと広域化すりゃ国家レベル、いや国際レベルである。

外務省
日タイ修好120周年(日タイ交流年) ロゴマーク
杜多利香(デザイナー助手)
〔2006年9月採択〕
日タイ修好120周年(和) 日タイ修好120周年(英)

1887年/明治20年の「日タイ修好宣言」から数えて120年目が2007年。ありがたや、お国のためのお仕事ですよ、応募総数、ロゴマーク39点、キャッチフレーズ64点とは言え。
きれいなマークではある。色使いの印象から、ちょっとこれを思い出します。

【2015.05.04「十年に一度の逢瀬:11」】
熊本県・大分県
阿蘇くじゅう国立公園
指定80周年 ロゴマーク
(作者不明)
〔2014年3月決定〕
阿蘇くじゅう国立公園80周年

でもそこんとこよりも、"Diplomatic Relations" を「修好」と訳した明治官僚の手腕というか才覚にツルは脱帽しちゃう。

外務省サイトには、「作者による作品解説」と、おまけに「採用についての感想」まで載っている。

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タイ王国の国花[ラーチャプルック]と日本の国花[桜]を、手をつなぐような輪で表したデザイン。それぞれの国の風土を象徴する国花で日本とタイの人々の華やかな笑顔をイメージし、友好を表現しました。
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ロゴマークを採用していただき、ありがとうございます。タイと日本の修好120周年記念という節目にデザインを通して参加することができ、嬉しく思います。今回ロゴマークを創るにあたってタイについて調べているうちに様々な魅力を知りました。両国にとっては120年記念ですが、私にとっては興味の始まりの記念になりました。
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ラーチャプルック/Ratchaphruekとはマメ科(ジャケツイバラ亜科カワラケツメイ連)ナンバンサイカチ属のナンバンサイカチ/Cassia fistulaのこと(マメ科の分類はいろいろ変遷があってややこしいけど)。タイの言葉で「草木の王」の意味なんだそうな。

ラーチャプルック1 ラーチャプルック2

カシア類(アカシアとは違うよ)の植物は日本の湘南あたりでも時々庭木として見かけるし、近縁のセンナ属のハブソウ/Senna occidentalisも近縁で、いずれも黄色の鮮やかな花をつけます。
さらに脱線すると、ハブソウの種子が漢方にいう「望江南」で、「はぶ茶」とは本来これのことだけど、現在この名で飲用されるのは同属のエビスグサ/Senna obtusifoliaの種子「決明子」。ケツメイシのグループ名はここから来ている(∵メンバー中2名が薬学部出身)。ツルは決明子とはカワラケツメイの種子のことだと今の今まで思ってますた。

それなりに気の利いたことも述べている杜多に比べ、がっくし来るのが同時公募のこちらの方。

〔キャッチフレーズ〕
新井理香子(デザインコンサルタント:ウエルケンアライド株式会社代表)
「微笑みが心をつなぐ愛のかけ橋 日タイ修好120周年」

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私とタイとの最初の出会いはアメリカの学生時代です。キャンパスアパートでのルームメイトは4人のタイ人女性でした。そのうちの一人は、夏の間研修にきていた40才前後の写真の先生でした。彼女は時には大笑いもするけれど、いつも微笑んでいたのがとても印象的な人。その見守るような微笑みに、私はたびたび助けられました。微笑みによって、愛に満ちた世界になりますよう心より願いをこめて。
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それで、何。どこが、作品解説。感想は、こう。

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常に『微笑みの人』だった父が亡くなって今年でちょうど7年。銀行でたまたま手にとった小冊子に、日タイ修好120周年の記事があり、なぜかとても気になり応募しました。いつものように微笑む父が夢に現れてから数日後、『キャッチフレーズとして採択されました』というメールを突然いただいたので、驚きました。
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だから、何。
本当に新井はこの作品を作ったのだろうかとさえ思えてくる。創作への情動という意味でのリアリティがおよそ欠けているからです。ここにあるのはまず「タイ=微笑みの国」というラベリングであって、そこにリアリティの衣をまとった個人の記憶を強引に引き寄せただけではないのか。あるいは新井の父親はタイ出身だったということであろうか。(それともデザイナーって、そういうものですか?)

こうしたIconで気になるのが、描かれた「日本」のイメージ。

外務省
日・ブルネイ友好30周年 ロゴマーク
荻原正機
〔2013年12月発表〕
日・ブルネイ30周年

「友好」は「修好」と違って普通に "Friendship" なんやな。その一方で、やっぱりここでも日本は[桜]なんですねえ。

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両国の末永い友好を祈念し,ブルネイの国花である[シンプール](和名:カンボクビワモドキ)と日本の[桜]が交わり合うイメージに,友好年の文言をあしらった
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は?灌木枇杷擬き!?何ですかそりゃ。調べてみるとビワモドキ科というのが古くから立てられていて、シンプール/SimpurはDillenia suffruticosaのこと。

シンプール1 シンプール2

英語版Wikipediaには、ディレニア属の花は "superficially similar in appearance to Magnolia flowers" とあるけれども、モクレン類というより黄色いフヨウといった感じにも見えます、この画像では。因みに大きさ約10cm、フヨウと同じく一日花。裂開した果実の様子がまた美しいけど、五弁花なのに実は八裂というのがちょっと不思議です。

ボルネオ島(北部 マレーシア領:南部 インドネシア領)の北部にあるブルネイ・ダルサラーム国、通称ブルネイがイギリスから独立したのは1984年の元日、かくして2014年の30周年に至る。
21世紀に今なおスルタンによる絶対君主制を敷くこの富裕な小国と、その年のうちに日本政府が友好を結んだ理由は、石油/ガス資源以外にはないと思うんだけどさ(太平洋戦争中、日本の統治下にあったという歴史はあるにせよ)。

(続く)

2015年5月24日 (日)

【番外編の拾遺:1】灼けるような戯れの後に(高松市120周年・高松市章・多摩魅力発信プロジェクト)

(承前)

自治体関連の周年記念ロゴ、100年を超えるものももちろんあります。ただ、110周年モノというのは不思議とない様子。1世紀を祝ったお祭り騒ぎの後に気が抜けちゃうんですかね。次は120周年まで飛んじゃう、例えば。

【その97】
岐阜市
岐阜市制施行120周年 ロゴマーク
塩崎栄一(デザイナー)
〔2008年9月決定〕
岐阜市120周年

これを取り上げた時にもちょっと書いたけど、実は2009年の市制120周年というのには特別な意味があるんです。
日本で最初に市制が敷かれたのは1889年(明治22年)4月1日、全国で31市が誕生した。これが120周年を迎えたのが2009年4月だから、つまりこれより長い年数を持つ「市」は存在しないわけ。
岐阜市はこれに後れること3ヵ月で1889年7月1日に産声を上げ、従って2009年7月に120周年。これも最古参組と言えるでしょう。厳密にはその後2014年に125周年があったとも言えるけど、この節目を事業化したのはどうやら山形市ぐらいしかないみたいっす。

次のご当地はさらに少しだけ後の1890年2月15日生まれ。

香川県高松市
市制施行120周年 ロゴマーク
須賀裕明(49歳:東京都千代田区:グラフィックデザイナー)
高松市120周年

ふーん、「瀬戸の都」ねえ。納得しない人もいるかもね(爆)。
周年記念日のわずか6日前、2010年2月9日に発表されていて、そのやり方はやっぱり珍しい部類に入ると思う。波間に見える[楼閣]は、[高]のイニシャルを用いたというより、[市章]のデザインを借りたものだろう。

香川県高松市
市章
高松市章

こちらは1894年4月27日制定。さすがに平成の丸ブー市章とは違いまんなw。因みにこれ、上が正しい市章、下は誤りです。[松葉]の置き方が違ってるんだけど、「誤」はなんと当の高松市庁舎に長年嵌め込まれているものだそうな(*゜Q゜*)。

120周年ロゴの方はすっきりとした万人向けのデザインだとは思う。須賀のテンプレアイテム「∞」もここには見えない。ツルは「琵琶湖周航の歌」四番の冒頭のフレーズを思い出しました。(cf. 2013.03.11「七五調の呪縛」)

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瑠璃の花園 珊瑚の宮
古い伝えの 竹生島
仏の御手に 抱かれて
眠れ乙女子 安らけく
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しかし何らかの違和感は覚えるんですよね。

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(2010.02.10 四国新聞 抜粋)

作品は、[波]と高松の[高]の文字の象形を図案化し、海に開かれた都市のイメージを表現したもの。「シンプルで、一目見て瀬戸の都のイメージにぴったり」(大西市長)である点が高く評価された。
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違和感の源はまさにそこ。正直に言って、ご当地に「海に開かれた都市」というイメージを持ってなかったから、ツルは。瀬戸内海というArchipelagoに対して、閉鎖水域あるいは陸地そのものに近い印象を抱いてきたとも言える。考え始めると、このデザインも「海『に』開かれた都市」と言っているのに「海上から見た都市の姿」なのはどんなもんだろうと思えてきます。(そんなこと気にしだせば、海のない岐阜市で冒頭のロゴって方がよっぽどツッコミ甲斐があるけど。)

周年記念モノ、一方ではこんな広域的なのもあるんだ。

東京都
多摩の魅力発信プロジェクト ロゴマーク
(作者不明)
〔2013年5月発表〕
多摩魅力発信プロジェクト

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多摩地域の魅力をわかりやすく伝えるために、町並み、産業、自然、学校、名産品などの多摩の特徴を集めて1本の[樹木]として表現しました。
この樹木というモチーフには、30市町村が一体となってともに成長していくイメージを重ね合わせています。
東京移管120周年を契機に、新しい未来が始まる多摩地域の新しいコミュニケーションロゴです。
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30市町村!!同じ東京都でも、80周年のところで取り上げた23区よりどうして古いんだと思ったら、120年前に多摩地域が神奈川県から東京府に移管されたってことらしい。

で、略して「たま発!」というんだそうな。潔く、てんこ盛り。で、やっぱり似るわけですよ、このあたりに。

【2014.03.02「野獣の花輪に護られて(2)」】
国連森林フォーラム
2011国際森林年 ロゴマーク
(作者不明)
国際森林年(英文) 国際森林年(和文)

大樹に豊饒のIconを散りばめた、そんなデザインは世の中にそれこそ腐るほど朽ちるほどあるわけで、今さらそんなものに頼らなくてもと思う、いくら東京の田舎とは言え(これこれ)。それともその訴求力というかEyecatch力に安心が置けるということなんだろうか。

(続く)

2015年5月22日 (金)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その138:いいいろ塗装の日2007・悪質商法被害防止・小栗上野介企画展)

(承前)

塩キャラナンバープレートを見たつながりでというわけではないけれど、少し気分を変えて、塩崎一族には少ないポスターワークから(決してネタ切れぢゃないのよ)。変化球的なものもあって、ちょっと驚かされる。

日本塗装工業会
いいいろ塗装の日2007 ポスターデザイン画
(佳作)
塩崎栄一(商業デザイナー)
いいいろ塗装の日2007(栄一案)

びぇーo(ToT)o、すいまっせん、だいぶ前にこの公募の2008年版を斬ってたけど↓、その時には気づかなかったの

【その94】
日本塗装工業会
いいいろ塗装の日2008 ポスターデザイン画
(優秀賞)
塩崎榮一(グラフィックデザイナー)
いいいろ塗装の日2008(榮一案)

このコンテストは2007年が9回目。最優秀賞は古田 新(千葉県:イラストレーター)が獲った。栄一/榮一は、1年経って佳作から優秀賞へ一段格上げされたのね。こういう年功序列的「1年経ったら昇格」パターンの公募もきっと多いことだろう。

これにせよエイイチ名義の久喜市ナンバープレート(cf.【その135】)にせよ、キャラクター化しない人物イラストとなると途端に昭和半ばの薫りが立ち上るのは、結局そういう世代ということになるのかな。いや、ここは古風な画風と言っておこう。
ツルの子どもの頃、学研の「科学」とか「学習」とかのカットって大抵こういうテイストだった気がする。キライだったんだよねーー。そんな中で真鍋 博だけは好きだった。「ばら色の21世紀」が子供心にも(大人心にも、多分)信じられた時代・・・(永遠に続くと思われた6年間の小学校時代はどこへ失せたのか)。
しかし、「商業デザイナーとしての」栄一作品ももっとしっかり見たいもんですなぁ。

娘も引っ込んでばかりはいなかった。

大阪市
第2回クリエイティブOSAKAアワード
(優秀賞)
悪質商法被害防止PRポスター「悪質商法の被害にあわないために」
塩崎歩美(32歳:大阪市生野区)
悪質商法被害防止(歩美案)

しかしこれも何なんだか・・・・・・。どこがクリエイティブやねんとどつきたくなる(実はこのカテゴリーの応募はわずか4点、狙い目だった)。

「クリエイティブOSAKAアワード」ちゅうのんは;

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この事業は、若手デザイナーに活躍の場を提供し、ビジネスチャンスにつなげることをめざすとともに、若い感性をいかした斬新なポスター等による大阪市のイメージアップをめざすものです。
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として2007年度から始まった企画で、この時は2008年2月に発表されている(つまり年度内2回実施)。2007年11月1日現在で40歳未満という年齢制限がついていたから、栄一はさすがに参加できなかったわけです。
歩美はその後若返って長く30歳であり続けたから、この公募にも出続けることができたハズだった・・・のだけど。市長の発表会見に曰く;

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実際に活用するためにデザインを募集するという取り組みは、自治体としては全国的にも珍しいもので、すばらしいものだと思っておりますけれども、やはり初年度ということで、応募作品の数が、当初大阪市が思っていたよりも少ないというのが実情だそうです。
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てなわけで、2009年9月発表の第4回までしか確認できない。しかもこれ、2010年度から始まった大阪府の「いいデザイン100プロジェクト」(cf.【その50】)とコンセプトがひどく似てるんだよねー、こっちはなぜか栄一も選ばれてっけど
てことはです、ひょっとして企画自体が市から府へ移管されたなんてことはないのだろうか?因みに府の方はまだやってまっせ:現在277番まできてま。

