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2016年6月23日 (木)

【2016.05.24「問題の本質は何処に・・・」】へのコメントに対するリコメント

__さま

コメントいただきありがとうございます。

初めに申しあげておくと、当てずっぽうや思い込み、早合点で文章を書くことは、ツルの最も性に合わないことです。面白おかしく書いてはいますが、下調べには常に相当手間をかけるとともに、論旨についても、毎回毎回、繰り返し推敲する中で考えを深めた上でUPしています(この文章とて然りです)。十分な材料をもとに推論を重ね、それが合理的であると判断し得た範囲に限って書く、それがこのblogのスタンスであることはご理解下さい。

「都合よく解釈しすぎ」とおっしゃっておいでなのは、なかんずく次のことどもであろうと拝察します。

(1) 共通して「地図」ベースのデザインであるという(だけの)ことを、短絡的に「模倣」に結びつけようとしている

(2) 「教師と教え子」というラベリングを行って、審査から手を引くべきであったとまで唱えている


(1)については、そもそも「地図」を御題にした公募だったわけではありません。そこでなぜ、直近の前例の存在するこのモチーフとしたのか、まずそこに単純な疑問を感じました。

よしんば、そのような指示が出ていたとして、ツルだったらこう思考します。「地図をモチーフにするのなら、アレと似通ってしまう。ならば、そうでないデザインを作り出してみせよう。」そこに精一杯チャレンジして叶わなかったら、応募を断念するだけのことです。
それは「適切かどうか」とか、「地図のモチーフが好まれているみたいだから、アレと似た感じで攻めれば採用の確率が高くなるだろう」という(戦略的?)発想とかの問題ではなくて、作り手の意識や欲求、あるいはプライド?の問題として。

(2)に関しては、制定側の通常的でない関与、あるいはもっと直接的に、制定側内部者の応募が(合理的に)疑われる事例も結構あることに、前から気づいていました。

例えば、2005年の新潟県燕市の市章公募で、新潟デザイン専門学校グラフィックデザイン科専任講師 小泉修一郎(敬称略;以下同)をオブザーバーに迎えたところ、入賞5点のうち3点までが同校学生の作品であったケース(近いうち取り上げるつもりです)。

あるいは、同じく2005年の岩手県洋野町の町章公募で、最終決定した合併協議会の委員だった種市町漁協協議会副会長 三浦秀男の作品が採用されたケース(cf. 2015.08.12〜16「丸ブー艶競べ [9] 」)。

燕市も洋野町も、某公募系BBSで散々叩かれ、手厳しい批判を受けています。

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620:2005/09/27 22:13
てゆーか普通なんだかしら関係(学校がらみ)がある人物の作品を
候補に入れないっつーの!
じゃなかったら先生は引っ込むかしないと変な誤解が生まれるのは当たり前だよ
先生と生徒の関係ってのがあまりにも強すぎるよ。公平性は完全に欠けている選考だよ
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479:2005/10/15 23:43
非道い話だなこれは…談合ってやつか?
いくら三浦氏の作品が優れていてもだよ
身内から選ぶのは避けるだろ普通
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燕市など、決定権を持たないオブザーバーの立場にしてこうです。

これらの批判や意見は、「公募ガイド」や「Lancers」等の公募情報サイトにはまず出てこないでしょうが、ツルにとっては十分納得のできるものでした。
従って、そのような場合に対しては、どういう事情が想定されるのであれ(e.g. 事務局の人間がたまたま絵心があって、自分も是非応募してみたくなったとか、どうにも集まりが悪くて公募として成立しそうにないと懸念されたとかであったとしても!)、本blogはその都度異を唱えてきました(所詮は後追いの指摘ですが)。

例えば、2010〜2011年の沖縄市エイサーキャラ公募で優良賞に入った花城康貴が、実はこの企画を実施した沖縄市観光協会の職員で、かつ同企画の担当者でもあったケース(cf. 2014.08.30〜31「琉風テンペスト 序章〜起章」)。

2014年10月の山形県鶴岡市の社会福祉法人 めぐみ会記章の公募で、優秀賞の菅原 典が同法人の職員であったケース(cf. 2016.05.11【その161】)。

同じく2014年10月、宮崎県西諸県郡高原町のご当地ナンバープレート公募で、同町職員の六部一智久が優秀賞を獲得したケース(cf. 2015.11.11「ドルチェの後は苦い珈琲:1杯目」)。

あるいは、本記事中にも書いた、2013年の新潟県長岡市中之島地域「なかのん」の公募で、長岡造形大学視覚デザイン学科准教授 御法川哲郎がオブザーバーに就き、結果として、同じ学校、同じ学科の学生 関 玖瑠未が採用されたというケース(cf. 2016.04.27「「ご当地」をつくる人々:川下編 その2」)。

さらには、(これもいずれUPしますが)2006年、石川県輪島市門前町の總持寺周辺地区シンボルマーク・ロゴの公募に、審査員長の岡田邦男が複数の家族・親族の名義で応募させたと考えられるケース。

2015年11月決定の置賜の事例は、固有名詞等に係る個別要素を取り去って客観化、類型化すれば、2005年9月決定の燕、2013年12月決定の中之島とほとんど同じ姿になります。取り巻く状況等を含め、異なっているのは以下の3点程度かと思います。

