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2015年8月

2015年8月30日 (日)

もはや盡きせぬ無明の闇キャラ(その6:福島県大型観光キャンペーン)

(承前)

そろそろこれ、いってみようか。この2年ほど、ずうっと気になってはいた。

福島県
うつくしま観光プロモーション推進機構
平成24年度福島県大型観光キャンペーン ロゴマーク
(入選 第3位)
(作者不明)
福島県大型観光キャンペーン 3位

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「福島県大型観光キャンペーン」のロゴマークで、福島県の頭文字をひらがなの[ふ]でモチーフにして、自然の豊かさ、人々の温もり空気、水、香り、風すべて福島の財産。県民総参加の「福島県大型観光キャンペーン」を笑顔の県民の姿で表現…全国からお客様をお迎えします。
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2011年2月21日、発表;-)。塩崎一族の作品であるというEvidenceは何一つない。けれど。

もう、こんな塩ロゴデザイン、沢山たくさん見てきたよ(T^T)。同じ頃ならこのあたりですか。

【その114】
愛知県豊田市
豊田市こども発達センター
ロゴマーク
塩崎エイイチ
〔2010年11月発表〕
豊田市こども発達センター

【その65】
和歌山県海南市
認知症になっても安心して暮らせるまちづくり シンボルマーク
塩崎えいいち
〔2010年11月発表〕
海南市認知症支援

『「福島県大型観光キャンペーン」のロゴマークで、・・・』と書き出す文体だってもう見飽きた。ツルもいい加減疲れましたぜ。

でも、それだけでは済まなかったんです。ひっかかるのはむしろこちらの方。

(入選 第2位)
(作者不明)
福島県大型観光キャンペーン 2位

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県民のみなさんが新たに福島県の魅力を発見し、日本全国に対しての発信者になってくれたら…という気持ちを[双眼鏡]とそれに写り込む福島県のシルエットで表現し、キャッチ&マークに込めました。
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「県民のみなさんが・・・」という物言いは、少なくともジモティにはない発想だろうなあ(であればどんだけ上から目線やねん)。

これがこれと似ておるわけよ、ツルに言わせりゃ。

【その125】
山梨県
富士山麓環境美化啓発ステッカー
塩崎歩美
〔2008年1月決定〕
富士山麓環境美化(応募案)

お山にゴミを棄てる不心得者の監視に睨みを利かすデザインと、地元で幸せを探すデザインとがこれだけ似通っていたとはね。

福島で「1人1点のみ」の制約があったかどうかは、調べてみたけどわかりません。本公募はおろか、本キャンペーンに関する情報自体、ネット上にはほとんど残っていない。

その理由はおわかりですよね。

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(2011.03.15 福島県サイト)

【平成23年東北地方太平洋沖地震に伴う会議等の中止について】
平成23年東北地方太平洋沖地震による影響のため、予定されていた下記会議・説明会等については中止となります。

・「福島県グッドウィルガイドセミナー」(3月19日 会津若松市)
・「福島県大型観光キャンペーン方部別事業説明会」(3月16日 中通り会場、3月23日 会津会場、3月24日 浜通り会場)
・「福島県ツーリズムガイド連絡協議会 研修会」(3月18日 二本松市)
・「第2回 福島県ふるさと子ども夢学校推進協議会(及び福島県ツーリズムガイド連絡協議会ボランティア部会)」(3月23日 二本松市)

また、その他の観光交流課主催の会議・説明会等につきましても、3月中に実施予定のものについては中止または延期となりますのでご了承願います。
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東日本大震災の起きる直前に決定されてたんですね

(続く)

2015年8月28日 (金)

【番外編】秋田・福岡ストーリー(あるいは断ち切られた未来)(秋田県章・福岡町章)

(承前)

もちろん、Swoosh以前からも丸ブー的なものは存在している。例えば日本でも。

秋田県
県章
潮 美鶴(群馬県吾妻郡六合村(あがつまぐん くにむら:現 中之条町))
秋田県章

(Wikipediaに載っている県章はいい加減な作りだし、情報にも不正確なところがあります。)

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(2009.02.20 県職員blog「秋田で元気に!」抜粋)

〔前略〕

ところで、昭和34年に県章に決定したこのマークの作者のことをご存じでしょうか。
このマークをデザインしたのは、群馬県吾妻郡から応募された潮 美鶴さん(故人)です。
しかしお名前は偽名、住所も実在のものではありませんでした。
実は、ハンセン病を患い、誤った隔離政策のために、強制的に家族からも故郷からも離されて療養生活を余儀なくされた本県出身の方が、秋田を想いながら身元を隠して応募した作品だったのです。
当時は、本人を確認することができませんでした。
それでも、勝平得之氏などの審査員がデザインの完成度が高く、大変優れた作品であるとし、ほとんど補作することなく、県章に選定しました。

〔後略〕
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ローカル紙にはより詳細な経緯が書かれている。

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(2005.07.01 秋田魁新報 抜粋)

〔前略〕

県章には、三百九十六人から六百九十点の作品が寄せられた。この中から入選作に選ばれたのが、ハンセン病の元患者の作品だった。
当時の資料によると、応募封筒には「群馬県吾妻郡六合村栗生、潮 美鶴、公務員、三十四歳、男、『(昭和)三十二年まで県内に在住、転勤した』」と書かれてある。添え書きとして「アキタの“ア”を図案化し、秋田県の地形をかたどり、文化、産業、歴史、観光に飛躍する姿を表徴」とある。
審査は三次まで行われ、優秀作品七点まで絞られた。県側が七人の氏名、住所を確認したが、潮さんについては確認できなかったという。このため、九月に開かれた最終審査会では、潮さんの作品を入選作と決めたが、「本県出身者と確認されれば入選。県外の人だった場合は、次点の作品を入選とする」との条件が付けられた記録が残っている。
県では潮さんの確認のため、昭和三十四年九月上旬に応募封筒にあった住所に速達や電報を送ったが、返事はなかったようだ。送られた二通の電文は「あなたと秋田県との関係を(九月)十一日まで知らせたし。返なきときは失格とす。企画室」「本名とご尊父の住所氏名をお知らせ請う」とある。佐藤さんによれば、本人からの返事があったかどうかは不明だが、その後の入選作品発表で、「平鹿郡出身で病気療養中の潮 美鶴氏(三三)」とあることから、県が潮さんを確認できたことがうかがえる。
同年十一月三日には、秋田市山王体育館で発表会と表彰式が行われたが、潮さんは出席しなかった。賞金三万円と賞状は郵送されたという。

〔後略〕
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この作者に再び光が当てられたのは、実に半世紀の後。

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(2005.07.03 朝日新聞 抜粋)

〔前略〕

昨年10月、大潟村のホテル。県が年1回ほど催しているハンセン病元患者の「里帰り事業」の式典が開かれた。
そのあいさつの中で、群馬県草津町の療養所「栗生楽泉園」の県人会会長を務める鈴木幸次(本名・光司)さん(81)が、ふともらした。
「秋田県章は、我々の療友がこしらえたものなんです」

〔中略〕

鈴木会長はこう明かす。
当時、療養所内では、患者20人ほどのグループがあり、公募された全国の自治体や企業などの記章に応募していた。
重度の患者を別の患者が世話などして生活する中、懸賞金などを少しでも足しにしていたらしい。
県章に選ばれたとわかったときは、みんなで喜び合ったという。その「潮氏」も10年ほど前に他界した。
「家族にさえ存在を明らかにしたくないと、住所を違えたり、名前を変えたりした人もいた。我々が偏見の中におかれていた時代の話です」
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そうだったんだ・・・。住所も、療養所の「草津町」から隣の「六合村」に変えて応募したんですね。草津は、近代になってハンセン病に効果があると認められた温泉だとか。Swoosh Storyが少しお化粧した「いい話」なら、こっちは「深い話」。真実の重みが胸に迫る。

この顕彰には当時秋田県健康対策課副主幹だった佐藤一枝(48歳)の尽力があった。しかし佐藤は「個人の特定が目的ではない」として、敢えて本名は調べていない。それもまた見識です。

1959年にこのデザイン(これで[ア]がモチーフだなんて驚嘆する)を作り出した、見出したというのは大変な先進性&審美眼だと思う。勝平得之(かつひら とくし:1904.04.06〜1970.01.04)はご当地生まれの版画家。

因みに、7年後の1966年4月には次の作品が公募で制定されている。

岐阜県恵那郡福岡町
町章
潮 美鶴
福岡町章

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福岡町の[フ、ク]を図案化して、[二ツ森]と[三界山]を象り、町の躍進発展を表現するとともに、[円]は町民相互の信頼融和と、協力団結を力強く象徴する。
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同姓同名であっても必ずしも同一人物とは限らないということでしょう、この場合。差別の歴史に思いを致せば。
旧 福岡町は2005年2月に合併により消滅して中津川市の一部となっているから、残念ながらこの町章も今はもうありません。人間ならずとも形あるものは全て滅びる。

これらを知った後では、平成大合併に伴うガイダー丸ブーがいかにも水ぶくれのぶよぶよしたものに見えてきちゃう。
塩崎一族が、工藤一族が、井口一族が、平山一族が、あるいは信貴正明/美和が、海山 幸/増田繭美が、小山朝子/柿沼朝子が、渡辺光仰/光お/光が、様々に名義を変えながら公募に勤しんでいるのも改めてケチな話に思えてくる。名前を変えて応募せざるを得なかった潮 美鶴の例とは全く違うわけで。
一体、公募の世界は進歩してると言えるのかね。

昔のものは何でも良かったなんて言うつもりは死んでもないし、ペンネーム使用も基本的にはアリだと思いますが、「のっぴきならなさ」の点において、やはり雲泥の差があると思います。

2015年8月26日 (水)

I.G.Y.(あるいは流線形の世界)

(承前)

NIKEのSwooshのことを書いていて、この歌を思い出したので、ちょっと。(すみません、また前世紀モノです)

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I.G.Y. (International Geophysical Year)
 作詞・作曲:Donald Fagen
 歌:Donald Fagen
 (1982.10リリース アルバム "The Nightfly" より)


Standing tough under stars and stripes
We can tell
This dream's in sight
You've got to admit it
At this point in time that it's clear
The future looks bright

On that train all graphite and glitter
Undersea by rail
Ninety minutes from New York to Paris
Well by seventy-six we'll be A.O.K.

What a beautiful world this will be
What a glorious time to be free

Get your ticket to that wheel in space
While there's time
The fix is in
You'll be a witness to that game of chance in the sky
You know we've got to win

Here at home we'll play in the city
Powered by the sun
Perfect weather for a streamlined world
There'll be spandex jackets one for everyone

What a beautiful world this will be
What a glorious time to be free

On that train all graphite and glitter
Undersea by rail
Ninety minutes from New York to Paris
(More leisure for artists everywhere)

A just machine to make big decisions
Programmed by fellows with compassion and vision
We'll be clean when their work is done
We'll be eternally free yes and eternally young

What a beautiful world this will be
What a glorious time to be free
What a beautiful world this will be
What a glorious time to be free...
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"Voice of Steely Dan"、Donald Fagenのファーストソロアルバムに入っている曲です。
「国際地球観測年」なんて、およそ歌のタイトルにはなりそうもない言葉を持ってきちゃった、しかも略称で。でもそれがカッコよかったんだよね(アルバムジャケットもカッコよかった!「青文字系」です。わからなかったらそこら辺の女子高生に訊いてネ)。ツルは当時レコードで買いました。CDというものが世に出る直前じゃなかったかな。

The Nightfly

International Geophysical Yearとは、冷戦下の1957.07.01〜1958.12.31に行われた国際プロジェクトのことで、日本政府も参加していた。こんな切手、見たことありません?

