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2016年4月11日 (月)

【VSOP編】東京五輪エンブレム再公募について(その3)

(承前)

ネット上では早くも下馬評コーナーとか私設投票箱とかができ始めていて、どうやらDの[朝顔]が優勢らしいっすね。やれやれ。
むしろさあ、アンタら、「不人気投票」したら?佐野作品も入れてさ。そっちの方をやりたいでしょ?(そんなとこ焚き付けんなよ)

ツルは、当初の最終候補(変な言い方だけど)のうち唯一残ったのがどれだったか知りたいけど、そこは軽ぅく流しといてと。1回目の公募で次点となったデザイナーが、事後に自作をサイト公開している。

2020年 東京オリンピック・パラリンピック
(入選)エンブレム
原 研哉(武蔵野美術大学 造形学部基礎デザイン学科主任教授)
東京五輪エンブレム(原 研哉案)

なんですか?この球体。ボウリングが五輪種目になったかと思うじゃねえかよ(笑)。もし1回目にこれが採用されていたら、ぱんぴーからは佐野案に劣らず叩かれたろうと思いますね。

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五輪案は「躍動する地球」「心臓の鼓動」「頂点」をシンボライズしました。二つの[星]は、惑星的な規模の地平線にうかぶ他の天体、太陽と月を暗示すると同時に、超越する個のせめぎ合いを表現しています。[赤]は躍動と情熱の色であり日本の伝統色です。パラリンピック案は、はじける「歓喜」「共振」「祝祭性」を表現しています。空を翔けめぐり歓喜を伝える「飛天」のイメージです。二つのエンブレムは、[赤]1色で、影のない三次元の球体として設計しており、かたちにおける独創性の根拠の一角をなします。いずれも手で探し当てた独自の造形です。
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わかりやすそうでわけのわからない文章だねえ、特に前半。「太陽と月を暗示」ってタロットかフリーメイソンかww。

原は1回目の公募の審査のあり方に対する疑問を公にしている。

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2020東京五輪のエンブレムに関する設計競技が、応募104案のうち1点しか公開されないまま、白紙撤回されました。プロフェッショナルたちによって競われた最初の競技がいかなるものであったかを公表することは、グラフィックデザインが広く理解されるためにも、五輪エンブレムの今後を考えていくにも、貴重な資料の提供になるはずです。そこで、次点と公表されたのち、一部が出所不明の漏洩にも見舞われた自作案を、著作権が手元に戻ってきた現時点で、可能な限り忠実に公開します。
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そうでした。これを公開したのも、週刊新潮(2015年10月8日号)に図像が掲載されて、ネット上けちょんけちょんに酷評されたからだった(画質悪いしモノクロだし、仕方ない点はあったにせよ)。読んでませんがね、当該記事。

東京五輪エンブレム案(週刊新潮)

この画像の信憑性については責任が持てません。3位の葛西 薫のデザインというのがあまりにハジケてるもんでねー。前回「宮田は子どもの落書き風のを入れてくるのではないかと密かに予想していた」と書いたけど、既にそれは実行されていたのかしら?
「選外」の「平野氏」とは誰なんだろ。まさか1回目の公募で審査委員を務めた平野敬子ではあるまいな(大伏線)。

原はこのような一文も書いている。

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(2015.10.05 毎日新聞 寄稿 抜粋)

コンペ、明快な基準を ─ 五輪エンブレム、不可欠な専門性

2020年東京五輪エンブレムのコンペティション(設計競技)に参加した立場から意見を述べたい。1位の当選者に発生した創作姿勢への疑念や、組織委の判断による当選後の不透明な修正が指摘されてきた。参加デザイナーとして実に耐えがたい思いであった。さらに今度は特定のデザイナーへの参加要請が不当な行為であったかのように報じられ始めた。審査の本質を見誤らないために、ぜひ冷静な議論と判断を期待したい。
参加者の立場で言うと今回の「公募」は開かれていたと感じている。1964年の東京五輪に始まり、札幌五輪、愛知万博などは全て、数名の指名コンペだった。それに対して今回は、応募資格を満たす104名ものデザイナーで競われた。閉じているどころか前代未聞の開かれたコンペだったのである。
門戸を開放すれば質が高まるわけではない。逆に薄まることが懸念される。フィギュアスケートでも、グランプリファイナルに出場するには実績が必要だし、五輪に出るにも標準記録を超えなくてはならない。審査と競技の精度を高めるためである。精度の期待できないコンペには実績あるデザイナーは参加しない可能性がある。自分に送られてきた参加要請はその点を配慮する文面であった。そこには公募内容は一切書かれてなかった。従って応募要件は公開後の情報から得た。開かれた設計競技を提唱してきた自分は、公募の公開と同時に応募手続きをとった。
応募作の全容にはとても興味がある。商標登録前の応募案は光にかざせないフィルムのようなもので当選案以外は公開されていないが、時宜を得て公開されればその水準が明らかになるだろう。建築設計が構造設計や基本機能、環境への配慮などに多大な思考が織り込まれているように、エンブレムも単なるかたちではない。開・閉会式で敬虔な気持ちを引き出せる求心力、メディアを通じての拡散力、空港や市街空間への展開性や拡張性など、多岐にわたる計画が示されたはずだ。静止画に加え動画への展開も重要である。高密度に練り上げられた応募案は当然、重層的な内容で、案を描いた紙一枚とは程遠い。
審査基準に求められるのは確かな独自性、多用途に展開されてもすり減らない造形力、静止画でも動画でも世界の人々の心を一つにできる求心力、そして何より、世界一を競う競技者たちの卓越性や感動に打ち震える心に呼応できる厳しさと美しさである。万人に愛されると言っても五輪の場合、親しみやすさだけではないはずだ。
基準が明快なら結果は自然に絞られる。テニスの四大トーナメントの最後に残る顔ぶれは似ている。コネや人脈、選手と審判の癒着ではなく、厳正なルールのなせる技で、実力ある選手が必然的に残る。
デザインは人々の心や気持ちを繋ぐものであり、胸中にかざして誇れるものでなくてはならない。特殊な世界に閉じてはいけない。だからこそ、真に力のある案を選ぶ必要がある。審査に専門家の目が欠かせない理由はここにある。

〔後略〕
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こっちは一応、説得力ある文章です、端々に我田引水がほの見える節はあるけど(原は1回目の公募で動画も不可欠として参考提出したほか、1998年長野五輪の開会式・閉会式のパンフレットをデザインしている)。ご当地公募の場合にも当てはまる命題かと。

しかしなあ。今回も、作者名が公表されたらまたイロイロいちゃもんがつくんだろうなあ。

(続く)

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