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2018年11月10日 (土)

【加筆編】校章エキスパートの来歴:1(横須賀市議会)

(承前)

奥野の校章公募デザイン、だいぶ見てきましたがまだまだあります。でもこの辺でキャリア面から探ってみると、興味深い記事に出くわした。
(タウンニュースの記事は以前、尾浦孝夫と重田 修について取り上げている;cf. 2017.11.25「幾久しく御栄えあれ」・2017.11.26「重き霧の晴れて後」)

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(2015.06.05 タウンニュース 横須賀版 人物風土記)

グラフィックデザイナーとして数々のロゴマークや校章を手掛けている
奥野和夫さん
林在住 49歳

奥野和夫

尽きないアイデアで量産中

○…小さな町にある学校の校章や、県の事業のシンボルマーク、さらには日本とサウジアラビアの友好記念ロゴなど手掛けてきた作品は多種多様だ。量より質を追い求めるタイプだが、今までデザイン関連で手にしてきた賞の数に関して「4ケタに迫るんじゃないかな」と照れながら話す。

○…幼いころから美的センスはピカイチだった。文化祭などのイベント時にイラストを描いてくれないかと周りの生徒や先生に頼まれるのはいつものこと。夏休みの宿題の絵がなぜか他校の校長室に飾られていたこともあった。そんな学生時代を過ごすなかで必然的に将来は見えていた。「自分の生きていく道はこれしかない―。」迷いなく美術大学のドアを叩いた。その後、工業系やインテリアのデザインを経て27歳で独立した。

○…デザインには「現実を動かす“力”と“責任”がある」と話す。例えば校章には学校の雰囲気や方向性をも導く力がある。だからこそ自分を表現するのではなく「携わっている期間中は当事者の事を誰よりも考えている自信がある」とこだわりを口にする。子どもの環境、地域の文化、創設者の思いなど外からの視点で想像を働かせ、思いを汲み取り、形にしていく。

○…市内を走るゴミ収集車のカラーデザインや吉田市長肝いりの「いのちの基金」のマークも手掛けている。中でも思い入れが強いと話すのが10年前に手掛けた市議会のシンボルマーク。これがきっかけで市と連携した仕事が増え、気付けばたまたま引っ越してきた横須賀は「愛着のある本拠地」になっていた。今や「奥野」の名は業界で知られた存在。自身の分身ともいえるデザインは北海道から九州まで全国で見ることができる。次に目を向けるのは世界だ。「いつか国連本部で個展を開きたい」口調は冗談交じりだが、目は間違いなく本気。「OKUNO」と認知される未来に向かって歩みは止めない。
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やあ、アレ、会心の作だったんですか。

【2015.05.30「夜が全て忘れさせる前に」】
外務省
日・サウジアラビア外交関係樹立60周年 ロゴマーク
奥野和夫
〔2014年7月発表〕
日・サウジアラビア外交60周年

中央の国家政府のお仕事だし、Internationalだしね。

文中に出てくる横須賀市議会とはこれなり。

神奈川県横須賀市
横須賀市議会
議会シンボルマーク
奥野和夫(横須賀市)
横須賀市議会シンボルマーク

議事堂移転20周年を記念して公募されたもので、2005年2月22日、市議会定例会初日の本会議開会前に表彰式が行われた。この時は横須賀市政史上初、クラシックの議場コンサートなんかも開催されている。

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(2005.07.01 よこすか市議会だより No.6 抜粋)

奥野さんは、「市民に親しまれる身近な議会を、市民の[一票]をくわえた波間を飛ぶ[カモメ]に象徴させ、横須賀の頭文字[Y]の形にまとめ、開かれた議会を表しました。[青]と[空色]は横須賀の海と議会の透明性をあらわしています」と作品の説明をしています。
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あーん、なるほど。だんだんわかってきた気がする。なぜ奥野の作品は自治体章にはほとんど見出せないのか、不思議に思ってたんですが、微妙に時期がズレてるみたいなんですね。少しばかり遅れてやってきた奴ってことらしい(仮説に過ぎないが)。あるいは、この時期には「全国」ではなく、自分と直接関わりのあるお膝元の「ご当地」に関心が向いていたのかもしれない。
そして、続くご当地キャラクター隆盛の頃には、そこに手を出した形跡がない。そこにはそれなりの考えというか、衿持があったのだろう。

あげつらうようだけど、タウンニュースの記事はなんか、全体的に品格のない文章です。でもそれは奥野の責任じゃない。そこに書かれた気概たるや大いによし。(無論、結果が伴っていれば。)
しかし、Spec Workとの批判も(海外で?)根強くある「公募」、特に「ご当地公募」でのし上がってきたわけでしょ(あんまり勝手なことを書き散らしていると、誰かみたいに「いわゆる公募デザインでも業界に評価されたものは、あなたのブログに載っている以上にある」などと怒鳴り込まれそうだが)。
世界はそんなに簡単に認めてくれるのだろうか。そこはハッキリと、懸念します。

(続く)

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