« もはや盡きせぬ無明の闇キャラ(その5:なっちゃん) | トップページ | 西條八十 ぼくの帽子 vs 角川春樹 信長の首《二》 »

2015年8月20日 (木)

西條八十 ぼくの帽子 vs 角川春樹 信長の首《一》

(承前)

前回、「霧」がらみのことを書いていてこの詩をふと思い出した。

-----
ぼくの帽子
 西條八十

――母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね?
  ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
  谿底へ落したあの麦稈帽子ですよ。

――母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
  僕はあの時、ずゐぶんくやしかつた、
  だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。

――母さん、あのとき、向から若い薬賣が來ましたつけね。
  紺の脚絆に手甲をした。――
  そして拾はうとして、ずゐぶん骨折つてくれましたつけね。
  けれど、たうとう駄目だつた。
  なにしろ深い谿で、それに草が
  背たけぐらゐ伸びてゐたんですもの。

――母さん、ほんとにあの帽子、どうなつたでせう?
  あのとき傍に咲いてゐた、車百合の花は
  もうとうに、枯れちやつたでせうね。そして
  秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
  あの帽子の下で、毎晩きりぎりすが啼いたかも
  知れませんよ。

――母さん、そして、きつと今頃は、――今夜あたりは、
  あの谿間に、靜かに雪が降りつもつてゐるでせう、
  昔、つやつやひかつた、あの以太利麥の帽子と、
  その裏に僕が書いた
  Y・Sといふ頭文字を
  埋めるやうに、静かに、寂しく。――
-----

今読んでみても、冒頭から引き込まれます。「夏、碓氷から霧積へ」という言葉遣いも、字面、響きともに極めて印象的ですし。

「碓氷」とは、長野県北佐久郡軽井沢町と群馬県安中市の松井田町(*)との県境にある碓氷峠(標高約960m)のこと。いわゆる中央分水嶺に含まれ、この峠より長野側に降った雨は信濃川水系、群馬側に降った雨は利根川水系となる。
一方「霧積」は、松井田町にある霧積温泉。江戸末期に発見されて明治半ばから整備が進み、当時は避暑地として賑わっていたようですが、山津波により温泉地は壊滅。霧積川上流に2軒残った旅館も、2012年にきりづみ館が廃業、現在は金湯館(きんとうかん)ただ1軒のみ。「温泉地」から再び「秘湯」になりつつある現情。

(*)旧 碓氷郡松井田町。2006年3月18日に(大モメにモメた末)安中市と新設合併している。さらに遡ると、1954年5月3日に碓氷郡の(旧旧)松井田町・臼井町・坂本町・西横野村・九十九村・細野村が新設合併して(旧)松井田町となっているので、この詩が書かれた当時に碓氷峠や霧積温泉がどの町村に属していたのか調べてみたけど、よくわからなかった。おそらく臼井町(碓氷峠は旧くは「臼井峠」とも書いた)あるいは坂本町だと思いますが。

この詩、1960年代までに生まれた人にとっては、ある意味すごーく懐かしい作品ですよね、ツルを含めて^_^;。現在オジさんオバさん以上になった世代の心の奥底に消し難く刷り込まれているのは、1977年に公開された角川映画第2弾、「人間の証明」のせいです。森村誠一の同名原作でもこの詩は重要な役割を持って登場するけど、映画化当時、毎日毎日超大量に流されたテレビCMで、冒頭のフレーズはそれこそ日に何度も何度も目に耳にしていたからね。

人間の証明

流れていた主題歌もこの詩を踏まえたものだった。

-----
人間の証明のテーマ
 作詞:西條八十
    角川春樹
    ジョー山中
 作曲:大野雄二
 歌: ジョー山中


Mama, do you remember the old straw hat you gave to me
I lost the hat long ago
flew to the foggy canyon
Mama, I wonder what happened to that old straw hat
Falling down the mountain side, out of my reach like your heart

Suddenly the wind came up
Stealing my hat from me
Swirling whirling gusts of wind
Blowing it higher away

Mama, that old straw hat was the only one I really loved
But we lost it, no one could bring it back like the life you gave me

Suddenly the wind came up
Stealing my hat from me
Swirling whirling gusts of wind
Blowing it higher away

Mama, that old straw hat was the only one I really loved
But we lost it, no one could bring it back
like the life you gave me
like the life you gave me
-----

和文から個別性の要素を引き算した結果、象徴性が前面に出てきた気がします(適当なこと言ってら)。

しかしツッコミどころも多いねえ。どこからいきましょうか。

角川書店の当時の社長、あるいは同社の娯楽大衆化路線の一大立役者、角川春樹(1942.01.08〜)には俳人としての顔もあり、同人誌「河」を主宰してたりもする。俳句にのめり込んでいったのは1980年代以降のようだけど、このころから自分の映画につける歌にも口を出してたというわけね。

黒き蝶ゴッホの耳を殺ぎに来る
 「カエサルの地」(1981年)より

向日葵や信長の首切り落とす
 「信長の首」(1982年)より

えげつないほどギラギラしてますなあ。「殺ぎ」は「そぎ」です。

第二句集「信長の首」では、1982年芸術選奨文部大臣賞と第6回俳人協会新人賞芸術選奨新人賞を手にした。
この句、ツルはなぜか;

向日葵に信長の首斬られけり

と長いこと覚え込んでいて、やっと記憶違いを認識した次第っす(*''*)。

俳人として見ると、角川は割と多作というか精力的に活動してきたと思うけど、1990年に第八句集「花咲爺」で第24回蛇笏賞を取った時には身贔屓とだいぶ叩かれた。蛇笏賞(と短歌の迢空賞)が、角川文化振興財団により選ばれるものだからです。親玉の親方に出したんじゃねえ。どこかよそに任せとけばよかったのに。

ツルは、上記の二句に対抗し得る作品というと次のものしか知らない。

黒き凧見つけて天に歩み寄る

虹二重双生児のわれら誰から死ぬ

この二句の作者については愚blogの2012.02.11の記事をご覧下さいませね。(だからほれ、こういうのを身贔屓というのよ

(続く)

« もはや盡きせぬ無明の闇キャラ(その5:なっちゃん) | トップページ | 西條八十 ぼくの帽子 vs 角川春樹 信長の首《二》 »

文化Field:詩歌/音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 西條八十 ぼくの帽子 vs 角川春樹 信長の首《一》:

« もはや盡きせぬ無明の闇キャラ(その5:なっちゃん) | トップページ | 西條八十 ぼくの帽子 vs 角川春樹 信長の首《二》 »

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想