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2022年12月25日 (日)

【スーパーローカル編】今はもうない;それはありなん?(宮原中学校)

(承前)

 

さて、このところ福岡県筑後地方の小中学校統廃合に伴う新校章をぶった斬ってきたわけですが、暮れも押し詰まってそろそろ斬り納めのお口直しということで・・・

 

まずは宮原中学校。「みやのはら」と読みます。大牟田市内居住者限定で24名25点の応募を集めた中から絞り込まれた候補3点から見てみる。

 

〔2017年4月 米生中学校と勝立中学校を統合して開校〕
福岡県大牟田市
大牟田市立宮原中学校
校章(候補作品)
Miyanoharajrhighschoolcandidates

 

これらのうちのどれに決定したかというところはひとまずおいといてと。

 

この統合の学校再編協議会には、前回取り上げた駛馬南小PTA会長 二神香里が名を連ねていた。校区割りが、駛馬南小&駛馬北中⊂米生中、つまり駛馬小⊂宮原中となっていたからです。二神は本件校章公募の実務を知る立場にあり、その上で翌年の駛馬小の校章公募に出してきたことになる。情報の非対称性は既にここに始まっていたわけだ。
因みに勝立中の方は天の原小&玉川小⊂勝立中(微伏線)。新校は米生中に置かれた。

 

「宮原」の読み方については、校区内にある地名「宮原町」は「みやはらまち」で、また九州的には「みやばる」と読みそうwwなのにそのどちらにもしなかったのは、校区内に三池炭田の宮原坑跡があって、これが「みやのはら」だからだろう。1931年の閉坑後、長らく旧炭都の負の遺産として打ち棄てられた存在だった(囚人労働の歴史もあって、「修羅坑」の別名があったりする)宮原坑が一躍注目を浴びたのは2015年7月、世界遺産に登録された時です。新校名が「宮原」「勝生(しょうせい)」「青葉台」の中から「宮原」に決定したのはこの年の12月だから、おらが町に世界遺産!の興奮も冷めやらぬ頃だったわけ。
勝立中の「勝立」は、地名(大字)としては「かつだち」と読むんだけれど、今も残してある同校サイトのURLには「kattachi」という文字列が入っているので、「かったち ちゅうがっこう」なのだろう。そう言えば、この地名は人によって呼び方が微妙に違っていた記憶がある。「勝立郵便局」はなんと「かつたて ゆうびんきょく」だそうです。
いろんなご当地に結構そういうのってありますよね。例えば大阪市西成区の「天下茶屋」は「てんがちゃや」「てんがぢゃや」「てんかぢゃや」のどれなのかとか、京都市北区の今や心霊スポット「深泥池」は「みどろがいけ」なのか「みぞろがいけ」なのかとか、ジモティでも即答できなかったりする。沖縄は宮古島の東端の絶景スポット「東平安名崎」を「あがりへんなざき」「ひがしへんなざき」のどちらで読むかということになるとこれはまた別問題。

 

小ネタでお茶を濁した後で(汗)答え合わせ。採用されたのは、意表を突いてこれだった。

 

大牟田市立宮原中学校
校章
高山結衣(大牟田市立駛馬北小学校6年)
Takayamamiyanoharajrhighschoolinitial

 

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この校章のように、仲のよい学校になって欲しいという願いを込めました。
米生中学校と勝立中学校の現在の校章を使いました。
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制定側のそのチャレンジ精神たるやよし。
ええと、募集は2016年の7月にかけられて決定は10月、高山はその時駛馬北小6年だったのだから、翌年4月には新設の宮原中に第1期生として入学したはずである、自分が作った校章に迎えられて。恐悦至極、御同慶の至りです。
もっとも、こんなスケッチがそのまま最終版になるべくもなく、補整が入った。もちろん、(関係するどっちかの)学校の先生によるものである。

 

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(2016.11.01 学校再編協議会だより(米尾・勝立) 第11号)

 

校章デザイン原案から校章や校旗を完成させるための補作を行います。
補作者:山下吉也さん(大牟田市立米生中学校 教諭 美術科)
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結果はこう。

 

Takayamamiyanoharajrhighschoolfinal Takayamamiyanoharajrhighschoolflag

 

ううむ、小6の女の子が何を描き何を表したかったのか、そこを十分に汲み取ったものではないように感じた。旧校の校章を見るとそこの事情が少しわかってくる気がする。

 

Yoneoandkattachijrhighschools

 

あー、そういうことね。ほんとに組み紋だったのか。「この校章のように、仲のよい学校に」とはそういう意味だったんだ。だったらもう校名も合成の「勝生」でよかったんじゃね?
率直に言って、小6にしては、そして元ネタがあったにしては稚拙だが、ということは技量ではなく発想で選ばれたことになる。高山の原案には2校組み合わせ以外の要素も入っていたけれども、それが何を意味していたかはわからない。しかしそこも補作によって削られたので、「新しい何かが生まれる」要素は全て消え、単に「旧い何かが刻まれる」だけのものになってしまったとも言えるわけです。わかりやすく単純化しようとするあまり、結果はかえっていびつになったんじゃない?フォルムを米尾中と見較べてみるとわかるでしょ。
もう少し高次で止揚させる必要があったんじゃないですかね。

 

あんまり口直しにはならんかったか。

 

(続く)

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