国際地球観測年記念切手

ツルも子供の頃切手を集めていて、これは持ってました。(発行当時は生まれてなかったっす!キッパリ。)
当初日本は赤道方面を観測する目論見だったのが、いろいろあって南極を担当することになったらしい。「昭和基地」ができたのもこの時です。

で、ドナルド・フェイゲンの歌のこと。確か、ライナーノーツに、「50年代後半の平均的な若いアメリカ人男性の心情を表したものである」みたいな本人のコメントが書いてあって、「80年代の今になんでまた??」と思ったことを覚えている。つまりは「'76年までにはニューヨークとパリが海底列車で90分」とゆーのを歌ったのが'82年なわけよ。
明るい未来とOptimism。青年の頭の中にこだまする米国大統領の演説のようでもある。

そんなわけで、歌詞の中には「International Geophysical Year」の語が一度も登場しない次第。象徴なんですね。

"streamlined world" にはいつまで経っても到達しないこと、それ自体願望と妄想に過ぎないこと。それらが既に社会共通の認識となって久しく、かつ米国が少しずつ地盤沈下を起こし始めていた1980年代初頭という(中途半端な?)時代に敢えてこのコンセプトで発表したセンスに惹かれます。
Reality bites, truth hurts. しかもその頃まだまだ新しい音楽だったレゲエのoff-beatをちょっと利かせて(その意味では単なる過去の準りでもない)。でもこのノンビリしたお気楽その日暮らしの曲調の中に隠されている「毒」を見落としちゃいけないよね。
さすがにDonald Fagen、一筋縄じゃいかない。

因みに "Steely Dan" ってグループ名は、アメリカSF界の問題児 William S. Burroughs(1914.02.05〜1997.08.02)の発禁小説「裸のランチ/Naked Lunch」(1959)に出てくる、男根の張り型 "Steely Dan III from Yokohama" から来てるってご存じでした?(「南極2号」みたいなもんね。)

2015年8月24日 (月)

【番外編】Swoosh!!(あるいは流線形の未来)(NIKEロゴ)

以下は【丸ブー艶競べ】に含めちゃおうかと迷ったんだけど、ちょっと思うところもありってことで・・・。

そもそもツルがよくわからないのは、なぜ「丸ブー」がそこまで一世を風靡したのかということです。流されやすい国民性は少しずつ変わりつつあると思ってきたけど、最近はまたそうでもないみたい(特に若年層が)。孤立を恐れるというより、Catastropheを怖れるんですかね。

今に続く丸ブーという意味では、多分これが元祖なんだと思う。(「丸」なしの「ブーメラン」だけですが

Nike, Inc.
Logomark "Swoosh"
Carolyn Davidson
Swoosh

Wikipediaによれば・・・

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スウッシュ (Swoosh) は1971年に商標登録されたナイキのロゴマークである。勝利の女神ニーケーの彫像の翼をモチーフにデザインしたとされている。また、「勢いよく動く」という意味で、その形状は躍動感やスピード感を表現している。日本では「スウォッシュ」と誤読・誤記されることが多い。
ロゴのデザインは1971年、創設者であるフィル・ナイトが会計学の講師をしていたポートランド州立大学で出会った、キャロライン・デビッドソンが制作した。ナイトは、グラフィックデザインを専攻していたキャロラインが製図の課題をしていたところを捕まえ、ロゴのデザインを依頼。まだデザインを仕事にして間もないキャロラインは、スウッシュのデザイン料として僅か35ドルの請求書をナイトに提出した。
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とある。
この逸話はよく知られていると思う(当時の固定為替レート1ドル=360円で換算すれば12,600円だ)。
そしてまた、12年の後、成功したPhilからランチに招かれたCarolynが、ダイヤモンドのSwooshをあしらった金の指輪と封筒に入ったNIKE社の株券とを贈られた話も(どうやってリングサイズ調べたんだよ)。きっと「CarolynこそNIKEにとっての勝利の女神であった」とかなんとか感動的スピーチをしたんでしょうなー。ちょっと「いい話」状態です。

単純にして明快、かつ形而上的なものだったわけですね、丸ブーの嚆矢は(Philは当初あまり気に入ってなかったらしいが)。躍動感やスピード感というよりむしろ、端的に言えば「未来感」を表すものであったと思う。その後、このロゴはEntrepreneurismをも象徴する文脈で社会に浸透していく。
よく見ると、このブーメランの右側の輪郭って直線なんですね、意外にも。とんがった印象を受けるのはそのせいなんかな。95%の人が「ナイキのロゴは全て曲線でできている」と思ってるんじゃないかしらん。

極めてシンプルなフォルムだから、パロディもたくさん生み出されてます。秀逸なものを2つほど厳選しますと。

Swoosh by adidas Swoosh by NIKKEI

NIKEロゴ

うはははは、どちらもよくできてますねえ!Swoosh by adidasなんて、ironyのspiceもピリッと利いてるし。

丸ブーの魅力と言えば、何はともあれ「未来感」でしょ。だから平成大合併でも皆この形に飛びついたんでしょ。ある意味、左右非対称で不安定な印象を与えるにもかかわらず。Streamlined Future, Streamlined World.
しかし、わかりやすさだけを念頭に置いた丸ブーデザインは、いつのまにかその身上の未来感すら失ってしまった気がする。
それはまた、「流線形の未来」自体に錆が浮いていることの証しでもあるだろう。地方の小規模自治体同士が合併して「将来こんなによくなります」なんて言ったところで、本気で信じている住民はどれほどいるんでしょうか。

2015年8月22日 (土)

西條八十 ぼくの帽子 vs 角川春樹 信長の首《二》

(承前)

つまるところ、角川プロデューサーは犬神家に続いて「母もの」を撮りたかったわけです、森村誠一の小説と西條八十の詩の世界を借りて。映画は激ツマで退屈でしたけど。

それにしても「ぼくの帽子」は不思議な詩だと思う。初出は児童雑誌「コドモノクニ」の創刊第2号となる大正11年(1922年)2月号。

ぼくの帽子

夢二風の挿画を見ると、左の絵では冬の日に暖炉の前で語らう母子の姿が描かれているけれども、詩から受けるツルの印象では、母親は既に亡くなっていて、息子が心の中で語りかけているようにしか感じられない。英語版もそこに焦点を当てて書かれてる気がします。
因みに縦書きの原文は全ての漢字にルビつき。「以太利」は「伊太利」ではありません。4文字分のルビがあるから「イタリヤ」と読ませるんでしょう。同様に、「埋める」は「うづめる」だと思う。

腑に落ちないことはまだある。この母子、薬売りに手助けしてもらったぐらいだから父親や男衆は付き添っていなかったということになるだろう。軽井沢駅に程近い碓氷峠から霧積まではどう見積もっても直線距離で6kmはある。しかも碓氷峠は古来中仙道の難所として知られたところだそうな。そんなところを女親と幼子だけでてくてく歩いていったんですかねえ??そこら辺からして詩人の創作なんだろうか。(であれば、まさに「霧積」の響きだけに惹かれて書いたことになりそうだ。Kiss me Mammy.)

西條八十(さいじょう やそ:本名同じ:1892(M25).01.15〜1970(S45).08.12)は、詩人にして仏文学者、早稲田大学仏文科教授。象徴派の詩人だから、「母親他界説」もそれなりに説得力あると思うのだけれど(いや、事実がどうかということではなくてね)。
作詞家としても広く知られ;

「東京行進曲」 ♪昔恋しい 銀座の柳(作曲 中山晋平 / 唄 佐藤千夜子:1929.05.01発売)

「蘇州夜曲」 ♪水の蘇州の 花散る春を(作曲 服部良一 / 唄 渡辺はま子&霧島 昇:1940.08発売 / 唄 李香蘭(山口淑子):1953発売)

「青い山脈」 ♪青い山脈 雪割り桜(作曲 服部良一 / 唄 藤山一郎&奈良光枝:1949.03.10発売)

「王将」 ♪吹けば飛ぶよな 将棋の駒に(作曲 船村 徹 / 唄 村田英雄:1961.11発売)

など戦前戦中戦後の各時代を代表する歌謡曲作品もある。ツルはなんとなく戦前の人だと思っていたけど、そんなことなかったですね。(いずれもツルの生まれる前です、きっぱり。)
戦後には日本音楽著作権協会/Japanese Society for Rights of Authors, Composers and Publishers/JASRACの会長も務めていた。作詞界の最重鎮だったことは間違いないでしょう。

そしてジョー山中(1946.09.02〜2011.08.07)のこと。亡くなっていたんですね。ミュージシャン、俳優、そしてプロボクサーでもあった(リングネーム 城アキラ:本名 山中 明)。この映画では主題歌を歌っただけでなく、準主役の扱いで混血青年を演じている。しかし1977年、大麻取締法違反容疑で逮捕、まだこの映画の公開中だったと思う。角川映画の宣伝戦略は多少つまずいたわけだ。

そして再び角川春樹。出版界・映画界の風雲児としてもてはやされたのも1980年代終わりまで。薬師丸ひろ子・原田知世・渡辺典子の「角川三人娘」に去られ、実弟とのお家騒動も表面化し、1993年にはコカイン密輸により麻薬取締法違反容疑で逮捕、最高裁まで争って結局懲役4年の実刑判決を受けた。切り落とされてしまったのは信長ではなく自らの首。

その後も(いや、塀の中でも)作句は精力的に続けてきている。近年は「俳句」と呼ばずに「魂の一行詩」と名づけていて(´ψψ`);

蛭に血を吸はせてをりぬ歌舞伎町
 「朝日のあたる家」(2006年)より

なんて作品もあります。この時64歳前後、やっぱりちょっと精力余り過ぎ

ここまで来たら、大野雄二(1941.05.30〜)のことも斬っておかう。いや、この人のことは大好きなんですよ。

前年に角川映画第1弾、「犬神家の一族」のスコアを書いた大野は、しかしその後市川−横溝映画の音楽を作ることはなかった(cf. 2015.03.23「角川映画「犬神家の一族」」・2015.03.25「愛のバラード」)。大監督の意向一つで曲がズタズタにカットされてしまうことに不満があったようです。その代わりに手がけたのが「人間の証明」ということになる。因みに翌年1978年の角川映画第3弾、「野性の証明」の音楽もね(主題歌「戦士の休息」by 町田義人の作曲を含めて)。

でもこの映画の主題歌って、Queenの "Bohemian Rhapsody"(1975.10.31リリース アルバム「オペラ座の夜/A Night at the Opera」より)と、イントロのピアノラインから歌い出しの言葉までが激似だったんですよねえ。有名な話だと思うけど。
テレビからボヘミアン・ラプソディが流れてきたかと思ったら、人間の証明のテーマだったという経験をした人は当時多かったはず。ツルも毎回ハッとしてましたもん。わかっているのに、それだけそっくりだったんです。フレディ・マーキュリーとジョー山中、声がそんなに似てるはずもないのに。

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Mama, just killed a man
Put a gun against his head,
pulled my trigger now he's dead
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大野センセイに聞きたいものです、「Queenにインスパイアされたんですか?角川社長に言われたんですか?」って。

ああ、それにしても。今回名前を出したうち、今も生きているのが角川と大野と町田しかいないなんて。角川三人娘を除けばね。

あっ!!船村 徹先生はご存命でしたっm(__)m!

