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2016年12月 6日 (火)

【番外編】炭都になおも燃ゆる火の(大牟田市100周年・大蛇山Tシャツ)

(承前)

前回見たとおり、このところ各地で「合併10周年」のマーク類がぽこぽこと制定されているわけだけど、中にはこんなご当地もある。

福岡県大牟田市
市制100周年記念事業 シンボルマーク
大森貴代美(大牟田市)
大牟田市100周年

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「燃える石」を象徴する[赤い炎]、そして、炎の中には天を見つめる大蛇山の[目玉]を入れ、シンプルかつダイレクトに「大牟田」を感じさせるデザインにしました。書体は黒くどっしりとした力強いイメージを基調としています。
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ご当地は2017年3月1日に100周年を迎えるそうな。その記念で2015年11月に(伏線!)このマークを定めたわけです。ジモティ採用にしては上出来だよねえ。いや、ジモティならではの作品と言うべきなのだろう。雅楽の大太鼓の火焔模様とか、NIKEのAIR BAKIN'(イスラム風ロゴでモメたやつね)とかをちょっと思い起こしたりする。

「大蛇山」というのはご当地の夏を賑わす祇園祭で、大蛇(ほとんど竜です)を象った屋台が何基も出ます、懐かしいや。決して大きいものではないけれど、少年の心にも力強い造形と映った。

大蛇山

ツルは1970年代半ば、ご当地に住んでました。大蛇山も毎年見てましたとも。当時は田舎だと思ったけど、今となっては、数年間とはいえ少年時代をあの土地で過ごせてとてもよかったのじゃないかという気がする。
福岡市から引っ越したのは、父親が九州電力の「港火力発電所」に転勤になったから。オイルショックの直後で、最近は燃料の比率を石油 → 石炭に戻している、なんて父親が言ってたっけ。当時はまだ三井三池炭鉱があって、三井様様だったらしい(同鉱が閉山したのは平成も10年近く経った1997年3月のこと)。当然、盆踊りの炭鉱節のお月様は「三池炭鉱の上に出た」です。

・・・もっとも今にして思えば、父には、同じ筑後地方の山門郡瀬高町(今じゃ「みやま市」となって北方に隣接する)に暮らす老親の近くに住みたいという意識があったのかもしれない。
けれど幸い、ツルの父方の祖父母は揃って長命で、夫婦で卒寿(90歳ね)を迎えた時には瀬高町役場から金盃が贈られたもんです。結局、祖母に後れて祖父が亡くなったのは、ツル一家が福岡市に戻って、孫世代の最終走者ツルが大学に受かったばかりの1981年5月。そして今や、未婚のまま両親に最期まで仕えた末娘(つまりツルの叔母)の生命の灯もだいぶ危うくなっているという・・・

で。話を切り替えて。
大牟田市100周年のシンボルマーク、かっこいいとは思うけど、手放しでほめちぎるわけにはいかない。同じ年にこの先行例があるからです。

福岡県大牟田市
第54回おおむた「大蛇山」まつりTシャツ
大森貴代美(大牟田市)
2015年大蛇山Tシャツ

ご当地では毎年、大蛇山のTシャツを製作していて、これは2015年7月の祭りのため同年3月に選ばれたもの(どうせなら、Tシャツなんかより京都の祇園祭みたいに山ごとの和手拭いにでもすればいいのに)。

2015年大蛇山Tシャツ

「力強い[大蛇山]と炎などで“燃える大牟田”を表現。炭都を象徴する[黒ダイヤ]と炭鉱の[やぐら]も描かれており、周りを[赤い炎]で彩っている」と説明されていて、このデザインコンセプトはそのまま100周年シンボルマークに継承/転用された感じ。
そのこと自体に問題があるとまでは思わないけど、大牟田市100周年の次点まで見てみてもジモティ率が高いのはちょっと気にかかる。

(優秀賞)
吉田弘輝(大牟田市)
松本寿之(大牟田市)
安富勝弘(熊本市)
黒田富士雄(静岡市)
モンキーフォルム(ペンネーム:大阪市)

調べてみると、大森は地元で活動しているデザイナーのようで、曰く「世界遺産候補として大牟田に注目が集まる中、故郷は、燃える石炭や大蛇山のように今もなお“炎は消えていない”元気なまちということを伝えたかった」とコメント。それは確かに地元愛のなせる技でしょうよ。
しかし、制定側に「今年の大蛇山Tシャツのデザインがよかったけん、こん人のとにしよ、地元やし」的なところは全くなかったのかと思うわけです。もしそんな意識があったのなら、全国から177点の応募を集めたとはいえ、田舎公募と断じざるを得ない。因みに大森は2007年の大蛇山Tシャツデザインにも採用されている。

2007年大蛇山Tシャツ

同時に募集されたキャッチフレーズ「燃えて100年 世界に羽ばたく おおむた」は、宮崎 某(千葉県習志野市:姓のみ公表)による。えらく大きく出たもんだとちょっとおかしくなるけど、これはもちろん2015年の世界遺産登録を意識しているんだろう。

三井三池炭鉱が世界遺産になるなんて、例えば一世代前だったら絶対に考えられなかったことだとツルには思える。明治期から行われていた囚人使役や、労働史上に名を残す三池争議(1960)のことはむしろ、日本の近代化における「負の遺産」に近いのではないかと。458名の死者と839名のCO中毒患者を出した三川鉱爆発事故(1963)の悲惨な記憶も人々の中により残っていたろう(さすがにツルの記憶の中にはないけど)。さらには1984年にも83名の死者、16名のCO中毒患者を出した有明鉱火災が起きている。
逆の見方をすれば、明治の産業革命に光を当てるのなら、例えばなぜ栃木の旧足尾銅山などは入らないのか(足尾にもご当地を世界遺産にという運動はある)。ぶっちゃけそれは古河機械金属が消極的だからだろうが、「負の遺産リスト」入りだけでよいのか。

もう一つ、この公募でツルが気になるのは、シンボルマーク入賞者の中に出てくる「モンキーフォルム」の名です。画像は公表されてないけど。なぜこのPNなのだろう。

その答は多分ここに。

【その166】
埼玉県所沢市
所沢市社会福祉協議会
平成28年度所沢社協シンボルマーク
滝沢 卓(大阪市生野区)
平成28年度所沢社協シンボルマーク

大牟田のが2015年の9月頭までの募集で11月発表、所沢社協のが同年11月までの募集で12月頃発表。ねー
発表段階になって作者の頭に浮かんだのは、作ったばかりのおサルさんのカタチであった、なんて想像を逞しくしてみるわけ。一方で「フォルム」なるPNは塩崎一族にいろいろ例がある(cf. 2013.10.27「PNまつり 第5弾」・2014.01.14「PNまつり 第7弾」・2015.02.03「PNまつり 第10弾」)。つまりそこに、モンキーフォルム=滝沢 卓=塩崎一族という推測が成り立つんです。

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