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2021年1月 4日 (月)

【告発編】青森の空の下、著作権の境界上;その組市松紋は適正か?

(承前)

 

このネタ、ついに越年してしまいましたが、ここで思い出されるのは、2016年4月末の組市松紋エンブレム発表後一月ほどして東京目黒で急遽開催されたさるシンポジウム的イベントのこと。(この件はずっと前に気づいていて、すっかり愚blogでも書いたつもりになっていたら、ツルの勘違いでそうではなかったので今になってものする次第。)

 

20160527symposium

 

EaR RECTURE
SCRABMLE
GUEST LECTURERS
アーティスト 野老朝雄
建築家 松川昌平
弁護士 水野 祐(たすく)
緊急鼎談:幾何学は誰のもの?
2016/05/27 FRI
18:00-20:30
Impact HUB Tokyo
http://noizear.com/recture/

 

松川は「ランダム・エンブレム・ジェネレーター」を作り上げた野老の友人(cf. 2018.02.12「オリンピック/パラリンピックエンブレムの組市松紋のパズルを作ってみた(下段)」)。ポスターの組市松紋的地紋はこのジェネレーターによるものである。コーディネーターは主催した建築設計事務所「noiz」の豊田(とよだ)啓介が務めた。
松川も noiz も、その後2017年10〜11月に渋谷で開かれた「野老朝雄展 CONNECT」に出展している(cf. 2020.04.05「むすんで、つないで:第十五結節の軋み」)。

 

えーーーと、なぜ “Lecture” ではなく “Recture” なんだってところから申しあげますと、「RECRIATION x LECTURE」ということらしいんですが、ならばなぜ “RECREATION” ではないのかという点は謎です😜。

 

それにしてもああ、目黒なんて前の職場にゃめっきり近かったんだし(^_-)、知ってたら絶対行ったのに!!こんな興味深い内容だったんですよ↓。

 

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(2016.05.19 Facebook noiz アカウント 抜粋)

 

デザインにおける幾何学の展開性・組合せを商標がどこまで規定し、オープンな環境下で特定の遺伝子を持ったデザインが生成されるプラットフォームは今後どこまで認められていくのか、アーティスト野老朝雄氏、法律家水野 祐氏、建築家松川昌平氏をゲストに迎え熱く議論していただきます!
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  しづやしづ
  賤のをだまき繰りかへし
  昔を今に なすよしもがな

 

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(2016.06.19 緊急鼎談 EaR Recture レポート 抜粋)

 

幾何学は誰のもの
野老さんは自身のデザインにおいて幾何学の無数にある組み合わせの中からあるひとつの美しい形を “見つけだした” に過ぎないと言います。発見なのか創造なのかの線引きはそもそも難しい中、近年の法律では例えば遺伝子の分離は配列に特許が認められるのか、といった形でも議論がなされているといいます。
この “型” をオープンにして誰でも使えるようにすることの利点や危険性についても議論が行われました。水野さんによると、たとえばプログラムのアルゴリズム(解法)自体は著作権法上保護されないと明記されているように、“型” はアイデアまたはそれに類するもので誰かが権利的に独占できるものではないようです。“型” のオープン化は悪意を持って公開された “型” を利用し不当に権利を得る人が現れてしまうという危険性もある一方で、プログラミングにおけるオープンソースの考え方のように多くの人が利用することでそのデザインの大きな発展を促すと共に、その “型” を作り出した人の価値や権利も高めていく可能性も大いにあるのではないかとのことでした。
野老さんはいろんな人がデザインに対して様々な親(生みの親・育ての親、等々)になってほしいと言います。今回の鼎談のテーマが示唆しているように、今のところそしてこれからも幾何学は誰のものでもなく、かつみんなのものであると言えるのではないでしょうか。そんな中、各個人がデザインを我が事として盛り上げていくという流れこそが今後価値を持って行くはずです。

 

今回の鼎談には幅広い方々に来場いただき、有意義な意見を色々と伺うことができました。会場全体で盛り上がったシーンも数え切れないほどあり、皆でデザインを盛り上げていこうという強い意思を感じることができた会でした。何より表象に現れる “形” とその背後のアルゴリズムである “型” という考え方やその価値体系は法的にもまだまだ曖昧な部分であり、今回の鼎談が新しくかつ創造的な事例として世間に問いかけるきっかけとなれば何よりです。
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ううむ、深い。しかしだからと言って、勝手に自分のとこのロゴなんかに使っていいということじゃないと思うけど。今年、つまり2021年、オリパラが開催される(はずの)「TOKYO」にも、組市松紋を(お安く)使いたくてたまらん企業はごまんとあるだろうが。
それとも上記のコメントから推測するに、野老は実質的にはそこまで許容していたのだろうか?(ツルに言わせればそりゃ少なくともオリパラ終了後の話でしょと思うけど。)

 

ついでに言うと、上記文中の「たとえばプログラムのアルゴリズム(解法)自体は著作権法上保護されないと明記されているように」という例示は、このような文脈ではちょっと乱暴なんじゃないですかね。日本の著作権法の条文を抜粋すると次のとおりである(適宜アラビア数字変換等を行ってます)。

 

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第2条 第1項 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
第10号の2 プログラム 電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。

 

第10条 第1項 この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
第9号 プログラムの著作物
第3項 第1項第9号に掲げる著作物に対するこの法律による保護は、その著作物を作成するために用いるプログラム言語、規約及び解法に及ばない。この場合において、これらの用語の意義は、次の各号に定めるところによる。
第3号 解法 プログラムにおける電子計算機に対する指令の組合せの方法をいう。
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法令条文なのに「おおむね」なる単語が使ってあるというwwww。

 

著作権法が相手にする広範な分野のうち一部分に過ぎないコンピュータ言語の世界の話を、ここでこういう風に引き合いに出しちゃっていいの?それにツルは組市松紋は(オリパラエンブレムの)解法ではなくプログラムそのものだとばかり思っていたので。

 

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愚blogではTOKOLOデザインの追っかけをやったりもしていたわけだけれども、つい最近、さる大学の美術系の先生をやっている年若い友人と話をしていて、この友人が五輪エンブレム(やその他のTOKOLOデザイン)を評して「あれはデザインではない、公式だ」と言うのを聞いて目から鱗が落ちた(必ずしも否定的文脈ではないが)。ツルが漠然と抱いていた疑問のようなものにすぱっと形を与えてくれた感じです。
前に、「数学者には風景が数式で見えるという」と書いた(cf. 2015.09.26「Problems in Emblems:3」)。それは建築家の場合も同様かもしれない。自分を取り巻く世界の中から「個と群と律」を数式(ないしはそれに近い形)で取り出すことが、野老にとってのデザインという作業だったのだろう。

一方友人のコメントは、「風景が数式では見えない」、あるいは「外界を数式では捉えない」、「美に公式化を持ち込まない」者からのアンチテーゼでしょ。“Computational Design” とは違う見方ということかも。この友人はデザインというより Fine Art の分野が専門だけれど --優れた現代美術の作家にして、わかりやすく言えば「藝大」の油画科から院の博士課程まで(学歴ロンダリング(^_-)なしに)出た俊秀であられる🙇--、むしろだからこそ客観視することができるのかもしれないと、そんな風にも思います。

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