2015年8月20日 (木)

西條八十 ぼくの帽子 vs 角川春樹 信長の首《一》

(承前)

前回、「霧」がらみのことを書いていてこの詩をふと思い出した。

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ぼくの帽子
 西條八十

――母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね?
  ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
  谿底へ落したあの麦稈帽子ですよ。

――母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
  僕はあの時、ずゐぶんくやしかつた、
  だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。

――母さん、あのとき、向から若い薬賣が來ましたつけね。
  紺の脚絆に手甲をした。――
  そして拾はうとして、ずゐぶん骨折つてくれましたつけね。
  けれど、たうとう駄目だつた。
  なにしろ深い谿で、それに草が
  背たけぐらゐ伸びてゐたんですもの。

――母さん、ほんとにあの帽子、どうなつたでせう?
  あのとき傍に咲いてゐた、車百合の花は
  もうとうに、枯れちやつたでせうね。そして
  秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
  あの帽子の下で、毎晩きりぎりすが啼いたかも
  知れませんよ。

――母さん、そして、きつと今頃は、――今夜あたりは、
  あの谿間に、靜かに雪が降りつもつてゐるでせう、
  昔、つやつやひかつた、あの以太利麥の帽子と、
  その裏に僕が書いた
  Y・Sといふ頭文字を
  埋めるやうに、静かに、寂しく。――
-----

今読んでみても、冒頭から引き込まれます。「夏、碓氷から霧積へ」という言葉遣いも、字面、響きともに極めて印象的ですし。

「碓氷」とは、長野県北佐久郡軽井沢町と群馬県安中市の松井田町(*)との県境にある碓氷峠(標高約960m)のこと。いわゆる中央分水嶺に含まれ、この峠より長野側に降った雨は信濃川水系、群馬側に降った雨は利根川水系となる。
一方「霧積」は、松井田町にある霧積温泉。江戸末期に発見されて明治半ばから整備が進み、当時は避暑地として賑わっていたようですが、山津波により温泉地は壊滅。霧積川上流に2軒残った旅館も、2012年にきりづみ館が廃業、現在は金湯館(きんとうかん)ただ1軒のみ。「温泉地」から再び「秘湯」になりつつある現情。

(*)旧 碓氷郡松井田町。2006年3月18日に(大モメにモメた末)安中市と新設合併している。さらに遡ると、1954年5月3日に碓氷郡の(旧旧)松井田町・臼井町・坂本町・西横野村・九十九村・細野村が新設合併して(旧)松井田町となっているので、この詩が書かれた当時に碓氷峠や霧積温泉がどの町村に属していたのか調べてみたけど、よくわからなかった。おそらく臼井町(碓氷峠は旧くは「臼井峠」とも書いた)あるいは坂本町だと思いますが。

この詩、1960年代までに生まれた人にとっては、ある意味すごーく懐かしい作品ですよね、ツルを含めて^_^;。現在オジさんオバさん以上になった世代の心の奥底に消し難く刷り込まれているのは、1977年に公開された角川映画第2弾、「人間の証明」のせいです。森村誠一の同名原作でもこの詩は重要な役割を持って登場するけど、映画化当時、毎日毎日超大量に流されたテレビCMで、冒頭のフレーズはそれこそ日に何度も何度も目に耳にしていたからね。

人間の証明

流れていた主題歌もこの詩を踏まえたものだった。

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人間の証明のテーマ
 作詞:西條八十
    角川春樹
    ジョー山中
 作曲:大野雄二
 歌: ジョー山中


Mama, do you remember the old straw hat you gave to me
I lost the hat long ago
flew to the foggy canyon
Mama, I wonder what happened to that old straw hat
Falling down the mountain side, out of my reach like your heart

Suddenly the wind came up
Stealing my hat from me
Swirling whirling gusts of wind
Blowing it higher away

Mama, that old straw hat was the only one I really loved
But we lost it, no one could bring it back like the life you gave me

Suddenly the wind came up
Stealing my hat from me
Swirling whirling gusts of wind
Blowing it higher away

Mama, that old straw hat was the only one I really loved
But we lost it, no one could bring it back
like the life you gave me
like the life you gave me
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和文から個別性の要素を引き算した結果、象徴性が前面に出てきた気がします(適当なこと言ってら)。

しかしツッコミどころも多いねえ。どこからいきましょうか。

角川書店の当時の社長、あるいは同社の娯楽大衆化路線の一大立役者、角川春樹(1942.01.08〜)には俳人としての顔もあり、同人誌「河」を主宰してたりもする。俳句にのめり込んでいったのは1980年代以降のようだけど、このころから自分の映画につける歌にも口を出してたというわけね。

黒き蝶ゴッホの耳を殺ぎに来る
 「カエサルの地」(1981年)より

向日葵や信長の首切り落とす
 「信長の首」(1982年)より

えげつないほどギラギラしてますなあ。「殺ぎ」は「そぎ」です。

第二句集「信長の首」では、1982年芸術選奨文部大臣賞と第6回俳人協会新人賞芸術選奨新人賞を手にした。
この句、ツルはなぜか;

向日葵に信長の首斬られけり

と長いこと覚え込んでいて、やっと記憶違いを認識した次第っす(*''*)。

俳人として見ると、角川は割と多作というか精力的に活動してきたと思うけど、1990年に第八句集「花咲爺」で第24回蛇笏賞を取った時には身贔屓とだいぶ叩かれた。蛇笏賞(と短歌の迢空賞)が、角川文化振興財団により選ばれるものだからです。親玉の親方に出したんじゃねえ。どこかよそに任せとけばよかったのに。

ツルは、上記の二句に対抗し得る作品というと次のものしか知らない。

黒き凧見つけて天に歩み寄る

虹二重双生児のわれら誰から死ぬ

この二句の作者については愚blogの2012.02.11の記事をご覧下さいませね。(だからほれ、こういうのを身贔屓というのよ

(続く)

2015年8月18日 (火)

もはや盡きせぬ無明の闇キャラ(その5:なっちゃん)

【2018.05.19 追記】
「なっちゃん」の作者、ひょんなことから判明しました。詳しくは【2018.05.19「闇を払う若者たちとの対話:Session A」】をご覧下さい。

 

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(承前)

 

【その142】でこのキャラ↓を出したからには、同じ県内からアレも取り上げずには済まないだろう。

 

長野県
さわやか信州旅ネット イメージキャラクター
しゅうちゃん
塩崎歩美
〔2008年2月決定〕
しゅうちゃん

 

アレとはこれのことです。

 

長野県小県郡(ちいさがたぐん)長和町
イメージキャラクター
なっちゃん
(作者不明)
なっちゃん

 

「無名の作者によるご当地キャラ」というには塩辛過ぎる。かといって、正面切って真正塩キャラなのかと問われると答えに窮します。

 

今いち不明な点の多いキャラですが、登場したのは2008年6月。「しゅうちゃん」とはやはり同時期なんだな
[そば]と[]、帽子のつばに書き込まれた大文字アルファベットの[地名]、盛りアイテムにも共通点は多い。一方で微妙に手先の表情のこなれが悪いんですよね。あ、でもそれはしゅうちゃんも五十歩百歩か。

 

驚くのはこういうVersionも見つかることです。

 

なつおくん&なつこちゃん

 

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男の子のなつおくんと、女の子のなつこちゃん、二人合わせて「なっちゃん」です。
[美の塔]そして緑豊かな山々、信州の自然を「帽子」で表現。そして、[そば]のマフラー、胸には[温泉マーク]。長和町のいいところが集まってなっちゃんが誕生。
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「美の塔」って何だろう、叶姉妹でも住んでるのかしらと思ったらどうやらtypoで、正しくは「美しの塔(うつくしのとう)」という。松本市・上田市・長和町に広がる美ヶ原高原のほぼど真ん中にある高さ約6mの塔で、表面は鉄平石(てっぺいせき)仕上げとなっている。

 

美しの塔

 

鉄平石とは輝石安山岩の板状節理が発達したもので、諏訪・佐久地方に産し、庭園用などに使われてきた石材。英語にすると "slate" かと思ったけど、これは粘板岩、つまり堆積岩たる泥岩/頁岩が火山の変成作用を受けて劈開性を強く示すもののことだから、火成岩たる火山岩の安山岩とは別モノね。

 

ここでツルの中学時代からのほのかな疑問が一つ氷解しました。福岡市にあるツルの実家にも鉄平石の貼られたテラスがあって、これを作った時に庭師さんが「これができるとは福岡じゃうちんとこぐらいしかなか」と胸を張ってたんですね。その割にはよく見かける気がするけど、どうなんだろうと思っていたわけ。鉄平石というのは平べったい板状でランダムな形をしていて、これをモザイクのようにうまく組み合わせて隙間の出ないように敷き詰めていく、そこが難しいのだと解釈していたんですが、その技術を本場長野でちゃんと修業した、みたいなことだったんですね、きっと。確かにウチのは目地の部分が狭いし一定間隔でキッチリと組まれている、えっへん。因みにその植木屋さん、傘寿をとうに超えて今なお現役バリバリです(このお正月にも庭木の剪定をしてもらいました)。

 

話を戻しましてと。
この「美しの塔」、ただの観光スポットではない、らしい。美ヶ原は濃霧による遭難が多くて、その対策としてのいわば避難塔だ(だった?)そうです。鐘楼を備え、霧の発生時に鐘を鳴らして誘導するというもの。同様のものは美ヶ原から続く霧ヶ峰にもあって、そちらはまさに「霧鐘塔(むしょうとう)」と呼ばれている由。

 

で、だ。キャラの方はもうほとんど見るに耐えない。「なつこちゃん」ではまつ毛をほんの少し伸ばして服の色を変えた、ただそれだけ。塩崎先生がお聞きあそばしたらお怒りになりますよ。ペアというより双子、あるいはドッペルゲンガーと言ってもよろしいかも。

 

さらにびっくりなんだけど、同町サイトでは現在「なつこちゃん」は無視されていて、男の子バージョンの「なつおくん」が「なっちゃん」ということになっとります。なんじゃい、キャラクターのアイデンティティそのものを揺るがすそのやり方は

 

ツル思ふに、いつの間にか双子キャラになったりピンキャラになったりするのは(時には作者も知らないうちに;cf. 2014.01.11「ブルーベリー物語 遠野編」)、着ぐるみ作成・維持管理上の問題があるのではないかしらん。おんなじものを2体作っとけばいろんなイベントシーンで何かと便利だし、ならばいっそ双子にしとけばこれまた何くれとなく好都合。話題にもなるしネ。どちらかがくたびれてくるとピン芸人に戻る、みたいな(^.^)。

 

でも、「なっちゃん」と「しゅうちゃん」を見比べてると混乱してくるでしょ。それというのもしゅうちゃんのお腹の「N」のワンポイントのせいです。なっちゃんのイニシャルと混同しちゃうやろうがって。図柄の類似のためだけじゃない、「NAGAWA」と「NAGANO」の相似ばかりでもない。
やっぱりしゅうちゃん、脳足りん(これって差別的表現かしら)。

 

(続く)

2015年8月16日 (日)

【対決編】丸ブー艶競べ [9](洋野町章・八雲町章)−ホ

(承前)

洋野町章公募、不愉快な内容をさんざん書いてきたので、最後はちょいとイイ話で〆ましょう。

優秀賞の中で、ご不満系ガイダー達にも評価の高かったものが1点あった。

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653:2005/10/19 15:36
俺は断然「1」を推す!

