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2022年12月

2022年12月31日 (土)

【スーパーローカル編】今はもうない;何もなしなん?(天の原小学校)

(承前)

 

みやのはらに続いては、あまのはら。前回の宮原中の校区内で、その3年前に誕生した小学校です。

 

〔2013年4月 天道小学校と笹原小学校を統合して開校〕
福岡県大牟田市
大牟田市立天の原小学校
校章
吉田智哉
Yoshidaamanoharaeleschoolinitial

 

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天の原小学校の「広々とした大空」と「子ども達に大空をのびのびと羽ばたいてほしい」と言う意味を校章として全て表しています。中央の[円]は太陽をその周りにある[3本の円]は虹をイメージしてあり、両校の学校カラー[黄色]と[緑]、それぞれを合わせた[黄緑色]を入れてあります。そのさらにまわりには大空をイメージした[雲]です。両脇の[翼]は空を羽ばたく翼であり2羽の平和を意味する[白い鳩]です。
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うーーん、鳥の造形がいまいちなのでどうしても鳩には見えず、白手袋が動き出して手を叩きそうな感じ。マジックかなんかみたいで、コミカルに見えてきちゃうんよね。「天の原」の持つなんとなく高潔な語感にそぐわないと言ってもいいかもしれない。

 

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
     阿倍仲麻呂

 

新校が置かれたのは笹原小の方。こちらの校名は「天の原」「笹原orささはら」「勝立」の3つの候補から選ばれたもので、「天道」「笹原」からの合成です。つまり宮原中の校名候補で言えば「勝生」と同様のパターン。学校再編協議会だよりを読むと、「勝立」の「学校名の読み方」は「かったち,かつたち,かっだち」とされているので、やはりこの地名はいろいろ読みがあるということでいいんだろう。

 

で、これまた当然のように(元)地元教師による補整がかけられ・・・

 

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(2012.10.31 学校再編協議会だより 第10号)

 

デザインの補作者は,奧苑和司さんにお願いします。

 

補作者;
奧苑和司さん(元 中学校美術教師)

 

プロフィール;
平成11年 大牟田市立米生中学校で退職される。
平成10年~ 大牟田美術協会事務局長
平成18年~ 福岡県美術協会理事,福岡県日本画部委員長等
現在に至る
※ 福岡県美術協会会員,日春展(日展日本画部春季展)出品
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2019年12月に大牟田文化会館で「奧苑和司傘寿展」という日本画の個展が開かれているので、本公募の時には71~73歳だったことになる。で、だ。

 

Yoshidaamanoharaeleschoolfinal Yoshidaamanoharaeleschoolflag

 

わからん・・・、一体どこが変わったのか。奥苑はナニを「補作」したん??そりゃ妙な修整を入れるよりよほどマシやけど、校旗の地色を水色にしましたとか、色合いを微妙に変えましたとかいうのはそもそもリデザインの範疇にすら入らん手直しやろ。これでも報酬は発生したんやろうなあ😔。

 

この公募では作者の吉田の肩書は明らかにされていない。今まで見たとおり、ご当地の校章公募ではいずれも基本的に公表されていたので、作者側がそれを拒んだのか、あるいは制定側に何らか不都合があったのかなんて、勘繰りはどこまでも広がっちゃう(まあ、それを言い出すと宮原小の作者のバックグラウンドだって不詳なわけですが)。大牟田中央小や駛馬小のケースのようなことがあるのじゃないかと調べてみましたが、判明しませんでした。

 

ご当地の一連の校章作成プロセスを見てきて、常に不透明なところがつきまとうのはなぜかと思うわけ。
今まで書いてこなかったけれども、大牟田市では校歌についても概ね、市内居住で統合対象校に縁のある者を採用することとしている。

 

〔2006年4月開校〕
みなと小学校
校歌
作詞:原田代輔
作曲:吉光哲也

 

〔2010年4月開校〕
天領小学校
校歌
作詞:橋本信男(大牟田市白川:元 小学校校長) ※ 公募
作曲:一ノ瀬彰子(大牟田市立諏訪小学校 校長)
編曲:吉光哲也(大牟田市:大牟田市立白川小学校 校長) ※ みなと小学校 校歌 作曲者

 

〔2013年4月開校〕
天の原小学校
校歌
作詞:橋本信男(大牟田市白川:元 小学校校長) ※ 公募・天領小学校 校歌 作詞者
作曲:井上昌男(大牟田市今山:元 笹原小学校 校長) ※ みなと小学校 校章作者

 

〔2015年4月開校〕
宅峰中学校
校歌
作詞・作曲:長友仍世(じょうせい)(東京都:大牟田市出身:infix メインボーカル) ※ 作詞は市内居住者・市出身者限定公募

 

〔2016年4月開校〕
大牟田中央小学校
校歌
作詞:石橋邦男(大牟田市:元 大牟田小学校 校長)
作曲:吉光哲也(大牟田市:大牟田市立白川小学校 校長) ※ みなと小学校 校歌作曲者・天領小学校 校歌 編曲者

 

〔2017年4月開校〕
宮原中学校
校歌
作詞:林 貴大(大牟田市:米生中学校出身) ※ 市内居住者・市出身者限定公募
作曲:堀田 尊(米生中学校出身)

 

〔2018年4月開校〕
駛馬小学校
校歌
作詞:馬場直子(元 駛馬南小学校 教諭:元 駛馬北小学校 教頭:元 駛馬北小学校 校長)
作曲:武藤暢朗(よしろう)(音大ピアノ科卒:元 福岡県立三池高等学校 勤務:元 福岡県立筑後養護学校(現 筑後特別支援学校)勤務)

 

要するに歌詞であれ曲であれ、ほぼ学校の先生だけで完結しているわけです。公募といっても集まった数は(公表されている限り)校章よりかなり少なく、いずれも1桁だけど。結果、一部作者への集中も生じてくるというのはご当地キャラ/ロゴ公募でもよく見たところ。「学校に縁がある」という条件は一見至極まともに見えて批判の出にくいものだろうが、それが「教師」とほとんど同義になっているのはどうも居心地がよくないです。結局、地元名士にお願いしてるのと同じ感覚。
特に人口減少の顕著な地域において、地元愛やCivic Prideの御題目を唱えながら内部充足を図っていくというのはある意味危険な兆候ではないかと思う。

 

ご当地ではこれからも学校統合が続く予定。今後は市立中学校の統廃合が焦点になるようです。

 

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さて、愚blogの本「もうやめようよ、ご当地キャラとか。」Seriesも、2012年10月に書き始めてからいつの間にか10年を超え(周年記念企画をすっかり失念しとりました💦)、世は移ろってご当地キャラなんて今や見向きもされない時代、と言ったら言い過ぎかしら。塩崎一族の活動もますます低調に見える。「もうやめようよ」なんて言い立てる必要も薄れてきたので、いよいよ潮時かしらとは思う。
けれど一方で、まだ問題ある事例(とツルが考えるもの)はたっくさん見つかるし、一族の新たな別名義(とツルが考えるもの)も掴んではいるんです。

 

ああ、しかしこんなローカルネタで年を越すなんて。目算を誤ったわ。

 

皆様、どうかよいお年を。

2022年12月25日 (日)

【スーパーローカル編】今はもうない;それはありなん?(宮原中学校)

(承前)

 