次は父娘共作によるという変化球。

群馬県高崎市倉渕町 小栗上野介顕彰会・東京都千代田区 駿河台西町会
小栗上野介企画展 ポスター
塩崎栄一・歩美
小栗上野介企画展

え!!これが塩崎作品っすか!?ホントに!?!?な感じ。ポスターデザインとしての完成度という点になると素人には簡単に論じかねますが(笑)。

小栗上野介忠順(ただまさ)は江戸駿河台に生まれた幕末の重臣で、大政奉還に反対して罷免され、領地の上野国群馬郡権田村(現 高崎市倉渕町権田)に隠棲したという人物(最期は薩長の追討により斬首されている)。1860年(安政7年)、日米修好通商条約批准のため渡米しているので、この図柄の[帆船]はその時乗り込んだ米国艦ポーハタン号ということなんだろう。

この企画展は2008年4月に駿河台の明治大学博物館で開催されたもので、小栗上野介顕彰会と駿河台西町会が関わっていたらしく、本公募も双方の役員で審査している。とはいえこれも応募総数9点ですがさ。1ケタで公募って言えるのかよ、って突っ込むべきか、そんな小ネタまで余さず拾ってくる一族の執念に脱帽と言おうか。

因みに塩崎父娘には賞品として「倉渕産の天日干し米30キロと記念品」が、優秀賞の「井口さん(東京都)」には「同 20キロと記念品」が贈られた由。微妙に大盤振る舞いであるようなないような・・・。
この「井口さん」は本シリーズでもたびたび斬り殺してきた井口やすひさ/千鶴子(のいずれか)を意味すると見てよかろう。井口が東京都文京区から高崎市(@_@)に移ったのは2010年。(それにしても目立つなあ、井口一族の高崎絡みの入賞、東京時代から。)

塩崎一族のこうしたポスターワーク、もっとご覧になりたければ【その53】・【その94】も併せてご覧下さいな。

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【その94】
キャラクターやロゴマークではない、こういった平面作品はどうも2008年をピークとする3年間、すなわち2007年から2009年に集中しているようです。

〔中略〕

仮説としては、平成の大合併がピークに達した2005〜2006年あたりでは主に丸ブーの自治体章類を手がけていたものが、それが一段落したところでこうしたグラフィックワークに戻り、その後さらにゆるキャラ・ご当地キャラのブームが起こるにつれてキャラクターデザインに走ったと考えられるけど、それを検証するのは素人ツルにはムズイっすねえ。
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うーん、でもやっぱり今回もこの仮説に合致しちゃうようで。

(続く)

2015年5月20日 (水)

【番外編】百年に一度の邂逅:B(小樽商科大学100周年・浜松市100周年・尼崎市100周年)

(承前)

少しばかり意外なのは、100周年モノでフリーハンド系が散見されること。大きな節目だからガッチリサンセリフ系でドーン!てな感じばかりでもないわけてす。
まずは自治体じゃないところから・・・

北海道小樽市
小樽商科大学
100周年 記念ロゴ・マーク
小柴雅樹(兵庫県)
〔2007年7月決定〕
小樽商科大学100周年

ちょっと変わった不思議なカタチ。クリオネかと思っちゃった(バッカルコーンを出す前の)。

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(2007.07.17 小樽ジャーナル 抜粋)

小樽商大の[小]をモチーフに,中央に[学生]、左右に“修学”と“人格形成”の[翼]を広げ,大きく世界にはばたくイメージがデザイン化された作品となっている。「暖色系の色で目を引くものがあった。一番インパクトが強かった」(商大)。
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はあ、ご当地じゃ学生さんには翼が生えてるのね。ならば「流氷の天使」もあながち間違いではないか(大きな間違いだよ)。

なんと100周年記念日が来るより4年も前に決定されたロゴで、寄付金やら助成金やらをがっぽり稼いでくるためにはそのぐらいの準備期間が必要だったってことなんでしょうねえ。因みに国立大学です。

静岡県浜松市
浜松市制100周年 記念ロゴマーク
児島 満(44歳:宮崎市:グラフィックデザイナー)
〔2011年1月発表〕
浜松市100周年

こっちの方がよっぽど暖色系だと思うよ(笑)。ツルはこれも同じ作者かと思った。小柴には何だか手描き系デザインが多い気がして。

「親しみやすさと未来へ前進する力強さを表現した」のだそうな。言わずと知れた浜名湖の[ウナギ]+[三ケ日ミカン]、まではすぐにわかるけど、脇の花は何かというと[ガーベラ]。まさか市の花かと思ったら、それはミカンの花(^^)。ガーベラはご当地が出荷日本一ってことらしい。

因みにこれと同時に別途公募されたキャラクターが「出世大名家康くん」by 岩倉隆行(発表はweb投票を経て2011年3月2日:cf. 2014.04.01「最強の悪夢、増殖拡大 PART 3-b」)。
ははぁ、そうするとあの家康くんの「キーボード袴」もある意味必然だったのね。水産業と農業と工業のバランスを熟慮したのかとw。

ロゴマークは募集時から2011年度限定利用とされていた。ということは、当初2011年1月27日に発表されたしばらく後に・・・

浜松市制100周年 記念ロゴマーク 被災者応援デザイン
浜松市100周年(被災者応援デザイン)1

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(2011.03.23 家康くん日記 抜粋)

「東北地方太平洋沖地震」でお亡くなりになられた皆様のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆さまにお見舞い申し上げます。
浜松市では、被災者の皆さまを応援する気持ちを込めて、被災者応援メッセージを加えたロゴマークを作成しました。
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そうか、この時はまだその名称だったんですね。文言はその後次のように修正されている。

浜松市100周年(被災者応援デザイン)2

東海地方も将来的に大規模地震の懸念される土地柄ではある(日本ならどこでもその危険から逃れられないけれども)。他人事と思えないというのは素直な心情だったろう。放射性瓦礫等の廃棄という問題が大きくなっていくのはもっと後です。
問題は1年間、どちらのバージョンがメインで使われたのかというところでしょうが。

もっと新しいところだと、来春2016年4月1日に100周年記念日を迎えるのがここ。

兵庫県尼崎市
尼崎市市制100周年 ロゴマーク
北側利彦(57歳:尼崎市:デザイナー)
〔2014年10月発表〕
尼崎市100周年

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記念すべき尼崎市市制100周年を祝う人々をイラストで表現したもの。
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楽しそうだからよしとするか。「y」と「1」の間が半角空いてないのはだらしない感じがするけど^^;。
今まで見てきた100周年モノは全て明治年間に起点があったけど、ご当地の市制施行は大正5年です。1912年=明治45年=大正元年なので、言い換えると2012年以降に100周年を迎えたところは基本的に「明治」を知らないことになる。

〔テーマ〕
「100周年 知れば知るほど“あまがすき”

ロゴが公募(ただし「尼崎との縁のある方」限定)だったのに対して、テーマは非公募だったようです。足立区80周年とは逆。しかしいずれも標語作成が先行し、ビジュアルデザインが後からできている。

web上には、上記のテーマが実行委員会で決定された際の検討内容が出ていて興味深い。

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案① 歴史を知り、今を祝い、未来につなぐ
⇒過去・現在・未来の尼崎を見つめることで得た、まちへの愛着心や誇りを未来につないで行きます。

案② 発見・感動・新たな一歩 心が動く 100周年
⇒過去・現在・未来におけるワクワク感やトキメキ感など、様々な心の動きの様子を表したもの。また、それにより、各自の自信溢れる新たな一歩につないでいきます。

案③ 尼崎が動く“Next100/Amagasaki”
⇒100周年をきっかけとした個々のより良い明日(今後の100年)に向けた行動で、新たな尼崎を創っていきます。

案④ 百花繚乱 尼崎 〜市民も多様、事業も多様〜
⇒多様な市民が活動に取り組むなど、多様な事業や人の笑顔がまちのあちこちで花の様に咲いている様子。

案⑤ 知れば知るほど Ama・ga・Suki
⇒尼崎のまち、歴史、人物などありとあらゆるものを知ることで、わが街尼崎がどんどん好きになっていく100周年。

案⑥ アマすとこなく お見せします 尼崎
⇒多様な主体による多様な活動で、尼崎の魅力を余す所無く伝えていきます。
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ここまではまあいいとしよう。けれど。

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以下は追加

⑦ 100周年 未来につなぐ尼崎
⑧ 歴史に学び 心が動く 100周年
⑨ 100周年キラリ輝け尼崎
⑩ 100年力のアマガサク
⑪ 100年力のアマガスキ
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なーんかこう、いろいろ思いついたわけですわ(バッサリ)。「以下は追加」っちゅうのもよくわからんが(笑)。結果、⑤が6票を集め、⑦と⑪の5票をかわして辛くも逃げ切った。

どうやら、ここまで見てもご当地キャラと組み合わせたものはあまりなさげ。やっぱり、百年物には安直なキャラクター遣いなんてふさわしくないと思うのだろうか。その中では尼崎市はCharacterise度合いが高いと言えます。こんなのもあっていいんじゃないすかね。

以上見てきた周年記念ロゴ、浜松市に限らず基本的に使用期間が1年程度に限られている。ということは10年後にはまた新しいものが生まれてくるのでしょう、その自治体が消え去ってしまわない限り;-)。そして古いものはネット上からもこぼれ落ちていくのでしょう。世紀を刻んだ証のiconではあれど、ゆるキャラよりも儚い存在なのかもしれない。

(まだまだ続く)

2015年5月18日 (月)

【番外編】百年に一度の邂逅:A(徳島市100周年・藤沢市民病院・松本市100周年・名古屋市東区100周年)

(承前)

100周年ロゴとなると、再び百花繚乱の様相を呈する。さすがに1世紀の記念ともなれば、10年単位の周年行事とは規模も異なるだろうし、準備期間も長いのか、発表時期が早まるようです。

旧いところだと、こんなものが見つかる。

徳島市
徳島市制100周年 シンボルマーク
嵯峨山勝重(徳島市:サガデザイン事務所代表)
〔1988年7月制定〕
徳島市100周年

[波]の表現が微妙に塩崎一族類似だけど、なに、それはどこでもそんなもんなんでしょww。
テーマは「藍と水と情熱」!カッケー!!これに匹敵するものと言えばこれしか知りませんわ。

神奈川県藤沢市
藤沢市民病院
シンボルマーク
蕨野雅之(神奈川県横浜市)
藤沢市民病院(蕨野版)

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赤十字デー(5月8日)の誕生花であり、市の花でもある[藤]と2つの抱きしめる[手]をイメージしたものを組み合わせました。手の色は[朱色]が情熱、[青]が冷静をそれぞれ表しています。
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なんじゃらホイ。辻 仁成と江國香織によるリレー連載小説「冷静と情熱のあいだ Calmi Cuori Appassionati」が、青の「Blu」(辻)、赤の「Rosso」(江國)の2分冊で刊行されたのは1999年、竹野内豊と(なぜか)ケリー・チャンの主演で映画化されたのは2001年。
そして2005年1月には「夢と現実の狭間で 冷静と情熱の間で」と歌ったDef Techの「My Way」がリリースされてます

2011年10月発表のこのマークがこれらを本歌取りしたのでなければ、病院のシンボルマークに「情熱」と「冷静」を持ってきたりしますかね?それともその飛躍こそがCreativityの証し?InspireとRespectはアーティストの当然の特権?
いいえ。いやしくもクリエイターだったら十年ほど前の大ヒット作品からの借用を疑われるようなセットフレーズは当然避けるところだと思いますよ。無駄にカッコよくて受けがよさそうなだけに一層罪が深い。

そしてこの公募の次点に入ったのが次の二人(笑)。

【その45】
(優秀賞)
今井弘実(大阪市)
藤沢市民病院(今井弘実案)

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藤沢市の頭文字をローマ字の[F]をモチーフに、患者さんと医師が共に病と向き合い克服する姿、患者さんからより一層親しまれ、愛され、信頼される病院を[ハート]と共に描きました。
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(優秀賞)
井口やすひさ(群馬県高崎市)
藤沢市民病院(井口案)

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全体の形は、市民の健康を願う市の花[フジ]を配し、藤沢市民病院の英字イニシャル[F]をモチーフに、病院[+]を表し、病院の貴重な歴史や伝統・実績などあらゆる情報交流発信の役割を果たすイメージをデザイン化し、病院を訪れる多くの人達に愛され、親しまれ、安心・信頼され、心豊かな自然に抱かれたエコ環境にやさしい藤沢地域医療と生き活き共生し、開設40周年を機に未来へ向けて、更なる発展・向上・繁栄する明るい元気な活気にあふれる「藤沢市民病院」の輝かしい姿を力強くアピールしています。
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ゴテゴテと盛るあまり、文脈がどこかへ消え失せて意味不明になってしまう例の文章が炸裂します。ここでも「あらゆる情報発信」のUltra Clicheが顔出しとるがな(cf. 2015.01.16「Free Lancerの栄光と残照 二:不誠実」)。
あーー、イライラするっっ
はーー、やっぱ脱線て楽しいぃぃ

長野県松本市
市制施行100周年記念事業 ロゴマーク
中林大吉(43歳:大阪府泉佐野市:デザイン専門学校教員)
〔2006年1月発表〕
松本市100周年1 松本市100周年2

〔テーマ〕
「輝くひと きらめく未来 100彩まつもと」

ご当地自慢の国宝[松本城]に、木々の[緑]と水の[青]を表したという2つの[0]を重ねて[100]にしたというもの。どっちが正式なバージョンかわからないけど。「テーマ」の内容にピタリと合わせてきたところがウケたところでもあろうし、物足りないところでもある。
ご当地の場合、2007年5月1日の100周年記念日に向けて準備を本格化させたのが2003年度、テーマが登場したのはロゴマーク公募より一足早い2005年3月。お題は初めから提示されていたわけです。

