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2017年8月14日 (月)

【対決編】丸ブー艶競べ [45](上勝町シンボルマーク・宮田村章)

(承前)

「丸抜き」の丸ブーということになると、勢いデザインバリエーションにも限りが出てくるものであろうか。

徳島県勝浦郡上勝町
シンボルマーク
上勝町シンボルマーク

ご当地は1955年7月に勝浦郡の高鉾村と福原村が新設合併して発足して以来、どことも合併していない。だから町章(1965年12月制定)も昭和テイストたっぷりです。
けれども、いや従って、よその町みたいな今風な丸ブーが欲しくなったものらしい。作者や制定時期等は不明だし、公募かどうかもようとわからんですが、同町サイトを見ると、2008年9月付「上勝町の紹介」の中で次のように紹介されている。

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町の地域特性を象徴し、町民と町の事業の全てを包括する素材を客観的見地より、気候、風土、自然、伝説等から広く取材し厳選しました。
全ての町民を幸せに導くための籏印として、上勝の町に古くから伝わる[三体の月]伝承を、町民に“ツキを呼ぶ印”として採用しました。
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え・・・ダジャレでっか!?
「三体の月」とは、ご当地の秋葉神社で旧暦7月26日の真夜中に昇る月が三体に分かれて見えるとか、一晩に三度月が上がるとかいう言い伝え。同様の口碑は熊野地方などにも残るらしい。江戸時代に流行した「月待ち」の行事につながるわけです。

ご当地と言えば、人口1,500人に満たない(四国にある町の中で最少である)過疎地域でありながら、第三セクターの葉っぱビジネス「いろどり」を創出したことで知られる。料理に使う飾りの「つまもの」を高齢者が中心となって生産・提供しているわけです。年間売上2億円を超えているそうな。
活性化が図られていることは誠によいけれども、このシンボルマークはいただけないねえ。こんなもの↓もあるからね。

長野県上伊那郡宮田村(みやだむら)
村章
宮田村章

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マーク全体は、宮田村の頭文字[ミ]を示している。
[下の1本]は、宮田村の歴史を大きく手をひろげてささえるおおいなる“大地”を示し、長老の“英知”をも意味する。[中の1本]は、こうした“歴史”と“英知”と“大地”の上に発展する現代の宮田村を中心的に支える成人の力、そして[上の1本]は、未来の宮田村を支える子供と青年の若い力を示す。この三つの力がいっしょになって未来に向かって飛翔する。
中の[白い空間]は、未知の希望を意味する。加えて、下の1本が山岳の雄大なカールを示し、流れる雲と吹き渡る風を上の2本が示します。
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後半は蛇足の感が否めませんな。これは前回見た東の仁淀川町章のコメントにも言えることだけど。

Wikipediaには;

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1875年(明治8年)1月23日 - 筑摩県伊那郡宮田村・中越村が合併して宮田村となる。

1876年(明治9年)8月21日 - 宮田村が長野県の所属となる。

1879年(明治12年)1月4日 - 郡区町村編制法の施行により、宮田村が上伊那郡の所属となる。

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、宮田村(第1次)が単独で自治体を形成。

1954年(昭和29年)
1月1日 - 宮田村(第1次)が町制施行して宮田町となる。
7月1日 - 赤穂町・中沢村・伊那村と合併して駒ヶ根市が発足。同日宮田町廃止。

1956年(昭和31年)9月30日 - 旧村域が分立して宮田村(第2次)が発足(町制施行要件を満たさなかったため)。
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とあって、村 → 町 → 市 → 村となった珍しいパターンなわけ。1950年に約6,600人だった村の人口は現在9,000人前後まで増加しており、今や上勝町の約6倍。再び町になれるんじゃないのと思いますが。駒ヶ根市から出戻ったについては、県やら国やらを巻き込んだ騒動に発展したようです。

で、ですよ。この村章はなんと、1975年1月に制定されているのだ。丸ブーの嚆矢となった宮田村の先進性を称揚しようか、それとも上勝町では類似調査をちゃんとやったのかとどついたろうか。どっこいしょとひっくり返せばこうじゃんよ。

宮田村章(鏡像・回転) 上勝町シンボルマーク

(続く)

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