さて、このところ福岡県筑後地方の小中学校統廃合に伴う新校章をぶった斬ってきたわけですが、暮れも押し詰まってそろそろ斬り納めのお口直しということで・・・

 

まずは宮原中学校。「みやのはら」と読みます。大牟田市内居住者限定で24名25点の応募を集めた中から絞り込まれた候補3点から見てみる。

 

〔2017年4月 米生中学校と勝立中学校を統合して開校〕
福岡県大牟田市
大牟田市立宮原中学校
校章(候補作品)
Miyanoharajrhighschoolcandidates

 

これらのうちのどれに決定したかというところはひとまずおいといてと。

 

この統合の学校再編協議会には、前回取り上げた駛馬南小PTA会長 二神香里が名を連ねていた。校区割りが、駛馬南小&駛馬北中⊂米生中、つまり駛馬小⊂宮原中となっていたからです。二神は本件校章公募の実務を知る立場にあり、その上で翌年の駛馬小の校章公募に出してきたことになる。情報の非対称性は既にここに始まっていたわけだ。
因みに勝立中の方は天の原小&玉川小⊂勝立中(微伏線)。新校は米生中に置かれた。

 

「宮原」の読み方については、校区内にある地名「宮原町」は「みやはらまち」で、また九州的には「みやばる」と読みそうwwなのにそのどちらにもしなかったのは、校区内に三池炭田の宮原坑跡があって、これが「みやのはら」だからだろう。1931年の閉坑後、長らく旧炭都の負の遺産として打ち棄てられた存在だった(囚人労働の歴史もあって、「修羅坑」の別名があったりする)宮原坑が一躍注目を浴びたのは2015年7月、世界遺産に登録された時です。新校名が「宮原」「勝生(しょうせい)」「青葉台」の中から「宮原」に決定したのはこの年の12月だから、おらが町に世界遺産!の興奮も冷めやらぬ頃だったわけ。
勝立中の「勝立」は、地名(大字)としては「かつだち」と読むんだけれど、今も残してある同校サイトのURLには「kattachi」という文字列が入っているので、「かったち ちゅうがっこう」なのだろう。そう言えば、この地名は人によって呼び方が微妙に違っていた記憶がある。「勝立郵便局」はなんと「かつたて ゆうびんきょく」だそうです。
いろんなご当地に結構そういうのってありますよね。例えば大阪市西成区の「天下茶屋」は「てんがちゃや」「てんがぢゃや」「てんかぢゃや」のどれなのかとか、京都市北区の今や心霊スポット「深泥池」は「みどろがいけ」なのか「みぞろがいけ」なのかとか、ジモティでも即答できなかったりする。沖縄は宮古島の東端の絶景スポット「東平安名崎」を「あがりへんなざき」「ひがしへんなざき」のどちらで読むかということになるとこれはまた別問題。

 

小ネタでお茶を濁した後で(汗)答え合わせ。採用されたのは、意表を突いてこれだった。

 

大牟田市立宮原中学校
校章
高山結衣(大牟田市立駛馬北小学校6年)
Takayamamiyanoharajrhighschoolinitial

 

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この校章のように、仲のよい学校になって欲しいという願いを込めました。
米生中学校と勝立中学校の現在の校章を使いました。
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制定側のそのチャレンジ精神たるやよし。
ええと、募集は2016年の7月にかけられて決定は10月、高山はその時駛馬北小6年だったのだから、翌年4月には新設の宮原中に第1期生として入学したはずである、自分が作った校章に迎えられて。恐悦至極、御同慶の至りです。
もっとも、こんなスケッチがそのまま最終版になるべくもなく、補整が入った。もちろん、(関係するどっちかの)学校の先生によるものである。

 

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(2016.11.01 学校再編協議会だより(米尾・勝立) 第11号)

 

校章デザイン原案から校章や校旗を完成させるための補作を行います。
補作者:山下吉也さん(大牟田市立米生中学校 教諭 美術科)
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結果はこう。

 

Takayamamiyanoharajrhighschoolfinal Takayamamiyanoharajrhighschoolflag

 

ううむ、小6の女の子が何を描き何を表したかったのか、そこを十分に汲み取ったものではないように感じた。旧校の校章を見るとそこの事情が少しわかってくる気がする。

 

Yoneoandkattachijrhighschools

 

あー、そういうことね。ほんとに組み紋だったのか。「この校章のように、仲のよい学校に」とはそういう意味だったんだ。だったらもう校名も合成の「勝生」でよかったんじゃね?
率直に言って、小6にしては、そして元ネタがあったにしては稚拙だが、ということは技量ではなく発想で選ばれたことになる。高山の原案には2校組み合わせ以外の要素も入っていたけれども、それが何を意味していたかはわからない。しかしそこも補作によって削られたので、「新しい何かが生まれる」要素は全て消え、単に「旧い何かが刻まれる」だけのものになってしまったとも言えるわけです。わかりやすく単純化しようとするあまり、結果はかえっていびつになったんじゃない?フォルムを米尾中と見較べてみるとわかるでしょ。
もう少し高次で止揚させる必要があったんじゃないですかね。

 

あんまり口直しにはならんかったか。

 

(続く)

2022年12月24日 (土)

【スーパーローカル編】今はもうない;そりゃあり得ない(駛馬小学校) 後編

(承前)

 

クリスマスイブだから連発いきますww。

 

いったいこの母親は何者なのか。調べてみたら、いろいろとわかってきた。

 

大牟田市長 関 好孝の後援会のサイトには、応援コメントが出ている。

 

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(関よしたか後援会サイト サポーターの声 私たちは関よしたかさんを応援します 抜粋)

 

Futagamikaori
情報サービス業 会社員 二神香里さん

イキイキしているおおむたの人 キラキラしているおおむたの地域たくさんの魅力で人口減少を克服!安心して働き暮らし続けられる大牟田になるよう願っています。

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応援になってない感じだけど(苦)。
さらに調べてみると、ご当地のコミュニティFM「FMたんと」を運営する株式会社有明ねっとこむ(大牟田市:代表取締役社長 糸永一平)の社員である。同社サイトを見ると、「当社は、大牟田市、みやま市、荒尾市、及び福岡県、その他の地元企業様等の出資による第3セクターとして昭和62年に設立」との記述がある。
また、本公募の告知が載っている2017.07.01発行の「広報おおむた」No.1200の巻頭特集記事は「FMたんとを聴いていますか? 祝・開局1周年!79.3MHz」である。
だんだん怖くなってきました、まるでご当地の闇の部分を覗いたようで。

 

負けず劣らず怖いのは、最終候補に残った他の3点がこうだったことです。

 

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(2017.09.21 学校再編協議会だより(駛馬南・駛馬北) 第10号)

 

Hayameeleschoolcandidate2
今までのなじみのある校章とかけ離れたデザインにはしたくなかったので、[八角形]を基本としました。馬込の水の[青]、石炭の[黒]、子どもたちをイメージする若葉の[緑]で構成してみました。「駛」の漢字は珍しく、日本でここのみの使用を生かし入れてみました。駛馬北小卒なので、思いも入れました。

 

Hayameeleschoolcandidate3
今までのなじみのある校章からかけ離れたデザインにしたくなかったので、[八角形]にしてみました。葉を模した形に馬込の水の[青]、中央は石炭で[黒]、放射線状に伸びる線は、未来を表し、赤い炎にしました。「駛」の漢字は珍しく、日本中でも唯一無二の学校としたくて、入れました。駛馬北小卒なので、思いを入れました。