655:2005/10/19 15:40
おれも1だな。
補作する必要もない
補作は作品のもつ力をそぎ落としている

657:2005/10/19 15:49
>>655
同感。原図のほうがインパクトがある。(改悪はJAGDA?)
多分これ地元の児童だよ。
俺のも相当いい作品だけど、これにだったら負けていい。
子供の気持ちを踏みにじって良心の欠片もない爺どもだな。

658:2005/10/19 15:57
一番の作品のコメント
「くらやみの中でもずっと輝き..」
いいね!
これにしとけばよか(orz....

665:2005/10/19 16:07
>>658
地元の子は、協議会の実情が「くらやみ」だと感じ取っていたのかも

666:2005/10/19 16:51
↑君が最優秀賞w
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それがこの作品です。

岩手県九戸郡洋野町
町章
(優秀賞)櫃割さとよ(九戸郡種市町:小学生)
洋野町章(櫃割案)

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くらやみの中に輝く洋野の[H]!Hの半ぶんは、大野の山を表し、Hの半ぶんは、種市の海を表しています。くらやみの中でも、ずっと輝き続ける街でいてほしいと思って書きました。
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ほとんど詩になってますね、ストレートに。

下の2点は、JAGDAが「オリジナルのデザインのアイデアを尊重しながら補作した場合の一例です」と説明されているけど、確かにヘタクソ。常識的なありきたりの操作が施されて一気につまらなくなった感じではある。不整形/不定形でなければならないデザイン、モノクロームで初めて映えるデザインというのもやっぱりありますよね。致命的なのはHの横棒の位置を中心に持ってきたことだろう。
ツルは原画もそれほどまでにいいものとは感じませんが、丸ブーだらけの作品群の中において光っていたとは思う。

しかし、さらに驚いたことがあるんです。

早くも10年が経ち、当時小学生だった櫃割は今、関西で活動するシンガーソングライターになっている。と同時に奈良県天理市の天理大学国際学部地域文化学科アメリカス研究コースの4年次生です。

以下は大阪の御堂筋献血ルームのネット番組から。

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(2014.08.07 Brand-new Blood@CROSS CAFE 抜粋)

8月9日はゲストに『櫃割さとよ』さんをお迎えします。

岩手県出身、天理大学3回生の女子大生シンガーソングライター。
「ひつわり」と読みますが、なかなか珍しいお名前。
岩手県には櫃割という地名もあるようで、まあ偶然だとは思いますが。

大学ではフォークソング部に所属しながら、バンドでのボーカルや普段は天理駅などで、ギターの弾き語りをしているそうです。

岩手出身の大学3回生ということは、もしかしてあの東日本大震災を経験しているのかなと思ったら、やはりそうでした。

そんな彼女が歌うのは、それらの想いを綴った曲なんだとか。
歌という形でメッセージを伝えたいと考えるのは必然のことなんでしょうね。

また櫃割さんは、奈良の大学生たちが共同で作り上げる大規模な音楽イベント『NARA SONIC』の実行委員でもあります。

奈良にある9の大学から、大勢の学生が集い交流し、音楽の下に熱狂を共有。
この熱は学生内にとどまらず、たくさんの人々を巻き込みながら毎年大盛り上がりとなるイベントだそうで、今年は9月に開催されます。

〔後略〕
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ここにも人の歴史があった。長じて彼女の心は美術より音楽に向かったんですね。むべなるかな!

2015年8月15日 (土)

【対決編】丸ブー艶競べ [9](洋野町章・八雲町章)−ニ

(承前)

熱を帯びた書き込みがまだまだ続きます。

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623:2005.10.19 11:20
おっと!種市町・大野村合併協議会から抗議メールの回答が届いたよ!
長いけどどうする?ここに貼るか?

628:2005.10.19 14:04
たった今俺にも来た。
応募者の氏名は伏せたまま、あくまで公明正大に行ったもので一点の曇りもないそうな。
813分の1の確率だが信じろということだ。

635:2005.10.19 14:39
「公明正大に行ったもので」というなら
まずは、氏名等の情報を伏せて全作品公開を行う事がふさわしい。
選考の平等性に不可解な点が多すぎる。
たとえば身内の人間ならこういう不正が出来る。

1. 送られてきた作品のテイストを盗み自身の作品に反映させる。
2. 選考に当たっての外部への圧力。
3. 補正時の大幅な修正(作品変更)により賞金獲得の不正。など

たとえ「これが応募時の作品です。」といまさら公開しても今までの疑惑により不正が行われなかった事を立証する事は出来ない。
身内の作品を選考してしまった事の対応が明らかにまずかった。
公募内容を右習えにしているのであれば応募資格、選考基準も常識的範囲でおさめて欲しかった。

こんなとこかな?

まぁみんな頑張ってね〜。

636:2005.10.19 14:46
そもそも身内に応募者がいるということを議長が知ってる時点で公明正大とは言えないのでは?

〔637〜639, 641〜643:抗議メールへの回答:既出により省略〕

644:2005.10.19 15:08
応募した合併協議会委員も投票してるじゃん
そりゃ、自分のに投票するよ

645:2005.10.19 15:18
「ええか。あの左から三番目の手描きのがワシのじゃぞ。」
くらいのやりとりは普通にあっただろうな。

646:2005.10.19 15:20
一次選考がブラックボックスだな。

647:2005.10.19 15:22
19番ですね。

649:2005.10.19 15:29
>>647
だとしたら、漁協の組合長にしておくのは惜しい腕前ですね。

これまで、同一人物が他の名前を使って応募するという手法については何度か話題になりましたけど、その逆の“違う人物の作品を自分の名前で応募する”というトリックはなかったと思います。そういうネタじゃないですよね。

652:2005.10.19 15:33
少なくとも洋野町が存在し続ける限り使われ続けるであろう町章は、その選考過程でただならぬ疑惑を招いたってことはこの先ずっと記憶されるんだろうし・・・。
はずかしいよな、もしその町の町民だったら。
やっぱ、選考し直した方がいいと思うけどな。
間違いを認めてやり直すことは、全然はずかしいことじゃないよ。

654:2005.10.19 15:40
ネットでの告知によって全国のプロアマから募集が殺到したという実情を知っている俺たちだからこそ、その特異性を問題視しているわけで、正式発表時に都道府県別の応募状況が記載されなかったら多くの住民はこの件について何の疑問も抱かないだろうな。

656:2005.10.19 15:45
このPDF、住所氏名欄を覆ってるのは公正な審査だと見せかける偽装工作だと思う
返事まで十分時間があったしね
他のいくつかの市町村でやってるように最初っから「住所氏名は作品とは別の裏面に記載」としてあったならまだ信じられたが。

百歩譲って、住所氏名を隠して審査したとしても遅くとも7月の時点では三浦氏の応募は他議員の知るところだったのだから飲み屋やゴルフ場でどんな作品かの会話は可能だろう
審査員は「あ、これが三浦さんのだな」と分かるのは容易

そういう推測が成り立つからどこの選考でも懸賞の抽選でも「関係者は応募できません」と明記されてる
まず「合併協議委員の応募」自体を全く恥じてないのが情けない

659:2005.10.19 15:57
本当に三浦氏の作品なのかどうかも、こうなると疑わしい。

660:2005.10.19 15:59
応募用紙にもおそらくパソコン使って丁寧に書いてるのが少し驚き

661:2005.10.19 16:03
JAGDAの清書と差し替えたんじゃねーの?
青と緑ったって人によってずいぶん色味に差がでるのにこれは1の補作と色がそっくりだよ

669:2005.10.19 19:37
少なくとも3次選定に重大な問題あり。
3次選定の投票に三浦氏が参加したか、しなかったか事実を確認したい。

678:2005.10.19 22:17
関係者ならそもそも遠慮するよなぁ…
そうゆう人を選んだらこうゆう騒動になるって何で気が付かないんだろう

679:2005.10.19 22:36
今でも騒動になってるという意識はあまりないのでないか?

683:2005.10.19 23:10
ここの掲示板にいる人以外から抗議ってあるかな?

684:2005.10.19 23:14
普通の町民は興味ないだろ

685:2005.10.19 23:16
だったら協議会への抗議メールって数えるくらいじゃないの?
俺は出したけど。

686:2005.10.19 23:18
住民投票でもしない限り興味とゆうか募集すら知らないんじゃない?

737:2005.10.20 18:46
671です。洋野町の件です。
JAGDAさんから早速、丁寧な返信が届きました。
(AERAさんからは無し。)

637 638 639にupされてる内容と違いはなく、第3次選定にはJAGDAは1番の補作以外、関わっていないそうです。

また19番はJAGDAが補作したものではなく、三浦氏のオリジナルのままとのことでした。
(JAGDA会員の評価としては、他自治体に類似したものがあるので、高くはなかったそうです。)

貼るといいましたが、断りをいれたところ、
キチンと読まないと誤解される可能性が高い、という主旨のご返答でしたので、見合わせます。

229:2005.11.05 18:01
洋野町正式発表しましたね。

246:2005.11.06 00:47
>>229 洋野町め、貫き通したか。われわれの声は無視か。
だったら最初っから全国公募などするな!
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とまあ、落とされたことも手伝ってか、怨嗟の声が渦巻いていたわけです。「別にいいじゃん」という意見もあったけど、圧倒的少数派。

だから半年経っても何かにつけflash backしちゃう。↓

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220:2006.04.21 07:15
岩手県洋野町出身の元日本兵が63年ぶりに帰郷。
漁業組合長を思い出してむかついてきた。

222:2006.04.22 00:51
洋野町章は、腰の曲がったおじ〜ちゃん同士が抱き合ってる所を
モチーフにしたのか! おまけに作者もおじ〜ちゃんだし

223:2006.04.22 17:17
君は知らないようだけど 過去スレ見てくれ
このおじいちゃんは合併協議会委員なんだよ
例えて言うなら宝くじの一等にみずほ銀行役員が当たったようなもの

225:2006.04.22 21:12
「当たった」は違う気がする 偶然みたいに聞こえる
洋野はもっと作為的な
「役員の番号通りにボーガンの矢が当たるようにプログラムされた」
ようなものの気がする
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でも、結局漁夫の利を得たのは八雲町章の作者だったかもしれない。洋野町の問題がたんと盛り上がっていたせいか、誰もこちらの丸ブーにはほとんど注目しなかったのだから。

北海道二海郡八雲町
町章
金津 博
八雲町章

こちらがあげつらわれたのはこの程度↓。

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707:2005.10.20 00:58
>>647 三浦氏作品?
八雲町と似てねー?

