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2016年1月10日 (日)

【番外編】悪夢、あるいは回帰熱(プライベート・ビエラ):後編(レルヒさん)

(承前)

プライベート・ビエラの出演キャラクター、知名度と背の高さから言えばこのあたりですか?

新潟県
にいがたスキー100年委員会
日本スキー発祥100周年記念キャラクター
 ↓
新潟県観光キャンペーン キャラクター
レルヒさん
レルヒさん

知ってるぅ。のっぽなやつね。

2009年、公募ではなくコンペで選ばれたもの。採用された株式会社タカヨシのサイトに、これまた「誕生ストーリー」が乗っていて、やたら面白い。

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レルヒさん、それは新潟県の観光キャンペーン「日本スキー発祥100周年」のメインキャラクター。愛知万博のモリゾーとキッコロ、彦根のひこにゃん、そして新潟ではトッキッキ等が活躍する“ゆるキャラ”ブームにうまく便乗したタカヨシの提案が、大手広告代理店など並み居る競合を打ち破ってコンペで採用された、新潟県お墨付きの(?)キャラクターである。
レルヒさんは、1911年に新潟県高田町(現 上越市)でスキー指導を行ったオーストリアの軍人「テオドール・フォン・レルヒ少佐」に由来している。“レルヒ少佐”だから“レルヒさん”という非常に安易なネーミングはここから。彼の指導が日本で初の組織的スキー指導であったことから、2011年は日本スキー発祥100周年なのである。丁寧に「さん付け」にして何か悪いことがあろうか。
もともとこのコンペ、「キャラクター」ではなく「ロゴマーク&スローガン」を決めるためのものだった。華やかなりしスキーリゾートも今は昔、バブル後の景気低迷とレジャーの多様化により利用客減少の一途をたどる新潟のスキー場。ふたたびウインタースポーツに光を! じいちゃんと父ちゃんに昔取った杵柄を! そしてかわいい孫には雪遊びをさせよ! という崇高な理念のもと企画された「日本スキー発祥100周年」には、いったいどのようなロゴが相応しいのか……そこで天啓が閃く。「じゃあ、流行りの“ゆるキャラ”でいこうかな。」

だいたいにおいて自治体のロゴマークやらスローガンは、「製作者以外の誰にも思い入れが無い」ものと相場が決まっている。思い入れがないから、誰もそのロゴやらを旗印に頑張ろうとか思わない → 予算は使ったけど結果はビミョー → 期間も過ぎたし担当者も異動になったから忘れよう、ということになりがちなのである。だったらまずは「自治体の担当者(およびその周辺)」にとって「公務だと忘れるくらい面白い」モノを提供することが大事であり、その答えが「ゆるキャラ → レルヒさん」だったのである。
レルヒさんの造形を担当したのは、外部スタッフであるデザイナーのI氏。タカヨシから出した注文は「“気になる”“怪しい”ヤツに」というもの。単純に「カワイイ」だけではなく「ひっかかる」「記憶にのこる」キャラにしたいということ。ハッキリ言ってキモチワルイあの表情はたぶんそのオーダーから生まれた(たとえば“ド●ガバチョ”みたいな、という打ち合わせがあったかどうかは内緒)。

キャラクター制作のもう一つの狙い、それは「スキーを滑らせる」こと。ポスターなどの印刷物、またwebサイトを通じた情報伝達の有効性は誰もが認めるが、「そこで滑っているレルヒさん」のインパクトには絶対にかなわないのだ。そのため、ゲレンデでのスキー滑走を視野に入れた着ぐるみの制作は、最初から規定路線として進められた。そして完成したのは身長250cmの「うすらでかくて不気味な」着ぐるみ。その姿を見て“子どもが泣いて逃げるのでは”“急斜面で大惨事”等の危惧は、タカヨシのスタッフも県の担当者もとりあえず忘れることにした。

さて、当初の「担当者に面白がられたい」という狙いはまんまと当たった。県担当者の土日をつぶしてのPR活動の結果、イベント、ブログ、加藤清史郎くんや泉田知事との競演等、現実とバーチャル双方でレルヒさんはひっぱりだこ。2月など休みなしであった。この結果露見したのが、キャラクター制作の効果である「メディア話題性」。テレビ、ラジオ、新聞等のマスコミや、同業でライバルでもある広告代理店、そしてもちろん一般の人々がこの“レルヒさん”を、記事やブログという形で話題にし始めたのだ。「思うツボ」である。

〔後略〕
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ええと、「天啓」とは「閃く」ものではなく「得る」「受ける」「授かる」「打たれる」「下される」「舞い降りる」ものではないか、「規定路線」ではなく「既定路線」だろ、とかいう高尚なツッコミはさらりと流しましてと。

そうか!!どこかで見たような懐かしさは、「ひょっこりひょうたん島」のキャラとの相似から来ていたのね。

もともとはロゴマークとスローガンを決めるものだった、という件りは「くまモン」誕生の経緯とよく似ている(cf. 2014.08.01「静岡の恥辱、山梨の呪縛。」)。
あるいは、映画 "Blade Runner"(1982)で、監督のSir Ridley Scott(1937.11.30〜)に起用されたカーデザイナー Syd Mead(1933.07.18〜)が、デザイン画を車両のみならず背景まで細密に描き込んできたことから、小道具やセット、さらには街の混沌と猥雑まであらゆるデザインを任され、つまりはこのカルト映画の世界観そのものを造り上げてしまったことをも想起させます(大げさ?)。

ゆるいどころか、ゴリゴリに筋肉質な肉付けを持ったキャラクターだったんです。やっぱり非公募キャラの方がなんぼか面白いな。

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