 

Hayameeleschoolcandidate4
駛馬北小の生命力を感じる生き生きとした[葉]と、駛馬南小学校の明るい太陽のような元気な[ひまわり]のデザインを融合させ、歴史ある各校の校章の一部を残しました。中央は①世界で活躍する②たくさんの可能性を持った子どもたちをイメージし、地球儀にも、ダイヤモンドにも見えるデザインにしました。校章の中心は、[方位磁針]で駛馬南北の小学校を表しました。
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採用作を含め、全部が同じパターンだったわけ。他の応募者はどっちらけたことやろうな。偶然なのですか??そうじゃないでしょ。応募総数76名82点から最終候補に選ばれた4点が[八弁花]ばかりで他のモチーフが一つもなかったというのは、制定側の明確な意図が見て取れる。選考のポリシーを持つこと自体は問題ないと思うけれども、公募で集まった様々な意匠や視点や感覚を新しいIconの創造作出に活かすという観点からは疑問を感じざるを得ない。そもそも校章に校名を入れるって、どちらかというと逃げのデザインだと思うし(高校や大学ではそんなもんあんまり見ないでしょ)。「100年を経て再び一つになるから校章も旧に復するべきだ」というスタンスしか取り得なかったのか?もちろん、応募時に旧校のものをベースにせよという御題が出ていたわけではない。

 

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<募集内容>
・「駛馬小学校」がイメージできるデザイン
・清新なイメージで独創的なるデザイン
・デザインの由来が明確であるもの
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コメントの文章からして、候補の1番目と2番目の作者が同一人物であろうことは言を俟たないが、もっと恐ろしい想像は、4点全てが同一作者であると考えることである・・・・・。ま、3番目の「ひまわり」はアナログ作画のようだからそれはないんでしょうが。(どうでもいいけど、北半球住まいのツルとしては、N極が暖色の赤で、S極が寒色の青で表されるというのは反対じゃないのかといつも思う。)

 

統合された2校の校章はこのようなもの。

 

Hayameminamiandkitaeleschools

 

なるほど。
肝腎の採用作の制作意図はこうである。

 

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(2017.11.09 学校再編協議会だより(駛馬南・駛馬北) 第11号)

 

駛馬南小学校と駛馬北小学校は、100年の時を経て再び1つの学校になります。校章は分離する前の駛馬尋常小学校の校章に戻したいと考え、資料を探していただきました。残っている資料によると、それぞれの学校の今の校章は、分離する前の校章と同じような図柄でした。考案した図柄は、分離する前の校章を元に作成しました。
近い将来、英語の授業も始まるので、学校名の[英語表記]も入れ、人に対する温かさや優しさをもってもらいたいとの願いを込め、色は[ピンク]にしました。
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大昔の駛馬尋常小学校の校章(「分離する前の校章」)はネットなんかではさすがに見つけられなかったww。「資料を探していただきました」というのは再編協議会のメンバーたる地位を利用してのことでしょ?単なる応募者としての(つまり他の応募者と平等な)立場ではなかったはず。
ピンクの英語表記はまるで目立たないし、気がつきました?最終版では削られてるけど。

 

Futagamihayameeleschoolinitial

 

(続く)

【スーパーローカル編】今はもうない;そりゃあり得ない(駛馬小学校) 前編

(承前)

 

時は流れ、ご当地大牟田市では続々と学校統合が進んでいき、天領小学校の誕生(というより川尻小学校の閉校)から8年後、宅峰中学校の誕生(つまり右京中学校の閉校)から3年後、大牟田中央小学校の誕生から2年後。大昔二つに分かれた学校が再び一つに統合された。

 

〔2018年4月 駛馬南小学校と駛馬北小学校を統合して開校〕
福岡県大牟田市
大牟田市立駛馬小学校
校章
二神香里(44歳)・二神彩音(11歳:大牟田市立駛馬南小学校5年)
FutagamihayameeleschoolinitialFutagamihayameeleschoolfinal

 

Futagamihayameeleschoolflag

 

初めに言っとくと、これも市内居住者限定公募です。選ばれたのは母娘。デザイン趣旨は後ほど。
「駛馬」は「はやめ」と読む。ツルの川尻小5~6年の時の担任の先生が駛馬町に住んでたなあ。卒業文集の編集委員何人かでよく自宅にお邪魔したっけ。

 

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※校章デザイン原案をもとに、校章や校旗を完成させるために補作します。
補作者:田中啓吾さん(大牟田市立駛馬北小学校 主幹教諭 美術学科卒)
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もう、感覚が麻痺してきて内部者による補作ぐらいじゃ大して驚かなくなってきてるんですが、それでもこの公募にはのけぞった。
といっても、統合対象校(新校は駛馬北小に置かれたので、駛馬南小はその意味で廃校となったとも捉え得る)の11歳の児童が選ばれたことについてではない。そこは前回ちょっと書いたようにNo Problemとツルは考えます。問題は母親の方。

 

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(2017.02.06 学校再編協議会だより(駛馬南・駛馬北小学校) 第8号 抜粋)

 

〔前略〕

 

平成28年12月6日の第7回学校再編協議会において、答申する学校名案を「駛馬小学校」と決定しました。
学校再編協議会を代表して、12月7日、出嶋会長、坂本副会長、二神駛馬南小PTA会長、鷹巣駛馬北小PTA副会長、赤星駛馬南校区まち協会長、藤村駛馬北校区まち協会長、事務局(駛馬南・駛馬北小教頭)の8名で安田教育長に答申書を提出しました。

 

〔中略〕

 

【校章作成小委員会】
駛馬南小学校
PTA PTA会計 上野布美子
地域 まち協会長 赤星正弘
学校 校長 出嶋 卓

 

駛馬北小学校
PTA PTA副会長 河野佳紀
地域 連協会長 木田秀樹
学校 教頭 益田憲一

 

【校歌作成小委員会】
駛馬南小学校
PTA PTA会長 二神香里
地域 社協会長 汐待律子
学校 教頭 萩島弥穂

 

駛馬北小学校
PTA PTA会長 山本知明
地域 社協会長 福井 衛
学校 校長 坂本美也子

 

※平成29年1月23日現在

 

〔後略〕
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なんと、統合対象校のPTA会長で、かつ学校再編協議会とその校歌作成小委員会のメンバーでもあったとは!ひんやり、というよりぞぞっ。
発表時にはこの事実は伏せられ、メディア報道でも・・・

 

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(2018.03.10 毎日新聞)

 

学校再編で新年度に開校する大牟田市立駛馬小の開校式を心待ちにしている親子がいる。校章のデザインを考案した駛馬南小5年、二神彩音さん(11)と母香里さん(44)。2人は4月6日の式で、校章の原作者として紹介される。【井上和也】

 

