艶競べ [59](調布市シンボルマーク・〈筑前町章〉・有田町章)後編" /> 艶競べ [59](調布市シンボルマーク・〈筑前町章〉・有田町章)前編 - 空中庭園@下丸子" /> 艶競べ [59](調布市シンボルマーク・〈筑前町章〉・有田町章)前編 - 空中庭園@下丸子" />

« もはや盡きせぬ無明の闇キャラ(その21:SAIL OSAKA '97) | トップページ | 【対決編】丸ブー艶競べ [59](調布市シンボルマーク・〈筑前町章〉・有田町章)後編 »

2017年12月 1日 (金)

【対決編】丸ブー艶競べ [59](調布市シンボルマーク・〈筑前町章〉・有田町章)前編

(承前)

ここへ来て一気に自動車用ご当地ナンバープレートの発表が花盛りですな。でも従来の公募ガイダー勢力は動きが鈍い感じ。そこでそこには目もくれず(^_-)、またもや[盆踊り]系自治体章に舞い戻りましてと、飽きもせず。

東京都調布市
シンボルマーク
深川重一(66歳:大阪府和泉市)
調布市シンボルマーク

-----
調布市の頭文字[ち]、「豊かな自然(緑・水)」「輝く太陽」「躍動する人」をモチーフに組み合わせてデザイン化。自然と共生しながら「大きく変貌し、発展していくまち・調布」をイメージするとともに、力強く明るく親しみやすいマークを表現。
-----

正確には、これは合併に伴うものではない。平成大合併の時代から10年ほど経った後、2015年4月1日に調布市が市制施行60周年を迎えるに際して公募されたもので、市章は別にある。同時に公募された周年ロゴは原子尚之(48歳:調布市:パンデコングラフィックス 代表)によるもの。

ご当地は平成大合併に巻き込まれたわけではないけれど、10年余り前、その嵐の最中に作られたこのあたりと見比べてみるのもまた一興。

【2017.08.07「淀みに浮かぶ泡沫の如く且つ消え且つ結びて:南の帖」】
福岡県朝倉郡筑前町
市章
工藤和久
〔2004年12月決定〕
筑前町章(最終版)

思いがけず、[ち]と[有]が似通っているなんてことを思い知らされたりもする。

佐賀県西松浦郡有田町
町章
福田彰宏(43歳:千葉県夷隅郡大多喜町:グラフィックデザイナー)
有田町章(当初案)

愚blogのネタ的に圧倒的に面白いのは有田町章です。
概要を時系列で追ってみると。

2005.07.13〜09.12 募集
2005.10.07 第2回「町章デザイン」選考委員会で候補作品5点と補欠3点選考 → その後類似調査(1点類似判明)
2005.10.24 第2回「町章デザイン」アドバイザー会議で8点につき総評
2005.11.02 第15回西松浦地区合併協議会で上記アドバイザー会議の概要を報告
2005.11.15〜30 住民アンケート
2005.12.06 第16回西松浦地区合併協議会で町章決定
2006.03.01 西松浦郡の有田町・西有田町が新設合併

因みに旧2町は「ありたまち」・「にしありたちょう」ですが、新町名は「ありたちょう」。おそらく、ギリギリのせめぎ合いがあったものと思われます(笑)。

まずは10月24日のアドバイザー会議の内容に注目したい。

-----
(2005.11.02 第15回西松浦地区合併協議会 資料 抜粋)

第2回「町章デザイン」アドバイザー会議の開催経緯について

平成17年10月7日に開催された第2回「町章デザイン」選考委員会にて、候補作品5作品と補欠3作品を含めた合計8作品が選考されました。その後、他市町村章や商標等の類似調査にて5作品の候補作品の中から1作品に類似作品がみられたことや、住民アンケートを実施する際に総合的な判断が必要とのことから、8作品について全体的な総評及び選考を行っていただきました。
-----

つまり、アンケート前の段階から類似のあることは判明していたわけですが、核心はそこじゃない。会議録にはこんな一節が。

-----
(2005.11.02 第15回西松浦地区合併協議会 議事録 抜粋)

○アドバイザー(辻 公也先生)

〔前略〕

類似の問題が、今、意匠権の問題で非常にやかましいもんですから、それをまず、事務局の方で十分ご調査いただきまして、その分を外しました。もう一つは、全部アルファベットの分が非常に多いんですけど、ほとんどそうなんですが、一つだけ有田の[有]の字をした日本語の分が一つございましたけれども、どうしても、このなんと申しますか、お手許にございますか? どうしても構成上ちょっと無理がございましたので、それは外させて頂きました。
結局、お手許にございます最終候補作品5点ということに、絞らせていただきました。

〔後略〕
-----

〔「町章デザイン」選考委員会アドバイザー委員〕
縣 良夫(有田窯業大学校教務部長)
辻 公也(九州産業大学名誉教授)
草場龍介(有田工業高等学校デザイン科科長)

よろしい?辻の報告では、「有田の[有]の字」をモチーフにしたものが「一つだけ」あった、と言ってるんですね。そしてその1点は「外させて頂きました」と。
ところが、この時の資料図版を見ると、候補5点のうち1点が[有]になっている。それが福田作品というわけ。(?_?)(?_?)

有田町章候補作品

よく見れば;

-----
※選定委員全員の同意により、次の5点を最終候補作品といたします。(平成17年11月9日)
-----

と書き添えられていて(11月2日の合併協議会の資料なのに!)、これは事後的に選定委員会サイドで再び差し替えが行われたことを示唆する。つまり、福田作品をアドバイザーのコメントにより一旦は外した、しかしその後で復活させた、ということになりそう。

この辺り、東京五輪エンブレムの再公募を「公正でないA案ありきのプレゼン」と平野敬子が批判したことがどうしても思い出されちゃう。
因みにその平野センセ、先月とうとう東京アートディレクターズクラブに三下り半を叩きつけたそうです(cf. 2016.04.12「東京五輪エンブレム再公募について(その4)」)。JAGDAはまだみたいだけど。

可能性としては、外された「有」作品と加えられた福田の[有]作品とが別物だったということも考え得る。しかし、このあたりの経緯は一切記録に残されておらず、なるべく目立たないように目立たないように扱われている様子なことから見て、そうする特段の事情はやはりあったものと思われます。

実は、「選考委員会」の委員長を務めた岩永正太は、「合併協議会」本体の会長でもあった。はーん、そういうことでしたか!俄然面白くなってきた。

事の仔細はどうあれ、首の皮一枚でつながった福田の[有]作品は住民アンケートにかけられて、そして。

(続く)

« もはや盡きせぬ無明の闇キャラ(その21:SAIL OSAKA '97) | トップページ | 【対決編】丸ブー艶競べ [59](調布市シンボルマーク・〈筑前町章〉・有田町章)後編 »

Visual界:キャラクター/シンボル/ロゴ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« もはや盡きせぬ無明の闇キャラ(その21:SAIL OSAKA '97) | トップページ | 【対決編】丸ブー艶競べ [59](調布市シンボルマーク・〈筑前町章〉・有田町章)後編 »

2019年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想