愛知県名古屋市東区
区制100周年記念事業 ロゴマーク
櫛田康代(名古屋市東区:有限会社テンゴクヤデザイン代表)&チームひがし100ネット
名古屋市東区100周年

何じゃそのクレジットは。詳しいことはわからないけど、おそらく公募じゃないんだろう。100周年を迎えるちょうど1年前、2007年4月に区制100周年記念事業実行委員会が立ち上げられたようなので、そのあたりでロゴマークもできたものと思われる(逆算すると、名古屋市って1908年=明治41年から「区」があったんだ!)。
実はこのうち[0]のデザインは既に80周年時に作られていた。

愛知県名古屋市東区
シンボルマーク(Eマーク)
〔1987年9月制定〕
名古屋市東区シンボルマーク

これを[100]に展開したわけ。ふーん、ひょっとして90周年記念にも使ったんかしら?いや、110年にも120年にも使い回すんかしら?あっ、まさかこのマークも櫛田が作ったということはあるまいな??
東=Eastの[E]とされているけど、制定時にはきっと「いい」マークだとか「ええとこだで」マークだとかの議論もあったんだろうなあ。それってEの宿命(ElectronicとかEcologyとかも背負ってるけど。そしてEnigmaも)。

(続く)

2015年5月17日 (日)

【加筆編】そこに蟠り渦を巻くモノ(八幡平市章応募作品):後段

【2018.01.17 加筆】

(承前)

前回挙げた八幡平市章応募作品4点に、コメントが最も近似しているのはこのガイダー。

【2013.07.08「類似って何なんだっけ:下」】
熊本県菊池市
市章
栗山照州
〔2005年3月制定〕
菊池市章

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菊池市の[キ]の文字をモチーフにして、新市の豊かな自然環境のイメージと未来に向かって発展するイメージをデザインし、新市の基本理念を象徴的に表現しています。
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【2017.12.17「丸ブー艶競べ [64]」】
秋田県にかほ市
市章
栗山照州
〔2005年7月決定〕
にかほ市章

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にかほ市の[に]の文字をモチーフにして、新市の豊かな自然環境のイメージと、その中で未来に向かって力強く躍動する人の姿を併せてデザインし、将来像「夢あるまち 豊かなまち 元気なまち」を象徴的に表現しました。
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【2015.07.03「丸ブー艶競べ [8a]」】
鹿児島県いちき串木野市
市章
栗山照州
〔2005年8月決定〕
いちき串木野市章

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いちき串木野市の[い・く]の文字をモチーフにして、新市の恵み豊かな自然環境のイメージと歴史文化を背景に躍動・飛翔する人の姿を併せてデザインし、新市の将来像「ひとが輝き文化の薫る 世界に拓かれたまち」を象徴的に表現しました。
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【2017.04.03「掟破りの公募荒らしに」】
高知県香美市
市章
栗山照州
〔2005年12月繰上げ採用〕
香美市章

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香美市の[カミ]の文字をモチーフにして、新市の豊かな自然環境と未来に向かって躍動する「人」の姿を併せてデザインし、市の基本理念「輝き・やすらぎ・賑わいをみんなで築くまちづくり」を象徴的に表現しました。
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いちき串木野市章は、小島貞彦が例の重複応募で候補取消しとなったケースで採用されたもの。香美市章は、一旦採用決定された作品(作者不明)が兵庫県美方郡香美町章との類似により取消しとなった後で繰上げ採用されたものです。不思議に、問題あるところには問題あるものが寄り集まってくる感じなんだよねー。
フッ、文章はどれも実質的にお・ん・な・じ、ツルのリテラシーでは。

ツルはこれを誠実な態度とは思いません。こういうものまで混じり込んでの「730人から1,240点」だったわけです、八幡平市章の公募というのは。
盗作、剽窃、再利用、重複応募、そしてこうしたバリエーション応募。"spec work" 問題(どうしてもロビイスト的圧力に感じちゃうんだよな)なんかより、今に続くこの状況の方がよっぽど公募界喫緊の課題と思えるんだけど。募集側による搾取行為より、応募側による潜脱行為の方が悪性は高いでしょうに(にわとりvsたまごの論には陥りたくないが)。ツルの視野がまだ狭いんですかねえ?

【加筆編】そこに蟠り渦を巻くモノ(八幡平市章応募作品):前段

【2018.01.15 加筆】

(承前)

今回は遂に時間の流れを飛び越えます。Time Warpしまくり・・・。

まずは、大空町章公募の際に某公募系BBSに出ていたさる書き込み↓のこと、もう少し深掘り(cf. 2016.11.24「・・・うす紅の花びら こぼれた:2番」)。

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12:2005/10/27 10:58
大空町の選考基準、シビアね
色違い等のバリエーションだめってのは全部はじくってこと?
[URL]

13:2005/10/27 11:19
〔前略〕

前に八幡平で全作公開されたとき、
一人で20くらい習作を出してた馬鹿がいるから
いいんじゃない?

〔後略〕
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それって、「シビア」なことですかねえ??1人1点限定だけが正しい募集方法だとは決して思わないけど、自分が作った中から真に納得できるものだけを出せ、ってのは当然のことじゃないのかよ。なんで募集側に、個々の作者の習作的バリエーションの中からベストを選定する手間まで負わせるのだ(そんなの全部落としちまえ)。

「てんこもり」キャラクター公募の時にもこんな書き込み↓があった(cf. 2016.05.20「公募ガイダーの甘えと傲り:承」)。

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353:2007/07/18 20:22
〔前略〕

地方都市の小さなデザイン事務所にいたけど、そこの社長には
「色を変えたりちょっといじったりしてどこでも使えるようなデザインはするな」
と口をすっぱくして教えられた。
なかなか難しいことなんだけど、今思えばプロとしての心構えを叩き込まれたのだとありがたく思う。
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これ、とっても大切なことではないかなあ。

ご当地公募では、応募された作品を全てサイトに掲載する例が稀にある(常連ガイダーは嫌うでしょうな)。するとたいてい、↑に書いてあったようなものが混じり込んでいて、ガッカリさせられるんですが・・・。
このことを、アノ八幡平市章公募の全応募作品リストから2組ほど選んで見てみよう、わかりやすいところで。採用作品が決定されたのは2005年6月である(伏線)。

岩手県八幡平市
市章

(応募作品0190)
八幡平市章(応募作品0190)

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八幡平市の[は]の文字をモチーフにして、奥羽山脈の山なみに抱かれた新市の豊かな自然環境のイメージとその中で未来に向かって限りない発展をする市のイメージを併せてデザインし、市の将来像「農(みのり)と輝(ひかり)の大地 −岩手山・八幡平・安比高原の恵みに満ちた、交流新拠点をめざして−」を象徴的に表現しました。
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(応募作品1040)
八幡平市章(応募作品1040)

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八幡平市の[は]の文字をモチーフにして、奥羽山脈の山なみに抱かれた新市の豊かな自然環境のイメージと未来に向かって限りない発展をする市のイメージを併せてデザインし、市の将来像「農(みのり)と輝(ひかり)の大地 −岩手山・八幡平・安比高原の恵みに満ちた、交流新拠点をめざして−」を象徴的に表現しました。
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(応募作品0185)
八幡平市章(応募作品0185)

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八幡平市の[は]の文字をモチーフにして、奥羽山脈の山なみに抱かれた新市の豊かな自然環境のイメージとその中で未来に向かって躍動する市民の姿を併せてデザインし、新市の将来像「農(みのり)と輝(ひかり)の大地 −岩手山・八幡平・安比高原の恵みに満ちた、交流新拠点をめざして−」を象徴的に表現しました。
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(応募作品1041)
八幡平市章(応募作品1041)

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八幡平市の[は]の文字をモチーフにして、奥羽山脈の山なみに抱かれた新市の豊かな自然環境のイメージとその中で未来に向かって躍動する市民の姿を併せてデザインし、市の将来像「農(みのり)と輝(ひかり)の大地 −岩手山・八幡平・安比高原の恵みに満ちた、交流新拠点をめざして−」を象徴的に表現しました。
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どれもほとんどおんなじで、どれも少しだけ違っているという(笑)。作品番号からすると、2回に分けて応募されたものかもしれない、色違いで

これら4点が同じ作者であることは言うを待たないだろう。となれば工藤和久あたりだと思うでしょ、「象徴的に表現」とか、「豊かな自然」とか使ってあるし。
デザインは江田島市章、本宮市章、錦江町章などとも類似が認められる。いや、典型的な円形丸ブーだからそれこそどこにでもあるものではあるんだけど。

【2016.07.29「丸ブー艶競べ [21]」】
広島県江田島市
市章
安 起瑩
〔2004年9月決定〕
江田島市章(最終版)

福島県本宮市
市章
深川重一
〔2006年12月決定〕
本宮市章

【2015.10.07「One of Those "類似" Preventive Measures? ― 壱の斬」】
鹿児島県肝属郡錦江町
町章
井口やすひさ
〔2005年7月決定〕
錦江町章

ところが、どうやら違う作者みたいなんですね・・・。

(続く)

【加筆編】未来へと流れ出でたるモノ(八幡平市章応募作品・八重瀬町章)

【2018.01.13 加筆】

(承前)

何くれとなくひんやりすることの多い、八幡平市章全応募作品リスト(1,240点;デザイン趣旨つき!!)からまたまた1点ご紹介。

岩手県八幡平市
市章
(応募作品1148)
〔2005年6月決定〕
八幡平市章応募作品1148

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全体の形状はこの土地の美しい景観にあふれる名峰や豊かな自然【大地】、そして[八]の文字をあらわします。その内側に[しずく]を配し、清らかな水を湛える様を表現しています。右側は若苗をイメージした[淡萌黄色]、左側は土地の恵をイメージした[緑]で、それぞれが【農】・【輝】を示しています。
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【農】は「みのり」、【輝】は「ひかり」。本作の次に掲載されている、応募作品1149はこれを白黒表現したもので、デザイン趣旨も全く同じ。その意図がわかりませんが。

これとそっくりだなあと思ったのが次のもの(個人の感想です)。

沖縄県島尻郡八重瀬町
町章
中村優美(26歳:北海道札幌市:印刷会社勤務)
八重瀬町章

もちろん初めは、どちらが先にできたのかわからなかった。調べてみると、八重瀬町章は2006年元日に島尻郡の東風平町と具志頭村が新設合併した後、同年の7〜9月に募集され、師走に発表されている。そう、今度は八幡平市章公募より1年ほど後に作られたケース

具志頭村は、もとは「ぐしちゃんそん」の読みだったのが、1954年に「ぐしかみそん」に変更された(戦後、かつ米軍政権下の話。しかしながら現在でも「ぐしちゃん」と呼ばれることはままある由)。「頭」の字を「ちゃん」と読むのが特異に過ぎるからってなことだったんでしょうが、だったら東風平町の「こちんだちょう」の方が100倍特異ですがなww。
似たようなことは「城」の字にもある。地名や人名の「○城」は歴史的には「○○ぐすく/ぐしく」だったのが、いつしか「○○しろ」になったものも多い。例えば、「豊見城/とみぐすく/とよみぐすく」は現在の自治体名としては「とみぐすく市」、ご当地の市立豊見城中学校も「とみぐすく」だけれど、市立豊見城小学校と県立豊見城高等学校と県立豊見城南高等学校は「とみしろ」。
こうした問題は、薩摩藩が大和風の名称を禁じたところに端を発し、明治以降には逆の動きがあったという複雑な経緯を持っている。(1972年の沖縄返還辺りから本土風にする動きが加速したのではないかと思うけど、要調査。)
ここには沖縄の持っていたコンプレックスも反映されていると思う。でもそこはまた、2000年の「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の世界文化遺産登録なんかによって変わってきてるのでしょうか。
以上、琉球的創氏改名、超簡単編。

話を元に戻してだ。
町章公募には41都道府県から904点の応募があり、選ばれたのは奇しくも北海道在住の作者による作品だったわけですが。

おめでたい末広がりの[八]の字だったらどれも似たようなデザインになるでしょとか、シンメトリーだから印象が似るんだよとか、そげな言い分は愚blogでは考慮いたしません。

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(2006.12.19 八重瀬町発表資料 抜粋)

八重瀬町の頭文字[八]を八重瀬岳に見立て、鮮やかな[緑色]で「大地の活力」を表現し、中心の[丸]は、融和をもってまちづくりに取り組む町民の心を、明るく温かみのある[オレンジ色]で「うまんちゅの魂」を、さらに[水色の部分]は、八重瀬岳のふもとで繁栄する「自然と共生する清らまち」八重瀬町を表現してる。
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そう、「表現してる」んだよ
募集要項にも書かれてた将来像「大地の活力とうまんちゅの魂が創り出す自然共生の清らまち」という言葉を焼き直してる(中村自身の文章であるかどうかはわからないが)。「うまんちゅ」は「万人」のこと、「清らまち」はもちろん「ちゅらまち」。

現在、この町章は次のバリエーションが作られてる。

八重瀬町章 バリエーション

観光目的なんでせう。野獣ならぬ楽しいことや美味いもののぎゅうぎゅう詰め(を狙ったんだけどややスカスカ感)。
よく見ると、このキャラクターも真ん中に描き込まれてる。

【2013.11.03「今様竹取物語:下の巻」】
沖縄県島尻郡八重瀬町
キャラクター
やえせのシーちゃん
中本竹識
〔2013年3月発表〕
やえせのシーちゃん

っそ、これが「万人の魂」なの。
そうだ!このキャラの住んでるところも「エージグシク(八重瀬城)」だし、好物も「ぐしちゃんピーマン」、「晴れた日には、よく、ぐしちゃん浜で遊んでいる」のだった。

新バージョン制定の詳細は不明ですが、ご当地では2015年から「八重瀬八景」なるプロジェクトを展開しているので、そこと何らか関係があるんでしょう。
しかしだ、シルエットにしてるから一層これ↓と見分けがつかんじゃないか(冷)。

