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2016年5月 3日 (火)

【VSOP編】野老案に目がテン!(東京五輪エンブレム再公募結果)第1回

(承前)

cf.
2013.10.20〜22「Olympics & Expos その1〜4」
2015.09.11「Olympics & Expos その4のその後」
2015.09.18〜20「わたしはそうは思わない:1〜3」
2015.09.21〜23「デザイン制作の自由 ♪ハハハン:1〜3」
2015.09.24〜26「Problems in Emblems:1〜3」
2016.04.09〜13「東京五輪エンブレム再公募について(その1〜5)」

ぱんぱかぱーん

≪平野敬子さま、おめでとうございます!!≫

えー、4月25日のエンブレム決定の後、いつまで経っても貴blogに新しい記事が載らないので、勝手に御祝詞を述べさせていただきました。

blogにあった;

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先頭に配置された1案だけが際立つ見え方は不適切であり、「A案」ありきのプレゼンテーションだと受け取りました。
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との記載を読んで、ツルもあれこれと批判的なことを書いたわけですが、とにかく平野女史の言うとおり、A案が選ばれたわけ。

2020年 東京オリンピック・パラリンピック
エンブレム
「組市松紋」(A案:13票)
野老朝雄(ところ あさお)(1969年生:46歳:東京都:アーティスト)

21票中13票を獲得したのだから圧勝です(でもないか)。うーん、やはり、世界のスポーツの祭典を象徴しているようには見えないなァ、な印象なんだけどそこは置いといて。

え!!あのおっさん40代半ばなの!?むしろそっちにびっくりやわ。

いきなり脱線ですが、「野老」を「ところ」と読むのは、これが古語でヤマノイモの類を表したことに起因する。埼玉県所沢市の語源もこの「野老」ではなかったっけ。
ナス科の毒草ハシリドコロ/Scopolia japonicaも、これを口にすると錯乱してそこら中を走り回るというところから付けられた名前。毒則ち薬、漢方でいう「ロート根」です。これに含まれるスコポラミン(旧別名ヒヨスチン)は副交感神経系に抑制的に作用し、虹彩の弛緩による「散瞳」を起こさせる薬として知られてますね。眼底検査とかに使うやつ。アトロピンとも近縁な物質。
同様に、ヒガンバナ科のベラドンナ・リリー(ホンアマリリス/アマリリス・ベラドンナ)の名も、汁を目に点すと瞳がぱっちり開いて美人に見えるとされたところから来ている(なんと危険なマネを)。

話を戻すと、エンブレム委員会の委員長宮田亮平は「A案は繰り上げによるものではない」と宣ったとか。ただし;

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(2016.04.08 朝日新聞 抜粋)

商標調査を、最終候補上位4作品のうちの3作品、次点4作品のうちの2作品がクリアできなかった。
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野老案がこの「上位4作品」と「次点4作品」のどちらに入っていたものなのかは明らかにされていない。

次点3作品の作者も同時に発表されてます。こうくるともはや、注目度も一気に下がった感じですがね(>_<)。

〔最終候補作品〕
「つなぐ輪、広がる和」(B案:1票)
久野 梢(1978年生:38歳:東京都:デザイナー)

「超える人」(C案:2票)
後藤崇亜貴(ペンネーム:1966年生:49歳:東京都:アートディレクター/デザイナー)

「晴れやかな顔、花咲く」(D案:5票)
藤井智恵(1967年生:49歳:東京都:デザイナー)

〔佳作〕
久米井大輔(北海道)
山野一行(東京都)
東海林小百合(東京都)

よかったー、知ってる名前が一つもなかったぁ(爆死)。しかしこの公募でもペンネーム応募が一人いるからなあ(再死)。
因みに佳作の3点こそ、「商標調査で問題点が指摘され、最終審査に残れなかった」もの。つまりこれらは当初の「上位4作品」のうちに入っていた優秀な作品ということなんでしょう(ただし、いや、だからデザインは非公表)。

添えられた野老のプロフィールを読むと、東京造形大学で建築を専攻した経歴の持ち主。代表作には建築系が多く並んでいる一方、「紋」にこだわりを持っている人のようです。
佐野研二郎=多摩美術大学、原 研哉=武蔵野美術大学と来てそろそろ東京藝術大学の出番かと思ったら(委員長の宮田は同大学長である)、造形大に持ってかれましたか。あっ、そうか、でも招致エンブレムの島峰 藍は女子美術大学卒だけど芸大の院生だったね。

そうだ。経歴と言えば、平野のそれが一切公表されていないのはすごく気になっている。例えばWikipediaの「平野敬子」の項では。

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1959年(昭和34年)- 兵庫県姫路市に生まれる
1985年(昭和60年)- 平野敬子事務所 設立
1997年(平成9年)- HIRANO STUDIO 設立
2005年(平成17年)- 工藤青石とともにコミュニケーションデザイン研究所 (CDL) 設立
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一方、Wikipediaの「兵庫県立姫路西高等学校」の項では、「著名な出身者」の中に;

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高田賢三(ファッションデザイナー)
永井一正(グラフィックデザイナー)
平野敬子 (グラフィックデザイナー)
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なんてものが載っていたり(言うまでもなく永井は選考委員長である)、いやいやそうじゃない、西高に行ったのは双子の姉妹のあつ子で敬子は姫路市立姫路高等学校卒業だとしてあるサイトもあって、諸説紛紛です。

学歴を問うているわけではない。26歳まで何を学んだのか、実作系なのか評論系なのか(肩書の中には「ビジョナー」というものが入っている)、デザイン畑なのかファインアート系なのか、「平面の子」だったのかインスタレーション系だったのかメディア系だったのか、そんなところが知りたいんです。それを一切明かしていないというのはこの世界では異例なのではあるまいか?

周辺情報ばかりになっちゃったけど、今日はここまで。次回は野老案のデザインに真面目に向き合います。

(続く)

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