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2022年11月23日 (水)

【加筆編】Retrospectiveなデザインが可能性を封印する:参(城東小学校・多紀小学校)

(承前)

 

丹後を出したからには丹波も出さずばなるまい、てな話で。

 

〔2010年4月開校〕
兵庫県篠山市(現 丹波篠山市)
篠山市立城東小学校
校章
居関孝男(京都市)
Isekijotoeleschool

 

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(2010.05 広報丹波篠山 No.133)

 

城東小学校の[じ]をデザイン化し、子どもたちが地域に見守られながら、未来に進む様子が表現されています。
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(2017.06.12 居関Facebook 抜粋)

 

篠山市立城東小学校校章、城東の[じ]を用いて、旧小学校章のイメージを取り入れ、太陽が輝く様、川、山、そして雲を取り入れ自然がいっぱいの学校を表しました。
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居関にしてはずいぶん冒険したデザインだなと思う、後年多用される「二重輪郭」も「校名フル表示」もここでは使われていないし。ひらがな使いというところは新しさを感じないけど。
日置小学校・後川(しつかわ)小学校・雲部小学校の3校を統合したもので、校舎は日置小のものを利用しているらしい。後川小は「後川ふるさと交流広場」として、雲部小は「里山工房くもべ」としてリノベーションされた由。残念ながら旧3校の校章は今ではネット上見つからない。
「雲を取り入れ」たというのは「雲部小」の名前に因んだのではないかと思うけれども、それがどのパーツを指しているのかはツルにはわかりません(-。-)y-゜゜゜

 

そしてそれから6年経つと、近くでまた統廃合があって・・・

 

〔2016年4月開校〕
兵庫県篠山市(現 丹波篠山市)
篠山市立多紀小学校
校章
居関孝男(65歳:京都市西京区)
Isekitakieleschool

 

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(2015.11.20 広報丹波篠山 No.200 抜粋)

 

故郷に似ている篠山の風景をイメージし、多紀の[タ]が3つ重なり合うように描いた。篠山は、マラソン大会参加などの縁で、第2のふるさとであり、とてもうれしい。
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(2017.06.12 居関Facebook 抜粋)

 

篠山市立多紀小学校校章、多紀の[タ](カタカナ)を組み合わせ、統合前の三校の意、つなぎ合わせからみんなの輪、そして山々と川の流れを表わしました。
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6年経つうちにすっかり居関テンプレートができあがっていたようです。[二重輪郭]も[校名フル表示]もそうだし、[Symmetry化]もそう(左右対称ではなく回転対称ではあるものの)。これが「タ」??てなところはさておきww、三つのパーツのつなぎ目が噛み合っていないことが気になるのはツルだけですかね?
それにセンセ、内陸の篠山市がセンセのお里、日本海沿いの福井県小浜市に似てるとか(一体どこが???)、センセがランナーだとか、そんな事情はどうでもいいんですってば。

 

この学校統合は次の3校によるもの。

 

村雲小学校
Murakumoeleschool

 

福住(ふくすみ)小学校
Fukusumieleschool

 

大芋(おくも)小学校
Okumoeleschool

 

ほほーん、なるほど。正三角形の造形は元からあったわけだ。

 

校舎は村雲小のものを使うこととされた。
その名も床しい「村雲」は、平安期に詠まれた和歌に由来するという。

 

雨の下年へぬ秋ぞなかりける村雲の神のしるしに
     大江匡房

 

不思議な歌で意味がよくわからないけれど、「村雲の神」とは天孫降臨ののち高天原から天津水を持ち来たったという天村雲命(天押雲命)のことだろうか。校章に[剣]が入っていることからして、天群雲剣に関わる伝承がある土地かと思ったんだけれど。
「大芋」は古くは「大雲」とも書かれ、切り芋が雲のような形をしているので「おくも」と呼んだことに由来する説、洞穴に土蜘蛛が住んでいたので「大蜘蛛」→「大雲」となったとする説があるそうな。
いずれも「雲」にゆかりのある地名なんですな。前述の城東小の母体の一つである雲部小の「雲部」も、明治期にこちらの「村雲」の「雲」と「宗我部」の「部」から取られた合成地名。旧 雲部小(現 里山工房くもべ)と旧 村雨小(現 多紀小)は直線距離で3km程度しか離れていない。

