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2018年11月 1日 (木)

【ペアリングのおまけ編】湘南の荒れた高校の最後の歴史

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平塚湘風高校の開校前、ある大事件が起きてたんですが(場外乱闘って感じだけど)、そのこともまた別途。
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それはこういうことだった(出典はいずれも神奈川新聞;適宜アラビア数字に変換)。

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(2008.10.28)

県立神田高校(平塚市田村)の入学試験で、公表された選考基準から逸脱した不適正な選考が行われていたことが28日、分かった。願書受け付けや受験会場で、服装や髪形が乱れたり態度が悪い受験生を選別。合格基準を満たしているにもかかわらず、「入学後の生徒指導が困難」などの理由で、2005年度以降、男女計22人の受験生を不合格にしていた。県教育委員会は全県立高校の過去三年分の入試結果を調査するほか、校長らの処分も検討する。
県教委の山本正人教育長が会見で明らかにした。基準点を超えながら不合格になったのは05年度6人、06年度6人、08年度10人。七月に学校関係者の内部通報で発覚し、記録が残る過去五年の試験結果と関係者への聞き取り調査で実態が判明した。
県教委によると、願書受付日や入試会場、前期選抜の合格発表の場で、同校の教諭が「受験生の著しく目立つ点」を点検。「態度が悪い」「髪を染めている」「まゆ毛をそっている」「スカートが短い」「化粧をしている」「ピアスの穴がある」などと細かく記録していた。
同校では新入生のクラス編成の判断材料にするため、以前からそうしたチェックが慣習化。学区撤廃で受験者が増えた05年度以降、当時の校長(現秦野高校長)が「学力が低くてもいいからまじめな生徒を多く集めたい」と発案し、その結果を最終合否に影響させるようになったという。
08年度の前期選抜の場合、196人が受験し57人が合格。公表された選考基準では、調査書(86%)と面接(14%)で合否が決まるはずだったが、態度や服装を理由に7人が不合格となった。本来の選考基準では全体で十六番目の成績だった受験生も、不合格になっていたという。
渕野辰雄校長は「選考基準から逸脱し大変申し訳ない」と謝罪。「生徒指導に苦慮しており、教諭の負担を軽減したかった」と釈明した。山本教育長は「不合格となった22人に連絡し、入学の検討など個別に対応したい」と述べた。
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同校はいわゆる「課題校」とされ、全校生徒約340名(つまり1学年3クラス程度の、高校としては小規模校だったと推測)のうち毎年100名ほども退学するという状況が続いていた。また、この翌年の春には五領ヶ台高校と統合されて平塚湘風高校となることが既に決まっていた。そこに降って湧いた内部告発だったわけです。

県教委ではこの発表の翌日、とっとと校長渕野辰雄の同教委への人事異動(10月31日付)を発表。事実上の解任ないしは更迭だった。正式処分決定前のこの処遇は、11月1日設置予定の開校準備組織に神田・五領ヶ台両校の校長も入ることになっていたから。「不適正な選考に関係した校長が新校の入試にかかわるのはふさわしくない」との見解だった。

ところがこの人事には意見が殺到、大きく波紋が広がる。県教委には11月5日までの1週間で約1,110件の電話とメールが寄せられ、うち9割強が校長を擁護する意見であった。曰く「服装や態度で選考して何が悪いのか。選考基準になくても当然の判断だ」「高校は義務教育ではないのだから校長の判断は正しい」「風紀の乱れを事前に守ろうとした校長がなぜ解任されるのか」等々。逆に、「子供の学ぶ機会を奪った」等とする批判は15件ほどだった。

11月17日になるとさらに、在校生や保護者が前校長の復職を求める嘆願書を県と県教委に提出。在校生234名に加え、近隣住民やOB、保護者ら計3,378名の署名が集まった。

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(2008.11.17 抜粋)

生徒らは「神田高校は課題校と呼ばれ、授業や行事も形にならず、まともな教育が受けられない環境だった。しかし渕野先生の赴任後、めざましく改善された。渕野先生から卒業証書を受け取りたい」と要望した。
保護者らも「校内が荒れ果てて神田高校の名が疎まれた時代が二十年近く続いていたが、前校長の強力なリーダーシップで喫煙、乱れた服装や頭髪、暴力が激減した」と訴えた。
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高校の校長先生でこの慕われ方って、すごいですねえ。しかしこの決定は覆らず、重ねて前校長には停職3ヵ月の処分が下された。

県教委では全員に直接謝罪して回ることとしたものの、個人情報保護の問題もあって(またこの悪法の出番だよ)所在確認に手間取り、実際に行脚が始まったのは11月末から。元受験生側からは、私学進学の学費の一部負担や転入学を求める声、精神的苦痛に対する金銭賠償を求める声が上がったという。中には進学せず就職した者も2名おり、(合格していれば)まもなく卒業を迎えるはずだった学年の生徒も6名いた。結果的には転入は2名にとどまっている(当然ながら、氏名・校名・学年等は非公表)。
元受験生側から見れば、学校側には大きな責任があるという意見になるわけです。

本件は越年し、2009年3月に同校が閉校した後、6月になって金銭賠償がまとまり始め、県議会に4名分の和解案が提出された。
各人との交渉はその後も進められ、最終的に22名全員と和解が成立した時には2010年9月になっていた。和解金総額、4,468万円(約100万円〜303万円:単純平均203万円)。神奈川県にしても高い授業料についたわけです。

ツルの意見ですか?それは、次回に。少なくとも、自分がその立場だったら「外見だけで不当に評価されて将来を棒に振った」とは考えないけど。自分のプライドの問題として。

(続く)

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