駛馬小は3月で閉校する駛馬北小と駛馬南小が統合し、駛馬北小の校舎でスタートする。明治時代の駛馬尋常小学校が前身だった両校が、100年以上を経て再び一つになる。
校章のデザイン案の応募に、娘より積極的だったという香里さんがアイデアでこだわったのが「校章も元に近づけること」。資料で当時の校章を調べ[8枚の葉っぱ]を残して真ん中の文字を[駛]とし、「一つにまとまる」という意味を込め[円]で囲んだ。パソコンで香里さんがアイデアを考え、デザインが得意な彩音さんが形を整えた。
校章は公募で集まった82点のデザイン案から学校再編協議会の投票で絞られた。母と描いた校章の学校に最終学年で進む彩音さんは「何となく待ち遠しい。うれしさもあり、恥ずかしさもある」とまだ実感が湧かない様子。香里さんは「決まった時は驚いた。開校式ではドキドキすると思うけれど、楽しみです」と話す。
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ここでも母親の立場は伏せられている(対象校のPTAの会長なんだから、どうせバレることなんだけれども)。記者もそれを知ってて書かなかったということだと思います。
「この母娘の作品が選ばれたこと」と「母親が娘の通う学校のPTAの会長であること」との間に、関係はなかったと言い切れるのか。もし特別扱いしなかったのならその旨きちんと説明すべきではなかったか(e.g. 作者名を伏せて審査しました、とか)。言いにくいところを言わないで済まそうとするのは、大牟田中央小のケースと同じ構図です。いや、岩手県九戸郡洋野町の町章公募や千葉県松戸市のナンバープレート公募と同じ、と言った方が的確か(cf. 2015.08.12~16「丸ブー🌀艶競べ♥ [9]」・2018.12.30「松戸ナンバープレート選考に不正の疑いあり」・2019.06.15~07.07「『@niftyよりご連絡いたします』」)。白を白と釈明するのはなかなか大変なことで、だから普通はこうした面倒を回避し公正を確保するために利害関係者の応募を禁じておくわけでしょう、公募というものは。内輪でやってる手仕事じゃないんです。
田舎公募の嵌りやすい陥穽ってことですか。でも閉塞はそんなところから始まる。

 

(続く)

2022年12月18日 (日)

【スーパーローカル編】今はもうない;そりゃさすがにない(大牟田中央小学校)

(承前)

 

大牟田市の学校統合に係る校章ネタ、前回で打ち止めにしようと思ってたんですが、調べていく途中でとんでもないことにイロイロ出くわしたので、もう少し続けます。
まずは前回書きかけたここから。

 

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同校が「「大牟田」を代表する」のかっていう点については異論もありましょう。大牟田中央小学校というのもあってだねえ・・・おっと。
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〔2016年4月 大牟田小学校と上官小学校を統合して開校〕
福岡県大牟田市
大牟田市立大牟田中央小学校
校章
三浦巨樹
Miuraomutachuoeleschoolinitial

 

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大牟田の[大]をデザイン化し、両側に大牟田の木の葉[クヌギ]でつつみ、下は大地を表しています。中央の[小]はチョークを意味し、学んでほしいとねがうデザインにしました。上はあけて、空高く羽ばたいてほしいという意味を込めています。
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チョーク!!あったらしー!!

 

 ↓

 

Miuraomutachuoeleschoolfinal2

 

と思ったらまた常識的なデザインに納まっちゃったもんだなあ。グラデを消して、「小 中央 大」→「中央 小 大」に差し替えて、上は閉じてww、と。「中央小平大学」とかにも転用可。そうか、「大牟田中央小学校」には「大中小」が入ってるんだ!なんかおかしいネ。
でもさあ、これ、白地で表すと「中央」とか「小」の字が弱くなっちゃわないですか??

 

Miuraomutachuoeleschoolfinal

 

ほらね。もっとも、モノクロ表現の場合はちょっと変えてあるみたい。

 

Miuraomutachuoeleschoolfinalmonochro

 

ネットで見る限り、どうやら、同校では校章を色地の中に置くことを許容しているようです。企業等のブランド戦略上から言えばもってのほかと思うけど(校旗は別としても)。ひんやり。

 

大牟田小学校と上官小学校を統合したもので、新校は前者の場所に置かれた。ここは確かにご当地大牟田市のほぼ中央心に当たる。旧 大牟田小にせよ新 大牟田中央小にせよ、これこそ「THE これぞ大牟田!」じゃないかと思ったわけよww。
実際のところこんな記述も見つかる。

 

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(2015.07.01 広報おおむた No.1162)

 

大牟田中央小学校の校名の由来
大牟田市の中央にある学校として、大牟田を代表する学校になってほしいという願いを込めて名付けました。
「中央」には、中心となって行動できる子どもたちに育ってほしい、母校から意欲と自信をもって羽ばたいてほしいという意味が込められています。
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延命中なき後、市の代表格になった形やね(爆)。

 

公募は前年開校の宅峰中学校同様、市内居住者限定とされた。
旧校の校章は以下のとおりである。

 

Jokanandomutachuoeleschools

 

旧校踏襲/合成パターンではなかったわけです。
市の木がクヌギとは知らなかった。ご当地大牟田市には「歴木」と書いて「くぬぎ」と読む地名もある。--ということは、「歴木小学校」がもしあったらそこの校章と混同してしまいそうですが、実際にはそんな小学校は存在せず、しかし「歴木中学校」はあって、でも校章はクヌギとは関係なさそうなものの、ここも2025年4月に田隈小と統合予定である(+_+)。ふぅ。

 

実はツルの自宅、地上庭園@福岡市南区老司にはクヌギ/Quercus acutissimaの木(樹齢約40年)が1本ある。高校の頃だったかな、どこかの園芸カタログの通販でわざわざ買って植えたんだよなー。あのまん丸いドングリが好きでさー。今でも大変旺盛な成長を示しておるんですが、その分もう剪定が大変で大変で。最低でも年に2回は剪っている(今年は年初に骨折ぶっこいちゃったせいで落葉期の剪定ができなかったので、7月と11月に鋏を入れました)。そんなわけで実はおろか花をつけたことが1度もない(汗)。だって、(買ってから知ったんだけど)クヌギって花が咲いてから実が育って熟するまでに3年もかかるのよ。それだけほったらかしといたらとんでもなくデカくなっちまうわ、ひと夏で優に1メートル以上伸びるのに・・・。
その時おまけでついてきた柿の木の苗は、みやま市にある父親の実家の畑に植えて、今もあるはず(ここも今や事実上無人庭園状態だけど・・・)。

 

Img_20220710_141131Img_20220714_082300

 

いつまで梯子に乗れるかいな。(いつまで調子に乗れるかいな。)

 

話を元に戻してと。
お楽しみの補作情報ですが、こちらも学校の先生が手がけている。

 

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(2015.11.09 学校再編協議会だより(上官・大牟田) 第11号)

 

校章デザイン原案から校章や校旗を完成させるための補作を行います。
補作者:藤木裕子さん(大牟田市立宅峰中学校主幹教諭美術科)
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つまりこれがご当地の伝統なわけですよ。
しかし、お気づきですかね?