708:2005.10.20 01:35
きたね!きたね!
まだ多分他にもあるぞ。
んー候補作品だったかな?
もう忘れた。

709:2005.10.20 09:27
ちょっと似てるけどこれぐらいならスルーだな

710:2005.10.20 09:47
八雲町章って、人が海で溺れてもがいて苦しんでいるみたいだから嫌いだな。
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まあ、正確にはほんの少しだけ八雲町の方が募集が早かった。平凡度合いじゃどっこいどっこいなんだけどもね

(続く)

2015年8月14日 (金)

【対決編】丸ブー艶競べ [9](洋野町章・八雲町章)−ハ

(承前)

しかし、治まらなかったのは全国の公募ガイダー諸氏である。某BBSも(煽りを含め)プチ炎上していた。
(内容は適宜整理・省略しています)

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458:2005.10.15 11:39
洋野町章決定

462:2005.10.15 13:17
>>458
合併協議会委員の作品が選ばれていいのか?

463:2005.10.15 13:53
三浦秀男さんが同一人物なら大問題ですね

465:2005.10.15 14:13
わっ!出して損した

466:2005.10.15 14:17
>>463
後ろ向きの話は嫌いで、市町名を挿入するのもセーフと言った429だが、これは断じてアウトだ。告発すべきだな。

467:2005.10.15 14:25
応募規定に「どなたでも」と書かれていたら協議委員も「どなた」に含まれるという見解か?
しかし462がそれを発見したことのほうがすごいと思うな

469:2005.10.15 14:30
ご当地アドヴァンテージについては前々から怪しんでいたが
ここまでくると犯罪だよ。

475:2005.10.15 23:02
喜んで応募した地元の子供たちにどう申し開きするつもりか。

478:2005.10.15 23:38
補作の後に公開するとあるが、オリジナル版を公開しないあたりも極めて胡散臭い。
本人たちはネットで話題になっていることなど予想だにせずガハハと祝杯あげているのだろうな。

479:2005.10.15 23:43
非道い話だなこれは…談合ってやつか?
いくら三浦氏の作品が優れていてもだよ
身内から選ぶのは避けるだろ普通

480:2005.10.15 23:47
76歳の漁協の組合長に敗れた訳だな。我々は。

481:2005.10.16 00:50
癒着と実弾の横行ってやつだね

484:2005.10.16 05:15
実弾などではないと思う。
「三浦さんのでええがな。後は専門家にきれいに直してもらや」
てな感じじゃないの。

490:2005.10.16 16:49
洋野町事件、最初に発見した462です。
反響が大きく、うれしいです。
私はデザインを応募したことはありませんが、今回のことは我が事のように悔しいです。
全国募集は単なる建前、世の中みんな、そんなもんなんでしょうか。
町章デザイン選定委員と合併協議会委員は別物とでも言いたいのでしょうか?
皆さんの中には徹夜でアイデアを搾り出したり、夜中にポストまで走って締め切りに間に合わせたりした方も多いでしょう。
それがこんな形で葬り去られて・・・
ぜひとも、三浦氏の作品が取り消され、再選考、もしくは次点繰上げ当選になってほしい。
このスレの常連さんの作品が選ばれればいいな。
さあ、みんな、声をそろえて抗議ぢゃ、抗議!

492:2005.10.16 18:19
>>490
467さんも書かれていましたが、どうして気がついたのですか?

496:2005.10.16 20:48
>>492
490です。
当選者が高齢だったので、デザイナーかどうか検索してみたら出てきました。
私が見つけなくても、時間の問題だったでしょう。

502:2005.10.16 22:49
担当者達は事の重大さに全く気づいていないというか無頓着だと思う
岩手の小さな町の事を全国の人間がこんなに関心持つなんて全く思いも寄らぬ事だと思う
だから一人でも多くの抗議メール・電話をするのがいいかと思います
つまり何気にやった事が大変な過ちだったことに気づかせる事が一番かと

503:2005.10.16 22:56
詳しくない者なんですが マスコミしか思いつかないです
東京ならTBSテレビの「噂の東京マガジン」に投稿する等があるんですが
岩手にそんなテレビ番組なんてなさそうだし…
燕も結局あのままですよね 泣き寝入りしかないんでしょうか

506:2005.10.16 23:17
まぁとにかく抗議メール出そうや!
どんな返信くるのか楽しみじゃん!
沢山のメールが届くとびっくりするぜきっと

507:2005.10.16 23:21
>>483 南丹市のコメントが笑えるね

なお、選考にあたっては誰が公募したか一切見ずに行ったものであり、非常に公平であったと思います。

こうでなっくちゃ!洋野に読ませてやりたいね

508:2005.10.16 23:43
>誰が公募したか一切見ず

っていうか普通は関係者は応募できないようにするよね

512:2005.10.17 00:00
絶望は愚か者の結論
当事者に言っても無駄なら、外から正そう
(日本人は身内同士なら不正をし、外圧に弱い民族)
テレビが駄目なら雑誌があるさ
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる
彼らは間違ったことをしているんだ 放置してはいけない

週刊文春
週刊新潮
週刊ポスト
週刊朝日
AERA
SPA!
(サンデー毎日と週刊現代は投稿先が見つけられませんでした)

515:2005.10.17 00:21
「おめぇ、この村で会長に逆らっちゃなんねぇぞ。暮らしていげなぐなる。
 よそ者のメールなんか無視するだ。」

520:2005.10.17 01:18
どんな町かは知らないけど、万国共通の非常識であることに違いはないな。

528:2005.10.17 13:09
俺、洋野町の件ってどうにも腹の虫が治まらないんだけど
みんなそれほどでもない?

530:2005.10.17 13:23
>>528
作品自体をまだ見ていないけどいい作品だったらいいんじゃないか?
ネガティブ意見が多いけどまぁ地元ベースの募集だしね。
それより自分は類似作品の応募や制定の方が腹の虫が治まらないな。

544:2005.10.17 22:06
事前に公表されない選考基準などフェアであるはずがない。
私企業や民間団体の公募ならば、出した自分が馬鹿だったと諦められもするが
税金でこんな前時代的な蛮行をした自治体を許容するほどお人好しであってはならんだろ。

545:2005.10.17 22:12
確かに俺は偉い人じゃないから、世の中を変える力は無いさ
燕同様、洋野もそろそろ飽きてきてる人もいるだろう

でもね、間違ったことを間違ってると言える人にはなりたいよ
そんな一人一人の良心が積み重なって「世の中捨てたもんじゃない」ってことが起きると思う。

551:2005.10.17 23:08
>>547
俺ね、色数違反とか、主旨字数違反とかは全然気にしない。
そのジャッジは審査側に見識に委ねるのが当然だと思うから。
でも審査の過程をこちらで監査できない以上は、不公正があった場合
事後にしかアクションを起こせないのではないの?
わからない?

552:2005.10.17 23:24
「親方、村印は親方の考えたものにうまく決まりましたね。」
『うむ、手筈どおりよ、ただ、わしは昔から絵が下手でのー』
「何の、ご心配なく。ただいま町の紋所職人に手直しをさせております。」
『さようか。じゃが、わしがこたびの村合わせの寄合衆の一人であったこと、もれてはおらぬか?』
「いえいえ、知ったからとて、この村で親方ににらまれれば漁には出られませぬ。ましてや、よそ者にとやかく言わせませぬ。」
『ならばよいが。奥州屋、そちも悪よの』
「何をおっしゃいます。親方ほどでは。まま、まずは一献・・・」

571:2005.10.18 12:33
「委員らの協力で、大きな仕事をなし得た。」
この言葉に全てが凝縮されている。

573:2005.10.18 13:24
地元の人のが優先的に選ばれるのは心情としては理解するが委員のを優先させるというのは非常に心根の低い話だな。

575:2005.10.18 13:36
>>573
そもそも、委員なら応募は控えるよ
三浦ってのは厚顔無恥だ
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やっぱ笑えますねえ、「委員らの協力で、大きな仕事をなし得た。」ヾ(@゜▽゜@)ノ

時は平成大合併華やかなりし2005年の秋、ガイダーどもはひたすらアツかったのさ

(続く)

2015年8月13日 (木)

【対決編】丸ブー艶競べ [9](洋野町章・八雲町章)−ロ

(承前)

岩手県九戸郡洋野町
町章
三浦秀男(76歳:九戸郡種市町:種市町漁業協同組合協議会副会長)
洋野町章(最終版)

独立した外部機関たるJAGDAによる1次選考については一応度外視するとして、2次選考を行った「町章デザイン選定委員会」には三浦は入っていない。
しかし、だからといって、岩手県最北端に位置する人口13,000人余りのこの港町で、合併協議会委員かつ種市町漁業協同組合協議会副会長という地位を利用して影響力を行使する機会が全くなかったと言い切れるか。

実はここに恐ろしい事実が隠されていて、合併協議会委員名簿で「議員 原子内辰巳」「議員 梨子正一郎」と記載のあった2名の現在の本職は、原子内が種市南漁業協同組合の代表、梨子が種市漁業協同組合の代表である(一方三浦は当時、玉川浜漁業協同組合の代表でもあったらしい)。「議員 明戸 実」だって半農半漁の稼業で、種市地域食文化交流施設運営協議会会長。さすがのツルも激しくたまげました。当然顔見知り、いやツーカーの仲だったと考えない方がどうかしている。
こうなると「梨子正一郎」と「梨子誠子」の関係まで気になってきますが、これがまた大ありで、海藻・珍味の加工・販売を扱う有限会社梨忠(なしちゅう)商店の現社長が誠子、前社長が正一郎(現在は取締役)。スリリングなほどにピースは嵌まってくる。(当時ご不満系だった公募ガイダー達にもこのあたりのカラクリはバレなかったようですが( ̄^ ̄))
これで「厳正、公正に選定されたものであります」と言われても、どうして信じることができよう。心証はどんどんクロに染まっていくわけです。

そして最大の問題は、最終の3次選考。

-----
(2005.10.14 第19回種市町・大野村合併協議会 会議録 抜粋)

○佐々木会長:
それでは、お待ちください。今投票用紙をお配りをいたします。

(投票)

第1回目投票(3分の2以上の得票を得た作品なし)

上位2作品による決選投票(結果15対15で同数)

協議会委員が、選定委員会の正副委員長と正副会長の4人による協議で決定することを提案

(4人による協議)

〇佐々木会長:
大分ちょっと委員の方々が退席の方もおり、お待たせをいたしました。ただいま皆さん方に推薦いただいた方々で選考いたしました。決定をさせていただきましたので、その結果と経過を報告をいたします。よろしくお願いいたします。
では、事務局の方で。

○下大澤事務局長:
それでは、最終選考の結果を報告させていただきます。
正副会長、それから選定委員会の委員長、副委員長4人で、これも最終的には決選投票の形になりましたが、3対1ということで、19番の作品を最優秀賞ということで決定をいたしました。

○佐々木会長:
ただいま発表いたしましたとおり、町章については選考の結果、19番に決定をいたしましたので、以上でこの町章選定に係ることについては終わりにいたします。本当に皆さん方ありがとうございました。
それでは、何か最後になりますが、事務局の方から何か連絡事項があるようでありますので、お伝えをいたします。
その他の分でも、さっきの選定の結果と同じことになりますけれども、ただいまの5点の方々については選定をさせていただいたわけであります。したがって、この席でその方々の氏名等について発表させていただきますので、ご了解いただきたいというふうに思います。

