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2022年8月14日 (日)

町田義人にドハマり(1番)

このところなぜか愚blogへのアクセスが急増していて、その理由がわからないのでいささか不安でもある。そんなわけで今日は冷やし玉としてちょっと毛色の違う御題をば。(JASRACがまたきいきい言ってくるかな?)

 

近ごろなぜか、町田義人(1946.09.21~)にえらくハマっている。70年代後半、映画やドラマ、CMなどの歌を歌っていた歌手です。今になってなぜ?というところは忘れちゃった。(あ、そうだ、島田陽子死去 → 犬神家の一族 → 角川映画 → 野性の証明、ときたんだ。)

 

世に一番知られているのは何と言ってもこの曲だろう。1978.10.07公開の角川映画第3弾「野性の証明」(主演 高倉 健)の主題歌。毎日毎日大々的にTVCMが流れてましたよねえ。今やすっかりお母さん俳優になっちゃった薬師丸ひろ子のデビュー作でもある。

 

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戦士の休息
 作詞:山川啓介
 作曲・編曲:大野雄二
 歌: 町田義人
 (1978.08.10リリース)

 

ありがとう ぬくもりを
ありがとう 愛を
代りに 俺の生命(いのち)を 置いてゆけたなら
男は誰も皆 無口な兵士
笑って死ねる人生 それさえあればいい

 

ああ 瞼を開くな
ああ 美しい女(ひと)よ
無理に向ける この背中を
見られたくはないから
生まれて初めて辛い
こんなにも 別れが

 

ああ 夢から醒めるな
ああ 美しい女よ
頬に落ちた 熱い涙
知られたくはないから
この世を去る時 きっと
その名前 呼ぶだろう
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意外に短い歌だったんですね。作曲が前々年の角川映画第1弾「犬神家の一族」と同じ大野雄二というのも当時ツル的には大変意外だった(cf. 2015.03.23「角川映画「犬神家の一族」」・2015.03.25「愛のバラード」)。だってぇ、大野雄二って「♪ピロピロピロピロピロ」が特徴でしょぉ?「ルパン三世 カリオストロの城」や「100万年地球の旅 バンダーブック」だってそうだったじゃん。それがここでは片鱗も見えない。
リアルタイムでも知ってるけど、当時はそんなにいい曲とも思わなかったんです。Stereotypeな「漢」を前面に打ち出した角川映画の戦略にもちょっと反発を感じないではなかったし、むしろ、町田義人って大作映画やドラマのタイアップの歌ばっか歌ってるよね、みたいな感覚が(一般的にも)あったような気がする。ちゃんと評価してなかったんだなあと今さら悔やまれます。

 

でもね。誰が作ったとか、詞がいいとかメロディが印象的とか、そういったことで評価してるんじゃないのだ、ツルは。ひたすら町田義人というSinger/Vocalistの圧倒的な歌唱力と説得力にメロメロになってまして。

 

当時「夜のヒットスタジオ」に出演した時の映像がYouTubeにアップされていて、このパフォーマンスがもう絶品よ。(愚blogのDisclosure Policyとしてリンクは張らんっ。)

 

Machidayoshitosings

 

カッケー、この首この血管この喉仏😍。そして、男は誰も皆、斯くも美しい顎のラインをどんな歳にも保ちたいものである(アラ還ツルは現在まで好位置をキープ✌)。

 

続いて、やっぱり「漢」路線でこの歌。エド・マクベイン/Ed McBainの小説の翻案によるフジテレビ系ドラマ「87分署シリーズ・裸の街」(1980.04.14~10.06;主演 古谷一行)の主題歌だったもの。

 

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 作詞:吉田 旺
 作曲:中村泰士
 編曲:高田 弘
 歌: 町田義人
 (1980.05.01リリース)

 

翼なくしたピエロよ もう涕くな
やがて化石の都会(まち)にも 陽が昇る
人間(ひと)は涙で心を 洗うたび
一つ強くなれるもの
見果てぬ悲しみの河一つ 越えるため

 

うつむくな ふりむくな
愛の歌 甦るまで
人間は一人じゃ生きられない
愛がなければ 生きられない
愛こそ命炎(いのちび)・・・・・LOVE!

 

光忘れた空にも 鳥は舞い
夢も見えない窓辺に 花は咲く
生きる辛さに背中を 向けるより
胸の炎掻き立てて 明日の波間へと
漕ぎ出せよ ひとすじに

 

うつむくな ふりむくな
愛の歌 甦るまで
人間は一人じゃ生きられない
愛がなければ 生きられない
愛こそ命炎・・・・・LOVE!
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時代が鮮烈に蘇りますなー。この曲は当時からカッコいいと思っていて好きだった。トランペットを華やかに鳴らす大げさな(ホメてるんですよ)イントロは、内山田洋とクール・ファイブの「そして、神戸」(1972.11.15リリース)とも通い合うものがある。それを言ったら、ボーカルの力ということ自体、昭和的概念なのかもしれないが。
なんといってもその伸びやかな声が印象的ですよねえ。やや鼻にかかっていて、常にビブラートがかかって揺らぎが入っている感じ、でも過剰ではなく。それがダイレクトに心に突き刺さってくる、そこが大きな魅力。声そのものに説得力があるって、こういうことなんだろう。バラードやブルースではとても大切な要素だと思う。