【2014.08.13「配達されない三通の手紙:三通目」】
沖縄市ほか
中部広域市町村圏事務組合・琉球新報社ほか
おきなわマラソン マスコットキャラクター
シータン
深川重一
〔2011年10月(?)発表〕
シータン

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ふと考える。既に発表されているものだけでなく、今後発表されるマーク類にも同じことは起こり得るのではないかと。八幡平市章全作品リストの功罪です。10年以上前のリストのみをもって全てを語ることは無理があるだろうけれど。

【加筆編】過去より流れ来たるモノ(八幡平市章応募作品)

【2018.01.11 加筆】

(承前)

このマークを目にした時、かすかなDejavuを感じていた。

京都市東山区
東山シンボルマーク
出井豊二
〔1996年決定〕
東山区シンボルマーク

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マークは東山の頭文字[H]で、イメージである「はんなり」「やわらかい」と山並みの奥行き・立体感を出しています。
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東山の頭文字[H]をデザイン化。歴史の伝統と未来、その橋渡しを担う私たちの使命が[楕円]によって表されています。
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どこかで、確かに・・・。この作品より前だったか後だったかもわからない、覚えていない。(そりゃあ、1996年より前のってことはないだろうけれども。そんな古いネタだったらそれだけでツルの記憶に残っているはず。)

遂に見つけた、これでした。

岩手県八幡平市
市章(応募作品0349)
〔2005年6月決定〕
八幡平市章(応募作品0349)

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八幡平市の[H]をモチーフに、豊かな自然と共生し、輝く未来の市民一人ひとりを包み込み発展を表現しました。
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アノ八幡平市章応募全作品リストの中に入っていたものです。

改めて鑑賞してみると、い〜い感じのびみょ〜〜な類似具合のモノがたぁくさんあるんだよねえ、この1,240点リスト。ごく一部を厳選して見てみると・・・。

【2013.10.19「I am the Alpha and the Omega ― 2:上」】
徳島県阿波市
市章
尾浦孝夫
〔2004年10月決定〕
阿波市章

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連携・共生の「人の花咲くやすらぎ空間」をイメージして、あすに向かって躍動するAWA市の[A]・[W]を表現しています。
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岩手県八幡平市
市章(応募作品0254)
〔2005年6月決定〕
八幡平市章(応募作品0254)

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八幡平市の[八]の文字を岩手山に、合併する3町村を高原と清流をイメージして図案化したもので、豊かな自然の大地と共生する人々の心安らぐ、恵みに満ちた住み良いまちを表わした市章。
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【2013.12.29「伊勢の罰、薩摩の罪。」】
長崎県諫早市
市章
三好健一
〔2004年11月決定〕
諫早市章

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諫早市の[い]をモチーフに、諫早市の調和する美しい自然風景と歴史、元気に響きあう市民の心、未来に飛躍する諫早市の姿を表現しました。
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岩手県八幡平市
市章(応募作品0873)
〔2005年6月決定〕
八幡平市章(応募作品0873)

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八幡平市の頭文字[H]をデザインしました。[青]は澄んだ空気を、[緑]は豊かな自然を表します。又、[8]の字にもみえま
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はい、PDF上の原文がここで尻切れトンボになってます。

これらはいずれも、八幡平市章公募より前に決定されたものとの類似。気になるものは他にもあるけど、きりがないのでこのぐらいでやめとこう。

しかし、過去との類似が見つかるということは、未来との類似も生じ得るということで・・・。

(続く)

2015年5月16日 (土)

【番外編】十年に一度の逢瀬:12(東山区80周年・東山区シンボルマーク・三岐鉄道80周年・別府市90周年)

(承前)

80周年モノ、都内での制定より少し遡ったところにちょっと気になるものが出てきたので、もう少し引っ張ります。

京都市東山区
東山区80周年 記念ロゴマーク
出井豊二(京都女子大学家政学部生活造形学科教授)
〔2009年5月までに制作〕
東山区80周年

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もてなしの空間をイメージした[円窓]を[80]の数字の中に配置しました。円窓に挿入する写真は差換え可能とし,季節や用途に応じ,四季折々の景色や様々な観光資源,伝統産業など東山区の多彩な表情を伝えることができる変化のあるロゴマークとします。
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はー、自由度の高いデザインにしたわけね。ご当地は1929年(昭和4年)4月、下京区から鴨川以東の部分を分区して誕生したそうな。
出井は1996年公募の「東山シンボルマーク」の作者でもあるから、こちらはおそらくその時の実績を買われての委嘱ではあるまいか。

京都市東山区
東山シンボルマーク
出井豊二
〔1996年決定〕
東山区シンボルマーク

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マークは東山の頭文字[H]で、イメージである「はんなり」「やわらかい」と山並みの奥行き・立体感を出しています。
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とか;

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東山の頭文字[H]をデザイン化。歴史の伝統と未来、その橋渡しを担う私たちの使命が[楕円]によって表されています。
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と説明されているけど、確か[鼓]もイメージしているとされていたような記憶があるんだけどな・・・。

でも、今や80周年ロゴの方と次のものの相似が微妙に気になったわけよ、ツルは。

三重県
三岐鉄道株式会社
三岐鉄道開業80周年記念事業 オリジナルロゴマーク
(作者不明)
三岐鉄道80周年

詳細はわからないけど、2011年7月に「三岐鉄道80周年感謝まつり」が開かれていて、ロゴは同年5月までには存在したことがネット上で確認できる。東山区80周年より後だったのは間違いないんだろねぇ。わざわざ「オリジナル」と銘打ってあるのが皮肉です。
偶然なのか、剽窃か。いずれにせよ後味はよくない。三岐鉄道ロゴを目にした時から、「th」の据わりの悪さはどうにも気になってたんだけど。

もっとも、その辺りを言い出すと前回の阿蘇くじゅう国立公園80周年ロゴだって[80]のフォルムはほぼ同じ。ありがちな御愛敬ということなんですかね?

熊本県・大分県
阿蘇くじゅう国立公園
指定80周年 ロゴマーク
〔2014年3月決定〕
阿蘇くじゅう国立公園80周年

さて大台まであと一息、90周年にいってみよう。

大分県別府市
市制90周年 記念ロゴマーク
小池友基(群馬県高崎市:デザイナー)
〔2013年12月発表〕
別府市90周年

「温泉の恵みに感謝する人をかたどり、温泉のぬくもり、別府の活気をオレンジ色で表現した」てなことなんですが、オレンジねえ・・・。CMYK4色掛け合わせでは最も再現が難しい色なんじゃないの?すぐ茶色や黄土色に転んじゃう。しかしてカラバリはレッド・イエロー・パープル・インディゴ・ブルー・グリーン・グレー・ブラックと数々御座候へば心配御無用。
小池はきっと、[9]と[0]のどっちに顔を入れるか悩んだに違いないわ。因みに1人1点の限定募集だから、いや、限定募集だけど、要らぬことを考えるのはよします。

〔キャッチフレーズ〕
夏目由香(愛知県安城市)
「ゆめ、湧いてます。べっぷ。」

ああ、そう。キャッチフレーズの方は「90周年」を謳わなかったんですね

(続く)

2015年5月14日 (木)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その137:丑寅まつりマスコット・オロリン)

(承前)

動物系塩キャラでこのところ、犬を斬って鼠を斬って、ではその次は何か。もちろん牛と虎に決まっている。(干支ね)

福島県河沼郡柳津町(やないづまち)
福満虚空蔵尊圓蔵寺 丑寅まつり
丑寅マスコット
(優秀賞)
塩崎榮一
丑寅まつりマスコット

12年に1度、丑年と寅年の2年間かけて行われるという祭りです。それはつまり虚空蔵(こくぞう)菩薩が丑寅の方角、ひいては丑歳生れと寅歳生れの人の守り本尊だから。ツルも寅歳なんだよね。

こうした緩やかなスケジュール感、貴重ですねえ。オリンピックだって3巡しちゃうんだぜ。はっきり言えば、現代の時間の流れには到底合わないのかもしれない。
同様の周期の祭祀と言えば、沖縄の至高聖地、久高島(くだかじま)で午年ごとに祝われてきた「イザイホー」は1978年を最後に1990年、2002年、2014年と中止となっている。ノロ(神女)の新しいなり手がいないからです。あくまで各回ごとの中止という話ですが、2026年に復活できるかというと、やはり絶望的なんじゃないでしょうか。過疎化(人口約200人)の問題だけではなく、ノロという古来の生活習慣に密着した祭祀制度全体が消えてゆこうとしているわけで。

話は柳津に戻りまして。

昭和っぽい描きぶりだよなあ。それも40年代頃までの(爆)。
募集要項には、「[丑]・[寅]を一つで表現したもの」という条件がついていた。だから2頭の尻尾が絡まってるのには深ぁい意味があるのさあ(爆)。さもなくば虎のかぶりモノをかぶった牛か、あるいはその逆か、そんなところでしょう。本来、「十二支 = 十二種の動物」ではなくて陰陽五行説とか方位学とかでの形而上的抽象概念なんだけどね(南方熊楠の受け売り)。

デザインに付された説明文に曰く。

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「福満虚空蔵尊圓蔵寺」の丑寅まつりで「丑・寅」をモチーフにし、丑寅まつりで楽しく様々な行事に参加、皆様と共に丑寅まつりを盛り上げて行きたい。
丑と寅を楽しく描きました。
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うわぉ、ナンじゃこの文章・・・。空虚度合いハンパねえっす。なぁに、いつものことじゃがの。

募集要項でもう一つ目を惹くのが、募集当時は;

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5、募集締切
平成20年10月10日(金) 消印有効

〔中略〕

7、審査発表

〔中略〕

(2)入賞者の発表は、平成20年10月12日以降に入賞者本人に直接通知するとともに報道機関等を通じて発表します。
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とされていたのが、決定時にはしゃらっと;

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5、募集締切
平成20年10月31日(金) 消印有効

〔中略〕

7、審査発表

〔中略〕

(2)入賞者の発表は、平成20年10月31日以降に入賞者本人に直接通知するとともに、報道機関等を通じて発表します。
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と差し替えられていたこと。募集期間自体が延びた理由となれば「集まりが悪かった」ぐらいしか思いつきませんが、詳細はわかりません。因みに「おひとり1点の応募」の制限もついていた
しかしまあ、締切の直後に発表まで持っていけるとマジで考えてたんでしょうかね?まさにゆるキャラ。それとも出来レース?

こうして最優秀賞に選ばれたキャラ「うとちゃん」(作者不明;ほんとに牛=赤べこをかぶった虎だった)は2009〜2010年の2年間にわたって活躍したんでしょうが、その後はどうなったか/どうなるのか。それは神のみぞ、いや虚空蔵菩薩のみぞ知る。2021〜2022年にも再登場してきたらスゴいよなーー。(実はそこまで待たず2011年に女の子バージョンの着ぐるみができた由。)

お次は兎 ̄(=∵=) ̄をかっ飛ばして竜、あるいは蛇です。

島根県松江市
島根県立大学
マスコットキャラクター
オロリン
塩崎あゆ美(30歳)
オロリン

同大学の開学10周年を記念して制定されたもの。えーと、Dragon/Serpentネタの塩キャラは今までにも2点、いや3点取り上げました(cf.【その25】)。見比べてみると。

京都市伏見区
龍谷大学
オリジナルキャラクター
ロンくん&ロンちゃん
塩崎アユミ
ロンくん&ロンちゃん

島根県出雲市・雲南市・奥出雲町・飯南町
出雲の國・斐伊川サミット
JR西日本 木次線 トロッコ列車 奥出雲おろち号
マスコットキャラクター
おろっち
塩崎まさよ
おろっち

まあ、こんなもんでしょ。基本、竜の塩キャラって緑が相場なのかー。島根の2点、やっぱり兄弟分に当たる感じはします、[寄り目]兄弟。[ン系]と[っち系]でネーミングの基本もきっちり押さえてあるし。オロリンのお腹のマークは学章ではなくて[シンボルマーク]ですね(by 石野 眞:島根大学名誉教授:鳥取短期大学教授)。

ロンくんのデザイン決定が2009年10月、おろっちの発表が2011年4月、そしてその間に割って入る形で2010年9月にこのオロリンが制定されている。オロリンの方が兄ちゃんだったんだ!!
その一方で、[本]を手にして勉学に勤しんでるwwところはロンくんペアと一緒なんだよね、ともに大学キャラですから。

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「オロリン」は、日本神話に出てくる[ヤマタノオロチ]の精がモチーフで、愛くるしく明るい表情の中にも熱い志を持ち、常に[本]を片手に学ぶ姿勢からは、本学に関わるすべてのもののあるべき姿を象徴しているように見えます。
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あれ?でもおかしいんじゃない?八俣遠呂智/八岐大蛇は退治されてしまう存在でしょ??

