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2022年1月 3日 (月)

【新春編】半世紀前へのタイムスリップ - 忘れじの鯉のゆくえ

(承前)

 

cf.
2021.12.25「〽️カネに恨みは数々ござる ネタに不足も数々ござる(十六)」

 

さて、三が日までは何か毒気のないネタを、と思ったら案外愚blogでは難しいww。でもこれを見つけました。

 

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ご当地荒尾では錦鯉の養殖も盛んだったので、大牟田を含めた界隈ではその錦鯉を飼っている家も結構あって、ツルんちもそうでした。これも確か、父の部下の人が持ってきてくれたのがきっかけだった(庭には元から池があったので「飼うてみんしゃれんですか」みたいな感じで)。決して成金趣味といったものではなくて、それは地域に溶け込んだ文化の一つだったと思う。
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荒尾の鯉から始まったツル家の錦鯉はその後どうなっていったか?というお話です。

 

(注:実際には、野良猫にやられることも多かったので、飼い始めた頃の個体がそのまま、てなことは全くなかったんだけれど、その話はまた後ほど。)

 

少年時代、福岡県大牟田市に数年住んだ後、福岡市南区老司に今の家を建てることになった時、池の鯉をどうするかということになりまして。既にこの生ける宝石にハマり始めていた父親が池を掘ることに決めて、新居のすぐそばに庭師の親方が住んでらしたのでご近所の誼で庭造りを頼み、鯉たちも一緒にお引っ越ししたのが1975年10月。国勢調査のタイミングだった。
このあたりは、大人になってから父親と話をしていたら、当時中学1年だったツルが「鯉も連れて行く!」と言い出したから池を作らせたのだと言っていてこっちがびっくりした。ツルの記憶の中では、父親がこの道楽に深入りしていってそうなったとばかり思い込んでいたので。記憶はどうあれ、事実は父親の言っていたことが正しいのかもしれない。

 

あれ??でもおかしいな?
庭が完成したのは家が建ってしばらくしてからだった。だから住み始めた初めは庭や池どころか門もカーポートもフェンスさえもなかったのを覚えている。庭造りが始まると、まず、どでかい庭石が次から次に運び込まれて家族みんなびっくりしてたもん。あんまりたくさん入るので心配した母親が「大丈夫ですか」と尋ねたところ、親方の返しが振るっていた。 「庭木は育つばってん、岩は育ちまっせんけん。木が育った時にちょうどようなる」 半世紀近くが過ぎ、その言葉が真実至言であったことを今しみじみと感じます。 閑話休題。 とすると、池ができあがるまで、鯉はどこにいたんだ??大牟田の家に残してきちゃったのかな??
あ、そうだ、母親の実家@福岡市東区馬出(まいだし)の池に半年ぐらい疎開させてたんだ!そうだよ。だんだん思い出してきた。

 

ともかく、その後長く父親は錦鯉を楽しんでいた。
前述したとおり、初めの頃はずいぶん猫に捕られたんですよねー。十数匹いたのが一晩のうちに全滅なんてことさえあった。朝起きて見てみると池の周りに鱗が散らばってるんです😢。金網張ったりもしたんだけど、ちょっとした隙間から手(前脚)を入れてかっさらうのか、ほぼ効果なし。岩の上に何時間も何時間も座って覗き込んで待って狙ってるんですよ、猫って。
しかし、ここで件の親方がこんなことを言ったらしいんです(ツルは既に大学進学で京都に行って、実家を離れていた)。

 

「ツルさん、フィルターをもっとよかとに変えんしゃれんですか。水がきれいになったら猫は捕りまっせんバイ」

 

当時、庭園灯を兼ねたフィルターを入れてはいたんだけど、水の透明度をキープするという意味ではまるで効果なし。夏場だと、1週間程度で水が緑色に濁って鯉の姿なんて見えやしなくなってたんですよね。ぶっちゃけ、これで錦鯉を飼ってると言えるのか、何のために手間ひまかけて飼ってるんだ、というところもあったわけ。飼ってるんだ。水は地下水汲み上げだったので割と掛け流しに近かったんだけど、それを上回るスピードで藻類が繁殖するわけ。それが、水をきれいにしたら捕られなくなるだなんて、俄には信じられなくて。なんかすごく口車っぽい気がするでしょ。普通だったら逆だろと思うよ、誰でも。
でも植木屋さんの言ったことは本当にホントだった。
ある時帰省してみたら、でっかい立派なフィルターが設置されていて、聞けば当時のお金で30万円強かかった由。びっくりしました。とっつぁん、そこまで嵌まったか!
も一つ驚いたのは、夏であろうがいつであろうが、池の水がいつもピカピカに清み切っていたこと。フィルター次第でここまで違うものかといたく感心しました。さすがにそうなると「生ける宝石」感もいや増すというもので。
そして、水が透明になってからというもの、決して猫にやられることはありませんでした。ほんとに不思議なんだけど、水の中の鯉からも猫の姿が見えるから取られなくなるんだろうか??

 

車で15分ほど行ったところに鯉屋さんも(当時は)あったので、父親は孫たちを連れて行って好きな色や模様のを選ばせて買ってきたりもしてました。「○○ちゃんの鯉」にしてたわけ。決して高いものではなくて、一匹で平均千円ちょいぐらい、どんなに高くても3千円を超えることはなかったけれど。
「錦鯉図鑑」みたいな本も家にあって、ツルも結構熱心に読んだから、基本的な錦鯉の観賞のお作法ぐらいはわかります。紅白ならば抜けるような白地に頭の方からくっきりした鮮明な赤が稲妻形に左右バランスよく入るのがよいとか、口元に赤が乗るのは下品とされるとか。

 

そして時は流れ去り、1999年6月に父親が亡くなった後、空き家となるこの家の錦鯉たちをどうするかということは再びなかなかの大問題になった。一族郎党、思案投げ首していたんですが・・・

 

(続く)

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