 

この歌声を端的に表すならどんな言葉がふさわしいだろう。なんつーかな、「うまい」「表現力豊か」「格好いい」「男っぽい」「渋い」「泣ける」なんかでは表し切れない感じ(脱線するけど、Dreams Come Trueの吉田美和もすごくうまいとは思うが「表現力豊か」とは必ずしも言えない気がする)。これを「哀愁」と呼ぶのもちょっと違う感覚。「哀しみ」「切なさ」「ひたむき」「誠実」あたりは近いかもしれない。あれこれ考えていたら、ツルの高校時代(福岡県立筑紫丘高等学校でした)の文化祭のテーマで「力と熱と哀しみと」というテーマフレーズが使われていたことを40年ぶりに思い出しました。2年生の時だったかな。だったら1979年5月だ(ツルは化学部だった・・・・・・)。結構ぴったりくる。
聴く人のその時々の心次第で、こうした諸々のどれを強く感じるかが変わってくるということかもしれない。「琴線に触れる」っていうことなのかも。
あるいは、それらをひっくるめて「やさしさ」という名前を与えたのが1970年代という時代だった気もする。

 

だからと言って、カラオケで自分で歌おうという気持ちになるかというと、それはあまりないよって思いもある。こんなに胸に迫る説得力をもって歌える気がまるでしないから。これはヘタクソに歌っちゃいかん歌やろってツルは思う。いや、そうじゃないな。上手下手の問題じゃなくて、フツウの声じゃダメやろって感じ。
言い換えれば、ツルがもし女の子だったら、ですよ、男子からこんな声でこんな風に歌われたひにゃあ泣いちゃうよなー、きっと。
山口智充が戦士の休息を歌ってる動画もあるけど、「うまいんだけど歌詞の切なさが消えてしまうのが惜しい」というコメントがついていて、それはずばりと的を射抜いていると思う。

 

町田義人は基本的に男歌の歌い手だろうし、ニットキャップに革ジャンにサングラスという無骨なイメージングからしてもそういう戦略だったと思うけれど、次のような女歌(?)もある。

 

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裏町マリア
 作詞:山口洋子
 作曲:むつひろし
 編曲:京 建輔
 (1977.07.21リリース)

 

あの人だけはと 信じてきました
闇夜の 闇夜の向こうの 小さな灯(ともしび)
騙されて 傷ついて 恋に生きる女は
生まれたまんまの 心が欲しいの

 

真っ赤に咲いても いつかはきっと
夜風に 夜風に悲しく 散るのでしょうか
夢もなく 明日もなく 一人生きる裏町
流れるあの星 女の運命(さだめ)か

 

涙のロザリオ まさぐる指に
憂き世の 憂き世の木枯らし なぜ吹きつけるの
いつの日か きっと来る
光満ちた夜明けを
信じて待ちます 裏町マリア
祈りも遥かな 裏町マリア
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ビブラートかかりまくりのこぶし回りまくりっす(笑)。裏町感ハンパねえしww。後にキングトーンズや三好鉄生がカバーしている。この歌もずっと昔から知ってて心に残ってはいて、でも今回調べ直すまで「戦士の休息」より前の曲だったとは知らなかった。こちらはTBS系ドラマ「ムー」(1977.05.18~1977.11.09;主演 郷ひろみ)の挿入歌。
バックコーラスに讃美歌312番(日本基督教団編纂「讃美歌」による付番)のメロディがアレンジして忍び込ませてあることも初めて知りました。「慈しみ深き 友なるイエスは・・・」で始まるアレな。キリスト教の結婚式なんかでよく歌われて、讃美歌としては最も一般に知られた曲だよね。ツルは小学校で「輝く夜空の星の光よ・・・」で始まる「星の世界」という曲として習いました。確か教科書にも「もとは讃美歌」みたいなことが書いてあったっけ。

 

で、この稀代の歌い手についてなんですが、これにも大変驚いたことがいくつかあるんだけど、次回回しってことでここは一つだけネタを。

 

町田義人は「白いサンゴ礁」という歌を歌っていたことがあった(1979.06.01リリース「白いサンゴ礁'79」)。もっと昔、グループ・サウンズ時代末期に「ズー・ニー・ヴー」というグループが歌ってヒットしたナンバー(1969.04.01リリース)のリバイバル(今はカバーって呼ぶんでしょうが)。ツルはリアルタイムでの元歌の記憶はあまりないけど、これも名曲です。もともとはR&Bを中心としたグループだったらしい。
で、ツルはこのことを知った大学生の頃、「事務所かレコード会社が一緒なのかな?それとも何かお友だち?」ぐらいに思っとったんですが、それどころじゃない、町田義人ってそのズー・ニー・ヴーのボーカルだったんですね(@_@) (@_@)。つまりセルフカバーだったわけ。歌唱法も違っているので全く気がつかなかった。上述のヒットスタジオ動画にもちょこっとその話が出てきますが、一般にはこれはあまり言われてなかったのではないかなあ?
アレンジは当時まだ「新しい」ジャンルだったレゲエのoff-beat調になっていて、この曲でそれはどうなのよって感じもあるけど、歌の真実味は元歌よりぐっと増してる気がします。

 

(続く)

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