けど一番馬鹿っぽいのはサイト上に次のことを掲載していることかもしれない。

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着用時に注意すること
●マスコットキャラクターのイメージを保つため、着ぐるみ着用時は声を出さないでください。また、公衆の面前での着脱は絶対にしないでください。
●着ぐるみの中は暑くなりますので、適宜休憩をとるとともに、水分を十分に補給してください。
●着用中は視界が狭くなりますので、安全対策のために、必ず補助者をつけてください。
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時々見かけるんだよね、これ。だからさぁアンタ、そんなこと公開するの自体がおかしいでしょうが。「内臓」にだけ知らせればいい情報なのであって。

(続く)

2015年5月12日 (火)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その136:アエナちゃん・ちりゅうくん)

(承前)

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Irisの花にも密約はありそうだけど、思うところあって今回深追いはやめときます(^_-)。
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早速深追い、するべえ。

塩崎一族にはアヤメ科の花を盛りアイテムにした作品は多くあるわけです。今まで取り上げたIrisキャラをダーッと見ていきますと。

【その4】
京都府城陽市
TWINKLE JOYO イメージキャラクター
イルミン
塩崎アユミ
〔2009年10月決定〕
イルミン
※市の花:ハナショウブ

【その3】
三重県多気郡(たきぐん)明和町
マスコットキャラクター
めい姫
塩崎エイイチ
〔2011年3月デザイン決定〕
めい姫
※町の花:ノハナショウブ

【その4】
大阪市旭区
マスコットキャラクター
しょうぶちゃん
塩崎まさよ
〔2012年7月デザイン決定〕
しょうぶちゃん
※区の花:ハナショウブ

【その29】
新潟県長岡市
長岡市与板地域ふるさと創生事業
よいたキャラクター
よいたん
塩崎まさよ
〔2012年10月決定〕
よいたん
※旧 三島郡(さんとうぐん)与板町の花 → 長岡市与板地域の花:ハナショウブ

そして、取りこぼしがまだまだあった。

東京都葛飾区
葛飾区社会福祉協議会
キャラクター
アエナちゃん
佐藤 修(大阪府)
〔2012年2月デザイン発表〕
アエナちゃん
※区の花:ハナショウブ

佐藤 修は塩崎一族の数ある別名義の一つだというのがツルの基本的主張です。
このキャラは同社協の50周年記念で制定されたもので、ご当地を流れる荒川・江戸川・中川のイニシャルを取って「アエナちゃん」って言います、よろしくねっ(愛称は別途公募)。
人も知る堀切菖蒲園の[ハナショウブ]をどんと乗っけて、社協テンプレの[ハート]と[社協マーク]を盛っときました。[サクラ]の花びらは・・・ええい北斎めんどくさい、こいつを使い回したんでい、写楽斎。

【その133】
静岡県伊豆の国市
伊豆の国市社会福祉協議会
イメージキャラクター
いずのん
塩崎榮一
いずのん

おっと、こっちは2014年10月のお披露目だから逆だったか、失敬失敬。

ここに挙げたIris類はどれも「市の花」等の自治体シンボルとなっているものばかり。それだけアヤメ科植物が多く指定されているということでもあろうし、姿のインパクト(塩キャラに限らず常に横見で描かれる)が強いということも影響していると思う。

例えばこれは哥川廣重の「名所江戸百景」から「堀切の花菖蒲」。

哥川廣重 堀切の花菖蒲

同じ横見ながらこっちの方がよっぽど新しいと思いやすぜ、ちげえねえ。

こちらは「花杜若」紋。

花杜若1 花杜若2

こうしたフリーハンド系家紋の場合、紋師の個性が反映されて微妙なバリエーションが数多く生まれてきちゃうんですよね。職人のセンスと技量が問われもする、つまりは腕の見せどころ。
家紋に描かれたのは常にカキツバタばかりでアヤメやハナショウブはなく、考えてみると不思議なことです。ましてやイチハツなど。(アヤメ科の花菖蒲でなくて、端午の節句の菖蒲湯に使われるサトイモ科の菖蒲の紋所ならあるけど)

家紋の杜若では花弁の下端にほぼ例外なく「返し」がついていて、東郷町トッピィの随所に見られる[赤丸][黄丸]のデザインもここからヒントを得たものじゃなかったか(モッコクの実も赤いけどね)。ま、そのくらいだったら別段問題感じません、さすがにツルも。

愛知県愛知郡東郷町
イメージキャラクター
トッピィ
平山陽一
〔2012年11月決定〕
東郷町トッピィ
※町の花:アヤメ

イヤそりゃこんなにIrisキャラがある中で、同じネタを同じ味つけで出してきたところとか、それにまたホントに食い付いちゃったところとかは別ですよ。

昨年にもIrisキャラはこんなのが作られている。

愛知県知立市
マスコットキャラクター
(優秀賞)ちりゅうくん
塩崎榮一
〔2014年10月決定〕
ちりゅうくん
※市の花:カキツバタ

高柳順子の「ちりゅっぴ」が採用された時の次点です(cf. 2015.04.11「知立乱立杜若」)
おっ、真正塩キャラ初の[カキツバタ]だ。こんなに大胆なグラデーションも初めてだ。伊勢物語の「東下り」の段で、この花を見て[在原業平]がはるばる来ぬる旅をしぞ思ひ、干し飯に「なみだおとしてほとびにけり」という八橋の故事、その舞台がご当地とされているゆかりです。お腹のマークはもちろん例のカキツバタ[市章]ネ。

うーん、しかし結局ハナショウブもノハナショウブ(ハナショウブの原種です)もアヤメもカキツバタも違いはわからなくなってるという(笑)。塩崎一族は植物におよそ興味関心がないんだなと再び思う所以。
園芸おたくだったらこのあたりとかツツジ・サツキ・キリシマツツジとかの見分けなんてのは基本中の基本なんですけどねー。ツルも二十歳の頃はわからなかったもんですわ
因みに開花順がツツジ→サツキとなるのは東北辺りor以南の常識。けど、もっと北へ行くとこれが逆転するんだよね。津軽海峡を渡るらへんだったんじゃないかな、確か。

(続く)

2015年5月10日 (日)

【番外編の場外乱闘】Again, Evil Under the Sun: 2(東郷町トッピィ・イーサキング)

(承前)

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これらが全て一気に霞んじゃうほどスゴいのが、遠く離れた「愛知県東郷町」なんだけど、それは次回以降に。
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これっす。

愛知県愛知郡東郷町
イメージキャラクター
トッピィ
平山陽一
〔2012年11月決定〕
東郷町トッピィ

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トッピィは東郷町の森で生まれた妖精で、若き偉大な王子様です。頭の王冠は、町の木[モッコク]をイメージし、首には町の花[アヤメ]があしらわれています。
手には、「ボートのまち とうごう」をアピールするためボートの[オール]を持っています。
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ふん、ちゃんと「王子」って言っとかないと、「性別 オトコの子」って設定が憶測を呼んじまうわな。
将来の夢は「レガッタの大会で優勝すること」と案外逞しげ。でも「お兄ちゃんどうしてそんな危険を冒すのっ、着ぐるみが水に近づくのは単なるRiskを超えたDangerなのよっ!!せめて私みたくマラソンにしてぇ」と、離れて奄美に暮らす少しだけ年下の妹さくランナちゃん(cf. 2014.02.13「白昼堂々、Evil Under the Sun: 1st」)が半狂乱で止めに入ります。(しかし頭上の[赤丸][黄丸]は三次元だとどうすんだ)

てな妄想じゃなくてですね。

【その16】
鳥取県
第64回全国植樹祭 シンボルマーク
(入選)
塩崎歩美
〔2011年8月決定〕
鳥取植樹祭

うげえ。やっぱりこの錯塩ガイダーの作品をツルは安心して見ることができない。
広く受け容れられるデザインを追求していけばたいていこんなところに行き着くんです、なんて理屈では済まされないものを感じるし、もちろん偶然の一致などで言い繕えるレベルでもない。制作態度が真摯でないとか不誠実だといったところを超えて、ツルに言わせりゃ邪悪ですらあると思う。
バレなきゃいいだろうとばかりにパクりまくる、「お気に入り」の「いつも一緒にいるトリさん」まで。それともまさか、平山と塩崎一族の間には何か密約でもあるのかしらん。

【その12】
香川県
人権啓発 マスコットキャラクター
(優秀賞)
塩崎アユミ
〔2008年11月発表〕
香川県人権啓発

【その13】
大分県
人権啓発 イメージキャラクター
こころちゃん
塩崎アユミ
〔2009年1月決定〕
こころちゃん

【その11】
福岡県
福岡県地球温暖化対策 マスコットキャラクター
(優秀賞)あっち
塩崎アユミ
〔2009年9月発表〕
あっち

Irisの花にも密約はありそうだけど、思うところあって今回深追いはやめときます(^_-)。

イニシャル「ト」と「ハッピィ」から合成したという[ピィ系ネーム]も;

富田林市「とっぴー」
(塩崎エイイチ:2010年3月発表:【その11】)

戸田市社会福祉協議会「トッピー」(最優秀賞)
(佐藤 修:2011年10月発表:【その14】)

戸田市社会福祉協議会「トッピィ」(優秀賞)
(今井好美:2011年10月発表:【その15】)

などで既に塩キャラ実践済みのところではないか。こうなるともうほとんど「直伝」ですな。(だからこそ、初めは推定同一人物の嫌疑をかけたわけで。)

因みに東郷町の募集がかかったのは2012.05.07〜06.29、つまりこれら全ての一族作品の発表より後です。ここポイントね。

そう言えば、鹿児島県には「たすきんぐ様」(2013年元日報道)とかこの「トッピィ」(2012年11月決定)とか、王統を名乗るキャラが多いのはなぜだろう。こやつのせいなんですかね?

鹿児島県伊佐市
手羽キング イメージキャラクター → 伊佐市公認キャラクター 第2号
イーサキング
Quantize(クォンタイズ)(デザイナー 中村展子・オーガナイザー 川野季春(きはる))
イーサキング(当初版)イーサキング(最終版)

当初、「伊佐みりょく研究所」のプロデュースするご当地B級グルメ「手羽キング」のキャラクターとして作成されたのが2012年の2月頃、その後市の公認キャラ認定式(!)が行われたのが2013年1月26日。従ってやはりこちらが少し先行したようです。もとはいささか愁いを帯びたビジュアルだったんですねえ。しかも[Tattoo]入りの[手羽先]というシュールさ!!
で、このキャラクターがどういう風の吹き回しか伊佐市地域振興課商工観光係の目に留まって公認を得るところとなり、果ては十六茶にまで進出したわけ。

「伊佐みりょく研究所」(所長:新原洸太郎)とは、「グルメで町興しを目標に20代から30代若者が集まった任意ボランティア団体」だそうな。新原の同級生を中心に10名で2010年にスタートした由。「手羽キング」はその第一弾です。
つまり本来の意図を超えて、一人歩きを始めたキャラの方が必要以上に有名になっちゃったわけよw、くまモンみたいに。

公認された時のキャラクターの「自己紹介」では;

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まちの特産品である「伊佐米」から黄金の稲穂の「金」と金山ネギの「金」、世界トップクラスの含有量を誇る金鉱山の「金」。金づくしの伊佐そして一番のキングから「イーサキング」が誕生。
私の姿をみていただくとおわかりのとおり、全国に数ある「ゆるキャラ」たちとは、少し違う。わがふるさと「伊佐」を誇らしげに自慢する「どやキャラ」として、S−1グランプリでお馴染の「手羽キング」片手に注目される伊佐を創り上げていこうと思う。
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と、何だかだいぶキャラ立ちが変わってきちゃったようです。
おっと、ダマされるべからず。目立たないけど『金山ネギの「金」』てのはいかにも無理があるでしょ。ネギはネギです。

デザインしたQuantizeは、「伊佐市出身の2人組で福岡を拠点に世界で活躍するオーダーメイドドレスブランド」と紹介されており、ブライダルを中心に活躍している由。二人とも伊佐市立山野小学校の出身だそうだから、もとは幼なじみの同級生だったりするのかもしれない。因みに彼女たちはこれが縁で2013年5月には「伊佐ふるさと大使」に就任している。

え?公認キャラ認定第1号ですか?「曽木の滝公園内の旧曽木発電所の一部を活用して平成25年3月の完成をめざし、市と協力して整備中の水力発電所から誕生しました」という何だかむちゃくちゃな経歴を持つ「いーさーくん」by 新曽木水力発電株式会社、です(画像はめんどくさいから省略)。

おまけ。
そもそも南九州中心に活動する平山が愛知の公募に出張ってきたのはなぜだろう。そりゃ公募ガイド誌あたりに載ってたからでしょうよきっと。でも、ご当地鹿児島にはもう一つの東郷町がある、いや、あったんですね。薩摩郡東郷町、平成大合併で2004年10月12日に薩摩川内市の一部となったところ。
うーん、薩摩の東郷町にはどんなキャラがいたのやら(笑)。

2015年5月 8日 (金)

【対決編】丸ブー艶競べ [7](鹿児島県章・沖縄県章・多良木町章)

(承前)

えー、「地形」「地図」を前面に押し出したデザインを続けて取り上げたので、愛知県東郷町に出張る前に一つこれをおさらいしておこう。

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地図だけ見て即どこなのか誰でもわかる、なんてのは北海道だの沖縄県だの佐渡島だの、あるいは琵琶湖を抱えた滋賀県だの、百歩譲って「チーバくん」を擁する千葉県だのぐらいしかないだろうよ。
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もう一つありました、灯台もと暗しで鹿児島県。

鹿児島県
県章
(作者不明)
〔1967年3月制定〕
鹿児島県章

こなれてますねぇ(  ̄▽ ̄)。相当時代が旧いから、これを丸ブーと呼び得るかどうかは議論のあるところだと思うけど。ご当地の[地形]をベースにしていて、[赤丸]は言うまでもなく[桜島]、右の虫喰い部分は[志布志湾]。

はーん、てことはだ。このシンボルマーク↓の知的労働の密度も7掛けぐらいには落ちそうですなw。

鹿児島県下一周駅伝シンボルマーク&たすきんぐ様

鹿児島県章に対しては、しかし、「離島部の存在を無視している」との批判が前からある(因みに奄美が日本に復帰したのは1953年のクリスマス)。そりゃまあ薩摩なんて明治以降、●●にばかり目を向けて●●のことなんか端くれも頭になかったでしょうよ。(自主規制により一部伏字)
あっ、だったらこの県章、常に奄美黒糖焼酎ロゴマークとワンセットで使用すべしって条例で決めればいいんじゃないの?いい宣伝にもなるし

鹿児島県章
奄美黒糖焼酎

おちゃらけるのはほどほどにしといて、そんなわけでほとんど使われていない県章に代えて作られたのが次のものだったという次第。

【2013.12.10「誰だ?言葉をパクる者は!」】
鹿児島県
シンボルマーク
上原 昌(まさし)
〔1994年3月制定〕
鹿児島県シンボルマーク

これとて最早20年以上経つわけで、さすがにもう一本化しちゃえばいいのに。

その鹿児島県章と絶妙な対をなすのが沖縄県章。

沖縄県
県章
(作者不明)
〔1972年5月制定〕
沖縄県章

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県章のいわれ
[外円]は海洋を表し、白い部分はローマ字の[O]で、沖縄を表現するとともに人の和を強調しています。
また、[内円]は動的に、グローバルに伸びゆく県の発展性を象徴し、「海洋」「平和」「発展」のシンボルです。
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1972年5月15日、本土復帰と同時に制定されてます。このフォルム、単純なだけにかえっていろいろマイナーな差異のある各種バージョンがネット上に氾濫している様子なので、ここは沖縄県の告示による正統な割付図を併せて挙げておきませう。

沖縄県章割付図

片や開き、片や閉じる。鹿児島県章とは阿吽の呼吸のような、(奄美を挟んで?)互いに「引っ張りの見得」を切るような、そんな図柄になっているのが面白いねー、薩摩と琉球の歴史的関係、なんてことまで考慮に入れると特に。

でも、そこに横から虎視眈々と狙っている感じなのがこれ。うはは、肥後まで絡んできやがったか!!

