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2019年5月26日 (日)

【加筆編】「令和」最初のデザインワーク!:その2

(承前)

確かに素晴らしいなあ。
細部は微妙に粗削りなところもあるように思われるけど、何より発表の翌日にサクッと作ったというのが。そして、「常連の市長さんと一緒に写真を撮ったら面白いからあのバーに」という発想がまた粋で鯔背でカッコいい!!
既に雨後の筍の如く現れている(今後も殖えるだろう)各種「令和」ブランドのあやかり商法とはちょっと訳が違います。
昨年後半辺りからどっと湧いて出てきた「平成最後の○○」(大方、元号とは何の関係もないジャンルで表情しらー)に対し、こちらはまさに令和最初の『デザイン』と呼べるものじゃないだろうか。それが商業ベースには乗らない/乗せないものであったとはいえ。

さらに数日経つと・・・。

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(2019.04.15 東北のデザイン社 Facebook)

Sasakiasobihachinohereiwa2

八戸のタイポグラフィ_令和風 平成から令和へ。 八戸市がますます良くなりますように。 東北のデザイン社アートディレクター佐々木 遊が、八戸市の市章を用いて考案したタイポグラフィが話題となり、本日のスーパーJチャンネルABAにて取り上げられました。
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公募風に言うと、「デザインに込められた想い」です。ちょっと、ハッとする。「令和のタイポグラフィ_八戸風」ではなく、「八戸のタイポグラフィ_令和風」であることに。
(よくよく見てみると、「平成」の中にも「八戸」は見出せるんだ!!!!佐々木 遊氏は気づいただろうか?)

ABAは青森朝日放送のこと。テレビのニュースネタにもなったわけです。

「ユートリー」にこれが貼ってあったことから想像するに、多分、市長ももう「プリンス」に飲みに来て話が盛り上がったんではないかしらん(ひょっとしたら令和の新天皇も聞こし召すところかもしれないな)。このデザインなら新たなご当地産品の売り出しに使っても全然OK、堂々とおやんなさいって気がしてきちゃう。時あたかも、改元日の2019.05.01はご当地の市制施行90周年記念日でもある!嵩にかかって攻め立てれっっ!!日本人の平均寿命(と生前退位の問題)からして、あと20年ぐらいは使えるぞww。

おまけです。このタイポグラフィにあしらわれた市章にも、ちょっとしたネタが潜んでいる。

青森県八戸市
市章
西村喜一郎
〔公募により1931年8月27日制定〕
Nishimurahachinohecity

市サイトでは;

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[八戸]の2文字と旧南部藩の[向鶴の紋]が図案化されています。
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とだけ説明されている。これで「八戸」というのは相当飛躍があると思うけど、そこは作者の想像力と創造力のなせる技ということで問わないとしましょう。
さらに調べてみると;

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(2018.05.24 八戸南ロータリークラブ会報 抜粋)

市章の作者は、二十八日町(現 柏崎一丁目)在住の西村喜一郎ですが、本人名義と妻「つね」名義の二作品を応募したところ、妻名義の作品が最優秀となり採用されました。
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というんで驚きます。
これ、別にいい話でも面白い話でも何でもない。公募の借名応募なぞ昭和の初めにも行われていた、そのことが明らかになったというだけのことです、愚blog的には。(毒されちゃってるなあ、ツルも。)

因みにご当地の中心部には、「○日町」と名のついた地名が多くて、朔日町、三日町、六日町、八日町、十一日町、十三日町、十六日町、十八日町、廿一日町、廿三日町、廿六日町、廿八日町と12もあるそうな。そこは城下町としての歴史なんでしょう。
八戸市博物館サイトには;

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八戸の城下町は、本通りを挟んで表通りと裏通りが足すと九になるよう数字で配されています。
城から延びる本通りを挟んで、西側には表通りの三日町の裏に六日町、十三日町の裏には十六日町と並び、東側には表通りの八日町の裏が朔日町、十八日町の裏が十一日町と並びます。
対になった表と裏を足すと東西どちらも、九、二十九、四十九と九が付きます。表通りには御用商人などの大店が並び、裏通りには職人が集められ、職種によって住み分けも計画されました。
この計画は早くに崩れたようですが、大工町や肴町、馬喰町など、地名にその特徴が残りました。
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と説明されている。なんと、そんなカッチリした構成であったとは!
(十進法における一桁の)数を表す概念の中で最も大きい「九」は特別な意味を与えられていて、家紋の「九曜紋」や宮居を表す「九重」、古代エジプトの「九柱神/エンネアド」などはそれだろう。仏教にも「九品仏」という思想があるな。

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高校まで九州の福岡に住んでいて、その頃は東北の「八戸」なんてどんな田舎やろぐらいに思ってたけどm(__)m m(__)m、縁あってこの人口20万人強の地方都市を訪れるようになってみると、意外にm(__)m活力がありそうなのに気づき始めている。一言で言えば、面白い。
でもそれは、どんな地域にだってそんなところがあるものだろう、きっと。全国規模のご当地公募を追っているばかりでは、そこはどうしても見えてきにくいこと。

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