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2018年4月 1日 (日)

番外編に書けなかったこと ―― 悲劇(長和町章)

今回は、昨年までの愚blogでどうしても書くことのできなかった話を、今も迷いつつ取り上げる。

長野県小県郡長和町(ちいさがたぐん ながわまち)
町章
伊藤也寸史(岐阜県多治見市)
長和町章(応募案)長和町章(最終版)

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真っ赤な太陽、澄み切った青い空、緑の大地。長和町の風景そのままを「長」の[N]と「和」の[W]の頭文字でデザインしました。太陽(目標・夢・希望)に向かって人が走って行くような、元気一杯の町を表現。
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(優秀賞)
三戸部謙吉(長野県上田市)
田中博士(愛知県豊橋市)

平成大合併がピークを迎えていた2005年8月に発表されたもの。まあ、可もなく不可もなしというところで、でもうーん、緑と青を入れ替えるなり、上下をひっくり返すなりして「緑なす山々」と「水青き川の流れ」とでもした方が、この山里にはしっくりくるんじゃと思ったりするのですが。
しかし、今回はそのことではない。

3年後、痛ましい事故が作者一家を襲った。

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(2008.08.06 毎日新聞)

5日午後5時15分ごろ、岐阜県中津川市阿木の山林で、同県多治見市大針町、美容業、伊藤也寸史さん(44)の長男で市立南姫小6年、柊馬(しゅうま)君(11)が、がけから落ちてきた直径約70センチの岩の下敷きになった。消防などが岩を浮かせて約40分後に救出したが死亡していた。
県警中津川署の調べでは、落ちた岩は、がけの途中の高さ約2メートルの斜面にあったとみられる。岩に打ち込まれたアンカーには長さ約12メートルのワイヤ(直径約5ミリ)がつながれ、ワイヤの反対の端は、岩から約12メートル離れたがけ下の木の高さ約1.4メートルの部分に結びつけられていた。
柊馬君が、小学生のいとこ2人とワイヤにつかまって遊んでいたところ、突然、岩が落ちてきたらしい。柊馬君は上半身を挟まれ、即死の状態だったという。同署は岩とワイヤが何の目的で置かれていたかなどを調べている。
現場は国道363号から約300メートル西にある空き家のそば。柊馬君は夏休みを利用して、家族と親せき計約10人でバーベキューをするため、5日午前から1泊の予定で、この空き家に来ていたという。空き家や事故があったがけなどは別の親せきの所有。
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言葉を失います。心中察するに余りある。

ツルがこのことを知ったのは、さる公募系BBSに次の書き込みが存在したから。

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623:2008/08/06 09:14
[URL]
伊藤さんて以前この板に来ていた方ですよね。
心よりお悔やみ申し上げます。

626:2008/08/07 23:44
>>623 驚きました。
「也寸志(野洲市)にも教えなきゃ」のギャグにもやさしく応えておられた方ですよね。
このスレを見てる暇もないと思いますが、お悔やみ申し上げます。

627:2008/08/08 18:51
>>623 >>626
書き込む神経が理解できない
悪寒が走るわ

628:2008/08/08 20:06
「○○○○○○○ぇ」さんてやることが幼いね

629:2008/08/08 20:29
>>627
書き込む神経が理解できない
おかぁが走るわ

>>628
同感!ここで言わず向うで言えば
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書き込み(ツルのこの文章も含めて)の是非は意見の分かれるところだろう。他人の不幸、わけても生死を見世物にするなという声も当然あるとは思う。

本件関連でツルが嫌悪を感じたのは、HAMA氏によるブログ、「ユーモア川柳」。ニュースが報じられたその日のうちに。

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(2008.08.06 抜粋)

「予期しない」ゾーンに魔物は潜んでいる

また尊い子供の命が事故によって奪われた。
伊藤也寸史さん(44)の長男で市立南姫小6年、柊馬(しゅうま)君(11)が、がけから落ちてきた直径約70センチの岩の下敷きになったのだ。柊馬(しゅうま)君のご冥福をお祈り致します。
偶然が重なった予期しない事故である。しかし、事故の起きた場所は何となく危険のにおいがする。
県警中津川署の調べでは、

〔中略〕

大人だったら、危険を察知できたかもしれないし、子供がワイヤにつかまって遊んでいたら必ず注意してやめさせるだろう。
子供は「経験が少ないので」危険を判断することが甘いのである。
大人の目があれば、この事故は防げたかもしれない。
何度でも言うが「予期しない」ゾーンに魔物は潜んでいるのだ。その魔物から子供を守るのも大人の責任であろう。
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なんと、冒頭のフレーズは「川柳」なんです。

我が子を ――それも幼い子供を―― 喪うというのは、どんな場合であっても、親は自らを責め鞭打つものであろう。

ツルには、生まれる前に兄がいた。上に娘が二人続いた後の待望の男児だっただけに、両親は喜んだろう。しかし、赤ん坊は生後半年で突然亡くなった。父はちょうどその直前、四国への出張が入っており、息子の調子がどうも悪いので母(妻)に医者に見せるよう言い残して福岡の家を出た。昭和30年代のこととて船で四国のどこかの港に着き、降り立った父を待っていたのは、「○○様、至急ご自宅にご連絡下さい」のプラカードだったという。連絡がついた時には既に我が子は儚くなっていた。
容態が急変して、病院に行く間もないうちに息を引き取ったらしい。今でいうと、乳幼児突然死症候群/Sudden Infant Death Syndrome/SIDSみたいなものではなかったかと想像する。葬儀の時、父は皆の前で声を荒げて母を叱ったという。子どもを病院に連れていかなかったことで。

母も父も、このことでは随分と自責の念に駆られたと思う。生まれる前のことだから、ツルの記憶にはありません。ただ、生まれる前に兄がいた、そのことは小さい頃から知っていた。そして、生まれ変わりとして自分が生まれた(というより、だからツルを作ったという方が正しいだろう。誕生日も数日しか違わない)ということも。つまり、兄が生きていたら自分は存在していなかったはずだということも理解していた。それと、ツルも男の子じゃなきゃならなかったのね
でも、このことが幼いツルの心に暗い影を落としたのかというと、そんなことでは全くない。母親が「あんたはお宝息子じゃ」的なことをよく言ってて、結構ウザいぐらいだったのは憶えている。当然、厳しく過保護に育ちました。父親は、これまた口癖のように「病院に行くなら『内科小児科』と看板を出しているところより、『小児科内科』としているところの方がいい、子供は病状が急変しやすいものだから、それに対応できる小児科医の方が信用できる」と言ってたっけ。

自分語りはこれくらいにして、かの川柳ブログの件。Whistle Blowerよろしくしたり顔のおためごかしですが、ここには悲歎にくれる両親の心情を思いやる視点はない(むしろ逆だ)。少なくともBBSの書き込みの方が、感じ方は様々あれ、他者の気持ちを酌んだものとツルには思える。

寝てゐても 団扇の動く 親心

人情の機微に触れる処なくば「標語」に過ぎない。この場合、作品披露もしちゃいかんことだぞ。いつから「川柳」とはそんなお偉い尊大なものになったのですか。

(続く)

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