熊本県球磨郡多良木町(くまぐん たらぎまち)
町章
(作者不明)
〔1973年4月制定・1986年6月再制定〕
多良木町章

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この町章は、[タ]の字を図案化したもので町民の融和と団結を表し限りない躍進をする、さわやかな多良木町を象徴するものである。
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夕張市あたりでも使えそうネ。沖縄復帰後1年足らずのタイミングで制定されてますが、10年余り経っての「再制定」のいきさつはよくわかりませんでした・・・。合併が絡んでるわけでもないし。

いずれにせよ、前世紀の物語というか、それとも丸ブーの曙と言おうか。

(続く)

2015年5月 6日 (水)

【番外編の場外乱闘】Again, Evil Under the Sun: 1(鹿児島県下一周駅伝・たすきんぐ様・奄美黒糖焼酎・チーバくん)

怒涛のGW連日連投も本日までってことでww、いっそのこともうちょっと脇道に入り込みましてと。

平山の活動フィールドは主に地元のようで、次の採用例もある。

鹿児島県
南日本新聞社
第60回鹿児島県下一周市郡対抗駅伝競走大会
シンボルマーク(下左)
平山陽一(50歳:鹿児島市:グラフィックデザイナー)

マスコットキャラクター
たすきんぐ様(下右)
中野敬介(24歳:東京都杉並区:グラフィックデザイナー)
〔2013年元日報道〕

鹿児島県下一周駅伝シンボルマーク&たすきんぐ様

5日間かけて県内(この年は53区間588.6km)をリレーしていくというご当地一大スポーツイベント。60回記念大会ということでシンボルマークだの優勝旗だの新調しちゃうは、キャラクターなんか作っちゃうはという勢いだったらしい。

応募資格には「鹿児島県内在住者か出身者」という縛りがあった。基本、九州の場合は「九州出身」というのはとりわけオールマイティに効くんよー(笑)。中野はFacebookにも「鹿児島市出身」とあるから間違いない(微笑)とこだろうけど。
桜島型の[王冠]を頭に戴っけたおっさん、ではなくて「県下一周駅伝が大好きで鹿児島に住むことを決めたある国の国王」という設定です、そりゃまた奇特な心がけ。

一方平山作品を見ると、ふ〜〜ん、募集要項には「単色表現できること」という条件が入っていなかったらしい、それも奇特なこと
同駅伝の主催団体の一つであり本公募の募集元でもある(^_-)地元紙にはインタビュー記事が出ている。

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(2013.01.20 南日本新聞)

[かお]鹿児島県下一周駅伝の新しいシンボルマークを制作した平山陽一(ひらやま・よういち)さん

「公募作品を考えるのが楽しく、それが趣味」という根っからのグラフィックデザイナー。2月に60回を迎える鹿児島県下一周駅伝の新シンボルマーク募集で、274点の応募の中から見事に最優秀賞に選ばれた。
鹿児島の[地形]と、風を切って走る[選手]をイメージした作品。実際に走る選手の写真も見ながらアイデアをふくらませた。全体はパソコンでつくったが、流れるような選手の線は毛筆で何百回も紙にかいた中から選んだ。表現したかったのは「ぬくもり」。県内の多くの人から温かい応援を受け、還暦を迎えた大会のイメージだ。
子どものころから絵をかくのが好きで、20歳からこの道一筋。ポスターなどさまざまなデザインを手がける一方で、公募があれば積極的に応募している。これまでに採用されたのは小林市の市章、霧島ジオパークや奄美黒糖焼酎のロゴマーク、愛知県東郷町や奄美観光桜マラソンのイメージキャラクター…。挙げればきりがない。
いつも心がけるのは「独りよがりにならず、10年、100年でも耐えられるデザインにすること」。もちろん落選することもアマチュアに負けることもある。実は今回採用された作品も、複数応募した中で「一番の自信作とは違った」と笑う。
それでも、この仕事を30年続けていることが確実に実を結んでいるとして、モットーは「継続は力なり」。県下一周駅伝も、シンボルマークとともに末永く県民に親しまれてほしいと願う。鹿児島市宮之浦町に妻と母、3人の子ども、愛犬と暮らす。50歳。
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は〜〜ん、ツルと全く同年齢なのかあ。「根っからのグラフィックデザイナー」は「根っからの公募ガイダー」あたりの間違いじゃないかね(冷笑)。
「手描きの方が手間がかかっているでしょう、あったかみがあるでしょう」と言いたげなのも平山においてはおよそ自己撞着である。そんなことアピールする前にアンタ、「実際に走る選手の写真も見ながら」とか横着せんで実地に選手の姿見てきんしゃいよ、ジモティやろがって┐( ̄ヘ ̄)┌。
で?奥方が加代子さんてことですか、それとも母上が?

この記事にある「霧島ジオパーク」は取り上げたばかり。

宮崎県・鹿児島県
霧島ジオパーク
ロゴマーク
平山陽一
〔2009年10月決定〕
霧島ジオパーク

「奄美観光桜マラソン」も前に見た。「走る」において共通する公募でほとんど同時に採用されたわけやなw。

【2014.02.13「白昼堂々、Evil Under the Sun: 1st】
鹿児島県奄美市
奄美観光桜マラソン イメージキャラクター
さくランナちゃん
平山陽一
〔2012年12月デザイン発表〕
さくランナちゃん(最終版)

「奄美黒糖焼酎」というのはこれ。

鹿児島県奄美市
奄美大島酒造協同組合
奄美黒糖焼酎 ロゴマーク
平山陽一(47歳:鹿児島市:会社員)
〔2009年11月発表〕
奄美黒糖焼酎

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(2009.11.12 南日本新聞 抜粋)

平山さんの作品は、奄美群島の[地図]を中心に据え、[太陽]や[海]を周囲にデザインした。「南国のイメージをシンプルに表した」としている。〔中略〕平山さんの作品は「一目で奄美と分かる」との評価が出たという。
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え?どこがどこが??

このガイダーにしては珍しくパクりの匂いが漂わないのは上首尾だろう。「南国の黒砂糖から作られる焼酎」という強いイメージ性・商品性を、単純に赤い太陽&青い海という図式に乗せてしまわなかった意図もまあ好しとしよう。
けど、制定側コメントの「一目で奄美と分かる」ってのはさすがに内輪善がりでしょ。文字を伏せられたら、ツルなんか知ったかぶりに「これは北方領土の色丹島と歯舞諸島であろう」とか的外れなことを言ってのけてしまいそうだ。

北方領土

地図だけ見て即どこなのか誰でもわかる、なんてのは北海道だの沖縄県だの佐渡島だの、あるいは琵琶湖を抱えた滋賀県だの、百歩譲って「チーバくん」を擁する千葉県だのぐらいしかないだろうよ。

千葉県
第65回国民体育大会(ゆめ半島千葉国体)・第10回全国障害者スポーツ大会(ゆめ半島千葉大会)マスコットキャラクター → 千葉県マスコットキャラクター
チーバくん
坂崎千春(千葉県市川市出身:絵本作家・イラストレーター)
チーバくん

2010年9〜10月開催の国体&障害者スポーツ大会のキャラクターとして2007年1月に制定され、その後2011年1月には千葉県公式キャラに出世したという[藁しべ長者系]。坂崎はJR東日本「Suica」のペンギンキャラ(愛称なし)の生みの親です。

でも、これらが全て一気に霞んじゃうほどスゴいのが、遠く離れた「愛知県東郷町」なんだけど、それは次回以降に。

(続く)

2015年5月 5日 (火)

【対決編】丸ブー艶競べ [6](小林市章・鏡野町章)

(承前)

鹿児島県の霧島市章を出したついでに、隣接するこのご当地の市章のことも。

宮崎県小林市
市章
平山陽一(43歳:鹿児島市:会社員)
〔2005年9月決定〕
小林市章(応募案)小林市章(最終版)

うおおお、そういうことであったか。棲み分け。南九州陣取り合戦ともタマの取り合いともいう(笑)。2006年3月の(旧)小林市と西諸県郡須木村(にしもろかたぐん すきそん)の新設合併に先立ち、前年9月に決定されたものです。
丸ブーは丸ブーだけど、何だかこなれのよくない感じだなあ。こうなるとデザイン補整をかけてもなかなか厳しいものがある。っと、ここはデザインの優劣を上から目線で論じるblogではなくってデザインの類似を上から目線で論じるblogでしたが。

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(デザインの趣旨)
英文頭文字KOBAYASHIの[K]&小林市民をモチーフにし、[2つの楕円]の輪は旧小林市と須木村を表現。新市の将来像、「霧島の麓に人・産業・歴史・自然が息吹き元気あふれる交流都市」であることを明瞭にシンプルにシンボライズしています。
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だから旧自治体のことは持ち出さんでええっつうのに、ああ(個人の意見です)。でも講評はもっと馬鹿っぽい(個人の意見・・・だけじゃないと思う)。

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(講評)
KOBAYASHIの[K]を柔らかな曲線でデザイン化している。左部分は[人]の形を模しており、人々の輪や優しさを感じ取ることができる。自然を表す[グリーン]を基調としているが、左上部の[赤い○]と、右下部の[ブルーの線]がアクセントとなっている。
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なぁーーんにも「講評」してないじゃん。

「K」による丸ブーなぞ、それこそ掃いて捨てるほどある(KやRの右下部分は書道の「払い」にも通じるから、日本人にはとっつきやすいんだろう)。事実、これを決定した際にもこんな経緯があった。

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(2005.09.29 第12回小林市・須木村合併協議会会議録 抜粋)

次に、この最終候補5作品につきまして、8月25日から9月16日までを委託期間といたしまして、類似商標等の調査を行い、調査に当たりましては、各種商標等のデータを数多く保有し、調査のノウハウにたけております株式会社ぎょうせいに委託いたしました。調査につきましては、地方公共団体等の標章、図形標章、日本国周知・著名商標、商標登録を受けることができない商標について、照合、調査を行い、その結果、作品番号1145番について、地方公共団体等の標章の照合、調査において、岡山県鏡野町の町章とやや類似するとの報告を受けました。
各作品の詳細な調査結果報告につきましては、お手元の市章図形調査報告書をごらんいただきたいと存じます。
この調査報告を受けまして、臨時的に第5回新市市章候補選定小委員会を9月21日に合併事務局で開催し、この1145番の作品を市章候補作品として合併協議会に提出するかどうかについて協議を行いました。協議の結果、やや類似は認められるものの、岡山県鏡野町への照会結果等を勘案し、最終候補作品とすることは問題ないと判断いたしました。したがいまして、本日は予定どおり5作品を最終候補作品として協議会に提出するところでございます。
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「1145番」ってのが、この日最終的に採用されちゃった平山作品なんですよね。はー、どこまでもこういうのがついて回る、この作家には。
因みに優秀賞とされた残りの4点は;

堀田(ほりた)芳文(鹿児島市)
辻井寿俊(兵庫県神戸市)
杜多利夫(兵庫県神戸市)
蓬 伸哉(兵庫県姫路市)

で、丸ブー華やかなりというか、なんでそんなに兵庫に片寄ったのよというか。

小林市章優秀賞

類似が指摘された町章はこれ。

岡山県苫田郡鏡野町(とまたぐん かがみのちょう)
町章
立志哲洋(東京都:会社員)
〔2005年7月発表〕
鏡野町章

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(鏡野町サイト)

鏡野町のイニシャル[K]をモチーフに、4つの面で合併前の4町村を表し、[青]は清流や澄んだ空気、青空を、[緑]は豊かな大地と自然を表しています。
太陽をイメージした[赤丸]は、人々の活力や歴史、文化、人と自然の交流を表し、躍動感ある元気な町を表徴した町章としました。
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やっぱりツル的にはテンション下がるなあ。
つまりよそで2ヵ月前に制定されたばかりのものと似ていたわけで、「そりゃ仕方ないでしょ」という声も聞こえてきそうではある。でも、そうじゃないでしょ。流行りの丸ブー(の魅力と限界と)を超えるものを生み出す使命を背負わされているのではないのかね。それはデザインする側も、選ぶ側も等しく。
けれど、この文章のうち「鏡野町」と「K」の計4文字を伏字にしただけで、ホントどこのご当地のことなのか全くわからなくなります。こういうのを「ありきたりの発想」という。

大抵の自治体章公募でもこのあたりは同様だから、ツルの言ってることは土台無理な話なんですかね。

(続く)

2015年5月 4日 (月)

【番外編】十年に一度の逢瀬:11(阿蘇くじゅう国立公園80周年・霧島ジオパーク・霧島市章)

(承前)

80周年モノ、お次はこれ。自治体関係ではないんですが。

熊本県・大分県
阿蘇くじゅう国立公園
指定80周年 ロゴマーク
(作者不明)
〔2014年3月決定〕
阿蘇くじゅう国立公園80周年

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火山特有のカルデラ地形を輪郭に、緑の草原の爽やかさ、噴気を上げる[火山](硫黄山・阿蘇中岳)、真ん中には阿蘇地域とくじゅう地域をつなぐ[やまなみハイウェイ]を描き、草原に生きる[牛]や大群落をなす[ミヤマキリシマ]、たくさんの魅力をいっぱいに盛り込みました!
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〔キャッチコピー〕
(作者不明)
「草原のかほり、火山の呼吸。風が遊ぶ感動の大地」