 

〔2014年10月決定 宅峰中学校 校章〕
原案:三浦巨樹(延命中学校 技術科教諭)
補作:城崎清彦(右京中学校 美術科教諭・同校教頭)

 

〔2015年10月決定 大牟田中央小学校 校章〕
原案:三浦巨樹
補作:藤木裕子(宅峰中学校 主幹教諭 美術科)

 

どちらも作者は同じだったんです。結構、いやかなり衝撃だった。補作を教師が行うというやり方がご当地の他の学校統合でもそうなのかどうか、裏を取ってて行き当たった次第。大牟田中央小の公募では三浦の職業はどこにも出ていないので(藤木のそれは明らかにされているのに!)、そこには意図的に伏せたものと理解する。

 

おそらく・・・・・
制定側は何ら問題を感じていないだろう。しかしこれでは「公募」とする意義はなかったのではないか。
この問いかけに対しては、「総合的観点からベストの作品を選んだものです(宅峰中では95名126点の中から、大牟田中央小では43名45点の中から)」、「同じ作者だったのは偶然です」、というような想定Q&Aも当然用意されているだろう。でも、だったら少なくとも大牟田中央小でも作者の肩書は明示すべきだったろう。不都合な情報でもきちんと説明を、それがAccountabilityというものです。子どもたちを教え導く立場にある者達にしてこれですけんね。閉鎖的な土地柄だとまでは言わないが、閉塞状況は否定できないと思う。
そして、ツル思うに、こうした公募を市内居住者限定で実施して教師のものを選定するぐらいなら、むしろその代わりに小中学生限定とでもする方がご当地全体の学校再編の趣旨にふさわしかったのではないか(その際、対象学校の児童生徒に限るか、市内に限るか、それとも全国公募とするかというところは本質的な問題ではないような気がする)。

 

次回はもっとすごいのが登場します。

 

(続く)

2022年12月17日 (土)

【スーパーローカル編】今はもうない;それももうない(宅峰中学校)

(承前)

 

ツルが大牟田で通っていた学校、中学は中学でこんなことになっていた。

 

〔2015年4月 右京中学校と船津(ふなつ)中学校と延命中学校を統合して開校〕
福岡県大牟田市
大牟田市立宅峰中学校
校章
三浦巨樹(なおき)(大牟田市立延命中学校技術科教諭)
MiuratakuhojrhighschoolinitialMiuratakuhojrhighschoolfinal

 

ちょっと不思議な経過を辿っていて、2015年春に旧 延命中を校舎として開校した後、翌2016年4月に旧 右京中に移転している。校舎改築等の問題があったんだろうけど、だったら生徒に負担のかかるそのようなやり方にせずに、なぜ2016年開校にしなかったのだろう。

 

-----
(宅峰中学校サイト)

 

宅峰中学校の校章は、平成26年に右京・船津・延命中学校の在校生、卒業生、校区内小学校の生徒、地域の方々などから広く公募を行いました。(応募総数95名126作品)
-----

 

わかりにくい書き方だけど、早い話が応募は「市内居住者に限る」とされてたんです。この文章には巧妙なレトリックが施されている感じ。

 

-----
集まった作品の中から、まず再編協議会内に設置した校章作成小委員会委員による投票で1次選考を行い20点に絞り込みました。次に2次選考を行い9点を選出しました。さらに9点について再編協議会で検討した上で多数決をとり3点を選びました。そして3点の中から、再び校章作成小委員会でデザイン性、独創性などを検討した結果、延命中学校技術科教諭三浦巨樹さんの作品を候補としました。その後、中学校美術科教諭(右京中学校教頭)城崎清彦さんが補作、ロゴタイプを追加して最終案を作成し、再編協議会の承認を経て、宅峰中学校の校章となりました。
-----

 

公募と言いつつ、結局ここも丸ごとインサイダーじゃん。どうやらご当地ではどうやらそういう慣行であるらしい(大伏線)。地域教育の再編の嵐の中でそれってどういうことなのよ。

 

〔校章作成小委員会〕
右京中学校 松岡PTA会長 和田校長
船津中学校 岩本PTA会長 平井教頭(→遠藤教頭?)
延命中学校 森PTA会長  井上校長

 

なお、右京中教頭の城崎(読み方不明)はその後小学校の教諭に転じ、2019年8月には三池小学校の校長であり、2021年4月には銀水小学校校長になっている。

 

-----
三浦さんの原案
三つの輪は、それぞれ再編された右京・船津・延命中学校を表し、中央の「中」の字は、中学校を表すと同時に、生徒達が未来へ力強く羽ばたいて欲しいとの願いを込めて鳥をイメージしている。

 

城崎さんの補作後とロゴタイプ
印刷する際のことを考慮して一色とし、三つの輪も太くしている。中央の[中]は形を変えず若干大きくしている。色は、宅ヶ峰(延命公園)の深い森を象徴する[濃い緑]である。ロゴタイプは、取り壊される右京中学校東校舎に昭和20年後半から平成24年の耐震工事のときまで取り付けられていた右京中学校のロゴタイプをモチーフにしている。
-----

 

あー、延命公園って動物園のあるところだね。今でもあるんだ!

 

Jozakitakuhojrhighschoollogotype

 

Ukyojrhighschoollogotype

 

通っていた右京中にこんな銘板があったかどうか、ツルの記憶の中にはございません。確かに似せてあるんだけど、客観的に見て右京中のものより宅峰中の方が完成度が落ちてる気がする。一番の問題は「峰」の字の横幅が他より広いこと。この字だけ大きく見えて収まりが悪いでしょ。縦配列だとはっきりします。

 

Takuhojrhighschoolportrait

 

そもそも、新たに加わった「峰」の字の(「宅」も)書体の作り込みが他の字とはちょっと違ってない?「右京」の書体に比べて面白味に欠ける感じ。
山偏の左の縦棒の下部が下に突き出ているのもツル的には違和感。それってむしろ右の縦棒の下部に施すべき装飾ではないの?例えば游ゴシックとUDデジタル 教科書体で「峰」の字を出して拡大すると面白いことがわかりますよ。
そしてもう一つ、横配列のはこの手のロゴタイプとしては文字間隔が空き過ぎているように思う(個人の間隔です、じゃなかった感覚です)。
結局、右京中に毎日勤めていた者の「これいいやん、使えるやん」という発想は買うにせよ、そこまでで止まっちゃった気がするんですね。補作の補作が必・・・ゲホゲホ・・・まあ、美術の先生のなさったことですから。でもどうやら校旗には採用されなかったようで😜。

 

Miuratakuhojrhighschoolflag

 

右京中を踏襲したのはロゴタイプだけじゃない。三浦の校章もこれ↓の印象が強いような・・・。

 

大牟田市立右京中学校
校章
Ukyojrhighschool

 

そうそう、これだった。川尻小の校章は記憶になかったけれど、これはよく覚えている。あの頃、ずいぶんシンプルだと思ったものです。
だからツルは、宅峰中校章をぱっと見た瞬間、右京中のをベースにしてあるのだと思った。

 

大牟田市立船津中学校
校章
Funatsujrhighschool

 

大牟田市立延命中学校
校章
川口幹雄(延命中学校美術科教諭)
Enmeijrhighschoolred Enmeijrhighschoolblue

 

-----
延命中学校の校章は、[大]に[中]を組み合わせています。
それは、「大牟田」を代表する「中学校を示し、開校(昭和26年)時に、美術科担当の川口幹雄先生によって考案されたものです。
-----

 

原文ママ。別にカラーリングが赤だのと青だのというわけではなく、色指定は特にないようです。同校が「「大牟田」を代表する」のかっていう点については異論もありましょう。大牟田中央小学校というのもあってだねえ・・・おっと。
制定当時はこうだったらしい。

 

Enmeijrhighschoolold

 

全体のフォルムも縦長だし、「子」の部分の上部の字形も少し違ってたんです。立体化なんかさせない方がよかったと思うけど。

 

延命中のことは「隣の中学」という感じでよく覚えているのに(川尻小からはたいていの子が右京中に行ったが、延命中に進んだ友達も少数ながらいた)、船津中って全然記憶にないんだよなー。

 

で、宅峰中の最終候補作品3点の中にはこんなものもあったんです。

 

