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2016年1月 5日 (火)

【番外編】Glorious Days, Afterglow: 2(加子母村章・足和田村章)

(承前)

"Afterglow" の部分ばかり書くのも片手落ちなので、"Glorious Days" についてもひとくさり。

岐阜県恵那郡加子母村(かしもむら)
村章
井口靖久(26歳:東京都:グラフィックデザイナー)
加子母村章

1971年12月25日発行、「広報かしも」第39号より。イニシャル[か]と[し]を[山林]のイメージで意匠化、ですか。「コンパスと定規を使用するだけで、比較的画き易い」というくだりがさすがに昭和を感じさせますが、この頃はまだ「生き生き共生」だの「あらゆる情報交流発信」だののSuper Clicheも編み出してなかったようでありますな(^o^;)。

加子母村は、2005年2月、平成の大合併で同じ恵那郡の坂下町・付知町(つけちちょう)・福岡町・川上村(かわうえむら)・蛭川村・山口村とともに中津川市に編入され消滅した自治体。それがこういう古い情報までネット上ですぐに見つかるというのには驚くばかりです。ほんとすごい時代だなあと思っちゃう。
因みにこの号では、現職の曽我継松村長(69歳)が12月6日に心筋梗塞で急逝という椿事を巻頭ページ全面で取り上げている。そのせいか、村章決定の記事は最終ページに押しやられてしまってます。

作者は26歳にして「最高賞を実に五十余回獲得」というのだからまさに「輝しい経歴の持ち主」。どんな俊英だったであろうと遠い昔が偲ばれます。

ここでちょっと道草を食って、ひょっとしてと思って調べてみたら、村の木はやはりヒノキだった。ご当地には伊勢神宮の20年ごとの式年遷宮に用いるための「神宮備林」もあるし(*)、姫路城の昭和大修理で使われた心柱もご当地の木だそうな。

(*) 正確には、長野県木曽郡上松町(あげまつまち)・王滝村・大桑村と岐阜県中津川市加子母・付知町にまたがる。また、現在は正式には「神宮備林」の名称は用いられない。

姫路城の昭和大修理は第一次六ヵ年計画(昭和25〜30年度)と第二次八ヵ年計画(昭和31〜39年度)から成っていた。大天守の修理が行われたのは後者。

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(Wikipedia 抜粋)

天守を解体した時、これを支えていた東西の「心柱」のうち、西の心柱が芯から腐って再利用不能であると判断され、ただちにこれに替わる巨木探しが始まった。
兵庫県神崎郡市川町の笠形神社境内の檜が検討されたが、上部に曲がりがあり、根元に腐っている疑いがあって保留された。1959年(昭和34年)になってようやく岐阜県恵那郡付知町(現 中津川市)の山中に最適な檜が発見されたが、これは切り出す途中に折れてしまい、その近くで発見されたもう1本は森林鉄道を用いて運搬する途中でそのあまりの長さゆえに折れてしまった。窮余の策として、折れた2本目の根本側と笠形神社の檜とを継ぎ合わせて使用されることとなった。
実は修理以前の西心柱は元々二本継ぎで作られており、修理開始の段階ではその理由が判明しておらず、そのため分割なしの1本の柱を立てることが計画されたのであるが、交換部材が前述のアクシデントで2本継ぎとされることが決まり、実際に組み立て作業が行われる段階になって、これは構造上中央部で2分割しないと立ち上げ時に先に立てられた東心柱に干渉し、狭い作業空間内で正しく組み上げられないことが判明した。
これらの檜は姫路市民総出で大手前通りを祝い引きされ、姫路城内へと運び込まれた。
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なんか、様々な時代の先人達の苦労にじぃん(T^T)ときますね(村章のことじゃないけど)。

Wikipediaにはこんな記事も載っている。

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基礎部分は工事前の調査で南東に44cm地盤沈下していると判明し、礎石のままでは天守の重量を支えきれないため礎石を撤去し、新たに十弁式定盤基礎という鉄筋コンクリート製の強固な基礎構造物が姫山の岩盤上に直接構築された。
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これが、現在の姫路城が「鉄筋コンクリート造り」と陰口を叩かれる所以でしょうが、そこにもまあ様々な困苦のあったことならむ。

加子母村の記事の中に出てくる先行事例、足和田村の村章とはこれ。2003年11月に河口湖町・勝山村と新設合併を行って富士河口湖町になったところです。

山梨県南都留郡足和田村
村章
井口靖久
足和田村章

こっちは当然[富士山]なんでしょう(^_-)。ひょっとしたら英文イニシャル「A」も意識にあったかもしれないな、と思ったら;

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[ア]の文字を図案化し、雄飛発展の意志と力と調和をシンボライズし、村の産業・文化の輝かしい発展、融和・向上を象徴した。
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と説明されてました。残念、アルファベット入り自治体章の先駆けかと思うたに。

いずれも今から半世紀近く前だし、丸ブーなんか影も形もない時代の話だと思うでしょ?でも、足和田村章制定と同じ1971年、アメリカではこれが商標登録されていたのだよ(cf. 2015.08.24「Swoosh!!(あるいは流線形の未来)」)。

Swoosh

やっぱアメリカってすげーー!!(爆)

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