やまなみハイウェイ(大分県道・熊本県道11号 別府一の宮線の愛称)、なつかしいなあ。昔は有料道路だったんだよね。「肥後の赤牛」が草を食む姿も車窓からよく見ましたっけ。

色合いもきれいで、適度に華やかなデザインではある。しかし、ツッコミどころも多いんです。
輪郭=カルデラとするのはいかにも無理があるでしょ。ハイウェイが黄色というのもちょっと苦しい。余計な理屈などこねなきゃよかったのに。

火山・高原・牛の三題噺とくれば、これも思い出さずにはおれない。

【2013.11.19「志とは裏腹に Part 1」】
熊本県阿蘇市
阿蘇草原再生 ロゴマーク
立志哲洋
〔2009年3月決定:8月採用見送り〕
阿蘇草原再生(立志version)

ううう、これも阿蘇・・・。

かと思うと、遡ればこんなのもあるんだよね。

宮崎県・鹿児島県
霧島ジオパーク推進連絡協議会
霧島ジオパーク
ロゴマーク
平山陽一(47歳:鹿児島市:会社員)
〔2009年10月決定〕
霧島ジオパーク

阿蘇もくじゅうも霧島もほとんど見分けがつかなかったという(苦)。阿蘇くじゅうには[ミヤマキリシマ]があって、霧島ジオパークにはなかったという(笑)。
[霧島]というのも九重/久住同様に連山としての総称だから、ここでは韓国岳(からくにだけ)か高千穂峰かを描いたのだと思う。[カルデラ湖]は大浪池(鹿児島県霧島市)か不動池(宮崎県えびの市)あたりになるんだろう。そこら辺はまあいい。でもさあ。
同協議会を構成する5市2町、すなわち宮崎県小林市・えびの市・都城市・西諸県郡高原町(にしもろかたぐん たかはるちょう)、鹿児島県霧島市・曽於市(そおし)・姶良郡湧水町(あいらぐん ゆうすいちょう)を「緑と白の7本のラインで表現」したというんですがね。「動植物と人々のつながりもイメージした」というんですがね。
動植物なんて、人々なんて、どこにも表されてないじゃないか(断言)。これでラインが7本だと認識する人なんか世の中に一人もいないでしょ(決めつけ)。

≪阿蘇くじゅうにせよ霧島ジオパークにせよ、いちーち言葉で説明しなきゃわからんデザインってどーなんだよ≫

寄り道すればこの2ヵ所、微妙なライバル関係に立つ感じ。国立公園に指定されたのは;

霧島屋久国立公園 1934年3月
阿蘇国立公園 1934年12月

と、霧島側が少し早かった(雲仙・瀬戸内海と並んで日本初)。
その後、1986年9月に阿蘇は「阿蘇くじゅう国立公園」と改称された。これはくじゅう側の大分県の主張によるもの。「くじゅう」がひらがな表記なのはいささか込み入った歴史的事情があるのだけれど、それはまたいずれ回を改めまして。
霧島側にも変遷はあり、2012年3月に屋久島(1993年12月世界自然遺産登録)が分離独立し、同時に姶良カルデラ(鹿児島湾の湾奥部)を編入して「霧島錦江湾国立公園」に改称している(知りませんでした)。

一方ジオパーク認定に関しては、日本ジオパークが;

阿蘇 2009年10月
霧島 2010年9月

と、時期が逆転している。
世界ジオパークとなると;

阿蘇 2014年9月
霧島 未認定

です、ちょっと差をつけられちゃってますね。因みに日本初の世界ジオパーク認定は2009年8月の島原半島(≒雲仙)・洞爺湖有珠山・糸魚川。

言い換えると、霧島は、当時まだ日本ジオパークにもなっていない段階で、世界ジオパークにも虎視眈々としてロゴを作ったわけ。日本ジオパーク認定後の2011年5月にはこのキャラクターも作っている。

【2013.01.04「その川は本当に深く淀んでいないのか − 中」】
霧島ジオパーク公式キャラクター
キリッチ
三巻保征
キリッチ(最終版)

でも、類似の連鎖はこれだけでは済まなかった。

鹿児島県霧島市
市章
田中一則(58歳:鹿児島市:グラフィックデザイナー)
〔2005年8月決定〕
霧島市章

なぁんだ、元ネタはここにあったのか。そうっすよね、平山センセ?

≪霧島ジオパークつっても霧島市だけじゃねーのに、どーだろこーゆーの≫

市章はイニシャル[K]をプラットフォームに、「霧島の花と[霧島連山]と豊かな[平野部]、水清らかな[天降(あもり)川]の流れと波静かな[錦江湾]をモチーフにした」というのだけれど、これも何かの手違いじゃないかと思ったぐらいです。でも、ご当地は2005年11月に国分市(こくぶし)、姶良郡の霧島町・溝辺町・横川町・牧園町・隼人町・福山町の1市6町が新設合併して誕生したところ。つまり「霧島市」というとあくまで山のイメージだけど、実は海も持っているのだ(新市の名称が「国分市」ではなく「霧島市」になるに当たっては相当修羅場を重ねたものと想像)。
てことは、「おはら節」(の一番)だって今後霧島市の民謡にしちゃった方がむしろ妥当なんじゃね?

♪花は霧島 莨は国分
 燃えて上がるは オハラハー桜島

こほん。この公募では賞金30万円と大盤振る舞いしたせいか、応募総数2,073点とも、約2,800点とも報じられている。この差異は何らかの募集規定違反で無効とされたもののカウントの有無によると考えられます。それにしても無効分が多過ぎる気はするけど。

もう一つ気になるのは、採用時の田中のコメント。

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(2005.09.25 南日本新聞 抜粋)

市章が採用されたのは今年三月に合併した広島県庄原市に続き二ヵ所目。「住んでいないからこそ、見えるよさがあるのかもしれない」。自然豊かな霧島市にはまだ隠れた観光資源があると考え、今後の発展に期待を寄せている。
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一般的にはそのセリフは正しいだろう。総務省の「地域おこし協力隊」だって、あるいは国際協力機構/JICA/Japan International Cooperation Agency(旧 国際協力事業団)の「青年海外協力隊」や「シニア海外ボランティア」だって、そうした効果を期待しているところはあると思う(その場合には「生まれ育った場所でないからこそ」と読み替えることにはなろうけど)。
けれど、ことご当地公募に関してはそんなきれいごと、ツルはおいそれと信じる気にはなれません。

(続く)

2015年5月 3日 (日)

【番外編】十年に一度の逢瀬:10(足立区80周年・板橋区80周年・延岡市80周年)

(承前)

調べていると、2012年10月1日に80周年を迎えた東京都の区の中でも、全てがロゴやらを作ったわけではないことがわかってきた。

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(2012.02.20 東京新聞 抜粋)

東京二十三区のうち十二区が今年、区制八十周年を迎える。足立のように関連事業に総額一億八千五百万円の予算を計上して華々しく祝う区がある一方、景気低迷の寒風には勝てず、「厳しい予算状況の中、関連予算はつけていません」という区もある。

〔中略〕

事業費が最も大きい足立区は十九の事業を展開する。区民八千人分の笑顔の写真を募集し、その写真で一枚の大きな絵をつくる「笑顔のモザイクアート」を実施するほか、区内の街歩きコース新設に向け、区民からおすすめスポットを募ることを検討している。近藤弥生区長は「この機会に多くの区民へ記念事業に参加してもらい、一体感を醸成したい」と話す。
渋谷区は式典に加え、記念誌作成、海外友好都市への小学生派遣、区内合唱団結成などに計約一億千三百万円を投じる。
対照的なのは目黒区。「財政状況は厳しく、記念事業や啓発事業の予算は確保できない」といい、関連事業はゼロ。中野区も同様で記念式典すらない。財政状況に加え、「そもそも、十年刻みではやっていません」という。中野区の誕生日が祝われる可能性があるのは、二十年後の百周年しかなさそうだ。
品川区は三二年に誕生したが、その後に旧荏原区と合併した四七年を誕生年と位置付け、二〇〇七年に六十周年事業を済ませているため、今年は何もない。
ほかに八十周年を迎えるのは豊島、板橋、杉並、世田谷、荒川、葛飾、江戸川の各区。四百万〜三千七百万円の範囲の予算を組み、記念式典や関係自治体との交流事業、演劇公演などを予定している。

※訂正 02.21
20日夕刊1面「区制80周年 温度差」の記事で、江戸川区の八十周年関連事業予算はゼロでした。
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そういうことだったか。
気前のよさ一等賞の足立区はこんなものを。

東京都足立区
足立区制80周年記念事業 ロゴマーク
(作者不明)
〔2012年3月決定〕
足立区80周年

〔タイトル〕
(作者不明)
「ますますワクワク 明日のあだち」

調べてみて、タイトルが公募されたことまでは判明したんだけど、それに基づいて作ったというロゴについては公募かコンペか委嘱か不明です。[桜]は言うまでもなくご当地の区の木。

足立区と同じく埼玉県に接する板橋区はまた違うアプローチ。

東京都板橋区
区制施行80周年 ロゴマーク
水戸岡鋭治(板橋区:工業デザイナー)
〔2012年7月発表〕
板橋区80周年

水戸岡はこの時デザインワーク全般を引き受けていて、板橋区オフィシャルロゴから記念誌のイラストから記念切手から制作している。九州新幹線などのデザインで今や人気沸騰中の偉ーーいセンセイなんですがね・・・。

[0]の中に収められたアイテムは区の鳥[ハクセキレイ]・区の花[ニリンソウ]・区の木[ケヤキ」というんですが、ニリンソウは桔梗か五花唐花の紋所にしか見えない。ケヤキも明らかに形状が変で(cf. 世田谷区80周年ロゴ)、常緑樹の姿か、さもなくばカシワの葉一枚の印象。区のシンボル3種を数字の[80]にあしらうという発想自体、今の今さらどうなのかね。率直に言って、なんかすごく手を抜かれてしまった感じ。

これまた遠慮せず言えば、足立も板橋も23区中で決してパブリックイメージの高いところではない(Modestな表現です)。杉並、世田谷とはやっぱり大きな開きがあるわけでしょ。だからこそイメージ高揚には特段の注意もお金も払っているはずで、努力の跡も認められはする。けれどこの周年事業については、結果は追いついてこなかった気がします。ライバル区も多かったことだし。

東京から遅れること半年足らず、2013年2月11日に80周年を迎えたのが次の自治体。

宮崎県延岡市
延岡市制80周年ロゴ
中森亜紀(延岡市)
〔2012年7月発表〕
延岡市80周年

〔フレーズ〕
(作者不明)
「つながる はじまる 延岡ものがたり」

この感じ、何だか逆に安心しちゃ〜う。[80]にイニシャル[の]を加味して、ご当地の[高速道路]を上空から見た形も取り入れてあるんだそうな。

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(2012.07.26 夕刊デイリー 抜粋)

アイデアは市職員らから募り、フレーズ70件、ロゴ24件の応募があった。選考委員会でフレーズを決定してロゴ作製を依頼した。
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というから、ひょっとして中森はリデザインを担当した程度なのかもしれない。ずいぶん念の入ったプロセスを経て制作された割には、結果はえらくPlainです。だったら初めからデザイナーに頼めばよろしかったものを。どうせ代わり映えしないものに決まるのならば、無駄のないやり方で、なんてね。

因みに中森はご当地生まれで多摩美術大学卒業、約10年の東京活動後に故郷に錦を飾り、2012年、延岡市80周年ロゴとほぼ同時期に制作したのが次の作品。

宮崎県延岡市
第16回のべおか天下一(てんがいち)薪能 ポスター
中森亜紀
のべおか天下一薪能

これも80周年記念事業の一環だったので、てことはロゴと実質ワンセットになってたのかな。市からの委嘱だったようです。

「天下一が舞う」というだっせえコピーは毎年同じ書体の書きロゴなので、中森の責めに任ずるところではない。おそらくこれは、毎年シテを勤める京都観世流の片山九郎右衛門、正確に言えば2011年1月に襲名したばかりの十世のことを指しているのだろう。京都から超一流の能楽師を招いて延岡城趾で上演するわけですから。こっちは「てんかいち」と読ませたいんだろうな。
因みにこの薪能に長く出演していた父親の九世九郎右衛門(幽雪)は人間国宝(この1月に亡くなったばかり)、姉は京舞の五世井上八千代、さらに言えば祖母は四世八千代というすんごい伝統芸能一族です。京の都の文化をキッチリ牛耳ってはりまんにゃわ(笑)。

えーと、中森は翌年にも次の制作に起用されている(他に上杉忠弘・小松孝英:いずれもご当地出身)。

宮崎県延岡市
東九州自動車道 日向−都農(つの)間開通記念ポスター
中森亜紀(35歳:延岡市:グラフィックデザイナー:デザイン事務所兼デザインアートスクール Locart代表)
〔2013年12月制作〕
東九州自動車道

あらら、また[能]ですか。構図にも類似性が認められるし。薪能ポスターが好評だったんですかねえ(コンペだったのかもしれないけど)。天冠をつけているから「羽衣」から採ったものだろう。

スクールを併設したことに関して中森は、地方から美大を目指す場合、まずは1年(以上)実家を離れて大都市の予備校に通わなければならない実情を語っている。そこらへんも含めて、多摩美っぽーい(笑)。
もっとも、2014年8月には活動の拠点を再び東京に戻しちゃったそうで、延岡のスクールは月に1度ということらしいですが。

枝葉の繁茂もたいがいにしといて、以下はちょこっとおまけ。

延岡市80周年のちょうど3年後、2015年2月11日には、南隣りの自治体がやっぱり80周年を迎えている。

【その127】
宮崎県東臼杵郡門川町
門川町制施行80周年 ロゴマーク
今井弘実
〔2014年12月発表〕
門川町80周年

こちらはいろいろフツウの公募だけど

(続く)

2015年5月 2日 (土)

【番外編】十年に一度の逢瀬:9(杉並区80周年・なみすけ&ナミー&なみきおじさん・スピト・タネタ・世田谷区80周年)

(承前)

80周年となるとさすがに少なくなる。それでも、2012年10月にまとまって80周年を迎えたのが東京都の12の区です。
遡れば、1889年(明治22年)から存在した東京府東京市の15区に加えて、世界恐慌下の1932(S7).10.01に以下の20区が設置され東京市に編入されている。

品川区・(荏原区・)目黒区・(大森区・蒲田区・)世田谷区・渋谷区・(淀橋区・)中野区・杉並区・豊島区・(滝野川区・)荒川区・(王子区・)板橋区・足立区・(向島区・城東区・)葛飾区・江戸川区

ここらも戦前は「花の都の辺境」だったのネ。東京都制が敷かれて東京市が廃止されたのは1943(S18).07.01、35の区が「特別区」として20強に再編されたのは1947(S22).05.03、日本国憲法や地方自治法が施行された時(But練馬区のみ08.01に板橋区から分離)。

その中でまず爼上に載せるのはここ。

東京都杉並区
杉並区制施行80周年 記念ロゴマーク 3
五味由梨
〔2012年3月決定〕
杉並区80周年

〔キャッチフレーズ〕
藤崎美穂(杉並区宮前)
「80年の歩み つなげよう、未来へ」

変なロゴだと思いまス。キャラとの絡め方がいかにもこなれてない感じ。なんで「0」を中途半端にぶった切ったりしたんだろうか。下に添えた文字がなかったら、「83周年」か「88周年」かと思っちゃうじゃんよ
ああっ!そこがミソだったん!?!?初めっから次を当て込んだリサイクル狙い!?

