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2017年6月 1日 (木)

【番外編】二兎を追う者二兎を獲て、の巻(和歌山市城フェスタポスター・さぬき高松まつりポスター)

(承前)

過去からの誘惑というわけでもなく、古典からの触発というわけでもないが、このガイダーが一昔前に引き起こした連鎖騒動にこんなものがあった。

和歌山市城フェスタポスター・さぬき高松まつりポスター

〔左〕
和歌山市
城フェスタ ポスター
堀江 豊(広島県:デザイナー)

〔右〕
香川県高松市
さぬき高松まつり
ポスター
堀江 豊(広島県:デザイナー)

[日の丸扇]を手に浮かれる[殿様]?をヘタウマに描いてあるわけですが、うひゃー、ただただビックリしますな。

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(2007.08.10 サンケイスポーツ)

★え、そっくり!?和歌山市と高松市が酷似ポスターに困惑

和歌山市で開催中の「城フェスタ」と12日から高松市で開かれる「さぬき高松まつり」のポスターのデザインが酷似し、いずれも広島県在住の男性デザイナーの作品だったことが9日、分かった。

両市とも「未発表作品に限る」との条件で募集しており、高松市は「遺憾だ」と伝えたが、男性は「私の作風で同じデザインではない」と答えたという。
和歌山市は1万2000枚、高松市は3200枚のポスターを印刷、既に張り出しており、変更は困難で両市とも対応に苦慮している。

和歌山市は昨年7月に賞金30万円で公募して翌月に決定。
高松市は今年2月から4月まで5万円分の商品券を賞品にして公募、4月に作品を選んだ。
和歌山市は「あまりに似ている」として法的に問題がないか検討する方針。
高松市は「3カ月使って既に浸透しているので…」と困り顔だ。
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高松なんて、わかったのは祭り開催の5日前というから、さぞ困ったろうなあ。
この件については、それだけでBBSが立てられたほか(賛否両論の書き込みがスゴい勢いで進行した)、広告業界に身を置くという匿名氏のblog「企画の王道」で手厳しく批判されている。

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(2007.08.11)

限界と手抜き

〔前略〕

忙しさにかまけたり、また発想の行き詰まりを感じる時、ふいに省エネ的なあり物の転用を思いつくクリエーターがいる。同じタッチの同じキャラクターなど、デザインやコピーにおいてもその傾向はつきものである。作風と言ってしまえばそれまでだが、どこか過去の作品に似通っており、また少しのアレンジにて転用しているケースを時たま見ることがある。それって限界、それとも手抜きと言いたくなる仕事ぶりであり、特に50才以上のデザイナーがそれをやってしまえば洒落にもならないが、「これは私の作風」とうそぶく者もおり、いつから作風として世間に認められているのか、それを聞きたいと突っ込みたくなる輩がまだままだ業界に巣食っているようだ。

8月10日のスポーツニッポンで取り上げられたニュースに「和歌山市“城フェスタ”のポスターと高松市“さぬき高松まつり”のポスターのキャラがそっくり」とあり、『それもそのはずデザイナーいっしょ』というコピーが踊っていた。

〔中略〕

記事はこのような文面で和歌山市「城フェスタ」と高松市「さぬき高松まつり」のポスターを掲載し、その比較をしているが、確かにキャラクターはまちがいさがし絵のように[はかま]が[もんぺ]になっており、[ちょんまげ]が[はちまきをするちょんまげ]と微妙に手を加えている。行きがけの駄賃とはよく言ったもので、和歌山市での公募に採用された勢いで、続いて高松市も同じキャラクターを少々手直しして出品したとしか言えないだろう。和歌山市の賞金が30万円、そして高松市が5万円の商品券、この部分でさらなるオリジナルを考えず、作品の転用に切り換えたのは明白である。60歳近いデザイナーであり、また自ら公募に作品を応募する人物であれば、その間違いを感じなければ嘘である。
この人物は、それ以前にも数多くのデザイン公募に作品を出品していることが、ネット検索にて知ることができた。そのどの作品も課題に応じたそれぞれのキャラクターを描いており、今回の2つのポスターに描かれた作風とは似ても似つかないものであり、優秀作や佳作に多くノミネートされている。「未発表作品に限る」という条件であり、確かに作風は同じで眼を開けているのを閉じたり、口を閉めているのを開いたりと少々手を加えれば未発表作品というのもおかしいのである。
なによりもこの男性は、画家やマンガ家として世間一般に彼の作風が認められているわけではなく、毎回このように公募してくるわけで、この男性にその作風を認めた両市が依頼して書いてもらったわけでもなく、「作風で同じじゃない」と弁明するのはどうも納得いかないところがある。
私は、企画・アイディアにおいて公募には新人の頃に応募したこともあるが、プロとしては自ら公募に出品することはあまり望むところではない。なぜなら、自分の企画・アイディアを認めている相手ではなく、ましてやこちらが頭脳を働かせるという本業にて作ったものを落選により一銭も支払わないという買手市場でのいいなりが気に食わないのである。八百屋が野菜を売る、魚屋が魚を売る…それと同じでプランナーは企画・アイディアを売る職業であり、最低でもプレゼン料が出る仕事のみ参加するというのが私のスタンスである。
自分達でデザインも企画・アイディアを書く能力がなく、それをプロにお金を支払っても頼むのが本当のところだが、最近は公募にて素人や趣味の域にある連中も巻き込んでのコンクール、コンテストものが多いが、それを選定するプロの顔ぶれも時には首をかしげる輩も含まれている。公募の賞金よりもその審査員への謝金が多い場合もみられ、税金の無駄づかいを考えれば、信頼できるプロに最初から依頼する方が無駄骨にならず低コストになると思うのだが…。

しかし、このデザイナーの男が言うように「作風で同じじゃない」と本気で言っているのであれば、そのことになんら反論しようとは思わない。作品づくりの限界と手抜きじゃなく、あくまでも作風として認めろというのであればそれも了解しよう。ただ、この和歌山市と高松市のポスターに描かれた誰が見ても同じキャラクターをデザイナーの卵や将来においてデザイナーを志す青少年が見た場合、また同じ公募に作品を出して落選した連中がどのように考えるのか、を長年に渡りプロとしてやって来たデザイナーであれば良心が痛まないはずもないだろうに…。逆に長年やってきたから良心が痛まないのだろうか?
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はー、よくぞ言ってくれました!溜飲を下げたわーheart04。筆者はアンチ "Spec Work" の考え方に立っているのね。

しかし堀江はその後10年、いや、その前を含めればもっと長い間、態度を改めることもなく(このガイダーに限ったことじゃないけど)公募界に「巣食って」きたわけだ。
最近ツルはますます「公募ガイダーはデザイナーたり得ず」という考え方に傾斜している。デザイナーが通常の契約仕事でこんなことしたら即刻馘に決まってるでしょ(ツルはそうします)。「クライアントに迷惑をかけた」ことをどう考えているのか。そこで「作風です」なんて言ったら(この理屈は井口やすひさも用いていた;cf. 2016.05.20「公募ガイダーの甘えと傲り:転」)張っ倒されるよな。

なぜご当地公募界ではこうしたことが許されてきたのか、なぜそんな作家を放り出せないのか。自浄力のないところには進化も向上もないと思う。

(続く)

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