Takuhojrhighschoolcandidate

 

なんで旧字の「學」を使っているんだろうと不思議に思ったら、旧3校の校章の組紋だったんだ!えーっとつまり、延命中が船津中を踏み台にして、さらにそこを右京中がずんと頭から押さえ込んで、てな感じ(こらこら)。印象はどうしても右京中の部分が強い。これが応募総数126点の中から残った3点に含まれていたというのがいささか発想の貧困だと思う、むしろ制定側の。
因みに船津中の出身者には萩尾望都(ただし転校により卒業はしていない)と鴨川つばめがいるそうな(⁠*⁠_⁠*⁠)。だったらもう、鴨川つばめに作ってもらった方がよっぽど話題になったのに、いろいろ(爆)。

 

//

 

大牟田で住んでいた家はやったら広くて、360坪あったことを覚えている(小さかったからさして広いとも思わなかったんですがね;汗)。樹冠の直径が5mもある小山のように巨大なツツジの木があって、花時には全山真っ赤に染まるので近所の人が見に来てたっけ。しかしその家もとうにないことはStreet Viewで確認済み。2軒分か3軒分かの家が建ってるようです。そのツツジの木ももう確認できないけど、今のこの家@福岡市南区老司に引っ越す時に父親が一枝挿し木をして持ってきたので、今はここでそこそこ大きくなっている(ごく普通の紅紫色の淀川ツツジですがね)。

 

Img_20220423_085634_20221212044801

 


そうだ、向かいに保育園があって、そこの息子とはクラスメートだった。そこはまだ存在していて、お姉さんが跡を継いだようですが。
大牟田にももう十年以上行ってない。川尻小も右京中もない、昔住んでいた家もないんだったら、もうそのご当地に行くモチベーションもあまり湧かないかな・・・。

2022年12月11日 (日)

【スーパーローカル編】今はもうない(天領小学校・みなと小学校)

(承前)

 

福岡県南部、筑後地方のみやま市に続いて、今度はお隣りの大牟田市からです。
ツルは小学校3年の秋から中学校1年の秋までご当地に住んでいた。そのころ通っていた学校--川尻小学校と右京中学校のことがふと気になって調べてみたらこんなことになってまして。

 

〔2010年4月 川尻小学校と諏訪小学校を統合して開校〕
福岡県大牟田市
大牟田市立天領小学校
校章
吉開幸代(川尻小学校教諭)
YoshikaitenryoeleschoolinitialYoshikaitenryoeleschoolfinal

 

ご当地は短期間ながら江戸幕府の天領地になった(短期間だったと思うけど)という歴史があり、この学校があるのも天領町です。石炭産出の関係かと思いきや、三池藩六代藩主 立花種周が若年寄在任中に幕府の機密情報を漏洩した咎で文化3年(1806年)6月5日に陸奥国下手渡(しもてど)に移封されたという事件があり、これに伴うものだったらしい。
ツルが住んでいた右京町の地名にも何か謂れがあるに違いないと思うけどわからなかった。

 

校章公募には37名48点の応募があったというんですが・・・

 

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(2009.09.18 開校のための協議会だより 第11号)

 

天領小となる現・川尻小の門前には、鬼を追い払うという、[ムクロジ]の木があり、そんなやさしい木に包まれて、成長して欲しいという願いが込められている。
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(2009.10.20 開校のための協議会だより 第12号)

 

校門の両側にある[ムクロジ]の木の葉をもとにデザインしました。枝で鬼を追い払い、中の物を守るそうです。実は固く真っ黒で、昔は羽根つきに使われるなど子どもにも親しまれています。そんなやさしい木に包まれて、やさしくたくましい子に成長してほしいという願いをあらわしました。
-----

 

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(2010.01.12 開校のための協議会だより 第14号)

 

正門の横にある[ムクロジ]の木の葉をデザインしました。ムクロジには枝で鬼を追い払い、中のものを守るという言い伝えがあることを知り、デザインをしてみようと思いました。
-----

 

ああ、そうか、場所は川尻小のところなんだ。その小学校に毎日勤めていた教師でもない限り、ムクロジの木があるなんてあまり気がつかないだろうな。・・・よく考えるとそれって川尻小時代から生えてて川尻小のシンボルでしかないんじゃないかと思いますが・・・(笑)。
残念ながらツルは川尻小の校章をまるで覚えていなかった。調べてみても「こんなのだったっけ?」っていう程度の感慨しかない・・・。

 

福岡県大牟田市
大牟田市立川尻小学校
校章
Kawashirieleschool

 

諏訪小の校章なんてはなから知らないし。

 

福岡県大牟田市
大牟田市立諏訪小学校
校章
Suwaeleschool

 

[S]の字があしらってあるんじゃないかと思うけどよくわかりません。

 

さて、ここからがむしろ本題。
本公募では補作者名が明かされている。

 

-----
補作者:境 俊郎さん(元川尻小学校校長)
プロフィール:川尻小学校で教鞭を執られる
元大牟田市教育委員会指導課長、学校教育課長
美術・図工に造詣が深く、みなと小学校の校章を補作
-----

 

-----
バックの色を清い諏訪川の[青]で、ムクロジを[若葉の色]で、そして校名は[銀色]で輝いてほしいという願いを込めて補作をしました。
-----

 

「公募」と銘打ちながら、全部が内部者の手になるものだったというwww。しかも「元校長」である。
補作も明らかにアナログで(*_*)行われてるんですが、 2010.01.12 開校のための協議会だより 第14号 のPDFファイルに埋め込まれた画像を取り出してみると、こんなこと↓になってまして。

 

Yoshikaitenryoeleschoolfinallarge

 

描線も不確かだし塗りも汚いし、内側の葉脈の向きをわざわざ逆にした意図もよくわからない。何より驚くのは、青い地色は画用紙の色そのものらしいという点です。これじゃ補作の名に値しないと思いますがね(バッサリ)。
ほんなこつ「美術・図工に造詣が深く」ていうとはすらごつじゃなかね(すらごつ=そらごと=うそ、でたらめ)。

 

カラーリングがいろいろあるのでどれがベーシックデザインなのかよくわからないところも田舎公募的。

 

Yoshikaitenryoeleschoolfinal2 Yoshikaitenryoeleschoolflag

 

気になって、同様に補作を行ったというみなと小の校章に当たってみると次のとおりである。

 

〔2006年4月 三川小学校と三里小学校を統合して開校〕
福岡県大牟田市
大牟田市立みなと小学校
校章
井上昌男(大牟田市今山:元 笹原小学校 校長)
Minatoeleschoolmonochrome

 

たはっ、これがリデザイン後ですと??到底、平成に入ってから作られた校章とは思えない。日本刀の鍔ぐらいにしか見えん・・・。
作者名は2012.09.14発行の天道小学校・笹原小学校に係る「学校再編協議会だより」第9号に出ている(両校の統合による天の原小学校の校歌を井上が作曲した関係で)。

 

旧校の校章は三川小のものしか見つからなかった。

 

Mikawaeleschool

 

今から2年前の夏、熊本県を中心に九州を襲った「令和2年7月豪雨」は筑後地方の大牟田市やみやま市にも大きな被害をもたらし、この時みなと小は有明海に注ぐ諏訪川の内水氾濫によって浸水し孤立状態となった。帰れなくなった子供達が泊まり込んでいることがメディアで報じられた、あの学校がみなと小です。ここの校舎は旧 三川小のものを使っているが、ここは諏訪川左岸(南側)から400m以上離れていて、浸水は予想外だったろうなと思う。諏訪川からの直線距離だけで言えば、右岸(北側)にある旧 川尻小(現 天領小)の方がよっぽど近くて、その半分程度しか離れてないんですけど。

