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2022年7月30日 (土)

【加筆編】Mauvais Sang, Partout #12(日本ハンドボール協会・新潟県立看護大学・世羅町章)


(承前)

 

もうやめようと思ったんだけれど、「11」じゃどうも収まりが悪いのでもう一回二回書いときます(どうせ作品は似たり寄ったりで恐縮ですばってん💦)。

 

【#8】で挙げた時津町イラストより更に舊きいにしえ、1998年募集のヴィンテージ咄。

 

財団法人 日本ハンドボール協会(現 公益財団法人 日本ハンドボール協会)
シンボルマーク
(入賞)
駒井 瞭(63歳:大阪府東大阪市:グラフィックデザイナー)
Komaijapanhandballassocnext

 

「やっぱりね😖」としか言いようがない(キャラクターじゃなくてシンボルマークの公募なんですよ)。
文章にせよ然り。

 

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ゴールへシュートする[ボール]を[手]に、スピーディでダイナミックなハンドボールを楽しむ姿を、子供たちから大人まで誰にでもよくわかり親しめるよう少しキャラクター的にデザインし、[黄色]は機敏性・判断力・瞬発力・耐久力を育てるハンドボールの魅力と堅硬づくりへ波打つ生涯スポーツの歓びを、[黒]は人と人とが手に手をつなぐ心ふれあうチームワークと夢拓く供遊の輪を、[赤]はハンドボールに燦然と輝くハンドボールへの限りない情熱を表現し、これは又ハンドボールが21世紀に向かって力強く飛翔発展する雄姿を象徴したものです。
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こりゃまたすげえ文章だし、すげえtypoがありますねえ。駒井は「雄姿」ではなく「勇姿」の表記をいつも用いているので、そこはまあ事務方の転記ミスだか裁量だかによるものとしてだ、「堅硬づくり」「供遊の輪」って何なんだよ、どゎっはっはっはっ。誰が間違ったんだろう。

 

募集要項にはこんな一節もあったから↓、ひょっとしたらこれが「21世紀をリードする」というClichéのルーツなのかもしれません。

 

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21世紀に向けて発展するスピーディーでダイナミックなハンドボールをイメージできるシンボルマークを、広く愛好者および一般から募集し、全員参加でのハンドボールの発展に寄与することを目的とする。
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当時始まってもいなかった「21世紀」は、まだ光り輝くGoalとしての存在価値を持っていただろう。駒井もまだ63歳だったというのに、既にこんなテンプレートで凝り固まっていたわけ。そして四半世紀近く、同じMethodを使い回してきたとは。

 

The night was young, and so was he. But the night was sweet, and he was sour.
夜は若く、彼も若かった。が、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった。

 

(特賞)
渡辺信一(38歳:宮城県:グラフィックデザイナー)

 

(入賞)
井口やすひさ(53歳:東京都:グラフィックデザイナー)
筒井 孝(42歳:福岡県:グラフィックデザイナー)
駒井 瞭

 

なお、本公募の設計には変遷があり、上記の結果は1999.04.19に発表されたものだけれども、当初1998.10.19に同協会サイトで公表された募集要項では;

 

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6,賞品
特選 1点 賞金10万円と賞品 日本協会制定ブレザー
佳作 2点 賞金3万円と賞品

 

7,入選作品の利用について
特選作品は、(財)日本ハンドボール協会のシンボルマークとして使用し、日本協会作成の物品、ポスター等に挿入していくこととする。
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とされていた。入選が1点増えたわけです。
一方、発表後の1999.06.01発行の同協会機関誌「ハンドボール」第397号では;

 

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3月20日に開催されました新理事会において、シンボルマークとキャラクター的なデザインとを分けて投票にて選出することとなり、それぞれ2点ずつ合計4作品が選ばれました。
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となっていて、全4点はいずれも(添えられた画像を含め)扱いに区別がなく平等である。つまり、結果的に4つのシンボルマークが生まれたということらしい。いや、2点のシンボルマークと2点のキャラクターと考える方が的確か。因みにもう1点の「キャラクター的なデザイン」とはもちろんやすひさ作品↓である。

 

【2016.06.03「丸ブー黄金時代」】
日本ハンドボール協会シンボルマーク

 

現在、これらのいずれもが使用されていない様子だが💦。
コレもご立派な田舎公募(ばっさり)。

 

「雄姿」の表記となっているものは少数ながらあって、ツルの印象では駒井本人がそう書いたものではないような気がする。これほど強固なテンプレート構造を長年保持し続けているのにww、そこの揺らぎはいかにもそぐわない感じ。
例えばこれも。

 

新潟県上越市
新潟県立看護大学
校章
(作者不明)

 

燦然と輝く希望の太陽とみなぎる活力を、[N]は手に手をつなぐ看護の人・もの・情報の発信と保健・医療・福祉の総合的視野に拓く創造性を表現し、これは又、21世紀をリードする新潟県立看護大学が力強く飛翔発展する雄姿を象徴しています。
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この文章なかりせば、駒井作品だとは気づかなかったことだろう。でもそれも、途中まで井口やすひさの文章かもと思わせといて、実は駒井だったというCleverっぷりです。
で、画像はこれ。

 

_komai_niigatanursingcollege

 

へっ??N!?コレが??裏焼きか何かのお間違いじゃないっすか??「n」だとおっしゃるならまだしもww。いや、ロシア語の「И」ないしは「Й」だったかもしれんが😜。それともツルの頭が耄碌してしもうたとね??

 

_komai_niigatanursingcollegemirror

 

ほーれ。こっちの方がNっぽいでしょうが(丸ブーの蠱毒に侵されまくりっす、ツルも)。それにこんなものとの相似も防げたハズだし。

 

広島県世羅郡世羅町
町章
時安浩美(39歳:世羅町青水)
Tokiyasuseratown

 

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世羅のローマ字の頭文字ローマ字[S]を、調和を表す[丸]の中に、伸び伸びとした曲線で白抜きで表現。
Sの上の小さな[丸]は、輝きと希望を表し、全体を人の形を連想するイメージとして表現しました。
イメージカラーは誰にでもわかりやすい力強い[赤]で表現しました。
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こっちはこっちで、「N」(や「И」)じゃなくまさかの「S」白抜きだったという。

 

・・・しかし実際には時間軸が逆で、新潟県立看護大学の開学は2002年4月(校章の制定時期は不明)、世羅町章決定は2004年8月(同年10月に世羅郡の甲山町(こうざんちょう)・(旧)世羅町・世羅西町が新設合併)だったんですがね。
類似の責めを負うべきは世羅町の方だったようで。

 

今日の結論。
駒井の場合、名前のクレジットなんかなくってもへっちゃらってことよ♥ww。

 

― Inspired by;
Opening line of “Phantom Lady” (1942) by William Irish (alter ego: Cornell Woolrich) (1903.12.04~1968.09.25)
「幻の女」稲葉明雄(1934.02.01~1999.03.17)訳(1973年版)書き出し ―

 

(続く)

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