○下大澤事務局長:
それでは、最優秀賞の19番の作品でありますが、種市町の三浦秀男さんの作品であります。それから、あと優秀賞でありますが、1番の作品が櫃割さとよさん、小学生の方でありました。それから、8番の東 信慶さん、北九州市の方であります。それから、9番の作品が宝谷隆博さん。福岡県福岡市の方であります。それから、36番の作品が下東園子さん、兵庫県三田市の方であります。
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ポイントは「15対15」というところ。「最後の最後を4人の密室で決めた」点ではありません(そこは他には方法がなかったものと考えます、どんなことが実際に話し合われたかは別にして)。
前回冒頭に書いたとおり、33名の委員のうち、この時欠席したのが原子内、関口、野本の3名。従って33−3=30と15+15=30、出席した30名の全員で投票したわけ。つまり、三浦も採決に加わっていたんですね
であれば、抗議メールへの回答にあった「最終の選定にも加わっているものではなく」という記載は明らかに虚偽ということになる。
本来なら三浦はここで重要利害関係人として退席することが必要であって、本決定自体が無効・取消事由に該当するものとツルは思料いたします。

しかし、取消なんてことが実際にあるわけもなく、本件はメディアに載った。

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(2005.10.15 岩手日報 抜粋)

種市町・大野村合併協議会(会長・佐々木祥吉大野村長)は十四日、種市町の町民文化会館で第十九回会合を開いた。新町の組織機構など六件を報告したほか、合併して誕生する洋野町(ひろのちょう)の町章を決定。合併時までに必要な全項目の調整を終えた。

〔中略〕

デザインを全国公募した町章は、集まった八百十三点を二度の選考会などで六点に絞り込んだ上で同日、種市町の三浦秀男さん(76)の作品に決定した。
洋野町のアルファベットの頭文字「H」をイメージしており、青と緑の線で海と高原の融合を表現した。今後、専門家に依頼して色やデザインの一部手直しも検討した上で正式発表する。
協議会後、佐々木会長は「委員らの協力で、大きな仕事をなし得た。希望あふれる新町のスタートにつながってほしい」と期待を込めた。

〔後略〕
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そしてデザイン補整を終えて正式発表されたのは翌月。

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(2005.11.05 岩手日報)

種市町・大野村合併協議会は四日、来年一月一日に誕生する洋野町(ひろのちょう)の町章を発表した。新町のアルファベットの頭文字「H」をモチーフにしている。町旗や印刷物などに広く活用される。
採用された町章は、種市町の団体役員三浦秀男さん(76)の作品。ブルーとグリーンの躍動する曲線で海と高原の融合を表現し、日の出を思わせる円で人々の触れ合いや調和、心豊かな暮らしを表した。
同協議会が十月中旬、全国公募で集まった八百十三点から決定。一部修正を加えた上で正式発表した。
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「団体役員」とぼかされていた作者肩書にまさかこんなトリックがあったとはねえ!ご不満系ガイダー達の抗議メールのせいか、さすがにまずいと秘匿したんですな。

(続く)

2015年8月12日 (水)

【対決編】丸ブー艶競べ [9](洋野町章・八雲町章)−イ

(承前)

掟破りの身贔屓と言えば。

岩手県九戸郡洋野町(くのへぐん ひろのちょう)
町章
三浦秀男(76歳:九戸郡種市町(現 洋野町):団体職員)
洋野町章(応募案) 洋野町章(最終版)

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洋野町の頭文字[H]をイメージさせるシンボルマークは、ブルーとグリーンの躍動する流線を配して[海]と[高原]の融合を表現し、日の出を思わせる生命感溢れた[円]が、人々のふれあい・調和・心豊かな暮らしを表している。
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福島県双葉郡広野町(ひろのまち)とは別です(cf. 2015.06.28「とんぼのめがねは色眼鏡」)。左が応募案、右が補整後の最終版。
なぜこれが単なるジモティ応募ではなくて身贔屓なのか。そこにツッコミを入れる前にまず、ツルが感じたのはこれとの相似。

北海道二海郡(ふたみぐん)八雲町
町章
金津 博(新潟県上越市)
八雲町章

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八雲町の[八]と二つの海の[波頭]をモチーフに表現している。中央の小円は、[太陽]を表し、未来に向かって輝かしい発展をする「八雲町」の明るく元気な姿を力強くアピールしている。
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キャラじゃないんだからこの文章は微妙にヘンでしょ、金津センセ、てな枝葉は適当にしといて、まず事実を簡単に追っておくと。

洋野町は、2006.01.01の九戸郡の種市町と大野村との新設合併を控えて、新町章の募集がかけられたのが2005.06.01〜07.15。07.26になって第18回合併協議会で町章選定委員が選出され(ということは募集時点では選定委員会が存在していなかったわけで、そこからして何か大きく間違っている気はする)、事前選考を経て上掲の町章が選定されたのが10.14の第19回合併協議会。

一方、八雲町はどうかというとこれがまた時期的に甚だ接近しており、2005.06.01〜06.30募集、07.28第17回熊石町・八雲町合併協議会で決定、10.01に山越郡(やまこしぐん)(旧)八雲町と爾志郡(にしぐん)熊石町の新設合併へと進んだ。この時新たに「二海郡」が設けられたという珍しいパターンです。
いずれももう10年も前の話(大伏線)。

さて、洋野町章が決まった第19回種市町・大野村合併協議会の出席状況を見てみれば。

【種市町:15名】
町長 玉澤 修
助役 鈴木浩之
教育長 小橋正巳
議長 吹切美一(ふっきり みいち)
議員 七役幸三(ななやく こうぞう)
議員 原子内辰巳(欠席)
議員 梨子正一郎
議員 明戸 実
種市町農業委員会会長 長根山幸男 ★
種市町漁業協同組合協議会副会長 三浦秀男
種市町商工会副会長 大入一弘 ★
種市町観光協会会長 林 守一
種市町社会福祉協議会会長 舘野 隆
種市町婦人団体連絡協議会会長 梨子誠子(せいこ)
前種市町PTA連合会監事 佐々木和子

【大野村:16名】
村長 佐々木祥吉
助役 中野春男 ★
助役 舘 勝男
教育長 阿部俊夫
議長 関口清助(欠席)
議員 工藤安男
議員 下舘孝一
議員 奥寺定雄
議員 下舘岩吉
いわてくじ農業協同組合担当理事 坂川豊志
おおの・むらづくり21 推進会議副会長 村田 修 ★
大野村商工会会員 澤口祥平
中心市街地活性化推進部会部会長 平舩博之
大野村社会福祉協議会会長 小西敏睦
大野村婦人団体連絡協議会会長 青澤〓子(註:〓は「イ旬」)
前大野村小中学校PTA連合会会長 塩倉英子

【岩手県:2名】
久慈地方振興局長 宮舘壽喜(代理出席 企画総務部長 宮 一夫)
岩手県地域振興部市町村課総括課長 野本祐二(欠席)

計 33名(うち3名欠席:伏線)

となっている。★は町章デザイン選定委員会のメンバーです。

お気づきになりました?種市町側の委員に、「三浦秀男」の名前が見えるでしょ 。これ即ち作者(厳密には、斯く擬せられる)。言ってみれば、利益相反の自己取引をやっちゃったわけです、同協議会は。あり得べからざること。(Complianceの鬼と呼んで

しかし当初、協議会メンバーには罪の意識もさらさらなかった様子。

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(2005.07.26 第18回種市町・大野村合併協議会 会議録 抜粋)

○佐々木会長:
〔前略〕

若干補足をさせていただきますけれども、当協議会の委員さんの中にも実は応募されている方もあるようでありまして、そんなこともあっていろいろ選考させていただきましたので、その点につきましてもご了解いただきたいというふうに思います。
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えええ(;゚Д゚)??若干補足、の一言だけで済まされてしまってる。これに対し異議を唱える者があったわけでもない。12人の怒れる男、ならぬ、32人の眠れる男女と息を潜める1人のユダ。組織として機能していたと言えるのか。
因みに賞金、10万円也。

しかし、このやり方は当然のように公募ガイダー達の反発を招いた。実際に抗議メールを送った者もあったようで、某公募系BBSにその回答なるものが書き込まれている。

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(2005/10/19)

当初から、当然にして合併協議会委員についても応募資格者であることを認めており、現実に応募された方も複数ありました。
その結果、全国から813点の応募があり、第1次選定では、専門機関である日本グラフィックデザイナー協会に委託し、その中から50点を選定していただきました。

第2次選定では、識見委員として日本グラフィックデザイナー協会役員2名と合併協議会委員4名の計6名により組織する「町章デザイン選定委員会」により11点の候補作品を選定しました。
その後、専門機関に委託し類似調査を行った結果、5点について類似が認められたことから、残り6点について去る10月14日に開催した第19回合併協議会において、第3次選定を行いました。

その方法については、委員の協議により投票によることとし、最初に入賞作品5点を選定、次に5点の中から最優秀作品1点を選定するため「投票により3分の2以上の得票作品か、3分の2以上の得票作品がない場合は、上位2作品の決選投票により選定する。」ことを確認、決定して行いました。

結果は、3分の2以上の得票作品がなく、上位2作品について決選投票を行いましたが、同点となったことから委員で協議し、合併協議会長と副会長、選定委員会の委員長、副委員長の4名により選定することが委任され、さらにこの4名の投票によって最優秀作品が選定されたところです。

いずれの選定に当たっても、応募者が特定されることのないよう作品に応募者の氏名を付記しておらず、また、第2次選定における選定委員会のメンバーには応募した合併協議会委員が入っていないとともに、最終の選定にも加わっているものではなく、合併協議会において、募集要領に基づき厳正、公正に選定されたものでありますことをご理解いただきたいと存じます。

なお、最優秀作品については、そのデザインを公表しているところであり、一部新聞には掲載されておりますが、さらに合併協議会だよりにより詳細をお知らせすることとしております。
また、現在、専門機関である日本グラフィックデザイナー協会に委託しておりますが、補修正を経て新町町章として決定するものでありますことを申し添えさせていただきます。
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もう、ツッコミどころがあり過ぎてわけがわかんない。

まず、「当然にして合併協議会委員についても応募資格者であることを認めており」というのが最大の論点でしょうが、そもそもこの論理は決して正しくない。本公募では「応募資格に制限をつけない」ということを定めていただけなのであって、制定側の内部者の応募を許容しない、or 応募者に制定プロセスに関与させないというのはあくまで別個の問題。そこを自分の都合のよいように事実を引き寄せた解釈です。
しかしユダが1人ではなかったとはね。

2次選考で残った11点のうち5点までが類似チェックで落とされたというのも尋常でない。素人衆のみならず「識見委員」も入ってたんですよ。2名のJAGDA役員とやらは何をしていたのか。

そして何より、合併協議会委員たる三浦の立場が、1次〜3次の選考プロセスにおいてどのように影響したのかですが。

(続く)

2015年8月10日 (月)

もうやめようよ、ご当地キャラとか。(その145:藍住町キャラ)

(承前)

ええと、猛暑の中、ヒンヤリを求めて「水」つながりを追いかけていたんでしたっけ。

徳島県板野郡藍住町
マスコットキャラクター
(優秀賞)
塩崎榮一
藍住町マスコット(優秀賞)

