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2018年11月 2日 (金)

【ペアリングのおまけ編】北相の短命な高校の最後の光芒

(承前)

機を見るに敏、変わり身の早さは神奈川の県民性、てな話で。

ご当地の県立高校における目まぐるしい変化は、概ね、県教育委員会の次の3つのプランにより行われてきているものである。

(1) 1973年度〜1987年度
「高校百校新設計画」

5期20年を務めた長洲一二(かずじ)知事の時代です。確か、「15の春を泣かせるな」をスローガンにしていたように思う。ツルも中学生だったんだよねえ(福岡で、ですが)。ああ黄金の70年代
これにより、15年間で県立高校の数は76校 → 165校(+89校)と倍増した。

しかし、公立中学卒業生は1988年の12万2千人をピークに減少に転じる(「いちご世代」とか言ってた頃ですかね)。学校数を減らすべし、となったわけです。
むろん、そんなことなど↑の計画時からわかっていた話だから、新設校は将来的には老人ホームに転用すりゃいいじゃん、なんてことになっていたらしい。何でも、新校舎お披露目の際には土地の古老達が挙って検分に来てたなどという笑話もあるとやら(もう大抵生きてはいまいが)。

(2) 2000年度〜2009年度
「県立高校改革推進計画」

ここではどうやら、2校を1校にまとめるというスタンスだったらしい。学区制の撤廃、全日制における単位制(⇔学年制)や総合学科高校などの導入はこの時。これにより、10年間で高校数は165校 → 143校(△22校)となった。

その後も少子化はさらに進行する。

(3) 2016年度〜2027年度
「県立高校改革実施計画」

今度の改革の柱は次の3つ。

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1.生徒の多様性(ダイバーシティー)を尊重し、個性や能力を伸ばす、質の高い教育の実現
2.魅力ある学校づくりを一層推進する学校経営力の向上
3.少子化社会の中で生徒に望ましい教育を推進する県立高校の再編・統合
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キーワードは「ダイバーシティ」と「経営力」っていうことやね。
今度は12年間で143校から20〜30校減らす計画である。「適正な学校規模」は、1学年6〜8クラス → 8〜10クラス、生徒数で1学年当たり320名 → 400名に大型化されることとなった。

さて、ここまでは前振りのネタ。

2009年に開校した平塚翔風高校は上記(2)に基づく統合校だったわけですが、その統合の対象校2校について深掘りしてみると。

◇1977年 五領ヶ台高等学校開校
◇1980年 神田高等学校開校
◇2009年 五領ヶ台高等学校・神田高等学校閉校

どちらも(1)で設置されたものだった。約30年といえば人間の一世代、そこでピリオドを打つことになったとはね

しかし、もっとすごい例もある。(2)で開校して(3)で閉校するというケース。

◇1979年 相武台高等学校開校
◇1983年 弥栄(やえい)高校開校
◇1986年 新磯高等学校開校
◇2010年 相武台高等学校・新磯高等学校を統合して相模原青陵高等学校開校
◇2020年 弥栄高等学校・相模原青陵高等学校を統合予定

ごちゃついててわかりにくいですが、このうち、相模原青陵が10年で幕引きしちゃうという話。十年一昔と言うけれど、たったその10年で。(因みに、その前身の相武台と新磯は(1)で開校→(2)で閉校のパターン、弥栄は(1)で開校→(3)で閉校のパターンとなる。)

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(相模原青陵高等学校サイト 校長メッセージ 抜粋)

相模原青陵高校は平成22年に旧相武台高校と旧新磯高校を統合・再編して生まれた新しい学校ですが、平成27年12月に発表された県立高校改革により弥栄高校と統合が決定し、平成32年3月31日をもって学校の歴史に幕を閉じることになりました。この現実は受け止めざるを得ませんが、本校生徒は元気に前を向いて学校生活を送っています。ある生徒は本校初代校長の片先生との懇談の機会に、「私は相模原青陵高校を統合させたのは間違いだったと思わせたいので生徒会の役員になりました。」と力強く意気込みを述べ、私はこうした生徒がいることをとても頼もしく感じたことを覚えています。
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カッコいいーー。男気あるべし、この生徒君も校長先生も。cleverでもあるし。

ふう。企業経営の世界では「つなぎ融資」なんていう言葉があるけれども、こういうのはどう表現すればいいんでしょう?「つなぎ学校」?「つなぎ教育」?何だかねえ。

・・・あっ、熊本にホントに津奈木(つなぎ)中学校というのがあった・・・m(__)m。

以上、このところ諸々書いてきたことを総括しますと。

ツルは、子供が大人になっていくというのは、権利には義務が伴うことを身をもって知っていくことだと思う、ある意味。中学や高校の段階でそれはほとんどが理解できてないわけですがね。
学習権が憲法でも基本的人権として保障されたものであることは理解するけれども、そこに伴う(はずの?)義務はどのように果たされていくのか。社会的規範との折り合いはどうつけるのか。
だからツルはどちらかと言えば神田高校のケースでは校長擁護派です。その大事な時期に権利を奪われた、物事を深く考える機会が与えられなかったという声もあろうけれど。

もちろん、当該校長の個別責任云々のみの問題ではないし、だからと言って中学校(や小学校)、あるいは家庭に専ら責任があるとして追い込めるものでもないと思う。
高校が義務教育ではないこと、本件が私立校ではなく公立校のケースであること、一般的に不登校・引きこもりが増えていることを問題の本質に含めて捉えるか否かについても、意見は分かれるだろう(ツルは全て概ね「否」ですが)。

神田高校での選考が既存の基準を(大きく?)逸脱したものであった、それにより学習権が大きく侵害された、ということは事実だが、ではその選考にどんな社会的解決を見つけていくのかということの方が大事。
10年後の今、元受験生達にも話を聞いてみたい。彼らが「得た」ものは何だったか。(むろん、このところ問題化している大学医学部での女子受験生に対する差別的扱いは、同等に論じられないが。)

一方、10年で閉校というのははなから論外だと考えますね。地域との連携が重視される昨今、一層そうだと思うけど。
現在最新の理論ではこれがベストの戦略だ、というのなら、教育とは百年の計である、と切り返そう。それは別に、「百校新設計画」が誤りだったことを総括せよ、とかいうんではなくて。
流れは変わるものである。だから理論を最優先させることには常に危険がつきまとう。将来、大規模化から再び舵を切ることだってあり得ぬ話ではなかろう。

以上が、(表面上は)優等生として世渡りしてきたツル(56歳)の現在の意見です。10年前当時、あるいは10年先の考えは違っているかもしれないが。(こらこら)

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