 

大芋小は、2020年4月から(実際には緊急事態宣言のため同年6月から)「泊まれる学校 おくも村」という施設になっている。
福住小には、「飲食店の開業を目指す方に、期間を決めて営業にチャレンジするための場所・設備をお貸しする空間」として「チャレンジカフェ」なるものができていて、2018年10月から学校カフェ「めしと、つけもんと、パンと、」(by 原田久美子)が入り、これが3年間の契約期間満了で近くに移転・改名した後、2022年5月からは最長3年間の期間限定でカフェ「ノウム」(by 木村百合子)となっている。

 

こういう再利用、もう定番になってるんでしょうね。 そう言えば、ツルが今月の初めに旅した沖縄で、ちょっとしたつてがあって、北部の名護市で「第2回 風と緑のちいさなクラフトフェア」というイベントに行ってきたんだけど、この会場だったのが「古酒泡盛の歴史・文化を広めるとともに、モノづくりを伝える場として」作られた「黙々100年塾 蔓草庵」(by 島袋正敏/せいびん)という施設。2009年3月に統廃合により閉校した名護市立天仁屋(てにや)小学校の真向かいにあって、学校の敷地内でも琉球藍の藍染めのワークショップなんかやってました(それを見に行ったようなもんです)。 過疎地で人の集まるコミュニティセンター的な役割を果たしている場所って、こういう旧い小学校校舎のケースが結構ある気がするし、今後もそれは増えていくんじゃないか。建物は公民館より立派だろうしね。ツルは斜めから見て、そうした役割はひょっとしたら事実上コンビニが果たしていくんじゃないかと思ったりしてるんですけど(苦)。

 

あ、ついでに言うと、南部の南城市で斎場御嶽に行こうとしてたら「第19回 尚巴志ハーフマラソン」ってのがあってて、ちょっと交通規制に巻き込まれたりもしました。ご多分に漏れずコロナ禍のため2020年・2021年は「なんじぃRUN」と称してオンライン開催(@_@)で、2019年の第18回から実質的に3年ぶりの実開催となったせいもあってか、総エントリー5千人程度と結構大きな?大会だったようです。三密どころか五千密(゚д゚)!沖縄大好き&走るの大好きな居関センセも参加なさったりしてたんでしょうかね?

 

丹波に戻りましてと。
ご当地の変遷を逆時系列で辿ってみると、面白いことが見えてくる。縮図的なものが明らかになってくるんだよね。

 

2019.05.01
篠山市が丹波篠山市に改称

 

1999.04.01
多気郡の篠山町・今田町(こんだちょう)・丹南町・西紀町(にしきちょう)が新設合併により篠山市となる

 

1975.03.28
(旧)篠山町・城東町・多紀町が新設合併により新たな篠山町となる

 

1960.01.01
城東村が町制施行して城東町となる
多紀村が町制施行して多紀町となる

 

1955.04.15
村雲村・福住村・大芋村が新設合併して多紀村となる

 

1955.04.10
日置村・後川村・雲部村が新設合併して城東村となる

 

つまり、城東小・多紀小の名称は1975年より前の旧町に対応した名前に戻った形になっているわけ、きれいに。また、1955年より前には旧村に一つずつ小学校があったのだろうということも見て取れますが、いかんせん昭和は遠くなりにけり。今や統合で遠くの小学校にスクールバスで通うのは地方じゃ割と普通のことになっちゃったようだし。
(篠山市と言えば、愚blog的には当然アノお隣との因縁ネタに触れないわけにはいかないんですが(⁠-⁠_⁠-⁠)、それはまた回を改めまして。)

 

2009年募集の城東小校章も2015年募集の多紀小校章も採用対価は10万円。この年代はご当地公募の相場が下落し始めた時期とも重なるようだから、知的労働量等も考慮するとww、相対的にこの対価価値ないしはコストパフォーマンスは上昇したと考えてもいいのかもしれない。
まあねえ。前者ぐらいの密度の作品いつも作ってくれてりゃと思うけどねえ。

 

(続く)

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