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2016年11月19日 (土)

【番外編の番外編】あづまはや かみよもきかず あづまむら

(承前)

前々回書いたこの件。

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自治体名なら、群馬県には以前「東村(あずまむら/あづまむら)」が5つもあったのは実際不便だったろうなとは思う。
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そうなんです、俄かには信じられないけど。

群馬郡東村:1954年4月1日に前橋市に編入され廃止

利根郡東村:1956年9月30日に利根郡赤城根村と合併して利根村(2005年2月13日に沼田市に編入)となり廃止

佐波郡[さわぐん]東村:2005年1月1日に伊勢崎市との合併により廃止

勢多郡[せたぐん]東村:2006年3月27日に山田郡大間々町・新田郡笠懸町と合併してみどり市となり廃止

吾妻郡東村[あがつまぐん あづまむら]:2006年3月27日に吾妻郡吾妻町[あがつままち]と合併して東吾妻町[ひがしあがつままち]となり廃止

一番苦労の跡が見られるのは吾妻郡東村のケースだろう。対等の立場での新設合併だったから、「東吾妻町」も「あづまあがつままち」になりかねなかったわけで。

残念ながら全て自治体としては消滅してしまったけど、5つの「東村」は1889年(明治22年)の町村制施行の時から置かれていた由。

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(Wikipedia)

多数の東村が設立されたのは、ヤマトタケルが東征の帰路で「アズマハヤ(わが妻よ)」と亡き妻を偲んだ伝説に由来すると考えられている。
混同を避けるため、群馬県内では「勢多東」のように郡名を添えて区別していた。勢多郡東村(現 みどり市)の富弘美術館を訪れようとした観光客が、誤って吾妻郡東村に来てしまうということもあった。
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弟橘比売命/弟橘媛/おとたちばなひめのことですね。相模国で荒れた海を鎮めるため自分に代わって入水した妻を思って、この言葉をみたび口に出して嘆いたわけです。(元はと言えば、夫たる己れの不用意な発言が海神を怒らせたからなんだけど。)
「吾妻/あがつま」の由来も同様なんでしょう。もっと言えば、日本の東の方を一般に「あずま」と呼ぶのもこの神話が出どころとされます。

そうか、つまりは「吾妻郡東吾妻町」という名前も、「あづまはや」とみたび唱えることになるのか。いわば慟哭の言葉を。

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