(a) 採用されたか次点にとどまったか
(b) 2015年夏の東京五輪エンブレム公募問題の後であったか前であったか
(c) 本blogで記事を書いた時点が、よりリアルタイムに近かったか否か

特に気にかかるのは(b)の点です。
佐野研二郎に対する社会のヒステリックな批判の中には、デザインの模倣・剽窃に関するもののみならず、コネクションを不当に利用したという内容のものも相当ありました。
あの騒動を経た今となっては、「世間の目」が一層厳しくなっているのは間違いないでしょう。

Complianceという大太刀を大上段に振りかざすつもりはありませんが、上述の例は言ってみれば、利益相反の双方代理、あるいは自己取引をやったと合理的に疑われる状況を作り出してしまっているわけです。

内部者が応募することが、一概にいかなる場合でも全否定されるべきものとまでは言えないでしょうし、置賜で不適切な選考が行われたと断じる旨とはしないように特段の注意も払ったつもりです。
しかし、このような場合、「情実ではなかった」ということを外部に対して説明する責任は通常以上に重いとツルは考えます。置賜を含め、これらの公募はいずれもその責めを果たしていません。

一方、一般論として、「私は○○をやっていない」という不作為の証しを立てることは、その逆の場合に比べ、著しく困難なものと思います。
それができないのであれば、厳しい批判を黙って呑む、あるいは瓜田に履を納れずで初めからそのような状況を避けるしかない。繰り返しますが、それは不当不正の行為が真実あったかどうかではなく、外形的客観的にどう見られるか、身の証しが立てられるかの問題です。

また、同機構のサイトをつぶさに読んでも、内から湧き上がる思いは感じ取れるけれども、外から見られているという視点は欠落しているようです。だから公募の趣旨にもいささか空回りが見られる。
この辺りが運営側に十分理解されていなければ、「ほかの作品のよりこちらの方がレベルが高いから当然これだよね」といった単純な理由だけで選考することにもなりかねない。都合のよいように理屈を自分の側に引き寄せることに他なりません。「公募」と呼ばれるものを行うのである限り、それでは説得力を持たないと感じました。
これが、基本、上から目線で意地悪く書いているblogの考え方です。

結局、才能がなければダメで、しかも才能だけでもダメときている、厳しくて難しい世界だとは思いますが。

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コメント

たった4行のコメントに100倍返しかい。難しい理屈を滔々とさすが第二帝大の学士様。どうして学内コンペの門戸をちょっと一般に拡げた程度の公募に熱く論じられる。「ま、いいか」と適当に流さないわけ。俺も置賜のど真ん中に住んでいて、単純な発想は置いといて「これすげぇ」って思ったよ。宮城交通のバスの意匠にも似てるけど、地元ウケすればそれでいいじゃん。
あなたのブログ読んでいると「東京23区、博多、悔しかったら描いてみろ」と言いたくなるんです。論法なんてくそくらえなんですが、展開は確かに面白い。ただ、後味がどうしても「置賜(地方)をなめられた」って気がしてね。1000倍返しは要りませんよ。ガイダーの心は変えられても、私の心、置賜の心意気は不動だべ。下調べなんかいいから、さくらんぼにラ・フランス食べに来てけらっしゃい。同じ文章書けるかな。これからも楽しませてください。

おいたまの人さま

では、遠慮なく。

> 学内コンペの門戸をちょっと一般に拡げた程度の公募

ジモティのあなたがそれ言った瞬間にあなたの負けですよ・・・。

> 地元ウケすればそれでいいじゃん。

__さまから初めに頂戴したコメントをそのままお返し、いや転送しましょう。

「都合よく解釈しすぎでは?」

> どうしても「置賜(地方)をなめられた」って気がしてね。

置賜をなめているのはツルではありません。小泉修一郎氏です。
妙なやり方で事をなせば、他人から蔑まれるのも道理のこと。その道の専門家として、それをわかっていなかったはずはありません。

置賜をなめているのは、ジモティのご自身でもありませんか。
田舎か都会かの違いは、人口の多少だとか交通の便だとかではなく、良きにつけ悪しきにつけ、人の心の中にあるものと思います。「田舎」の良からぬところとは、よそ者からの批判を受け入れようとしない点、内輪で群れたがる点でしょう。
ツルも所詮はぽっと出の田舎者なんですが、「田舎」なるものを、距離を置いたところから客観的に見ているだけのことです。

> 「東京23区、博多、悔しかったら描いてみろ」

ツルがそこに手を染めちゃったら、その時はツルの負けですなww。

> 下調べなんかいいから、さくらんぼにラ・フランス食べに来てけらっしゃい。

同意できませんね。人様を(無論、あなたのことではありません)これだけあからさまに批判しているブログですから、3行書き込みというわけにはいきません。

ご当地の某市には仕事絡みで2、3年毎に行っています。小野川温泉の某宿がお気に入り。
ご当地でもいただいたことはありますが、洋梨と桜桃、元から好きじゃありません。洋梨は食感が、佐藤錦は甘味の奥に潜んでいるあの苦味が苦手で。悪しからず。

以上

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