今年4月に町制施行60周年という記念で、今からちょうど1年前、2014年8月に発表されたものです(こりんごさま、その節は情報ありがとうございました。あれから早くも1年が過ぎちゃいましたけど)。

あー、もう何なんですかね。わかりやすく塩味満点で冷涼感満喫なのに、分析に手間のかかるキャラでもあった。

吉野川の[波]+名産の[ニンジン]&[蓮根]+[町章]+藍住町バラ園の[バラ]、であろうことまでは割とすんなり判明したんです。お召し物が青いのも、往時その名にし負う「藍」で栄えた町だからというわけで、皆まで言うなってとこ。

因みに「藍住町」の名称は藍園村+住吉村の合併による合成地名。その昔は藍染が盛んで、その後一旦衰え、徳島市のベッドタウンとして再び盛り返してきたところだそうな。今後20年間にわたって人口増も見込まれるという、今どき珍しい土地柄です。

しかしだよ。ツルは初め、当然ご当地は海に面しているものと思い込んだ。額の前髪を「海の波」と取ったからでげす(その解釈自体、塩キャラ的なる蠱毒に深ぁく冒されている気がするが)。実際には藍住町はやや内陸部の町で、四国三郎「吉野川の波」だったとはねえぇ。因みに町章も吉野川を表してます。
それから町の花は当然バラだろうと思ったらキク。違い過ぎるがな。つまりは人寄せ効果の高いRosariumの方を盛りアイテムに選んだのね。

わからないのは頭の[トンガリ]と服の[斜め格子]です。
ご当地は平坦な地形で「山」はない。別にイニシャルが「M」ってわけでもないし、肉まんや小籠包のふるさとという話も聞かない(青い肉まんじゃ食う気も失せるか)。
藍の豪商の屋敷を整備して開設したという「藍住町歴史館 藍の館」にも海鼠壁はなさそうだ。まあ、藍で潤った町なのだから海鼠壁の蔵などいくらもありそうだけど。「勝瑞城跡」に石垣が残っとるんかいなと考えて調べてみたら、どうやらそれもなさそうです。干し網かとも思ったけれど(日本の家紋にそのようなデザインがある)、漁網の産地ということでもない。
結局、盛りアイテムではなくてただの模様ってことなのかも。きーっ、塩キャラなのにっ!(それともどこぞのボツネタをリサイクルしてきたんかね)

しかしさあ。徳島の阿波藍ってのも別にご当地だけの特産品ってわけではないでしょ、主産地の一つとはいえ。そこら辺がご当地キャラとしてのIdentityをかえって稀薄にしちゃうと思うんですよね。実は「藍住町の特色」を表してはいないんじゃないかと。

これはジモティ応募で採用された「藍住町の番頭はん あいのすけ」designed by 榮 宰子(53歳:藍住町:パート従業員)、named by 平山智子(宮城県仙台市)にも、他の優秀賞の中本竹識(広島県)、増田英和(東京都)にも当てはまることではないのか。

まあ、町名にその一文字が入っているし、我こそは藍の町ということになるんでしょうが。

(続く)

2015年8月 8日 (土)

【番外編】大河ドラマは儲かるか:丙(もゆるん)

(承前)

しかし、大河ドラマに踊るロケ地のにわかご当地キャラクターぐらいのことで驚いていてはいけないらしいんである、今どき。
なんと、当のNHKまでがキャラクターを作っちゃったんです

NHK
大河ドラマ「花燃ゆ」 PRキャラクター
もゆるん
株式会社サンリオ
もゆるん

はーーーー、長嘆息。半世紀を超える大河ドラマ史上初、公式番宣キャラクターですよ。天下のNHKと天下のサンリオがタッグ組んじゃったんですよ。これって、NHKが踊らす側から踊らされる側になったということでもあろうかしら。

ヒロインの愛用する[筆]の妖怪なんだそうですわ。こういう微視的なところって最近のサンリオキャラの傾向なん?ほれ、あの魚の切身のやつだってそんな感じだしさぁ。
「妖精」じゃなくて「妖怪」なところが新しいけど、これはきっとあの「妖怪ウォッチ」のしわざなんでしょう
あっ!それだったら「萩にゃん」こそ、舌噛み切って主に殉じた「忠義の猫の妖怪」ってことで売り出せば面白かったのにーー

よく見ると、これも山口県の県の花[ナツミカンの花]らしきものが着物に散らされている・・・。一方、上州群馬県を表す盛りアイテムはナンも入っておりまっせん、つまりはそういうことなのね。2014年9月、長州の文ちゃんより後のデザイン発表です(^_-)。
これも愛称だけを公募にかけたんだけど、応募総数2,339点というのは大河ドラマ絡みにしては異常に少ないと思う。それだけならまだしも、結果がこれ以上はないってぐらいなありきたりの[ん系ネーム]とくれば、出来レースと叩かれても仕方がないですってば。「特典 壁紙」だったので、皆さんやる気も失せちゃったんでしょうな。

まあ、そんなこと言ったらこの大河ドラマ、タイトルからして相当手垢まみれです。

第1作 花の生涯(1963)
第15作 花神(1977)
第17作 草燃える(1979)
第22作 山河燃ゆ(1984)
第33作 花の乱(1994)
第54作 花燃ゆ(2015)

そんなことでいいのかね、NHKさんよ、サンリオさんよ。

さて、軽くまとめますと。

実は、上州「ふみちゃん」だけでなく、長州「文ちゃん」もNHK「もゆるん」も、ピンキャラではなくお仲間が作られている(しかも集団で!)。ドラマ自体が維新の青春群像、てなもんだそうだからそこにも影響されてるんでしょう。もゆるんのお目付け役の「すずりじぃ」なんて、「どーもくん」の変装かと思うたわい。

あと一つ言えること。官兵衛の時と違って、「花燃ゆ」キャラはいずれも非公募の委嘱みたいなんですね。公募であると確認できるものがない。
うーーん。流れが変わってきている気がします。

2015年8月 6日 (木)

【番外編】大河ドラマは儲かるか:乙(文ちゃん・文さん・文にゃん・萩にゃん)

(承前)

大河ドラマ当て込みキャラの場合、ストーリーの展開とともに舞台が変遷していくと、それに伴ってご当地キャラも乱立していくということはあるわけだよね。「軍師官兵衛」がいい例だった。
「花燃ゆ」はもともと長州藩士の話だから、群馬よりむしろ山口にソレっぽいのができてるんじゃないか?

はい、ちゃーんとありました、2014年6月から。

山口県
やまぐち幕末ISHIN祭プロジェクト推進委員会
オリジナルキャラクター
松陰先生の妹 文ちゃん
YKBX(横部正樹)(ディレクター/アートディレクター/アーティスト)
文ちゃん1 文ちゃん2

着物は県のカラー[オレンジ]、簪と帯に県の花[ナツミカンの花]をあしらった、ということは根付も[ナツミカン]なんでしょう。よく見ると右向きと正面姿で細部が異なっていて、着物の膨らみ具合や根付のサイズなどから、後者は前者をBrush upして後から作られたのであろうことが偲ばれます。

YKBXは山口市出身のアーティスト。映像系のヒトです。曰く、途中の案には恐ろしいことにナツミカンのかぶりモノ系のデザインもあったそうな。

「やまぐち幕末ISHIN祭」とは、1868年の明治改元から数えて2018年が150年目というわけで、2014年度から5年の長きにわたって展開される観光キャンペーン。全く知りませんでした。「明治ISHIN」ではないのだ。ここに微妙過ぎるタイミングで大河ドラマが絡んできちゃったわけね。(どちらが先かは定かでないが。)

因みに、ヒエラルキー構造としては;

「おいでませ山口観光キャンペーン推進協議会」の中の専門部会として
「やまぐち幕末ISHIN祭プロジェクト推進委員会」が設置され
「一般社団法人 山口県観光連盟」と「山口県観光振興課 幕末維新プロジェクトグループ」が事務局となった

という具合。ああ大変なこっちゃ。

他に目を向ければ、県下で一番盛り上がっているのはやはり松下村塾のあったここらしい。2014年10月に2点ほど発表されています。

山口県萩市
公益社団法人 萩市観光協会
平成27年大河ドラマ「花燃ゆ」ヒロイン・文 イメージイラスト
文さん
桐木(きりき)憲一(38歳:東京都:漫画家)
文さん

まるで若き日のいしだあゆみである。井上真央ではないやね。

桐木もご当地出身で、2013年5月には「萩ふるさと大使」に任命されているから、その絡みで白羽の矢が立ったんでしょう。県がYKBXを起用したのを参考にしたなんてことも大いにありそうだ。

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今後、大河ドラマに登場する他の主要人物についても同様にイメージイラストを制作し、順次公開していきます。
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とあったけど、現在に至るもサイト上で確認できません・・・ユルい。そもそもこうしたマンガキャラで何をしたいのだろうか?大河ドラマのコミカライズ?まさかね。

もう一つはこれ。

山口県萩市
公益社団法人 萩市観光協会
平成27年大河ドラマ「花燃ゆ」・明治維新150年 PRマスコット
文にゃん
文にゃん

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文さんをモチーフに、着物姿で[夏みかん]の[実]と[花]をあしらっています。
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とされていて、どこに花が??と思ったんだけど、後ろでした。文にゃん、バックシャン。

文にゃん(横・後)

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●容姿は「萩にゃん」と同じだが、松陰先生の妹「文」をモチーフにしている
●家族愛や夫婦愛、松下村塾での友情より[ハート]を多様した
●「代々」実がなり、受け継がれてきた萩の特徴でもある[夏みかん]の帯締め
●[文]=手紙(久坂玄瑞の手紙を大事に残していた逸話がある)
●着物は、萩ロケ時の主演・井上真央さんが着用していた着物をイメージ
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ダイダイとナツミカンは違うでしょ、てな重箱の隅は放っぽり出しといてと。うわ、最後のコメントにぎゃふんです。
文の最初の夫、京都の蛤御門の変で自決した久坂玄瑞も松下村塾の出身で、二番目の夫となった小田村伊之助/楫取素彦は玄瑞と文の手紙のやり取りなどを「涙袖帖」としてまとめている。(でも玄瑞には京都妻がいて、子まで成していたのだけれど。)

このキャラのベースになったのはあくまでこれ。

山口県萩市
萩市消費生活センター マスコットキャラクター → 萩市マスコットキャラクター
萩にゃん。
萩にゃん

はー、「文にゃん」の意味不明な[陣笠]もここに由来しとったんやね。
この手のキャラクターとしては表情が厳し目なのは、もともと「消費者被害の未然防止」に取り組むという役目があったからでしょう。
しかし2013年4月の制定後、あっという間に「観光課課長代理」に異動しちゃったという[藁しべ長者系]です。

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萩にゃん。は、萩に昔から語り継がれている「猫町伝説」の主人公・忠義の[猫]のよみがえりです。
あこがれの人・高杉晋作が結成した[奇兵隊]の隊服を着用し、[毛利家紋]の[肉球]バージョン入り[陣笠]と、首には[夏みかん]をつけています。
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忠義の猫!!そりゃまた珍しいことで。調べてみたら、萩藩開祖、毛利輝元が没した時に家臣が殉死し、その家臣の飼い猫もやがて舌を噛み切って主に殉じたという縁起でもない謂れだった・・・。
まあここら辺も建前で、つまりは彦根の「ひこにゃん」みたいな萩の「萩にゃん」が欲しかっただけなのかもしれません。因みに愛称のみ公募された様子

