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2020年5月23日 (土)

【加筆編】デザインとパロディの関係/批判と忖度の境界(NUMBER 1 SHIMBUN):上

cf.
2016.05.06「野老案に目がテン!第4回」
2016.09.16~17「パロディの不在」
2018.08.16「デザインとパロディの関係 / 批判と悪意の境界」

 

やっと、長い長いTOKOLOネタを書き了えたと思った矢先の先週末の土曜日、こんな記事を見つけちゃった。

 

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(2020.05.16 朝日新聞)

 

日本外国特派員協会の会員向けの月刊誌「NUMBER1 SHIMBUN」の4月号の表紙が賛否を呼んでいる。東京オリンピック(五輪)の大会エンブレムを、新型コロナウイルスに見立てたデザインを掲載。ツイッターでは「露骨すぎ」「風刺が利いている」などの声が上がってる。

 

五輪エンブレム、コロナで風刺 デザイナーが語った意図
月刊誌は毎月1日に発行され、協会のウェブサイトでも全文を公開している。4月号は新型コロナの特集号だった。表紙のデザインは五輪のエンブレムに似た図柄で、新型コロナを意味する「COVID-19」の文字が記されている。
このデザインについて、ツイッターなどでは「オリンピック中止しろとの皮肉ですかね。露骨過ぎてセンスが良いとは思えません」と批判的な投稿がある一方、「秀逸なデザイン」との書き込みもあった。
表紙をデザインしたのは東京在住の英国人デザイナー、ポセケリ・アンドリューさん(58)。新型コロナに関する情報が日々変化するなか、「いま、何が起きているのか」をインパクトある形で描いたという。麻生太郎副総理の「呪われたオリンピック」発言や、五輪延期が発表された後に日本国内の感染者数が急増したことへの疑問にも着想を得たという。

 

「人々はギリギリまで予定通り五輪を行うことを望んでいたが、いよいよ延期は避けられず、五輪中止の可能性も現実味を帯びてきている。『コロナ五輪』と揶揄されるどころか、五輪が新型コロナの『被害者』となってしまうかもしれない可能性もある」と意図を話す。「風刺には、権力に対して真実を語る、という重要な役割がある」とも語った。

 

大会組織委員会は「大会エンブレムと新型コロナウイルスがあたかも関連しているようにデザインされ、遺憾」としている。組織委で働く男性は「コロナウイルスが終息する道筋も見えない中でまだ開催する気なのか?と問われているように思えた」と語る。

 

イラストレーターで風刺漫画家の山藤章二さん(83)は「パロディーは圧倒的に力をもった側が庶民のセンスとずれているときに使うと『快哉』ということになる」とした上で「ウイルスの問題は医療の崩壊といわれるようなシリアスな問題なので『痛快なパロディー』とはいい難い」と話す。

 

風刺漫画家の橋本 勝さん(78)は「世界中で大問題になっているコロナは描くべきテーマだが、人間の営みを自分たちで規制するしかないという側面もあり、描くのが難しい」と語る。(西村奈緒美、荒ちひろ)
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作者への「込めた思いやツイッター上の反応について」のインタビューも別途紹介されている。

 

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(2020.05.16 朝日新聞 抜粋)

 

〔前略〕

 

――デザインにはどのような意図があるのか。

 

このデザインは新型コロナウイルスが日本に与えた影響について表したものであり、そこには当然、東京五輪も含まれる。人々が抱く疑問を投影したもので、日本政府や開催都市を批判する意図はない。なぜなら私たちはまだ、最善の策について十分な知見を持ち得ておらず、政府や東京都を批判するには時期尚早と考えるからだ。
外国特派員の多くは政府を批判するよりも、読者の疑問に答えられるような情報や「真実」を提供しようとしている。このデザインが投げかけているのは「日本で今、何が起きているのか」「五輪延期の意思決定に新型コロナはどのような影響を与えたのか」ということだ。

 

――ツイッターには「露骨過ぎる」といった投稿もある。

 

その指摘はよく理解できる。しかし、暗喩として五輪延期と新型コロナを関連づけるのは妥当だと思う。私はこのデザインに五輪のエンブレムを使うべきか、時間をかけて考えた。エンブレムをデザインした野老朝雄さんには申し訳ない気持ちもあるが、デザイナーという立場で仕事をしている人であれば理解を示してくれるのではないか。

 

――一方、東京五輪と新型コロナを関連させて東京五輪を「コロナ五輪」と呼ぶ声もある。

 

五輪は巨大なイベントで、批評に耐えうる対象だ。例えば、私の出身国で開かれた2012年のロンドン五輪は大会前、多くの批判を受けていた。「大会組織委員会は権力を持ちすぎている」「ロンドンは五輪を必要としていない」など。しかし、終わってみると大会は成功したと受け入れられた。その意味で、東京五輪が新型コロナと結びついて記憶されてしまうとしたら、福島第一原発事故によって日本全土が放射能に汚染されたかのようにいうのは誤りであるように、それは不幸なことだと思う。もし中止になれば、「コロナ五輪」と揶揄されるどころか、コロナの「被害者」となってしまうかもしれない可能性もある。