実は右側のキャラ「なみすけ」を作ったのも同じ作者、ただし6年前に。つまりキャラの縁でロゴにもお声がかかったということか(キャッチフレーズは公募)。

東京都杉並区
すぎなみアニメキャラクター
なみすけ
五味由梨(20歳:杉並区:東京藝術大学美術学部デザイン科2年)
〔2006年9月決定〕
なみすけ

賞金50万円は太っ腹!「遥かかなたの海の島に住む恐竜のような妖精」が何を血迷ったか杉並に住み着いたという設定なんだけど、すみませんm(__)m、どうしても蛆を連想してしまうのでツルは嫌いです。「背中のひだで空気をきれいにする」って役割もどうかと思う・・・。宇宙戦艦ヤマトのコスモクリーナーみたいなもんを必要としてるってか(≧▽≦)。
区の木は当然スギ(とアケボノスギ=メタセコイア)で、この「ひだ」もスギだと説明されている(だったらナミーのひだは何?)。因みに昔青梅街道沿いにあった杉並木が地名の謂われだそうな。

本公募では、次点も含めた利用を想定していた。

(特別優秀賞)スピト
杜多利香(23歳:兵庫県神戸市:デザイナー)
スピト(応募案) スピト(最終版)

(優秀賞)タネタ
勝見沙智子(19歳:神奈川県横浜市:専門学校生)
タネタ(応募案) タネタ(最終版)

トーンを統一の上、3点で何をしたかと言えば全国初の「映像によるご当地キャラ」ですよ。なんつっても「世界有数のアニメ産業集積地」を自負するご当地の「すぎなみアニメキャラクター」だもん。138秒間、何だか「NHKミニミニ映像大賞」並みだけど。
その後、「なみすけ」に妹キャラ「ナミー」だの「なみきおじさん」だのを加える路線に転向した模様。

なみすけ・ナミー・なみきおじさん

ま、個人の好みはおいといて、審査員というのが微妙な面子。現役感、薄いんだよね。

大野修一(アニメージュ統括プロデューサー)
篠田英男(大垣女子短期大学デザイン美術科教授)
鈴木伸一(杉並アニメーションミュージアム館長)
中野シロウ(play set products代表)
バロン吉元(漫画家・大阪芸術大学キャラクター造形学科教授)
山口裕子(崎山裕子)(株式会社サンリオ ハローキティデザイナー)

バロン吉元ツルが学生だった80年代前半に、既にすんごく古臭い絵柄だなあと思って見ていた記憶があるけど、大学教員になってたとは知らなんだ。年齢非公表だけどキャリアは1959年から始まってるようだから、若く見積もっても戦中生まれではないか。
鈴木は1933年生まれのアニメーション作家、というより藤子不二雄のキャラ、ラーメン好きな「小池さん」のモデルと言った方が早い。前述の2分アニメも鈴木が館長を務めるミュージアムで作った由。
篠田は1939年生まれ、Wikipediaには『「藤子不二雄のまんが入門」や「ドラえもんの発明教室」でも知られ、学習漫画の分野でも数多く執筆している。弟の篠田伸夫が岐阜県副知事だった縁から、1995年より大垣女子短期大学デザイン美術科で非常勤講師として教え、のち同教授ならびに副学長を務めた』とある(-_-)。
はい、ここからやっと戦後派。
山口は1955年生まれ、1980年からハローキティの3代目デザイナー。現在の役職はサンリオ取締役キャラクター制作部長。
大野は1964年生まれ、2002〜2005年に徳間書店「月刊アニメージュ」の編集長を務めていた。
最も若い中野は、2014年2月、福井県恐竜マスコットキャラクター「ラプト」「サウタン」「ティッチー」をデザインした際にこう語っている。

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(2014.02.21 福井新聞 抜粋)

―福井のキャラクターを使って一番やってみたいことは。

「17市町のキャラクターがそろって、物語を作れること。市町の個性を反映させ、それぞれの地域で愛されるものがいい。キャラクターの個性が一番生きてくるのは映像。17市町分のキャラクターがそろえば、アニメを作ることも十分可能だ」

■中野シロウ(なかの・しろう)
玩具メーカー(現 タカラトミー)を退社後、2002年に西塚耕一、中原正博氏とデザインチーム「play set products」(プレイセットプロダクツ)を設立し、代表を務める。有名キャラクターのリデザインの第一人者として知られ、日清チキンラーメンひよこちゃんは代表作の一つ。46歳。東京都在住。
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はー、そんなにアニメを作りたかったかあ(爆)。

不思議に皆、キャラクターリメイクに縁がある様子。クリエイターというよりアレンジャーなのかも。いや、それがアニメというものですか?

そして南接する世田谷区からも一つ。対抗してサザエさんで攻めたかと思ったんだけど、そうではありませんでした。(サザエさん通りって、長谷川町子が新聞連載開始時に住んでた福岡市にも誕生したってご存じ?)

東京都世田谷区
区制80周年 ロゴマーク
本山真帆(21歳:世田谷区:首都大学東京2年)
〔2012年5月発表〕
世田谷区80周年(応募案) 世田谷区80周年(最終版)

いかにも世田谷好み。武蔵野の象徴[ケヤキ]は区の木にもなっている。途中で縦横比等が変えられて(あるいは当初に何か間違ってたのか)、少し長体がかかってるけど、その分ケヤキ感は減じた印象。
カワイイ路線と一線を画したのはわかりますが、所詮は広報誌カットの域を出ない気もして、「おにぎり一個分の金メダル」という言葉を思い出しちゃった。

杉並と世田谷、画風もプロセスも違っているけど、共通項もあるよな。作者が地元の20代女性であること。それでいて清新の気が感じられんのは周年モノとしちゃ致命的、かも。

(続く)

2015年5月 1日 (金)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その24の2:しこちゅう 改め しこちゅ〜)

(承前)

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四国中央市ナンバープレート

実はこのプレートを見てツルはあることに気づいて驚愕したのだけれど、それはまた次の機会に。
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こういうことなんです。キャラクターのデザインが微妙に変えられていた。そして愛称も。

愛媛県四国中央市
マスコットキャラクター
しこちゅう → しこちゅ〜
塩崎歩美(34歳:グラフィックデザイナー)
しこちゅうしこちゅ〜

前から微妙に懸念してたんですが、[川之江城]を取ってしまうと一層ハム太郎に似てきた気がするなあ・・・・・えっ!?[折鶴]を[ティッシュボックス]に変えただと!?いくら昔の城下町より現代の企業城下町とはいえ、そりゃ浜松市「出世大名家康くん」のキーボード袴以上やんけ。

調べてみると、2013年10月の着ぐるみお披露目の際には既に変更されていた。同年1月にキャラクターが発表された後、デザイン修正と改名の作業が進行していたわけです。その手があったか!抜かったぜ。こういうのは結構厳しくチェックしてるつもりだったんだけど、まだまだ未熟ものの青二才、ツル。

つぶさに見ていると、イロイロひんやりどころではない気がしてきた。デザイン補整のレベルをいささか超えてると思えるんです。
1月の発表直後、ツルは【その24】で;

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まさに[ネズミ]の塩キャラ(@_@)!!旧 土居町特産の[サトイモ]の体に、頭の花は旧 新宮村の木[ヤマザクラ]、旧 伊予三島市の花[コスモス]っちゅうことみたい(情報不足で未詳っす)。
[折鶴]のポシェットはご当地で盛んな製紙業に因むもの。放蕩息子のカジノ狂いが話題となった(いきなりネガティブ情報かよ)大王製紙の登記上本店および四国本社もご当地の旧 伊予三島市エリアだし、ユニ・チャームの本店も旧 川之江市です(本社機能は東京ね)。[寄り目ハイライト]で幼児性と馬鹿っぽさが強調されてます。
そして、[川之江城]を頭に乗っけた[かぶりモノ系]、っちゅう次第。とはいえこの川之江城、1980年代に至って復元されたコンクリート建造物ですがさ
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と書いた。
一方、着ぐるみお披露目後には次のように解説されている。

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(広報四国中央 2013年11月号)

昨年度の四国中央マスコットオーディションで選ばれた原案をもとに原作者と協議を重ね、「しこちゅ〜」がデビューしました。

私たちのまち「四国中央市」と言えば「日本一の紙のまち」です。「しこちゅ〜」は、「日本一の紙のまち」をデザインコンセプトとしました。
本市の紙は、広大な山林で育まれた豊かな水と先人達が残してくれた疎水に支えられています。
そこで、「広大な山林を表す緑色」と「豊かな水を表す水色」を配して、「その水から白い紙が生み出されていく」という本市のフレームを「しこちゅ〜」に表現しました。
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へっ!?まるっきりコンセプトを変更したん!?キャラクターを制定した後になって!?
ご当地ナンバープレートの説明にわざわざ「美しい山、川、花々があふれる自然の良さを表現した」と書かなければならなかった理由も、今にして初めてわかる。しかし、このデザインのどこに「水資源」が表されていると言うん!?それに、ティッシュボックスが表すものなんてエリエール以外にはあり得なーい(笑)。

そして、一体誰と「協議」したん!?ツルは忘れとりませんよ、表彰式の時、『塩崎歩美さんに代わってお父さんの塩崎栄一さんが表彰を受け、「早くこの喜びを本人に伝えてあげたいです」と話していました。』ということを。

そもそもいかにも小役人、もとい官僚の考えそうなロジックではある(「フレーム」とかさあ)。添えられたコンセプト図もこっちが赤面するほど稚拙、こんなのだったら図式化しなくていいって役員に笑われるところだよ、民間企業なら(パワポでちゃちゃっと作りやがったな)。でもそんなこともどうだっていい。

しこちゅ〜デザインコンセプト

何より、これって全部後付けの理屈に過ぎないじゃん。「オーディションで選ばれた原案をもとに原作者と協議を重ね」というのだって、企画を立てた段階では何も考えていなかったということを耳当たり良く言ってのけただけでしょ。順序が違います。
「コンセプトがしっかりしてよかったね」などと思っているのなら甘過ぎる。

ツル思へらく、合併直後に作る市章やシンボルマークであっても、「合併した旧4自治体を4つのライン/丸で表しました」的なRetrospectiveなデザインとすることには反対です。ましてやこのケースでは10年も経っている。そのことを一族は見誤ったとは思う。
しかし、では今度のデザインはどうか。新たなてんこ盛りスタイル ――アイテムよりむしろコンセプトの―― を選んだだけであって、その盛り具合はむしろ増している。このことは「しこちゅ〜のデザイン解説」なる資料を見るとよりハッキリしてきます。

しこちゅ〜デザイン解説

ああ、ウザい。詰め込みたいだけ詰め込んだ、未整理なままで。コンセプトとしてこなれてませんね。
[水引]がどうたら、[書道甲子園]がこうたらという小ネタ盛りにも仰天しましたが。わかりゃせんがな、読めやせんがな。

再批判を恐れずに言えば。四国中央市さん、アンタ達のやったことは、元のデザインを汚していったに過ぎないんだよ。たとえ、自分達の望むところが原画とは違っていることが後になって判ってきたのだとしても。Logosなくしてキャラクターを作り、その後でLogosのみに流れた結果でしょ。

一旦は飛びついた、旧自治体それぞれを象徴するアイテムを盛りつけるというアプローチに異を唱えてはみた、しかし結局今度も新たな垣根を設けただけではないのか。
「広大な山林」と「日本一の紙のまち」との関係性が、あるいは「山間部」と「平野部」との関係性が、一方向的にしか捉えられていないからです。殿様企業を擁する平野部が山間部との間でやれることは何か。それを一緒に呈示するのでなければ、新しいコンセプトに意味はないでしょう。
10年経った現在もなお、合併ご当地の抱える問題は変わっておらず、このデザイン修正はそれを表面的に糊塗しただけのように思える。

もちろんそれは生やさしい課題ではないし、解決のための模索と努力は日々続けられていよう。しかし合併後10年を経た現時点での結論がこれであるなら、それは取りも直さず政策立案力の欠如だと考えます。

≪あそっか、そういうのは殿様に考えてもらえば済むのか≫

(続く)

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