 

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(Wikipedia)

 

この内水氾濫で、避難所となっていた大牟田市立みなと小学校(住民85人が避難)、三川地区公民館(住民157人が避難)は、いずれも道路冠水のため一時孤立状態となり、このうちみなと小学校では、避難住民の他に、道路冠水により帰宅できなかった約30人の児童と教師21人が建物の2階以上で一夜を過ごした
-----

 

//

 

小学校時代、地理的に近い川尻小と諏訪小と三川小と三里小は交流があって、4校のスポーツ対抗戦が毎年行われていたっけ(それまで住んでいた福岡市内ではそういうことはなかったので、ぶっちゃけ田舎に来たんだと思った。学校の運動会で賞品が出るのも軽いカルチャーショックで、「昔か!?」と思った)。その4校が全てなくなっちゃったんだね。

 

(続く)

2022年12月10日 (土)

【スーパーローカル編】桜舞い散る学校統合:もう一花(高田小学校)

(承前)

 

みやま市の学校再編ネタ、ついでにもう一ついっておこう。

 

〔2023年4月開校予定〕
福岡県みやま市
みやま市立高田(たかた)小学校
校章
小野寺 満(岩手県)
Onoderatakataeleschoolfinal

 

家紋で言えば陰陽八重山桜。実はこの作者もこのところ相当数の校章に採用されている公募ガイダーで、かつ、校歌歌詞の公募にも採用が多い。そして書道教室を開いていたこともあって、素晴らしく達筆です。いつかまた出会うこともあるだろう。

 

-----
重なり合う[桜の花]が、満開に咲き誇る春の情景と積み重ねられていく知識や知恵を表現しています。また、プロペラのように花弁を[らせん状]に配置することで、夢に向かって力強く突き進む推進力をデザインしています。
子どもたちの未来が花開き、高田小学校の新たな歴史が幾重にも積み重ねられていくようにとの想いが込められています。
-----

 

こちらは旧三池郡高田町エリアの江浦(えのうら)小学校・開(ひらき)小学校・二川(ふたかわ)小学校・岩田小学校を統合するもので、やはり、2019年度以降の開校という計画がその後延期されて2023年4月開校の予定となっており、新校は二川小に置かれる。

 

Enouraeleschool Hirakieleschool

 

Futakawaeleschool Iwataeleschool

 

ああ、やっぱり[桜]は必然だったのネ。

 

実はこの校章は組み紋の趣向で、同一作者の2つの案を重ね合わせてさらに「捻り」を入れたという荒技。

 

Onoderatakataeleschoolinitial1 Onoderatakataeleschoolinitial2

 

しかしどーだろ。1番目の応募案なんか、岩田小とほぼ同じじゃん。

 

-----
(2022.10.08 小野寺Facebook)

 

校章デザインが採用された。
但し、デザイン学校の手が加わり、るんるん[引用註:小野寺の自称である]の原案は大幅に補作された。
応募した2案を合体させている!
こんなことは初めてだ。
それでも、嬉しい(>ω<)
福岡県みやま市立高田小学校。
来年度に開校する。
-----

 

それって補作者のアイデアだろうか?

 

-----
(2022.10.01 江浦小・開小・二川小・岩田小 4校統合協議会だより 第8号 抜粋)

 

補作について
左図のデザイン原案[引用註:上掲の2つの案]の構成要素をベースに、花弁が重なる形でデザインされています。視認性を考慮し、シンプルかつ、みやま市内の他校の校章とも区別しやすいデザインとなっています。
-----

 

補作を行ったのは桜舞館小学校のケースと同様、福岡デザイン専門学校である。
「みやま市内の他校の校章とも区別しやすい」という点についてはツルはガッツリ咬みつきたいです。桜舞館小も桜、瀬高小も(三弁といいながら)桜という状況で、もっと言えば、現在10校あるみやま市立の小学校の校章は、開小を除いて全てが(!)山桜紋なんです(その開小だって来年春には閉校するわけだが)。そこへもってきてまた山桜紋なんて、区別しにくいこと極まりないみやま市総山桜化計画。だから他の学校と同様に、「高田」という校名を入れました、というだけのことなんです。なんか、モヤモヤが残るでしょ。

 

またまた日本の家紋で言えば、江戸期も後期になると、庶民の生活に余裕が生まれたことも手伝ってか、デザインバリエーションが広がって装飾的要素を前面に押し出した「寄せ紋」「比翼紋」「加賀紋」「伊達紋」などが表れてくる。
でも、そうした華美な紋が評価が高いかというと決してそんなことはなくて、デザインというものの停滞ないしは庶民化によるセンスの低下と捉えられていると思うんですね。そしてこれらは一時の流行が終わると廃れていったと言っていい。生き残ったのは長い歴史の中で磨かれたシンプルなモノクロの家紋。そこが西洋の王侯貴族の家紋とは違う。

自治体の平成大合併時にもあまりなかった、旧Iconの「組み紋」スタイルの校章が半ばスタンダード化しつつあるのは、だからあんまりよろしくないと思うんだけど。

2022年12月 4日 (日)

【スーパーローカル編】桜舞い散る学校統合(瀬高小学校)

(承前)

 

引き続き道草を食いまくります。

前に書いたようにツルの父親の実家は福岡県みやま市の旧 山門郡瀬高町のエリアにあるんですが、ここでも過疎化が進行し学校統合が進んでいる。校章公募に常連ガイダーが顔を出してました。

 

〔2020年4月開校〕
福岡県みやま市
みやま市立瀬高小学校
校章
菅野 薫(山形県)
SuganosetakaeleschoolinitialSuganosetakaeleschoolfinal

 

微妙ぅぅぅーに、前回の兵庫県丹波市の山南小学校のに似ているような似てないような・・・(笑)。

 

Murakamisannnanjrhighschoolamended2

 

-----
みやま市の花[さくら]の花びらと葉をモチーフにしています。花びら3枚は統合する3校を表し、葉の先端は[ペン先]で、文字を書く道具ということで勉強、学習を表しています。花びらと葉の数は合計6枚で在学する6年間を意味しています。モノクロ、カラー問わず、飽きのこないシンプルなデザインにまとめています。子供達が生き生きと学習し、健やかに成長して欲しいという思いを込めてデザインしました。

 

※ 協議する中で、下庄小と本郷小の校章の[桜]と上庄小の校章の[柊(ひいらぎ)]を組み合わせたデザインに変更しております
-----

 

だそうな。三弁で桜ってのは実に厳しいねえ。唯一新たに加わったパーツのペン先だって応募案ではほとんど目につかないし(最終版だって五十歩百歩だけど)。

 

本郷小学校・上庄(かみのしょう)小学校・下庄(しものしょう)小学校を統合した学校で、校舎は下庄小に置かれた。2011年9月時点では2015年4月開校の計画であったところ、早くも2013年11月には計画修正し、開校が5年も延びたという。市全体の小中学校統合計画が校舎の建設場所やら何やらで軒並みずれ込んだもので、合併第1号だったのが【2022.11.13~19「Retrospectiveなデザインが可能性を封印する:壱」】で取り上げた桜舞館小学校↓だが、ここも開校が2016年4月→2018年4月に延期されている。ま、計画自体が杜撰だったんでしょう(容赦はしない)。もちろん、この際コロナ禍は関係ナシです。