 

――風刺にはどのような役割があるか

 

このデザインはまさしく風刺だが、表紙は一つのスナップショットであり、雑誌の内容を知らせるポスターの役割も持つ。表紙は端的に伝わるものであるべきだし、ある時には新聞の政治漫画のようでもあるべきだ。(聞き手・西村奈緒美、荒ちひろ)
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すごく後味が悪い。

 

件の表紙はこれです。

 

公益社団法人 日本外国特派員協会/Foreign Correspondents' Club of Japan
NUMBER 1 SHIMBUN
April 2020 Vol. 52 No. 4 表紙
Andrew Pothecary
Pothecaryno1shimbuncover

 

冊子版も400円でお求めになれるみたいだけど。

 

まず「ポセケリ・アンドリュー」の表記を不思議に思って調べてみると、やはり日本風の “last name first” のようです。日本ではそれで通してるんですかね。それとも。

 

ポ氏は2016年8月には「英国人デザイナーが教えるアルファベットのひみつ/Alphabet Secrets Revealed by a British Designer」なる書籍を出しており(いやマジで)、Amazonでは;

 

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「アルファベットの文字にはこんな意味があったのか!」
「英語圏人はどのような印象を持つのか?」など、A、B、C…の成り立ちや英語圏での使われ方がわかります。

 

本書は、日本やイギリスで活躍している英国人グラフィックデザイナーが、英語のアルファベットの一文字一文字について、それぞれの成り立ちや歴史、英語圏人が各文字に持っている印象、そしてデザインに用いるときのグラフィック的な意義などを解説していく内容の本です。

 

〔後略〕
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などと説明されている。邦題と英文タイトルがいささか異なるのが何だか胡散臭いけど。

 

あたしゃそんなの、Chris Van Allsburg(米国)の絵本 “The Z Was Zapped” (1987)で学びましたがね。26文字が遭遇する様々な災厄を鉛筆画で描いたという大人テイストのAlphabet Book。とにかく美しい本です。もちモノクロ。邦訳はさすがに出ていません。

 

Vanallsburgthezwaszapped

 

ポ氏については、上記著書の刊行当時;

 

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英国出身。日本在住歴13年のフリーランスグラフィックデザイナー。書籍、広告、エディトリアルデザインなど、印刷物のデザインを幅広く手がけている。雑誌『J@pan Inc』のために来日、英国に帰国後、『The Daily Telegraph』(デイリー・テレグラフ)/『The Sunday Telegraph』(サンデー・テレグラフ)に参加。商業部門のアートディレクターに就任し、4年間勤務する。2006年にフリーランスデザイナーとして再度来日、日本に移住する
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と紹介されていた。てことは今年で日本在住17年になるのか。

 

朝日の記事に戻ってと。
山藤のコメントには到底賛同し難い。
ついでに言えば、今般の件で医学界には重大な責任があると考えている。ツルは大学時代の3年目、さる病気で7ヵ月間余り大学病院に入院した経験があって(丸々1年休学しました。その最後の辺りで、別の病気で同じ病院に入院していた母親を亡くしました)、卒業直前にはまた別の病気で別の大学病院に2ヵ月ほど入院したこともあって(卒業試験は病院から受けに行ったっけ)、現場の医療者達の献身的努力については今でも鮮明に覚えているし、感謝している。
しかし、上記のことはそうしたレベルとは全く別の話。院内感染の問題(当時の関心の中心はMRSA/メチシリン耐性黄色ブドウ球菌/Methicillin-Resistant Staphylococcus Aureusであって、Virusではなかったとは言え)は80年代の当時からあったのであって、やがては来るであろうPandemicのことも主治医のドクターとよく話していた記憶がある。学生だったから、怖い物知らずでそんな話題もばんばんぶつけることができたんです。
長い月日が流れ去ってPandemicが非常にわかりやすい形で現実化した今、この40年近くの間、医学界、特に疫学界は何をしていたのだと思うわけ(日本に限った話ではないが)。

 

山藤の考えは、現在の閉塞状況と同調圧力を端的に示すものに他ならないと思う。シリアスな状況だからネタにできないというのであれば、パロディや諷刺などというものの依って立つ場所はないじゃないか。山藤と言えば長く週刊朝日の似顔絵塾やら何やらの連載を続けたことで知られているけれども(嫌いでした。あの路線の「特徴をよく捉えた」的な有名人の似顔絵を目にすると、今でもうんざりする)、そんなのパロディストの在り方としてはどうなのかと思う次第。
橋本の言に至っては、だから何が言いたいのだと思うけれども、これらは結局、記事を書いた側の咀嚼不足によるのではないかと思えてくる。

 

(続く)

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