つまりは、姫路の「しろまるひめ」が官兵衛の赤合子兜をかぶってたのと大差ない発想なんです(2013.07.27「官兵衛乱立戦国時代 拾遺」)。(ただしドラマが終わったらペアキャラにするものと予想。)

こうなると萩市としては、「ふみちゃん」と「文さん」と「文にゃん」の棲み分けに悩まされたりしないんだろうか(自治体として異なるとは言え、本来は悩まされるべきであると思う)。

「花燃ゆ」もまだまだ放送中だし、皆さんこうしたキャラクターをせいぜい使ってやって下さいな。
「文さん」「文にゃん」の問い合わせ先は;

萩市大河ドラマ「花燃ゆ」プロジェクト推進協議会事務局(萩市商工観光部 大河ドラマ推進室内)

「萩にゃん。」の問い合わせ先は;

萩市商工観光部 観光課

ですよ、お間違えなきよう(笑)。

でもさあ、2018年なんかになったら誰も杉 文という主人公のことなんて覚えていないよね。況シテヤ肖リきゃらくたーヲヤ。

(続く)

2015年8月 4日 (火)

【番外編】大河ドラマは儲かるか:甲(ふみちゃん&もとひこくん&ひさちゃん)

(承前)

ちょっと前、NHK大河ドラマ当て込みキャラについてこう書いた。

【2015.02.13「猫も杓子も踊った後は ―― その3」】
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これが例えば前作の「八重の桜」の新島八重(新島 襄の妻)や、後作の「花燃ゆ」の杉 文(=楫取(かとり)美和子;吉田松陰の妹)では、これほど作られていないものと思う。近代史だし、「普通の人」だからね。
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で、実際はどうなのよというところは多少気になっておったんですが、やっぱり少ないみたいやねえ、今年の「花燃ゆ」キャラ。

その一つに「ぐんまちゃん」の作者、中嶋史子が関わっていた旨ご教示いただいたわけです。

群馬県
ぐんま「花燃ゆ」プロジェクト推進協議会
キャラクター
ふみちゃん・もとひこくん・ひさちゃん
Art Direction & Character Design:Fumiko Nakajima(中嶋史子)& Maniackers Design
ふみちゃん・もとひこくん・ひさちゃん

放送開始直前の2014年12月になって決定されたキャラ。えー、登場人物の名前がころころ変わっていくのでややこしいんですが;

杉 文(=久坂 文・楫取美和子)…井上真央
杉 寿(=小田村 寿)…優香
小田村伊之助(=楫取素彦)…大沢たかお

伊之助/素彦は長州出身ながら(伏線)、初代群馬県令を務めた人物。その最初の妻になったのが寿で、その病没後に後添いとなったのが妹のヒロイン文(その前に縁付いていた久坂玄瑞は禁門の変で自害していた)。
で、この姉妹の兄に当たるのが吉田松陰(=杉 寅之助・吉田寅次郎)…伊勢谷友介というわけ。
どこまでも“メイン”を外して作られてるドラマだということがわかります。ていうか、日本史上全く無名の女性が主役で史料もほとんどないというから、性格づけはいかようにもできる。ハズしたのは視聴率ってことでもあるけど(笑)。

えー、ツルにはこのキャラが「はやり」の造形かどうかは判断しかねます、そこは門外漢だから。
けど、劣化してますね。やはりテンプレ化の病いが進行してしまった。20年前、「ぐんまちゃん」制作でこだわりを持っていたという「見た人の気持ち次第で楽しそうにも悲しそうにも見える」がここには悪い形で出ているとも思う。
(全然関係ないけど、「こだわり」という言葉ほど、短期間のうちに正反対の意味を帯びるようになった日本語はないよね。広告・宣伝で頻繁に使われるようになってからです、positiveな意味が加わってきたのは。だから端的な英訳語が見つからなくて苦労する。どなたかご教示下さいm(__)m)

ツルは見た瞬間、2009年の大河ドラマ「天地人」のキャラを思い出しました。(cf. 2013.03.21「天に星、地に花、犬に愛。」)

山形県米沢市
天地人推進プロジェクト
米沢観光物産協会
マスコットキャラクター
かねたん・お船ちゃん
岡野亜記
かねたん お船ちゃん

やっぱり、「目」がね。

ドラマの主役ではない「もとひこくん」をセンターに置いたのはご当地の初代県令だったからだろうけど、先妻と後妻が実の姉妹ってややこしい事情から、スリーショットも微妙に変な感じに映ります。

Maniackers Design(代表 佐藤正幸)は高崎市にあるデザインオフィスで、サイトにも「ぐんまちゃんの作者、中嶋史子さんと一緒にデザインしたキャラクター」とあるんだけど、どうしてもこれ、MD側が主導権を握ったのではないかという思いが消えない。
中嶋の20年間の活動の軌跡がネット上で確認できないこと、MDがこのプロジェクトのデザイン関係を一手に請け負っていたらしいこと、中嶋とMDは「ジョウモウ大学」(2011.07開校)という地域イベントで2013年終わり頃から接点が確認できるけど、そこでの中嶋の立ち位置が一貫して「ぐんまちゃんの作者」であること、あたりがその理由です。

そして何より、中嶋はぐんまちゃんがゆるキャラグランプリを獲った時に「昨今のご当地キャラブームには全く興味がない」「一瞬の経済、宣伝効果だけに着目され、刹那的な生き方をするキャラが後を絶たないことは気にかかる」と答えていたじゃないかあれはBluffだったのっ
極論すれば、アノ有名キャラを作ったセンセイの名義貸し、ということも考えられるかと。

他にも、伊藤博文キャラとか山縣有朋キャラとか7点もセットで作ってるんですが、各キャラ間のレベルのばらつきが激しくて残念な感じ。多分、肖像が残っているかいないかが分かれ目なんだと思うけど。

しかし最大のツッコミどころ、それはドラマのヒロインの亭主、楫取素彦自身にある気がする。長州の勤皇の志士がなぜか群馬の県令になってだよ、県庁を高崎市から前橋市に移しといてだよ(だから高崎では評判がよくないんではないかと懸念)、その後は貴族院議員になっちゃって、引退してからは長州帰っちゃってだよ。まさに薩長土肥(山口ではこう呼ぶらしい)の明治政府の手先だったわけね。いかさま、群馬県民にとって「郷土の偉人」と誇り得る要素は乏しい。(ついでに言えばこのドラマが実際に群馬を舞台にするのは極めて短期間になるのではないかと予想され。「軍師官兵衛」での福岡がそうだったんでしょ?)
まあ、先妻の妹を後添いにするというのは戦後になっても一般に行われていたぐらいだから、そこはスルーしますけど。

(続く)

2015年8月 2日 (日)

【番外編】ぐんまちゃん、瞼の母と再会す

(承前)

以下、2015.07.17の【PNまつり 第13弾】に頂戴したコメントからわかったことなんですが・・・。

少なからず、いやかなり驚きました。このキャラクターの作者が明らかにされていようとは。

【2014.03.19「最強の悪夢、増殖拡大 PART 2」】
群馬県
第3回全国知的障害者スポーツ大会「ゆうあいピック」 マスコットキャラクター
ゆうまちゃん
 ↓
群馬県 マスコットキャラクター
ぐんまちゃん(2代目ぐんまちゃん)
中嶋史子(前橋市:群馬県広報課)
2代目ぐんまちゃん

昨年3月にこのキャラを取り上げた時には、「群馬県職員」というところまでしかわからなかった(ツルはだから非公募と理解してましたが、後述のとおり正しくありませんでした)。
作者がベールを脱ぎ始めたのは2013年後半辺りからだったようです。そして2014年11月3日、ぐんまちゃんのゆるキャラグランプリ獲得に至る。

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(2014.11.03 毎日新聞)
ゆるキャラGP優勝:制作者の県職員 ぐんまちゃんはわが子

ゆるキャラグランプリ(GP)2014で初優勝を果たした「ぐんまちゃん」は、群馬県職員の中嶋史子さん(47)=前橋市=によって今から20年前にデザインされた。「この子と一生、一緒に生きていく。そんな思いで描きました」。中嶋さんの願いは一つ。我が子のようにかわいがるぐんまちゃんが、これからも長く県内外で親しまれる存在であり続けることだ。
中嶋さんは学生時代にデザイン事務所で働き就職後も仕事の一環でポスター製作を手がけていた。1994年に群馬で開かれた全国知的障害者スポーツ大会の公式マスコットのデザイン公募にも個人で申し込んだ。
目指したのは「幅広い世代、背景の人に親しまれるキャラ」。当時は漫画・絵本作家の故馬場のぼるが描いた初代ぐんまちゃんが、県マスコットとして存在、中嶋さんもお気に入りだった。「そのちびっ子版を書こう」。大会には知的障害のある子どもが全国から参加する。一生懸命になる尊さ、皆で仲良くする楽しさ、そんな大会の本質を込めたかった。[ポニー]をモチーフに、トレードマークの帽子は、「友情」を意味する緑に塗った。
採用されたポニーは「ゆうまちゃん」と名付けられ、人気から大会後も県のマスコットとして活躍。観光パンフレット、工事現場の看板……。ご当地キャラブーム到来前から、ひっそりと県民の間で親しまれて来た。
ゆうまちゃんは08年に東京・銀座の県アンテナショップの「看板キャラ」として2代目ぐんまちゃんを襲名し、12年には県宣伝部長に就任。ゆるキャラGPでも上位進出し、低迷する群馬ブランドの救世主になった。
中嶋さんは昨今のご当地キャラブームには「全く興味がない」という。それでも一瞬の経済、宣伝効果だけに着目され、刹那的な生き方をするキャラが後を絶たないことは気にかかる。「誰もが自分の土地が好きなように、どのキャラも地元で大事にされてほしい」
毎晩遅くまで試行錯誤を重ねてデザインされたぐんまちゃん。「妖怪みたいにひっそりと、なんとなくそばにいる存在でいてね」。そんな「親心」を胸に、ぐんまちゃんはこれからも、ゆるりと上州を駆けまわる。【尾崎修二】

中嶋さんがこだわったのは目と口の配置や形。「見た人の気持ち次第で楽しそうにも悲しそうにも見える表情」にしたという=前橋市の群馬県庁で、尾崎修二撮影
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ほんとのこと言えば、「ひっそりと親しんできた」のは群馬県民ではなく中嶋史子の方である。
いかなる事情があったろうか、母子20年ぶりの名乗りです。制作当時は27歳 or lessだったんやね。広報課、文化振興課を経て現在は統計課主任。現在も「仕事とは別にボランティアで」イラストを描き続けている由(従って副業禁止にはひっかからないということでしょう)。今や中嶋の名はぐんまちゃんの作者として堂々とWikipediaにも載っている。

これはこれでそれなりに「いい話」だと思うし、作者の考えにはsympathyを覚えるところもあります。
ついでに言えば、ぐんまちゃんは極めて全うかつ真面目なご当地キャラだとは思う。ご当地イメージの統一的管理という意味だと、東の横綱ぐんまちゃん、西の横綱すだちくん、ではないかしら。

而してその後、中嶋は。

(続く)

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