« 【対決編】丸ブー🌀艶競べ♥ [12](嘉麻市章・洞爺湖町章) | トップページ | 【対決編】丸ブー🌀艶競べ♥ [14a](みなべ町章・十日町市章・種子島開発総合センター) »

2016年1月25日 (月)

【対決編】丸ブー🌀艶競べ♥ [13](阿賀町章・小城市章・志布志市章・能登町章)

(承前)

 

昨年末、番外編のSubseries【アは阿呆のア,A is for Absurd】で、取り上げそびれていたものが一つありました。このご当地で採用された作品。

 

新潟県東蒲原郡阿賀町
町章
加藤雅丈(49歳:東京都)
〔2004年12月〕
阿賀町章

 

愚blogの貴重なネタ元の一つ、総務省の「合併デジタルアーカイブ」サイトに残る情報によれば;

 

-----
阿賀野川と緑に囲まれた豊かな自然。包み込む緑の腕が明るいまちや輝く文化を支え、築いている様子を表現。
-----

 

してるんだそうな。

 

因みにこのサイト、法定合併協議会なんかの情報がどっさり載ってて大変重宝してるんですが、昨年10月下旬、何の前触れもなくいきなり閉じられてしまって焦りました(1ヵ月ほどで再開したけど)。
思えば自治体章公募というのも深入りするとご当地キャラ公募以上に大変なことになるのはうすうすわかっているので(それだけ「類似」が蔓延しているということです)、ここは公募の神様がもうこれぐらいにしておけとツルにおっしゃったのかもしれません(歳のせいか弱気)。

 

ツルは初め、この作者は工藤和久に違いないと思ったんですね。だってこうだもん、上下ひっくり返した風情で。

 

佐賀県小城市(おぎし)
市章
工藤和久(青森県弘前市)
〔2006年3月〕
小城市章

 

こういうのもあったでしょ。

 

【2014.01.21「総合芸術家の作り方:Formula 1」】
全国防衛協会連合会
ロゴマーク
工藤和久
〔2009年3月〕
全国防衛協会連合会

 

三重県伊賀市
伊賀市立上野南中学校
校章
工藤和久
〔2011年8月〕
上野南中学校

 

大分県日田市
水資源機構 大山ダム建設所
大山ダム水源地域ビジョン ロゴマーク
工藤和久
〔2013年1月〕
大山ダム1

 

けれどそうすんなりいくと思ったら甘い。作者の決めつけはご法度ってのが公募界の怖いところでね。

 

鹿児島県志布志市
市章
河内善彦(東京都:グラフィックデザイナー:株式会社ヒットスタジオ)
〔2005年9月〕
志布志市章

 

-----
[s]を図案化し、未来に向かって行く活気のある住民を感嘆符に見立て、右には豊かな自然の恵みにあふれた大地を、左には志布志湾を表し、誰もが住みよい、住み続けたいやすらぎとにぎわいの町を意味しています。
-----

 

感嘆符!これが!!むしろ疑問符じゃないの??(左右反転させればね。)

 

志布志市章 鏡像

 

ツルの世代としては「夜のヒットスタジオ」の関係者かと思ったけど(笑)、そうではないようです。

 

かと思えばこんなのも見ました(すいません、またひっくり返します)。

 

【2013.10.18「I am the Alpha and the Omega ― 1」】
鹿児島県奄美市
市章
佐藤 聡
〔2005年11月〕
奄美市章

 

バリエーションはまだまだ広がる。

 

石川県鳳珠郡能登町(ほうすぐん のとちょう)
町章
〔2004年10月頃?〕
能登町章(最終版)

 

ご当地は2005年3月に鳳至郡能都町(ふげしぐん のとまち)・同 柳田村・珠洲郡(すずぐん)内浦町が新設合併したところで、この時「郡」もまとめられて鳳珠郡と名づけられている(あおりを食らってお隣の穴水町まで鳳至郡→鳳珠郡にされちゃった)。能登の都となるべしという望みも断たれてしまったわけです。能都はいらんかいね。

 

小ネタはさておき、現在能登町サイトには次のように紹介されている。

 

-----
アルファベットでNOTO町の頭文字である[N]の形から、人と人とが手を取り合って見えるように表し、旧3町村が活気あふれる町となるよう願いを込めたデザイン。
配色は、左側が[緑色]で豊かな野山に茂った木を表し安らぎを与える。右側は[水色]で海や川を表す。中央は[橙色]で太陽を表し、人々に活力を与えてくれる配色。
町章は旧3町村の小・中学生を対象に募集が行われました。
-----

 

小学校10校から478点、中学校6校から496点、合計974点の応募があったそうで、まずまずの手応えと言えるんじゃないかな。

 

ところがこれ、最終選考時まではこんな配色だったんです。左側が応募原案、右側が調整図案。

 

能登町章(応募案)

 

最終選考に残った5点には全てこのような「調整」がかけられているから、米原市章のような不公平はさすがに存在しなかったわけだ(cf. 2015.12.01「丸ブー艶競べ [10]」)。しかし、そこからまたこれだけ変遷があるっていうのはやはり問題なしとはしないでしょう。

 

某blog(のとツーリズム)には、作者コメントの原文が引用されている。

 

-----
(2004.10.02)

 

イメージしたのは“自然とふれあう人”です。左側にある[緑]は自然を表し、右側の[黄色]は人を表しています。そして全体は能登町の[N]を、安心感を示す緑と元気で明るい黄色で示しました。新しい町が自然とともに生き生きとしていけるように願ってつくりました。
-----

 

全然違うしww。

 

「黄色」は白地の上では飛んでしまいやすい色だから、それを避けたかった実務上の要請は一応わかる。でも小中学生限定という道を選んだ時点で、そうしたリスクは呑み込んでおかなければならなかったんじゃないのかね。その覚悟なかりせば、初めから限定公募などにすべきではなかった。「赤丸よかんべ」などと言い出したのは一体誰だったのか、それはもう永遠にわからないけれど。
次代を担う者たちに広く募ったという本公募の一番のAdvantageも、安易な補整を行ったがために消し飛んでしまったと思うわけです。

 

・・・もっともツルは、↑みたいな文章を小学生だか中学生だかが書いたということの方が微妙に不気味ですがね。

 

(続く)

« 【対決編】丸ブー🌀艶競べ♥ [12](嘉麻市章・洞爺湖町章) | トップページ | 【対決編】丸ブー🌀艶競べ♥ [14a](みなべ町章・十日町市章・種子島開発総合センター) »

Visual界:キャラクター/シンボル/ロゴ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 【対決編】丸ブー🌀艶競べ♥ [12](嘉麻市章・洞爺湖町章) | トップページ | 【対決編】丸ブー🌀艶競べ♥ [14a](みなべ町章・十日町市章・種子島開発総合センター) »

2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

最近のトラックバック

無料ブログはココログ
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想