 

Isekioubukaneleschoolfinal

 

旧校の校章は・・・

 

Hongoeleschool Kaminoshoeleschool Shimonoshoeleschool

 

とまあ昭和テンプレートどおりのものだったので、だったらもう、無理くりにでも大胆補整して神奈川県の岩戸養護学校のサクラととササユリの校章↓みたいに八重五弁花にしちゃえばよかったのにww(cf. 2022.11.20「Retrospectiveなデザインが可能性を封印する:弐」)。

 

Isekiiwatoschoolfordisabilities

 

開校してからもなかなか前途多難だったようで・・・

 

-----
(2020.04.10 西日本新聞)

 

3小学校の統合で今春開校した福岡県みやま市の瀬高小で9日、入学式が開かれた。性的少数者(LGBT)の児童の性自認に配慮した新たな標準服(制服)に身を包んだ新1年生47人が、晴れの日を迎えた。
新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、式典を大幅に縮小し、来賓や上級生は参加しなかった。会場の体育館では、保護者らも含めて間隔を空けていすが並べられた。大坪淑子校長は「あいさつをしましょう。笑顔で活動しましょう」と新入生に呼び掛けた。
LGBTに配慮した制服は、小学校では全国的に珍しい。性別に関係なく半ズボン、スカートのどちらも選べる。ズボンとスカートの長さはほぼ同じで、上着は共通のブレザーとしており、外見で見分けがつかないよう工夫されている。
新1年生の田中統真さん(6)の母瑞樹さん(25)は「制服はとてもかわいいデザインで、LGBTに配慮した取り組みも素晴らしい」と歓迎。ただ学校は5月6日まで休校で「保育園から一緒の友達が少なく、友達が早くできるか、勉強が遅れないか、と心配です」と話した。
-----

 

おいおい、いきなり1ヵ月の休校かよ!あっ、そうか、「この際コロナ禍は関係ナシ」どころではなかったんだ!!COVID-19の第1波が全国で猖獗を極めていた時分の船出だったんだねえ。

 

率直に言って、ツルは小さい頃からの盆暮れの帰省時の印象で「田舎だ」と思っていたので(「おじいちゃんち」ってだいたいそんなもんでしょ)、LGBT配慮なんて言葉をここで目にするとは思ってもみなかったです。多分、話題先行なんでしょうが(ばっさり)。

 

(続く)

2022年12月 3日 (土)

【Intermezzo】封印された想いの深さ(山南小学校) ♯3

(承前)

 

丹波市立(新)山南中学校の校章、制定側の丹波市山南地域市立中学校統合準備委員会が選んだのはジモティ作品だったわけですが、結果のほどはさて置くとしても、そのプロセスにも曰く因縁がありまして。別に、身内を選んだとかの話じゃないけど、二重三重の意味で田舎公募だと思うんですよ。

 

一つには・・・・・・これ。

 

〔ファイル削除〕

 

このPDFの校章部分を抜き出すと、こういうものが現れてくる(元は墨塗りなんかないけど、そこは一応個人情報に配慮)。

 

〔ファイル削除〕

 

あ、、、制定側がファイルを作成する時に手抜きしたんですねきっと。個人情報もばっちり入っていたというのに管理が杜撰である。まるであの時のようではないか。

 

【2020.12.26~27「ご当地とりかへばや異聞」】

〔ファイル削除〕

 

群馬県前橋市大胡地区
大胡地区地域づくり推進委員会
大胡地区ロゴマーク
(特別賞)
梅村元彦
〔2020年2月発表〕

 

〔ファイル削除〕

 

もう一つの、そしてもっと大きな問題は、制定側で都合の悪い内容を封印してしまったこと。村上の応募用紙に書いてあるこれのことです。

 

-----
3 自由記述欄(校章に寄せる想いなどをご記入ください)
元和田中学校生として和田中学校の証が残る校章であってほしいと言う思いを込めデザインしました。
-----

 

作者のほんとうの「想い」は、この「3」の部分にあったのではないか。因みに村上は平成生まれの20代である。
しかし、委員会だより Vol.13には「2」の内容のみが記された↓。

 

-----
【デザイン趣旨・想い 等】
山南中学校の校章の葉と和田中学校の校章の葉を重ね合わせ、共に過ごしていく生徒たちを優しく包み込んで育んでいこうという想いを元にデザインしました。
-----

 

「3」をオミットしたのは、旧2校のうちの一方に肩入れしたコメントではマズいという判断が働いたからでしょう。まあそりゃ公表しにくいやろな。「元和田中学校生として」創造することを求められていたわけではないし。
しかし、だったら不都合な真実を秘匿してよいのかというと、それはまた別の話。これは正面から答えなきゃいけなかった問題のはずです。

 

少し脇道に逸れると、ご当地ではさらにこの先、2024年4月に竹田小学校と前山小学校が統合予定。まだ校名も校章も決まっておらず、2022.11.28(明日や!)に校名を決定予定、校章を公募するか委嘱でいくかを決定予定という現状。
しかし、2022.07.26に開かれた「市島地域市立小学校統合準備委員会 第7回竹田・前山地域部会」の資料に、参考として、2019.10.01~11.29に募集された山南中の校名公募の全応募結果が載っていて、その中に注目すべき作品がある。

 

----
山南橘中学校
(1)山南中学の名と、和田中学の校章を組み合わせ、統合の証とし、校章にも、橘の中に、山南の文字を入れてほしいとの願いを込めた。
(2)山南中学、和田中学の統合になります。おそらく山南町内に有る中学ですから山南と言う名称は残ると思われます。しかし、和田と言う名称はおそらくなくなる事でしょう。そこで和田中学の校章でも有る橘を校名に入れて頂きたい。和田中学の卒業生にとっては母校が無くなってしまいます。しかしながら校章であった橘が校名の中に残るだけでも和田中学卒業生にとりまして喜ばしいことです。また、校名の説明をするときに和田中学が有ったこを将来の子供たちにも説明が出来、和田中学校が有ったことを受け継いでほしいと考えます。
----

 

原文ママ。おそらく、(1)(2)のどちらかが校章作者村上の意見であることは間違いないと思う(因みにこの作品、山南中の校名公募そのものの時には最終候補に残らなかったので公表されてなかったんですけどー。ややこしやww)。政治的に適切かとか、コンプライアンス的にどうだとかいう問題は置いといて、結構熱いですねえ。
学校が2つから1つに減るわけだから、こうした「証を残してほしい」といった意見が出てくるのは至極当然のことでしょう。それに教育委員会が的確に対処する術と智恵を持たなかったんじゃないかと思うわけ。たとえそれが回顧に浸るものであったとしても。

 

田舎公募的おまけ。
2022.10.18開催の「市島地域市立小学校統合準備委員会 第10回竹田・前山地域部会」の資料には、またこんな参考情報が載っているんですわ。

 

Murakamisannnanjrhighschoolamended1b

 

ね?御丁寧に「最終決定版」とまで書いてあるけど、そうじゃない。これ、途中でボツった第1修整案の方でしょうが。だっせー。山南中のほんとの最終案が決まったのは2022.05.10だから、これはもちろんそれより後のことです。
どないな管理しとんねん!責任者出てこーいっ!!

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